あなたが初撃で斬りかかったのは、そのミニスカートと鋭い視線が特徴的なアイであった。
最初に彼女を倒そうと思ったのは、やはり彼女の周囲にいくつも浮かぶ目を嫌ったのが大きい。呪眼と呼ばれたその瞳群は、様々な位置、角度からつぶさにあなたのことを観察していたのだ。
全てを見られている。その居心地の悪さもさることながら、戦闘時においてこちらの動きを様々な角度から観察されているという事実は見過ごせない。
まずはこの一撃でアイを戦闘不能にさせる。その意気で放った渾身の斬りこみは、だが事も無げにかわされる。アイはあなたの斬り下ろしを正確に見切り、わずかに一歩引くことで紙一重の差で剣撃を避けたのだ。
渾身の剣をまるですり抜けたとも勘違いしそうなほど見事に避けられたあなたは、その体がどうしようもなく居ついてしまう。
居つきとは、一つの動作を終えた時などに訪れる、心理的、肉体的に次の動作を行えない状態のことだ。
意識と意識の間隙とも言えるこの大きな隙をさらし、反撃をくらうと覚悟してあなたは歯を食いしばる。
しかし……反撃はやってこない。むしろアイは更に大きく一歩下がってあなたから距離を取ったのだ。
あなたは予想を外されたことに驚きつつも、すぐさま一歩退いた。まずは様子見をするのが先決だと判断したのだ。
「相手の出方が分からぬ初撃でありながら、一撃で仕留める意気の大技ですか。悪くはありません」
あなたを褒めながらも、しかし彼女の視線は依然厳しい。
「……これは稽古であり、あなたに足りない物を伝えるための戦いです。ゆえに、本気は出しません」
アイの周囲に浮かんでいた黒い瞳が、次々と消えていく。代わりに、彼女の体に魔力が集い始めた。
その魔力はアイの両手に集まっていき、黒い闇が纏わりついていく。細くしなやかな指に、すべらかな白い肌の手の甲に、闇の魔力がへばりつくように密着し、やがて黒い手袋となってその手を覆いつくした。
「呪眼は使わず、この両眼によってあなたを見極めましょう。さあ、仕切り直しです。来なさい、先手は譲ってあげましょう」
アイは左手をゆらりと空中に掲げ、押し開いた手の平をあなたへ見せつけるようにした。右手は軽く引き、腰ほどの高さで拳を作っている。
両手を包み込む闇の魔力で作られた手袋とその構えを見て、あなたはアイが体術家であることを察する。
ならば、得物による有利はあなたにある。両拳を武器にするアイと違い、あなたは剣を得物としているのだ。そのリーチによる差は絶対的だ。
しかし……うかつには仕掛けられない。先ほど剣撃を避けた時のアイは、明らかに完璧な見切りを見せていた。多くの武器に射程距離で劣る拳を得物とする必定、見切りの目は養っておかなければ意味がない。
監視者を意味するゲイザーの魔物娘のアイ。そして今は消えているが、あの空中に浮かぶ瞳の群れ。そこから推察できる事実は一つ。
彼女は見切りに絶対の自信を持っている。まず相手の攻撃を誘い、相手の攻撃を見切ってかわし、その両拳によって反撃をするのが基本戦法なのだろう。
ならば、取れる手は一つ。連続斬りだ。反撃する隙も訪れない猛攻を仕掛ければ、押し切れる。
そう判断したあなたは、大きく息を吸い込み、一気呵成にアイへ斬りかかった。
強く踏み込んで上段から強烈な斬り下ろしを放つ。アイは当然のように体を引き、この一剣をかわした。しかしそれはあなたの予想のうち。あなたは一歩引いたアイへ距離を詰めるよう、更に一歩踏み込み、斬り下ろしから巻き返すような切り上げを放ってみせた。
だがアイはこれも身を捻って紙一重でかわしていた。そしてその右手による鋭い打撃を叩きこもうとして、だがその一瞬にわずか、厳しい視線が驚きに見開かれた。
あなたは切り上げの勢いのままに更に一歩踏み込み、体を捻るようにして構えを変形。切り上げを描いた剣は右脇へと吸い込まれるように位置し、右脇構えと至った。
かつてアルメリアとの戦いにおいて、彼女が繰りだした風の速度を宿した斬撃の連環。風の魔法を扱えないあなたにはあの速度を出すことはできないが、代わりに速度を補って余りある威力がある。
「ほう」
驚愕とも感嘆とも取れぬアイの呟き。それが耳に届くのとほぼ同時に、あなたは右脇からの切り上げを放つ。切れ目ない連続切りによって逆にアイの隙をつき、その細い体に一撃を加えたと、あなたは確信を抱く。
だが……あなたの剣撃に向かって流れたのは、黒い彗星の軌道。ただ前方へ向けてだらりとさげていたアイの左手が、ついに閃いたのだ。
