迫りくるアルメリアの風の剣。彼女の動きはまさに疾風のように速かった。離れていた間合いは一瞬で縮まり、風を切って剣が馳せる。
その剣を前に、あなたはエルフの宝剣を盾代わりにして受けることを選択した。それはアルメリアが最初にあなたを攻撃してきた際の応酬と、全く同じ姿である。
ならば、遂げる結果もまた同じ物だろうか。風の剣とエルフの宝剣が、真っ向から打ち合った。
刹那火花が飛び散る。鈍い音はそれに遅れてやってきた。
なんとか意識を保っていたフェンリルとミズハは、その光景を目にして剣が砕けたかつての瞬間を思いだしていた。アルメリアもまたそうだ。エルフの宝剣を木っ端も同然に砕いた確信を彼女は抱く。
しかし、現実は彼女の予想を裏切る結果となった。
「……なっ!?」
折れていない。アルメリアの風の剣を打ちつけられて、だがエルフの宝剣はその美しさをそのままに痛烈な剣撃を受け止めていたのだ。
凝然と噛みあう両者の剣。アルメリアは力を更に込めてエルフの宝剣をへし折ろうとするが、刃先が擦れあい鈍い音が立つだけで決して折れようとはしない。
そう、折れるはずがない。この剣はエルフの誇り。彼女たちの気高き想いが詰まっている。魔界の風が蔓延しもはや立つこともできないはずのエルフたちは、勇者であるあなたを手助けするため自らの流儀を見直し、ここへ誇りの剣を渡しに来たのだ。
誇りは決して折れず曲がらず、この夜闇を照らす暁となる。アルメリアにはかなわないと絶望を抱きはじめていたあなたを奮い立たせるほどに、エルフの誇りは気高きものだった。
エルフから受け取った誇りを剣に込め、鍔ぜり合う剣をあなたは力の限り押し込む。
「ぐっ、ぅっ!?」
徐々に、徐々に、アルメリアの風の剣は押し込まれていた。あなたの剣の圧力に屈したとでも言うように、ゆっくりと確実に鍔ぜり合う剣がアルメリアの体に向かう。
「あ、ありえないわ……! ど、どうしていきなりこんなに強く……!?」
力負けするアルメリアは、信じられないとばかりに叫んだ。しかしそれは事実を誤った発言である。
あなたは急に強くなったわけではない。確かにリュミスの毒が浄化され弱体化は解けたが、それは本来の力が発揮できるようになったという程度のことだ。
アルメリアはここにきて、一つの失敗を犯した。勇者であるあなたを格下と思い込み、もはや反撃する力もないと判断して近接戦闘を仕掛けてしまったことこそが最大の過ちである。
すでにあなたはグリュイエール、ミズハ、フェンリルといった高レベルの魔物娘を犯し、更に希少なエルフたちすらも抱いている。そのレベルと実力はもはやかつてとは比べ物にならない程だ。
それでも、地力では真の力を取り戻したアルメリアのほうがはるかに上だ。しかし、アルメリアの強さを支えるのは強力な風の魔力と魔界の風である。
あなたは空中戦の際グリュイエールが言っていた言葉を思い出す。アルメリアは近接戦闘に優れているわけではないと、彼女に比肩する魔物娘グリュイエールは確かにそう言ったのだ。
つまり、近接戦闘においてあなたは……アルメリアよりも、強い。
しかして好機は今。アルメリアがうかつに近接戦闘をしかけた今こそが最大の勝機であった。
あなたは鍔迫り合いながら力任せに剣を振るい、アルメリアの風の剣を弾いた。
「くっ……!」
剣を弾かれたアルメリアの体勢が崩れる。彼女がわずかにたたらを踏んだその瞬間を、あなたは逃さなかった。
ツバメ返しに剣を反転させ、鋭い一撃を放ってアルメリアの右脇腹を狙う。アルメリアは崩れた体制のまま為す術もなく、剣撃を見送るしかない。
あなたの鋭い一撃が、アルメリアの脇腹に食い込んだ。アルメリアは苦悶の声を出し、その威力に押し出されるかのように体を泳がせ地面にへたり込む。
一撃。ついにアルメリアに一撃を喰らわせた。その信じられない光景を前に、フェンリルやミズハ、そしてリーシャやエファナは言葉を無くす。まるで夢を見ているかのように。
