あなたがエルフの国にやってきてあっという間に三日が過ぎ去った。
そして四日目の朝。
「ごめんなさいごめんなさい、アルメリアはまだ見つけてないですお願い性奴隷はやめて私自由に生きたいから性奴隷だけはどうかこの通り」
寝起きのあなたを迎えたのは、リーシャの本気土下座だった。ぼんやりとしたあなたの耳に、彼女の必死な謝罪が聞こえてくる。
やはり三日程度でアルメリアを探し当てるのは無理だったようだ。リーシャは昨日徹夜で探索していたようだが、あなたはどうせ無理だろうなぁ、と薄ら思いつつ寝たので、別にリーシャを責めるつもりなどない。
しかしリーシャはそんな温度差に気づかないようで、今だに土下座をし続けていた。
「わ、わかった、わかったわよ。この程度では謝罪にならないって言うんでしょ? だ、だったら脱ぐ! 全裸で土下座してやるわよ! 見なさい! これが私の本気の土下座よ!」
朝から頭フルスロットルなリーシャが服を脱ぎ始めたので、あなたは慌ててそれを制した。
「いやー! 離して! 離してよ! 全裸で土下座しないとあなたのような鬼畜勇者は納得しないでしょ! 脱ぐから離してー!」
なぜ全裸土下座をしなくていいと思っているのに鬼畜勇者とまで言われなければいけないのか。完全にパニックに陥っているリーシャをなだめるのは非常に面倒そうだが、これ以上訳のわからない状況はごめんなので、あなたは必死で服を脱ごうとするリーシャを押しとどめた。
そして三十分後。
「そう……別に全裸土下座まではしなくていいのね。あなたのこと、スケベで鬼畜な勇者だと思ってたけど……優しいところあるじゃない」
落ち着きを取り戻したリーシャは、なぜだか顔を赤らめながらそんなことを言っていた。
この無駄な三十分で得られたのはリーシャのわずかな好感度だった。本当に何だったのだこの時間は。
とはいえ、アルメリアをいまだ見つけられてないという現実は重く受け止めなければいけない。なにせあれだけ自信満々だったリーシャがいまだ見つけていないのだ。このままでは、魔界の門が広がりきるまでアルメリアを探し出せないという可能性を考えておかないといけない。
ひとまず朝食を取ってからリーシャと今後のことを話し合うとしよう。
「……言い訳でしかないけど、ちょっと妙なのよ」
リーシャと共に朝食を食べていると、彼女はおもむろにそう切り出した。
三日でアルメリアを見つける、という約束を違えたことに負い目を感じているのか、リーシャの表情はやや暗い。
あなたは別に気にすることは無いとリーシャに伝えた。そもそも土地勘のあるリーシャですらアルメリアを探し出せていないのだから、あなたにどうこう言えはしない。彼女が見つけられなかったというのなら、もうどうしようもないのだ。
しかしリーシャは首を振って答える。
「ううん、そのことは悪いと思っているけど、そういうことを言っているんじゃないの。魔界の門についての話よ」
神妙な表情を見て、あなたは食事の手を止めて彼女を見つめた。
「あれからもう三日も経っているわ。なのに、森を包む魔界の風が全然濃くなってないの。本来ならもう半分以上魔界の門が開いていてもいいはず……でも、そんな気配が全然感じられないのよ。アルメリアの居場所が見つからないのは、正直そっちが原因と言っていいわ。私、門がある程度開けば、魔界の風がより濃い方にアルメリアがいると思っていたから……」
……それはつまり、アルメリアはもうこの静寂の森にはいないということだろうか。
そう聞くも、リーシャは困ったように首を傾げるだけだった。
「正直よく分からないわ。魔王様の話ではアルメリアはかなりプライドが高いみたいよ。そんな奴が一度開きはじめた門を放棄するかしら? そもそも門が一度開きはじめた後、別の場所でまた門を開けられるかも分からないし……といって、門を開くこと自体を諦めるような相手でもないらしいでしょう?」
あるいは、魔界の門を開くのに手こずっているという可能性もある。そうだとすれば、それはあなたにとって追い風だ。
「とにかく、今日もアルメリアを探してみるわ。それで……良かったらあなたも一緒に来ない? 一人では気づかなかったことがもしかしたらあるかもしれないし……」
リーシャは大分自信を失っているようだ。しかし、あなたが慰めたところでそれを取り戻すことはできないだろう。
