エルフの姫と会うべく、彼女がいるというクルスククス神殿にやってきたあなた。
神殿の入口から中に入ると、そこは静謐な空気漂う空間が広がっていた。いくつもの白い石柱が天井を支え、床には青い絨毯が敷かれている。壁も石柱と同じく神秘的な白色をしていて、緑あふれるエルフの国から異空間へ迷い込んだかのようだ。
しばし神殿の内装に見惚れていたあなただが、すぐに思い直して内部を進むことにした。
エルフの姫はいったいどこにいるのだろうか。ひとまずまっすぐ神殿の中を進むべきだろう。
そうして歩くうちに細い通路を発見し、あなたはそこを覗いてみた。するとその通路はいくつかの分かれ道になっており、その先にも今いる場所に似た広い空間が広がっている。
神殿内は見た目通りかなり広いらしい。あてもなく歩いていて、はたしてエルフの姫が見つかるだろうか。
「……そこのあなた! こんなところで何をしているの?」
どこへ進むべきか迷って立ちすくんでいると、突然背後から鋭い声を浴びせられた。
驚いて一瞬跳びあがった後振り向くと、そこにはつばの短いクロッシェと呼ばれるハットをかぶった美しいエルフの少女がいた。
「ここは関係者以外立ち入り禁止よ。ましてやあなた、エルフですらないじゃない。物見遊山で入ったのなら即刻出ていって欲しいのだけど。……ちょっと、何か言ったらどう?」
そのエルフの美しさに目を奪われていたあなたは、彼女に顔を覗き込まれてはっとなった。
エルフの姫は美女揃いのエルフをして一番の美しさを持っているとの話だ。もしや彼女がエルフの姫ではないだろうか。
あなたは自分が勇者であること、エルフの姫に話すべきことがあるということを告げ、もしやエルフの姫とはあなたのことかと聞いてみた。
すると彼女は興味深げに再度あなたの顔を覗き込む。
「勇者……そう、あなたが。残念だけど私は姫ではないわ。私はリーシャ。姫様の側近といったところよ。いいわ、私が姫様に取り次いであげる。ついてらっしゃい」
リーシャと名乗ったエルフの美少女は、驚くことにエルフの姫ではなかった。しかし姫に取り次ぎが出きるほどの立場ではあるらしく、あなたは幸いとばかりに先に進む彼女の背を追いかける。
するとリーシャは歩きつつ顔だけで振り向いて微笑した。
「ねえ、私をエルフの姫だと思ったのは、姫様がエルフ一美しいと知った上での勘違いかしら? まあただのお世辞だったしても、少し嬉しかったわ。きっと姫様を一目見たら、そんなお世辞を私に言う気にはならないでしょうから」
イタズラっぽく笑うリーシャに、あなたは何も言い返せない。エルフの姫とはそこまで言うほどに美しいのだろうか。
しばらくリーシャの後を着いていくと、大きな扉の前にたどり着いた。どうやらこの先にエルフの姫がいるようだ。
「さ、心の準備はいいかしら」
扉を開けて手招きするリーシャに導かれるまま、エルフの姫がいる室内に足を進める。
そこは美しい風景が広がっていた。神殿内だというのに木々がいくつも生えていて、壁に沿って掘られた溝には清涼な水が流れている。何らかの魔法がかけられているのか、時折水が浮き上がり水泡となって空中を舞っていた。
しかしそんな美しい風景よりも目を奪うのが、室内の中央、豪奢な椅子に腰かけるエルフの姫だった。
白いローブをまとったエルフの姫は、思っていたよりもかなり若く見える。少女と女性の中間とも言える絶妙でありながら色香と処女性を合わせ持った顔立ちで、体つきも見た目にそうように中間的な美しさを持っていた。
胸は大きいというわけでもなく、しかし小さいわけでもない。腰も細いがしなやかさを持っていて、すらりと伸びる足先は陶器のように美しい。
確かにこれはエルフ一の美しさだ。決して他のエルフやここにいるリーシャが劣っているというわけではない。ただ、彼女たちにはない神聖な雰囲気がその美しさを何倍にも引き立てているのだ。
エルフの姫、エファナの緑色の瞳があなたをまっすぐに見つめる。
「リーシャ、そこの者は何者だ?」
「勇者です、姫様。王都アルメリアに現れた火竜グリュイエールを勇者が倒したということは、お耳に入っているでしょう?」
「そうか……そなたが勇者か。それで、わざわざこんな森の奥まで何をしに来たのだ?」
あなたはこれまでの経緯を説明する。
あなたの話を聞いてエファナはしばし黙っていた。考え事をしているのだろう。あなたはその沈黙を受け入れ、わずかに流れる静かな時間を体感する。
やがて、エファナはゆっくりと口を開いた。