だが、あなたとアルメリアだけはしっかりと互いを見ていた。まさかの一撃を貰い、信じられないという思いと屈辱を同居させてあなたを見上げるアルメリア。対して油断なくアルメリアを睨み降ろすあなた。
ほんの一瞬の睨みあいは、互いにとって永遠にも等しい体感時間だった。この状況、近い間合いの中で地に足を崩すアルメリアが不利である。しかし彼女は己の意思一つで風の魔法を扱える。
アルメリアは、はたしてどう出るか。この状況で先に動くのは正しいのか、それとも不利なのか。永遠に近い一瞬の中で、互いが互いに最善手を読みあった。
一瞬の膠着が解け、アルメリアが先に動いた。彼女は片膝立ちになり、風の剣による突き技を繰りだす。この近い間合いの中、しかも地に足を崩している状態では魔法を繰りだしても先に攻撃を喰らうのはこちらだ、とアルメリアは判断したのだろう。
その判断は実に正しい。あなたは近間においてアルメリアより有利と判断し、彼女の後の先を狙おうと体勢を整えていた。もしアルメリアが魔法を使おうとしたら、彼女の魔法による攻撃よりも早くあなたの攻撃が当たっていたはずだ。
しかし、アルメリアの選択は風の剣による刺突。風を巻く疾風の一突きは後の先を取る所ではない。ひとまず一歩引いてやり過ごすしかないだろう。
だがそうなればアルメリアの目論見通り。この一撃は攻撃ではなく、間合いを取るための布石であるとあなたは読み切った。
ならば、一歩も引くわけにはいかない。かといってこの強力な刺突を受ける訳にもいかなかった。もし喰らえば、すでに半分以下のあなたの体力は更に大きく損なってしまうだろう。
先手を取られた状態で対するは、目もくらむ疾風の一突き。通常、この一撃を前に後の先を取るのは不可能である。
しかし、あなたには頼れる魔物娘たちがいた。この場に召喚していなくても、彼女たちの助力を得る方法が一つだけあった。
スキル。極限まで鍛え、技術によって魔法めいた現象を引き起こす魔物娘のスキルは、魔法を扱えないあなたであっても扱えるのだ。
あなたは知っている。閃光のように閃き、同時に相手の急所を三つもろとも突き抜く魔法のような技術を。パイレーツのスキル、三段突き。
今、魔物娘の極限の技術をその身に宿し、宝剣がうなりをあげる。繰りだすのは閃光めく三段突きだ。
アルメリアの疾風の一突きを相手に、まさに光が閃いたとしか思えない三つの突きが放たれる。本来喉、胸、腹部を狙う三段突きは、しかし今回一手をアルメリアの刺突を撥ねるのに利用し、残り二手で彼女の体を穿った。
「なあっ!?」
アルメリアからすれば、何が起こったのか分からないだろう。呵責のない風の一突きが弾かれるばかりか、あろうことかその身に相手の刺突を受けることになるとは。しかも、同時に二撃も。
三段突きを喰らったアルメリアは、膝立ちという体勢の悪さもあって地面を数度転がった。土煙が舞い上がり、彼女の綺麗な衣服が泥にまみれる。
「この私によくもこんな真似を……! 許さないっ……!」
恥辱と怒りに燃えるアルメリアはすぐさま身をひるがえして立ち上がった。あなたはすでにアルメリア目がけて駆けていた。決して間合いを外すわけにはいかない。このまま追い打ちを仕掛けるのだ。
アルメリアは、自分目がけて疾るあなたの姿を見てどう判断したのか。あろうことか、彼女は風の剣を構えていた。
怒りで我を忘れている。それもそうだ。彼女はプライド高きダークフェアリー。その真の力さえ戻れば他を圧倒できると、誰よりも彼女こそがそう信じてきた。
だというのに、今彼女は泥にまみれている。アルメリアとて分かっている。間合いを外して魔法で攻撃をするべきだと。しかし、ここまでの目に合わせられ、逃げるように間合いを取るなど彼女には耐えがたかった。
魔界の門を開くために、どれほど長く辛い時を過ごしてきたことだろうか。力を失い羽根虫のように弱くなった己自身に、何よりも屈辱を感じていた。それを甘んじて受け入れ、好機を探っていたのだ。
だが真の力を取り戻した今、もう二度とあのような屈辱を受け入れるつもりはない。受けた屈辱は倍に返して余りある。それはもはや、理屈では推し量れないアルメリアのプライドであった。
