パンゲア城 花の部屋
じ〜〜〜〜〜〜〜
何処からともなく視線を感じたジルクは、恐る恐る後ろを向いた。
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何処となく空気が澱んでいるような雰囲気の城内で散歩中だったジルクは、空気がやたらと綺麗だったこの部屋に勝手に入り込んでしまった。
彼からすれば、100年も200年も過ごしている家も同然のマリージョアにあって、こんな部屋があることは今の今まで知らなかったのだ。そのため、彼は元来の好奇心も働いて、退屈気味だったマリージョアでの快適すぎる"奴隷生活"の気晴らしとばかりにこの部屋に入り込んだのだった。
部屋の中は物騒なくらいに子綺麗だった。清潔な白色が多用され、品の良い調度品からもこの部屋の持ち主は相当に高度な品位の持ち主らしい。
…と普通の人ならば、というかこの地に住まう者たちならば考えつくのだが、いかんせんヒモとして権力にも金にも無欲といった具合のジルクからは、空気が美味しい綺麗な部屋というお褒めの言葉が贈られるにとどまった。
「スゥ〜…空気が美味しいっ!うーん。それにしても綺麗な部屋だね〜。」
のほほんと、思ったことをありのまま口に出した彼は、気になったことに任せて部屋の中を散策し始めてしまう。
…入る時に開けたままの部屋の扉を閉めることも忘れて。
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部屋は綺麗な花がたくさん咲いていて、どこかメルヘンチックで、天国とか楽園とかと形容するのが正しい、そんな神々しさや清らかさを放っていた。
彼からすれば神聖なものといえども何ともないのだが、この部屋は世界の何処にも同じものがあるようには思えなかった。
一通り歩き回り、具体的にどれだけとは言わないがソレなりにはっちゃけたジルクは、部屋の通路から大広間のような場所に出てしまったことに気づいた。
五人組のおじいちゃん達がこのお城でいつも一緒にいることは彼も知っている。彼の見立てでは、彼らは同窓生、はたまた奥さんに家にいて欲しくないからと追い出された境遇を持つ飲み仲間に違いないとのことだった。
さて、話は逸れてしまったが彼は歩き疲れてしまっていた。
パンゲア城は広く、キラキラしたシャンデリアや壁に金箔や宝石が埋め込まれていたりと…兎角目にいたいのだ。故に、歩くだけでも視覚的にも疲れが大きい。宝石や悪趣味な成金細工の価値など一銭たりともわからない、無垢な彼には大きな負担となってしまったのである。見て楽しむどころの話ではなかった。
疲れた彼は、目の前に20本の剣が刺さった床と、大きな椅子…本来ならば玉座と言えるものだが…を見つけた。
いつもの彼ならば20本の剣が刺さった床に興味を持っただろう。抜いてみたいな、とかどうして刺さったままにしているのかな、とか。一旦帰って誰かに聞いてみただろう。
しかし、いかんせん彼は疲れていた。高いところに、しかも床から見上げるような位置に、誰かを見下すように堂々と置かれた椅子に座るのは気が引けたが、それ以上に彼は疲れていた。
「ま、いっか。座っちゃお。」
よいしょ、ととても玉座に腰を据える者にあるまじき掛け声が響いたところで、彼は真後ろからの視線を感じた。
ここで、場面は冒頭へともどるのであった。
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視線を感じて上を見上げる…誰もいない。
右に顔を向けるが、誰もいない。
左にも、下にも向けたがそこに誰かがいる様子はない。
ならば、後に残すは真後ろ…玉座の後ろだけだった。
椅子を通して視線を感じるというのは不思議なことだったが、誰かがいることは間違いなかった。
「そこにいるのは誰だい?」
キョトンという顔をしながら、僅かな不安が彼にはあった。
怒られちゃったらどうしよう、程度ではあるが…。
彼の不安をよそに、椅子の後ろにはやはり誰かがいた。
