甘いものが苦手だ。特に、砂糖をふんだんに使ったケーキ、加工菓子は特に苦手だった。
けど、そんな僕の前にはてんこ盛りのクリームまみれのパンケーキがあった。
うん、見るからに甘そうだ。口にしてないのに水分が枯れていく気がする。
「うっわ、アイズのそこに小豆も乗るんだ。というか、何で別皿にじゃが丸君」
「……合うから」
「ほな、皆そろったし食べよっか。今日はウチのおごりやで……リンちゃん」
「………」
僕、何でこんなことに
× × ×
その日はいつも通り、ちょっと大胆にオフショルダーの服を纏って、新しい服を買いに繁華街に向かった。
人込みのおおい、大きなストリートから外れた人知れぬ乙女に人気の裏通り、衣服はもちろん、そこでしか買えないブランドのアクセや小物まで、何でもそろう場所だ。
どこを見ても女の人、男っ気の欠片もないさわやかな空間、そんな中を人知れず歩くのは少し罪悪感が募る。
…でも、今なら
「あの、この商品ください」
「毎度、おやあんた見ない顔ね。観光客かい?」
「えっと、そんな所です」
「品のいいお嬢さんだね、ほら、包んであげたよ」
気風の良さそうなドワーフのお姉さんが商品を手渡す。板金で作られたアクセサリーを買う、至って何も変ではない少女、ベルははにかんだ笑顔で礼を伝える。
「ありがとうございます。また、寄らせていただきます」
「あぁ、しっかし別嬪さんだね。声も透き通って、いやあ嫁に欲しいくらいだよ」
「!!」
「って、女通しで何言ってんだかね……って、どうしたんだい」
「……何も」
「?」
首をかしげる店主を後に、ベルは少し早足で店をあとにした。
…大丈夫、だよね
疑われた、万一もあると考えベルは首にかけたペンダントを手に取る。
「壊れてないよね、たぶん」
一人、ご釣る声は紛れもなく自分の声、ただしそのキーは少し高い。
「高いお金出して買った魔法道具なのに……大丈夫、バレてない、ていうかお願い」
たまの休みにだけできる楽しみ、しかしその正体だけは絶対バレてはいけない。
ベル・クラネルが女装癖のある変態だと、そんな噂が広まってしまえば
…おい、ベル・クラネルが変態だってさ
…うそ、英雄だと思ってたのに
…ベル、変態……見損なった
「!!」
最後、思い人の冷たい目が心臓を貫いた。妄想だけど
…バレたらダメ、バレたらダメなんだ
今の自分はリン・クラネル、ヘスティア・ファミリアとは無関係な、ただの観光客の女性。
「気を取り直そう、今日もボクは……いや、私は」
いつもと違うもう一つの自分、謎の美少女リン・クラネルはその新たなる一歩を
「……なにしてるんや、自分」
「…………はい?」
踏み出そうとした瞬間、背後から聞き覚えのある声が届いてきた。
「……なにか」
精一杯振り絞って出した三文字の言葉、振り向くとそこには見知った顔の女性が四人、奇遇なことにどれも面識のある、というかよく知っている人たちだった。
「いや、なんか一人ぶつぶつつぶやいてたし、ちょっと興味あってな。ま、それよりもお嬢ちゃん偉い別嬪はんやねぇ、ちょっとうちらとお茶せえへん?」
神ロキ、うちの神様と犬猿の仲にある、通称貧乳神だったか、人を食ったようなこの調子がどこかとっつきにくい、というかよくわからない。
…もう、どこか離れないと
ただでさえバレるリスクにさらされた身なのだ。知っている人と本気にお茶だなんて
「えっと、それは「もう、いきなり声掛けたら困るでしょ。ごめんね、うちの神様こういう人だから」
「ええ、別にいいんじゃない。いっぱいいた方が楽しいし」
「……でも「ほら、アイズたんもええやろ。というか、これで五人なったら割引できるし……うちの財布事情的にも助かるんやけど」
「………ッ」
「別に、私はどっちでも……君は」
どうしたいの?その言葉を発した彼女に目が奪われた。
腰まで伸びるその見事な金髪、見間違いのはずはなく。早朝に城壁で何度も見てきたその尊顔は
「……あいず、さん」
不意に、その名を口にしてしまった。よりにもよって、一番会いたくないタイミングで、僕の想い人は目の前に立っていた。
「なんや自分、うちのアイズたん知ってたんか。まあ有名人やし、アイズたんも良かったな、こんなかわいらしいファンがおって」
「……ふぁん?」
アイズさんの目がこちらを向く。きょとんと、いつもらしいどこか抜けた調子、僕の姿を見ても特に変化は無い。
…バレてない、よね
思い人にバレる、ひとまず最大の失態は置きそうにないみたいだ。
「あの、……冒険者のこと、興味があって」
「ん、なんや自分冒険者志望かいな?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあ、観光客?…いや、でもどこかで」
いぶかし気に、ティオネさんが僕を見てくる。早く解放されたい、これ以上ここにいたくない。
…どうしよう、とにかく今はここを
「で、お店いったら何頼むの」
「いいじゃない、言ってから決めれば。今日はロキの奢りだし。」
「いやぁ、できれば穏便に」
「でも、罰だから……ちゃんと五人分、ごちそうになる」
…うん、なんかもう僕も同伴する流れで話が出来てる。
〇
気が付けば、僕はアイズさん達と一緒にこじゃれたカフェに同席していた。
目の前で、ロキさまとアイズさんが座って、僕の両隣りにティオネさんとティオナさんがいる。
…帰りたい
「さ、食べよっか。ねえリンちゃん、私のもあげるから一口頂戴」
