ゴシックドレスを翻しながら華麗に舞い落ちる魔物娘。彼女はあなたの目の前に降り立とうとしていた。
「あっ」
だが、潮風が絶え間なく吹きつける港町特有の湿気た地面がそれを阻んだ。
地面に足をついたゴシックドレス姿の魔物娘は足をすべらせ、落下の勢いをそのままに派手にこけたのだ。
「はぐあぁあっ!?」
魔物娘はあなたの目の前で思いっきり側頭部を地面にぶつけていた。とてつもなく鈍い音が響いてあなたは思わず後ずさった。
「あっ、いだっ、いだだだっ! あっ、まずいまずい、このダメージまずいっ」
魔物娘は頭を押さえてのたうち回る。さすがに今の落下ダメージはすさまじかったと見える。
あなたは必死の形相で地を転がる魔物娘の姿に思わず引いてしまうが、すぐに気を取り直して剣を抜き払った。
「くっ、ま、まさか事前に地面を濡らしておくなど、このようなトラップがしかけてあるとは……や、やるな勇者よ!」
魔物娘は何を勘違いしているのか、足をすべらせたのはあなたのせいだと思い込んでいるらしい。
「くっ、うっ……あれ? あれれ? た、立てない……!」
あなたに剣を突きつけられた魔物娘は必死に立ち上がろうとするが、頭部へのダメージの影響か彼女の足はガクガクと震え思うように立ち上がれないらしい。
「こ、この私が、今の一撃で足の震えが止まらないだと……? くぉおぉっ、が、がんばれっ、がんばれ私っ!」
自分で自分を鼓舞しながら立ち上がろうとする魔物娘を見て、あなたは今が好機だと判断した。
あなたの今のレベルは20を超えているが、どうもこのゴシックドレスの魔物娘はそれをはるかに上回っているようだ。
ならば先手必勝。運が味方した今のうちに決着をつけるべきである。
あなたは全力で魔物娘に斬りかかった。
「ちょっ、ちょっと待てっ! 今攻撃されるのはまず……ひぐあぁぁあっ!?」
あなたの一撃が魔物娘をとらえた。渾身の力で放った斬り下げは、だが思っていたほどの手ごたえは無かった。
やはりレベルの差がかなりあるらしい。あなたの一撃はほんの少ししか魔物娘の体力を奪えなかった。
「くぅっ、動けない相手を攻撃するとは、この鬼畜め……! それでも勇者か!」
敵であるはずの魔物娘にそう言われるのは複雑な気分だった。
結局今の好機で決着をつけることはかなわず、魔物娘はようやく立ち上がりあなたの正面に立った。
「ふう……ようやく回復できたか」
頭をさすりながらつぶやく魔物娘。どうやらこの魔物娘は自己回復ができるらしく、先ほどの頭部へのダメージは完全に無くなったらしい。
つまり、あなたは今とてつもなくピンチだということだ。
「ふふ、勇者よ。どうやら私の強さは計算外だったようだな。確かに地面に頭をぶつけた時はもうめちゃくちゃやばかったが、貴様の一撃は全く効かなかったぞ?」
得意気に胸を張る魔物娘に、言い返す言葉はない。
「分かるか? 貴様は唯一の勝機を失ったのだ。もう貴様に勝ち目はない。貴様のレベルは見たところ25くらいのようだな? だが私のレベルは140だ! 貴様の6倍くらいあるぞ! 6倍!」
あなたは絶句した。どうやらこの世界のレベルという概念は100を簡単に超えるらしい。
「ははははっ、これほどのレベル差は予想外だったようだな? だがこの世界ではレベルの上限などない。魔王様はおそらくレベル1000を突破しているはずだ! はなから貴様に勝ち目など無いのだ勇者よ!」
先ほど地面をのたうち回っていた魔物娘に勝ち誇られるのは嫌な気分だったが、文字通り桁の違うレベル差を聞いてあなたは戦々恐々としていた。
「さて、次は私が攻撃する番だな。ふふ、容赦はしないぞ……?」
魔物娘の周りに色濃い暗闇が集っていく。あなたは危機感を覚えて跳び下がった。
「さあ、我が暗黒魔法で滅びるがいい!」
魔物娘があなたに手を向けると、集っていた暗闇があなた目がけて殺到する。
これはまずい。これを喰らえば一撃で負ける。本能的にそう悟ったあなたは、直感に任せるままに行動を選択した。
あなたが選んだ行動は、契約した魔物娘の召喚だった。どうしてそれを選んだのかはあなた自身でも分からない。とにかく目の前に迫りくる暗闇から身を防ぎたかったのかもしれない。
あなたの目の前で眩い光が発生し、それと共にネコマタが召喚された。
「あ? なんだよ、こんな夜にいきなり呼び出して……って、うおぉおっ!?」
不機嫌そうに召喚に応じたネコマタは、目の前の光景を見て泡を食った。
それは当然の事で、ネコマタの目の前にはあの魔物娘の暗黒魔法が迫ってきているのである。
「なんなんだよこれマジで! ちょ……ひああぁぁっ!」
