お社へ向かう石階段の途中に設けられた休憩場。石畳の大広間から勇者が立ち去り、獣耳の魔物娘三人が残された。
太ももまでがむき出しの際どいホットパンツをつけた猫耳が特徴的な魔物娘ネコマタと、ところどころ破けた衣服からしなやかな肉体が覗き、色あせる首輪が妖しく光る魔物娘フェンリル。彼女たちは肩を並べ、正面を見据えていた。
相対するは、清廉な巫女服に身を包んだ狐耳の魔物娘クロナ。今呪法アルツ・ググツによってその体を操られる彼女は、雷の魔法によって生み出した雷扇で艶やかに口元を隠し、二人を見つめている。
「ネコマタちゃんにフェンリルちゃんね。ふふ、相手にとって不足は無しと言ったところかしら」
扇の先から、くすくすと楽しげな忍び笑いが漏れてくる。
ネコマタは気に食わないとばかりに舌打ちをした。
「いきなりちゃん付けかよ。なれなれしいやつ」
「……私は別に嫌な気はしない」
フェンリルの意外な発言にネコマタは鼻白んだ。
「本気で言ってんのかよ」
「ネコマタもこれから私のことフェンリルちゃんって呼んでいいよ……あ、私もネコマタちゃんって呼ぼうか……?」
「……いや、遠慮しとくわ。絶対言わないし絶対言うなよ」
「……残念」
互いにちゃん付けをしあう光景を想像したのだろう、ネコマタは心底嫌そうに身震いをした。対照的に、断られたフェンリルは獣耳をしなだれさせる。
「あらあら、二人とも意外と仲が良いのね」
二人の様子と軽口を聞いて、クロナは更に楽しげに笑っていた。
「良くはねえよ!」
「そこそこ良い方……」
全く同時に反対のことを口にして、二人は反射的に互いを見た。
「……良くはねえだろ」
「良い方。ネコマタの尻尾で遊ぶの楽しいし」
「そもそもあたしの尻尾で遊んでんじゃねえよ! あれすっげえストレス!」
妙な意見の対立により、二人は頬を膨らませてむぅっと睨みあう。
クロナはついに体をくの字に折り曲げ、腹を抱えて笑い出した。
「やだ、もう、二人ともこの状況で何を喧嘩をしているのかしら。私とアイちゃんみたい~」
睨みあう二人の鋭い眼光が、けらけらと笑い続けるクロナへと向いた。
「ちっ……お前のせいで忘れかけてたぜ。さっさとあの狐耳を倒して勇者を追いかけないとな」
「……私は忘れてないけど」
「ああっ?」
「……」
また睨みあう二人をよそに、クロナはぱんっと扇を広げ、その体に魔力を集中させていく。
「さぁさぁ、二人の仲が良いのは分かったけど、そろそろお互い真面目になりましょう。本当はランガのためにあなたたちを通してあげたいのだけど、変な魔法で操られちゃってて手加減できそうにないのよね~。二人には悪いけど、本気でいくわ」
クロナの瞳からあどけない色が引いていく。彼女からあざける気配が消え、痺れるような空気が周辺に浸透した。それはまるで落雷直前の帯電のような気配だった。
フェンリルとネコマタも、本気になったクロナを前にこれ以上戯言を弄するつもりはなかった。クロナの体には魔力が集まり、それが雷の魔力へと変換されていく。なにか仕掛けてくるつもりだ。
「私と共に舞いましょう」
クロナがもう一度扇を開いてパンっと小気味良い音を響かせると、彼女の周囲に次々と丸い玉が浮かび上がる。
それはバチバチと耳障りな音を立てる発光球だった。球体の中心は紫電の輝きを伴い、時折周囲に短い光の線をはしらせて放電している。
そんな雷球がこの場にいくつも生まれ、クロナの周囲を包み込むように設置されていた。
触れれば電撃が流れるというのは自明の雷球だが、それよりも剣呑な事実はふわりと浮かび上がるそれがわずかに揺れていることだった。
この場に吹くかすかな風、空気の動き。それらに流されて動いているのが見て分かる。そしてクロナが持つ扇を加味して考えれば……。
「さあ、行くわよ」
クロナは右手を動かし、扇で雷球を仰いだ。
ふわりと雷球が揺らめきだす。扇で仰がれた雷球はゆらゆらと進み出て、別の雷球に打ち当たった。
