ミコト姫を挟み、左右から疾走し挟撃を仕掛けるあなたとランガ。
息を合わせたあなたとランガが初手に選んだのは、一気に間合いを詰め鋭い斬撃を放つ呵責ない石火初音の剣であった。
左右から同時に仕掛けられ、ミコト姫は一瞬硬直する。一振りの魔剣で応じられるのはどちらか一方のみ。その事実が彼女の思考を惑わせたのは間違いないだろう。
加えて満身創痍のランガがまだこれほどの動きを見せられるとは考えてもいなかったはずだ。同時に二つの意表を突かれ、迎撃しようと魔剣を振りかざすその動きは明らかに鈍い。
その隙に、あなたとランガの鋭い斬り下ろしが彼女の左右の肩をとらえていた。
「ぐぅっ……!」
いまや魔王の魔力を纏い圧倒的な力を手にしたミコト姫といえど、これほど見事な一撃を同時にその身に浴びれば体勢が崩れるのは道理。ミコト姫がわずかにたじろんだ時にはもう、あなたとランガは彼女の正面へと躍り出ていた。
「くだらない! 二人ならば私に勝てると思いましたか!」
崩れた体勢を持ち直したミコト姫は、怒声一つ鋭く魔剣を振りかざす。当たればどちらでもいい。そんな技も理合もない乱雑な斬り下ろしだった。
しかし魔力溢れる圧倒的な暴威を宿すその一撃が脅威なのは間違いない。あまりの威力にまともに撃ち合えばこちらの剣が弾かれ、だからといって捌こうとすればその繊細な技すらを暴威で打ち破ってくる。
受けるのは不能の剣撃を前にして、ランガはあなたへ向かって大きく叫ぶ。
「勇者よ、儂に合わせよ!」
それを聞いて、あなたはランガの意図を察した。
ミコト姫の魔剣による一撃を迎えうとうと、ランガの一刀が閃く。
「無駄です!」
ミコト姫は確信を抱いていたのだろう。どのような技をもってしても、この一撃を防ぐことはかなわないと。
だが、刹那閃いた剣光は二つ。ランガだけではなく、合わせてあなたもその手に持つ刀を閃かせていたのだ。
あなたの刀とランガの変形刀の刃を重ね、二重の剣撃で魔剣の一撃を迎えうつ。
「おおぉぉっ!」
ランガとあなたは同時に雄叫びをあげ、魔剣の一振りを打ち弾いた。
そう、圧倒的な暴威による剣撃も、技と理合を備えた二人が息を合わせれば捌くことは可能。
問題は、瞬き一つの間に互いの呼吸を合わせ、同じ剣筋を持ってして相手の剣撃を捌く高い技量が必要だということだ。
しかし、あなたとランガはこの一月の間斬り合いを続けていたのだ。すでに互いの癖も技も心得ている。あなたの剣の師であるランガとこれほどまでに息が合うのは、これまでの努力による必然であった。
「なっ!?」
魔剣を弾かれたミコト姫は驚愕の声をあげる。それも当然。いまや技を捨てた彼女ではあるが、かつてその身に燐火剣の術理を秘めていたのだ。
相手の剣を捌くだけでも高い技量が必要だというのに、そこに二人が同時に同じ剣筋を持って迎えうつなど、彼女の理解を超えた事態だ。
だがミコト姫は、驚愕を振り切って再度魔剣を閃かせた。そのような技など認めぬ。その意気が放つ剣撃に乗せられているのは間違いない。技を捨て圧倒的な力に頼った彼女からすれば、決して認められない事態なのである。
目もくらむ速度で次々と魔剣が振るわれる。一つ二つ三つと閃く魔剣であるが、そのことごとくをあなたとランガの重ねた刀身が阻んでいく。
三者の剣風が絡み合ってつむじ風となり、土埃が騒然と渦を巻く。見る物がいれば緊張に生唾を飲むほどの密度の高い斬り合いだった。
次々と閃く魔剣の斬撃。それを正面から一歩も引かず、あなたとランガが迎えうつ。刃をうちあわせる鈍い音が響き渡るが、もはやあなたの意識はそれすら遠く認識していた。
息も詰まる斬り合いの中、迸る魔剣の閃きを一度でも見逃せばそれで敗北。あるいは呼吸を合わせるランガとの判断にズレが生じ、応じる一刀にわずかな綻びが現れればそれでも敗北。
だが、あなたとランガは十を超え二十を打ちあってもなお、まだしのぎ続けていた。
一度や二度しのげればただのマグレだろう。三度四度としのげればそれは奇跡である。だが十、二十と続けばそれは必然。これは紛れもないあなたとランガの実力が引き寄せた当然の結果であった。
「こ、こんなことが……!」
一瞬の隙すら見せられない斬り合いの中で、ついにミコト姫の斬撃に綻びが生じた。何度魔剣を閃かせても正面のあなたとランガは一歩も引かない。技を捨て力に頼った彼女にとって、力に屈しない二人の姿は悪夢と等しい。
その動揺が彼女を恐れおののかせ、続く魔剣の一振りが甘くなる。
その隙を、この時こそを耐えて待ち続けたあなたとランガが見逃すはずがない。斬り下ろされるミコト姫の剣撃を見切り、それよりも効率的な運剣を持って二人同時に彼女の小手裏を切り上げた。石火篝の剣である。
