お社の裏手側、神気宿る剣を作るためランガが新たに設けた工房へようやくたどり着いたあなたを待ち受けていた光景は、にわかに信じられないものだった。
あなたの視界の先には二人の少女姿。一人は長大な刀を地面に突き刺し崩れ落ちる体をようよう支えている魔物娘ランガ。そしてもう一人は、魔王ファリシアの魔剣を片手に悠然とランガを見下ろすミコト姫だった。
いったい何が起きているのか。事情は分からないが、目にしている光景をありのままに判断するならこうだ。
ファリシアの魔剣を手にしたミコト姫がランガと戦い、それを制した。この状況、そうとらえる他ない。
だがなぜ……そのように問いかけることはあなたには出来ない。今やミコト姫はファリシアと見紛うほどの強大な魔力を立ち昇らせ、圧倒的な威圧感を携えていたのだから。
事情知らぬ者であれば、今のミコト姫こそを魔王と信じてしまうだろう。それほどまでの威風を放っている。
ミコト姫は現れたあなたにちらと視線をうつし、その美しい唇を動かした。
「邪魔が入らないよう勇者の足止めはするとあの二人は言っていたのに……まあ、いいでしょう。もう終わった後ですから」
興味なさげにあなたから視線を離したミコト姫は、ランガへとゆっくり近づく。
そして細い手を伸ばし、ランガが背負っていた剣を取り上げた。
あれは……作りかけの神気の剣、すなわちランガが製作途中のあなたの剣だろうか。
「ま、待て……!」
剣を取り上げられたランガが奪い返そうと立ち上がりかけるが、ミコト姫は魔剣を振るって魔力を放った。ランガの体は力なく吹き飛ばされ、そのまま彼女はうずくまるようにして地面に倒れ込む。
「これが神気宿る剣……なるほど、見事です」
ミコト姫は刃の部分を指先で撫で、月明かりに透かすように剣を掲げる。すると彼女の体を取り巻く強大な魔力がゆっくりと剣へと這いより、包み込んでいった。
それを見てあなたは反射的に腰にさしていた剣を抜いた。このままでは神気宿る剣が壊される。そう直感したのだ。
そしてその直感はまず当たっているだろう。神気が宿るとはいえまだ作りかけの剣である。ランガいわくまだ強度が足りないらしく、あれほどまでに禍々しい魔力で覆われてはあっさりと砕け散るだろう。
事情は分からない。詳しい事の成り行きも分かっていない。しかしあの剣を折られるとあらば、それは制さなければいけない。
その意気で剣を抜いたあなたはミコト姫に向かって疾走する。
しかしその先を制する形でミコト姫は一度魔剣を振るった。先ほどランガを吹き飛ばした時と同じように剣から魔力が溢れ、それが威圧を伴ってあなたを襲う。
結果、その凄まじい魔力の奔流であなたの体は無様にも後方へ吹き飛んだ。ダメージはほとんどないが、抗いようもない圧力があった。
数度転がりながらもすぐ立ち上がるあなた。ミコト姫はその様子を見てくすりと笑った。
それはあなたが知っているミコト姫の微笑とは決定的に違った。あの優しく柔らかな笑みを浮かべたかつての彼女は、今や嗜虐的に唇を歪めたのだ。
「そんなにも血相を変えて、それほどこの剣が大事ですか?」
再度月明かりに照らすよう神気の剣を軽く振ったミコト姫。しばし思案するように黙った彼女は、やがて唇の端を釣り上げた。
「魔王には手を出すなと言われていましたが……いいでしょう。この剣を折られたくないと言うのであれば、一つ機会を設けます」
言いながら、ミコト姫は神気宿る剣の刀身を袴の帯に滑り込ませる。
「剣を折られたくないと言うのならば、私を制してみてはいかがでしょうか? 見ての通り、この剣は私が帯びています。尋常に戦って勝利できれば、見事この剣は無事あなたの手元に戻りますよ。しかし負ければ……たどる結末はもうお分かりですね?」
くすくすと笑うミコト姫。その笑みにあなたは既視感を覚えた。