するとぶつかり合った二つの雷球は激しく放電しながら反発し、互いの体を弾き飛ばす。あらぬ方向へ流れる雷球は、また別の雷球へとぶつかり放電。そしてまた互いに反発しあらぬ方向へと弾かれた。
「おいおい……!」
ネコマタは思わず冷や汗を流す。
ぶつかり合い、放電し、弾かれあういくつもの雷球。今やそれらは複雑に絡み合いながら周囲へと広がっていく。
これこそがクロナの十八番、雷の中級魔法雷鳴球。本来はフェンリルが使う魔氷方陣のような設置魔法だが、彼女自身の崩しが加えられ、多少の操作を可能としていた。
周囲を包む二十を超す雷鳴球それぞれをクロナの意思で完璧に操作するのは不可能である。だから彼女は雷鳴球を操作するにあたって、一つの条件付けをしたのだ。
それが、この場に流れる風に身を任せること。雷鳴球自身が流れる風や空気の揺れ動きを感知し、それに乗ってゆっくりと移動する。そして触れた相手へ放電しダメージを与えるのだ。
クロナの得物である雷の扇は、雷鳴球をあおいで動かすための補助武器であった。これにより風が全く流れない室内でも雷鳴球の操作を可能とする。風が流れる開けた地形なら、更に空気の流れを複雑にすることができる。
また、雷鳴球は互いがぶつかり合うことによって放電しつつ反発し、空気の流れとはまた違った予測不能の動きへと変化するのだ。
これにより術者であるクロナ自身でも雷鳴球の動きを全く予測できなくなるが、彼女は揺らめく体技で己にぶつかろうとする雷鳴球を避けることができる。
しかも雷鳴球をかわす動きでまた空気の流れが変わり、ついでに扇で仰ぐことである程度彼女の意思による操作も加えられる。
つまりここに現れたのは、クロナ自身の身のこなしによって初めて実現する、技術と魔法を組み合わせた複雑極まる雷の迷宮であった。
ネコマタとフェンリルがクロナの魔法の意図とその正体を理解するのにかけた時間は、わずか数秒。しかしその間に雷鳴球はあっという間に彼女たちの周囲を包み込み、ゆっくりと複雑に動き回る。
「こいつはちょっとやばくないか……!」
「……確かに」
ネコマタとフェンリルは互いに背中を合わせ、周囲で動き回る雷鳴球に視線を向ける。
元々速度に優れるフェンリルに、雷の魔法によるエンチャントを施し自身の速度を上げることができるネコマタであるが、この魔法によって彼女たちの速度は殺されたも同然だ。
しかしこの雷の迷宮の真に恐ろしいところは、中心へと向かえば向かうほどその複雑さを極めるところだった。なぜならば今雷の迷宮の中心に居るクロナは、ゆらめく体技で舞いながら雷鳴球を操作しているのだから。
必然クロナ自身が一番多く雷鳴球に襲われることとなるが、彼女は身を捻り、上体を傾げ、時に地を蹴りくるりと回転しながら、まさに舞うようにかわしていく。
この雷の迷宮を攻略するには、クロナと同じくしなやかな身のこなしが必要となる。しかし、ネコマタとフェンリルはそのような繊細さなど持ち合わせていない。
速さとは、最短距離を行くことである。ネコマタの電撃めく速度とフェンリルの氷のように冷徹な素早さは、あいにくしなやかさとは無縁だった。
雷鳴球に取り囲まれて窮地に立たされる二人は、小さく囁き合う。
「おいどうするよ。このまま負けたりしたら、あたしらちょっとダサくないか?」
「……そこで私に良い考えがある」
「え? マジで?」
「ネコマタは電撃の魔法が使えるから雷魔法に耐性があるはず……そこで私は思いついた。名付けてネコマタ盾大作戦……」
「あ、もういいや。聞かない聞かない」
「これはネコマタがまっすぐクロナに向かい、その途中にある雷球を全部その体で受け止めることで道を作り、私が格好良く攻撃を仕掛けるという完璧な作戦……」
「聞かないっつったろ、言うなよ。っていうか何だよその作戦。お前ふざけんなよ。あたしの負担半端ないじゃんか。耐性あっても痛いもんは痛いんだからなっ!」
