※この作品はR-18です。

ヒモヒモの実のダメ人間   作:ヤン・デ・レェ

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ヒモヒモの1 〜ヒモヒモの実 その1〜

 

 

ヒモヒモの実とは悪魔の実の一つである。

 

悪魔の実は、悪魔に自身の心臓を捧げることで人智を超えた能力を得られる、極めて希少な神秘の果実である。

その中にあって、ヒモヒモの実は分類上は超人パラミシア系に属し、その特性は「体をヒモ状に変形させ、自由自在に操ることができる」というものである。

 

しかし、自分はヒモヒモの実を食べたのだというある男の体がヒモになることはなかった。

 

たしかに、能力がヒモに関連することは確かである。

 

それに、彼が悪魔の実の能力者であることも間違いは無かった。

 

しかしそれがヒモヒモの実であったかどうか…その点に関して言えば、実際はそうではないようである。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

大海賊時代の幕開けの数十年前。

 

とある街のとある職業斡旋所にて、二人の男が向かい合って話していた。

 

一人は斡旋所の職員。もう一人は仕事を求める人間だ。

 

「特技を教えてくれるかな?」

 

職員の男は職を求める男に問う。

 

「紐を上手に結べます!はい!」

 

素直に答える男。

 

「えっ⁉︎…あとは?」

 

斜め上からの回答に驚きを隠せない職員。

 

「ま、まだあるとも!早く、かつ美しく結べるよ!」

 

言うまでもなく紐の話を引きずる男。

 

「あっ、でもあんまり僕は器用じゃないから蝶々結びしかできないや。ごめんなさい…。」

 

要らぬ補足がとどめを刺した。

 

「…不採用で。」

 

残酷だが、間違いなく正しい判断であった。

 

「そ、そんなっ⁉︎」

 

男は体全体で残念を表現すると、とぼとぼと帰路についた。

 

「今日もまた、仕事が見つからなかった…。」

 

そう呟くこの男の名前はストリング・D・ジルクという。

 

うだつの上がらないこの男こそが、史上唯一のヒモヒモの実の能力者である。

 

そして、大海賊時代の幕開けと共に世界への影響力を顕著に発揮し、変革の渦中へと悉く巻き込まれる運命を持つ男である。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

1300年か1200年前かそこらの時、男は奴隷として生きていた。

 

時の王族は、今でいう天竜人ほどには横暴ではなかったが、彼を飼っていたのはタチが悪い貴族であった。

 

貴族の女は誰に対しても高圧的で傲慢、金遣いは荒い。常に人を見下した態度は、目上のものでも関係がなかった。常に自己中心的で、自分の気に食わないことは何であれ許さなかった。時には些細なことで他人の命を奪うような激しい人間だった。だが、一方で政治的な才覚は確かであり、飴と鞭を使い分けては、巧みに民の飢えを防ぎつつ、民が払える限界ギリギリの税を徴収していた。体は何故か魅力的な曲線を描いていたが、それは夫のためではなかった。

 

彼女の夫は早くに流行病で亡くなった…ことにして彼女により毒殺されており、結婚早々に子供もできたので障害の無いまま彼女は嫁ぎ先の実権を握った。

 

彼女の生まれは嫁ぎ先よりも勢力の劣る家格であったが、生来の器量よしと、右に出るもののいない美貌によって、遥か高みの家格を持つ、今は亡き元夫の家へ嫁ぐこととなった。

 

性交渉は初夜のみであったが、早々に妊娠。

 

子供が産まれるちょうど前日に夫は死んだ。

 

彼女はすぐに辣腕を振るい、違法な貯蓄をさらに拡大、軍事力を強化しつつも領民への締め付けを緩めたり、締めるところは締めたりと、巧妙な経営者としてその勢力を拡大していった。

 

彼女の子供は男と女の兄妹であった。

彼らは父親に会うことなく育ったが、一度として寂しさは感じなかった。

 

貴族の中でも強い勢力を誇っていた母親の威光で、本来ならば何者でもないはずの男…この時はただのジルクだった…が、彼らのそばに常にいたからだ。

 

ジルクはジルクという自らの名前以外を全く憶えていない状態で彷徨っている時に、夫との婚姻の数ヶ月前だった貴族の女に拾われた身だった。

 

当初こそ、彼女は何故自分が彼を登用したのか理解できていなかったが、すぐにどうでも良くなってしまった。

 

外見は勿論のこと、性格や肉体、果ては才能の無い所…つまりは短所までもが彼女のドストライクであったのだ。

 

