原作開始前に当たる偉大な時代の前哨戦です。
その日、巨兵海賊団の残党達の命は正に風前の灯であった。
処刑の合図を静かに待つ海兵達と、反対に民衆はガヤガヤと声をあげては、大きな時代の名残がまた一つ終わりを迎える事実に熱狂を抱いていた。
海兵将校の前言葉が終わり、大義の名の下に巨人達に死を与えんと徐に振り上げた時、澄んだ声が黒雲から覗く陽光の如く辺りに突き抜けた。
「お待ちなさい!!」
「天が和解を求めています!!!」
突然の言葉に騒然とする処刑の場で、彼女はなおも続けた。
「天の声が聞こえないというのなら、今すぐ此処で聞かせて差し上げます!!さぁ、こちらへ!!」
彼女はその身に宿る力を使って天候を快晴へと変える準備をしつつ、今回のキーパーソン…天の声とやらに登場願った。
「お任せなさいアマス!」
「「「「 ッッ!!!!!! 」」」」
…堂々と登場したのは天竜人であった。
「あ、あ、て、世界貴族の皆様がど、どっどどどどどうしてこの様な地に御足を御運びになられたのですかっ⁉︎」
処刑の責任者である海軍将校は狼狽を隠すこともなく、いや隠す余裕をなくして、しかしそれでも責任者として世界貴族来訪という突然の、天竜人以外にとっては極めて残酷とも言える状況の把握に努めようとしていた。
「まぁッ!!下々民の!ましてや謁見を許されていない様な低能の雑兵を私の絶対に出すだなんて!!」
「これは…見せしめの必要があるアマス!」
「そうアマス!!その通りアマス!!よりにもよってこんな大田舎の!カーペットも敷けないような汚穢の地で無礼を働かれることになろうとは!」
「許せないアマス!!」
天竜人の地雷の所在などわからないが、どうやら自分たちへの来訪の接待と、果ては海兵の慇懃な態度にも不足を感じたらしい。驚くべきことに彼女は何の戸惑いもなく周りを固めていた近衛の兵士に命じて気の毒な海兵将校へ銃口を向けさせた。
さらに驚くべき事に、上記の言葉の畳み掛けからもわかるように天竜人は天竜人達に…具体的には最初の女天竜人一人に加えて更に二人が現れて、海兵将校の処断を声高らかに所望し出した。
「ヒイィぃぃぃッッ!!お、おっ、お許しを!!どどどうか!!」
天竜人の息のあった処断命令はすぐさま実行の準備に取りかかられ、取り押さえられて近場の木に縄で固定され、目隠しもされ、殺される準備が整ったとばかりの海兵将校は、背中に背負った正義の重みすら忘れて、必死の嘆願に全力を注いでいた。
「「「ヒッ!」」」ゾクッ
民衆は一部始終へ傍観を決め込んでいたが、同時にこの場から逃げ出したり声をあげたりした時に、自分がどんな目に遭うのかを想像して背筋に悪寒が走るのを感じた。彼らは恐怖に縫い付けられたといった様子で、天竜人がゆっくりと腕を振り上げる様を凝視していた。目を逸らせば自分の命も危ない、誰もがそう思わずにいられぬほどに三人の天竜人の表情は何の感情も映していなかった。
「どうか!どゔが!どゔがおゆるじぉぉ!!」
泣き叫び顔を鼻水と涙と涎と泡とでぐちゃぐちゃに歪めた男に対して、何故か少しの間沈黙を保っていた天竜人達のうちの一人が笑うこともなく冷たく尋ねた。
「醜い顔アマス…不快アマスね…そんなに死にたくないアマスか?」
突然の問いかけに、それが死刑宣告だとでも思ったのか、要領を得た答えどころか意味ある言葉すら出てこないような勢いで、将校は首を左右にブンブンと振り乱しながら尚も命乞いを叫んだ。
「ひぃぃぃ!!どゔがどゔがどゔが!!おゆるじっ⁉︎ヘブっっ!!!???」
しかし、彼の命乞いは天竜人自身の手により中断された。
「さっさと質問に答えるアマスッ!!死ぬか生きるかさっさと決めるアマス!!」
「ッ⁉︎いぎだい"でずっ!!」
救われないと分かりつつも、ヤケクソ気味に答えた将校に満足そうな天竜人が続けた。
「宜しいアマス!なら、今すぐそこのデカブツどもを開放するアマス!」
「⁉︎ぇぇえええぇ⁉︎なぜですか⁉︎」
「何か言ったアマスか?それとも死ぬアマス?」
せめて理由を聞きたい海兵達はあまりの二択に皆口をつぐんだ。
