リーシャに連れられてきたのは、静寂の森の外だった。
先ほどまで森の中に居たため気づかなかったが、昼間の空は晴天で太陽がよく輝いている。
わざわざ森の外へ連れてきて、リーシャはいったい誰に会わせようというのか。
その答えを薄々分かっていたあなただが、にわかには信じられない。
ふと、あなたは気づく。目の前の地面に、小さな影が描き出されていることに。
この影はあなたのものでは無ければ、傍らにいるリーシャのものでもない。あなたとリーシャの影は太陽とは逆の方向、すなわち背中から後ろへ伸びている。
空中を眺めてみても何もいない。正面の地面に浮かぶ影は、その影を映し出す主が不在なのだ。
主無き影が、突然膨らんだ。地面から影の触手のようなものが湧き上がり、それらが複雑に絡まり合って、やがて小さな塊となる。
その影の塊がするりと紐解かれていくと、その中に少女の姿が浮かび上がった。
半ズボンを着用し、金髪の長い髪を纏め上げた、不思議な雰囲気の少女……魔王ファリシアが、そこに現れたのだ。
「お久しぶりですね……というほどには、それほど時は経っていませんか。なんにせよ、また会えて嬉しいですよ、勇者様」
気軽な挨拶をされたあなたは、しかし警戒するように一歩下がった。
ファリシアの呪いの刻印を胸に宿すリーシャ。そんな彼女が会わせたいという人物は、まず魔王ファリシアだろう。そう考えていたあなたは、この再会にそこまで驚きを感じない。
驚きはない……が、当然警戒心はあった。なにせ魔王ファリシアは王都でグリュイエールの封印を解いた張本人なのだから。
アルメリアが魔界の門を開放しようとしているこの状況で、また何か厄介なちょっかいをかけにきたとしか思えない。
「……何やら面倒事が増えたと言わんばかりの顔ですが、心外です。私は今回、あなたの協力をしたいと思ってわざわざやってきたのですよ?」
魔王直々に協力したいなどと言われて、その言葉をそのまま信じる輩ははたしているだろうか。なにか罠があるに違いない。そう考えるのが普通であり、あなたもそう思わずにいられない。
「なんだかものすごく信用されてないような気がするのですが」
ちょっとばかり不機嫌になったのか、ファリシアは眉をひそめていた。
「……いや魔王様、それはそうでしょう。魔王が勇者に協力しようとするなんて、どう考えても罠ですよそれは」
リーシャの呆れ声を聞いて、ファリシアはため息をついた。
「罠などと面倒な策は私の趣味ではないのですけどね。勇者様にはもう少し私のことを知ってもらわなければいけないような気がします。……よし、ならばまずは私の愛読書を十冊ほど知ってもらいましょう」
ふざけているのか本気で言っているのか、ファリシアは本のタイトルらしきものを次々と口にしていった。
勇者であるあなたと魔王がこうして相対して、なぜ愛読書のタイトルを延々聞かされなければいけないのか。あなたはファリシアが口にするなにやら危険そうな魔術書らしきタイトルを鋼の意思で無視し、結局何の用があってきたのか問いかけてみる。
「ですから協力ですよ。勇者様はアルメリアを倒すつもりなのでしょう? 私としても、アルメリアはぜひとも勇者様に倒してもらいたいのです」
含みのある言い方に、あなたは怪訝な表情を返した。
するとファリシアはあなたが興味を持ったことを確信したのか、少し嬉しそうに微笑する。
「まず……勇者様がなぜアルメリアを倒したいのか当ててみましょう。それはおそらく、魔界の門を開放されたくないからでしょう?」
あなたは頷いた。魔界の門が解放されると、エルフを含め王都やその他多くの人々に悪影響がある。そのためアルメリアの企みは挫かなければならない。
「魔界の門を開放されたくない。まさにその一点が私とあなたの共通する目的です。魔界の門を開放されては、私にとっても少々不都合ですので。ですから勇者様にアルメリアを倒してもらい、それを阻止して欲しいのですが……」
ファリシアはちらとあなたの背後に広がる静寂の森を眺めた。
「理想としては、魔界の門を完全開放させずにアルメリアを倒して欲しかったところです。しかし、この様子では無理ですね。彼女は門が完全に開放されるまで決して表に出てこないでしょう。となると、力を取り戻したアルメリアをどうするか、そして開放された魔界の門をどう閉じるか、が焦点となります。ここまでよろしいですか?」
倒すべき魔王からなんだかものすごく丁寧に教えられている状況が少し納得いかないものの、あなたは頷いた。
しかしこの程度のことはあなたも当然知っていることである。結局あなたがやることは変わらない。アルメリアを倒し、魔界の門を再度封じてしまえばいいのだ。そこのどこに協力してもらう必要があるのだろう。
「……ねえ、そもそもあなたって魔界の門の封じ方を知っているの?」
……。
リーシャに言われて、あなたは呆然と口を開けた。それを見てリーシャは呆れた表情になる。
そう、魔界の門の封じ方などあなたは知らないのだ。アルメリアを倒せば都合よく閉じるとばかり思っていたが、どうやらこの様子だと違うようだ。
「魔界の門を閉じるのははっきり言って簡単です。魔力を使って強引に閉じてしまえばいいだけのことですから。しかし、閉じ続けるとなると話は別。常に閉じ続けておけるほど膨大な魔力を有しているのは、まず私くらいのものでしょう。あと貴重な魔水晶も必要ですし」
ようやく話が見えてきた。ファリシアが協力するというのは、魔界の門を封じることを言っていたのだ。
「魔界の門を私が再度封じる代わりに、アルメリアをあなたに倒してもらいたい。それが私の申し出る協力です。ご返答は?」
もともとアルメリアを倒すつもりだったあなたにとって、それは何の不利益がない申し出だった。しかし、だからこそ気にかかる。
かつてファリシアはアルメリアやグリュイエールを相手に勝利し、魔王の肩書きを欲しいままにした過去があるらしい。ならばなぜ、自らアルメリアを倒そうとせず勇者であるあなたに倒させようというのか。
あなたがアルメリアを倒せば、当然アルメリアを屈服させ強力なしもべとして共に戦ってもらう。
ならばファリシアからすれば、自らアルメリアを倒して魔界の門を閉じることこそ最良ではないだろうか?
