あなたは歩いていた。山腹に設けられた石階段を、ただひたすらに。
手紙を渡された後、教えられた神社へと向かうべくランガとミコト姫の両者と別れたあなた。二人はそのままホムラの国へと戻り、剣を鍛造するための工房を作る予定である。
対してあなたは、ランガがしたためた手紙を神社にいるという魔物娘へ渡すお使いを頼まれていた。その魔物娘はどうやらランガの同朋らしい。
ただ手紙を渡すだけのお使いなど容易い。ランガに頼まれた時はそう思ったあなただったが、いざ神社を目指してみるとその気持ちは吹き飛んだ。
神社はすぐ近くだとランガは言っていた。確かに神社は工房のある丘から見えるほどの近い距離にあった。しかし、問題はそこにたどりつくまでの道程だ。
神社は工房のある小高い丘から見て、それよりはるかに大きな山の頂上付近にあったのだ。真っ赤な鳥居が山頂に輝いているため発見するのは簡単だったが、そこに至るまでにホムラの国よりも長い階段を登る必要がある。
この火山地帯の起伏にとんだ地形を歩くのも難儀なものだが、石階段を登り続けるのは更に想像を絶する困難さだ。
まっすぐ歩くのとは違い、ももをしっかりと上げ一段一段確実に踏みしめなければいけない。うっかり足を滑らせれば階段を転げ落ち、肉体的なダメージ以上に登ってきた道程を無に帰してしまう心理的ダメージを浴びてしまうだろう。
もう登り続けて数時間が経った。数千段もの階段から転げ落ち、その最下層に戻ってしまったとしたら……そう考えるだけで冷や汗が垂れ落ちる。
そんな状況だから、正確に慎重に、しっかり一段一段登っていくしかない。体にも神経にも負担をかけ、普通に階段を登る以上の負荷がかかってしまう。
まさかこれも修行の一環なのだろうか。あなたはそう思った。でなければ、仲が良い同朋への手紙をわざわざ託すはずがない。
謀られた、という思いもありつつ、しかしこうして意識しながら階段を登ると、その単純な動きの中に複雑な体の操法が隠れていることにも気づく。これは決して無駄な過程ではないのだ。
とはいえ、やはりきついのに変わりはない。段々と息が荒くなるあなたは、もはや祈りにも似た心地で上を見上げた。
すると、はてしない石階段がもうすぐ終わりを告げることに気づいた。目指す赤い鳥居が、もう視界に入っている。後百段かそこらを登ればたどりつくだろう。
はやる気持ちを抑え、更に慎重に階段を登っていくあなた。ここで足を滑らせるなど笑い話にもならない。
そして、ようやくあなたは山の上にある神社へとたどり着いた。その時にはもう、ぜいぜいと肩で息をしてしまっている。気が抜けて、一気に疲れが押し寄せてきていた。
そんなあなたを出迎えるように、鳥居をくぐった先にある神社の縁側に二人の魔物娘が立っている。
一人は切れ長の鋭い視線が特徴的な魔物娘だった。ふわりとしたショートカットの髪が、山の頂上の強い風になびいている。ミニスカートを着用しており、その裾が風でちらちらと舞い上がり、中のスパッツの端が見え隠れしていた。
もう一人は、ネコマタやフェンリルのように獣耳が特徴的な魔物娘だった。こちらはあなたを見る視線が柔らかで、しかしどことなくからかう風な、小悪魔的な雰囲気を纏っていた。
彼女はミコト姫とはまた違った意匠の袴を着けていた。赤色が特徴的な、巫女服と呼ばれるものだろう。彼女用に改造されているのか、お尻の方からはふわふわの尻尾が伸びている。
「我らが住み家に何の様ですか、人間。理由によっては、無事には返しませんよ」
きつい声色を投げかけたのは、その声と同じく鋭い視線をした魔物娘だった。その強気な態度にあなたは少し気圧されてしまう。
「あらあら、アイちゃん。そんなに脅したらダメじゃない」
きつい目をした魔物娘をたしなめたのは、その傍らに立つ獣耳の魔物娘だ。彼女はくすくすと微笑しながら、妖艶な瞳をあなたに向けてくる。
「私あなたの顔覚えているわ。勇者ちゃんでしょう? うん、やっぱり私好みの顔。ねえ、アイちゃんのことは放っておいて、私と良い事して遊ばない?」
