お社へと通じる石階段前。
勇者が先へと進み後を任されたパイレーツとリュミスは、呪法により体を操られるアイと睨みあっていた。
「それにしても、ずいぶんとあっさり勇者様を見過ごしましたね」
パイレーツの問いかけに、アイは眉をひそめて答える。
「……私を操るこの魔法の使い手は、どうやら勇者に少しばかり思うところがあるようですね。私の意識を完全に奪ってもいないところからもそれがうかがえます。しかし……」
アイは突きつけられるレイピアの切っ先を油断なく見つめながら、慎重に間合いをはかる。
「残念ながら、あなたたちへ手加減をすることはできそうもありません。操られるまま戦うのは不本意ではありますが、私も武術に通じる身。パイレーツにワイバーンのリュミス、あなた方の手並みは少しばかり耳にしています。不本意なれど、この機会に我が見切りの目、あなた方を相手にぜひとも試してみたい」
「……大人しい顔をして大胆なことを言うのですね。まさか我が三段突きを見切れるとでも?」
「我が呪眼にて見切ってくれましょう」
アイの不敵な物言いに、パイレーツは鼻を鳴らした。
「面白いですわ。ならば試してみるといいでしょう」
「パイレーツ様……」
いさめるようなリュミスの声を聞きながらも、パイレーツは一歩前へと進み出る。
「ここはどうか私に譲ってくださいリュミス。私も剣技を身に秘める以上、聞き捨てならぬ言葉というのがあるのです」
「……分かりました。ではこの一手に限り、手出しは致しません」
恭しく一礼し、リュミスはしずしずと下がった。パイレーツの矜持を第一に立てるその判断は、メイドという立場に準じているのかもしれない。
パイレーツは手首を回して数度くるりと刀身を翻し、突如右手を引いて弓引くようにレイピアを構えた。レイピアによる高速刺突を得意とするパイレーツの基本的な構えだ。
その構えから斬撃を繰りだすのはまず不可能であり、相手に対して今から刺突を放つと言っているも同然の体勢である。
刺突しか放てない構えなど、本来ならば悪手と言っても過言ではない。しかしパイレーツは自ら技の広がりを捨てて突き技のみに特化し、その手にする得物すらも刺突剣のみとしていたのだ。
剣が本来持つ縦横無尽な剣筋を否定し、ただただ愚直に最短距離を突き抜ける。その結果たどりついたのが、彼女が持つスキル三段突きであった。
相手の喉、胸、腹部の三つを全く同時に穿つ。決してありえないはずの同時三連刺突。時間軸すらを捻じ曲げる、魔法にも似た技術。スキル、三段突き。
刺突以外の全ての技量において、パイレーツはランガに勝つことはできないだろう。だが、こと刺突だけに関して言えば、パイレーツはランガに勝ると言っても過言ではない。
刺突以外の全てを捨て去ることで、彼女は刺突を極めたのだ。そうでなければ、スキルに到達することは不可能である。
かつてランガは勇者による三段突きをかわして見せた。しかしあの時の勇者はまだ剣の技術を納める前であり、三段突きを効果的に使えていたとは言い難い。
真の技というものは、心技体の全てが一致してこそ真価を発揮する。勇者が放つ借り物の三段突きとパイレーツが放つ真の三段突きでは、その操法において天と地ほどの差があったのだ。
この三段突きこそが己の矜持。己が心技。ただひたすら愚直に最短距離を貫き穿つ。それが海賊として広大な海原を我が心のまま突き進む魔物娘、パイレーツの誇りであった。
パイレーツの矜持を前にして、アイはただ静かに切っ先を見据えていた。
彼女の周囲に魔力が集い、黒い丸い玉が次々と浮かび上がる。その玉にひとすじ亀裂が入り、亀裂は上下にゆっくりと押し広がる。
そこから現れたのは目だった。かつて一度だけ勇者に見せた彼女の闇の魔法、千の呪眼。監視者を意味するゲイザーの魔物娘アイにしか扱えない特殊魔法である。
その効果はいたってシンプルだった。今アイの周囲に浮かび上がるいくつもの呪眼は、アイの視神経と魔力で繋がっており、まるで一部の昆虫などが持つ複眼のように様々な角度から物を識別できるのだ。
