あなたは今、魔王ファリシアの物と思われる魔力が立ち昇るお社を目指して走っていた。
深夜のホムラの国はひと気が全くなく、あなたは水路にかかった橋をいくつも通り抜け、ついにお社へと続く石階段へたどりつく。
そのまま長い石階段を駆け抜けようとしていたあなたは、しかし階段前にたたずむ一人の影をとらえて足を止めた。
「やはり……あなたは来ましたか」
階段前の人影が一歩二歩と進み出る。月明かりと溶岩の光が投影されるほのかに明るい夜空の下では、人影の正体はすぐに知れた。
ふわりとしたショートカットの髪に、微風になびくミニスカート。そして何よりも特徴的な鋭い目つき。その姿を見誤ることはありえない。かつてあなたを鍛えてくれた二人の魔物娘のうちの一人、アイだ。
だがあなたが知る彼女と今の彼女とで、決定的に違うところが一つあった。その体を包む魔力だ。アイの体は今、赤黒い魔力に覆われている。
かつての記憶を紐解けば、その赤黒い魔力の正体はおのずと察する事ができる。アルメリアとの戦いの中でエルフのリーシャが使った呪法、アルツ・ググツだ。
これは闇の魔力で対象者を縛り、己の意のままに操る魔法である。ただし実力者にはまず効かないとの話だ。
それが今かなりの実力者であるアイにかかっているとなると……この魔法の術者の力はアイを上回っていることになる。
やはり、この先には魔王ファリシアがいる。あなたは石階段の先を鋭く見つめた。闇の魔法を用いてアイほどの魔物娘を操れるとなると、かの魔王以外に心当たりは無かった。
「情けない話ですが……寝込みを突かれこの様です。今私を操るこの魔法、どうやら私の意に関係なく術者の命に従わせるようです」
アイは話しながらゆっくりと構えを取った。左手を前方に出しながら、右拳は腰に位置し深く引く。左にて捌き右にて必殺の一撃を打ち放つ、彼女が得意とする理合を遂げる構えだ。
「申し訳ありませんが、この先を通すわけには行きません。この意味、分かりますね?」
アイは何かを訴えかけるように鋭い目をあなたに向ける。あなたはその意図を察し、深く頷いた。
呪法アルツ・ググツがかつてピクシーに用いられた時、操られるピクシーたちは自我無く命令に従っていた。しかしどうやらアイは自我を失っていないようだ。
これはあの時のピクシーが魔界の風によって最初から正気を失っていたからで、アルツ・ググツ自体に意思を奪い取る効果がないのか、それとも術者はあえてアイの意識を残しているのか、どちらか判断することはできない。
ただ一つ分かっているのは、アイは意識を奪われておらず、操られるわが身を口惜しく思っている。
戦闘態勢になるアイはすっかり口をつぐんでしまったが、あなたは少ない言葉だけで彼女の意志を理解していた。
これはただの時間稼ぎだ。アイは短い言葉の中でそう伝えたのだ。あなたはかつて彼女と寝食を共にして日夜修行に励んでいたからか、彼女の言わんとしていることはその態度から薄々察する事ができるようになっていた。
勇者であるあなたがお社で起こっている異常事態を察すれば、きっと駆けつけてくる。その際の足止め役がアイなのだ。いや、きっとアイの他にも何人かいると考えるべきである。
そしてこのような迂遠な足止めを仕掛けてくるということは、やはり狙いはランガの作る剣なのだろう。
さあ、ここが重要な分かれ目だ。この石階段を上り詰めた先には、おそらく魔王ファリシアがいる。彼女が目的を遂げるよりも早くその前にたどりつく為には、一つの判断ミスも許されない。
すなわち、今あなたを足止めしようとするアイや、この先にも待ち受けているであろう何人かの足止め役相手に時間を浪費せず、お社へとたどり着く必要があった。
アイやまだ見ぬ足止め役を相手に、あなたが自ら戦えばイタズラに体力と時間を消費するだけである。
この状況を打開するには、魔物娘たちの力を頼る必要がある。彼女たちにこの場を託し、あなたは先へと進むのだ。それこそが魔物娘をしもべとし、この場に召喚する事ができるあなたにとって最善の行動だった。