「……つまりこの作戦ダメ?」
「当たり前だろっ!」
「ダメかぁ……」
背中合わせに言い合っている間にも、複雑極まる雷鳴球は蠢きながら二人を取り囲んでいく。このままでは身動きが一切取れないまま、いずれ電撃の餌食となってしまうだろう。
「さぁさぁ、どうするの? そろそろ私と一緒に舞う決心はついた?」
クロナの言葉が意味するところは、この雷の迷宮中心部に踏み込み、共に雷球に晒されながら戦えということだ。
戦いの最中でありながら、相変わらずのほほんとしたクロナの声。それもそのはず、彼女は軽やかに舞っているだけで二人をゆうに追い詰めているのだ。はたからすれば己の魔法で激しい雷球の雨に晒されているが、彼女からすればこんなもの、日光が照る中でにわかに降る天気雨。さながら嫁入る狐が見せる歓喜の舞踏である。
あまりにも余裕な態度を前にして、フェンリルとネコマタはついに押し黙った。しかしその沈黙は追い詰められて窮しているからではなく、むしろ逆だ。
雷鳴球に取り囲まれ追い詰められるこの状況。窮地に陥れば陥るほど、彼女たちの感覚は研ぎ澄まされる。
闘争本能を激しく燃やすのではない。燃やすのは導火線だ。ただ静かに、その時を待つ。
二人の体にゆっくりと魔力が集中する。それを感じてクロナは興味を引かれながら舞い続ける。
二人が沈黙してからわずか数秒。蠢く雷鳴球の群れはゆっくりと確実に二人を包囲し、そろりそろりと近づいていく。
その時、二人の体から強烈な魔力が放出される。体内に集められた魔力は彼女たちが操れる属性へと変換され、魔法を発動。
フェンリルはその体に氷の魔力をエンチャントし、尻尾の体毛を逆立てながら周囲に氷の結晶を浮かび上がらせる。
対してネコマタは雷の魔力をその体にエンチャント。特に脚部に集中した雷の魔力は、放電現象を伴って彼女の強靭なふくらはぎを彩った。
「――行くぜ」
「……うん」
瞬間、背中合わせの二人は別れるようにまっすぐ駆けた。自分たちを取り囲む雷鳴球へ向かって、全速力で。
二人の全力の動きにより、急激に空気が逆巻いていく。まるで磁力に引かれるように、いくつもの雷鳴球が二人の体へ向かって近づいた。
だが、ネコマタは電撃がエンチャントされた足で強く地面を蹴り抜き、鋭い角度を縫って雷鳴球の間を通り抜ける。
フェンリルも餓狼めく動きで雷鳴球を鋭く避け続けていく。
二人は雷の迷宮の中を激しく駆け抜け、風に流される雷鳴球を翻弄し、急旋回を挟みつつ迷宮の中心へと向かっていた。
そう、二人は待っていたのだ。取り囲む雷鳴球の中を縫って駆け抜けることができる、直線の隙を。しなやかな体捌きが出来ずとも速度を十全に生かすことができれば、蠢く雷球の合間を縫って走ることは十分に可能。
「……っ!」
圧倒的な速度によって雷球の群れを縫う二人を目の当たりにし、クロナは息を飲んだ。まさかそんな力技に打って出るとは予想もしていない。
そのわずかな驚愕のうちに、フェンリルとネコマタはクロナの元へとたどり着き、左右から挟み撃ちをする格好となる。
「おらっ!」
電撃を纏ったネコマタの鋭い蹴りを、クロナはゆらめく体捌きによってくるりと一歩退き回避。
「ふっ!」
「っ!?」
しかしかわしたすぐ後にはフェンリルの追撃。彼女は手に持つ二振りの短刀を鋭くひるがえし、わずか一秒の合間に剣舞を叩きこむ。
クロナはこれに雷扇にて応じた。手首だけを柔らかく使い、鋭く閃く輝線のしぶきを撥ねあげる。
だがフェンリルは短刀による連撃に交えてくるりと回転。急旋回による勢いを乗せた回し蹴りをクロナの胸部目がけて放つ。
クロナはすぐさまわずかに退き間合いを外した。するとフェンリルの足先から魔力が放出。蹴り抜いた勢いそのままに、氷のつぶてが足先から発射される。
蹴りの動きを詠唱として発動したのは、氷の初級魔法アイスコフィン。フェンリルお得意の蹴り技に隠した後手である。