鋭い疾風のような速度でアイの左手が剣の横腹に叩きつけられる。重く鋭い掌打によってあなたの剣は力を狂わされ、軌道を逸らした。
アイ目がけて放った一撃があらぬ方向へ打ち弾かれ、あなたもまたその衝撃によって体勢を崩してしまっている。再度晒したどうしようもない隙の瞬間。居つきの時間。
一度目はまだしも、この二度目は見逃さなかった。あなたの態勢が崩れた一秒を分断したわずかな時間の隙間に、待機していた右拳が猛然と放たれる。
硬く握りしめられた拳による直突きがあなたの腹部へ炸裂する。それと同時に闇の魔力で作られた手袋が暗い輝きを放ち、衝撃波が放たれた。
拳打にくわえ、闇の魔力による波濤攻撃を受け、あなたの体は吹き飛んだ。地面を数度転がり、立ち上がろうとするが、腹部にはしった衝撃があなたの足を震えさせる。
「見誤りましたね。我が見切りの神髄は躱しではなく、捌きにあるのです。あなたの攻撃を見切り、この左拳により打ち弾いて捌き、強制的に居つかせてから右拳を叩きこむ。相手の攻撃を受けるとは、凌ぐことにあらず。こちらが攻撃する隙を作り出す仕掛けだと心得なさい」
アイは地面に崩れるあなたに攻撃を仕掛けてこず、代わりに薫陶を授けてきた。これは稽古なのだと、そう言ったアイの言葉を思い出す。
あなたは拳打と衝撃破によって震える足を叱咤し、立ち上がった。重い一撃のあまり足腰に影響があったが、ダメージという点ではそこまでではない。アルメリアの強烈な魔法に比べれば、十分耐えられる。
あなたは強く戦意を宿し、剣を構えた。まだまだ勝負はここからだ。鈍く光る剣が、あなたの意思を発している。
それを受け取って、アイは満足そうにうなずく。
「意気や良し。あの程度で参るならば、勇者などと呼ぶに相応しくありませんからね」
「勇者ちゃんがんばってー♡ アイちゃんなんかに負けるなー♡」
あなたの戦意を削るかのような黄色い声援を立てたのは、妖狐の魔物娘クロナだった。彼女はアイが戦い始めてから神社の縁側へ戻り、くつろぎながらあなたたちの戦いを見守っていた。
のほほんとした彼女に気を削がれたのは何もあなただけではない。対面するアイですら思わずクロナに振り向き、怒りの声を響かせる。
「何をのんきに応援しているのですか! お前も戦うんですよ! ほら、交代です!」
「ええー! 面倒よー! もうちょっと休ませてー」
「ごちゃごちゃ言わないアホ狐! はい、交代! 次はお前! やる!」
縁側にかじりつくように座るクロナへ近づいて、バシバシと背中を叩いて追いやるアイ。クロナは半泣きになり、逃げるようにあなたの元へとやってきた。
「アイちゃんひどーい! 勇者ちゃん、二人でアイちゃんをやっつけましょうよー」
「だから! 今度はお前が勇者と戦うのですよ!」
この二人のやり取りに、更に気合が削がれたあなた。うな垂れながら白い目をクロナに向けるしかない。
「やだ勇者ちゃん、そういう目は止めて。まるでアイちゃんみたい。戦えばいいんでしょー」
クロナは不機嫌そうに頬を膨らませ、あなたから距離を取った。
そしてあなたに向かい合い、右手を空中に掲げる。
右手に集中する雷の魔力。それはクロナの手の中で形を変えていく。
やがてクロナの手に握られたのは、華美な扇であった。握る指先でぱんっと扇を勢いよく開くと、そこから紫電がほとばしる。
中級魔法に多く見られる武器化の魔法である。グリュイエールが炎の槍を作り出したり、フェンリルが氷の短刀を作り出すように、クロナは雷の扇を作り出したのだ。
しかし、扇というのは武器としてはたしてどうなのだろうか。紫電がほとばしることからその剣呑さは認めるところだが、それにしても扇は武器とはいえない。扇の本質は、仰いで小さな風を起こすことだ。
「ふふ、私も当然、アイちゃんと同じく本気は出さないわ。この扇だけで戦ってあげるわね♡」
どうやら武器が扇である本質は今回見せてはくれないらしい。それを幸いととらえるかどうかは、微妙なところである。
つまり、クロナもまた本気を出さずともあなたに稽古をつけられると言ってるも同然なのだ。アイが見事な捌きを見せたように、クロナもまたあなたには無い技術を持っているということになる。
それが何なのかは、あなたには想像もできない。扇を持つクロナは、まるで今から舞でも見せようというかのように、優雅に立ち振る舞っているのだから。
ゆらり、ゆらりと。音もなく右へ左へ陽炎のようにゆらめくクロナ。一見隙だらけのようで思わず斬りこみたくなるが、その動きに妙な印象をあなたは抱いていた。