あなたはそう判断し、魔物娘の召喚を試みる。
ここで大事なのは、確実に勝てる戦力である。かつて戦ったアイの戦闘スタイル。そして今アルツ・ググツに操られその実力が以前よりも増しているという予測を加味して、あなたは二人の魔物娘を呼び出した。
目の前に淡い光が二つ発光し、その中から魔物娘が現れる。
一人は長い髪をなびかせて、特徴的な海賊コートを羽織り、腰には細い刀身のレイピアを光らせる魔物娘、パイレーツ。
もう一人はボブカットの髪に生真面目な表情を美麗な顔に浮かべ、慎ましくも流麗なデザインのメイド服に身を包んだ魔物娘、リュミス。
どちらもその体に尋常ではない手練手管を蓄えた、武闘派の魔物娘である。
目にも止まらぬ刺突を得意とするパイレーツに、毒針による恐ろしい投擲を得意とするリュミス。この二人が互いをサポートしながら戦えば、きっとアイの見切りの隙をつくことができるだろう。
「勇者様、事態は把握しています。ここは私たちに任せて先に進んでください」
「ご安心を。私とパイレーツ様二人を前にしては、彼女もうかつな進退は取れません。決して先へと進む勇者様を迎撃などさせません」
召喚されるやアイの前へと進み出た二人は、己の得物をその手にした。
鋭い切っ先のレイピアに、禍々しい紫色の毒針が彼女たちの手の中で輝いている。
彼女たちが言う通り、アイはすでにあなたからその視線を外し、目の前にする二人を鋭く注視していた。
あなたは二人にこの場を任せ、素早くアイの横を通り抜けて石階段を登り始める。
やがて背後から激闘の音がにわかに響きだしたが、振り向くよりも一刻も早く前へ進むことを選択した。
そうして石階段を登り続け、ちょうど中間点に存在する大広間へとたどり着く。お社までの石階段は長く続いているので、途中でこのように休憩できるスペースがあるのだ。
その広間から更に上へと続く階段の前には、あなたが予想した通りやはり何者かの影があった。あなたは足を止め、注意深く様子を探る。
すると階段で座っていたらしき人影はゆっくりと立ち上がり、あなたへ向かって歩み出る。
近づいてきたことで輪郭がはっきりと浮き出てくる。赤黒い夜空の下で現れたのは、巫女服に身を包み特徴的な狐耳をひょこりと動かす魔物娘、クロナだった。
彼女はあなたを見るや、すぐに困ったような甘えた声を出す。
「ごめんなさ~い勇者ちゃん。うっかり操られちゃった~」
いつも通りの間が抜けた声を聞いて、ひっ迫した状況だと言うのにあなたの気は抜ける。
だが彼女の体もやはりアイと同じく、アルツ・ググツの呪法による赤黒い魔力で覆われていた。態度が普段通りだからといってうっかり近づくと反撃をくらう恐れがある。気を入れ直すべきだろう。
あなたのその判断は正しく、クロナは喋りかけてきてから間髪おかずその手の平に電撃を産み出した。バチバチと耳を覆いたくなるような電撃音を発しながら、雷の魔力は形を変える。
その手に握られたのは、雷の魔力で出来た扇だった。一見優雅な代物に見えるが、その威力は以前身をもって知っている。
のほほんとした態度のクロナだが、いざ本気で戦うとなればアイと同じく決して油断できない相手だ。あなたは油断せずに、魔物娘の召喚を試みる。
淡い光と共に二人の魔物娘がこの場へと現れた。
一人は二股に割れた細く長い尻尾が可愛らしくも、ホットパンツに食い込む鍛えられたしなやかな脚部が美しい猫耳の魔物娘、ネコマタ。
もう一人は対照的に立派な毛並みでふかふかの尻尾に青く長い髪、そして何よりも特徴的な引きちぎられた鎖が繋がる首輪。獣耳の魔物娘、フェンリル。
期せずして獣耳の魔物娘たちばかりが出そろったが、何もダテで彼女たちを召喚したのではない。
ゆらめく体技が得意なクロナに対して、素早く連撃が得意で氷の魔法による絡め手も用いられるフェンリルなら、きっと有利に戦えるはずだ。
また、クロナのいまだ見せぬ隠し手が雷の魔法を用いた物ならば、同じく電撃の魔法を得意とするネコマタなら対応できる可能性がある。そうでなくても電の魔法が得意な彼女は耐性を持っているはずだ。電撃をエンチャントした蹴り技も侮れない威力なので、クロナ相手にも有利に戦えるだろう。