だが、千の呪眼による効果はただそれだけである。あくまで本来両眼では決してとらえられない角度、位置から物を見ることができるだけで、それ以上の効果は無い。
つまりはただ目が良くなるだけの魔法。アイがこれを切り札とするのは、己の見切りの目を信頼しているからであった。
この両眼以上に物をとらえる目があるのならば、我に見切れぬ物は無し。同朋のランガですら見切りの技ではアイに一歩後を譲ると認めている。
見切りこそがアイの矜持である。アイにとって見切りとは物事を見極めるのと同意。ただ動きをとらえるだけにあらず。その真価すらも見極めるのだ。
「……」
「……」
パイレーツとアイは言葉なく睨みあう。今互いが交錯するのは、譲ることのできない己の矜持であった。
決して見切れぬと豪語する神速の三段突き。
決して見切れぬものは無いとする千の呪眼。
息も詰まる睨みあいの果てに、アイの呼吸に生じたわずかひとさじの隙を見出し、パイレーツは突進した。
神速の突き技に突進の勢力すらを乗せ、彼女の矜持三段突きの閃光が夜闇を照らす。
その瞬間、アイの瞳が大きく見開いた。驚愕しているのか、それとも見切った証なのか。この刹那の時、パイレーツにそれを判断する暇はない。
あったのはただ一つ、結果だけ。深く交錯した互いの体は、全く同時に突き飛ばされたかのように背後へと転がった。
「くっ……!」
「……っ!」
すぐさま二人とも立ち上がり、共に悔しげに唇を歪め互いを見やる。
「……私の三段突きを紙一重で防御するなんて……やりますわね」
「……そちらこそ、我が見切りを持ってして捌くことができないとは……屈辱です」
矛盾とも言える互いの矜持の交錯は、そのテーマとなる多くのものが遂げるように、釈然としない結果へと至った。
パイレーツの三段突きを、アイは千の呪眼を持ってかろうじて見切ることができた。しかしできたのはその軌道を見切ることだけ。同時に放たれる神速の三段突きは、アイの捌きの腕を持ってしても対応できなかったのだ。
そのためアイは、急遽捌くという選択肢を捨てた。彼女は左腕を三段突きの軌道の前に持っていき、本来ならば喉、胸、腹部を穿つその刺突を左腕一本を犠牲にして受けたのだ。
それと同時に待機していた右拳による直突きを打ち放っていた。結果、互いが互いの攻撃を受け吹き飛ばされる仕儀となる。
パイレーツにとって、己の三段突きがかろうじてとはいえ防御されたのは屈辱と言う他ない。決して見切れぬとは、防ぐことができないことを言うのだ。
対してアイにとって、パイレーツの三段突きを捌くことができなかったのは痛恨の極みだった。彼女にとって見切りとは、相手の攻撃を完璧に捌いてこそなのだ。
それをかろうじて腕で防御し、相打ち狙いのカウンターに打って出るしかなったというのは、彼女の見切りが敗北したとも言える事態である。
互いに納得のいかない結果。妙に感じる敗北感。それが二人の進退を一瞬止めていた。
その隙をついて、この事態を見守っていたリュミスがついに動く。その両手の指の間に毒針を宿し、アイへ向けて一気呵成に投擲した。
相手のみならず予想される回避位置すらを狙って、速度と投擲角度を変えた複雑極まる投擲術。ヴェノムテイル。
虚を突かれたアイにとって本来これは致命的なはずだった。しかし今彼女の意識とは別に、アルツ・ググツの呪法が彼女の体を操作する。
アイはその場から一歩も動かず、未来の回避位置を狙った毒針には目もくれずに己を狙った針だけをその両の掌で弾き飛ばす。
「……! あ、危うい……!」
己の体が勝手に動いた驚きよりも、虚を突かれて放たれた必殺の投擲術にアイは肝を冷やしていた。この体が呪法により操られていなければ、今の急襲を防げていた自信は無い。
「あ! 我が呪眼に毒針が突き刺さっているではないですか! かわいそうに……!」
