「勇者よ! 妾の背に乗れ! フェンリルとナイトメアも妾の背に乗ることを許可する!」
グリュイエールは召喚されるなりそう叫び、矮小な体に炎の魔力を纏い始める。
グリュイエールが使役する炎が彼女の周りに激しく集い、火炎の規模が見る間に増していくと共に熱波が放たれた。
そして火炎が霧散するように放たれた時には、グリュイエールは少女の矮躯から巨大な竜の姿に変貌していた。
久しく見ていなかった、グリュイエールの火竜形態だ。
あなたはグリュイエールに言われた通り、彼女の背に飛び乗った。フェンリルとナイトメアも後に続き、グリュイエールは翼をはためかせて飛翔した。
アルメリアの魔法によって周囲の木々が吹き飛ばされていたのは不幸中の幸いといえる。おかげで今グリュイエールの翼を邪魔するものは何もない。彼女は瞬く間に空に舞い上がり、静寂の森上空へたどり着いた。
あなたはグリュイエールの力を借り、リュミスと同じ高度、すなわちアルメリアと対等の舞台へとついに躍り出たのだ。
「聞け、勇者よ。アルメリアの纏う魔力の気配からすると、おそらく本来の力の六割ほどを取り戻している。これ以上奴に力が満ちるとまずいぞ。短期決戦を心せよ!」
咆哮するように言い放ち、グリュイエールは翼をはためかせて空を翔ける。
リュミスはグリュイエールに合わせるように翼を羽ばたかせ、鋭く旋回する。グリュイエールに背を向ける形で、彼女は空を舞い飛んだ。
「やはり逃げるか……! リュミスはワイバーンの姿の時毒の魔法をろくに扱えん。いわば戦闘能力が落ちている状態だが、それでも奴があの形態でいるのはなぜかもう分かっているな?」
グリュイエールの問いかけに、あなたは頷いた。
リュミスの行動理念は全てアルメリアを利するところにある。つまり彼女はアルメリアの力が少しでも戻るよう、彼女の翼代わりになって時間を稼ぐ腹積もりなのだ。
「ふん……愚かな。リュミスごときが妾から時間を稼ごうなどと、片腹痛いわ!」
グリュイエールの速度が上がっていき、前を行くリュミスの背が見る間に近づいて来た。
するとリュミスは左斜めに旋回し、高度を落としながら速度を上げていく。グリュイエールも当然その背を追った。
あなたは旋回するリュミスに不思議な思いを抱いた。あのまま真っ直ぐ翔けているといずれグリュイエールに追いつかれるのは必然だが、だからといって速度を減じてまで旋回する必要はあるだろうか。彼女はその結果失速を回復するため高度を落とし、背を追うグリュイエールに高度の優勢を明け渡している。
「……そういうことか。リュミスの奴め、どうやらアルメリアのために魔界の門から離れることができんらしいな。門から離れれば離れるほど流れ込む魔界の風の影響が薄くなり、アルメリアの力が戻りにくくなる。ゆえに門周囲を旋回するしか手がないのだろう。だが、そのような枷で自らを縛っておきながら、この妾から逃げられると思っているのか?」
グリュイエールの体に、強力な魔力が集い始めた。魔力は属性変換され猛る火炎へと変貌し、グリュイエールの周囲に浮かび始める。
そして火炎はその形を変化させ、先端が鋭く細長い姿となった。槍だ。グリュイエールが得意とする炎の魔法、ファイアランス。
それが都合四つ。前方斜め下を翔けるリュミスの背に向けて放たれる。
空を走る炎の槍は空気を燃焼させつつリュミスに迫る。翔けるリュミスの速度を凌駕する炎の槍は、じわじわと彼女に肉薄していた。
逃げられないと悟ったのか、リュミスは翼を大きく羽ばたかせ、勢いよく高度を上げる。するとリュミスより高度の位置から打ち下ろすように放たれた炎の槍は、目標を見失って静寂の森へと突き刺さった。すると炎の槍はすぐに消え去った。グリュイエールが森を焼かないよう魔法を解除したのだ。
