※この作品はR-18です。

ツゴウノイイファンタジー   作:アーチ/arech

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73、再びホムラの国へ

 実に一週間ぶりにホムラの国へとやってきたあなた。

 ホムラの国へと続く長々とした石階段を登ってきたあなただが、初めて来た時とは違って息は荒くなっていない。どうやらアイやクロナとの修行によって身体捌きが根本から変わったようで、数千段ほどの石階段を登ってもほとんど疲労を感じていなかった。

 

「ふむ……ホムラの国へとやってきたのは何時ぶりでしょうか」

「忘れちゃったわねー。ランガと一緒に温泉まんじゅうを食べ漁った記憶はあるんだけど……」

「……ああ、覚えています。お前はアホほどまんじゅうを食べて動けなくなり、翌日の夜まで寝たきりになっていましたね」

 

 アイとクロナは思い出話に花を咲かせながら、物珍しげにホムラの国の中を見回していた。

 まだ昼間のホムラの国は特徴的な灯篭の光が灯って無いものの、流れる水路には鮮やかな緑の葉や色づく花びらが浮かんでいる。

 

「ランガが居る社まで、案内いたしましょう」

 

 ミコト姫の先導に合わせ、あなたたちは後をついて行った。

 そうしてお社へとたどり着くと、手持ち無沙汰だったのか、境内で変形刀を軽く振り回すランガの姿があった。

 彼女はやってきたあなたたちに気づき、あなたのそばに居るアイとクロナの姿を見て表情を驚きに染めた。

 

「おお、なんじゃ、お主らも来たのか」

「久しぶりですね、ランガ」

「変わりないようでよかったわ~」

 

 ランガの元へ歩み寄る二人は、気さくな挨拶をかわす。旧友と久しぶりに会えて嬉しいのか、ランガは明朗に破顔していた。

 ランガは二人と他愛もない会話をしながら、ちらりとあなたの方へ視線を向けた。

 

「ふむ。どうやらちゃんと鍛えてくれたようだのう。突然の頼みを聞いてくれて嬉しいぞ」

 

 かしこまったランガの言い方に、アイは静かに首を振った。

 

「何を言います。他ならぬあなたの頼みならば断わりません」

「そうよ~。それに勇者ちゃんを鍛えるのは楽しかったわよ」

「彼は強くなりましたよ。おそらくはもうあなたと対等に戦えることでしょう」

「ほぅ、お主らがそう言うのなら、そうなのじゃろうな」

 

 ランガは驚くどころか、むしろ予想通りとでも言いたげに、にやりと笑った。

 あなたはミコト姫と共に、会話をする三人へと近づく。ランガに挨拶をしようとして、しかし、そういえばもとはと言えばランガに騙されて二人の元へ行かされたのだと思い出した。あなたの唇は苦々しく歪んでしまう。

 

「あー、すまんすまん。何の説明もしなかったことは謝ろう。いやな、ああいうのはいきなりの方が面白いじゃろうなぁと思っての」

 

 悪びれないランガの顔を見ていると、あなたも毒気が抜かれてしまう。どうやら本気でただ驚かせたいがために説明をしていなかったようだ。

 呆れたとばかりに深くため息をついたあなたに、ランガは言葉を続けた。

 

「代わりと言ってはなんじゃが、お主の剣は問題なく作れそうじゃぞ。ようやく鍛冶場が作成できての、社の裏手側にあるのじゃが、そこは昔からツキヨミを崇める聖地ゆえ、神気宿る聖杖を加工するには十分じゃ」

 

 言いながら、ランガはしかし眉をひそめる。

 

「じゃが思っていたよりも剣を作るのに時間がかかりそうじゃな。聖杖を加工して剣の芯にしようと思っているのじゃが、それを覆う刀身部分を内側から溢れ出る神気に耐えられるようにしなければいかぬ。聖杖の外殻を砕いて溶岩湖から取れる鉱石と混ぜ合わせればどうにかなりそうじゃが、加工に時間がかかるな。当初の見立てより更に一月がかかりそうじゃ」