「くぅっ!」
虚をつかれたクロナだったが、今体を取り巻くアルツ・ググツの呪法が彼女の体を操る。
すんでのところで背を逸らし、喉元目がける氷のつぶてをかろうじて回避。
すると、クロナの背後で今まさに蹴りによる追撃を放とうとしていたネコマタが、呆気にとられて目を丸くした。クロナが背を逸らして回避したことによって、ネコマタの顔目がけてアイスコフィンが迫りくるのだ。
「うおぉぉおぃっ!」
大きく叫びながら慌ててブリッジをするネコマタ。そのおかげで顔への直撃は避けられたが、氷のつぶては彼女の大きな胸を掠めすぎた。
「あ、危ねえだろぉー!」
「……ごめん。でも私悪くないと思うけど」
「悪い悪くないじゃなくて危なかったんだよ! びっくりして心臓破止まるかと思ったっての!」
大きく叫びつつブリッジから体勢を整えたネコマタは、今度こそクロナに向かって強烈な蹴り上げを放つ。
しかしクロナもこの隙に体勢を整えている。いくら強烈であろうとも、虚を交えぬ素直な蹴りを喰らう彼女ではない。雷扇を蹴り抜く足に添え、ゆるくあおぐようにして捌きつつ体勢を入れ替えて身をかわす。
結果、風巻くうなりと共に虚空を存分に蹴り抜き、一際強い風が流れた。
それによって中心部で複雑に蠢く雷鳴球が予測不可能な動きをし、そのうちの一つがフェンリルの尻尾の先にちょんと触れる。
とたん雷鳴球は放電を開始し、フェンリルの尻尾に電撃を流した。
「――いったぁっ!」
その威力に、フェンリルはらしくもなく大きく飛びあがる。
「……あ、ごめん。あたしのせいかも」
「……ううぅぅぅ」
尻尾の先を両手で包み込んで撫でながら、フェンリルは唸ってネコマタを睨む。普段は眠そうな目をしている彼女だが、さすがに尻尾に電撃を流されては怒りを覚えるようだ。
「あらあら、仲は良くても連携は悪いのね、あなたたち。私とアイちゃんとは大違いだわ」
二人の間でクロナはくすくすと笑う。戦いの最中とはいえ、こんな言い合いの間に立たされては毒気が抜かれるというものだ。
だが彼女の体を操るアルツ・ググツの呪法はそんな場の空気などに構いはしない。クロナは楽しげに笑いつつも、その扇に雷の魔力を集中させた。
「次は、私が反撃する番のようね」
ぱんっと、指だけで扇を開いて鳴らすと、扇に集まった雷がバチバチと放電する。
「――召雷陣剛雷光」
クロナは目の前に漂う雷鳴球に扇を叩きつけた。すると雷鳴球は激しく放電し、近くの雷鳴球へと電撃がはしる。
電撃は一瞬の間に雷鳴球から雷鳴球へと連鎖し、この大広間を舐めつくすように鋭くはしった。大広間を一瞬明るく染めた紫電の雷光に遅れて響き渡る轟音は、まさに落雷と同じ。音に遅れて強烈な衝撃波がこの場を貫く。
これこそがクロナの切り札。生み出した雷鳴球に扇に集めた雷を叩きつけることで雷鳴球の間に雷を伝わらせ、一瞬にしてその場にいる対敵に雷ダメージと衝撃破を与える魔法、召雷陣剛雷光である。
これを回避するには、放たれる前に雷鳴球の位置を確認し、その間に伝う雷の軌道を読み安全位置へ先んじて移動しておかなければいけない。クロナが知る限り、そんなことができるのは千の呪眼を持つアイと、相手の意を察知できるランガの他いなかった。
無差別攻撃に見えてその実安全位置を隠す剛雷光。特に魔法の中心にいるクロナはひと際安全で、その雷も衝撃もその身に喰らってはいない。
だが、クロナの近くにいたフェンリルとネコマタは別だ。クロナが安全位置にいる必然状、その近くは雷が流れるとびきり危ない位置で、彼女たちは避ける間もなく電撃に貫かれたことだろう。
事実、今クロナは倒れ伏せる二人の魔物娘を見下ろしていた。剛雷光が直撃したのなら、まず彼女たちの戦闘不能は避けられないはずだ。
「ごめんね、手加減できなくて」
この結果は体を操られる彼女が一番悲しんでいる。普段はいつも明るい表情でも、今この時ばかりは暗い面持ちである。