彼女は生まれの良さ故に、小賢しい男はいくらでも見てきたし、自分を褒めそやしたり、自分に都合の良い男はいくらでも見てきていた。

だが、悪意のない罪作りな男相手には流石に免疫がなかった。

それ故に、登用したほぼ初日時点で純愛の名を縦にするような一目惚れをぶちかました。

 

一週間が立つ頃には、男の奴隷という表向きの身分など関係ないとばかりにベタベタに溺愛していた。

 

男は生まれてこの方、というか全く記憶がないために悪意どころか羞恥もなかった、故に外聞も立場も社会も関係なかった。

 

与えられた愛に全力で応える以外に、彼は生きる術を知らなかったし。下心のない彼によって繰り出された、それらの一連の行動は図らずも人を幸せにすることと、自分が生きることに直結した。

 

つまりは、彼への溺愛が止まるところを知らない女貴族に見事にキマッたのである。決して裏切らない健気さと、いつでも味方でいようとするジルクの姿勢は彼女には手放し難い魔力を放つ得難い宝そのものだった。

 

結果、婚姻の初夜当日に事件が起こった。

誰にも知られていないとはいえ、大事件である。

 

つまりは妊娠の原因とされる性交渉があったその日、夫との儀が始まるまでの1時間前迄と儀の後の3時間、計4時間を、彼女は奴隷であるジルクの童貞を奪う為に費やしていた。

 

つまりは、女貴族の二人の実子は実の所ジルクの子供であった。

 

だが、それが告げられることはない。外聞が重要な貴族の面倒臭さを、一時期ひたすらに彼女から愚痴られていたジルクは理解していた。そのため、彼は彼なりに自分の子供達を愛することにした。

 

彼の子供達はといえば、うすうす自身の父親が誰であるかを察していた。

 

察するきっかけは10になる誕生日、珍しくハメを外して酒を呷り過ぎた母親がジルクに抱きついて、「そろそろ次の子が産みたい」とかなりの大声で囁いていた所をドアの隙間から兄妹で覗いていたからである。

 

兄妹の心境は安心と、歓喜、納得、そして不服であった。

 

安心、歓喜、納得に関しては二人ともに共通の心境と言えた。

 

しかし、不服を強く表したのは他でもない妹であった。

 

彼女は超がつく耳年増であった。案の定、彼女は母親とジルクの情交をいつも垣間見ていた。そして、嫉妬を立ち上らせていた。

 

「ジルクは私のものなのに!」と。

 

だが、それは血の鎖が両者を隔てることはないと思っていたからであった。

今日その鎖が自身に巻き付いていることを知った今ここにあって、彼女の嫉妬は醸成に向かった。

 

 

結論から言えば、ジルクは幸せであった。

 

子供達は、10を超えたあたりから以前にも増して甘えてくれるようになった。ご主人様であり自分からお前の妻だと言い放つ貴族の女は益々美しくなった。彼女と二人で自分たちの家名を新たに考え、ストリングの名前も名乗れるようになった。

 

彼は彼女の嫁ぎ先の家に受け継がれてきたDの名をも彼女から捧げられた。本来ならば貴い王家の当主に受け継がれていくであろうその名は、彼女なりの最大限のジルクへの社会的な贈り物であり、何をも顧みないという強い愛情表現だった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

もともと、媚びるのではなく素直な愛をぶつけるくらいしか無垢な男にできることはなかったが、女に拾われその庇護下で様々な経験を積みながら成長しても、ジルクの本質は変わらなかった。

 

変わらぬ日常が変わってしまったのは、世界に新たな秩序を求める声が響いた時だった。

 

"空白の100年"の始まりである。

 

それまでの200年間、ジルクは何故か死ななかった。

 

貴族の女は若く美しいままに死んでしまった。100まで生きて笑顔で死んでしまった。ジルクは泣かなかったが、寂しかった。

 

愛するものに先立たれることは耐え難い苦しみだった。

ジルクは若く変わらない見た目のままに生きている。

何故自分は死なないのか。外見上は老いずとも、愛した彼女と共に歳を重ねたはずの身体は死に向かうはずであった。

 

ふと、自身の胸、心臓の内側から愛した女の間に糸…よりも太い、そう、ヒモが通っていることに気がついた。

不可視の、無色透明のヒモである。

 

ヒモは彼女から抜け落ちてしまう。

 

一瞬、ジルクは体から力が抜け落ちる感覚を覚えた。

 