そうだ、グリュイエールを復活させようとしていた時のファリシアの笑みによく似ている。
ミコト姫は遊んでいる。あの魔王のように。今や魔王のような魔力に酔いながら。
「見ての通り、今の私にはランガすらかないませんでした。私が勇者様の立場なら、このような勝負は受けません。敗北が見えた戦いなど、無意味ですから」
ミコト姫の言うことも一理ある。ランガにすら勝利した今のミコト姫は、これまであなたが戦ってきた中で間違いなく最強を誇るだろう。
なぜならば今彼女はファリシアの魔剣をその手に握り、ファリシアと相違ない魔力を漲らせているのだから。もはや彼女こそが魔王といった様相である。
それでも……あなたは剣を構え、一歩、二歩と進んだ。
その歩みに恐れは無い。あなたが宿すのは決意だけだ。
ミコト姫にいかなることがあってこのような仕儀を働いたのか、それは分からない。
今のミコト姫は、かつてのミコト姫とは違う。魔王のように笑い、魔王のように遊び、魔王のように他者を弄んでいる。
しかし、あの柔らかな笑みを、消え入りそうな奥ゆかしさを、そして優しい態度をあなたは知っている。
このようなミコト姫の姿は、見ていられない。ランガを救うため、剣を守るため、ここにやってきたあなただが……今、この場で戦う真の意味を見出した。
他ならぬミコト姫を救うため、暴威に酔う彼女を倒さなければいけない。
あなたの決意宿る歩みを見て、ミコト姫の双眸がきつくなる。
「勝てないと分かっていて今の私に立ち向かいますか。ああ……なぜでしょう、その態度を見ていると……かつての己の愚かしさを思い出します」
ミコト姫は魔剣を力強く一振りする。それと共に魔力が溢れその奔流があなたを襲うが……あなたは抗うように力強く一歩一歩と踏みしめていった。
「最善を尽くしても、死力を尽くしても、決して勝てぬ相手というのは存在するのです。圧倒的な力を誇る相手に対しては、どのような技も無意味! 八方手を尽くしたとしても、かなう道理などありません!」
ミコト姫は憎悪に歯ぎしりを鳴らして魔剣を構えた。
「そう……そうだ。勇者様はランガに剣を伝授されている。ならば私にとって、あなたもまた倒すべき相手! いまだ負け知らずの勇者様に、敗北の味を振る舞って差し上げましょう!」
ミコト姫もまた、あなたに合わせるように一歩二歩と進み出た。
互いの距離が縮まっていく。まだ剣の間合いには遠い、まだ。しかしその時は確実に近づいてくる。
間合いが詰まるにつれ、あなたは駆け足になった。右へ左へ、方向を入れ替えながら斜めに走り、ミコト姫の間合い掌握を乱そうとする。
対してミコト姫は悠然と歩を進めていた。電撃の軌道で間合いを詰めてくるあなたの工夫を笑止とでも言うように。
いつしか飛ぶように速くなったあなたは深く地面を踏みしめ、無防備なミコト姫へ目がけて疾走した。目もくらむような速度で間合いを詰め、紫電めく斬り下ろしを放つ。これぞランガ直伝、石火初音である。
戦意すら感じない弛緩しきったミコト姫に対して、本来それは致命的な一撃になるはずだった。
あなたが剣を閃かせたのと同時に、ミコト姫はただ力任せに魔剣を振り上げていた。膨大な魔力を刀身から溢れさせ、あなたの剣と魔剣が凝然と噛みあう。
その威力の何たることか。渾身の切り込みだったというのに、あなたの剣は軽々と弾かれ、よろめきながら数歩後ろへ下がる仕儀となった。
その隙をミコト姫は見逃しはしない。再度魔剣を振りかざし、力任せに斬り下ろしてくる。
だがミコト姫が狙ったのはあなたではなく、あなたが持つ剣の方だった。月夜に映える剣光をとらえ、反射的に剣を盾代わりにしようとしたあなたは、その機先を制されるように再度刃を弾かれる。
鈍い音が耳をつんざき、あなたは慌てて退いた。ミコト姫は追ってこない。ただくすりと笑ってあなたを見逃している。