「……ふざ、けんなよ……手加減されてたらよけいムカつくっての……!」
にわかに聞こえた悪態に、はっとネコマタを見る。倒れ伏せていた彼女は手で地面をつき、ゆっくりと上体を起こし始めていた。
「……驚いた。あれを喰らってまだ体力を失っていないのね」
「く……そっ……マジでびびった……特に音に……あの轟音は反則だろぉ……!」
立ち上がったネコマタはふらつきながらクロナを睨む。満身創痍のようではあるが、それでもクロナが思っている以上に体力を残している様子だ。
「そっか、あなたは雷に耐性があるんだったわね」
ようやく剛雷光の直撃を受けて体力を残していた理由に思い当たり、クロナは困ったように扇で口元を隠した。
「でも、どうせならそのまま寝ていれば良かったのに。そんな状態のあなた一人では、今の私には決して勝てないわよ」
「……はぁ? 誰が一人だって?」
ネコマタが言うのと同時に、クロナは背後に気配を感じてぎょっと振り向いた。
ネコマタに続いて、フェンリルもまた起き上がっていた。同じく満身創痍の様子だが、まだ戦える程度には体力を残しているようだ。
「そんな……どうして」
必殺のはずの召雷陣剛雷光がこうも期待を裏切るなど、にわかには信じられない。その思いがクロナの唇をわななかせていた。
フェンリルはあの一瞬、電撃がはしる一刹那の間に危機感を覚え、一歩退いていたのだ。
かつて強大なアルメリアと数度矛を交えたことで、彼女の危険を察知する直感はこれまで以上に冴えわたっている。それにより剛雷光の直撃を避け、ダメージを最小限に抑えることに成功していた。
ダメージを抑えながらも先ほどまで立てなかった理由は、掠ったとはいえ電撃を受けたことでしばしマヒ状態に陥っていたからである。もしクロナにそれを察知されれば為すすべなかったが、幸いにも彼女は先に起き上がったネコマタに気を取られていた。
「……さすがに、今のは危なかった。もう使わせない……」
両手に持つ短刀を鋭く構え、フェンリルは疾走の体勢に入る。
「あたしもあんな爆音聞くのはもうごめんだ。さっさと決めちまおうぜ!」
ネコマタが叫んで鋭く一歩踏み込んだ時、合わせてフェンリルも疾駆した。
再度の挟撃に挟まれて、しかしクロナは落ち着いていた。
切り札の召雷陣剛雷光は大量の魔力の集中を要するため、連続使用をすることはできない。もう一度使うにはしばらく時間が要る。
つまり切り札を封じられた状態で彼女たちの猛攻を受ける形になるクロナだが、それをしのぐのは容易だと彼女は考えていた。
先ほどの戦い方を見るに、二人は十全な連携を取れていない。どちらかが攻撃をすれば同時に相手の足を引っ張ることになり、相対するクロナにとっては一人一人を相手にするよりも楽な状況へと流れやすいのだ。
だから挟撃を許しても致命的ではない。むしろ時間を稼ぎやすくなり、その間にまた剛雷光を放つ準備を整えればそれで勝ちなのだ。
そう思っていたクロナは、左右から攻撃を仕掛ける二人を悠然と視界にとらえていた。
まず最初に仕掛けるのはネコマタ。彼女の蹴りを容易に身かわし、続くフェンリルの蹴り技も軽やかな体捌きにて避ける。
するとフェンリルは蹴りの動作を詠唱代わりに魔法を発動。アイスコフィンがクロナの喉をめがけて放たれる。
クロナは背後からネコマタが再度蹴りこもうとしている気配を感じ、これ幸いとばかりに身を捻ってアイスコフィンを回避。これによりアイスコフィンはその軌道の延長線上に現れるネコマタへと向かい、彼女は攻撃動作を止めて氷のつぶてを避けるはずだ。
「きゃぁっ!?」
そう楽観していたクロナは、瞬間その背をしたたかに蹴り上げられて悲鳴を上げた。
「ぐぅっ!」
それと同時に背後からネコマタのうめきを耳にする。
