早朝を少し過ぎた頃、空からこぼれ落ちる眩しい日差しを浴びながら、あなたは神社の境内で二人の魔物娘と睨みあっていた。
当然のことながら、対面する相手はアイとクロナである。あなたは両手に握る剣をだらりと下にさげながら、あえて構えを取らず二人の動向を見守っていた。
間合いはやや遠い。二人の得物である拳や扇どころか、あなたの剣すら届かない。勝負の行方は、間合いの掌握から始まっていた。
アイとクロナはゆっくりと静かに足を進め、散開する。アイはあなたの右手側に。クロナはあなたの左手側に。このままあなたを挟み込んで左右から挟撃するつもりだ。
無論それを許すわけにはいかない。あなたはアイとクロナの動きにあわせ、一歩わずかに退いた。
その後退に触発されたのか、アイは厳しい瞳を注視するように細め、一気に間合いを詰めてくる。
だが、あなたはアイの機先を制するように構えを変化。剣の切っ先を相手の喉にぴたりとつける、いわゆる正眼に構えた。
「……っ」
間合いを詰めるアイはわずかに息を詰め、ぴたりと足を止めた。
あなたがしたことは切っ先を突き付ける、ただそれだけ。しかし攻撃を仕掛けるでもなく、相手の攻撃を待ち受けるわけでもなく、構えの変化によって機先を制するという行為が見事アイを牽制していた。
アイの得物はいわずもがな、その拳である。闇の魔法で作られた黒い手袋は、拳打と共に衝撃波を放ち外傷のみならず内傷をもたらす。剣と比較しても剣呑な代物だった。
だがことリーチという点では剣を相手にすると大幅に劣る。もしこれが刺突であれば、アイはそれを捌いて反撃しただろう。
しかしてあなたが用いたのは牽制の一手。間合いに劣るアイからすれば、うかつに仕掛けることはできない。あなたはいわば、アイの動きを殺したのだ。アイの動きを完璧に見切っていなければできない芸当である。
完全に動きを殺されながらも、アイに焦りは無かった。これが一対一の戦いであれば、彼女は冷や汗を背筋に浮かべながら一髪千鈞の間合いの取り合いを続けなければいけなかっただろう。だが、これは二対一での戦い。数の有利はアイ側にある。
あなたがアイを牽制した間に、クロナは揺らめく体技で肉薄していた。あなたの左手側から、クロナが舞うように扇を振りかざす。
あなたは、クロナへ目を向けることもなく剣を振るった。両手で握る剣から右手だけを外し、柄を握る左手だけで放つ斬り払い。狙いはもちろん、クロナだ。
「くぅっ!」
鈍い残響音と共にクロナがうめく。あなたの片手切りはクロナの扇とかちあい、ほんの一瞬せめぎ合った。だが、すぐさま扇を打ち弾き、クロナのゆらめく体技を崩しきる。
こと斬撃の威力において、あなたはクロナよりも大幅に優れている。例え片手斬りだったとしても、クロナの扇による一閃に負けるはずがない。それを正確に見切っていたからこそあなたは片手で剣を振るったのだ。
「はぁっ!」
体勢が崩れたクロナへの追い打ちを防ごうとしてか、アイは深々と踏み込みあなたの内懐へと迫った。
彼女の鋭い拳打があなたの腹部へ硬く食い込む……その瞬間を阻んだのは、自由になっていたあなたの右手だ。
「なっ!?」
あなたは空いた右手でアイの拳打を正確に払いのけていた。アイのお株を奪う、捌きの一手。これにはさしものアイも似合わぬ驚愕の甲高い声をあげるしかない。
あなたが片手斬りを放ったのは、なにもクロナへの対応がそれでこと足りると思っていたからだけではない。クロナを迎撃した瞬間に発生する隙をアイが狙ってくると予想していたからだ。
あなたの左右で、共に居つきの瞬間を晒した二人の魔物娘。あなたは左足で硬く境内の地面を踏みしめ、それを軸としてくるりと回転。左手による切り払いでアイを、右手による掌打でクロナを、容赦なく打ち据える。
「ぐぅっ!」
「あぅっ!」
二人の悲鳴があがり、両者ともにたたらを踏んであなたから間合いを外した。
火山地帯の熱気と空から降り注ぐ白日の光によるものか、二人の魔物娘はあぶら汗を額から流している。あなたは油断なく体勢を取り直し、また両手で剣を握って二人の動向を見守った。
重苦しい沈黙が、あなたたち三者を包む。じりじりと照りつける太陽の光が、焦れているかのようだ。
どれほど互いに睨みあっていた事だろうか。左の掌を向けて警戒するように鋭い視線を送っていたアイは、突然構えをといた。深いため息を吐いている。