あなたは黙って頷き、リーシャの提案を受け入れた。アルメリアがまだこの森に潜んでいようがいまいが、とにもかくにもまずは探索が必要である。
食事を再開し、朝食を全てたいらげた後、あなたはリーシャと共にエルフの国の門へ向かうことにした。
「……? なにかしら、ちょっと騒がしいわね」
門前へ向かう途中、慌ただしく走るエルフの武装兵と何度かすれ違う。リーシャは不思議そうにそれを見ていたが、首を傾げるだけで足は止めなかった。
門前へたどり着いてみると、大勢の武装エルフが門の入口に群がっていた。
これでは森へ出ることができない。あなたとリーシャは顔を見合わせた後、門前に群がる武装エルフに近づく。
「ちょっとあなたたち、こんな朝から何を騒いでいるの?」
リーシャが尋ねると、武装エルフが騒めきつつ門への道を開ける。そして門前にいた一人の武装エルフが近づいてきた。
「リーシャ様! 実は今問題が起きてまして……姫様にお伝えするため数人送ったところでございます」
リーシャはエルフの姫エファナの側近である。いわば姫の次に偉い立場にあるのだろう、武装エルフはかしこまった様に頭を下げていた。
「問題……? 何かあったの?」
「実は今朝方、突然ピクシーの群れが我が国を取り囲み始め、現在もその数が増えているのです。この国が完全に包囲されるのも時間の問題かと」
「な、なんですって!?」
あわを食ったようにリーシャが大声を出した。
エルフの国が包囲され始めているという衝撃もさながら、リーシャをより驚かせているのはピクシーの群れという部分だった。
他のエルフたちはピクシーが最近攻撃的になったと認識しているのだろうが、実は違う。真実はアルメリアの操る魔界の風によって自我を失い、彼女の意のままに操られているのだ。
魔王のしもべであるリーシャはそのことを知っている。だから、そんなピクシーたちがエルフの国を包囲し始めたということの意味を理解していた。
「まさか、アルメリアの奴……!」
リーシャが憎々しげに言うのと同時だった。
突然、周囲の武装エルフたちが大きく咳き込み始め、次々と倒れ込む。
いったい何が起こったのか。あなたが正しく理解を働かせるよりも先に、それが起こった。
突如強風が巻き起こり、あなたの体を大きく揺さぶる。同時に、目に見えない無色透明の風が黒き色を纏い始める。
これは魔界の風だ。高濃度の魔力を含み、黒き色を含んだ魔界の風が、今このエルフの国に吹きすさんでいた。
そしてエルフの国が……いや、この静寂の森全体が、暗闇に包まれていく。
空を見てみると、太陽の光に覆いかぶさるように黒点が出来ていた。それは見る間に大きくなっていき、あっという間に太陽を覆いつくす。
今樹海から覗く空には、黒く禍々しい穴が開いていた。
「魔界の門……!」
リーシャが呆然としながらそうこぼすのと同時に、あなたも理解する。
魔界の門がついに開放されてしまったのだ。
「ごきげんよう、と言うべきかしら、エルフの皆さん。そして……勇者様?」
大きく翼をはためかせて、紫色の肌をした竜が森の空を飛び回る。竜……いや、違う。竜に似ているが、グリュイエールとはその翼もかぎづめの形も大きく違っている。
あれは竜でなく翼竜、つまりワイバーンなのだ。それは魔界の門を背にして、羽ばたきながら高度を維持しはじめた。
遠目から見える。その竜の背には、淡いエメラルドグリーンの長髪を風に流した美しい魔物娘がいた。
ダークフェアリー、アルメリア。今彼女は、しもべであるワイバーンの魔物娘、リュミスの背に乗りその姿を現したのだ。
しかし、いったいなぜ急に魔界の門が空に現れたのだろうか。リーシャの話では、魔界の門が開いている気配は無かったはずである。
「やられたわ……あいつ、風の魔法で門を見えなくしていたのよ」
そういえば、アルメリアと初めて出会った時、彼女は突然姿を消し去っていた。風の魔法により気流を操作し、光の屈折によってその姿を見えなくする……彼女はそんなまねが出きるらしい。
そしてその魔法を用いて空に浮かぶ開いた魔界の門を見えなくする。もはや想像の埒外にあるとしか言えない魔法の運用だ。