アルメリアのプライドを前に、あなたは距離を詰める。互いの得物の間合いになったとたん、アルメリアの風の剣が数度閃いた。
上段から力任せの斬り下ろし、そこから手首を返しての斬り返し、詰めは右脇からの切り上げ。それら三手がまさに風の速度で放たれていた。
しかしあなたは最初の二手を剣で捌き、詰めの切り上げを逆巻く体捌きで反転し回避。アルメリアの側面を取り、回避行動による力を利用して回転切りの要領で彼女の後ろ首に剣を叩きつけた。
「かっ、あっ……!」
アルメリアの体がくの字に折れ曲がる。これを好機ととらえ、あなたは畳みかけるように追撃を放とうとする。
その瞬間、あなたの皮膚がぞっと粟立った。
あなたの一撃を受け体勢を崩したはずのアルメリアは、だが風の魔法を発動し強風を吹かせ、よろめく己の体を風に支えさせて体勢を持ち直したのだ。
あなたが剣撃を放つよりも一瞬早く、アルメリアが功勢にうつった。彼女の手の平が、あなたに向けられる。そこには魔界の風が渦巻いている。
これは……グリュイエールを軽々とあしらった魔法、狂咲・緋色ノ花だ。
緋色ノ花は、近接戦闘を不得手とするアルメリアが近間に攻め込む対敵を迎撃するために生み出した、いわばカウンター用の魔法である。今本来の使い方のままに、緋色ノ花が狂い咲こうとする。
「これで終わりにしてあげるわっ」
アルメリアは冷徹な声を響かせて、あなたの喉を掴みにかかった。緋色ノ花は対象の体を掴み、密着状態で魔界の風を放出することで最大ダメージを出すことができる。裏を返せば、相手の体を掴まない状態で放っては威力を損なうのだ。
迫るアルメリアの手。掴まれれば一巻の終わりであるが、回避をしようとしても大分不利だ。なぜならこちらはアルメリアに掴まれるのを避けなければいけないのに、アルメリアはこちらの体のどこを掴んでも高威力の魔法を発動できる。近間において非常に恐ろしい魔法であった。
だからといって、緋色ノ花から逃げるように間合いを外すのはありえない。こちらから間合いを取ればアルメリアはそれこそ一転して魔法による攻撃を開始するだろう。
受けるも引くも先に待つのは敗北である。ならば、それらを超える行動を起こさなければいけない。
迫るアルメリアの手を前に、あなたは自分自身正気とは思えない判断を下した。
放たれようとする緋色ノ花を前に、あなたは剣の柄を握る左手を離し、あえてアルメリアに左腕を掴ませる。するとアルメリアは邪悪に唇を歪め、彼女の手の平に集う魔界の風が荒ぶった。
「狂い咲きなさい!」
緋色ノ花が無慈悲に狂い咲く、その瞬間。あなたは掴ませた左腕に力を込め、強引にあらぬ方向へと反らした。あなたの左腕と、左腕を掴み止めるアルメリアの手の平が、空を向いた。
「っ……!」
そのまま魔界の風が渦巻き、まるで天に立ち上るようにして放たれる。ついに狂い咲いた緋色ノ花に、しかしアルメリアはもう何度聞いたか分からない驚愕の声を漏らしていた。
緋色ノ花は確かに咲いた。しかし、本来咲き誇る緋色ノ花は、掴み止めた左腕からその先にある胴体までを攻撃する予定だった。
それが今、あなたが左腕を逸らしたことで胴体へのダメージを避け、攻撃範囲は左腕だけに収まっている。
あなたは緋色ノ花のダメージを最小限に抑えるため、あえて左腕を犠牲にしたのだ。相手の体を掴み止める緋色ノ花の弱点は、掴み止めた部位とその位置によっては効果的なダメージを与えられないところにあった。だからアルメリアは普段完璧な威力を出せるよう、相手の喉を狙うのだ。
左腕を掴まされてそのまま緋色ノ花を放ったのは、焦ったとしか言いようがない。それだけアルメリアは己のプライドを汚され、また数度の強烈な剣撃を浴び徐々に追い詰められつつあったのだ。
見事緋色ノ花をしのいだあなただが、被害は甚大である。致命的ダメージこそ追って無いものの、まともに緋色ノ花を受けた左腕はもう動かない。力が入らないどころか感覚すら失せてしまっている。
