褐色爆乳双子と楽しむ馬車の旅が終点に着いたのは、昼を大幅に過ぎた時刻だった。
あなたは馬車の終着点である村で遅めの昼食を取った後、すぐにエルフの国があるという静寂の森へ向かった。
静寂の森に一番近い村とはいえ、森まで歩いていくにはそれなりの距離がある。
おそらく静寂の森に着くのは夕方ごろになるだろう。そうなると最悪森の中で夜を迎えることになる。
本来なら村で一泊した方がいいのだろうが、あなたは貴重な一日を惜しんだのだ。
なにしろ、今こうして静寂の森へ向かっている最中も魔界の門が開きつつあるはずなのだ。
魔界の門から流れ込む魔界の風は人間に悪影響を与えるが、それよりもなお重大な事実はグリュイエールと並ぶ実力者であるアルメリアが力を取り戻すということだった。
あなたはアルメリアと初めて出会った時のことを思いだした。あの時グリュイエールと会話をしていた彼女は、確かにこう言った。
グリュイエールは封印によって力を削ぎ落されており、今は四割ほどの力を出せればいい方、と。
それはつまり王都で戦った時のグリュイエールは本来の意味で全力ではなかったということだ。
もし魔界の門が完全に開けば、アルメリアはあの時のグリュイエールをはるかに凌ぐ強さを発揮するということになる。
かつて彼女と互角の力を持っていたグリュイエールだが、今から数日のうちで真の力を取り戻すことは叶わないだろう。
アルメリアがもし全力を取り戻したら、どれほどの脅威になるか……その想像は勇者であるあなたですら身震いをしてしまうほど恐ろしいものだった。
魔界の風で人間たちが苦しむ中、強大な力を持つアルメリアと魔王ファリシアが戦う。そんな最悪の未来は避けなければいけない。
一刻も早くアルメリアを見つけるのだ。今ならばアルメリアに勝つのは容易い。今ならば、まだ。
はっきりとは分からないが確かに存在するタイムリミットが、あなたの足を急がせる。
太陽が斜めに落ち、空が茜色に染まる頃合いに、ようやくあなたは静寂の森へとたどり着いた。
うっそうとした森林は静寂の名にふさわしく静かに生い茂り、まるであなたを待ち構えている様でもある。
あなたはその何物も寄せ付けない厳かな様子に少しためらいを覚えたものの、意を決して静寂の森へと踏み込んだ。
静寂の森を少し進むと、辺りが少しばかり薄暗くなっていく。まだ日は落ちていないはずだが、密度のある木々が太陽の光を遮っているのだ。
しかし、薄暗い森の中は不気味な印象を与えるどころか、森が作り出す清涼な空気によって神秘性を感じさせた。雄大な大自然といった様相だ。
少し湿った土の匂い。時折風に吹かれざわめく木の葉の音。静寂の森は隔絶された空間と呼ぶにふさわしかった。
だが、どことなくこの神秘的な雰囲気に陰が落ちている。あなたは清涼な空気の中によどんだ気配を感じていた。
そう感じるのはおそらく、開きつつある魔界の門から魔界の風が少しずつ流れ出しているからなのだろう。
この森のどこかにきっとアルメリアがいるのだろうが、あなたはひとまず静寂の森の奥にあるというエルフの国を目指すことにした。
エルフの方が土地勘に優れている上、何か目撃情報があるかもしれない。そうでなくても体調を崩しているというエルフたちのことがあなたは気になっていた。
あなたはやや急ぎ足で森の奥へ進んでいく。
エルフの国は、彼女たちエルフが慎ましい暮らしを好んでいるためか、王都と違ってそこまで栄えているわけではないらしい。それでも、一目でエルフたちが住んでいると分かるほどの建築はなされているだろう。
うっそうとした森の中を歩きなれていないあなたは、自然と大きな音を立ててしまっていた。
草木をかきわけて歩くたびに、がさがさと大きな音が立ってしまう。
それがよくなかったのだろう。突如、あなたの視界の端になにやら小さな物体がうつり込んだ。
矢だ。とっさにそうと気づいたあなたは身をかがめ、あなたの胸当たりを狙っていただろう飛来する矢をかろうじて避ける。