「そいつらを新しい大砲の的にするアマス!さぁ、さっさと動くアマス!錠を外して船に乗せるアマス!」
「ヒィぃ!畏まりました!今すぐに!」
尚も理由を聞いてくる兵士に軽く訳を述べた天竜人は、銃口を他の兵士たちにも向け、彼らを急かす。
「海賊を取り逃したとしても何の問題もないアマス!お前達がまた捕まえればいいアマス!」
「ヒィぃ!!」
海兵の苦労は天元突破である。
どうにか5分ほどで船に乗せられ、いざいざ出荷という巨人海賊団の面々。ドナドナが聞こえてこようという時に、例の人物が現れた。
「お待ちを!天竜人様!」
「なにアマス⁉︎さっきからうるさいアマス!ピーピー下々民の分際で!」
「どうかお怒りをお鎮めになってください!そして、願わくば、どうか彼らにお慈悲を!巨人の海賊とて、彼らも元は立派な戦士!引くに引けぬ訳があって海賊となった身なのです!今こそ世界貴族様の手で我々は和解を迎えるべきです!」
周囲の誰もが思った。「聞くはずがない」と。
しかし、彼らの耳には罵声も怒声も、銃声も聞こえてくることはなかった。
「なるほどー、確かにそーアマスねー。そーアマス。気が変わったアマス。よし、デカブツ共、行っていいアマスよ。」
「「「「えっ〜〜〜〜!?!?!?!?」」」」
まさかの快諾。人生最大の驚きになったに違いない。
そして、天竜人は快諾と同時に早々に出港。嵐の様にきて場をぐちゃぐちゃにした挙句、嵐の様に退散していった。
そして、退散した天竜人の背から目を離した巨人達の前には、先程まで空を覆っていた雨雲が嘘の様に晴れ渡った空の下で彼らに微笑む恩人シスター・カルメルの姿があった。
「我ら巨兵士海賊団!この恩は決して忘れぬ!!我らは何を捧げれば良いのか!!ウグゥっう!!」
感涙に咽ぶ巨人達、彼らを始め周囲の海兵や処刑に集まった民衆へ向けて、彼女ははっきりと宣言した。
「私が導きます!迷える子羊達が皆笑顔で暮らせる、そんな平和な世界へ!!」
雨上がりの晴天に、稲妻が走った。
眩い光は彼女を照らし、後光の如き神々しさを演出した。
歓声に次ぐ歓声がその場を締めくくった。
青天の霹靂とはこのことであった。誰一人として、巨兵海賊団の処刑、そして処刑の場に突如現れたシスターと世界貴族、そして傲慢なはずの世界貴族の不自然なほどの恐喝と快諾のギャップの違和感など…誰一人として気にするものはいなかった。
〜〜〜〜〜
とある海上
シスター・カルメルが大歓声に包まれている頃、ここでも黄色い歓声が上がっていた。
ここは不思議な天竜人三人組の船の中。三人の為に用意された船内とは考えられない豪奢な部屋。
彼女達は嘘の天竜人などではなく、本物であった。
ではなぜあそこまで不自然な動きを?という答えは彼女達の歓声を一身に受け止める彼にあった。
「ありがとね。無理聞いてもらっちゃって。それにしても名演技だったよ。怒るところなんて本気で言ってるみたいでビックリしちゃったよ〜。」
男の名前はジルク。ことの真相とは、いつものヤツである。
「そ、そんなに褒められてしまうと…私、女優になってしまうアマス!!」
「きゃ〜!!もぅっ!褒め上手も大概アマス!他ならぬジルちゃんの頼みアマスから…仕方なく、本当に仕方な〜〜〜っく下々民のあの女に手を貸してやったんでアマスよ!」
「そ、そうアマス!本当ならみんな処刑も良いところアマス!愛しい愛しいジルちゃんが、どーしてもあのデカブツ達が可哀想だというからぁ〜…あの下々民の女のことだって!」
「ジルちゃんったら、和解だの何だの言ってきたあの女に怒らないなんてっ!やっぱり優しいアマス!」
「それだけじゃないアマス!変なことを言ってくるあの女にも、困ってそうだからお願い聞いてあげて欲しいなぁ、何て!可愛いおねだりについつい頼みとやらを聞いてしまったでアマス!」
「でも、そんなわがままなジルちゃんも堪らないアマス!いつもはとっても謙虚で、我慢ばっかりしてるアマスからね〜。ジルちゃんったらこの前も、お城は要らないから普通のベッドが欲しいだなんて…思いやりに満ち溢れすぎアマス!」