「参りました。我らの負けです」
その言葉を切欠に、クロナも振りかざしていた扇を消し去る。普段はのほほんとした笑みを絶やさない彼女も、今は悔しげな表情を描いていた。
「驚いたわ、もう二人がかりでも敵わないのね」
掛け値なしの称賛を聞き届け、あなたは剣を鞘に納めた。
アイとクロナから修行をつけてもらって、もう一週間あまりの時が過ぎ去っていた。
初めの頃は二人を相手に手も足もでなかったあなたも、日夜連日で骨が軋むほどの戦いを繰り広げたおかげで、互角以上に渡り合えるようになっていたのだ。
それを可能にしたのは、二人から盗み取った技術のたまものだろう。捌きと躱し。そしてそれらの根幹となる見切りの目。それは場数を踏み、戦闘経験を積み重ねることでしか手に入れる方法が無いものだ。
戦闘経験の数はともかく、質という点においてあなたは元々優れていた。グリュイエールやアルメリアはもちろん、フェンリルやリッチなどの強力な魔物娘ともあなたは戦ってきたのだ。自分よりも格上の敵との戦闘経験は貴重なもので、あなたの血肉となって確かに流れていた。
そしてそれが技量優れる二人の魔物娘との密度の高い実戦訓練によって、完全に開花した。今やあなたはレベルという総合戦闘力ではあらわせられないほどの強さを身に着けている。
「……まだ今日の稽古は始まったばかりですが、一度休憩を入れましょうか。珍しい尋ね人もやってきているようですし」
アイがちらりと神社の鳥居へ視線を動かした。あなたが視線を追いかけると、そこには艶やかな黒髪を風になびかせる、凛とした少女がいた。
ミコト姫だ。思わず懐かしいと思ってしまうのは、この一週間があまりにも濃すぎて時間の感覚すら消失させてしまったからだろう。
ミコト姫はあなたへ向かって頭を下げる。
「お久しぶりです、勇者様」
あなたはミコト姫へ近づき、こんな所までわざわざどうしたのかと聞いてみる。
「修行に励む勇者様の姿を一目見ようと思っただけのことです。お土産にホムラの国の最高級のお茶と茶菓子も持ってきました。休憩とのことでしたら、良ければお茶を振る舞いますが……」
言いさして、ミコト姫はちらりと二人の魔物娘の顔色をうかがう。
「本殿に台所がありますので、どうぞご自由に」
「なら私が案内するわねー」
いつも通り朗らかな態度のクロナは、ミコト姫を連れて本殿へと向かった。対してアイは厳しい視線で二人の背中を見送っている。
アイの睨むような鋭い視線はあなたにとってもう慣れたものだ。しかしなぜだろうか、ミコト姫を見つめるアイの瞳には、普段とは違う別の意味合いが含められているようにも感じる。
あなたがそのことについて尋ねようとアイへ近づくと、彼女は慌ててかぶりを振った。
「私たちも本殿へと行きましょう」
先ほどの視線を濁すようにアイは小走りで本殿へと駆けていく。その様子にあなたは首を傾げ、しかたなく彼女の後を追った。
ひとまず本殿の縁側へと座って体を休めることにしたあなた。ほどなくして、茶器と茶菓子を乗せたおぼんを持つミコト姫があらわれた。
「どうぞ」
あなたと同じく縁側へ腰かけたミコト姫が、お茶を差し出してくる。あなたはそれに手をつけるよりもまず、アイとクロナはどうしたのかと聞いてみた。
「彼女たちは座敷でくつろぐと言ってました。だから勇者様の元へは私からお茶を出して欲しいと」
ミコト姫に気を使った提案なのだろうとあなたは思ったが、アイの視線を思い出してどことなく引っかかるものを感じた。
「さあ勇者様、どうぞお飲みください。修業後で汗をかいているでしょうから、冷たくしておきました」
あなたは冷やされたお茶を一口飲む。冷えていても匂いはしっかりしていて、品の良い渋みのあるお茶だった。動いて熱くなっていた体が内側から冷やされていくのが心地いい。
ミコト姫もお茶を一口飲み、可愛らしく一息ついた。そしてあなたを見つめ、おもむろに口を開いた。
「今日私が来たのは、様子見だけでなくご報告もあったからです。ランガは鍛冶場を作り終え、ようやく剣作りに入る準備ができたようですよ。それで、あなたの方がどうかと気になったようで、私が使いを頼まれたのです」
あなたは鍛錬は順調だとミコト姫に伝えた。