「ったく、何だか面倒な状況だな」
「ネコマタに同意……」
深夜だからか、それとも元々寝るのが好きな魔物娘たちだからか、彼女たちは可愛らしくあくびをしていた。
しかしすぐにクロナの前へと立ちふさがる。
「ま、ここはあたしたちに任せてさっさと先に行けよ」
「……大丈夫、攻撃されないよう見張っておくから」
心強い言葉を投げかけられ、あなたは頷いた。
そのままクロナの横を素早く通り抜け、お社へと続く石階段の後半を登り始める。
あなたが先へ進むとすぐに背後から戦闘音が響きはじめたが、後を引かれる思いを断ち切り先へと進み続けた。
パイレーツにリュミス、ネコマタにフェンリル。残してきた魔物娘たちのことを信頼してはいても、どうしても心配な思いは捨てきれない。
しかしここからはもう他者を心配している余裕など無い。階段を登るあなたの目の先には頂上が待ち受けている。今ファリシアの魔力が立ち昇るこのお社は、あなたにとっての死地だ。
ランガを助けるため、そして剣を守るために、あなたは死地であるお社へと足を踏み入れた。
そしてお社へとたどり着いたあなたは、そこで待ち受ける者の姿を目にし、驚きに目を開く。
「……来たわね」
「ふん、あっさりとここまでたどり着くとはな」
長い耳が特徴的なエルフの少女、リーシャ。
そしてその身を覆うほどの大盾を軽々と持ったビキニアーマー姿の美女、王都のパラディン。
魔王のしもべである彼女たちが、あなたの前に立ちふさがったのだ。
だが彼女たちは以前出会った時とは比べ物にならない程の魔力を放っていた。あなたはこの魔力の気配を知っている。魔王ファリシアの魔力だ。
「気づいたか。その通り、私たちは魔王様の魔力により、以前とは比べ物にならない力を手にしたのだ」
得意気に笑うパラディンとは対照的に、リーシャはどことなく暗い面持ちだった。
「……ごめんなさい。分かってはいたけど、こうしてあなたに迷惑をかけることになったのは本当に悪いと思っているわ」
「お、おい! 何を謝ってる! お前も魔王様のしもべだろうが!」
「うるさいわね……私はあなたと違ってちょっと複雑な立場なのよ」
リーシャとパラディンは馬が合っていないのか、あなたそっちのけで言い合いを繰り広げる。
それを見ながらあなたは、彼女たちが纏うファリシアの気配を訝しげに探っていた。
リーシャやパラディンは確かに、以前会った時とは比べ物にならないほど強くなっている。それはどうやら彼女たちにそそがれたファリシアの魔力によるものらしいが……二人の魔力と比較しても、今こうしてお社から立ち昇っている魔力量とは比べ物にならない。
どうやらこの凄まじい魔力はお社の更に先、ランガが新たな工房を構えていた竹林辺りから発せられている。
つまり、彼女たちは魔王が残した最後の足止め役なのだ。彼女たちを超えた先に、きっと魔王がいる。そしてランガもそこにいるはずだ。
ならば時間をかけてはいられない。あなたは言い合いする二人をよそに、すぐさま魔物娘を召喚した。
淡い光と共に、二人の魔物娘がこの場に現れる。パラディンとリーシャは言い合いから一転、一歩後ずさって大盾と魔法書を構えた。
現れたのは、どちらもゴスロリ姿の魔物娘。小柄な体に勝気な笑顔を浮かべるリッチに、大鎌を手にした可愛らしい少女姿のミズハだった。どちらも闇の魔法を得意とする魔物娘である。
ファリシアの魔力をそそがれたリーシャとパラディンは、いったい何をしでかしてくるか分からない。その点リッチなら闇の魔法に明るくファリシアについても詳しい。リーシャが持つ魔法書のことも知っている可能性があるので、対リーシャに最適な魔物娘はリッチと言えた。
対してパラディンはその大盾による堅固な守りに秀でている。かつてあなたもパイレーツと共にこの防御に苦しめられた。これに対するは、圧倒的な暴威を振るう一撃が必要である。ミズハの大鎌による一閃なら、きっとパラディンの大盾にもかなうだろう。