誘惑するように甘い声を響かせるその魔物娘に、あなたは警戒して一歩退いた。さっきからあなたに鋭い視線を向けてくるアイと呼ばれた魔物娘もそうだが、とても一筋縄ではいかない印象の魔物娘たちだ。
彼女たちは本当にランガの同朋なのだろうか? もしやという可能性を考えると、警戒するに越したことは無い。あなたは距離を取りつつ、ランガから借りたままの剣の柄へ手を伸ばした。
「やだ、勇者ちゃんすっごく警戒してるじゃない。アイちゃんが睨みつけるからよ」
「……いえ、クロナがあけすけに誘うからでしょう。なんだこのビッチは、やばそうな奴、って顔をしていますよ完全に」
「ええ~? アイちゃんみたいにお堅いよりは大胆な方が良いと思うけどなぁ私。ほらぁ勇者ちゃん、私はアイちゃんと違って優しいわよ。怖がらずに近寄っておいで~、今ならおっぱい触らせてあげる♡」
クロナと呼ばれた獣耳の魔物娘は、上衣の着物の胸元を軽くはだけさせ、その大きな胸により生まれた谷間をあなたに見せつけてくる。
すると隣に立つアイは、すぐさまクロナの頭をひっぱたいた。
「この色ボケ狐。いいかげんにしなさい」
「い、いったぁ~……アイちゃんのツッコみ重すぎぃ……」
頭を抑えて涙目になるクロナを尻目に、アイはあなたへまた鋭い視線を向けた。しかし今度は鋭いだけでなく、あなたの顔をつぶさに観察するかのように探ってくる。
「……確かに、よく見てみれば勇者でしたか。しかし、我らのところにいったいなに用で参ったと? いえ、そもそも我らがここに居ると知っていて来たのでしょうか? 答えなさい」
アイという名の魔物娘はその鋭い視線の通り気が強いのだろう、詰問するようにあなたを睨む。
なぜこの二人があなたのことを知っているのか。そのことは疑問に思いつつも、まずは相手の警戒心を解くのが最優先と考えたあなたは、ランガから手紙を預かってきたことを正直に話した。
「手紙……? なぜ、わざわざ。しかもランガ本人ではなく勇者になど」
腑に落ちないと言った風にあごに手を当てるアイ。それはあなたも思っていた事だが、その答えは持っていない。
「手紙に訳が書いてあるんじゃないの?」
「……それもそうですね、ひとまず読んでみましょう」
のほほんとしたクロナに誘導され、アイはあなたが差し出した手紙を受け取った。
封を切り、中の手紙を開き、彼女は静かに文字を読んでいく。
「……ふっ、なるほど」
すると彼女は小さく笑いを漏らし、クロナに手紙を差し出した。
「なになに? なにが書いてあったの?」
クロナもすぐに手紙に目をうつし、読み終えた頃にはくすくすと笑っていた。
その笑いの意味が分からないあなただったが、何か異様な雰囲気である。アイとクロナは互いに小さく笑いあいながらあなたを眺めていた。その瞳の色に、どこかあなたに対する同情心まで見え隠れしている。
なんだか、妙な感じだ。そう察したあなたは、手紙に何が書かれていたのか聞いてみたかったが、それを聞いたらもう戻れなくなりそうなのでこのまま帰ってしまおうと思った。
二人に黙って背を向け、半ば走るように来た道を戻ろうとするあなた。するとあなたを阻むように、異様な雰囲気の黒い丸い玉が目の前にいくつも浮かび出した。
その玉には真横にひとすじ亀裂のようなものが入っており、それが段々と上下に押し広がっていく。
その亀裂が大きく開くと、そこにはぎょろりと動く瞳があった。
あなたはそれを見て、思わず足を止めた。目だ。空中に浮かぶ黒い玉は、その全てが目なのだ。あまりのことにあなたの体は固まっていた。
ぎょろぎょろと動くいくつもの目玉が、あなたを決して逃がすまいと見つめている。あなたは空中に浮かぶ瞳に気圧されていたものの、たかが目玉だと思い直し、目玉たちをかき分けるようにして進みだした。
しかし空中に浮かぶ目玉を手で跳ねのけたとたん、稲光が発生して鋭い痺れがあなたの体を襲った。
