※この作品はR-18です。

ツゴウノイイファンタジー   作:アーチ/arech

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63、ランガの品定め

「さあ、遠慮はいらぬぞ。たんと喰え」

 

 あなたは今、ランガの工房内でミコト姫とランガと共に昼食を取っている最中だった。

 ランガの寝こみをミコト姫が不意討ちするという想像外の出来事が起こった後、寝起きのランガは気前よくあなたとミコト姫を昼食に誘ってきたのだ。

 昼食をまだ食べていないあなたにとって、断る理由などない。それに食事をしながら友好を深めれば、後の交渉も上手くいく確率が上がるというものだ。

 

 そしてランガに工房内を案内され、鍛冶をするための大きい金床の前で食事をすることとなった。

 ランガは細身でありながら大食いなのか、彼女が運んでくる料理の数は多い。人が一人二人寝転がれそうな大きい金床が皿でいっぱいになっていく。

 

「さっきのはま、挨拶のようなものじゃのう。こやつは昔から人の寝こみを襲うのが趣味なのじゃ」

 

 溶岩湖から釣れるという肉厚な魚のから揚げを尻尾からつまみ、大口を開けて豪快に頭から噛りつくランガがそう漏らした。

 

「人聞きの悪いことを言わないでください。あれはあなたを倒すための苦肉の策です。ランガ以外に不意打ちを仕掛けたりはしませんよ」

「はっ、よくも言う。勇者よ、お主も気を付けよ。こやつ、強い者には戦いを挑みたくなる性分じゃからのう。隙を見せれば背中からばっさりよ」

 

 ミコト姫はランガの軽口に笑み一つ向けず、黙々と焼き魚をついばむ。

 まさかの不意打ち騒動はあったものの、この様子を見るにやはり噂通り二人には親交があるようだ。あれは仲が良いゆえの戯れあいなのだろう。

 

「しかし珍しいのぅ。ミコトの奴が誰かを儂の元に連れてくるとは、長い付き合いじゃが初めてのことじゃ」

「それほど長い付き合いでもないでしょうに」

「抜かせ、初めて会った時はお主もまだまだ可愛い幼子じゃった。それがこうも大きく成長するとは感慨深いものよ。気分はまるで母じゃな」

「ランガが母など、想像しただけで怖気がはしりますね。そういった冗談は今後一切口にしないでください」

「見た目は可愛らしく成長したが、中身は可愛げが無い。のう勇者よ、ここは一つ、こやつを手籠めにして可愛く鳴かせてみればどうじゃ?」

「食事時に言う冗談にしては下品ですね。先ほどといい、ランガは冗談の才能が枯渇しているのでは? ああ、枯れ果てるほどの才能の欠片など最初からありませんか」

「まったく可愛げが無い」

 

 ランガは肩を竦めながらあなたに笑いかける。あなたは独特な二人の関係に乾いた笑いを返した。

 仲が良いからこそなのだろうが、可憐な花を想起させたミコト姫は意外にもランガに辛辣だった。綺麗な花にはトゲがあるということなのだろうか。

 だが、今のミコト姫はどこか肩の力が抜けた自然体のように見える。あるいはこれが、ランガの前でしか見せない彼女の本来の姿なのかもしれない。

 あなたはランガとミコト姫の関係をより詳しく知りたいと思い、彼女たちに尋ねてみた。

 

「儂とミコトの関係じゃと?」

「腐れ縁のようなものです。勇者様にお聞かせするほどではありませんよ」

「腐れ縁? はっ、面白いことを言う。確かに儂からすれば腐れ縁よな」

 

 くつくつと笑うランガは、魚を丸々一尾豪快に口に入れ、咀嚼する。それを飲みこんでから、彼女は語りだした。

 

「ミコトと初めて会ったのはもうどれほど前か。正確な年月など忘れてしもうたが、先ほど言ったようにこやつがまだ今よりも小さく幼い頃合いじゃ。ある日突然こやつが、儂に腕試しを挑んできたのよ」

「……私は、昔から武術に興味があったのです。ホムラの国の姫などと言われても、しょせんはただの置き物。姫という立場に価値があっても、私という存在には価値などありません。そんな私が己自身に価値を見出したのが武術……特に、ホムラの国特有の刀を用いた剣術でした」

 

 ミコト姫はランガに続いて淡々と語りながら、どこかその瞳の輝きが濁っていく。

 

