打倒ファリシアに向け、ついにランガとの本格的な修行の日々が始まっていた。
あなたは午前中ランガに剣を教わりながら実戦形式で斬り合い、午後は自由行動をしてホムラの民を抱きレベルを上げるという毎日を過ごしていた。ランガは午後には剣作りに入るため、そうして地力をあげていくことしかできなかったのだ。
ランガはまず、実際に斬り合う前に必ず己の剣術流派、石火の要諦をあなたへ告げる。
「儂の剣、石火は効率を追求した剣技じゃ。一応分かりやすく型を作り、石火の要点を学べるように編み込んではあるが、実践においては流動する状況に適したより効率的な運剣を遂げることこそが石火の本懐じゃ。究極的にいうならば、相手の動きを全て見切り、相手よりも更に効率的な運剣をもって斬り合いを制することができれば、それは全て石火の剣と呼んでもよい」
実際に斬り合う前ランガがこう長々と語るのは、今自分が何を学んでいるのか、何を目的としているのか、それを最初にはっきりとすることでより修行の効率が上がる、という彼女の持論ゆえだった。
しかしあなたからすれば頭が痛い話だ。
ランガの剣術である石火が効率を極めようとする剣だということは分かったが、そこに複雑な論文めいたロジックを展開されるとついていけない。あなたからすれば、実際に斬り合いをして修行をするよりもはるかに辛い時間がこれだった。
それでも毎日とうとうと語られれば、自然と頭に染み入ってしまうもの。あなたはランガとの斬り合いの中で自然と彼女の言葉を思い出し、より効率的な斬り方というものを意識しつつあった。
例えばランガが大振りな力任せの一刀を放ってきたら、自然とあなたは小さく鋭い運剣でランガに斬りかかる。ランガが逆に小さく鋭い打ちをしてきたら、大きく退くと見せて力を一転に込めた突き技を放った。
ランガの斬撃をしのぎ、返すように斬撃を放ち、ランガはまたそれをしのいであなたに斬りかかる。まるで降り続く雨のように連綿とした、長い斬り合いが繰り広げられる。
そうして斬り合っていると、そのうちに誰からともなく勝負を決める一刀を放つ隙を模索し始めるのだ。あえてこちらから隙を見せ相手の攻撃を誘ったり、逆に次々と斬撃の雨を降らせ相手の体勢を崩そうとしたり。
ランガが言うには、剣を振るうとは振るう動作から始まっているのではなく、振るうと決意したその瞬間から始まっているらしい。
斬る。その意を発した瞬間をとらえられれば、相手が剣撃を放つその瞬間に先んじて斬ることができる。まるで時間の流れが逆転したかのような、先の先を極める剣。それこそが石火なのだ。それこそが剣を極めるということなのだ。ランガは何度もそう語っていた。
「儂をして、石火の剣はまだ極められておらぬ。そういう意味では儂もお主と同じ道半ばじゃな」
数十分にもわたる密度の高い斬り合いを終えて迎えたしばしの小休憩の間に、ランガはよくそんなことを語っていた。
ランガをしていまだ道半ばの石火の剣。確かにそれを極められれば、魔王ファリシアとの戦いで大きな力になってくれそうだ。
「儂は石火の剣に近づくため、三つの技を編み出した。いわば流派石火を代表する剣技じゃな。一つは初音。これは間合いの外と見せかけ鋭く踏み込み急襲する剣じゃ。二つ目は篝。これは相手の剣筋を見切り、それに対応したより効率的な運剣をもって体の末端を斬りにいく剣じゃ。三つ目は夜月。一髪千鈞を引く隙を見逃さず、深く振りかぶって渾身の一刀を放つ技じゃ。これら三つの技に熟練すれば、やがて石火の剣に届く……と思っているんじゃがなぁ」
こればかりは儂にも分からぬ、とランガはその幼く見える顔を笑いに染めていた。
ともかく、初音、篝、夜月、その三つの技がランガの剣術石火を代表する刀法らしい。
そのどれらも形式立てたいわゆる鍛錬用の型があったが、実戦で用いる際の崩しも隠されている。さすがのランガも、その崩しは見せようとはしなかった。
ランガと斬り合えば斬り合うほど、ただ剣を振るうという動作の中に複雑な術理が介在していることを理解する。そしてそれを感じ取れば取るほど、あなたは自分が剣術家ではないことを理解するのだ。
ランガの剣術は素晴らしくも、だが勇者であるあなたに適しているものではない。
「お主は儂の剣を学んで、よりお主に適した使い方をすればよい。人それぞれ生き方が違うように、どのような剣を振るうかもまた人それぞれじゃ」
ランガはそんなあなたの心を察しているとばかりに、ことあるごとにそう説いてくる。石火の剣を伝えるのはあくまで勇者であるあなたをより強くさせるためで、それに囚われる必要は無い、と。
あなたもランガと修行しながら、自然と考えつつあった。勇者に相応しい剣とは、いったい何だろうかと。
それは武器としての剣でもあり、その武器を振るうための技術のことも指している。剣とは、武器としての剣とそれを振るうための技術が両方備わってこそ。
あなたに相応しい、勇者の剣。武器としての剣はランガが仕立ててくれるものの、技術としての剣は、はたしてどのようなものだろうか。
まだ、あなたにはそれが見えなかった。
午前中いっぱいランガと長々斬り合ったあなたは、ようやく昼を迎えたことで自由行動の時間を手に入れた。
今日もまたホムラの民、小柄なヤトメたちを抱いてできるだけレベルを上げよう。そう考えながらお社の石階段を下っていると、階段から外れた先、竹藪の中に入っていく一人の少女の姿を目にとらえた。
淡い赤色の袴姿に、美しい黒い長髪。燃える炎をかたどる独特な意匠の髪飾りが、凛とした黒髪に映えている。その姿を見間違えるわけがない。ミコト姫だ。
以前ランガと多少の言い合いをしたせいか、ミコト姫はあまりランガの元へと顔を出さなくなった。自然あなたもミコト姫と顔を合わせる機会を失っている。
きっとお社にこもっているものばかりと思っていたが、ミコト姫は一人あんな竹藪に入って何をしているのだろう。
そんな興味もあったが、それ以上に言い合いからまともに顔を合わせなくなったミコト姫への心配もあり、あなたは自然と彼女の後を追いかけていた。
階段途中の脇道へと入り、うっそうと天をつく立派な竹が生い茂る竹藪の中へと踏み込む。
そこはさわさわと緩やかな風が流れていた。竹も風に揺られ、笹の葉が凪いだ音を響かせる。修行で汗をかいているせいか、柔らかな風が心地いい。
さて、ミコト姫はこの太陽の光すらほとんど遮る竹藪の中、どこへ行ったのだろう。あなたはとにかく、二歩三歩と足を進めてみた。
太い竹をかき分けながら歩き続ける。そうするとぽっかりと開けた空間に出た。
そこは太い竹があなたの膝元程度の高さから切り落されたことで生まれた空間らしい。立派な竹藪の中、明らかに人工的に生み出されたこの空間はどことなく不気味に思えた。
あなたはしげしげと竹の切断面を見た。
かなり鮮やかな切り口だが、なぜか黒く変色している。これは……焦げてしまっているのだろうか?