「ここ最近、我らエルフたちの体調がすぐれない理由はなるほど、理解できた。実を言うと私も数日前から咳が止まらず、今日は比較的体調が良い方なのだ」
言っている間にエファナは数度苦しげに咳をした。どうやらあなたの前なので、できるだけ我慢していたらしい。
「して、我らエルフに何を求める、勇者よ」
厳しい語調で問われ、あなたは一瞬怯んだ。
しかしあなたは臆せず要求を告げる。アルメリアを倒すために協力して欲しいと。
「……協力、か。残念だが、それはならん」
なぜ、とあなたが言う前に、エファナは溜息をついて立ち上がる。
そして台座の後ろの壁にかけてあった綺麗な剣を手にし、抜き払った。
「かつてこの世界には女神がいた。今や魔王に封じられその名も存在も失われた、偉大な女神が。この剣は女神が存在していた時代に、その女神の使徒であるクルスククスが我らエルフの生き方を称えて授けたといわれる、いわば我らエルフの誇りだ」
神妙な語り口のエファナを前にして、さすがにあなたは黙って聞き入るしかない。彼女はそのまま語りを進めていく。
「エルフの生き方とは、自然との共存。森の中で生き、動物を狩り、その命に感謝をし、草木を愛す。我らエルフは俗世との関わりを良しとはしない。ただこの森の中で、敬虔に過ごしたいだけなのだ。ゆえに、勇者や魔王、あるいは他の魔物娘らに与する訳にはいかん。その生き方こそが女神の使徒に称えられた我らエルフの生き方、誇りそのものであるからだ」
エルフは純粋な人間とは違い、彼女たち独自の文化や生活体系を持っている。どうやらエルフという種族の生き方として、誰にも協力することはできないらしい。
しかし、このままでは彼女たちの生命が脅かされる事態にもなりかねない。事実魔界の門が開きつつある状況で、エルフたちは次々に体調を崩しているのだから。
そう改めてあなたが訴えるも、エファナは力なく首を振るばかりだった。
「魔界の門が開き、そこから流れ込む風が我らエルフを脅かすというのなら……それもまた、自然の成り行きであろう。我らエルフはただ事の成り行きを受け入れるのみ。これはエルフの姫としてではなく、エルフという種全体の意思に他ならない」
頑ななエファナに、ついにあなたも言葉を無くした。己の生命すら意に返さず自然に身を任すという、その誇り。もはや、言葉で解決できることではなかった。
協力できない、と言うのなら、それを受け入れるしかないだろう。
「……そもそも勇者よ。そなたはなぜ、アルメリアなどという魔物娘を追う。魔界の門を開放させてはならぬからか? かの魔物娘の所業を許せないからか? だが、それは私情というものだろう。勇者であるそなたの役目は、魔王を倒すことのはず。ならばこのような寄り道などせず、魔王討伐だけを考えて行動するべきだ」
詰問するようなエファナに、あなたは反論する。ただ魔王を倒すだけが勇者の務めではないはずだと。
「……いや、勇者に望まれているのは、ただ魔王を倒すことだけであろう。しかし……そうか、それがそなたの答えか。そなたにはそなただけの意思があるのだな」
どことなく考え込むように俯くエファナ。それは、まるで何かに祈っているかのように見えた。
わずかに沈黙の時間が流れる。ややあって沈黙を裂いたのは、あなたの傍らにいたリーシャだった。
「姫、勇者はエルフのため、ひいては人間たちのために戦う覚悟を持ってこの地にやってきたのです。ならば我ら誇りあるエルフは、彼の勇気に報いらなければいけないと思いませんか?」
「……何が言いたい」
「直接的な協力が出来ないとしても、彼に森の中を案内する程度は問題ないはずです。この地に生きるエルフとして、この地で生きる作法を教えるということだけですから」
「……良いだろう。リーシャよ、ならばその任はそなたに任せる」
「ありがとうございます。では、早速」
リーシャはエファナに深々とお辞儀した後、あなたに振り返って微笑した。そしてあなたの手を取って歩いていく。
「さ、行きましょう。森の中を案内するわ」
手を引かれるまま彼女の後をついていくあなた。いったいなにが何やら、エルフは勇者に協力できないのではなかったのだろうか。
神殿を出たところでリーシャは立ち止まり、あなたに振り向いた。そしてあなたの疑問に答える様に口を開く。
「森の中を案内するっていうのは方便よ、方便。大っぴらに協力はできないから、私という個人が勇者に森の中を案内するって建前で一緒にアルメリアを探すって言ってるの」