あえて見逃した未来の回避位置を狙う投擲毒針。それが周りを取り囲む呪眼に突き刺さっているのに気づき、アイは非難するようにリュミスを睨んだ。
「……毒による効果を期待しましたが、全て手で弾きましたか。パイレーツ様の三段突きを見切るだけはありますね」
アイの両手は闇の魔力でできた手袋を装備している。それによる保護で毒針を弾いても毒は通らなかったのだ。
「……ま、まだ完璧に見切られた訳ではありません! 次は禁じ手を使ってでもこの三段突きで勝ってみせますわ!」
己の敗北は認めぬとばかりにパイレーツはリュミスへ向かって叫ぶ。
「その通りです……あれでは私も納得できません。次こそは我が呪眼で完璧に見切ってくれましょう」
アイも己の敗北を認められないのか、再度パイレーツに向けて両拳を構える。
しかしリュミスは静かに首を振った。
「残念ですがパイレーツ様、そろそろ意地を張っている場合ではありません。勇者様のためにすみやかにこの場を制し、一刻も早く加勢をするのが最善です。この場に立ちこめる魔力の程、あなたも分かっているはずです」
「そ、それはそうですが……」
「アイ様も体を操られるばかりでは十全に技を発揮できないことでしょう。ここは一つ、あなた方の勝負は一時お預けということにしてはいかがでしょうか」
「……一理ありますが、そう言われても操られている身ではどうしようもありません」
リュミスの静かな言に押されているのか、パイレーツもアイも語調は弱い。この場のペースはすっかりリュミスが握ってしまっていた。
「アイ様の戦闘スタイルは把握しました。勇者様が私たちを相手に選んだのは正しかったようです。私とパイレーツ様なら、アイ様をすみやかに制することは可能ですね」
「……聞き捨てなりませんね」
リュミスの大胆不敵な言葉に、さすがのアイも不快感を示した。彼女が纏う魔力がより一層力強さを増していく。
「私としてもランガが心配ですので意地になるのは変だと思いますが……それでもそう簡単に負けるとは思っていません」
「確かにアイ様の見切りの目は厄介です。現にパイレーツ様の三段突きすら見切られたのであれば、この勝負二人がかりでかかっても泥仕合となることでしょう」
「ですからっ、完璧には見切られてはいませんっ!」
パイレーツの叫びを無視しつつリュミスは続ける。
「しかしそれは近接戦闘を選んだ際の話。魔法を使えばアイ様を制するのは容易いかと」
リュミスはするりとパイレーツのそばへと近寄り、右手をアイへ向けて突き出した。
その手に魔力が集い、毒による禍々しい紫色の光が現れる。
それだけでリュミスの意図を察したのだろう。パイレーツはしぶしぶレイピアを鞘に納め、自身の左手を突きだされたリュミスの右手へと重ねた。
「しかたありませんわね、今回は裏技を使います。また後で尋常に勝負といきましょう」
「……?」
いまだ二人の意図を把握できないアイは、ひとまず警戒して千の呪眼を散開させた。これでより広い角度で二人の動きをとらえることができる。
だがリュミスは冷ややかな言葉をアイに投げかけた。
「もはや見切っても無駄かと思われます」
リュミスの手の平から発せられる毒の紫色に、パイレーツが発する水の青い光が混じっていく。
そして二人の重ねた手の先から、紫色の水流が一気に噴出した。
それを目にうつしてアイは驚愕に叫ぶ。
「……毒の水流!?」
パイレーツが得意とする水の魔法とリュミスが得意とする毒の魔法。それらが今重なり合い、毒が混じった水流となってアイを狙いうねり狂う。パイレーツとリュミスによる合体魔法だ。
「くぅっ!」
己を狙って一直線に迫る水流をアイは辛うじてかわす。しかし水流から細かく飛び散る水しぶきまでは避けきれず、毒の水滴を浴びてしまっていた。
「水流の一撃を捌くことは不可能。辛うじて避け続けても、しぶきまではかわせません。毒の効果がやがて蓄積し、動きを止めた時が決着です」
どこまでも冷徹なリュミスの声だったが、それはまさしく現状を的確に言い表していた。