あなたはその手に持つ剣に目をうつした。圧倒的な威力の剣撃と先ほどの鈍色の音から予想できたことだが、剣には深々とヒビが入っている。あなたが見ている間に耳障りな音を立てて刃の中頃から砕けるように折れた。
この剣はランガから借り受けた物である。おそらくはランガをして納得いく出来だったのであろうが、ファリシアの魔力が宿る魔剣と撃ち合っては止む無しと言った結果だ。
「他愛なし。魔物娘も呼べず剣も折れた勇者様など、もはや二流以下。逃げ帰るというのなら、あえて追いはしませんが?」
歌うような声を聞いて、あなたは先ほどの攻防でミコト姫がわざと剣を狙っていたことに確信を抱いた。
ミコト姫は戯れている。最初から彼女は分かっているのだ。今や魔王の魔力を宿す自分に、あなたは決して勝てないのだと。
あなたからすればこれは決死の戦いだが、ミコト姫からすれば結果の見えた暇つぶし。ならばせめてできるだけ愉快な推移になるよう嗜好を凝らそうと言うのだ。
だからあえて剣を折り、ゆっくりと追い詰めている。あなたに無力感を味わわせたうえで、敗北させるために。
剣は折れた。もはや斬り合いにおいて使い物にはならない。
……だが、まだ使いようはある。
分かっていた事だが、やはり今のミコト姫はあまりにも強すぎる。まともな斬り合いで勝てる道理はない。こうなれば、賭けに出るしかなかった。
あなたは折れた剣を弓引くように構えた。
剣としての役目は果たせなくなったこの刃。もはやその手に握っていても意味がない。ならば、投擲しても問題は無いということだ。
そう、あなたにはアルメリアを追い詰めたあのスキルがある。パイレーツの三段突きとミズハの堕天の一撃を同時に発動する、あなただけに許された複合スキル堕天の一突きだ。
得物を投擲し素手になるリスクこそあるが、これこそが紛れもなくあなたの持つ最大最強の攻撃である。
この一撃ならば、今のミコト姫すら倒せるはず。そう固く信じ、弓引く構えから一歩踏み込んで三段突きを放った。
それと同時に剣を手放し投擲。狙った対象に正確無比な投擲を放つ堕天の一撃を発動。
閃光めく三段突きの速度に、正確無比な投擲堕天の一撃を組み合わせた神速の投擲術。あなたが持つ最強スキル堕天の一突きが夜闇を照らす。
ミコト姫はその一撃を前に、何も反応しなかった。いや、できなかったのだ。相変わらず弛緩しきったその佇まいで、夜空に流れる流星にも等しいこの一撃にどうして対応できようか。
かつてアルメリアに放った時と同じく、堕天の一突きはミコト姫の胸へまっすぐ吸い込まれる。
「……っ!?」
驚愕のうめきがミコト姫から漏れ出た。当然である。閃光が走り、目にその軌道をうつした時にはもう当たっている神速の投擲術。もはや一種の奇跡にも似た回避不能の必殺技だ。
ミコト姫の胸に折れた刃を深々と突きつけた剣は、その威力のあまり大きく空に弾かれた。剣自身が威力に耐えられなかったのだろう、残っていた半分の刃も粉々に砕け、夜空からきらきらと輝く雨を降らす。
その破片の雨の下でミコト姫は威力に押し出されるかのように一歩退いたが……そこで踏みとどまる。
確実に当たっている。その圧倒的な威力によるダメージは絶対にある。しかしミコト姫は、ただ一歩退いただけ。
「……今のは、驚きました。まさかこれほどの技を隠し持っていたなんて」
恐々とした震える声だった。俯くミコト姫の前髪は垂れ、表情を隠している。
ミコト姫がわずかに顔をあげその表情を夜闇の中に晒した時、あなたは思わずたじろいだ。
笑っていた。ミコト姫は静かに、しかし狂気に酔った微笑であなたを見つめていたのだ。
「これほどの技でも、ろくろくダメージが無いとは……ふふ、あはははっ。ああ、何て素晴らしいのでしょうか。これが力。圧倒的な力! これほどの強さを前に、斯様な技など無意味でしかない! あはははっ!」