だが、まだ右腕が残っている。完璧に咲き誇りつつも結果的に決定打にならなかった緋色ノ花に、アルメリアは一瞬の動揺を隠せない。その隙を狙って、あなたは右片手で切り上げを放っていた。
「あぁっぐぅっ!?」
アルメリアの左脇腹に、片手切り上げが食い込んだ。彼女の悲鳴は、それまで数度上げたそれよりも苦痛に満ちている。手ごたえからも、かなりのダメージを与えたに違いない。
アルメリアは強い。だが、決して無敵ではないのだ。暗闇に照らされる勝利への道筋をはっきりと確認して、あなたはアルメリアへの追撃を選択。上段からの斬り下ろしを放った。
だが、刃が届くよりも早く。
「……お、恐れ慄きなさい!」
アルメリアはプライドを捨てた。
アルメリアの発声と共に、恐慄・華風凛が放たれる。華風凛はアルメリアの周囲に魔界の風による結界を張り、周囲のことごとくを吹き飛ばす魔法だ。あなたは為す術もなく強風にあおられ、その体を浮き上がらせて吹き飛ばされてしまった。
近接戦闘を得意としないアルメリアにとって、華風凛は最後の砦であった。この魔法を使えば強引に対敵との間合いを取れる。アルメリアが得意とする魔法の間合いに。
あなたへ一矢報いることなくこの魔法に頼って出たのは、まさしくアルメリアがプライドを捨てた証であった。近接戦闘ではあなたに勝てないと、アルメリアは心の底で認めてしまったのだ。
だが、プライドを捨てたアルメリアを愚かと笑う者は居ないだろう。なぜならばプライドを捨てたことによって彼女は、何よりも恐ろしい実力者となったのだから。
アルメリアから数十メートほど吹き飛ばされたあなたは地面を何度も転げ回ったが、エルフの宝剣を地に突き刺してようやく飛ばされる体を支え立ち上がった。
そして気づく。真正面の遥か先にいるアルメリアが、ついに全力を出したことに。
アルメリアの右肩背後に、魔界の風が集っている。集まる魔界の風は一点に凝縮し、やがてキラキラと輝く黒点となった。
散果・天津風。アルメリアの最大、最高、最強の魔法。それは力を完璧に取り戻す前であっても静寂の森に大きなクレーターを作り、ワイバーンと火竜をもろともになぎ倒したほどの威力を誇る。完全に力を取り戻した今、その威力はかつての比ではないだろう。
それが今、勇者であるあなた一人だけに向けられている。
プライドを捨てたアルメリアは、ただ勝利のために己の全力を注ぐ。ダークフェアリーアルメリアの、正真の姿がそこにあった。
背に生える魔界の風の六枚羽も今や黒く煌めき出し、彼女の体が高濃度の魔力を放出する。暗黒妖精、その名そのままの、美しくも恐ろしい煌めくその姿。
それを前にして、あなたはいったいどうするべきか。
もはや、この状況は詰みだ。アルメリアとの距離は数十メートル。今から距離を詰めようとしても、彼女に近づく前に天津風が放たれる。だからといって、このまま立ちすくんでいては同じことだ。
アルメリアを倒すには、遠距離攻撃がいる。しかし、剣を得物とするあなたは、そんな技を持ちえていない。
……いや、ある。しもべである魔物娘のスキルの中に、この状況に適したものが一つあった。
ナイトメアミズハのスキル、堕天の一撃。これは狙った対象に向けて、正確無比な投擲を放つスキルである。ミズハは鎌を得物としていたが、この投擲スキルは剣であっても発動するはずだ。
しかし、それを使ったところで状況は好転しない。すでにアルメリアは天津風を放つ体勢にうつっている。一点照射される天津風の速度は夜空を流れる流星にも似ていた。この距離で剣を投擲しても、アルメリアの体を穿つまでの間に必ず天津風が発動する。そうなれば投擲した剣もろともにあなたは吹き飛ばされることだろう。
つまりこの状況を打破するには、天津風の速度をもしのぐ高速投擲術を用意するしかない。だが、そんなことをいきなり出きるはずがない。
だというのに、どうしてだろうか。あなたの心はこの絶望の状況でまだ諦めていなかった。
リーシャの瞳を思い出す。エファナの姿を脳裏に浮かべる。彼女たちエルフの誇りが、あなたを奮い立たせる。