「剣術を学び己が剣に自信を抱いた私は、どれほどの腕になったのか確かめたかったのです。その相手に選んだのが、ホムラの国近辺に住んでいると噂されていたランガでした」

「で、結果は儂の圧勝じゃったな」

「……口惜しいですが、そうなりましたね」

「それ以来こやつと儂は友となったわけじゃ。刃を交わし、互いの健闘を称える、清く正しい友人関係といったものじゃな」

「……私はランガのことを友と思ったことはありませんが」

「なんじゃと!?」

 

 泡を食うランガにミコト姫は冷たく顔を背けた。これも仲が良いからこその軽口なのだろうか。

 しかしこれで二人の関係はある程度見えてきた。どうやらミコト姫はランガのことをライバルのように思っていて、当のランガはミコト姫を憎からず思っている。

 占い師が言っていた通り、確かに二人の関係は仲が良いような悪いような、そんな奇妙なものだった。

 

「ま、儂らの関係などそう詳しく聞いても何も始まらんじゃろう。勇者よ、それでお主はなぜわざわざ儂に会いに来たのじゃ?」

 

 金床いっぱいの食事をほぼランガ一人で食べ終えた後、彼女は鋭く切り出してきた。先ほどとはうって変わって、あなたの腹の底を探るような目つきをしている。

 

「ファリシアの奴を倒すため、儂をしもべにしようと言うのか? グリュイエールやアルメリアのようにのぅ」

 

 好戦的な笑みを見せるランガに、あなたは慌てて首を振った。

 グリュイエールやアルメリアをしもべにするに至ったのは、彼女たちが多くの者に迷惑をかけようとしたからだ。今のところランガはホムラの国や人々に迷惑をかけておらず、そもそもランガ自身が人間に友好的なのだから敵対するつもりはない。

 ランガを訪ねてきたのは、剣を作って欲しいからだ。ファリシアの魔剣にも通じる剣を。

 そう伝えると、ランガはしばらく黙ってあなたの目を見つめる。

 

「……なるほどのぅ。ファリシアを倒すために儂をしもべとするのではなく、儂に剣を作って欲しいと」

 

 にやりと、ランガは不敵な笑みをあなたに向ける。

 

「実を言うとな、儂をしもべにするために来たと言ったら、斬って捨てようかと思っておった。ファリシアを倒すためだけに儂と戦いしもべにする……それは道理が通っておるが、儂からしたらつまらぬ答え。王道ではない。勇者と名乗るならば、まっすぐ王道を突き進まなければな。気に入ったぞ」

 

 気に入ったとばかりに微笑していたランガは、ふと憎らしげに顔を歪めた。

 

「お主ももう気づいておろうが……ファリシアの魔剣は儂が作った物じゃ。もちろん奴のために作ったわけではないぞ。あれは試作品にして失敗作。儂が求める剣とは違っていた。魔水晶を素材として魔力を運用しやすくし、剣技と魔法をより効率的に扱うという思想のもと設計したのじゃが、剣として使うには切れ味が悪いうえ、魔力の効率運用という目線でも微妙でな。素材とした魔水晶が大きすぎたゆえ、あれを使いこなすほど大量の魔力を操れる者などいない……いないはずじゃった」

 

 ランガはため息をついて言葉を区切る。その言葉の続きをあなたは知っていた。

 魔王ファリシア。あの恐るべき魔物娘だけが、ランガをして失敗作と呼ぶ魔剣を十全に扱えるのだ。

 

「ただ一人にしか扱えぬ一品を作ったことは、鍛冶師としては喜ぶべきことかも知れぬ。しかし、ファリシアを仮想敵とする儂にとっては一生の不覚じゃ。汚名をそそぐためにも、勇者よ、お主に見合った剣を作ってやってもよいぞ。ファリシアの魔剣にも劣らぬ勇者の剣をな」

 

 あなたはランガに気に入られたのか、彼女はあっさりと剣を作ることに承諾してくれた。これは願ってもない展開である。ランガ自身のやる気もあるらしく、かなりの一品を製作してくれそうだ。

 都合よく進む展開に思わずあなたの頬もゆるむ。しかし考えてみれば、剣を作ってもらうに当たって報酬を用意していない。さすがにただ働きをしてもらうのは心苦しい思いだ。

 あなたはランガに報酬としてなにが欲しいのかを聞いてみる。

 するとランガは首を左右に振った。

 

