(1)
注:ふたなり、男の娘
はじめは、ちょっとした好奇心だった。
………なぁ、あの子可愛くね
………おっ、確かに
「…………」
ストリートを歩く、ただそれだけなのに視線を集めてしまう。
たなびく白髪はさらりと空気のように軽やかで、通りすがれば淡い花の香りが道に咲く。
「…………」
心が踊る。はやる気持ちを押さえ込み、その姿に合うたたずまいを意識する。
自分は今、まごうことなく美しく、愛らしい少女なのだ。
誰にも知られない、存在しないはずの少女を演じる。
気分が良い。心が踊る。
「……はは」
………イケないのに、止められない
「な、なぁ…………お嬢ちゃん」
「!」
声をかけられた。
しかし、おののくことは無い。長い髪を抑え、振り向く所作は丁寧に淑やかに、振り向き見た相手の顔は面白いようにたじろいでいる。
「なにか、ご用でも」
「…………ッ!!」
しなをつくって、笑みと共にそんな言葉を吐いてみる。首を少し横に、自分の中の可愛いを、その一瞬に込めてみた。
その結果、目の前の男性は言葉を失っていた。透き通る声に、白く可憐な花を思わせる淡い笑みに、年は自分よりも3~4つぐらい上か、そこそこに整った顔立ちが面白いように崩れている。
「用がないなら、先を急ぎます。……ご機嫌よう」
小さく礼をし、その場を後にする。
後ろの方で、数人の男達が興奮冷めないままに言葉を交わしている。やれ、なさけないだの、あれは難易度が高すぎると、言い訳がましい反省会を聞き流す。自分に対する評価の高さ、偽りの自分が本物と見抜かれないことに心が躍る。
……やばい
少女はどこか焦るような足取りで、近くの喫茶店に駆け込む。
テーブル席に座り、仕切りで誰も見られてないのを確認し、ようやく肩の力を抜く。
「はぁ、ぼく……バレなかった」
ロングスカートなのをいいことに、大股を開いてだらんと腰掛ける。
詰め物のせいで、胸周りが少し苦しかったから、余計に体力も減った。
でも、そうしたから、皆に見られて
「……ッ」
窓ガラスに映る自分の姿、長く伸びた白い髪にルベライトの瞳
白いシャツにロングスカート、どこか育ちの良いお嬢様、そんなコンセプトで仕上げて見た自分の姿、我ながらこれが自分の姿であることに違和感を感じてしまう。
…ぼく、本当に女の子なんだ。 服を変えて、声と髪を買えただけなのに、こんな簡単に別の自分になれるなんて
「楽しい……こんなの、止められない」
彼女の名はリン・クラネル
それが今自分の演じるもう一人のぼくだ。
〇
「ベル様がいません」
「……もうベル君なら出かけたよ」
「またですか、最近お出かけが多いですね」
時間は朝早く、日が昇って間もない時間、リリとヘスティアはホームの談話室で朝食を囲んでいる。
「ま、あいつにもプライベートぐらいあるだろ。いいんじゃないか、最近は各自自由で、無理して働くよりかはましだと思うぞ」
ソファーに座り、装備の手入れをしているヴェルフ。
軽く、ベルの話を流す、つまり、同性でもあるヴェルフにもそのわけは知りえない。
「何をしてるのやら」
「おやおや、ベル君のことが心配かい?」
「違います、いや違わないですけど……まあ、一応このファミリアの中心ですから、気にしてしまうのは仕方ないです。というか、ヘスティア様こそやけに落ち着いていませんか?」
皿に盛られた魚料理、そのひと切れを挿したフォークを突き出しヘスティアに問いかける。
「こら、行儀が悪いよ。……ま、皆が気にすることでもないよ、ベル君もたまには羽目を外したいんだよ。だから、大丈夫だよ」
味噌汁をすすり、ほっと一息をつく。ヘスティアの落ち着きようは確かなものだ。
