闇を明るく照らす神気の一撃により、あなたは見事魔剣を手にするミコト姫を撃破した。
神気の剣による一撃の威力のあまり、魔剣を手放して地面に崩れるミコト姫。先ほどまでの彼女の強さは魔剣による補助によるものだ。その手から魔剣を無くしてしまえば、もはや力も体力も尽き立ち上がることもできない。
真夜中に始まった戦いは終わった。あなたも、あなたが残してきたしもべたちも勝利し、神気の剣を見事守ることに成功したのだ。
しかしまだここに、勝負を諦めていない者がいた。
「まだだ……私は……まだ……!」
凛と鈴をうつような儚げな声。その声の主は、魔剣をその手から失い敗者となったミコト姫だ。
彼女はまだ諦めていない。美しい顔が土埃で汚れるのにも構わず地を這いずり、必死で手を伸ばしている。
彼女の手が伸びる先は……魔剣だ。
あれを再度手にされてはまずい。魔剣による補助を再び得れば、彼女はまた立ち上がり戦いを続行するだろう。
幸い、地に崩れるミコト姫から魔剣まではかなり遠い。今から駆けよれば、彼女より先に魔剣を手にすることができるだろう。
そう判断して走りだそうとするあなた。しかしすぐにか細い声が響いた。
「待つのじゃ、勇者よ……」
あなたを止めたのはランガだった。満身創痍の中あなたと共に戦い渾身の秘剣を放った彼女は、今変形刀髪薙を地面に突き刺して、それに体を預けている。
なぜ止めるのか、あなたがそう問いただしてみると、ランガはその細い指先をミコト姫に向けた。
「見よ。ミコトは魔剣を求めているのではない」
地面に這いつくばり手を伸ばすミコト姫に、あなたは再度視線をうつす。
必死に伸ばされる彼女の手。それが向かう先は、言われた通り遠くにある魔剣ではなかった。彼女のすぐ近くに転がっていた鞘に納められた刀。それを求めている。
あれは……あなたにも見覚えがある。ミコト姫がいつもその腰に帯びていた、彼女の愛刀だ。
ミコト姫は力なく伸ばした手でその刀を掴み、ゆっくりと立ち上がる。もうそんな力は存在しないはずなのに、しかし彼女はふらつきながらも立ち上がったのだ。
そして彼女は刀を抜いた。己が愛刀を抜き、鋭く八双に構える。すると夜闇に晒した美しい刀身が見る間に焔を纏っていった。
「まだ……まだ私には、燐火剣がある……!」
魔剣を失い、精根尽き果てたミコト姫。そんな彼女が最後に頼ったのは……ランガとの戦いで自ら捨てたはずの誇り。燐火剣であった。
刀を構えるミコト姫を前に、あなたはどうするべきか迷う。すでに神気の剣は取り戻しているのだ。これ以上あなたに戦う理由は無い。
だが彼女と戦う理由を持った者が、今ここに一人だけいた。
「勇者よ、ここは儂に任せてくれまいか」
それまで地に突き刺す髪薙に力なく寄りかかっていたランガが、ゆっくりと立ち上がる。
ランガもまたすでに体力魔力共に尽きているはず。それなのに、なぜ。
あなたのその疑問が表情に現れていたのだろう。ランガはあなたを見つめて、自嘲するように笑った。
「すまぬな、お主には全く意味が分からぬじゃろう。そもそもこの戦いは……儂とミコトだけで決着をつけるべきものじゃった。それがファリシアのせいでこじれにこじれ、お主にまで迷惑をかけてしまったな」
ランガは髪薙を地から引き抜き、構えを取った。構えはミコト姫と同じく八双。ただしランガは刀を背に向けてやや寝かせる八双崩し。
「ミコトがここにきて己の剣で挑むというのなら、儂も死力を尽くしてそれに応えたい。それがあやつの友人として、そしてファリシアにそそのかされるあやつの迷いを察しきれなかった儂の責務じゃ」
ランガがミコト姫を見つめ、ミコト姫もまたランガへ鋭く視線を向ける。
両者の瞳が深く絡みあっていく。どちらも何も言わなかった。しかし無言の中で、二人の心が確かに交わっていた。
あなたには分からない何かが、二人の間でかわされていく。今こうして剣を取って向かい合う二人にか通じ合わない何か。
それはきっと、これまでの彼女たちの軌跡なのだろう。初めて出会い、戦い、友人となり、そして今へと至った彼女たちの生の軌跡。
二人の意地と誇りがゆっくりと、しかし深く結びつき、両者ともにカっと目を見開く。
「――いざ!」
そう言ったのは、両者同時だった。あなたにはそう聞こえていた。
満身創痍の両者が駆け、交錯する。その瞬間両者の一刀が煌めき、二人はそのまま駆け抜けた。
背中合わせに立ちすくむ二人。沈黙がこの場を包んでいる。あの交錯の時、あなたの目をもってしてもどちらの一刀が先んじたかは分からない。ぐっと拳を握る。