息が強制的に全身の隅々から外へ追い出される感覚。

息を引き取るとはこのことか。自覚したのは僕が最初で最後だろう。そんな考えが浮かんだ所で、肉体の苦痛が止まったことに気づいた。

 

気づけば横たえられていた。いつのまにか閉じていた瞼を開くと、目の前には美しいままに成長して、そして最も美しい20代で老いが止まった娘の姿だった。

 

ジルクは体の苦痛が消えた時、体から不可視のヒモがどこかに伸びていくのを思い出した。

 

心臓からたどったヒモの行き先は愛娘の胸元、心臓に向かっていた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

娘とは違い、順当に歳を取り、貴族としての責務を果たして息を引き取った息子。100年の生涯だった。

 

可愛い息子はヨボヨボのおじいちゃんになってしまった。

 

ジルクの隣には美しいままに100歳を迎えようとしている妻…と今はなった実の娘がいた。

 

ジルクは貴族の女の死後、旅に出ようとした。

何となくだが、ジルクには自分の心臓から突き出されたヒモの正体を悟っていた。

 

これはいけないもの。漠然とだが、はっきりとした拒絶反応をジルクは自らのヒモへ感じ取っていた。

 

ジルクは娘に話してから家を出ることにした。

自分は本当に養われていただけだった。したことといえば実の子供と遊んだこと、貴族の女と思い出を沢山作ったこと、たまに上手くもない料理や、手際の悪い掃除をしたくらいだった。

 

だが、それでも家族とは本当の家族になれていたと思った。

なにより、ヒモの伸びた先は娘の心臓だったから。確信の持てないままに、自身の身が負っているであろう呪いと対峙せねばならない。そして、それを娘に謝らなければならない。

 

そのためにジルクは告白した。

 

「僕は心臓と心臓をヒモで繋ぐことができる。そして、僕と繋がれた相手は老いることなく、普通の人間なら100年、僕と繋がった時点から数えて100年を生きることになる。繋がった相手が死ねば僕は死ぬ。相手が死ぬたびに相手は更新される。更新する相手がいなければ、僕は程なくして死ぬ。でも、それ以外で僕が死ぬことはない。」

 

半分はほぼ事実、もう半分はジルクの経験からの予想だった。

 

ジルクは一度、瀕死の重傷を負っているはず、である。

 

娘と息子と遊んでいる時、偶然シャンデリアが落下してきたことがあった。このシャンデリアから子供を守るためにジルクは身を呈した。

 

子供達を突き飛ばし、シャンデリアの下敷きになったのだ。

本来ならば死ぬ重量に押し潰されても、ジルクは死ななかった。

 

ジルクは自身の体がブレるのを感じた程度だった。

実態はある。痛みもあった。だが、ジルクの体は確かにブレたのだ。そして元通りになった。この時はすでに女貴族の心臓とジルクの心臓はヒモで繋がっていたのだろう。

 

告白が終わると、ジルクは娘の胸に抱かれていた。

 

娘はジルクを受け入れた。言った。

 

「母様と私にあって、兄様にはなかったもの。それが何かわかりますか?…それは、父様への性的な愛情です。私は父様を心よりお慕い申し上げております。母様の死、に私は悲しみませんでした。」

「ねぇ、母様。そろそろ私が貰ってもよくてよね。私は100年待ちましたわ!父様と心を通わせる日を夢見て!!」

 

娘はそういうと、ジルクの口を自身の口で塞いだ。

深く口付けた父と娘は、閨で一つになった。

 

ジルクは娘の覚悟を受け入れ、娘は100年の愛を完成させた。

 

次の年の終わり頃に、娘は死んだ。100と1年を生きた彼女は殊更に美しく死んだ。彼女の死が、ジルクとのヒモの結合から100年の寿命を加算されるという仮説を破った。100年、それがジルクと出逢ったものの寿命であるらしかった。陰りのない笑顔が彼女の死を艶やかに飾り、ジルクは自身の死を座して待った。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

だが、ジルクは死なない。

 

ジルクは自身の体からヒモが2本伸びていることに気づいた。

 

ジルクはヒモをたどった。

 

そして出逢い、出会った。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

とある土地を、ジルクは女貴族と共に旅行で回ったことがある。

 

美しげな土地柄や独特の景観と文化は、純粋な好奇心をくすぐった。

 

その地でジルクはとても美しい女と出逢った。

 

妻である女貴族はとことんジルクに甘かった。

それが金銭であれ、食事であれ、酒色であれ、暴力であれ…彼女は根が無垢で欲が薄いジルクが表に出す欲、その全てが愛おしかった。

故に、あの女が好みだ、などと言えば女貴族は心底喜んでジルクのわがままを叶えようとした。

 