隙があるようでいて、全くない。扇片手に左右へ揺らめき歩くクロナへ、どうしてもそんな印象を抱いてしまう。あなたは攻撃を仕掛けられずに、剣先を突きだすようにして構えて様子見をすることにした。
「ふふ……来ないの? なら、私から舞いのお誘いをしましょうか♡」
クロナは揺らめく足取りでゆっくりとあなたに近づいて来た。右へ左へ、揺らめきながら、じわじわと肉薄してくる。
距離が狭まり、剣の間合いが殺されそうになるところで、あなたはたまらず攻撃を仕掛けた。それは果敢というよりもむしろ、追い詰められたがゆえの反撃だった。
クロナ目がけて放ったのは、正眼からの鋭い突きだった。剣先をクロナに向けていた必然、一番速い攻撃方法はこれしかない。
だが、揺らめくクロナは柔らかく身を捻り、刺突をすんでのところで避けた。そしてその身の捻りを利用してくるりと回転し、揺らめく足取りであなたの側面へ回り込む。
あなたは慌てて刺突を放った剣先を取り回し、クロナを追いかけるように薙ぎ払いを放った。しかし彼女は身を屈めてやり過ごす。だけでなく、そのままあなたの正面へ抱きつくように密着し、流れる体捌きで背後へと回った。
なにが起きているのか分からない。まるで水流のようにごく自然なクロナの動きが、全く予想できない。
「さあ、そろそろ反撃するわよ。ちょっと痛いけど我慢してね♡」
背後を取ったクロナがあなたの耳元へ囁いてくる。あなたは戦闘で過敏な最中、突然耳に息を吹きかけられてぞわりと鳥肌を立てた。
だがこのままむざむざ背後から攻撃をくらう訳にはいかないと、思い切って大きく振り向きながら闇雲に剣を振り回す。
そうして後ろに振り向いたあなたは、今度はぞっと冷や汗をかいて鳥肌を立てることになった。
クロナがいない。先ほどあなたの背に密着して耳元に囁いていたはずなのに、あなたが振り向いた時にはもう姿を消していたのだ。
「こ、こ、よ♡」
また、背後から囁かれる声を聞いて、あなたは絶句した。そして今度は鳥肌を立てる暇すらなかった。
あなたの背に、何かが叩きつけられる。おそらくクロナが持っていた扇だ。そう察した時には、全身に痺れがはしっていた。感電するような衝撃に腰砕けとなり、あなたの足がガクガクと震える。
たまらず膝から崩れ落ちたあなたの前へ、音もなくクロナが回り込んで来る。
見上げるあなたの視線を受けとめて、クロナは喜色満面の笑みを向けた。
「ふふ、私以外と強くてびっくりしたでしょ? 私はアイちゃんと違って躱しが得意なの♡」
クロナの体捌きを思い返して、もはやそれはかわす、などという言葉では表せないとあなたは思った。
揺らめく歩法によって攻撃される隙を無くし、居つきを見せない流水の体捌きで肉薄し、間合いを完全に殺した後に雷の扇によって感電攻撃を仕掛ける。見事な戦術とそれを全うする技術である。
あなたは、自分に足りない物をまざまざと見せつけられながらも、折れない意思によって再び立ち上がった。
この二人の技術、捌きと躱しは、とても一朝一夕で獲得できるものではない。こうなれば自然と体が覚えるまで、その技術を味わってやる。
二人と軽く鍔ぜり合って、手も足もでない結果となったが、むしろあなたは開き直った。アイの攻撃も、クロナの攻撃も、あなたの体力を大きく奪うまでには至らない。ならばこの体力が限界に至るまで、戦い続けよう。
「やだ、勇者ちゃんの目、真剣になってる。格好いいかも♡」
「……色ボケ狐の色ボケ発言は無視するとして、確かに良い目になってきました。グリュイエールやアルメリアと戦っていた時、そのような目をしていたことを記憶しています」
クロナと交代で縁側で休んでいたアイが立ち上がり、あなたの元へとやってくる。
「では、ここからは私たち二人でお相手しましょう。せいぜいその体で我らの体技を受け、技を盗むと良いでしょう」
「こういうのに近道は無いものよ。がんばって私たちの技を覚えて、一緒に舞いましょう勇者ちゃん♡」
励ましているのか、叱咤しているのか、アイは厳しい声音を響かせる。クロナの方はやはりのほほんとした間延びした声だ。彼女の方はむしろちゃんと物事を考えているのかどうか。
だが、この二人が近接戦闘においてあなたに足りない物を持っているのは事実。早くそれを獲得し、ファリシアに対抗できる強さへと近づかなければいけない。
甘えも泣き言も一切抱かずに、あなたは毅然として剣を構えた。
あなたを含めた三人の影が、交差する。複雑な剣戟舞踏は、日が空を流れ赤く染め上げるまで長々と続けられた。