この状況でも、勝つ方法はある。一つだけ。あなたは先ほどのアルメリアとの攻防を思い返して、その薄い確率を見出した。
三段突き。あの閃光にも等しい速度で繰りだされるスキルを利用すれば、勝機はある。
今問題なのは剣を投擲した際の速度だ。アルメリアが放とうとする天津風を凌駕する速度でなければ、堕天の一撃はアルメリアの体を穿ちはしない。
堕天の一撃による投擲速度は、天津風よりも明らかに遅い。だが、三段突きなら。あの同時に三つ閃く高速刺突は、天津風の速度をはるかに凌駕する。
つまりは、三段突きの速度で堕天の一撃を放つ。それがあなたがこの窮地で思いついた策であった。
はたしてそんなことができるのか……確かにあなたは魔物娘のスキルを扱うことが出きる。三段突きも堕天の一撃も、思うがままに使えるだろう。
とはいえそれを同時に……しかも、三段突きの速度だけを堕天の一撃に乗せるという離れ技を、確実にできる保証なんてどこにもない。
しかしあなたは剣を構えた。成否の確率を考えている暇などない。いや、もはや出きるか出きないかという問題ですらなかった。この困難を極める状況に立ち向かうか、それとも臆して諦めるか。ただそれだけだ。
あなたは立ち向かう。絶体絶命の窮地に。アルメリアが最強の魔法、天津風に。エルフの誇りをその手に抱いて。
弓を引き絞るように、右片手で剣を引く。三段突きから堕天の一撃を放つための構えだ。その構えのまま三段突きの閃光の刺突を一手放ち、即座に堕天の一撃を発動して手を離して投擲。そうすれば閃光めく刺突のままアルメリアを狙って投擲できるはずだ。
あなたが構えると同時に、アルメリアが右手をあなたに向けた。天津風を打ち放つ体勢に入ったのだ。
ほんの一瞬、世界そのものが凍り付いたような錯覚を抱く。それは極度の集中がもたらした体感速度の遅延だった。微かに吹く風を感じる。アルメリアの小さな呼吸が聞こえる。
息も詰まる刹那の最中に、あなたは奇妙な感覚に気づいた。この構えが……弓を引き絞るようなこの構えが、妙にしっくりとくる。
思えばエルフの宝剣は不思議な形をしていた。全体的に細身で、鍔は薄く、そして剣身の中頃は歪な螺旋を描いているその形状。
ふと、あなたは思った。矢に似ている。エルフの宝剣は、剣というよりも矢に……。
凍り付いた時が動き始めた。勝敗を分かつ刹那の時が。
アルメリアが天津風を放とうとした、その瞬間。あなたは三段突きの閃光めく刺突を放つと共に手を離して剣を投擲し、堕天の一撃を放った。
まるで、弓につがえた矢を放つように。
閃く速度はまさに光。夜空を彩る流星よりもなお速く、今あなただけに許された二つのスキルの同時発動、堕天の一突きが暗闇を照らす。
「……っ!?」
アルメリアは声すら出せなかった。天津風を放とうとした瞬きにも等しい時に、胸を目がけて閃光が翔けてくる。
反応する暇すらない。それはアルメリアの想像の埒外にあった盤外の一手。その目に投擲の軌跡をうつした時にはもう、全てが終わっている。
「かっ……あっ……!?」
いつの間にやら胸を穿つエルフの宝剣。そのあまりの威力にアルメリアは仰向けに倒れ込み、一瞬遅れて放たれた天津風は天に向けて立ち昇った。
アルメリアがそのまま地面に倒れ込むのと同時、胸を穿った威力のあまりあらぬ方向へ跳ね返ったあなたの剣が、ミズハの足元にからんと乾いた音を立てて地に落ちた。
轟々と夜空を突き抜ける天津風の衝撃音が静寂の森に響き渡り、やがて静かな時間が訪れる。
誰もが言葉を無くしていた。まだ意識を保つミズハも、フェンリルも。リーシャやエファナ、そしてエファナの側近のエルフたちも。
やがて、リーシャが呆然と口を開いた。
「勝った……の?」
アルメリアは倒れ、あなたは立っている。これを勝利と呼ばずに何というのか。
しかし、息も絶え絶えな声がこの場を引き裂いた。声の主は、グリュイエールだ。
「ま、まだだ……! アルメリアの魔力はまだ健在だ! 気をつけろ勇者よ、アルメリアはまだ倒せていない!」
グリュイエールがそう言うのと同時、アルメリが突如跳ね起きた。
「っ!」