「……なら、いいですか。わかりました、ではヴェルフ様、リリ達はダンジョンにでも向かいましょう」
わかったと、一つ返事で二人は動き出す。
ヘスティアの前で荷物を背負い、二人は一言残してその場を後にする。
「……」
「よろしいのですか」
「別にいいよ、そう言う約束だもの」
メイド服を着た春姫、皆が去ったのを計らいに、ヘスティアの前に躍り出た。
食器とカトラリーを片しながら、リリ達の知らない、彼女たちだけの話を打ち出した。
「しかし、ベル様も本当にお好きですね」
「うん、でもいいんじゃないかい、僕も女の子のベル君は大好きだし、うん、女装ベル君は本当に尊い。むしろぼくはもっとして欲しい!」
ベルの秘密、それはヘスティアはずっと前から知りえていた。
まだ、二人だけのホームで過ごしていた頃、たまたまヘスティアは街中で自分の服を身に着けていたベルを目撃した。ちなみに、その時は所作もおどおどとしていて、化粧すらなくただエクステをつけていただけなのに、それでもヘスティアを魅了するには十分な可愛さを保有していた。
それ以降、ベルはヘスティアに着せ替え人形にされたり、結果今日に至るまで容認されて支援されるまで続いている。
そして、その秘密は今、洗濯物を管理する春姫と二人の間のみに開示されている。
「ええ、ベル様の艶姿、春姫も心がほだされてしまいます。」
頬に手を当て、ベルの少女姿に思いをはせる。
共同暮らしになってから、ベルはランドリ―メイドの春姫に隠れて女性服を洗っていたのだが、つい掃除に入ってきた春姫に着替えを見つかってしまい、結局バレてしまった。しかし、そんなベルに春姫は批判するどころか、むしろぐいぐいと迫ってきたのだ。
それ以降、ベルのコーデには春姫も大きく手を貸している。化粧品の使い方、女性らしく見える所作の一つ一つ、そのすべてを春姫は手取り足取り、じっくりと教えこんだのだ。
ヘスティア的に、春姫の介入はお邪魔虫かと思われたが、今となっては同じ推しを持つ良き友だ。
二人はそのどこか変態じみた欲に従い、清く正しくちょっとエゴイストにベルを支援しあっている。
「普段の勇ましいベル様も、可憐で花のようなリン様も、どちらも素晴らしく尊い美にございます。」
ちなみに、リンという名前も春姫が付けたものだ。ベルを極東風に言い換えて鈴の意味でリンである。
「だよね、あれで本当についてるんだもん。いや、だから良いのかッ、リンちゃんは、ついているから、むしろッ!!!!」
「へ、ヘスティア様」
「あ、ごめんごめん。ついね、いやぁ男の娘ラブがちょっとあらぶっちゃって、面目ない」
と、こんな具合に他の面々からは隠れて、ひそかにリンちゃんラブで同盟を作っている。非公式、会員限定、決して明らかにはしない彼女たちだけの娯楽だ。
「…で、ヘスティア様、少しお話は変わりますが」
「あぁ、なんだい」
「いえ、最近その、噂なのですが……町でナンパが多いと聞きまして」
「ナンパ?…またそれは、でもベル君は男だぜ、いくら少女姿でも大丈夫だよ。むしろ、男に言い寄られてる方が僕は安心するね。」
「そ、そうでございますか、しかし、それでは衆道に」
「う~ん、それもないと思うよ。結局ベル君は女の子大好きだし、そこの線引きはしっかりしてるよ。」
「そ、そうですか、なら安心です。」
フラグが立つ。
「そうだよね、あれでベル君は男の子だもん。ま、イケメンの女好きの女にでもナンパされない限り、って、そんな都合のいいことないよね、あっはっは!」
フラグがビンビンに立つ。
美少女に姿を変えたベル・クラネル、否リン・クラネル。彼女の向かう先、二人がおったてたフラグがどう突き刺さるか
次回に続く
ふたなり成分はまだ先です。