狂喜のままミコト姫は近づいてくる。魔剣を片手に、あなたへ向かって一歩一歩。それは敗北へのカウントダウンだった。
「勝つためにはできることをする。勇者様、以前あなたが仰ったこのお言葉、実に正しかった。そう、どうしても勝たねばならない相手に、しかしどうしても勝てないのならば、更に強大な力を頼ればいい! それこそがただ一つの勝利の道なのです!」
はたして、そうなのだろうか。確かに今のミコト姫は強い。堕天の一突きすらろくにダメージにならないとは、まさに常軌を逸した強さだ。
だが、あなたは思わず呟いた。違う、と。
なぜそう言ったのかは分からない。ただ、あなたは思い出していた。
グリュイエールと戦った時を、アルメリアと戦った時を、ランガと修行した日々を。
ミコト姫は強い。だがその強さはしょせん借り物の強さ。それで一時の勝利を得られたとしても、本当の勝利を得ることはできないのだ。
なぜならば彼女は……己の剣にこそ誇りを抱き、その剣によってランガを超えたいと願っていたはずなのだから。
ミコト姫のためにも、今のミコト姫は倒さなければいけない。そうでなければ彼女は道を見失ったままだ。このまま魔王の真似ごとを続けるだけの哀れな偽物となってしまう。
「さて、それではそろそろ幕引きといきましょうか」
ミコト姫が魔剣を構え、疾走する。ついに攻気を露わにして本気の一刀を放つつもりだ。
「これが、敗北の味です!」
あっという間に距離を詰めたミコト姫は、力任せに魔剣を振るった。
技も呼吸もないとはいえ、圧倒的な力による斬り下ろしはやはり剣呑な代物である。これを喰らえば、あなたの敗北は必至だろう。
だがどうする。すでに剣は折れ素手である。この剣撃に対処することなど……。
その時。事態を判断したのはあなたではなかった。
これまで魔物娘と戦い、ランガと修行の日々を繰り広げたあなたの体こそが、瞬刹の判断を下していた。
あなたは左手を正面に、右手を引いて腰へと位置させる。左手は掌を形作り、右拳は固く握りしめたまま。その構えでミコト姫の力任せの斬り下ろしを迎えうった。
左手の掌打で魔剣の横腹を打ちつけ軌道を逸らし、生じた間隙に右拳による直突きを叩きこむ。
「なっ……!」
深々とミコト姫の腹部に直突きを叩きこんだ時、彼女はくの字に折れ曲がりながら驚愕の叫びをあげた。
しかしミコト姫はすぐさま魔剣を翻し横薙ぎを放ってくる。それをあなたはゆらめく体技で一歩退いて避け、すぐに密着するほど間合いを詰めてくるりと回転。ミコト姫の体に添いながらゆらめき、背後を取る。
「バカなっ……!?」
ミコト姫が再度驚愕をあらわす暇もあればこそ。あなたはその無防備な背に、渾身の蹴り上げを叩きこんでいた。
「ぐぅうっ……!」
ダメージはそれほど無くても、衝撃まではどうしようもない。背をしたたかに蹴り上げられたミコト姫は、つんのめるように数歩前へよろめいた。
体勢を整えた彼女は、すぐさまあなたへ向き直り、慌てて飛び下がって間合いを取った。何が起きたのか、全く理解できていない風だ。
だがあなたは理解していた。今のはアイとクロナの動きである。
いや、この二人だけではない。ミコト姫の背を蹴り上げた渾身の脚撃は、かつてグリュイエールが放った火球をはね返すためにネコマタが見せた物と同じ動きだった。
以前ランガは言った。流派石火の剣は、あくまでランガに相応しい剣術。勇者はそれに囚われず、勇者に相応しい剣を見出せ、と。
今、あなたの目の前に、その剣の形がほのかにあらわれていた。武器としての剣ではない。それを振るう術理としての剣。あなたが振るうべき剣理のことだ。
あなたはこれまでの戦いを思い出す。ネコマタから始まりミコト姫へと至るこれまでの戦い。その経験の中に、あなたが振るうべき剣の形があった。