いったい何者が攻撃したというのか。あなたはすぐさま小走りでその場から移動し、矢が射られた方向を目で探ってみた。
あなたに攻撃を仕掛けた者の姿は、あっさりと見つけられた。大きな木から生える太い枝の上にそれは立っていたのだ。
それは小さな体に美しい羽根を生やしていた。森を好む魔物娘、ピクシーである。
あなたの手の平より少し大きいくらいの体躯に、虹のように輝く綺麗な羽根、そしてまさしく妖精のように愛らしい造形の顔つき。葉っぱで作った可愛らしい衣服が更にその可憐さを引き立てている。
しかしピクシーは好戦的な魔物娘ではないはずだ。彼女たちは群れで暮らし、森の中で歌い、花の蜜を吸い、森の動物たちを和ませる存在。それでいてイタズラ好きで、人間をからかうことはあるが攻撃を仕掛けることはまずありえない。
しかもここに住むピクシーたちはエルフと多少交流があるとの話だ。
いわばピクシーは中立の魔物娘。争いを好んでおらず、それゆえレベルが低く戦いには向いていない。
なのに、今まさにそのピクシーがあなたに攻撃を仕掛けてきたのだ。いったいなぜか。その答えははっきりとは分からないが、今枝の上で弓を構えるピクシーの姿を見ていると察するものがあった。
ピクシーの目は虚ろで輝きが無く、自我を失っているように見えるのだ。
もしかしたらこれは魔界の風の影響なのかもしれない。森の中で静かに暮らしていたピクシーが高濃度の魔力が含まれた魔界の風を浴びてしまい、そのショックで自我を無くしてしまったと考えられる。
そこをアルメリアがつけこみ、自我無きピクシーを思うがままに操っている。ありえない話ではないとあなたは思った。
今の推測の正誤がどちらにしろ、相対するピクシーが自我を失っているというのなら話は通じない。戦って制するしか道はないようだ。
あなたはピクシーを迎えうつため剣を引き抜いた。ピクシーは戦闘に優れた魔物娘ではないため、勝つのは容易いだろう。
そう考えていたあなたは、木々の間や草花の陰からぬぅっと現れ出すピクシーの群れを見て息を飲んだ。
そう、ピクシーは群れで暮らしている。つまり敵はあなたが最初に発見したピクシーだけではないのだ。
気がつけばあなたはピクシーの群れに囲まれていた。小さな彼女たちの正確な数など把握できず、また数えているような暇などない。
ピクシーの群れは一斉に弓を構え、あなたに向かって矢を放った。
全方位から迫りくる、雨のような一斉射撃。
今のあなたの強さからすると、これを全部くらってもそこまで大きなダメージにはならないはずだ。しかし、ピクシーたちはあなたが反撃する間もなく第二陣を放つことだろう。
そうなればジリ貧である。ここは強引に戦いのペースを握らなければならない。
あなたは多少のダメージを覚悟したうえで強く息を吸い、力強く一回転しながら剣で周囲を薙ぎ払った。
すると刃圏にあった矢は全て切り払われ、剣の間合い外から迫りくる矢は鋭い剣風によって勢力を削ぎ落され、そのほとんどはあなたの体に届くことはなかった。
かろうじてあなたの体に当たった矢もその勢いを大幅に失っており、ダメージを与えるまでには至らない。
ある程度のダメージを覚悟していたが、あなたの判断はこれ以上ない結果をもたらし、見事この窮地を切り抜ける。
しかもピクシーはあなたの剣圧に驚いたのか、声もなく怯んでいた。
あなたの強さを悟ったピクシーは、状況を不利と見たのか次々その姿を木や草花の影に隠していく。
木々に隠れ再度の奇襲を狙っているのではないかと数秒ほど警戒したあなただったが、ピクシーの気配は全く感じられない。彼女たちはやはり逃げたようだ。
正気を失ったピクシーの群れとの不毛な戦いを回避したあなたは、ほっと一息ついて鞘に剣を納めた。
その瞬間である。またあなたの視界の端に煌めきながら飛来する物が写った。
まさかまたピクシーが攻撃をしかけてきたのか。あなたはそう驚きながら身を捻って投擲物を回避する。