だが、なぜ。おそらくは鉈かそれに類する刃物で切断されているだろうに、まるで燃えたかのような焦げついた切断面なのは不思議である。
首を傾げていたあなたは、その時どこからか声がしているのに気付く。
かなり小声で誰の声かは分からない。だが、どうやら近くの様だ。
あなたはその声がする方向へ、足音を立てないよう静かに近づいていく。
そうしてやや遠くにいる一人の少女の姿をあなたは見つけた。あの後ろ姿はまず間違いない、ミコト姫だ。綺麗な黒髪が風になびいている。
だがなぜ小声を出しているのかは分からない。まるで誰かと喋っているようだが……あなたの位置からはまだミコト姫の姿しか見えない。もしや彼女の正面の先に誰かいるのだろうか?
もう少し近づいてみようと、あなたは竹藪を手で押しのけて身を乗り出した。
すると、パキンと小さな音が響く。どうやらしなった竹が他の竹とぶつかってしまったようだ。
その音を耳にして、はっとしたように遠くの少女が振り向いた。そうして顔をはっきり見てみると、やはりそこにいたのはミコト姫だった。
ミコト姫は驚いたように凝然と立ち尽くしていたが、やがてゆっくりとあなたへ近づいて来た。
「……どうしたのですか勇者様。こんなところは人が立ち入る場所ではありません」
あなたは素直に、竹藪に入るミコト姫の姿を見たから、心配になって後を追いかけたと伝えた。
「……そう、でしたか。思えばランガと言い合いになって、まともに顔を見せもしませんでしたね。あの時は申し訳ありませんでした」
頭を下げて謝罪するミコト姫に、あなたはここで何をしているのか尋ねてみる。
ミコト姫はしばし困ったように目を伏せた。少々顔が赤らんでいるように見える。
「実は……その、一人で特訓をしていました」
恥ずかしいところを見咎められたとばかりに、ミコト姫は細い声で言った。
「ランガとあのような言い合いをしたからには、剣を振っている姿を見られるのは恥ずかしく……お社を離れ、こうして人目を忍んで鍛錬を積んでいた次第です」
なるほど、とあなたは納得する。あの斬られた竹とそれによって生まれた空間は、ミコト姫が鍛錬するためのものだったのだ。
「あの……できればランガなどには私がここで鍛錬していることは内緒にしてください。ランガに意地を張っていると思われるのも……少々、嫌なものがありますので……こんなこと、子供みたいだと思われるかもしれませんが……」
自分で言うように、まるで子供みたいだとミコト姫は思ったのだろう。恥ずかしさのあまり、彼女はもじもじと体を揺らし、あなたから視線を逸らしていた。
この様子を見るに、ミコト姫は少々ランガに意地を張っているが、二人の仲はそこまで心配するほどではないだろう。やがてどちらかが歩み寄るように思える。
そう安心を抱いたあなたは、そういえばとミコト姫の背後を眺める。
「……どうかしましたか?」
ミコト姫もあなたの視線を追って、背後を見やった。
しかしそこには何もない。ただうっそうとした竹藪が広がるばかりだ。
あなたは、さっきミコト姫が誰かと喋っているように見えたと伝えてみる。
「ああ……それは」
ミコト姫は少し沈黙して、やがて口を開いた。
「これもまた恥ずかしい話ですが、自分で己自身を鼓舞していたのです。鍛錬をする時はそうやって精神集中するのが癖でして」
そうなのか、とあなたはミコト姫に頷いた。実際誰もいないのだから、それで納得するしかない。
あなたはミコト姫に鍛錬の邪魔をしてしまったことを謝り、その場を後にすることにした。
去りゆくあなたは一度振り返ってミコト姫を見る。するとミコト姫は腰にさげていた刀を抜き、切り落とされた竹藪の空間で素振りを始めていた。
その姿を見て、あなたはふと思った。
精神集中をするなら、なぜ刀を振るうスペースがある場所ではなくて、あんな狭隘な竹藪の中だったのだろう。実際素振りはあの空間内で行っている。
首を傾げるあなただったが、考えてもしょうがないと思い直し、ヤトメたちと性行為をするべく竹藪を後にした。