腹の探り合いなど時間の無駄だと割りきり、あなたは単刀直入にそのことを聞いてみた。
すると、ファリシアはくすりと笑った。その幼げな容姿に見合わぬ、妖艶な笑みだ。
「確かに、アルメリアを倒せる実力も自信も私にはあります。しかし、話はそれで終わらないのですよ。私が一度や二度倒したところで、彼女は決して諦めません。グリュイエールもそうですが、彼女たちのそういうプライド高いところを私は気に入っています。とはいえ、さすがに何度も戦いを挑まれては面倒ではないですか」
面倒、などとグリュイエールが聞けば激昂してしまいそうな言葉で彼女たちのプライドを片付けるファリシアに、あなたもめまいを覚えそうになる。
「何が一番面倒かと言うとですね、アルメリアは私に勝つまで何度も魔界の門を開放しようとするのですよ。そのたびに魔水晶を壊されては私も困ります。あれ、本当に貴重なのですから。……そこで勇者様の出番です。あなたがアルメリアに勝てば彼女をしもべにし、今後魔界の門を開放させたりはしないでしょう? 私は面倒なイタチごっこを避けられる。勇者様はアルメリアをしもべに出来る上、魔界の門を再度封じてもらえる。これ以上ない落としどころではないですか」
確かにそうなればこれ以上ない結果になる。ある意味とてもツゴウノイイ展開と言えないこともないのだが……。
しかしいかんせん、ファリシアは勇者であるあなたが倒すべき相手だ。その相手と気軽に手を組むのは、はたしていかがなものか。
あなたはたっぷりと沈黙し、考え続けた。時間にしてどれくらいだっただろうか。ファリシアとリーシャはその間、口を挟まずあなたの考えるままにさせてくれていた。
長考の末、あなたはついに決断を下す。
ここは勇者として大変遺憾ではあるが、魔王ファリシアと手を組むとしよう。
大事の前の小事というやつだ。あなたはすでに一度、魔王ファリシアよりもアルメリアを先に倒すという決断を下している。今何よりも優先すべきは、その決断なのだ。
これはちゃんと真面目になって考えた末の判断なので、気軽に手を組んだことにはならないはずだ。
そう自分を納得させたあなたは、しかたなく、そう、非常にしかたなくだがファリシアと手を組むことにした。
その旨を伝えると、ファリシアは満足げに頷いた。
「冷静な判断をしていただいて嬉しいです。では、アルメリアを倒した後の魔界の門の処遇は私に任せて下さい。約束は違えずに果たすことを誓いましょう。それと……リーシャ」
「はい」
「あなたは勇者に協力し、アルメリアの探索にはげみなさい。おそらく魔界の門は数日中に完全開放され、アルメリアはそれと共に行動を開始するでしょうが……何もそれをただ待っている必要もないでしょう。アルメリアの力が戻らないうちに戦いを挑めれば、非常に有利ですから」
「分かりました」
リーシャは律儀に跪いてそう言った。この様子からすると、彼女はいやいやファリシアに従っているわけではなさそうだ。
「では、私は勇者様がアルメリアを倒すまで姿を消しましょう。私の気配が彼女に察知されれば、おそらく彼女はこの森から離れてまた別の場所で事を起こそうとします。そうなると面倒でしょう?」
さすがにこればかりはあなたも頷くしかない。おおよそとはいえ、せっかく潜伏場所を特定したのだからぜひとも逃がしたくはないものだ。
ファリシアの足元に伸びる影が突然揺れ動き、最初に現れた時のように彼女の体を包みだした。
そしてそのまま彼女の姿は影も形も失っていく。その寸前で、彼女は言い忘れていたとばかりに口を開いた。
「一応言っておきますが、完全に力を取り戻したアルメリアを倒すのは、今のあなたでは骨ですよ」
ファリシアはそれだけを言って完全に姿を消した。
言い返す言葉は無い。例えこの場にまだファリシアの姿があっても、何も言えなかっただろう。
「さて、と……魔王様も行ってしまったことだし、早速行動を開始しましょうか。といっても、実際に動くのは私の役目だけどね」
リーシャはあなたに向けて、得意げにウインクをした。
「アルメリアの探索は私に任せて、あなたはエルフの国に戻ってまだ元気なエルフたちとエッチなことをしてきなさいな。最悪の場合を考えて、できるだけ強くなっておかないと身を亡ぼすわよ?」
言われるまでもない、とばかりにあなたは頷いた。
最悪の場合とは、力を完全に取り戻したアルメリアを相手にする場合のことである。
ファリシアが言う通り、今のあなたでは完全に力を取り戻したアルメリアと戦うのは酷なことだ。
どんな状況になっても後悔しないよう、やれるべきことは全てやっておこう。
一見ツゴウノイイ展開を迎えているようだが、どことなく先行きに困難な影を感じるのはなぜだろうか。あなたは不安を覆い隠すよう、一度咳払いをした。
さあ、エルフの国へ戻り、エルフたちとセックスして今よりも強くなるのだ。
ここから先、決して後悔を抱かないように。