つい一瞬前までいた場所に投擲物が突き刺さる。それを見てあなたは瞠目した。
あなたを狙って放たれた物はピクシーの矢ではなく、紫色の針だったのだ。そして針穴にはたわんだ紫色の糸が繋がっていた。
この針には見覚えがある。というより、そう簡単に忘れることなどできるはずがない。
魔水晶を破壊した毒の針。これがあなたを狙ったということはつまり……。
あなたはすぐさま糸が繋がる先に視線を送った。
糸はたわみつつも主の元へしっかりと伸びている。それはある巨木の裏へと伸びていた。
するりと。日に照らされて影が伸びるように、とある魔物娘が巨木の裏から静かにあらわれる。
メイド姿で落ちついた雰囲気の、ふわふわとしたボブカットの魔物娘……リュミスだ。
「完全に虚をついたはずですが、見事な反応でした。さすがはグリュイエール様をくだした勇者様です」
心の底から称賛しているのか、リュミスはしずしずと会釈をする。どこか気が削がれそうな態度であるが、油断はできない。
「お嬢様は勇者様がこの静寂の森に来たということをすでに知っておられます。この地にわずか漏れ出てきている魔界の風の気配に、もうお気づきでしょう? お嬢様は魔界の風を自在に操れます。魔界の風を利用すれば、力の弱いピクシーを己の意のままにすることも、この地にやってきた者の気配とその正体を察する事も可能。この状況が示す意味、お分かりでしょうか?」
リュミスの声は静かで落ち着いていた。だからこそあなたは冷や汗を流してしまう。言い聞かせるような声色の裏には、冷酷な響きが潜んでいたのだ。
先ほどの奇襲はつまり、まず弱いピクシーと対峙させこれを制したあなたが隙を見せたところを狙い打つという、最初から計算ずくの行動だったのだ。
あなたが静寂の森に踏み入ってからまだ十数分。そんな短い時間の中で、ここまでのことをやってのけるリュミスの行動力も恐ろしいが、真に警戒しなければいけないのはアルメリアの力である。
どうやらこの静寂の森に広がりつつある魔界の風は、思っていたよりもたちが悪いようだ。ひいてはそれを操ることができるアルメリアもまた、たちが悪いと言わざるを得ない。
「すでに静寂の森はお嬢様の領域。加えるに、今さら勇者様が来たところで魔界の門を封じることは叶いません。ここは一度引くことをお勧めいたしますが」
あなたはリュミスの進言に剣を抜くことで答えた。
ここで素直に引き下がる選択をするのなら、そもそもアルメリアを探そうとするはずがない。
一歩も引かぬあなたの態度を見て、リュミスは少し悲しげにうつむいた。
「残念ですが……お嬢様の邪魔をするというのなら、わたくしも黙っていられません。事が為すまで勇者様を行動不能にいたします」
リュミスの体に魔力が集い、毒の針が握られる。あの毒の針を投擲するのがリュミスの基本戦法だ。
リュミスは一息に毒の針を投擲してきた。その手の動きは静かながらも滑らかで、その研鑽の程が見て取れる。
あなたの目は投擲される毒の針の本数をしっかりと確認した。
その数実に三本。一本はあなたを狙い。残る二本はあなたが回避するであろう未来位置を狙っている。
リュミスの投擲した針は毒の魔法で作り出したものである。ならば間違っても針に当たるわけにはいかない。そんな当然の心理を追い詰めるような、回避位置を封じる同時投擲だ。
ならばとあなたは迫る毒の針一本に注視した。残る二本が回避位置を狙っている必定、今あなたを正確に狙っているのはたった一本の毒針。これを剣でしのぐのは簡単といえた。
あなたは剣の横っ腹を盾代わりにして毒の針を弾いた。残り二本の針は弾くまでもなくあなたの側面を通り抜けていく。
相手の攻撃をしのぎ、次はこちらの番。そう思ったあなたが剣を構えて正面にいるリュミスとの距離を詰めようとした時、彼女は意外な行動に出ていた。
あろうことか、彼女の方からあなたの方へ走り向かってくるのだ。針による投擲がメイン攻撃なのに、あえて距離を詰める理由が分からない。