だが、魔界の門から流れ込む魔界の風はどうやって隠すというのか。そう考えてあなたはすぐにバカな考えを抱いたと自分を戒めた。アルメリアは魔界の風を自在に操れるのだ。魔界の風を一時的に流れ込ませないようにすることくらい簡単にできるだろう。
一歩どころか、二歩、三歩上を行かれている。アルメリアは魔界の門を安全に開くため、いくつもの策を巡らせていたのだ。
「でもまだよ。まだあの門は完全解放に至ってない。おそらく六、七割ほどの大きさよ……だから、アルメリアはまだ完全に力を取り戻していないわ」
リーシャが教えてくれたこの情報は、はたして吉報だろうか。むしろここまで十全にことを進めておきながら、門が開ききる前に突然その姿を現したのが不気味に思えてならない。
「聞きなさい、勇者よ。私からあなたに、一つ提案をしてあげます。明日の朝を迎えるまでに、この森から撤退しなさい。そうすれば私はあなたを見逃してあげますわ。でも、もし朝までに撤退しなかったら……」
アルメリアの声に嗜虐的な色が含まれてきたのを察して、あなたは冷や汗をかいた。
「ピクシーの群れたちに、エルフの国を攻撃するよう命じます。さて、魔界の風に苦しむエルフたちに抵抗する力はあるかしら? ふふ、あは、あはははっ!」
アルメリアはひとしきり笑った後、それでもまだ含み笑いを残しつつ再度口を開いた。
「さて、今のは勇者に対する提案でしたが、次はエルフたちへ提案しましょう。明日の朝までに、勇者をエルフの国から追い出して私に差し出しなさい。もし勇者を匿ったり、あるいは勇者に森の外にでも逃げられたりしたら、ピクシーの群れにあなたたちの国を攻撃させます」
「なんてこと言いだすのよあいつ……」
リーシャもあなたも絶句するしかない。提案などと言っておいて、これは脅しだった。しかも勇者であるあなたとエルフたち、それぞれにかける脅しである。
「ふふ、まあ明日の朝までたっぷりと時間があるわ。勇者もエルフたちも、ゆっくりと時間をかけて考えてみることね。あはははっ」
アルメリアは哄笑を残して、ワイバーン共々飛び去った。おそらく静寂の森のどこかに着地するのだろう。それがどこか、今考える必要はない。
今必要なのは、この状況への対処だ。
空には魔界の門が浮かびあがり、地には咳き込みながらうずくまるエルフたち。そしてエルフの国はピクシーの群れに完全包囲されている。
この状況であなたがするべきことは……それはすぐに思いついた。
あなたは一人、エルフの国の門へと近づく。するとリーシャがあなたの肩を掴み押しとどめた。
「ちょ、ちょっと、まさか戦うつもり!?」
あなたがかもし出す戦意をリーシャは感じ取ったらしい。
そう、この状況であなたが導き出した答えは、アルメリアと戦うことだった。
アルメリアの提案という名の脅迫は結局、勇者であるあなたを排除する方向性を持っている。どのみちあなたはアルメリアと戦うつもりだったのだ。ならばここは行くしかない。
「お、落ち着きなさいよ。今無策で出ていってどうしようっていうわけ? 外にはこのエルフの国を包囲できるほどのピクシーたちがいるのよ? そんな多数を相手にしながら森のどこかにいるアルメリアを探す? そんなことできるわけないわっ」
リーシャの言うことはもっともだった。しかし落ち着いたところで事態が好転するわけでもない。
そんな頑なな決意を抱くあなたをなだめる様に、リーシャは言葉を重ねる。
「いい? まずアルメリアがわざわざこんな脅迫をしてきた意味を考えてみなさいよ。あいつはここまで開いた魔界の門を今まで隠してきたのに、なぜわざわざそれを見せびらかせてまであなたに脅迫してきたの? このまま門が完全開放されるまで隠れていればいいのに、なぜ?」
……確かにそれは引っかかる。あなたはそう思って沈黙した。
このタイミングでアルメリアが脅しをかけてきた理由……それはいくつか思い当たるが、その中でも有力なものがある。
あなたがそれを思いついたのを察したように、リーシャが口を開いた。
「そうよ、アルメリアはもうこれ以上魔界の門を隠せないと悟ったの。だからあえてその姿を晒してあなたに脅しをかけてきた。そしてこのことからいくつか分かることがあるわ」
リーシャが一つ指を立てる。
