白黒の鯨幕に覆われた部屋には大勢の人の姿があった。
彼らは一様に黒い衣服を身に纏い、暗く沈んだ顔をしている。
部屋の北面には祭壇が設けてあり、白い花々と額縁に入った一枚の写真が飾られていた。
その写真の中では、眉目秀麗な青年が微笑みを浮かべている。
あの女のせいで次兄上は死んだ…
あの女のせいで次兄上は死んだ…
あの女のせいで次兄上は死んだ…
故人、
それは、『灼熱のハロウィン』と知られる日から一週間経った日に行われ、その葬儀には、彼の恋人――摩利の姿はどこにもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ひぃっっ!?」
摩利は意識が覚醒したと同時にベッドの上で飛び跳ねた。
硬い床の上でなく、柔らかなベッドの上での起床。
ここ数日、寝起きと共に感じていた床の冷たさはなく、自分が衣服を身に纏っていることで徐々に今の状況を理解する。
(あたしは助けられたのか……)
今いる空間には摩利以外誰もおらず、下卑た笑みを浮かべる男たちも、女性を辱めるための道具もない。白を基調とした空間は清潔そのもので、ここが病室であることは一目で分かった。部屋に掛けられている時計の短針は7を示しており、窓の外は明るい。
『渡辺摩利さん、お気づきになりましたか?』
自分を呼ぶ声がベッドの横に置いてあるスピーカーから聞こえた。
摩利の腕にはいくつかの装置が取り付けられており、この装置で生体データを収集し、摩利の状態を24時間モニタリングしていたのだろう。
意識の無い病人が目覚めれば、このようにすぐさま看護婦が状態をチェックする。
摩利がその声に応えてしばらくすると、病室のドアをノックする音が聞こえた。
入ってきたのは白衣の女性と看護婦の女性。
摩利は入ってきた人物が女性だったことに、無意識のうちに安堵した。
女医の話では、摩利が病院に運び込まれてから丸二日が経過しているとのこと。
その間に、検査や治療は全て終わっており、凌辱で受けた膣と肛門の裂傷はすでに完治済で、使用された薬物の影響も完全に抜け出ているらしい。
「今は落ち着いていますが、いつ凌辱のフラッシュバックが起きるか分かりません。病院内であれば出歩いても構いませんが、人の多いところは避け、今日明日は安静にしていてください」
「はい……」
女医のカウンセリングは、自分が凌辱を受けたことを思い出させるものだった。
当然、摩利にとっては思い出したくもない記憶で、凌辱した男たちに対する怒りがふつふつと湧きあがる。
「退院は明後日となります。また、渡辺さんがお目覚めになったことはご家族に連絡済ですので、直ぐに来られると思いますよ」
「そう……ですか……」
「それと、軍の方が、渡辺さんにお話しがあるようでして、誠に勝手ながらそちらのほうにも連絡させていただきました」
「え!? シュウ!?」
突然、告げられた軍という言葉。
摩利は思わず、軍に所属している恋人の名前を叫び、その士官の名前を聞き出そうと身を乗り出す。
「お見えになる方のお名前は……確か、
「えっ?」
女医の口から告げられた名前は恋人の名前ではなく、摩利の知らない名前だった。
その藤林という人が摩利を訪ねる理由について、女医は当然知る由もない。
「私からは以上です。何かあればナースコールで呼んでください。では、渡辺さん、お大事に」
ドアの閉まる音とともに、病室には摩利だけが残った。
女医の言う通り、身体に痛み無く、あるのは寝起き特有の倦怠感だけ。
凌辱で負った心の傷は、カウンセリングで癒していくとのことだった。
「シュウ……」
摩利は一人きりとなった病室で恋人の名前を呟いた。
脳裏には、凌辱の時の記憶がべったりと残っている。
愛のないセックス。恋人以外との初めての行為。
苦痛でしかなかったものが、快楽に変わっていく恐怖。
与えられる快楽は、薬を使われたことで生じたものだが、無理やり絶頂させられるたびに