相手の意図が分からないとなると、あなたの取れる選択肢は少なくなる。リュミスの次なる投擲に気をつけつつ、彼女が剣の間合いに入ったら斬るのが最善だろう。
間合いに入ったらすぐ斬れるよう、右肩担ぎに剣を構える。走り向かってくるリュミスの指の根本がきらきらと光っているのにあなたが気づいたのは、まさにその時だった。
リュミスは跳んだ。力強く地を踏み込み、周囲に佇立する木々の木の葉に近づくほど高々と跳躍する。
同時に彼女の両手、その細く美しい指が小刻みにクイクイと動く。その動きに連動して、その手に繋がる紫色の線が揺れ動いた。
そう、リュミスの毒の針は紫色の線で彼女の手や指に繋がっている。あの線の正体は、先ほど投擲した針から繋がる毒の糸だ。
そのことをあなたは忘れていた。いや、というより一連の攻防の中で意識する間を外されていたというしかない。投擲直後の距離を詰める疾走がまさにそのためだ。
まずい。あなたがそう思った時にはすでに、あなたの周囲を毒の糸が取り囲んでいる。それはリュミスの指先一つでまるで獲物を捕らえる蛇のように渦巻き、あっという間にあなたの体を絡めとっていた。
「拘束完了、です」
跳躍していたリュミスがメイドスカートを翻しながらあなたの目の前に着地する。彼女は再度指を動かし、毒の糸を更にきつく巻き付けた。
毒の糸に絡めとられて全く身動きが取れないうえ、あなたの皮膚がじくじくと熱くなっていく。毒の糸からじわじわと毒が浸食していきているのだ。しかも体の力が抜けていって、巻き付く糸に抵抗する事もできない。
「わたくしの毒はそれほど強力ではありません。せいぜい弱体効果を与える程度……しかし、こうして絡め捕えてしまえばもはや自力での脱出は不可能です」
確かにリュミスの言う通りだ。もはや全身が痺れたように動かず、あなたは剣を手放してしまっていた。
「しばらくそのまま毒に侵されていてください。数日ほど動くこともままならなくなれば、拘束を解いて近くの村まで送り届けましょう」
あくまでもアルメリアの邪魔をさせないという目的なのか、リュミスはこれ以上あなたをどうこうするつもりはないらしい。
それは優しくもあり冷徹でもあった。勇者であるあなたを倒すつもりもなく、ただただ毒で侵しつづける。
リュミスにとって、勇者であるあなたのことすら本来どうでもいいのだろう。彼女の行動原理は全てアルメリアを引き立てることに根差している。
しかし今、それがリュミスの隙となっていた。毒の糸に拘束されている状態でも、あなたに許された行動はまだある。
あなたは最後の力を振り絞って魔物娘の召喚を試みた。
「……ッ!?」
突然眼前でまばゆい光が輝き、リュミスは驚いて数歩飛び退く。
その発光と共に魔物娘の姿が浮かび上がる。ツインテールにされたややくせっ気のある髪に、ゴシックロリータのアイドル衣装。
あなたが呼び出したのは、王都で戦うことなくしもべにできたナイトメアの魔物娘、ミズハだった。
リュミスの行動は迅速だった。ミズハが召喚されるやいなや、先手を取った毒針の連続投擲を放つ。
しかし、魔物娘は召喚される際に現在の状況を察することができる。リュミスの先制攻撃にミズハは驚くどころか、その体に強い魔力を宿して応じていた。
一閃、二閃。大気を斬り裂く轟音を奏でながら、ミズハは何かを振り回していた。
ミズハの手に握られていたのは、闇の魔法で作られた異様な形の大きな鎌だった。湾曲した刃が歪な光を放っていて、あまりにもまがまがしい。
リュミスは唖然としていた。連続で投擲した五本もの毒針を、ミズハは大鎌の一振りで軽々と全て破壊し、続く二振り目であなたの体に巻き付く毒の糸を全て斬り裂いていたのだ。
「ナイトメア、ミズハ。勇者様との宿命の因果に導かれこの現世へと降臨したわ。さあ、闇の災禍をここに奏でましょう」
ミズハはアイドルモードの凛々しい声を響かせて、大鎌の切っ先をリュミスへと向けた。