「あ、なら私も。ここのクリームくせになるのよね」
「あぁ、どうぞ……はは」
逃げようにも、もう物理的に挟まれてしまっている。
…というか近いし、なんかいい匂いだし
右を見れば豊満な谷間が目の毒である。逃げ場を求めて、僕は左のティオナさんの壁を見つめている。
「……なんか、不本意な視線感じる」
「!…気のせいではないかと」
「なんやなんや、リンちゃんうちらといて緊張しとるんやね。片意地はらんでいいんやから」
「…は、はぁ」
そんなの無理だ。
露呈すればすべてが終わる時限爆弾を抱えているんだ。とにかくぼろを出さず、このまま時間が経つのを待てばいい。
目の前の菓子にフォークを突き刺す。真っ白なクリームと季節の果物、蜜の染みた焼き菓子と一緒に口に運ぶ。
うん、美味しい。美味しいのはわかるけど、甘すぎる。
「……ん、んんッ!!」
「あぁ、もう急に飲むから。あなたけっこうそそっかしいのね」
「……うっ、すみません。実は、甘いもの、慣れてなくて」
「あぁ、だからブラックコーヒーなんだね。苦いの飲めるんだ」
「あんたは舌がお子様なだけよ。ほら、お姉さんに舌見せなさい」
「……ッ」
左隣で抗議の声を荒げるティオナさんは他所に、僕の顔はティオネさんに掴まっている。
口を開けてと、拒否する間もなく僕は舌を触られる。
「……ひぁ、あぁ」
「あら、ちょっと白くなってる。ね、ここのスイーツにポーション使ったものあったわよね。口の怪我、それ食べて直そうね」
ぽんぽんと、頭を撫でられた。もとから年の差はあったけど、今のぼくなら余計幼く見えるのだろうか。
「ぶー、なんか二人いいムードじゃん。うらやましい」
「何言ってんの、女どうし、ノーカンよ。……でも、あんた本当に可愛いわね。子ウサギみたいで、ちょっといじめたくなるわ」
「!!」
「これこれ、リンちゃんが困っとるで」
「ティオネ、好きなの」
「さあ、どうかしら……ねえ」
解放される。けど、四人の視線が集まってる。
「うん、でも確かにリンちゃん可愛いよね。私、もっと仲良くなりたいなぁ」
「……私も、気になる」
「せやせや、まだまだ時間もあるし、きょうはとことんまでガールズトークや!!」
「………」
…もう、どうなってもいいや
逃げ場がない。左腕にくっつくティオナさん、ティオネさんには頭を撫でられている。というか、二人ともなんか熱い
「ほんと、初対面なのに、どうしてかしらね」
「うん、なんか親しみ湧くよね。んっ……匂い、かな」
「!」
「ね、確かに良い匂い。女の子なのに、ちょっとドキドキするわね。色気かしら、もしかしてアマゾネスの血でも混じってるのかしら?」
「いえ、ぼ……ただのヒューマンですから」
二人が柔らかい。ティオネさんに関してはその豊満なふくらみが腕に当たってる。
匂いとかいうけど、二人の方が良い匂いする。
どこか、甘酸っぱいような、香水というにはどうも生っぽい
「ちょっと二人とも、リンが困ってるから」
「ええ、だって可愛いし、良い匂いだもんほら、アイズも近づいてみたら」
「!!」
「そうね、ほら、席変わりましょ。ロキも隣に座ってみたら」
二人が立つ。入れ替わるように、ロキとアイズがベルの両横に座る。
座るや、ロキがベルの体に抱き着く。詰め物もない、AAサイズのブラとシャツだけの平坦な胸、バレるかと思ったけど、そこに関してはロキさまと変わらないから、頭の中で納得がいってしまった。
「なんや、自分内と同じかいな。わかるわかるで、でもなんやろな、この色気溢れる出で立ち、うちにはないものを感じるで」
ロキの手が小脇や太ももに触れる。服越しだけど、その先は
「や、止め……そこは」
「ロキ、困ってる」
「い、いたたたたっ、わかったから、耳が取れる!!」
アイズが抱き着き、無理やりロキをベルの体から離す。半ば抱き寄せ、庇うように、そうなればすなわち
「!!!」
「ごめん、痛かった?」
痛い、痛いかと聞かれれば、それは肯定だ。
背中に感じるふくらみの感触、そしていつも遠目に感じていた異性の匂い、アイズさんの存在を嫌でも強く感じてしまう。
「あ、あの、胸が」
「……?」
不思議そうに、首をかしげる。
「気にしてない、女どおしだから、大丈夫だよ」
そう言い、アイズさんは僕を一層抱きしめる。
脇からお腹に腕を回され、うなじのあたりに息が触れる。
「君、良い匂いだね……なんだか、知ってる人に似てる。」
「…あの、そんな……ふぁっ!?」
首元に顔をうずめて、アイズはベルの肌に舌を当てた。
匂いを嗅ぎ、そして抱きしめる腕に一層力が入る。
「あ、あいずしゃん」
「あらら、なんだか新しいぬいぐるみでも貰ったみたいね」
茶化すように、ティオネさん達はそんなどこかずれた言葉を言い合っている。
おかしい、アイズさんの様子が、今まであってきた彼女の様子とは、どこか違う。
…体温、上がってる。興奮、している?
「……ごめん」
「!」
急に、また拘束が外れる。体を預けてたから、そのまま横に倒れそうになる。
「なんや、お手洗いかいな」
「……」
何も言わず、そそくさとアイズさんは行ってしまった。
「…ちょっと、わたしもスッキリさせてもらうわ」
「そうだね、ちょっと我慢できそうにないや」
立て続けに、ティオネさん達もその場をあとにした。
「?」
「ま、気にせんでええよ。せっかく二人きりやし、ちょっとお話でもせえへん」
…ベル・クラネルちゃん
「!?」
今回はここまで