それでも、救出まで
シュウならきっと助けてくれる。
もう一度、シュウの笑顔を見たい、そして
摩利はそのことを強く想い、どんな凌辱にも必死に耐えた。
凌辱の内容はどれも残虐非道な行為。
女性の尊厳を貶める行為は、シュウとの愛あるセックスしか知らなかった摩利にとって想像を絶するものだった。
夥しい数の精液を顔で受け止め、鼻や耳からも流し込まれる精液。
与えられる食事は精液の味しか感じられず、犬のように這いつくばりながら、食事の最中も後ろから犯された。
さらに薬を投与されてからの行為は摩利にとって特に思い出しくない記憶。
朦朧とした意識の中で叫んだ言葉は、快楽のままに男に媚びを売る娼婦そのもの。
薬の効力が無くなれば、摩利に残るのは自責の念だけだった。
シュウの存在で保っていた
シュウに会いたい。
シュウの声が聴きたい。
そして、シュウに心配をかけてしまったこと、シュウとの約束を破ってしまったことを謝ろう。
摩利は恋人への謝罪を決心すると、震える足に力を入れ、電話を掛けるために病室を後にするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「摩利……入るわよ……」
真由美が病室のドアを開けると、ベッドの上で上体だけを起こして、窓の外を見つめる親友の姿が目に入った。
時刻は午後1時を過ぎたところ。
真由美は、摩利が意識を取り戻したとの連絡を受け、すぐさま病院へと向かった。
あの
摩利が行方不明になってから救出されるまでの間、真由美は、七草の力を使って懸命な捜索を行った。
結果として、摩利を見つけたのは七草の者でなく、警察関係者だったが、無事に摩利が戻ってきたことに真由美は涙を流して喜んだ。
しかし、摩利の身に起きたことを考えれば喜んでばかりいられない。
もっと早く救出できていれば……
特殊鑑別所に私も同行していれば……
真由美は自責の念を抱えながら、窓の外を眺める親友に向かって声をかけた。
「摩利……」
真由美の声に反応して、摩利の顔が、窓の外から真由美のほうへ向けられた。
向けられた摩利の顔に生気はない。
「真由美か……」
摩利の声は掠れていた。
そして、普段の摩利とは別人のように頬がこけ、目は赤く腫れている。
真由美は摩利の表情を見て言葉を失った。
あまりにも、痛々しい親友の姿。その姿を見て真由美の目に涙が溜まる。
「ごめんなさいっ……私も一緒に、ついて行っていれば……」
真由美の口から零れたのは懺悔の言葉だった。
摩利の身に起きたこと、そして最愛の恋人を失ったことを真由美は知っていた。
真由美の行動によっては防げたかもしれない出来事。
何故、私はあの場に居なかったのか、何故もっと早く摩利を見つけることができなかったのか。
「真由美は悪くない……悪いのは全部あたしだ……あたしがシュウを……」
摩利の声に嗚咽が混じった。
やはり摩利も全てを知っていた。横浜事変のことも、恋人のことも。
そして、摩利は自分が捕虜となったことで、恋人を死なせてしまったと思い込んでいるのだろう。
確かに、摩利が捕まっていなければ、研修で国外にいた
そして、捜索の最中に起きた横浜事変。
その横浜事変で、
凌辱で受けた傷も癒えぬまま、追い打ちをかけるように恋人の死を聞かされる。
それは一体、どれほどの苦痛だろうか。
「あたしが……シュウを……あたしが……シュウを……あたしが……」
「摩利!!」
真由美は、壊れかけている親友を強く抱きしめ、あやすように背中をさすった。
嗚咽まじりの言葉は止まらない。
「あたしは……謝ることができなかったなぁ……」
摩利の口から出るのは懺悔の言葉。
摩利はとめどない涙と共に恋人に向かって謝り続ける。
その姿を見て、真由美はただひたすらに摩利の背中をさすり続けて、摩利と同じように涙を流し続けるのだった。
次回は、摩利が強姦される回です。