ランガとの戦いはそう長引かなかった。ランガの動きはその矮躯に似合って素早く、そしてその姿に似合わぬほどに力強い。
ランガが斬りかかればその剛力に圧倒され、あなたから斬りかかればランガは素早く身をかわし、鋭い疾風のような一刀で手首を斬っていく。
あなたとランガのレベルはほぼ互角のはず。それはつまり総合的な戦闘能力という点で差がそれほどないということだ。
力では負けている。身のこなしは早いが追えない程ではない。数度の攻撃を受けていながらまだ体力を残していることから、耐久力ではあなたの方が上だろう。
だが、あなたの攻撃はランガに当たらない。何度斬りかかっても彼女は当然とばかりに一撃を避けていく。
ならばと、あなたは最後の手段に出る。スキルだ。極限まで鍛え上げた技術によって魔法めいた効果を発揮するにまで至ったスキルが、あなたには残されている。
ランガがその剛刀を振るおうと肉薄してくる。その一瞬の隙をついて、あなたはパイレーツのスキル、三段突きを放った。
「ふん、甘いのぅ」
近接戦闘において、あのアルメリアですら対応できなかったパイレーツの三段突き。目もくらむ閃光のように閃く三つの突きは、だが事も無げにかわされる。
そのあまりにも信じられない事実を目の当たりにして、あなたの脳は止まった。光にも等しい三つの刺突を、なぜ避けることができるのか。
あなたの目が錯覚を起こしていないのなら、今目の前で起きたことをそのまま信じるしかない。ランガは、あなたが三段突きを放つその直前に、まるで未来を予知していたかのように身を捻っていたのだ。
三段突きを放ってからかわされたのではない。放つその直前にはもう、回避されていた。
その驚愕が勝負を分ける事になった。ランガは閃光の如き三段突きを避けるやいなや、すぐさま剛刀を振るってあなたの体に叩きつける。
深く、強い踏み込みから放たれる上段からの斬り下ろしが、あなたの鎖骨に鈍く食い込む。剛刀の衝撃のあまりあなたの体は吹き飛び、丘の坂をしばらく転がった。
だがまだだ。まだ体力は残っている。転がるあなたは、ランガが坂を駆け下って詰めの攻撃を加えようとしているのを見て取った。
あなたは最後の力を振り絞り、転がる力を利用して体を撥ね起こし、ランガへ渾身の剣撃を放つ。
しかしランガは駆け下る速度のままくるりと反転し、あなたの一撃を紙一重でかわしていた。
そのままランガの一刀があなたに迫りくる。あなたは、初めての敗北を悟り歯を噛みしめた。
迫りくるランガの剛刀。風を巻き、轟音をなびかせるその一刀が、あなたの目前で止められる。
そのまま、互いに言葉もなく動きを止めた。あなたはランガが詰めの一撃を止めたことを理解できずに。ランガは、はたして何を思ってか。
時間にしてみれば短かったのだろうが、体感としては長く重苦しい沈黙だった。やがてランガは短く息を吐き、その一刀を背に担ぐ。
「やはり……こんなものか」
落胆も露わなランガに、あなたは声をかけられなかった。ランガが一騎打ちを望んだのは、明らかにあなたを試してのこと。そしてこの仕儀となれば、ランガの眼鏡にかなわなかったのは明白だ。
魔物娘は結局のところ、自由な気風を第一においている。自身の望みに率直で、己がやりたいことを何よりも優先するのだ。あなたに落胆したランガが、剣を作るのを止めると言いだすことも十分あり得た。
そんなあなたの心配が顔に現れていたのか、ランガは小さく鼻で笑った。
「そう心配するでない。儂が勝ったからといって、お主の剣を作ることには変わらぬ。ただ、な」
ランガは深くため息をつき、乱れた後ろ髪を手の甲ですくう。
「グリュイエールとアルメリアを倒したお主なら、あるいは儂をも圧倒できるかと……そう期待していたのは事実じゃ」
その言い方では、まるでランガが敗北を望んでいたように思える。とてもあのグリュイエールやアルメリアと並び立つ魔物娘とは思えない発言だ。
「もちろん儂にも、己こそが何よりも強いという自負がある。だがそう自負する一方で、ファリシアにかつて負けたという事実は捨て置けん。あやつめに勝てるならば、勇者のしもべにすらなっても構わぬ……儂は心のどこかでそう考えていた」
しかし、とランガは続ける。
「今のお主の実力では、ファリシアに勝てるとはとても思えぬな。儂が剣を作ったとしてもその印象は変わらぬだろう」
あなたに言い返す言葉は無かった。事実ランガ相手に手も足も出なかったのだ。ランガを、そしてグリュイエールやアルメリアら三人を圧倒的な実力でねじ伏せたというファリシアに勝てるなどとは、口が裂けても言えない。
気落ちするあなたに、ランガは静かに問いかけてくる。
「勇者よ、なぜお主が儂相手に勝てなかったのか、その理由に気づいておるか?」
ランガは背負い直した刀をまた引き抜き、軽々と振り回して見せる。
その動きは軽やかかつ力強い。踏み込みから斬撃までの一連の動きは水流のように滑らかで洗練されている。
ランガの見事な演武を前に、あなたは見惚れていた。ランガはただ武器を振り回しているのではない。変形刀の刃渡りから重心を完璧に把握し、効率的に、そしてより効果的に扱っているのだ。
それはまるで、両手に握る剛刀が手の延長になってしまったかのようだ。
ランガがピタリと動きを止め、切っ先を突きつける。