「この前も、お小遣いで下々民の上納金を代わりに払ってあげるなんて!な〜んて優しいアマス!泣いて喜んでいたアマスね!…でも、わざわざあんなのの為にお小遣いを使わなくてもいいアマスのに…わちきの母上様も心配しておられたアマス。」
体にひしと抱きつく三人の美女達による、畳みかける様な可愛がり攻撃に、いつもながらジルクはニコニコとしているだけであった。とても可愛がってくれるので、彼女達には不満などない。
ただ、今の彼にとって少しばかり心配なのは例の彼女のことであった。
因みに、今回彼が見せた「優しさ」に彼女達の母上様も感激したらしく、「ジルちゃま基金」なるものが女天竜人達の間で流行ったとか流行らないとか。
…この基金実は、基金の設立で新たな謎の上納金の上乗せに苦しんでいる国に気づいたジルクによって「遠慮」されるまでかなりの勢いで蓄積され続け、約半年で数百億ベリーにまで昇ったのは内緒である。
「遠慮」では流石に止まってくれなかったらしく、結局彼がパンゲア城を自由に歩きたいという「わがまま」を言ってくれたことでやっと止まったという。…このわがままは、五老星の一族に名を連ねる女性陣の手によって即日可決されたとか…。
〜〜〜〜〜
カルメルは世界政府との関わりを持つ気などなかった。
しかし、一人の男との出会いが彼女の人生を大きく変えてしまった。
彼女はあまり強欲とは言えない女だった。
そして、ジルクは生きることと愛することを除けば欲らしき欲が薄い男だった。
彼女が彼と出会ったのは彼女が働く教会の前であった。
彼女は煙草を日頃から燻らせる、あまり敬虔とは言い難いシスターだったが悪意を向けてこない子供の相手をしたり、彼らの将来が良くなれば良いなとは予々考えていた。
しかし、それを夢にし、さらに実現する為には、シスターが持つことが難しい様々な力が必要だった。
しかし、金やコネクションを集めるならまだしも、世界を牛耳る天竜人との繋がりなど手に入れようとすら考えていなかった。
そんな彼女が経営していた小さな教会の前で、門の掃除中だった彼女に声をかけたのがジルクだった。
ジルクは置き手紙を女達に残してマリージョアから海へ出るとこまでは難なくこなすことができたが、そこからどうやって生活するかなど特に考えていなかったのである。
無論、彼が現金を持って行動するはずもなく、結果的に彼は冒険開始から2日でここに辿り着き、ここで仕事を探していた。
彼の成長した点といえば、仕事をすればお金がもらえる、そしてお金があると食事が買えると知った点であった。
故に、彼はフリーターとして就職活動をしていたが、特技らしい特技がヒモを上手に結べるくらいしか思いつかなかった彼を雇ってくれるところなどなかった。
途方に暮れていたわけでもないが、何となく(養ってくれそうな)女の匂いを嗅ぎつけた彼の肉体は、本体の意思とは裏腹に教会の前で座り込んでいたのである。
彼の肉体の持つ嗅覚は的中した様である。
「貴方、こんな寂れた教会に何か御用かしら?」
「盗れるものなんてないのだけど…でも、盗賊にも見えないわね。」
「こんなとこだけど、少しならご馳走してあげられるわ。さぁ、はいってらっしゃい。」
安定のスリーステップで彼はカルメルとの関係を開始した。
誤解を解く為に記するが、ジルクは生涯に一度として養ってくれなどとは言ったことがない。
庇護欲を唆る表情、控えめで男にしては可愛らしい腹の虫の鳴き声、何も悪いとは責めていないのに「ゴメンなさい」と言ってしまう謙虚さ、心底申し訳なさそうで初々しい羞恥の表情…その他諸々に無意識にもノックアウトされたカルメルが自分から言い出してしまったのだから、問題はないのである。
「美味しい?そう…ところで、貴方はどうしてあんなところで座り込んでいたの?…仕事がない…健康そうには見えるけど、何か問題があるの?」
「えっ⁉︎特技が何か聞かれたから正直に答えたら不採用だった⁉︎…確かに、貴方の教えてくれたその特技じゃ、まともな仕事につくのは難しいかもしれないわね。」
「…ね、ねぇ、貴方がよければここで働いてみない?もちろん!食事は出すわ…あと、水浴びもできる様にするし、ベットも用意する。…どう、かしら?」