この時も変わらず、ジルクが女とお話ししてみたいと漏らすと、地獄耳で聞き漏らさなかった女貴族が茶屋を買い占め、女の家族を買収して、果ては通行人と旅芸者に演出までさせて、お話の場を整えた。

 

女は少し驚きつつも、ジルクの無邪気な笑顔と、人を惹きつける魔力に魅了されたのか、自然と会話を楽しむに至った。

 

ジルクからすると、女はどこまでも奥ゆかしく、けれど芯が通った人柄だった。

 

ジルクは女貴族との逢瀬を幾度となく繰り返しつつ、昼間はかの女との逢瀬を楽しんだ。

 

どちらかと言うと激しい女貴族とも異なる、穏やかな感触はジルクにとって新たな幸せのあり方を示唆した。

 

ジルクは初めて自分からの積極的な愛の発露を伝えた。

 

女との出逢いから、一月の月日が経った日の夜だった。

 

女貴族はというと、嫉妬することなく、むしろその溢れんばかりの純情さと、立場が逆転するほどの夜の勇猛さとのギャップに身悶えし、ジルクに初恋の味を覚えさせたもはや顔も忘れた女に感謝した。女貴族はあくまでもジルク以外にはジルクとの子供達以外に、体温の欠如を思わせるほどに無関心であった。

 

ジルクの気に当てられた様に、女はジルクよりも強くジルクに自分の思いも伝えた。

 

ジルクにずっとここにいてほしい。

 

それが叶わなければどうか迎えにきてほしい。

 

ジルクは迷わなかった。

 

わかった。迎えに来る。

 

その日のうちに女との間に新たな命の灯を灯し、ジルクは女貴族と共に彼の地を去った。

 

然して、ジルクは彼の地に舞い戻った。

 

離れていてもヒモを辿ることができた。

 

屋敷にはもはや縁者はいなかった。

 

いや、いるにはいたが、それは自分の息子の子供達である。

 

自分が果たすべき役目は無かった。娘との間には子供ができなかった。娘は子供にジルクとの時間を削られるのを嫌がった。ジルクにこそ伝えなかったものの、娘の愛はジルクにのみ向けられていた。

 

ジルクは自身の命が消えないことに落胆することなく、新たなもう一筋のヒモの先を探すことにした。だが、そのためには約束を果たす必要があった。故に、彼は彼の地へと向かった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

彼の地では女が待っていた。

 

もうどこにも行かない。その約束は今果たされて。

 

女は以前にも増して美しくなっていた。

 

暫しの成長ののち、彼女は今の姿を留めているという。

喜びに染まる彼女の姿のどこかに翳りを見つけたジルクは女に今までのことを問うた。

 

女の話では、男の約束を守ろうとこの身の変化は受け入れたものの、周囲の人々は祟りだ物怪だと言って徐々に離れていったという。とはいえ、女の腹にはジルクの子がいた。ジルクは物憂げに大丈夫かと優しく女の腹を撫ぜるが、女は心配事はもうないと計りにカラカラと笑った。

 

そして、そこには誰もいませんよ、と可笑しそうに笑った。

 

顔が青くなり泣きべそをかきそうになる大の男を抱き寄せて、女は子の名を呼んだ。

 

トテトテと可愛らしい擬音のつきそうな走り方で娘が走ってきた。

 

ジルクは娘を抱き上げて、名を呼んだ。

 

「トキ」

 

ジルクは幸福と安心を噛み締めたが、それと同時に自分の生き様に唾棄すべき不幸せを感じずにいられなかった。

 

トキの心臓へと真っ直ぐに伸びるヒモが見えた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

ジルクの初恋となった女は名家の出であった。

 

女にとっても、ジルクは初恋であった。

 

だから二人はヒモで結ばれていた。

 

だが、どうして一度もジルクと会ったことのないトキとの間にこれほどはっきりとヒモが存在しているのか。

 

ジルクは悔しさに近い感情を覚えたが、心配をかけまいとトキの頭をガシガシと撫でた。

 

トキは自由にさせよう。僕に縛られるべきではない。

 

ジルクは妻の顔を見ずにそう言う。格好をつけたかったのだ。

 

「あら、貴方との逢瀬は私が自由にしたからよ。」

 

妻から顔を覗き込まれたジルクは、その言葉の真意を確かめるまでもなく、照れ臭かった。

 