椅子に座ったまま身を乗り出し捩って後ろを覗き込んだジルクと、その誰かの視線は寸分狂わず合わさり、そしてピタリと止まった。
二人はほんの僅かな時間を互いに見つめ合う。不思議な空間だったが、玉座の前の床から聞こえた声に二人の会合は中断された。
「そ、そこで何をしている!」
「貴様ッ!その玉座の意味を知っての狼藉か!!」
「…っ⁉︎貴様!まさか例の奴隷だなッ!!」
「えぇいっ!貴様のせいでどれだけこの世の均衡が乱されたかっ!はっ⁉︎そんなことより!イム様はご無事か⁉︎ い、イム様!!どうかお姿を!!」
「くっ!さっさと降りてこい憎たらしい間男めがっ!」
喧々轟々…一方的な罵倒ではあったが。
ジルクに物凄い剣幕で捲し立てたのは、先程彼の頭に浮かんだ五人のおじいちゃんズであった。
彼らは飲み仲間ではなく、どうやら口煩い者同士の集まりだったらしい、とジルクは考え直した。
ジルクの現実逃避も終わった頃、彼らのあんまりな罵倒に平時は気の弱いジルクは泣きそうになった。
「そ、そんなに怒らないでよ!この椅子に座っちゃダメだったなんて知らなかったんだ!ごめんなさい!」
素直な謝罪と、その余りにも平凡な内容、そして何故か泣きそうな表情は、真剣に世界にも影響しかねない大事に不釣り合いがすぎると感じられた五人のおじいちゃんズの火に更に油を注ぐ事になった。
「此度は有史以来の非常時につき!イム様、どうかこの愚か者を引き摺り下ろす為、玉座への御無礼御容赦を!!」
遂には、とてつもない剣幕で刀を持ち出した禿頭のおじいちゃんがジルクを引き摺り下ろさんと近づいてきた。
ジルクは絶体絶命であった。
「そこは!貴様のような塵芥が座してよい場所ではないわっ!!」
刀が振り下ろされそうになった時、「やめよ」と声が響いた。
「⁉︎」
驚愕するおじいちゃんズと振り上げた刀を落としかけるおじいちゃん。五人の表情は凍りついているようだった。
静まり返った玉座の間は、イム様と呼ばれた誰かが沙汰を下すのを待っていた。
物音ひとつしない沈黙がその場を支配していた。
次の「退出せよ」という言葉に、五人のおじいちゃんズは明らかに動揺していたが、感情とか怒りとかを押し殺し切れずに、肩を震わせながらもイム様の言葉に従った。
玉座の間には、二人だけが残された。
〜〜〜〜〜
「ね、ねぇ…君〜…誰?…あっ、僕はジルクって言うんだ。よろしくね〜?」
「………」
「……ん〜…だんまりかい?…じゃぁいーさ!僕もだんまりでおあいこだよ!」
「……………」
「ねっ、ねぇ!何かしゃべらない?」
「………」
無言で見つめられることに慣れていなかったジルクは混乱している。彼は目の前の人物が何となく美形であることだけは菅の様なもので見抜いていたが、それ以外は性別もハッキリとはわからなかった。
彼なりに積極性を全面に押し出して彼女…と仮定しよう…に話しかけたのだが、何というか…なんというかであった。返答は無く、少しだけ不思議な時間が過ぎていった。ジルクは本当に腹を立てた訳ではなかったが寂しくなってしまったので自分も同じようにダンマリを決めて困らせてやろうとした。1分もたなかったが。
さらなる沈黙が続きジルクのメンタルが軋んできた頃、やっと返答が返ってきた。声とも言えないか細い声ではあったが、ハッキリとは口を動かしたのだ。
「?…い、つ、も、み、て、る、よ?」
「………」
彼女は顔をコクコクと動かした。どうやら当たっている様である。僕には腹話術かなんかの才能もあったのか!と喜んだ彼の喜びも束の間。いきなり目の前に紙束を差し出されたのだ。…というか着眼点が腹話術て、なんて言われたのか言葉の内容には専ら無頓着であった。
「紙束?どこに隠してたのさ…脇に抱えてたの?…あぁ!持ってきてくれたのね〜!気が利くね〜!君!」
「………」
頼んでもない紙束を持ってきて貰ったことに本気で喜んでいるジルク。大丈夫か?パンゲア城ぞ?世界政府の中枢も中枢で差し出されるような紙が折り紙か和紙の類であるわけがない。あとどうして気が利くとか言っちゃうんだ!場所を考えたまえ!場所を!