いったい何が起こったのか。なぜ背に蹴りを喰らったのか。ネコマタはアイスコフィンに気づかなかったとでも言うのか。驚愕と混乱を共にクロナが振り向くと、彼女は思わず息を飲んだ。
ネコマタはアイスコフィンをその細腕で受け、ダメージを喰らいながらも蹴りを放っていたのだ。
自分の身を守らずに攻撃を選択したネコマタへの一瞬の驚愕。その隙にフェンリルが背後から攻撃を仕掛ける。
フェンリルの攻気を感じ、クロナは慌てて振り向いた。
だがクロナの目にうつったのは、今まさに短刀による連撃を放とうとするフェンリルばかりではなく、ネコマタの蹴りによる風圧によって揺れ動く雷鳴球もだった。
フェンリルが攻撃を仕掛けるよりも早く、あの雷鳴球がぶつかる。
そう判断したクロナは避けるのではなく迎撃を選択。雷鳴球が当たり電撃によって一瞬痺れた隙を扇の一閃にて狙い打つ。
「っ!?」
そうして扇を振り落とした瞬間、クロナはフェンリルの短刀による猛撃で胸元を斬り刻まれる。
そんなバカな。雷鳴球は確かにフェンリルに当たっているはず。混乱しながら先ほどの雷鳴球を視線で追うと、確かにフェンリルに接触し電撃を流していた。
しかしフェンリルは、流れる電撃とそのダメージを意に介さず攻撃を仕掛けてきたのだ。二度も喰らった電撃によって一時的にマヒの耐性を得たのだろうが、それでもネコマタの蹴りによる風圧で引き起こされた意図せぬ一撃を喰らっているとは思えない判断だ。
「あなたたち、まさか……!」
クロナは愕然としながら短刀の間合いから退く。すると背後から攻撃の気配。ネコマタが再度蹴りを仕掛けてきたのだ。
それと同時にフェンリルが間合いを詰めてくる。クロナは振り向きもせず、気配だけで蹴りの軌道を察知し、ゆらめく体技で蹴撃を回避。
すると当然、ネコマタはクロナに迫っていたフェンリルを蹴り抜くはめになる。再度起こった同士討ち。だが、したたかに蹴られたフェンリルは意にも返さず身をひるがえし、クロナへ攻撃を仕掛ける。
短刀による二連斬に、蹴りを一度交えて一歩間合いを外し、短刀による投擲。そもそもフェンリルの持つ氷の短刀は魔法で作り出した物なので、投擲しても問題ないという判断だ。
短刀による二連斬と蹴りは扇で受け流したものの、短刀投擲には虚をつかれた。クロナは仕方なく一つを扇で弾き、もう一つは体をわずかに反らして回避する。
すると回避した方の短刀が、今まさに攻撃を仕掛けようとしていたネコマタの肩を貫いた。
これ幸いとばかりにネコマタへ攻撃を仕掛けるクロナ。しかし彼女は先んじて放たれた重い蹴りを腹部にねじ込まれ、呻きながら後方へ体を逃がす。
「や、やっぱり、あなたたち……!」
ここにきてクロナは疑念を確信へと変える。
この二人、あろうことか同士討ちを避けて萎縮するどころか、むしろ同士討ちを前提に本気の攻撃を仕掛けてきている。先ほどからクロナはそれを見誤って攻撃を喰らい続けたのだ。
「はっ、あたしたちが素直に連携するタマだと思ったかよ。こっちの攻撃が当たろうが、あっちの攻撃が当たろうが、知ったこっちゃねえ。好き勝手やらせてもらうぜ」
「……ネコマタに同意。付け焼刃の連携は無駄どころか互いに足を引っ張る……それなら気にせず全力でやった方が互いのため」
「ふん、それにどっちの攻撃も避ければいいだけだからな」
「……その通り。ネコマタの攻撃なんて当たらないし」
「は? お前さっきあたしの蹴り喰らってただろ!」
「喰らってない。それは幻覚」
「めっちゃ手ごたえあったっての!」
言い合う二人とは裏腹にクロナは冷や汗を流す。まさか連携という数の利を捨てて好き勝手に戦うなど、想像も及ばなかった。
そして事実、生半可な連携を選択するよりも効果的な判断だ。互いの同士討ちにうろたえもせず、しかしクロナを狙って息つく暇もなく次々に攻撃を仕掛けてくるなど、半端な連携よりも厄介といえる。
「さて、そろそろ決めちまおうぜ」
「……うん。行くよ」