妻である女は、この愛おしい男の傍で、愛しい娘がどう育つのか楽しみに思った。

 

女には、自分と娘の心臓との間を男の心臓から伸びるヒモがしっかりと繋いでいる様に微笑んだ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

ジルクは娘に幸せを探す様に教えた。お前の幸せのためなら自分は頑張れる、とも。

 

母親は娘にジルクとの恋の話をした。そして、お前が幸せになれるのなら、どんな結末もきっと素晴らしいものだと伝えた。本来は禁忌であっても、とも。

 

ジルクの妻である女は、どこか特別であった。

それが理由かはわからないが、ジルクへの深い共感性を発揮した。だからだろうか、彼女はジルクの背負った過去への理解が深い様子であり、彼が自らの娘との間に愛を育んだ過去をも受け入れていた。

 

彼女もまた、ジルクの男としても雄としてもありのままの、よくいえば真っ直ぐで、悪くいえば少しばかりわがままな性分を愛していた。

 

そして、その特別は娘トキにも受け継がれた。

 

女との100年は女貴族との100年と同様に長く感じられた。

 

だが、その日は来てしまった。

 

女は最期まで愛する男と娘への愛を微笑みに湛えて逝った。

 

ジルクは今度こそ、自身の死が足音を響かせてきたことを悟り、トキの幸せだけを願う様になった。

 

トキは父親の背中に歪んだ愛、そして痛ましいほどの健気さを向けた。

 

トキは既に母の言葉を理解していた。父は愛されなければ生きられない生き物なのだ、そんな答えに近い理解をトキは既に持っていた。

 

何より、トキは父を愛していた。父として、兄として。

なによりも男として。

 

だが、トキは父が自身にそれを望んでいないことも知っていた。

迫れば受け入れてくれるのは理解していた。だが、トキはどうしようもないくらいにジルクを愛していた。

 

不器用だが、何一つ惜しまず愛してくれる父の姿は、本能的に強い群れのリーダーを意識させたし、父親としての責務を果たす覚悟のある存在であるとも教えられた。

 

トキはジルクとの別れを、ジルクとの「女」としての再会のための必要な別れと割り切った。

 

ある日、ジルクに母の実家の話を持ちかけた。

 

ジルクは世間知らずであったが、妻の実家へは行ったこともある。ジルクは娘のためにできる限りのことをした。

 

女貴族に貰った金、使う必要はないと思っていたが役に立った。

 

妻に教えてもらった字の美しい書き方や、美しい言葉の選び方。

 

お土産の選び方。

 

ぎこちないながらも、100年越しの実家参りが実現した。

 

半ば伝説となっていた男と妻の存在は、それだけでも威力を持つ様で、然程の苦労もなく実家へと娘トキを託すことができた。

 

採算確認をとってもトキは頑なに人波の中での栄達を志すと言った。

 

ジルクは最後に頭を一なでして、美しく成長したトキの額に口付けた。

 

幸せになれよ。と願いを込めた。

 

ヒモは一本だけ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

トキは耐えられなかった。

 

父との別れはもう間違いなくすぐそこまで来ていた。

 

世界には新しい秩序ができていた。

 

トキは人波の中での栄達の末、トキトキの実を口にした。

 

母譲りの特別は、彼女の力をさらに飛躍させたが、同時に父の力について知ることとなり、その死が自身の老いない肉体とも関係があることを知った。

 

トキはまだ父の何をも得ていない。それが許せなかった。

 

だが、父に会う前に、彼女の命は空白の100年という残酷な事実に押し潰されんとしていた。

 

トキは父の延命は父の望まぬことだと知っていた。だが、同時に心のどこかで父が自分を愛してくれることを知っていたし、なによりも望んでいた。故に、今敵の凶刃に斃れることはできなかった。

 

トキは唯一のわがままをこの時使った。

 

彼女はトキトキの実を使い800年という時間を駆け抜けた。

 

時空は断絶し、一時的に彼女とジルクの間の繋がりは半凍結状態となった。

 

800年間の延命を、ジルクは実の娘から課されることとなった。

 

そして、この時ジルクはまだ気づいていない。

 

自身の力が悪魔の実によるものではない、未だ天性のものであると。

 

ジルクは、根本的に間違っていた。

 

その記憶の混濁故か、生来の抜けた性格故かはわからない。

 

だが、一つ言えることは、彼の人たらしは生来の才能であり、ヒモヒモの実とは彼の食べた悪魔の実の真の姿ではないと言うことだ。

 

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