リュミスへの攻撃は失敗に終わったが、グリュイエールにとってはその攻撃の成否はどちらでもよかった。当たればリュミスを追い詰められ、回避されたとしても、その回避行動は更に速度を減じる結果になる。そうなればリュミスはもう逃げられない。
そしてグリュイエールがそう踏んだとおり、重力に逆らって高度を増すよう斜め上に翔けたリュミスは、大幅に速度を落としていた。
もうこれ以上は逃げられない。そう悟ったのか、リュミスは鋭く旋回し、あろうことかグリュイエールに向かって突っ込んで来る。無防備な背を攻撃されるよりも、自ら距離を詰め迎撃する方が安全だと判断したのだろう。
互いに向かい合い空を翔ける翼ある者たち。両者の距離は瞬く間に縮まっていく。
グリュイエールの圧倒的な速度のあまり、彼女の背に乗るあなたは身を屈めて風の影響をやり過ごすのに必死だった。
そんなあなたは、リュミスとの距離が近くなったことで彼女の背に乗るアルメリアの姿をはっきりと瞳にうつし、思わず息を飲んだ。
アルメリアは優雅に立っていた。これまでのリュミスの激しい動きやその速度をなんとも思っていないのか、ただ風にエメラルドグリーンの髪をなびかせながら、こちらを見ている。
おそらくアルメリアは風の魔法を使い、リュミスが空を翔ける際の強烈な風を受け流しているのだろう。だとしても、この空中戦の最中に一切体勢を崩さないとは、はたしてどれほど精密に風の魔法を操っているのか。
グリュイエールはリュミス相手に優勢を保っているが、対アルメリアに関してはこの空中戦、あるいは不利なのはこちらかもしれない。
「フェンリル、ナイトメア! 妾がリュミスの相手をする! その隙にアルメリアへの攻撃を任せる! 勇者はひとまず様子見しておけ!」
あなたの不安をよそに、グリュイエールから激が飛ぶ。気がつけばリュミスはもうすぐそこにいた。接敵するまでもう幾ばくの余裕もない。
そしてグリュイエールの指示はこの状況で的確といえる。接敵の瞬間アルメリアの出方が分からない以上、ひとまず魔物娘に攻撃を任せあなたは様子見するのが最上だろう。
不安定な足場の中、うっかり落下してしまえばそれで命運は決してしまうのだ。自重するのは間違っていない。
空を舞うグリュイエールとリュミス、互いの距離が縮まった。射程圏内に入ったとばかりに、リュミスは大口を開ける。
開け放たれた口腔内に魔力が集い、紫色の液体が放出される。毒のブレスだ。それは口の中から勢いよく放たれ、拡散するように広がった。
対するグリュイエールも同じく大口を開け、体内で生成した火炎を口腔内に集め火球と化し、一息に撃ち放った。
轟々と燃える火球が毒のブレスと接触すると、一瞬にして引火し爆発が巻き起こる。
黒々とした爆煙の中交差するようすれ違ったグリュイエールとリュミス。その一瞬の間を逃すまいと、煙をかき分けるようにグリュイエールの背から跳び出した者がいた。
フェンリルだ。彼女は氷の短刀を両手に持ち、ここが空中であることの危険をかえりみずリュミスの背を目指して躍り出る。
フェンリルの攻撃対象はリュミスではなくアルメリアだ。ほんの先ほど、為すすべもなく地平に叩き落された屈辱を彼女は忘れていない。当然、以前の二の舞を踏むつもりなど彼女には無かった。
「……ミズハは援護をお願い」
グリュイエールの背から跳びあがるフェンリルがそう言っていたのを、ミズハはしかと耳にしていた。
フェンリルが跳ぶのと同時、ミズハはその手に闇の魔法で作り上げた大鎌を手にし、アルメリアを狙って投擲する。
ナイトメアの魔物娘ミズハが有する投擲術、堕天の一撃。パイレーツの三段突きと同じくスキルに属するこの投擲は、狙った対象へ正確に向かっていくという特性がある。
つまり、この爆煙の中、はっきりと見えない対象を相手にもこの効果を発揮するのだ。
「……またしつけのなってない犬がやってきたようね」