「報酬など要らぬ。しいて言うなら、儂の作った剣でファリシアに一矢報いれば、それが報酬となろう。しかし報酬とは別に、剣を作るにあたっていくつか条件を設けたい」

 

 ランガの提示する条件とは、はたしてなんだろうか。いくつか、というあいまいな複数形にあなたは少し不安を覚える。

 しかしそれが何であれ、剣を作るためなら多少の無理程度聞くべきだろう。

 

「条件は二つか三つある。しかし、お主によっては一つだけで十分じゃ」

 

 ランガは言いながら立ち上がり、工房の出入り口へと歩いて行って扉をあけ放つ。まだ昼を過ぎたばかりの強い日光と、近くを流れる溶岩が放つ赤い光が工房内に差し込んできた。

 その明かりに灯されながら、ランガは不敵に微笑む。

 

「さあ、表へ参れ。一対一で腕試しといこう」

 

 それがランガが提示する、剣を作るための条件なのだろうか。

 あなただけでなく、傍らにいるミコト姫も意外な展開に驚きを隠せないようだ。

 

「ランガと勇者様の一騎打ちですか……私としてはぜひ拝見したいところです」

「ほぉれ、ミコトのやつもこう言っておる。こやつに良いところを見せる機会じゃぞ。ああ、剣が無いならその辺にあるものを自由に使って構わぬ」

 

 ランガが何を考えてあなたとの戦いを望むのかは分からない。しかし、それが剣を作る条件の一つというのならば、是非は無かった。

 あなたは立ち上がり、工房内に飾られていた剣の一つを手にした。扱いなれた長剣とほぼ同じ意匠だ。柄を握って数度振るってみると、十分手に馴染む。これならば問題なさそうだ。

 

 剣を調達したあなたは、ランガに誘われるまま工房の表へと出ていく。ミコト姫もそれに続いた。

 そのままあなたとランガ、そしてミコト姫の三人は、工房から少し離れ、丘の裾野へと移動した。

 小高い丘の頂上とはいえ、勾配は決して急ではない。地面になだらかな起伏はあれど、戦うに当たって良好だ。

 あなたはやや距離を取ってランガと向かい合う。ランガは背負った長大な刀を引き抜いてあなたに切っ先を向けた。

 

「もし儂に勝てれば、これ以上の条件は必要ない。文句一つ言わずお主のための剣を打ってやろう。しかし儂に負けた場合、追加で条件を聞いてもらうぞ。よいか?」

 

 あなたは静かに頷いた。ようするに話は簡単だ。ここでランガに勝てば、彼女は剣を作ってくれる。ホムラの国まで赴いたあなたの目的は、それで達成だ。

 そしてあなたにはランガに勝つ自信があった。なぜならばあなたはランガに並び立つアルメリアと正面から対決し、競り勝ったのだから。しかもその後アルメリアを犯して更に強くなっている。

 レベルで言うならば、すでにランガと互角のはず。勝機はある。それもかなりの確率で。

 あなたは剣を構えた。やや肩に担ぐような剣形だ。いつでも来いとばかりに、あなたは気勢を高めていく。

 

「ふふ、やる気満々じゃの。ならば儂も、やる気を出すとするか」

 

 ランガが軽く息を吸い、静かに吐きだす。それから一拍遅れて、周囲の空気が震撼した。

 ランガの体に魔力が集っていく。強く発せられる魔力の気配はランガの持つ長大な刀へと満ちていく。

 ランガの刀が突然、鈍い音を立てはじめた。刀身がひび割れるように裂けていき、ギチギチと変形していく。

 刀身は縦に三分割されて押し広がり、その厚みを増していった。

 あなたは呆気にとられながらその変形を見守る。今この隙に攻め込もうとは思わなかった。そう思えないほど、異様な変化だった。

 

 やがてランガの持つ刀は、もともとが長大な刃だったというのに、そこからさらに刃の厚みを増して巨大な刀へと変貌したのだ。

 それはもう刀というよりも、巨大な鉈に近い。裂けて広がった刀身の中は赤紫色の光を発している。

 あれは魔水晶の輝きだ。そう察したあなたは、ふと脳裏にファリシアの魔剣を思い浮かべた。

 あなたの想像を知ってか知らずか、ランガは挑発するように唇を歪める。

 