「……やはり、及びませんか」
凛と鈴をうつような声音で呟いたのは、ミコト姫だった。彼女は突然力なく膝から崩れ落ち、仰向けに倒れた。それでも刀を手放さなかったが、刀身の焔は見る間に消えていった。
勝ったのは、ランガだった。
しかし、ランガはいまだ一歩も動かない。背中合わせのミコト姫に振り向きもしなかった。
やがて、ぽつりと彼女は言う。
「……いや、お主の燐火剣、確かに我が体に届いていた。技ならば儂にも劣らぬという言……確かにこの体で見定めたぞ」
言い終わるや、どう、と音を立ててランガは仰向けに倒れ込んだ。
交錯した両者の一刀。それは全く同時に両者を斬り、二人とも最後の体力を無くしてしまったのだ。
つまりは相打ち。ただ意地のみで立ち上がり、ただ誇りを抱いて放った一刀。満身創痍の中、一切の虚飾無い真実の一刀が導き出した結果であった。
互いに仰向けに倒れ込んだ二人は、言葉なく夜空を見上げていた。
視線もかわさず、言葉もかわさず、しかし同じ夜空を見上げる彼女たち。きっと夜空を通して何かを交錯させているのだろう。
やがて、ミコト姫がぽつりとつぶやいた。
「私は……いったいなにをしていたのでしょう……」
自嘲気味な声音に、ランガは優し気な声で言った。
「剣の道は時に迷いの袋小路に入り込む。答えもなく八方塞がりならば、いっそのこと思う様迷ってみればよい。そうしなければ見えてこないものもあるはずじゃ」
「……確かに……見えたものならばありました。魔王の甘言に乗ったとはいえ、最後の最後、得たものならば確かに……」
「ならば良し。お主は真面目すぎる。時には他者に迷惑をかけるのもよい経験じゃろう」
そう言ってランガは笑いだした。
「なにを笑いますか……こうして終わってしまえば、多くの者に迷惑をかけた己の愚かさに恥を覚えます」
言いながらも、ミコト姫はくすりと笑った。ランガの快活な笑いにつられてしまったのだろう。
二人仰向けになりながら夜空を眺め、共に笑いあう。
あなたはそれを見ながら、この戦いが本当に決着を迎えたのだと確信した。なぜミコト姫がこのような所業に出たのかは分からない。それでもどうやら、彼女の迷いは晴れたようだ。
一夜の戦いが、ようやく終わった。あなたは二人のように夜空を眺めた。
なんとか神気の剣を守り通せたあなた。しかし、この事態に魔王ファリシアが関わっているのは確かだ。ミコト姫までをそそのかし、己の魔剣すらを預けて神気の剣を折りにきていた。
やはりこの神気の剣が打倒ファリシアへのカギとなるのは間違いない。あなたは夜空からその手に握る神気の剣へと目をうつした。
その時、不思議なものがあなたの視界に入る。
眺める神気の剣の更に先。地面に暗い影が落ちていた。
あなたの影ではない。ほのかな月明かりで薄く落ちる影は、あなたの背後へと伸びている。正面に色濃い影など存在するはずがなのだ。
ぞわりと、あなたが危機感に背筋を震わす暇もなく。
その影の奥から、独特な意匠の槍がわき上がった。
それはあなたに鋭い先端を向け、一気に射出される。
受ける。避ける。そんなことを判断する暇もなく、虚をつかれたあなたの体は、その異様な闇の槍によって深々と突き上げられる。
威力のあまりあなたは大きく背後に吹き飛んだ。甚大なダメージと共に仰向けに倒れたあなたは、先ほど影から射出された異様な闇の槍が空の彼方へと飛び去っていくのを見る。
リッチがよく使う闇の魔法、影の魔槍。それは術者の魔力によって威力が変わり、突き出る槍の意匠も変化する。
かつて静寂の森でアルメリアと戦った時のリーシャの場合は針のように細かった。
かつてグリュイエールと戦った時のリッチの場合は、それよりも太く長く鋭い、まさに槍のようであった。
そして今あなたを貫いたのは……まさに魔槍。独特の異様な意匠であり、リーシャやリッチとは違って影から伸びるのではなく射出されて夜空を駆け抜けた。
リッチですらできないその所業。いったい何者が……。
大きく体力を失った中で、あなたはなんとか上半身を起こした。
先ほど影があった場所を瞳にうつす。するとそこから影がわき上がり、人型を形作っていく。
やがて影が晴れ、そこに小柄な少女が現れる。
金色の髪を後頭部で纏めあげた、ボーイッシュな半ズボン姿の美しい少女。その瞳は黄金色で輝いている。
魔王ファリシアが、そこにいた。
時刻はまだ真夜中。闇の帳が色濃く落ちるのは、まだこれからなのだ。