あなたはミコト姫の右手首裏を、ランガは左手首裏をしたたかに切り上げ、その衝撃が魔剣を持つ手を痺れさせる。ほんの一瞬、ミコト姫は魔剣を繰ることが不可能となった。
ランガは間髪入れず地を蹴り込み空へと舞い上がる。空中でゆるく回転する彼女は逆さまとなり、砂の足場を生み出してそれを強く踏み抜いた。
石火夜月の崩しにして、秘剣月之砂。空中からミコト姫目がけてさかしまに駆け抜け、刹那剣光が閃く。それはさながら月から舞い落ちる砂の煌めき。
ミコト姫の首根にランガの一刀が深々と食い込んだ。その一刀は、満身創痍のランガが操れる最後の魔力を用いて、竜鳴気と妖鳴破を同時発動している。
堕天の一突きを二度も喰らった上でのこの一撃。今のミコト姫といえど、これほどの一刀を喰らっては深くよろめくしかない。
「あ、ぐぅ……!」
この戦いが始まって、初めてミコト姫が見せた前後不覚の状態。これを見逃すことはできない。
あなたはこの隙に攻撃を仕掛ける……のではなく、刀を手放してミコト姫へと詰め寄り、彼女の帯に差し込まれた剣を引き抜いた。
そう、神気の剣だ。魔剣による魔力の補助を受けたミコト姫を倒すには、この剣を使うしかない。
あなたが神気の剣を手にしたとたん、刃が淡く光りはじめる。これは神気の波濤だ。かつてグリュイエールと戦った時に手にした聖剣と同じ力強さを感じる。
神気の剣を奪い取られたミコト姫は息を詰めて退き、鋭く魔剣を構えた。
ランガは先ほどの渾身の秘剣によりすでに全精力を使い果たしのだろう。変形刀を地面に突き刺し、力ない己の体を預けている。しかし彼女は首を傾げ、しっかりとあなたを見ていた。最後までこの勝負を見届けるつもりだ。
そう、これが最後だ。今神気が迸るこの剣から感じる力強さ。この剣による一撃を当てれば、激闘で体力をある程度削ったミコト姫に勝利することができるはずだ。
――当たりさえ、すれば。
ミコト姫は構える魔剣のその先で、冷や汗を一つ垂れ流しながらあなたを睨み据えていた。彼女とて理解している。あの神気を発する剣による一撃を喰らえばさすがにまずいと。
だが、ミコト姫の魔剣からまた魔力がわき上がってくる。底すら知れない魔力がミコト姫を纏い、魔剣そのものも魔力をおびただしく放っていた。
ミコト姫は唇を釣り上げた。どうだ、とばかりにあなたを嘲笑する。溢れる魔力は、あなたの剣が纏う神気よりもはるかに大きい。神気の剣ですらも、この魔剣と打ちあっては敗北するだろう。
「言ったはずです。圧倒的な力を前に、勝てる道理はないと!」
ミコト姫が深々と踏み込み、舞い飛ぶようにあなたへ躍りかかる。振りかざした魔剣を、力任せに斬り下ろした。
確かにミコト姫の言う通りかもしれない。あまりにも圧倒的な力を前に、勝てる道理などどこにあるというのか。魔剣によるこの一撃、もはや防ぐことはかなわない。
……しかし、技を捨てたミコト姫は一つの理を忘れてる。
確かにこの一撃、正面から打ちあっては決して勝てない。もはや捌くことも不可能だろう。
――ならば、それよりも早く斬ればいいだけのこと。
そして、あなたがランガより教わった石火の剣は、何よりもそれを体現する術理なのだ。
あなたは動いていた。ミコト姫が深く踏み込み、斬り下ろしを放つその一瞬早く。
ミコト姫が、斬る、と発したその意を察知したかのように。
「――!?」
ミコト姫は瞠目していた。先に斬り下ろしたはずなのに、なぜか勇者であるあなたの剣の方が速く閃いている。まるで、時間の流れが逆転したかのような……。
だが事実は違っている。あなたはミコト姫が斬りかかる機をとらえ、わずか一瞬早く先んじて斬りかかっていたのだ。
あなたはランガが流派石火について説明していたことを、斬り下ろしを放ちながら思い出していた。
先の先を極める剣、それが石火。今、あなたの剣はそれに届いたのだ。
あなたの斬り下ろしが、一瞬だけ早くミコト姫の体へと到達する。彼女の左肩口に剣撃を叩きつけた瞬間、刃から神気の光が迸った。
斬り下ろしを振り抜くと、ミコト姫の体が弾き飛んだ。彼女は威力のあまり魔剣を手放し、地面へ落ちて数度転がった。
「そんな……そんな、バカな……今、のは……あの時の……あの時ランガが放った……技……」
理解できないとばかりにうめくミコト姫の体から、強大な魔力が消えていく。彼女の強さのみなもとは魔剣だ。魔剣を完全に手放して、その縁が断たれたのだろう。
「……見事じゃ勇者よ。ほんの一瞬とはいえ、到達したようじゃな。我が石火の理合に……」
己を超えた弟子を見守る師のように、全てを見守っていたランガが穏やかに褒めたたえる。
勝った。魔王の魔力を纏うミコト姫に。
あなたが勝てたのは、ミコト姫が捨て去りくだらないと断じた技によるものだった。