「先ほどファリシアの魔剣は儂にとって失敗作じゃと言ったな? これがその完成形じゃ。普段は扱いやすい刀の形でありながら、魔力を込めると魔水晶が反応し刀身が変化、巨大な鉈へと変貌する。柔と剛を秘め、技と力を切り替え相手を翻弄する刀。儂が儂のためだけに作り上げた傑作、変形刀『髪薙』。これを振るうのは、お主が初めてじゃのぅ」

 

 刃を刀状と鉈状に切り替える変形刀、髪薙。それを前にして、あなたは警戒のあまり一歩退いた。

 なにせ一度も見たことが無い武器なうえ、どのような運用をするかも分からない。

 なによりも巨大な刃のその圧力。幅広の鉈状刃はランガの体とほぼ同等の質量でありながら、彼女はそれを苦も無く両手で掴んでいた。

 これを前にして不用意に攻撃を仕掛けるほどあなたは無謀ではなかった。

 グリュイエールと戦った時。アルメリアと戦った時。あの時感じた体の芯から駆け昇る空寒さが、今もまたあなたを襲う。死闘の気配だ。

 

「先手は譲ってくれるようじゃな。ならば甘えて儂から行くとしよう」

 

 ランガは変形刀髪薙を肩に担ぐように構え、一歩強く踏み込んだ。丘の堅い土がめり込み、細い下肢に力が充満する。その力を踏み込みと共に開放し、ランガは一気に間合いを詰めてきた。

 まさに瞬き一つの間に、ランガはあなたの懐に潜りこんでいた。ただ一歩の踏み込みで、互いにあったかなりの距離を無へと返したのだ。

 速い。しかし風巻く速度はアルメリアとの戦いで経験済みだ。あなたは半ば反射的に刀を盾代わりにし、繰りだされるランガの一刀を受けとめにかかった。

 

「愚か者め!」

 

 ランガが罵倒すると共に、肩担ぎの一刀を振り下ろした。その瞬間、あなたは罵倒の意味を理解する。

 巨大な鉈は、その質量を感じさせない程に軽やかかつ素早かった。だが放たれた一刀に遅れて聞こえる風を切る轟音と、盾代わりにした剣に叩きつけられた時の衝撃が、その印象を大きく裏切ってくる。

 重い。あまりにも一撃が重すぎる。刃が噛みあいその重さを感じた時にはもう、あなたの剣は大きく弾かれていた。そのまま阻む障害物がそこにあったことを気づかなかったとばかりに、巨大な鉈はあなたの体を叩き斬っている。

 重く鋭い一撃は踏ん張るどころではない。あなたはランガの一刀による衝撃のあまり大きく吹き飛ばされ、丘の上を転げ落ちた。

 

 視界が回る。衝撃が体を襲う。前後左右が反転する。あまりの一撃に何が起きたか理解できなかったあなたは、なんとか頭を回転させこのままでは下を流れる溶岩湖まで転げ落ちてしまうことを理解した。

 幸いにして打ち弾かれた剣はまだしっかりとその手に掴んでいる。あなたは転げまわりながらもなんとか切っ先を地面に深く突き刺し、ようやく体勢を立て直した。

 荒い息を吐きながらあなたは立ち上がる。転げてきた丘を見上げると、ランガが裾野の上からあなたを見下ろしていた。

 

「ほぅ、今の一撃で終いかと思うたが、さすがにアルメリアらを倒しただけあるか。まだ体力は残っていると見える。ま、それも後数回耐えられるかどうか程度のようじゃがのぅ」

 

 あなたはふと、ホムラの国を目指す馬車の中で占い師が今後の行く末を占ってくれたことを思いだした。

 

 ――勇者が敗北する確率100%。

 

 あの時の占い師の声が、鮮明にあなたの頭に蘇ってくる。

 ランガが髪薙を肩に担ぎ、あなた目がけて丘の坂を走り下ってくる。あなたは地面に突き刺した剣を引き抜き、ランガを迎え打つため構えた。

 今が占なわれたその時なのかは分からない。仮にそうだったとしても、この場から逃げることなどできはしないのだ。

 

 ランガは坂の途中で跳びあがり、あなたのはるか頭上でくるりと一回転して髪薙ぎを斬り下ろしてきた。円運動と落下速度を乗せた、痛烈な斬撃だ。あなたは空から舞い落ちるランガ目がけて、剣を振り上げた。

 陽光を照り返す二つの刃の輝きを、ミコト姫が丘の上から瞬き一つせず見守っている。

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