うねり狂う水の流れを捌くなどできるはずもなく、かわしても毒の水滴をじわじわと浴びる始末。この魔法を使われた時点で持久戦に勝機は無い。
アイは深く息を吸い、覚悟を決めた。毒の水流から逃げ回っていた彼女は一転足を止め、千の呪眼を消して腰を落として深く右拳を引いたのだ。
右拳を包む手袋に全力の魔力が込められ、暗い輝きを発し出す。
「いいでしょう、ならばこちらも全身全霊を持って挑むのみ。勝負です!」
足を止め深く拳を構えた時点で、パイレーツとリュミスはアイの狙いを看破した。一点突破。毒の水流を右拳の直突きによって貫き、その先にいる二人もろとも打ち抜くつもりだ。
「面白いですわ、我らが水毒の流れにどこまで抗えるか、勝負といきましょう」
「……しかたがありません。今回はパイレーツ様とアイ様の流儀を尊重しましょう」
二人の意思により毒の水流は空中で軌道を変え、アイへと向かって一直線に突き進む。
アイは目の前に迫る毒の水流に一歩も引かず、むしろ一歩強く踏み込んで迎えうった。
迫る毒の水流に、暗い輝きを溜めこんだアイの全力の直突きが炸裂する。その威力のあまり毒の水流は先端から弾け飛んでいき、アイはそれに乗じて前へと駆けた。
「オォオォォオッ!」
裂帛の気合いと共に拳を突きだして毒の水流の中を突き進む。すでに放った拳の威力は尽きその体が毒の水で包まれていたが、水流の動きに逆らってひたすら前へと疾走した。
そして彼女は毒に蝕まれながらも水流を突破する。その眼前に二人の姿をとらえ、再度渾身の拳撃を放とうとする。
その寸前。アイは気づく。パイレーツがいつの間にやらレイピアを抜き、必殺の構えをしていたことに。
アイの脳裏に電撃めく直感がはしった。こちらの意図を看破しながらもそれに乗ったのは、この瞬間のため。今度こそ三段突きでこちらを仕留めるためだったのだ。
ギリ、と歯を噛みしめる。そうと分かったのなら、もはや一歩も引けない。すでに三段突きの構えをされている上に千の呪眼を消し去った現状、しかし勝負を諦めるつもりはない。
次こそは神速の三段突き、この両眼で見切ってくれよう。アイはカッと目を見開き、放たれる三段突きの軌道を瞳にうつした。
先ほどの応酬ですでに対三段突き用の捌き技は編み出している。アイは三段突きの軌道上にまた左腕を盾にして構え、その腕に三つの刺突を浴びた瞬間威力に押されるように半身となった。
これこそが対三段付き用の捌き技。左腕でブロックすると見せかけ、その威力に押されるよう半身を引いて受け流し、同時に右拳の直突きを放つ。相手の刺突の威力を抜きつつ、こちらの直突きの威力へと転化しカウンターを打ち放ったのだ。
だが、拳が当たるよりも早く。アイはその身に鋭い三つの衝撃を浴びていた。
バカな。何が起きている。思わぬ反撃をくらい混乱する思考の中、アイは己の体を貫く三つの衝撃の正体を瞳に写した。
水だ。細く長い三つの水弾が、喉、胸、腹部を三つもろともに打ち貫いている。
「禁技、無明剣」
パイレーツの技名乗りを聞きながら、アイは弾かれたように吹き飛んで毒の水流で濡れる地面を転がった。
「……み、見事……」
パイレーツによる一撃、いや三撃によって体力が尽きたのか、アイは起き上がりもせず小さく言った。彼女の体を取り巻く赤黒い魔力が、ゆっくりと霧散していく。
「見事です、パイレーツ様」
「……」
リュミスの称賛を聞いているのかいないのか、パイレーツは複雑そうに自分のレイピアを見つめていた。
「パイレーツ様? どうかしたのですか?」
「……今の技は私にとって禁じ手です。神速の三段突きに後手は不要。なのに水の魔法を用いて後詰めの水弾を残すなど……ああ、確実に勝つ為とはいえ、これでは納得できません!」
勝ったというのに憤るパイレーツのことが理解できなかったのか、リュミスは、はて、と首を傾げていた。
とにもかくにも、パイレーツ、リュミスコンビ対アイの戦いはこうして決着を迎えたのである。