互いに一瞬呼吸を合わせ、同時にクロナへ攻撃を仕掛ける。
ネコマタの鋭く重い蹴りが、フェンリルの短刀術が、ネコマタの雷撃が、フェンリルの氷の魔法が、次々にクロナへ襲い掛かる。
クロナは蹴りを避け、短刀を扇で捌き、すんでのところで雷撃をかわし、地面から這い出る氷柱の群れを慌てて退き回避。
そして一瞬息をつく間を得たと思えば、すぐさまネコマタが電撃めく踏み込みで懐に潜りこみ強烈な蹴り上げを放ってくる。
単純愚直な蹴りではあるが、だからこそ直撃すれば無事ではすまない。実際先ほど一撃喰らったことでクロナは大幅に体力を失っていた。
だが威力は恐ろしくても、しょせんは力に頼った蹴り上げ。回避するのは容易い。しかし回避した途端に今度はフェンリルが間合いに潜りこみ、ネコマタとは違って虚を交えた周到な短刀連撃を放ってくる。
しかも拍子を外すように時折回し蹴りを交え、時折氷の魔法で意外な攻め手まで見せてくる。まさに変幻自在。ネコマタの強烈な一撃を警戒している中で餓狼めくしつこい連撃を相手取るのは、さすがに骨が折れる。
「この二人……! 段々息が……!」
二人の猛攻をしのぎにしのぎながら、クロナは驚愕にうろたえつつあった。互いに互いを気にせず全力で攻撃を仕掛けている癖に、いつの間にか動きが噛みあっている。
ネコマタが踏み込み蹴ると見せかけ一歩引き、入れ替わるようにフェンリルが潜りこみ短刀を閃かせる。
ようやくそれを捌いたかと思えばフェンリルは間合いを外してくるりと回転。回し蹴りが来るとクロナが身構えると、横合いからネコマタが雷光めく脚撃を叩きこんでくる。
「ぐうぅぅ……!」
いつの間にやら追い詰められている。クロナはそれに気づき、心中でうめいた。フェンリルはいつの間にかクロナを目くらます動きをふんだんに取り入れ、その虚をついてネコマタが重い一撃を狙いすましたかのように叩き込んでくる。じわじわと肉薄され、気がつけば敗北が目の前に迫っていた。
「こうなったら……!」
クロナは扇に雷の魔力を集約し、最後の賭けに出た。
こうなれば必殺の召雷陣剛雷光に賭けるしかない。操られる身で不本意なれど、ランガの同朋としてむざむざ見えている敗北を受け入れることはできないのだ。
クロナが扇を強く開き、乾いた音を響かせる。それを聞いてフェンリルとネコマタは耳をぴくりと動かし、危険を察知。全力の疾走にて間合いを詰めにくる。
ネコマタが蹴りを、フェンリルが短刀を、それぞれ閃かせた瞬間、クロナは扇を近くの雷鳴球に打ちつけていた。
三者を明るく包む紫電の光。ほんの一刹那。瞬き一つの間に電撃が周囲を鋭く疾走し、光に遅れて轟音が、轟音に遅れて衝撃波がやってくる。
落雷によって一触即発の帯電がほどけたかのように、大広間は沈黙で包まれていた。
二度目の剛雷光による威力で大広間の地面は大きくひび割れ、細かく砕けた石が粉塵と化し煙となってこの場を包む。
ゆっくりとした風に流され煙が晴れた時、そこに立っていたのは……。
「あ、危ねえ……この爆音マジびびるぜ……」
「……ふぅ、やっぱりここは安全なんだ。セーフセーフ」
獣耳をぴょこぴょこ動かして安全を噛みしめる二人の魔物娘、フェンリルとネコマタ。勝ったのは彼女たちだった。
クロナ必殺の魔法、召雷陣剛雷光が発動するその瞬間、二人の攻撃はいち早く彼女に当たり、その体力を削りきっていた。
とはいえ発動した剛雷光までは止められず、二人の体は紫電に包まれる。
しかし必殺の剛雷光も雷鳴球の配置によって安全位置が存在する。フェンリルとネコマタにはそれを見切る目もそれを探す暇も無かったが、絶対に安全位置となる場所が一つだけあった。
それが術者であるクロナの位置である。必殺の魔法を放たれる危機を感じ、身を守るでも回避をするでもなくクロナの迎撃を選んだ彼女たちの選択が、結果的に勝利へと繋がったのだ。
こうして獣耳の魔物娘たちによる戦いは、無事決着を迎える事となった。