風の魔法で爆煙を跳ねのけるアルメリアは、以前と同じくリュミスの背を飛び越えて己をつけ狙うフェンリルを確認して嘲笑った。
アルメリアはかつてのように風の魔法でフェンリルを弾き飛ばそうとして……鋭く風を切る音を耳にした。
アルメリアはとっさに左手で空中を薙ぎ払った。それと同時に風の魔法が発動。鋭い風の刃が左前方へと放たれる。その一瞬後を送れて、先に広がる爆煙の中から威風たる大鎌が現れた。
風の刃と大鎌が接触し、鈍い音が空に響く。風の刃は大鎌を砕き、あらぬ方向へと打ち弾いていた。
見事投擲大鎌による奇襲を制したアルメリアだが、彼女は舌打ち一つ正面を見据えた。そこには、すでにリュミスの背に着地したフェンリルがいたのだ。
「リュミスの背は私専用だと言わなかったかしら……?」
怒気を孕む言葉に、フェンリルは短刀を構える。
「……失礼、だった?」
挑発するように嘯いて、フェンリルは一直線にアルメリアとの距離を詰めにかかる。
「そういうのは無礼と言うのよ。しつけのなってない駄犬が礼儀を弁えているとは思えないもの」
餓狼の如く迫りくるフェンリルを前に、アルメリアは余裕の態度を崩さない。
間合いが縮まり、フェンリルの短刀の距離へと至る。その寸前で、アルメリアの右手がくい、と動いた。
瞬間、フェンリルは獣耳をぴくりと動かし、その場でくるりと回転して誰もいない左方向へ回し蹴りを放つ。
誰もいない虚空へ放った回し蹴り。それは空振りで終わるはずだった。
しかし、突然鈍い打撃音が空に木霊した。それと同時にフェンリルが放った蹴り足の地点から激しい風が周囲へ吹きすさび、彼女の髪をなびかせた。
「あら、耳がいいのね」
「……同じ手は、食わない」
風の初級魔法、エアリアルブラスト。前はその魔法に気づかずまんまとその身で味わったフェンリルだが、彼女は風の音を聞くことで放たれた風の打撃を察知することに成功していた。
「悪食かと思っていたけど、意外と好みにうるさいようね。なら、これはいかがかしら」
アルメリアが右手を空にかかげる。するとアルメリアの頭上に、キラキラと輝く何かがいくつも生まれ出てきた。
その輝くものから発生する奇妙な風切り音。フェンリルはそれを聞きとがめ、警戒するように短刀を構えた。
あれは風の塊だ。先ほどアルメリアが使った魔法、エアリアルブラストは目に見えないのが厄介だったが、威力はさほどでもなかった。
しかしこれは違う。目に見えるほど圧縮された風の塊は、放たれる魔力の気配があまりにも強烈で……その威力の程は、察するだけでフェンリルが冷や汗を流す程だ。
「ごちそうよ。喰らいきれるかしら?」
アルメリアがかかげた手を振り下ろすと、頭上に現れたいくつもの輝く風の塊が次々に射出された。
風の上級魔法、ウィンドダスト。風を圧縮し輝く結晶と化して、術者の魔力が許す限りの数を放つ魔法だ。その威力は一つ一つがエアリアルブラストの比ではない。
キラキラと輝きながら高速で降り落ちるウィンドダストは、夜空が流れていく最中まさに星くずのように美しい。
しかしそれに見とれている暇などフェンリルにはない。彼女は低くうめきながら、その身に迫りくる風の結晶を切り払っていく。
もとより攻撃速度に秀でた魔物娘である。翻す短刀は舞い落ちる風の結晶の速度を凌駕し、次々と切り刻んでいた。周囲の風は逆巻き、怒涛の威勢が空気を震撼させる。
だが、あまりにも数が多い。風の結晶を二十までは数えて切り払っていたフェンリルだが、まだまだ底が見えない。空には無数の風の結晶がいまだ煌めいている。
このまま足を止めていては不利だ。そう判断したフェンリルは舞い散る風の結晶を煙に巻こうと、右へ左へ鋭く位置を入れ替え、時に後方転回をまじえ距離を取った。
だが、流星雨がごとくに降り注ぐ風の結晶は決してフェンリルを逃さない。いつの間にか彼女は追い詰められ、リュミスの背のはじからかかとをはみ出していた。