「〜♪…どれどれ〜?何の紙なのかな?…お〜知ってる人が沢山いるね!それに数字もたくさん並んでるよ?」
「…………」
場所を…はもういいや…。ジルクはどっかりと巨大な玉座に座り直し、指を舌で湿らせるという年寄りのような仕草をしてから受け取った紙束をペラペラと捲り始めた。紙束に書かれていたのは沢山の数字…これは懸賞金である…とジルクがよく、それはそれは深く知ってる人達であった。彼は自分の口に出さないと理解するのが苦手な性格である。そのため、彼は一枚一枚捲りながら紙束の内容を口に出していく。
「えーっと…シャーロット・リンリンと0が沢山、カイドウと0が沢山、ドラゴンと0が沢山、サボと0が沢山、ルフィと0が沢山、しらほし姫もいるのね…あと、ナミと0が沢山、ロビンと0が沢山、おっビビもいるね〜、後は…ブラックマリアと0が沢山、うるティと0が沢山…シャルリアもいるね〜、まいっか…カルメルにはバツ印…付けなくてもいいのに〜…モネにも0が沢山、ステューシーもいるね…最近あってないや……」
「………」
その後も沢山の名前が挙げられた。ジルクは読むのも疲れたし、何より数字が沢山出てきたので頭が痛かった。彼自身で始めたことだが、どうしてこんなことをしなきゃならないんだ!と少し腹を立てていた。要らないところで短気なのがたまにキズである。さて、彼が一通り読み終わったのを見計らい、彼女はジルクにナイフを渡した。ジルクは刺されるなどとは平時から考えてもいない。なのでアッサリナイフを受け取ってしまった。そのナイフの持つ意味を全く理解しないままに…。
「ナイフ?…くれるの?」
「……」
いや、違うだろう…このタイミングで渡されたナイフが何のプレゼントだと説明するのだろう?数字と名前を沢山言えた記念か?…流石に小馬鹿にし過ぎであろう。無論、彼は全く理解できていない。彼はその手でナイフを弄んだりしていたが、正直ナイフなんで料理にしか使わないのだ。…そして、ジルクは彼女の意図を察した。
ーー待てよ?ナイフを渡したってことは…僕に料理をして欲しいってことで間違い無いんだね?…きっとそうだ!ーー
ジルクの予想は斜め上どころか銀河の彼方まで外れていたが、それを教えてくれる者は誰もいない。
「よし!任せて!この僕が"料理"してあげるよ!」
「………」
初めて彼女が微笑んだ。彼女は…イムは考えた。彼の願うままにこの世から灯火を消そうと思っていたが…まさか彼が自ら消しに掛かってくれるなんて…これで私から彼を奪おうとする身の程知らずな女共も、力に任せて彼や私を脅かす愚かな男共も…一人残らず"料理"されてこの世から消えていなくなるだろう!なんと喜ばしいことか!……と。
今日!今日こそは歴史に名を遺す!偉大なる日となるだろう!!!