「……そのようですね。先ほどの斬り合いを見るに、勇者様は凄まじい手練れになっています。私が見た限り、今の勇者様は正面からランガと渡り合えるのではないでしょうか」
言いながら、ミコト姫の表情が暗くなる。
「私も、勇者様のように強くなりたいものです」
ぽつりとつぶやいて、ミコト姫はお茶を一口飲んだ。
「私はホムラの国を預かる姫として、ホムラに伝わる剣技を極めなければいけません。しかし今の私ではまだ道半ば。ランガとまともに戦うこともできません」
ミコト姫はそこで言葉を切り、しばらく沈黙した。あなたは沈黙を破ることもせず、照りつける光に照らされる地面を見つめ続ける。
やがて、ミコト姫は口を開いた。
「私は……ランガの強さに憧れています。そしていつかそれを超えたいと切に願っている。しかし……自分に、それができるかどうか……分からないのです」
それは、凛とした彼女とは思えない、あまりにも感傷的な声だった。痛切な思いが声音からまざまざと伝わってくる。
どう声をかければいいものか。あなたは迷いつつ言葉を探した。しかし、彼女へ向ける気の利いた言の葉は舞い落ちない。
いつかきっと、ランガよりも強くなれる。あなたに言えたのはそんなありふれたものだった。
しかしミコト姫はあなたを見つめ、静かに微笑んだ。
「無骨な言葉です。しかし勇者様に言われると、そういう気になってきますね」
くすくすと笑うミコト姫を見て、あなたは安心を抱いた。彼女の思い悩む痛切な色が、今は消えている。
「勇者様と話すと、不思議と心の内を明かしてしまいます。……さて、用件も済みましたし、勇者様のお邪魔になる前に私は退散するといたしましょう」
ミコト姫が立ち上がるのと同時に、縁側の先からアイとクロナがやってくる。そろそろ修行再開かと思い、あなたもまた立ち上がった。
すると、アイは静かに首を左右に振る。
「もう修行の必要はありません。すでにあなたは我ら二人がかりで手におえないほど強くなりました」
「たった一週間でここまで強くなんて驚きよ。アイちゃんも勇者ちゃんが居ないところで褒めていたわ。一対一だとまずこちらが負けるって」
「バカっ、勇者には内緒と言ったでしょう! ……こほん。まあ、我ら二人もまだ奥の手を隠していますが、それを加味してもあなたと一対一で戦うのは避けたいと思うのが事実です」
アイはちらりとミコト姫を盗み見る。ほんの一瞬の瞳の動きだったが、今のあなたならそれが分かった。
「……ミコト姫が今日やってきたのはいい折りでした。せっかくなので皆でホムラの国へと参りましょう」
まさか、二人もホムラの国へ一緒に行くつもりなのだろうか。あなたがそう驚いていると、二人はさも当然とばかりに頷いた。
「我らはランガの朋友にして、今やあなたとは同盟関係。いずれ来たる魔王との戦いに向け、行動を共にするのは自然でしょう?」
「それにランガとも久しぶりに会いたいもの~」
確かに、二人はランガと共にあなたと同盟関係だ。一緒にホムラの国へと向かうのは、ツゴウノイイことかもしれない。
「では、皆で参りましょうか」
ミコト姫が歩き出し、クロナがぱたぱたと駆けて肩を並べる。それに遅れてアイが背中を追い、あなたはアイの後を続いた。
この位置関係を見て、あなたは今ならばアイに尋ねることができるかもしれないと、彼女へ小声でささやく。ミコト姫に思うことがなにかあるのか、と。
するとアイはびっくりしたようにあなたを見て、すぐにキっと睨みつけた。
「見切りの目を養って私の心の動きまで見切ったつもりですか? 女心を読もうとするのは感心いたしませんね」
そういうつもりではないとアイをなだめ、ただ妙な印象を抱いたからでそれが気のせいだったらそれでいいと付け加える。
アイは疑わしそうにあなたを見ながら沈黙していたが、やがて口を開いた。
「……彼女は、どうも危うい。私の呪眼がそう感じたまでのことです」
どういう意味か分からず、あなたは首を傾げた。するとアイは深々とため息をつく。
「あなたに一つ、忠告をいたしましょう。女心とは千変万化の刃にも等しく、何よりも見切りにくいものです。それでいてその鋭さは時に鋼を凌駕する。心の奥底に刃を秘めているとなれば、その刃が正道の剣に至るか邪道の剣に堕ちるかは、誰にも分からないということです」
……言っている意味が全く分からないとばかりに首を傾げると、アイはまた深くため息をついた。