「ここまでのようね」
アルメリアが右手をフェンリルに向けて伸ばすと同時、空中に輝くいくつもの風の結晶が一斉に落ちていく。もはやその全てを切り払うことはできない。かといって逃げようにも、背後は空中。翼なきフェンリルは真っ逆さまに落ちるしかない。
だがフェンリルは迷わず背後へ跳んだ。暗く大口を開ける虚空へと身を投げ出し、地上へと堕ちていく。
その時、フェンリルの背後から何かが飛んできた。フェンリルは空中で身をよじり、その飛来する何かを足場にして再度後方へ跳躍。
アルメリアも驚愕に目を見開く驚異の体術だった。しかしそれよりもアルメリアを驚かせたのは、フェンリルが足場にしたものである。
大鎌だ。ミズハが生み出す異様な大鎌が、次々と飛来してくる。その数実に六つ。フェンリルは空中を鋭く走る大鎌を一瞬の足場にして、遠くを舞い飛ぶグリュイエールの方へと逃げていく。
フェンリルの逃走に、だがアルメリアはもう意識を向けていなかった。今彼女が注視するのは、虚空から放たれる大鎌の投擲のみ。それはフェンリルの足場にするべく放たれただけではない。確かな敵意がそこに乗っている。
放たれた六つの大鎌はアルメリアの後方、あらぬ方向へと過ぎ去ると、急に旋回して舞い戻る。
大鎌が狙うのは当然アルメリアだ。これこそがミズハの投擲の真骨頂。スキル堕天の一撃は狙った対象へ正確無比な投擲を行う技だが、正確であればあるほど軌道を読まれ回避されやすい。それを補うべく、闇の魔法で作り出された大鎌は追尾機能を有しているのだ。
アルメリアの背後から迫る六つの大鎌。その速度は空を飛ぶリュミスの速度をはるかに凌駕している。そしてその速度が生み出す威力も強大なものだ。
だがアルメリアは背後に迫る大鎌に振り向きもしなかった。ただ、彼女の周りに黒き魔界の風が集っていた。
アルメリアの周囲に集まった黒き魔界の風が渦巻く。まるで針のように鋭く伸びた魔界の風は、背後に飛来する大鎌を正確に穿ち貫いた。
避けても追尾してくるのなら、無論その術利ごと壊すほか手はない。しかし、リュミスですら手を焼いたミズハの投擲大鎌を六つも前にして、さも当然のように打ち壊すとは。
「大分馴染んできたようね」
アルメリアは背後で鳴り響く大鎌の断末魔を聞きながら、小さく嗤った。それはあまりにも邪悪な笑みだった。
「お嬢様……では」
遠くで攻撃の機会を伺うグリュイエールに注意を向けながらも、リュミスは己の主の呟きに反応を見せる。
「ええ、手はず通りになさい」
「はい。それでは、お嬢様の勝利を願っております」
リュミスは粛々とした声で言い、旋回。グリュイエールへ敵意をむき出しに突っ込んでいく。
そんなリュミスの敵意を察して、グリュイエールも同じく旋回しリュミスへ向けて加速していく。
「もはや今のアルメリアはフェンリル一人では手に余るようだな。勇者よ、次の攻撃で妾はリュミスを爪で掴み止める。その隙にフェンリルとナイトメアを連れ、アルメリアに総攻撃を仕掛けるがいい。奴は近接戦闘に優れているわけではない。貴様ら三人がかりで戦えば、勝機はあるはずだ」
フェンリルはミズハが投擲する大鎌を足場にしてすでにグリュイエールの背に復帰していた。二度の敗走を経験した彼女だが、その戦意はまだ萎えていない。次こそはアルメリアを仕留めると、彼女は無言の内で決意している。
ミズハもまた、フェンリルと同じ決意を胸に宿していた。先ほどはフェンリルのサポートに終始していた彼女だが、アルメリアを、そして魔界の門をこのまま放ってはおけないという気持ちは彼女にもしかと宿っている。
それぞれの思惑を乗せ、空を翔けるグリュイエールとリュミスは、ついに互いの間合いへと距離を縮めた。