ヒモの上をいくヒモであるジルクは、いつも通りの更なるスリーステップののちに仕事と寝床を手に入れることに成功した。
仕事を探してやってきたジルクが断る理由などなかった。
「これからよろしくお願いしますね。」と、ジルクは喜んで了解した。
「!こちらこそよろしくお願いね。あと…ベッドは今空きがなくって、私と一緒になるから、それだけ我慢してね?」
カルメルとの間にヒモが繋がれる日は、この日から一週間後のことであった。
〜〜〜〜〜
彼は不思議な男だ。
彼との出会いから一年もたたないうちに、私は求めていた力を次々に手に入れることができた。
金も、名誉も、権力も…。
〜〜〜〜〜
彼が天竜人の奴隷…そうは見えないが…だったというのには驚いたが、それ以上に人間の身で天竜人からの愛を一心に受けていたことに驚かざるを得なかった。
彼は気にした様子もなかったが、否定するわけでもなかった。彼を探しにこんな辺境まで世界政府の船が来るのだから、彼が犯罪人なのか心配になったものだ。
杞憂に過ぎず、むしろその反対。政府の大人物とのことだったからどちらにしろ心臓には悪い人だが。
彼は抵抗することもなく、「迎えに来たのかい?心配かけてごめんね?」で済ましていたが…迎えの船にしては軍艦数隻と護送船団という方が正しい様子だった。
迎えに遣わされた海兵達も、物々しさというより早く見つけなければという焦りの感情が見てとれた。
彼との別れを惜しもうと見送りに行ったら、彼から恩人だと言われて聞いたことしかなかった聖地マリージョアへ連れて行ってもらえることになった。
自分の命が幾つあっても足りない様な、天竜人への恐怖もあったが、それ以上に今以上の変化を求めた私は彼について行った。
案の定、天竜人は噂に違わぬ非人であったが、それは彼、ジルクの前になると媚びと受け取られてしまうほどに軟化し、女の天竜人は揃いも揃って彼への猫撫で声と、彼に追従する私に対しての吐き捨てる様な罵声を使い分けていた。
酷い奴らだと思ったが、ジルクは私に悪意が向けられそうになると話を逸らしてくれたり、強く罵る様な天竜人には女限定ではあるがやめて欲しいと「お願い」していた。
驚愕すべきことに、彼からの「おねだり」や「お願い」は魔法の様に天竜人を従わせた。私は彼に興味が尽きなかった。
マリージョアへ来たものの、動けるのは彼の部屋の中のみ。もしくは彼について回るしかなかった。
わかったことは、やはり奴隷に人権などなかったこと。天竜人の前では罪なき人間すらも虫けら同然であること。
そして、ジルクの周りでのみそれらが一切見られなかったこと。最後に、ジルクは自覚していないだけで、とてつもない力を持った存在だということだ。財力と、権力、発言力。全てに関して、ここマリージョアで右に出るものは五老星といえども単体では難しい程だ。
つまり、マリージョアで最も強いということは、彼はある意味では世界で最も大きな力を動かせる存在だった。
彼は全くと言って良いほど自分の存在の大きさに無頓着だったが…金も、名誉も、権力も…彼の前ではすべてが無意味であったことと同様に、彼の持つ概念の中にそれらの力が大きな力を持つことなどありえない様だった。
私は我慢できずに彼に尋ねた。
「貴方にとって!最も大きな力とは何ですか?」
珍しく敬語を使った私に、彼は少し不思議そうだった。
私は思った。彼がもし、単なる愚かな男だったら私は彼から離れ、また寂れた教会で子供達にできるだけのことをしてあげよう、と。
けれど、もしも私が彼を愛してしまったら、彼が私を愛してくれるなら、私は全てを注いでこの世界に誰もが笑顔でいられる場所を作るのだ、と。
彼は笑顔で何の迷いもなく私に教えてくれた。
「何でも良いから何かを愛していられることかな?」
本気でそう思ってる、そうわかる言葉だった。
陳腐な言葉、綺麗事だ。
けれどこれだけの魔や邪に囲まれて、それでも愛だと言い切れる人が他にどれだけいるだろう。
彼は綺麗なままの瞳で、私を見つめてくれるのだ。
子供以外に、こんな人がいるなんて。
私は確信した。彼だったんだと。
シスターになったのは虫除けみたいなものだった。