魔法による電撃だ。そしておそらく、監視するように宙に浮かぶ目玉も魔法によるものなのだろう。それらを組み合わせたコンビネーション魔法……そう判断したあなただが、喰らった後でその正体を見極めても意味が無い。痺れる衝撃に腰砕けになったあなたは、膝から崩れ落ちてしまった。
その背後に、コツコツと足音を響かせて、二人の魔物娘が近寄ってくる。彼女たちはそれぞれがあなたの肩に手を置き、左右の耳にまったく違う声色で囁いてきた。
「残念ですが、ここから帰すわけにはいきません」
「ええ、ランガにそう頼まれてるからね♡」
どういうことなのか、とあなたは問いかける。彼女たちの攻撃に敵意は感じられず、ただ足止めするためにやったということは理解していた。
「理由ならば、この手紙を読めば分かるでしょう」
アイに手紙を差し出され、あなたはそれを掴みとり読んでみる。
その一文字一文字、内容をよく噛み砕いて理解するように凝視しながら読んでいくあなたは、やがて絶句するように口を半開きにした。
手紙の内容は、要約するとこうだ。ファリシアを倒すため勇者と同盟を組むことにした。そこでアイとクロナ、お主たち二人に勇者を鍛え直してもらいたい。お主らが認めるまで、決して逃がすでないぞ。
そして最後には勇者であるあなたへのメッセージも添えられている。その二人に鍛えられればお主の力を十全に引き出せるじゃろう。儂が稽古をつけるのはそれからじゃ。二人に認められるまでそこから逃げられぬだろうが、がんばってな。応援しておるぞ……と。
「見事ランガに騙されてしまいましたね。かわいそうに」
この強気な性格のアイが、今や優しい声色であなたを慰めている。
二人が同情するような目をしていた意味が、ようやくあなたにも分かった。何も知らずランガに言われるがままのこのこやってきたあなたを、憐れんでいたのだ。
「他ならぬランガの頼みもありますが、彼女があなたと同盟を組むならば我らも一蓮托生です」
「魔王にむざむざ負けるような戦いはしたくないから、本気で鍛えちゃうわね」
放心するあなたの腕を二人はひっぱりあげ、強引に立たせた。
状況を受け入れられずに虚ろな目をするあなたに、二人がぴたりと視線を向ける。
「しばらくあなたを指導するというのなら、自己紹介をしておく必要がありますね。私はアイ。監視者とも呼ばれるゲイザーの魔物娘です。そしてこれは……我が呪眼たちです」
空中に浮かぶ黒い目がアイの周りに引き寄せられていく。それらが一斉にあなたを見つめた。
「ランガに要請され、あなたの戦いはいくつか呪眼で観察していました。この目たちが見る光景は、私だけでなく他の者にも見せることができます」
空中に静止しながら瞳だけをぎょろぎょろと動かしている呪眼を、アイは労わるように撫でていた。
「私はクロナよ。見ての通り、妖狐の魔物娘なの♡」
クロナと名乗った魔物娘は、狐耳と尻尾をぴくぴくと動かしながら一礼した。
「さっきは痺れさせちゃってごめんね、私は雷の魔法が得意なのよ」
どうやらアイの呪眼に触れた際電撃が流れたのは、クロナの雷の魔法によるエンチャント効果だったらしい。ネコマタも雷撃の魔法が得意だが、クロナはまた違った運用の魔法が扱えそうだ。
どちらもランガの同朋だけあって、生半可な手合いではないだろう。
半ばだまし討ちの格好でこの二人との修行を仕組まれたあなただが、こうなればもうやるしかない。ランガには敗北したあなただが、それでもかつてグリュイエールやアルメリアと渡り合ってきたのだ。魔物娘の助力無しでも、彼女たち二人を認めさせることはできるはず。
そう考えたあなたは、早速剣を抜いた。今すぐにでも認められて、ホムラの国へ戻ろう。そして温泉に入って疲れを癒すのだ。
「ほう、やる気はあるようですね」
「なら早速手合わせといこうかしら」
あなたの戦意を察した二人もまた、臨戦態勢となる。
あなたは先手を取り、剣を構えながら二人との距離を詰めていった。