そう、これまで戦い、そして共に戦ってきてくれた魔物娘。彼女たちが見せたその動きこそが、彼女たちをしもべとするあなたに相応しき剣なのだ。
絶望的な実力差の中でほのかに見えた光明。振るうべき剣の確信を抱いたあなたの視界は、その光明で広く開けた。
目にうつる景色は変わらない。しかしその意味するところが一変している。かつてうっそうと茂る竹林だったこの地は今や見る影もなく荒れ果て、ランガが工房に飾っていた武器があちこちに突き刺さっている。
あなたはすぐ近くに刺さっていた槍を引き抜き、右足を引いて左半身に構えた。迷いは無かった。この選択は正しいという確信があった。
槍を構えるあなたを見て、ミコト姫は数瞬言葉を無くしていた。やがて失笑を漏らした彼女は、大仰に魔剣を構える。
「先ほどの動きには少々面食らいましたが……なにをするかと思えば槍ですか。先ほどの体術は剣を失った際の非常の技でしょう? ああ、ならば槍を多少使えても驚きはしませんよ。しかし……」
ミコト姫は間合いを測るように一歩にじり寄る。
「所詮そんなものはにわか仕込み。剣を失った苦肉の策で、圧倒的な力に対抗できるとお思いですか!」
一歩。深々と踏み込み、槍を構えるあなたへ魔剣を振りかざす。
その先を制する形で、あなたは素早く槍を閃かせた。
「っ!? ぬぅっ……!」
一つ二つ三つと、穂先が宵闇に煌めく。あなたはミコト姫へ向かって、纏綿とした連続突きを放ったのだ。
ミコト姫は己の体に喰らいつこうとする餓狼の煌めきを魔剣にてことごとく打ち弾く。しかし剣と槍ではリーチの差が決定的だ。このままでは槍の雨に晒されたままだと判断した彼女は、大きく地を蹴って間合いを外した。
それを好機ととらえ、あなたは一転大きく槍を引いて構え、深々と踏み込む。踏み込みの力を存分に乗せ、渾身の一突きを見舞った。
「甘いっ!」
ミコト姫は着地と同時に胸に喰らいつこうとする穂先を魔剣にて撥ねのけ、跳ぶように前へ進んだ。槍の射程距離を殺し剣の間合いとするつもりだ。
だがこれもあなたの予想の内。渾身の一突きを撥ねられた力を利用し、すぐさま後方へ跳躍。空中で身を捻り、くるりと横回転。同時に槍も取り回し、回転の勢力を乗せた旋回斬撃をミコト姫に叩きつけた。
これぞかつてグリュイエールがフェンリルを相手に見せた槍捌きである。彼女の得物は魔力で作りだした炎の槍で、穂先から溢れる炎による補助もあったが、それを差し引いても見事な槍捌きだったのは間違いない。
「ぐぅっ!」
ミコト姫は回転の勢力を乗せた渾身の叩きつけに対し、慌てて魔剣を盾代わりにして受けた。
しかし威力のあまり彼女の足元は滑る。強く地を踏みしめていたためか土が抉れ、土埃がわずかに立った。
再度間合いが開いた。後方跳躍から着地したあなたは、間髪入れず次の攻撃を仕掛ける。
身を屈め地面すれすれに槍を振り回し、周囲に突き刺さっている、あるいは地面に落ちていたランガ製の武器を次々と空中に撥ね上げていく。そしてすぐさま槍をくるりと取り回し、柄と穂先で空中に浮かぶ武器群を次々打ち据える。
あなたが打ち弾いたのは、剣、刀、槍、短刀、小刀、その他の武器都合七つ。そのうち三つは弾き様にスキル堕天の一撃を発動してミコト姫を正確に狙い、残り四つは回避位置を狙ってあらぬ方向を様々狙い打った。
これぞアルメリアのメイドであるリュミスが必殺の投擲術、ヴェノムテイル。本来は毒の針を用いるが、回避位置を封じる多数投擲の恐ろしさは得物が変わっても健在である。
まるで総身を包むように迫りくる武器の数々を目にとらえ、一瞬ミコト姫は凝然と立ちすくんだ。予想できない攻撃が彼女の思考を止めたのは間違いない。