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「ごめん…卵焼き失敗しちゃった…目玉焼きで許して欲しいな……」
「……もぐもぐ」
確かに、"料理"だった。彼は料理してくれた。しかし、それはイムの望むものとは圧倒的に違うものであった。だが!…どうしてだろう、期待を裏切られたのに全く怒りが湧かないのは。むしろ家庭的というか何というか何処までも平凡な腕前の彼の料理に舌鼓を打てるこの瞬間がとても幸せに感じてしまうのは…。イムはこんらんしていた。故に、出された料理人未満の、正に家庭で誰が作っても出来るような黄身が固めの目玉焼きの味にも満足してしまっている。ついでに言えばジルクが作ったのだから世界で一番美味しいに違いないと感じてしまっている。イムの舌はバカになってしまった。口の中がパサパサの黄身と水を出し忘れたジルクのせい…どっちもジルクのせいだが…でパサパサのパサだったが全く気にならない。今私人生で一番幸せかも…とイムは思った。確かに、ジルクが手料理を振る舞うことは少ない。というか全くと言っていいほどない。それは女に対しても同じである。理由は下手くそなのと、彼が料理に挑戦する前に周りの女たちが何から何までしてしまうからだった。故に、イムの感動はあながち間違いとは言い切れない。ことジルクに関する女や男に関して言えば、であるが。
「あ!お水忘れてたよ〜!今持ってくるね!」
「…………もぐもぐパサパサ」
イムは思った。優しい!好き!…と。自分のために馬鹿みたいに広いパンゲア城の厨房を慣れない手つきで漁りまくるジルクの姿を見た彼女は厨房のことなど元から気にならないので、ひたすら蛇口を探す大冒険に出ているジルクの背中に熱い視線を送っていた。
〜〜〜〜〜
ジルクが自分の漁っている収納棚の真下に蛇口があるという大発見をするまでに半時間を要したが、見つけた達成感と彼女に水を飲ませてやれるという嬉しさも相まって、彼の頭の中には先程の紙束の事など欠片も覚えていなかった。
イムもイムで、わちゃわちゃと急かしてもないのに大急ぎで蛇口を探す彼の姿を見て、可愛い…としみじみ思っている内に何のために厨房に来たのかよく覚えていなかった。蛇口ひとつ見つけるのに半時間も要した彼に怒りが湧くかとも思ったが、怒りどころか飽きも来なかったので何の不満もなかった。定期的に起こる彼の頭と落ちてきた鍋やフライパンとの衝突事件は飽きの来ない喜劇性と、心配でしょうがなくなる愛嬌があった。達成感あふれる笑顔を浮かべたジルクが持ってきた水は彼女が今まで飲んできた水の中で、と言うより飲み物の中で一番尊い味である気がしたという。蛇口を見つけるのに半時間かけた水道水は五老星の更に上の存在をも唸らせたのだった…因みに、彼女はジルクの大捜査線の開始直後から蛇口の位置を把握していた。
潤いを取り戻したイムの満ち足りた表情にジルクは仕事の終わりを感じた。
彼は蝶々結びで留めていたエプロンを格好つけて脱ぎ捨てると、軽い足取りで堂々とイムの元から去って行ったのだった……。
残されたイム…顔にはエプロンが投げつけられていた…は彼の匂いに包まれて更なる満足を得ていた。彼女の頭の中には、最早この世界から消すべき灯火の事など記憶されていなかった。
鼻歌を歌いながら帰るジルクとすれ違うようにイムの元へと向かった五老星達。彼らが再びイムへ消すべき灯火を問うた時、彼女から何の話だと吐き捨てられるとは想像もしていなかっただろう。
かくして、ジルクの下手な目玉焼きのお陰で世界の平穏は保たれることになったのだった。
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カツカツカツ……
巨大な冷凍庫と表現すべきこの場所に、巨大な麦わら帽子が保管されている。
パンゲア城の真の主人、イムはこの地に何をしに来たのか?
五老星ですら妨げることの出来ない神聖な儀式であろうか?
世界の命運を指先一つで動かすような絶大な力の行使であろうか?
答えは……
スッ
凍てつく麦わら帽子の隣に何処にでもあるエプロンを安置して何事もなかったかのように帰るイムの姿など…姿など誰も見ていないのだ。
次回はR18