グリュイエールはすれ違う一瞬の間を奪い、咆哮一つ竜のかぎ爪をリュミスに叩きつける。そのままかぎ爪を食い込ませ、ワイバーンと化したリュミスの巨体を掴み止めた。
「今だ! アルメリアを仕留めろ!」
グリュイエールがそう叫ぶよりも早く、あなたは二人を連れてリュミスの背へと跳び移った。
しかし、そこで見た光景にあなたを含む全員が絶句する。
アルメリアは、あなたたちがリュミスの背に着地したのを見届けると、その細い体をふわりと空に投げ出したのだ。
リュミスの背から自ら落ち、地平へ落下していくアルメリア。あなたは驚いてリュミスの背のはじから身を乗り出し、彼女が遂げる顛末を覗き見る。
だが驚くことに、アルメリアはただ落下しているのではなかった。風の魔法により気流を操っているのか、まるで滑空するようにふわりと降下していたのだ。下から吹き付ける風にまくり上がるロングスカートを左手で抑えながら、なおも優雅に。
その時、ぞわり、とあなたの背筋が震える。
それは、地平へ向かって滑空するアルメリアの右肩背後に、黒く煌めくものを確認したからだ。
記憶、というよりはもっと短い、つい数分前の出来事が脳内に再生されていく。
あれは、まずい。一瞬の出来事で更に衝撃のあまり意識を数秒失っていたため、アルメリアのあの魔法が何なのかはっきりとその目で確認したわけではない。だがそれでも、あの魔法が放たれた結果はまざまざと見せつけられている。
だが……まさかアルメリアは、リュミスもろとも攻撃を仕掛けるつもりなのだろうか。
「……ッ! リュミス! 貴様、最初からこのつもりで……!?」
グリュイエールも地平目指して滑空するアルメリアの姿を確認したのだろう。アルメリアから放たれる攻撃の気配を察し、彼女は声を荒げていた。
やはり、アルメリアはこのままリュミスごとあの魔法で打ち抜くつもりなのだ。
「正気か貴様!? アルメリアは貴様を都合よく利用しているだけにすぎんぞ!」
「……わたくしの身は、もとよりお嬢様の勝利のためにあるもの。ならば、利用されることにどうして戸惑う必要があるでしょうか。そしてグリュイエール様、お嬢様のために、あなただけはなんとしても道連れにいたします」
グリュイエールは食い込ませたかぎ爪を離し、アルメリアの魔法を回避しようと翼をはためかせる。
だがその寸前で逆にリュミスが鋭い爪をグリュイエールの巨体に食い込ませ、更には大口を開け彼女の首元に噛みついた。
アルメリアのため、決して逃がすまい。自らの身すらを犠牲にするその決意は、もはや忠誠心と呼んでいいものか。
その意志の可否はともかくとして、彼女の決意は岩のように固い。グリュイエールを逃がすまいと、深く牙を食い込ませる。
「よくやったわリュミス。褒めてあげる」
空を舞い落ちるアルメリアの称賛は、はたしてリュミスの耳に届いていただろうか。
アルメリアは、一抹の迷いなく右手を伸ばした。その手の平は、リュミスと彼女が掴み止めるグリュイエールの方を向いている。
「ぐっ、うぅっ! ま、まずい……! 勇者よ、そこから飛び降りろ! 巻き込まれるぞ!」
このままではグリュイエールもろともアルメリアの魔法を喰らってしまう。だからといって、この暗闇の空に体を投げ出すというのは戸惑いを覚えた。この高さから落ちて、はたして無事でいられるだろうか。
だが、どちらにしろこのままでは敗北は必至である。
「勇者様、行きましょう」
するりと、ミズハがあなたの左手を絡みとる。次いで、フェンリルがあなたの右肩に手を乗せた。
二人の魔物娘は無言の内にこう言っている。絶対にあなたを守ってみせる、と。
あなたはついに決意を固め、フェンリルとミズハを連れて夜空にその体を投げ出した。
「散り果てなさい、グリュイエール」
そして、ついに。
アルメリアの右肩背後に集っていた魔界の風が、リュミスとグリュイエール目がけて放たれた。