 

 当初の見立ては一月。つまり二月の時が必要ということだ。

 もともとファリシアの魔剣に劣らない剣を作るのは容易ではないと考えていたあなたは、二月かかろうが問題とは思わない。

 しかし、その期間をどう過ごせばいいのだろうか。

 そんなあなたの考えをランガは見透かしていたようだ。

 

「……言うておくが、二か月も暇でいられると思うなよ? お主を鍛えるのは、これからが本番なのじゃなからな」

 

 どういうことかとあなたは驚いた。修行なら、アイとクロナにつけてもらったばかりだ。

 

「馬鹿者。あれは下準備じゃ。まずはアイやクロナと同等の技量を身につけねば、儂の技を体得できぬわ」

「……ランガの、技?」

 

 あなたよりも先に驚きの声をあげたのは、傍らにいたミコト姫だった。

 

「うむ。我が剣技、石火。勇者よ、お主にはこの剣の骨子を会得してもらう。お主の戦闘技術は十分となった。ならば次は、剣技が必要じゃろう? 我が剣を学び取れば……お主は、近接戦闘でこの儂をもしのげるかもしれぬな」

 

 不敵に笑うランガ。その笑みが告げている。お主にそれができるかな? と。

 ここまで言われたら、あなたも腹をくくるしかない。ランガの剣技、石火というものがどういったものかは分からないが、それを会得してファリシアに通じる力を身に着けるのだ。

 

「ば……バカなっ」

 

 あなたとランガの会話に、悲鳴にも似た声が割り入ってくる。

 ミコト姫が、普段の凛とした相貌をかなぐり捨てて、驚愕に唇をわななかせていた。

 

「な、何を言っているのか理解しているのですか!? 己が剣技を他者にやすやすと授けるなど……あ、ありえません!」

 

 声音は叱責するようでありながら、ミコト姫は明らかにうろたえていた。ランガの判断がミコト姫には信じられないのだ。

 

「剣とは己の意志をあらわす物……なればこそ、刀剣を操るすべである剣術こそが己の写し鏡となるのではないですか! この手で振るうこの一刀こそが、己の生きた証! この身に宿る術理こそが、己という存在そのもの! それを……それを他者に明かすなど……!」

 

 ミコト姫は身を切るような声を出した。いや、まさにその言の葉一つ一つが、ミコト姫の血肉そのものなのだろう。

 ランガはそのことを理解して、ミコト姫の痛切な言葉を全て受け止めて、静かに口を開いた。

 

「剣こそが己の全て。剣術こそが己の全て。ミコトよ、お主の言うことには一理ある。しかしな、儂にとって剣もそれを扱う術理も、ただそれだけの意味でしかない。剣とは他者を斬るためのものじゃ。剣術とは他者をより効率よく斬るためのものじゃ。ただそれだけ……それだけでしかない。それ以上の価値を見出すのは、より高みを目指すうえで必要な事じゃろう。しかし、見出した価値に囚われては先へは進めぬぞ」

「……っ!」

 

 ミコト姫はしばし凝然とランガを見据えていたものの、突然かぶりを振ってお社へと歩いていく。その途中で一度足を止め、振り向きもせずあなたへ声をかけた。

 

「私は先に失礼させていただきます。恥ずかしいところを見せてしまい、申し訳ありません」

 

 社へと入っていくミコト姫の背中を見届けて、あなたは思わず彼女の元へと向かいかけた。

 

「やめておくのじゃ。一人にさせておけ」

 

 それを止めたのはランガだった。

 

「お主が行ってもどうにもならぬ。これはミコト自身の問題……というより、あやつを支える剣術に根差すことじゃ」

 

 言っている意味が分からず、あなたは素直に首を傾げた。

 

「勇者よ。剣術家でないお主に理解できないのは当然じゃ。剣術家とは、剣を通して物事を見てしまうものじゃ。特に己の技量に自信がある物ほど、その剣に見出した真理を託してしまうもの。ミコトもそうじゃの」