すぐに己を狙う危険な投擲物は少ないと察した彼女は、不用意な回避行動をせず魔剣を三度閃かせてことごとくを打ち払った。回避位置を狙った投擲物は、そのままあらぬ方向へと過ぎ去っていく。
しかしそれでよし。もとよりこの投擲はミコト姫の目をくらませるため。ほんの一瞬あなたへの注意が逸れればそれでよかったのだ。
ミコト姫が魔剣を閃かせて投擲物を打ち払っている間に、あなたは槍を深く引いて構え、本日二度目となる複合スキル堕天の一突きを放っていたのだ。
七つの投擲の雨に交えて、本命の一刺しを忍ばせる。ただ魔物娘の動きと技をトレースするだけではない。そこにあなたの技量を加え、あなただけの技とするのだ。
ミコト姫が投擲群をやり過ごし、再度あなたへ視線をうつした時、彼女は閃光の如き軌道をとらえて息を飲んでいた。
いや、息を飲む暇すらない。目に軌道を写した時にはすでに攻撃は終わっている。彼女の胸に、再度堕天の一突きが食い込んでいた。
「がっ……! ぐっ……!」
ミコト姫の体が大きくよろめき、後方へ数歩たじろいだ。
必殺の一撃が勝利を告げないことはもうすでに分かっている。あなたは堕天の一突きを放つと同時に疾走し、追いかける形でミコト姫との間合いを詰めていた。
途中落ちていた武器を二つ掠めとる。偶然か、はたまたこの一連の攻防の中で無意識に狙っていたのか、手にしたのは小刀と短刀一振りずつだった。
片手にそれぞれを持ち、よろめくミコト姫の間合いへと忍び込む。彼女がはっと視線を向けた時にはもう、あなたの両手が閃いていた。
怒涛の剣戟乱舞にてミコト姫の総身を切り刻む。深々と間合いに踏み込んだため、魔剣の間合いは殺しあなたが両手に持つ短刀、あるいは小刀に適した間合いとなっていた。
間合いを殺されたミコト姫は、魔剣を盾代わりに双刀の乱舞をしのいでいく。あなたは閃かせる短刀を目くらましに、鋭く旋回。ミコト姫の側頭部を狙って回し蹴りを放った。
ミコト姫はむしろこれを好機と判断したのか、大きく退いて回し蹴りを回避しあなたから距離を取る。間合いが離れ、剣の射程距離が復活した。
ここぞとばかりに魔剣を振りかざすミコト姫。しかしあなたに焦りはない。回し蹴りが避けられても、後手が残されている。
あなたは回し蹴りを放った体勢から右手を振り抜き、その手に持っていた短刀を投擲した。当然放つ際にスキル堕天の一撃も発動させている。
フェンリルお得意の、回し蹴りに続けざま発動する魔法アイスコフィンによる追撃、その写しである。あなたは魔法を使えないが、この戦法の意味を理解すれば代用を持って同じ意味合いの攻防を発揮することができるのだ。
「ぅ、くっ!」
ミコト姫は回し蹴りに隠れて飛来した短刀に肝をつぶしたのか、驚きの表情と共に慌てて顔を背けた。短刀は彼女の髪を掠めざまに髪飾りを弾いた。
三度間合いが離れ、あなたはまた地面に転がっていた武器を拾い上げた。
手にしたのは刀だった。本来剣を得物とするあなただが、刀ならば剣の代用に十分なり得る。両手持ちで構え、ミコト姫に切っ先を突きつけた。いわゆる正眼の構えである。
ミコト姫はきつくあなたを睨みつけ、威圧するように魔剣を振った。その拍子に魔力が放たれ、おぞましい気配が蔓延する。しかしあなたにはもう恐れはない。
「次から次へと小癪な真似を……! しかしそんな曲技など、二度は通用しませんよ。今の連撃で私を仕留めきれなかったことこそが彼我の実力差をあらわしているのです! いかな技を弄しても、あなたに勝つ手はない!」
激昂と共に言い放つミコト姫の言葉は、実に正しかった。
二度の堕天の一突きに、彼女の意表をつく魔物娘たちの動きを模した猛撃。それらを重ねてなお、まだ彼女の体力は十分に残っている。
地力が違う。圧倒的な魔力により力を増した今のミコト姫を戦闘不能に追いやるには、それこそ彼女と並ぶ力が必要だ。