哀れにもネコマタはあなたの代わりに暗黒魔法の餌食となっていた。そのダメージはあなたが思っていた通り凄まじいらしく、ネコマタは一撃で戦闘不能に追い込まれる。
「お、お前……あ、後で覚えておけよ……」
ネコマタはあなたに恨み言を残して光に包まれた。あなたが召喚した魔物娘は、戦闘不能になると元の居場所に強制的に戻されるのだ。
咄嗟のことで別に盾にしようとして召喚した訳ではなかったあなたは、心の中でネコマタに謝っておく。
「ま、まさかためらいもなくネコマタを盾にするとは……なんてむごい。やはり貴様は私が成敗してやらないといけないようだな!」
またゴシックドレスの魔物娘に勘違いされてしまった。しかし今はその誤解を解く努力よりも、この状況をどうするか考えるべきである。
もうあなたには召喚できる魔物娘はいない。かつ深刻なレベル差。更に魔物娘は自己回復ができ、それはあなたの攻撃力を上回っている。
……どん詰まりである。勇者であるあなたが取れる行動は、もう一つしかない。
あなたは魔物娘に背を向けて走り出した。そう、逃げるのである。
「なっ! 逃げるつもりか勇者よ! ま、待てっ、敵に背を向けるなど恥を知れ!」
魔物娘が何やら言っているが、相手にする必要はない。これが最善の行動なのだ。
「こうなったら地獄の果てまで追いかけてやるぞ! ……ぶべっ! ま、また足が……!」
湿気た地面のファインプレーにより魔物娘は転んで顔面をぶつけたようだ。今のうちにこの暗闇から逃げ出さなければ。
おそらくこの暗闇もあの魔物娘の魔法か何かなのだろう。ならばこれから逃げなければ安全とは言えない。
この暗い道をどれほど走り続けただろうか。息が切れもう走れないとばかりに足を止めたあなたは、周囲に光があることにようやく気付いた。
見ると人の往来もそれなりにある。どうやら命からがら逃げだすことに成功したようだ。
安心したあなたは、地面に膝をついて大きく息を吐いた。
×××
「あいつはリッチだよ。力を求めて不死の魔物になったっていう大魔術師。魔王の側近でもおかしくない強力な魔物娘だぜ?」
宿屋で一泊したあなたは、朝起きるとすぐにネコマタを呼び出していた。もちろん昨日のことを謝るためにである。
謝るついでに魔物娘の正体を知っていないか聞いてみた所、ネコマタはその正体に察しがついていたようだ。あなたに色々と情報を教えてくれる。
「リッチが得意なのは闇の魔法。あと光払いと人払いの結界。弱点は炎と光……まあ、今のあんたではかないっこない強敵だな」
まだ眠いのか、ネコマタはあくびをかいてベッドに寝転がる。
「特に夜のリッチはやばい。強力な自己回復とステータス補正がかかって、同レベルならかなり苦戦するはずだよ。まあ夜でも光で照らしたり炎で攻撃したら弱体化するけどな。んで、当然朝には弱い。まあ、まともなリッチは朝は安全な場所で寝てるだろうけど」
聞けば聞くほど今ここで会うべき魔物娘ではないようだ。突然現れた強敵にあなたは頭を抱えた。
「あたしが言うのもなんだけどさ、あのリッチは厄介だよ。夜が得意っていっても、普通人間が住むところは夜でも光があるから近づかないもんだ。けど、あいつは結界で光と人を遠ざけて、町中でも全力を出せる環境を作り出せる。リッチの中でも相当強力な奴だね」
あなたはリッチに勝つ方法はないかネコマタに聞いてみた。
「そりゃまあ……まずはレベルだろ? 後良い剣も欲しい。炎を纏った剣とか光の剣とか、リッチ対策になるエンチャント効果がついたやつ。あともっと仲間もいるといいよな。あたし一人っていうのもな~」
つまりネコマタはこう言っている。今のままでは絶対に勝てない。
いっそのことこの町から離れて別のルートで王都を目指すべきだろうか、とあなたは考えた。
しかしネコマタはあなたの考えに先回りするように言い放つ。
「言っとくけど、あのリッチはもうあんたのこと見つけちゃったからな。多分夜になる度襲ってくるんじゃないか? だとしたら人が多いこの町から離れて移動するのはまずい。遠距離を移動しようとしたら野宿とか避けられないだろ? その時あいつが襲ってきたら、逃げることはできないぜ?」
……もしかして今の状況は詰んでいるのではないかとあなたは思った。
「……詰んでるな」
ネコマタにまで言われ、あなたはがっくりと肩を落とす。
しかしここはツゴウノイイファンタジー世界である。勇者であるあなたが乗り越えられない苦難は決してないはず……なのだ。
朝の清らかな太陽を眺めながら、あなたはやがてくる夜のことを想って溜息をついた。
どうにかして、リッチを撃退する策を練らなければいけない。