イタズラっぽくほほ笑むリーシャ。なるほどそういうことかと、あなたは頷いた。
「でも、それはあなた次第だけどね」
なにやら含みある言い方に、あなたは首を傾げた。
「さっきの姫様の言葉、ちゃんと聞いていたでしょう? わざわざ勇者であるあなたが助けに来たっていうのに、エルフという種族は協力できません、なんて薄情だと思わない? 自分たちに関わりある問題なのに日和見主義なんて、呆れちゃうでしょ?」
若干怒りが滲んでいるリーシャに、あなたは気圧されつつ頷くしかなかった。
「そんなエルフたちを、あなたはわざわざ救うっていうの? 姫様も言っていたわ、勇者の役目とは魔王を倒すことだって。世界を救うことがあなたの役目ではないのよ? なら、わざわざアルメリアと戦うなんて危険を冒す必要はあるのかしら?」
勇者の役目は魔王を倒すことであって世界を救うことではない。リーシャのその言葉を聞いてあなたは考え込む。
確かに、勇者であるあなたに課せられた役目は魔王を倒すことだ。しかも魔王ファリシアは今のところ人間たちの存在を脅かしていたりはしない。つまり現状、ファリシアを倒すことによって結果的に世界が平和になるということも起こり得ない。
勇者であるあなたの役目は、あくまで魔王ファリシアを倒すことだけ……そこにあなたは何か不思議な引っかかりを抱くものの、そのもやもやとした気持ちの正体は掴めない。
勇者であるあなたの役目をあらためて考えた時、魔界の門を開こうとするアルメリアを倒す必要性は確かに皆無だった。例えこの世界が魔界の風に包まれ人々が苦しんだとしても、魔王を倒せばあなたの目的は達成できるのだ。
ゆえに、危険を冒してアルメリアと戦う必要などどこにもない。ましてや、被害を直接受けている当のエルフすら助けを求めてはいない。
選択の時だ。苦しむエルフのため、ひいては将来の人々のためにアルメリアと戦うか、勇者として魔王を倒すため無駄な危険を避けるべきか。
……。返答を待つリーシャの視線を感じる。彼女ははたしてどんな答えを待っているのだろうか。
あなたは、彼女の真意は別として、あなた自身の答えを導き出した。その想いを込めて、リーシャの瞳を真っ直ぐ見つめ返す。
「……そう、戦うのね、アルメリアと」
勇者の役目は魔王ファリシアを倒すこと。しかし、ここでアルメリアを放っておくことなど出来るはずがない。
ただ魔王を倒すだけが勇者ではない。それが、あなたが導き出した答えだった。
……だが、その答えを出した時、この世界の雰囲気が少し変わったのをあなたは肌で感じ取った。
なにが起こったのかは分からない。しかし、今確かにこのツゴウノイイファンタジー世界に何かが起きた。
……しかしその気配はだんだんと薄れていく。今の感覚が何なのか、あなたには全く分からない。ただの勘違いだったのだろうか? そんなことまで思ってしまう。
「……ねえ、なんでさっきはちょっと格好いい顔してたのにいきなり呆けてるのよっ」
リーシャに言われ、あなたははっとした。頭を振って先ほど感じた不思議な感覚を遠くへと追いやる。
「まったく……頼りになるのかならないのか、よく分からない勇者様だわ」
怒ったように頬を膨らませるリーシャに返す言葉はなく、あなたは乾いた笑いを見せるだけだった。
「……まあいいわ。アルメリアと戦う覚悟があるのなら、私も協力してあげる。ついてきて、会わせたい方がいるの」
エルフの姫に会った直後で更に会わせたい人がいるとは、いったいどういうことだろうか。
訝しげにリーシャを見つめていると、彼女はくすりと笑い、突然胸元をはだけだした。
彼女の少女らしい容姿に似合った小さな胸が露わになる。それを見て、あなたは思わず息を飲んだ。
それはリーシャの胸を見たからではなく……彼女の胸元にある、不思議な模様を目にしたからだ。
あなたはかつてこの胸元に刻まれた不思議な模様を見たことがある。そう、これは魔王の呪いの証だ。
これが刻まれているということは、つまりエルフの姫の側近であるリーシャは……。
「そういうこと、よ。でも安心してちょうだい。別に今回は勇者に敵対するつもりはないし、むしろ、魔王様はあなたに協力したがっているわ」
耳を疑う言葉に、あなたは絶句する。リーシャはそんなあなたに背を向け、歩いていく。
ついてこい、ということなのだろう。どこへ向かうのかは知らないが、彼女の行く先に会わせたい方とやらがいるらしい。
その人物に薄々心当たりを抱きつつも、あなたは大人しくついていくことにした。