今のあなたにはそれが欠けている。剣が……神気の剣があれば、あるいは。
しかし神気の剣はミコト姫が帯びている。戦闘の最中にあれを奪い取るのは至難の技だ。
ついに自身が振るうべき剣の形を見つけ、これほど強くなったミコト姫を翻弄するまでの技量に至ったというのに……決め手に欠け、このままではいずれ押し切られるのは明白だった。
おそらくランガもそのようにして負けたのだろう。どれほど斬っても、どれほど死力を尽くしても、圧倒的な魔力を持つミコト姫を倒しきるのはかなわず、疲労だけが蓄積しやがて圧倒的な暴威による一撃によって敗北を迎える。
このままでは、あなたもそのような末路を遂げることだろう。
「しょせんは技など、圧倒的な実力差の前には無意味なのです! こちらは一撃当てれば十分。しかしあなたは何百と打って、ようやく私を追い詰められることでしょう。どれほど見事な技を秘めていても、今の私とは同じ土俵にすら立っていないのですよ」
舞うように、得意気に魔剣を振るミコト姫。そのたびに魔力が溢れ、彼女の体を取り巻き、更に強大さを増していく。まさに底知れない魔王の魔力だ。
ミコト姫の言に、あなたは返す言葉がなかった。その通りだ。このままでは勝てない。このままでは……。
無言のあなたを見て、我が意を得たりとばかりにミコト姫は哄笑する。その笑い声の影に、一つか細い音が響いた。
「……見事……見事じゃったぞ、勇者よ……」
その声を聞いて、あなたとミコト姫は、はっとして声の出どころを探った。
あなたとミコト姫の視線が、同時にそそがれる。声の出どころは、ミコト姫の背後。先ほどまで倒れていたランガのものだった。
ランガは変形刀髪薙を杖代わりに、ふらつきながらもようよう立ち上がったのだ。
「先ほどのが、お主が見出した剣なのじゃな。まさにお主に相応しき、素晴らしき剣じゃ」
称賛の言葉に、空気が読めてないとばかりにミコト姫が舌打ちを返す。
「なにを世迷いごとを。いかに素晴らしき剣であろうが、圧倒的な実力差の前には無意味です。そのことをあなたも身をもって知ったでしょうに、いまだそんな言葉を吐けますか」
「……ミコト、お主ももう気づいているはずじゃ。そんな借り物の魔力をひけらかし、技も理合もなくただ力任せに剣を振るう空しさ。強い、弱いという話ではない。今日まで培ったお主の技が哀れにも泣いていることは、他ならぬお主が悟っているじゃろう」
「……くだらない」
ミコト姫は一瞬胸を抑えた。しかしその表情は苦々しく変化し、やがてランガに憎悪の瞳を向ける。
「どれほどの技量を得ようが、勝利を得られなければ無意味なのです。そう……そうだ! 勝たなければ! 勝たなければ私はあの日のまま一歩も進めない! あなたに負けたあの日から!」
「いや……お主は確かにあの日から進みだしていた。それを自ら後退の道を選んだのじゃ。ファリシアのしもべとなり、奴の魔力を借りるという安易な方法で強くなることを選んだその時から」
「……っ! 違う!」
ミコト姫が大きく魔剣を振るい、ランガへ向けて魔力の奔流を浴びせる。ランガはそれを浴びて呻きながらも、視線だけはミコト姫を貫いていた。
「いかに言葉を弄しても、しょせんは負け犬の戯言です! 今の私の強さが間違っていると言うのならば、私を倒してみるがいい!」
「……ならば、お主を倒して見せよう」
「なに……? 負け犬が何を吼える!」
満身創痍のランガは、深く息を吐き、愛刀髪薙を構えた。
「そうじゃ、儂一人でかなわぬのはすでに道理。ゆえに、お主を倒すのは儂一人ではない。儂と勇者の二人じゃ」
ランガがミコト姫越しにあなたの目を見つめる。その意図を察し、あなたは刀を構えた。
構えは……ランガと同じ。やや右肩に担ぐような、八双崩し。
ミコト姫を挟んで相向かいに刀を構えるあなたとランガは、息を合わせて疾走した。