 

 ランガはふっと寂びた微笑を見せる。

 

「ミコトの剣術は、ホムラの国に伝わる伝統的な剣じゃ。あやつにとって、それを学び極めるのが己の全て。そしてその剣は決して敗北してはならぬ。なぜならばあやつはホムラの国の姫であり、その剣はホムラの国を背負っているからじゃ。ゆえに他者へ己の剣を教えるなど言語道断。あやつの剣は、姫であるあやつにだけ体得を許された、誇りの剣なのじゃから」

 

 その説明を聞いて、あなたはエルフたちのことを思い出していた。

 その正体こそは矢であるが、女神の使徒から授かった宝剣こそが、彼女たちエルフの誇りである。

 剣自体に誇りを託したエルフと違い、ミコト姫はその身に修める術技に誇りを乗せているのだろう。そう思えば、ミコト姫の発言も少し意味が理解できる。

 だが、ミコト姫の心中を察しつつあるあなたに、ランガはどこか冷えた言葉を投げてきた。

 

「勇者よ、勘違いをしてはならぬぞ。剣に誇りを抱くのは良い。己の術理を誇りに思うのは良い。だが、それこそが全てだと思ってはならぬ。剣も剣技も、しょせんは戦うためのすべでしかないのじゃからな」

 

 そう語るランガの瞳は乾いている。普段は気さくな彼女が初めて見せた、真剣な表情だった。

 

「剣とはしょせん道具。術理とはしょせん技術。それ以上の価値を求めては、剣と技術が可哀想じゃろうに」

 

 ランガはどこまでも現実的だった。目にうつす物事を正確にとらえ、それ以上にもそれ以下にも見たりしない。ある意味で冷徹な物の見方と言える。

 しかしそれはどこまでも正確な目利きである。鍛冶師として、そして剣術家として、正確に物事を見極めるというのは必要不可欠なことだ。

 ランガの剣技、石火とは、その物の見方に根差した剣なのだろう。おそらくはどこまでも冷徹で、正確で、そして鋭い。今のランガの瞳のように。

 

「……ま、修行は明日からにしておくか。今日は心構えを説けただけで良しじゃ」

 

 ランガは寂びた表情から一転、朗らかに笑った。

 

「儂もアイとクロナに久しぶりに会えたのじゃから、語りたいことも色々ある。お主は今日一日くらい羽根を伸ばしておけ」

 

 この一週間あまり、ランガと斬り合ったりアイやクロナと戦い続けたりと、疲れる日々であった。ランガの言う通り、今日一日くらい羽根を伸ばすのもいいだろう。

 あなたは一度お社へと目を向ける。ミコト姫のことが気にはなったものの、今はそっとしておくしかない。

 あなたは勇者であり、剣術家ではないのだ。彼女の抱える問題への手助けはできそうもない。

 

 ランガたちに別れの挨拶をし、お社から離れるあなた。石階段を下りながら、あなたはランガの言葉を思い出していた。

 剣も剣技も、しょせんは戦うためのすべ。

 それは、ファリシアに勝つため剣を求めてやってきたあなたを、正確に言い表しているのかもしれない。

 

 そう、ファリシアに勝つために剣を求めた。ファリシアに勝つため、ランガの剣技を身に着けようとも思っている。

 あなたにとって剣と剣技は、そのためのものでしかない。もしかしたらあなたはすでに、ランガと同じ目を宿しているのかもしれなかった。

 

 しかし……その一方でミコト姫の言葉も気にかかる。

 剣こそが己の証。己の存在そのもの。ミコト姫は迷わずそう言ってのけた。

 それは、勇者という役割以上の背景を持たないあなたを言い表していたのかもしれない。

 魔王を倒す。それだけが勇者であるあなたの目的だ。魔王を倒すことこそが、己の証。己の存在そのもの。

 

 どちらの言葉も、あなたにとっては正しいものだった。

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