「技術。得物の適した扱い方を心得ているか否か、そしてその身に術理を修めているか否か。これが儂とお主の差じゃ。剣とはただ力任せに振るえばよいものではない。相手との距離や相手の動きによって最適な運剣は常に変化し、それを認識するよりも早く把握できるかどうか。近接戦闘を主眼とする以上、その技量の差はレベル以上の実力差となるのじゃ」
戦闘技術の差こそが勝負の趨勢を決める。あなたには無くてランガには在るもの。それが技術。
剣さえあれば。ファリシアの魔剣にも劣らない剣さえあれば良いとあなたは思っていた。しかし、武器だけでは埋められないものがそこにはあったのだ。
ファリシアが魔力の扱いに長けているように、あなたはそれに太刀打ちできる技量をどうにかして身につけなければいけない。そうしなければファリシアはおろか、ランガにすら勝つことはできないのだから。
「で、だ。話を戻すが、儂が勝った場合剣を作るための条件をいくつか追加するという話じゃったのぅ。忘れておらんよな?」
そういえばそういう話だったとあなたは頷いた。ランガとの戦いですっかり忘れてしまっていたのだ。
「忘れるかのぅ、そんなすぐ……まあよい。それで条件についてじゃが……一つは、儂とお主で同盟関係を結ぶことじゃ」
同盟とはいったい何を目的にしてか、あなたはランガに問いかけた。
「当然、ファリシア打倒に決まっておる。先ほども言ったように、もしお主が儂よりも強ければ、儂はお主のしもべとなってファリシアと戦うのにやぶさかでもなかった。しかしそれが叶わなかった今、ファリシアを倒すにはお主と同盟、つまり協力関係を結んだ方がよいと判断した。ま、ファリシアと戦う時は儂も力を貸すぞ、ということじゃな」
それならば何も問題ない。どころかファリシアと戦うに当たってランガほど強力な魔物娘を味方につけられるなら、願っても無いことだ。
「ああ、ちなみに儂には仲の良い同朋がおってな。そやつらも含めての同盟関係じゃ。それでよいか?」
あなたは申し分ないとばかりに頷いた。ランガの同朋とはおそらく強力な魔物娘だろう。強い味方は多い方がいい。
「よし、ならば今から儂らは朋友じゃ。もっとなれなれしくしてもよいぞ。ほら、角でも撫でてみんか?」
本気なのかふざけているのか、ランガはうりうりとその角をあなたの胸元へ向けてくる。先端がやや突き刺さって痛かった。
「おっと、条件はもう一つあった。なに、これが最後の条件じゃ。そう難しいことではない」
最後の条件とは何か? あなたはそう問いかける。先ほどの条件から思うに、これもきっとあなたにとってツゴウノイイ条件なのだろう。あなたはそう楽観的に考えていた。
しかしランガは、ひどく意地悪い笑みを浮かべる。
「最後の条件は……勇者、お主の鍛え直しじゃ。このままでは剣を手に入れてもお主はファリシアに敵わん。その実力差を埋めるため、儂の剣技をお主に叩きこんでやる。よいか?」
……あなたは沈黙を返した。
ファリシアとの実力差を埋めるため、剣技を極める。それは問題ない。あなたもランガとの戦いで技術の重さは理解していた。魔法を使えないあなたは剣を得物とする以上、剣技に卓越しなければより強くなれないのだ。
しかし……不安だ。ランガが強いのは分かっているが、その意地悪い笑みが不安を感じさせる。
ランガの剣技を身につけるに当たって、とんでもなく理不尽な目にあいそうな……そんな予感があなたにはあった。
「おい、はよぅ答えんか」
焦れたランガが背伸びをして、ずいっとあなたに顔をつき付けた。あなたはすぐさまランガから顔を反らす。
「お、なんじゃその態度。儂はこれからお主の師となるのじゃぞ。朋友とはいえ、敬意というものは見せてもらわんとなぁ」
まだ何も答えてないのに、もうランガは条件を受け入れたものだと思っているらしい。
あなたは深く溜息をついた。ランガに師事するのは不安を感じるが、剣を作るため、今よりも強くなるため、そしてファリシアに勝つためには、剣技を身につける必要がある。
女性を抱いてレベルを上げるだけでは手に入らない戦闘技術を獲得するため、ランガの条件を受け入れるほか無かった。
あなたはしかたなく頷いた。するとランガはにやりと唇を吊り上げた。
「よぅし、それでこそ勇者じゃ。うむうむ、剣を頼みとするならやはり術利に練達しておかんとなぁ。なぁに、儂に任せるが良い。お主に卓越した剣技が身につけば、もはや怖い物はないぞ」
大柄に笑うランガの姿に、やはり不安はぬぐえない。
しかし、もう決まった事だ。こうなれば腹を決め、ランガに修行をつけてもらおう。
そうすれば今よりも強くなり、魔王ファリシアを倒すに一歩近づくのだから。
「よし、早速師としてお主に命じる! ……肩を揉んでくれんかの? 刀を振り回したせいでちょいと凝ってしもうたわ」
ランガは着物をはだけさせて細い肩を露出し、くるりと背を向けた。
あなたは苦笑いをしてその後ろ姿を見つめていた。まさか師として最初に命じられることが肩もみだとは……笑うしかない。
「ほれ、どうした。はようせんかぁ」
どことなく甘えるような声音を聞き届け、あなたはランガの肩を揉むことにした。
「んっ……んむっ♡ ほ、ぉぉっ……♡ う、うまいではないか……あ、あ、そこっ♡ よいぞ、気持ちよい……♡ もっとしてくりゃれ……♡」
「……何をしているのですか、あなたたちは」
肩を揉むあなたに、肩を揉まれて喘ぎ紛いの甘い声を出すランガ。丘を下ってきたミコト姫は、それを白い目で視ている。
とにもかくにも、こうしてあなたとランガの同盟関係がここに生まれることとなった。打倒ファリシアに一歩前進したと言っていいだろう。