「お、おいっ、どうなってるのだこれは! めちゃくちゃ魔王様の魔力を感じるのだが!?」
「勇者様との宿命の因果に導かれ現世へと降臨したわ。さあ、闇の災禍を……って、リッチさん、落ち着いてください。私たちで倒せない相手ではないはずです」
召喚されるやファリシアの魔力を感じてパニくるリッチ。ミズハはアイドルモードから一転、素になってなだめ出した。二人は以前意気投合していたので高相性だと思っていたが、はたして大丈夫だろうか。
しかしリッチが狼狽するのも無理はない。魔王ファリシアに一番近い魔物娘は彼女だった。きっとその恐ろしさをある意味一番よく知っているのだろう。
とにかくこうなったからには、この場は彼女たちに任せるしかない。あなたが置かれた状況は、召喚される際に魔物娘たちに伝わっている。しかし、走りだそうとするあなたをリッチが鋭く制した。
「ま、待て勇者よ! こいつらはともかく、奥の魔力量はかなりまずいぞ! 魔王様がここまで魔力を使っているのは私でも見たことがない! それでも一人で行くつもりか!?」
あなたはリッチに頷きを返した。リッチが言外に言わんとしていることは分かる。一人で行っても勝ち目などない。だが、それでも行かなければならなかった。
なぜならば今ランガは、一人でこの絶望的な戦いを迎えているはずだから。例え勝てないとしても、ランガを見捨てることはできない。
それに勝てないなら勝てないなりにやりようはある。ランガを助け、剣をもって逃げるくらいなら、やりようによっては不可能ではないはずだ。
こんな状況でも希望はある。その希望にだけひたすら突き進めば、恐怖に飲まれることも無かった。
あなたはリッチとミズハに心配するなと言い残し、お社裏手側、ランガの工房を目指して走り出す。
「おいリーシャ! 私が二人を抑える! 勇者を迎撃するんだ」
「……」
「お……おい!?」
パラディンの指示を聞いて一瞬警戒するあなただったが、リーシャは何らアクションを見せなかった。その隙にあなたは二人の横を颯爽と走り抜ける。
これで合計六人の魔物娘を召喚したことになるあなた。さすがにこれ以上の召喚は不可能だ。ここから先は、あなた一人で戦うことになる。
あなたがグリュイエールやアルメリアをあえて召喚しなかったのには、理由がある。この場にはファリシアの魔力が蔓延しているうえに、ランガを助けるために行動をしている現状、ファリシアとランガのどちらにも思うところがある二人を召喚しても十全な働きを得られない可能性があった。
なにより二人の意志に反してあなたの望むように行動させれば、せっかく養いつつある信頼関係を無にする可能性もある。
また、あれほどの力を持つ二人を同時召喚しては、おそらくそれ以上魔物娘を呼びよせることはできなかっただろう。つまりこの足止め策を用いられた時点でグリュイエールとアルメリアの召喚は封じられたも同然だったのだ。
もしかしたら、こうして魔物娘に後を任せて先へ進むという選択すら、予想の内なのかもしれない。そう思うと、この絶望的状況が更に窮地に感じられる。
それでもあなたは足を止めない。どちらにせよ、ランガを助けるための最善を尽くしているという自覚はあった。ならば迷いを抱く必要は無い。
そうしてランガの工房まで一息で走ってきたあなたは、大きく息を荒げながらその光景を目にした。
ランガの工房は跡形もなく消滅し、立派な竹林はほとんどなぎ倒され、いたるところに工房に飾られていた武器が突き刺さっている。ところどころ地面は抉れ、激しい戦いが繰り広げられたことがうかがえた。
そして、その異様な光景の中心に居たのは。
「……おや、誰の邪魔も入らないとあの二人は言っていたのに……勇者様の到着を許してしまいましたか。まあ、いいでしょう。もう、終わりましたから」
「ぐっ……お、おのれ……」
変形刀髪薙を地面に突き刺して地に崩れようとする体を支えるランガと、今や凛とした雰囲気の面影もなく全身から禍々しい魔王の魔力を立ち昇らせたミコト姫が、そこにいた。