リーシャが、いや、この場にいる誰もが絶句する。あの一撃を受けてもまだ、アルメリアは倒れていない。
跳ね起きたアルメリアは、必死の形相であなたを真っ直ぐ見ていた。すると彼女の手に魔力が溢れて風の剣が握られ、更に魔界の風が風の剣に集っていく。
「あ……ああああぁあぁ!」
アルメリアは咆哮した。絶叫にも似た、必死の雄叫びだった。彼女は地をしたたかに踏み込み、まさに風の速度であなた目がけて駆けていく。
アルメリアのその行動を目の当たりにして、あなたは理解する。彼女ももはや体力の限界なのだ。そうでなければここにきて近接戦闘をしかけるはずがない。
アルメリアはその体力がほぼ尽き、ろくに魔法を扱えないのだろう。だから彼女は賭けた。己の残された力を使って風の剣を作り出し、更に魔界の風をエンチャントして威力を底上げ。この剣の一撃を持って勝利を得る算段だ。
そしてアルメリアのその判断は、今この場において的確だった。なぜならば今あなたは剣を投擲し、無手になっているのだから。
無防備なあなた目がけて、アルメリアが距離を詰める。あっという間にあなたとアルメリアの距離は縮まり、剣の間合いとなる……その寸前、アルメリア目がけて炎の槍が飛来した。
グリュイエールの魔法だ。彼女はアルメリアの攻撃で戦線離脱していたが、幾ばくの時に体力を回復し、かろうじて魔法を使えるようになったらしい。
「邪魔を、するなあぁぁっ!」
絶叫と共にアルメリアは風の剣で炎の槍を切り裂く。グリュイエールが満身創痍なのもさることながら、魔界の風がエンチャントされた風の剣は尋常ではない威力に達していた。
軽々と炎の槍を切り裂いたアルメリアが再度あなたに跳びかかろうとして、彼女は地面と共に凍り付く自分の足に気づいた。
フェンリルが攻撃を仕掛けたのだ。彼女は短剣を地面に突き刺して小さな氷柱を生やし、アルメリアの足を地面と共に凍りつかせていた。
アルメリアの動きが止まった隙を狙って、ミズハが攻撃を仕掛ける。アルメリアの背にミズハのスキル、堕天の一撃が襲い掛かった。
「こんなものでこの私を倒せると思ってっ!?」
だがアルメリアは残った最後の魔力を使い、フェンリルの氷を破壊する。そして自由になった足で地を蹴り空中で転回し、背から迫りくる投擲物を回避した。
「追尾してこようが関係ないわ! このまま勇者を……」
アルメリアはそこまで言って、やり過ごした投擲物を見て絶句した。
投擲されたのはミズハの大鎌ではなかった。それは、先ほどアルメリアの胸を穿ったエルフの宝剣であった。
ミズハはアルメリアを狙っていたのではなかった。最初から、勇者であるあなたに剣を届けるつもりだったのだ。彼女の足元に落ちた、エルフの宝剣を。
ミズハの投擲したエルフの宝剣を、あなたは右手で掴み止める。遅れてアルメリアが地に着地した。
あなたとアルメリアは、言葉も無く睨みあった。すでにここは剣と剣の間合いだ。言葉を発する暇などとうに失せ、あとは互いに死力を尽くす他ない。この時この瞬間、あなたとアルメリアは対等となった。
アルメリアが動いた。地を踏み込み、魔界の風がエンチャントされた風の剣が流麗に輝線を描く。
あなたもまた同時に動いた。一歩しかと踏み込み、美しく輝くエルフの宝剣が虚空に誇りを描く。
両者の剣が、真っ向からぶつかり合う。
真正面から打ちつけあった両者の剣は凝然と噛みあった。だがやがて、ビシリと鈍い音が響いた。
アルメリアの風の剣に、ひびが入る。亀裂はあっという間に剣身の全体に広がっていった。
アルメリアは己の剣を見て、信じられないとばかりに唇を戦慄かせる。
「そ、そんな……私が……この私が……!」
あなたは噛みあう剣に力を込めた。するとアルメリアの風の剣が砕け散り、あなたはそのまま彼女の体に刃を叩きつける。
その一撃にエルフの誇りを全て込め……あなたは確かな手ごたえを感じていた。
「この私が……負ける……なんて……」
あなたの一撃はアルメリアの残された体力を全て奪いつくし、彼女は力なく地に崩れ落ちた。
暗黒妖精はついに地に落ちた。勝ったのは、あなただった。