「まずは魔界の門が完全開放されるまでのリミット。アルメリアはわざわざ明日の朝までと期限をつけてきたわ。つまり、門が広がりきるまでにはそれくらいの時間がまだ必要ということ。刻限よりも余裕を持って見ていると仮定して、早くても真夜中になるまでは門は完全開放されないはずよ」
リーシャがさらに二つ目の指を立てた。
「そして、アルメリアは現時点の段階で勇者であるあなたのことをかなり警戒している。魔界の門が半分以上開いていても、あいつの力がある程度戻るのにまだ少し時間が足りないのでしょうね。今まで弱体化していた分、元の力が馴染むまで時間がかかるのよ。つまり、今あなたと戦うのは分が悪いとあいつは思っている」
ならばこそ、今戦いにおもむくべきではないか。そう言いかけるあなたをリーシャの声が制した。
「力がある程度戻るまでの時間稼ぎが、さっきの脅しとピクシーの軍勢よ。脅しであなたに迷いを抱かせ、時間を稼ぐ。そしてもし戦う覚悟を抱いたのなら、ピクシーの軍勢で足止めさせる。いくらピクシーが弱くても、あれだけの数と戦うとなったら骨だわ。かといってピクシーたちを無視してアルメリアに戦いを挑むのは無理よ。四面楚歌に陥ってジリ貧になるのが見えているわ」
リーシャの言葉を全て聞き終えたあなたは、やり場のない感情をため息で吐きだした。
結局のところ、現状が最悪であることを改めて確認しただけにすぎない。今すぐ戦いにおもむいても、このまま無駄に時間を過ごしたとしても、たどる結果は同じである。
アルメリアと戦うにはまずピクシーたちをどうにかしなければいけないのに、その数が絶望的なのだ。エルフの国を包囲できるほどの数を一人で、あるいは魔物娘の助力を得てもたった数人で相手しては、負けないにしても倒しきるまでにどれだけ時間がかかるかわからない。それこそ夜明けまでかかる可能性もあった。
だがリーシャはくすりと笑った。この絶望的状況に瀕しながら、余裕を見せている。
「アルメリアは一つ失敗をしたわ。いえ、あいつの時間稼ぎの策は完璧よ。勇者一人を相手にするとすればね」
自信に満ちた言葉に、思わずあなたはリーシャを見つめる。
その言い草では、まるで他に戦う者がいると言っているようだ。
……まさか、リーシャが共に戦ってくれるのだろうか。
「魔王様と取り引きをしたことを忘れてしまったの? あの時からアルメリアを倒すまでの間、あなたと魔王様はいわば同盟関係よ。なら、私が手を貸しても問題ないでしょ?」
イタズラっぽくウインクをするリーシャ。おそらくこれはファリシアに命じられたわけではなく、彼女の独断なのだろう。
リーシャが一時的とはいえ仲間になってくれるのは確かに心強い。しかし、それでもまだ二人。ピクシーの軍勢を排除するには時間がかかってしまう。
そんなあなたの考えが顔に表れてしまっていたのか、リーシャは憤慨するように嘆息した。
「ちょっと、私が無策であなたに手を貸すとでも思ったの? ピクシーのことならどうにかする方法があるわ」
それは本当だろうか。そんな思いを込めてリーシャを見つめると、彼女は少しバツが悪そうに頬をかいた。
「ただ、その方法っていうのが夜にならないと使えないのよ……何も真夜中まで待てってわけではないけど、アルメリアが今よりも強くなっているのは確実ね。それでも私の策に乗る?」
あなたはしばし沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
このまま戦いに出ても勝ち目はない。ならばここは一つ、賭けに出よう。
リーシャの言う策がうまくハマる保証もなく、また策がうまくいってもアルメリアは今よりも確実に力を取り戻していて、勝てる確証も当然ない。
それでも無策無為に無謀な戦いをするよりは勝ち目がある。あなたはそう判断した。
「そう、信じてくれてありがと。じゃあ、夜まで時間もあることだし……ちょっと手を貸してくれない?」
リーシャは一度周囲を見回した。
「苦しんでいるエルフたちを、クルスククス神殿に運びたいの。あそこは神聖な空気が流れているから、こんなところにいるよりエルフたちの体に良いはずだわ」
リーシャの表情はどことなく憂いを帯びていた。エルフの生き方に嫌気がさし魔王のしもべとなった彼女だが、この惨状に思うところがあるのだろう。
あなたは快くリーシャに手を貸し、魔界の風の影響で苦しむエルフたちを抱えて神殿へと向かうことにした。