何か見えない壁を男や大人に感じていた。
私は子供達と笑っていたいだけなのに。きっと世界は私のそんな想いすらも利用するのだろう、と。
だから、自分が愛するものの存在なんてありえないと思っていた。
私が手に入れたもの。その中で価値がある1番のものは誰にもあげられない大切な想いだった。
私はこの日、愛する人を手に入れた。
〜〜〜〜〜
私は彼の持つ力を全て使って誰もが笑い合える場所を作った。
その場所の名は、「羊の家」にした。世界にここだけ、ちょっぴり小さいが、どこよりも幸せな世界を作れたと私は思っている。
私は、彼の力を全て使ったと言った。それは彼が認識していないだけで持っている力もだった。私は彼に毎回必ず確認を取ったが、「彼は好きにして良いよ、君がしたいようにすれば良いさ。僕はここで待ってるよ。」と、そう言って何のため、とかどれくらい必要か、とかすら聞かなかった。
彼は言葉の通り待っていてくれたし、言葉の通り私の望むものが何者かに妨げられることもなかった。
天竜人だったとしても、彼の名前を使えば私には何の火の粉も降り掛からなかった。
彼は何か言われていたみたいだが、その事も私が調べて知るまで話す事もなかった。
私はか弱い身体を補強して、何者からとはわからないが、心を通じられた彼を何があっても守れる様にと力を手に入れた。
悪魔の実の力は偉大だった。彼もまた何かの実を食べたと話していたが、彼は海に入っても溺れることはなかったし、付き合いの長い天竜人の女性たちも彼が能力者だと彼の口から聞いたから知ってはいたが、本当だとは思っていない様だった。私も私で、彼のことだから普通の果物をそうだと勘違いしたんだと思っていた。
だが、彼はずっと若いままだった。そして、私も若いままだった。
そのおかげで私は常に彼の愛を受け止めることができたし、何より子供達のために使える時間が増えた。
羊の家の子供は日に日に増えたが、彼のお金で食うには困らなくなっていた。
だが、私は新たな課題に達していた。薄々気づいていたことだったが子供達の一生は長く、そして豊かであるべきだ。
決して穏やかなだけのこの狭い場所で終わらせるべき物じゃなかった。
エルバフの地ウォーランドに羊の家が出来て10年。
最初の子供達はもう社会の一員になれるほど大きくなっていた。彼らは皆んなで支え合いながら生きてきたが、その内面には外の広い世界へ飛び出していきたいという自由と発見への渇望を溜め込んでいた。
健気にも私と共に羊の家の運営を手伝いたいと言い出す子達も多くいたが、私は選択を見誤ることだけは出来なかった。
〜〜〜〜〜
私は、陰ながら支え続けてくれるジルクに想いを告げた。今の私と、そして子供達、ひいてはこの地で羊の家を開けたのだって彼のお陰だ。
私はシスター、今はマザーと呼ばれてはいるが煙草を嗜む不信心者だ。私に神はいない。この世の神が、あんな下卑た奴らだと教えられた時から、神の慈悲やら恵やらにはこちらから願い下げだった。
シスターになったばかりの時、清らかな身体のままでいられるのは、神に純潔を捧げたからだと言われた。
あの神に捧げるなんて死んでも嫌だったが、私は運が良いらしい。
彼に出会った私には、汚れを知らず底抜けに優しいジルクがそれこそ神様に見えた。
愛する相手が神様なら、シスターやマザーと呼ばれたって許してくれるはずだ。
だから、私は自分の純潔を彼に捧げた。これでやっと、私はシスターになったんだと実感した。
彼は元から天竜人から身を張って庇ってくれる程、私を大切にしてくれた。私は神に守られていることに優越感も感じていたし、だからこそ傲慢にもあんな作戦を考えたのだ。
巨兵海賊団の死刑の場へ現れた天竜人、彼女達のわがままで混乱を起こし、後腐れなく巨人達に恩を売る。
巨人達という盾と、彼らの安全な土地は羊の家を作るためにぴったりだった。
しかし、必要になるのは「演技もできる聞き分けの良い天竜人」…流石にこれは難しいかと思っていたが、彼は何とかなるさと私の背を押してくれた。ジルクのおかげで作戦は完璧に成功した。
私のソルソルの実による演出は、周囲の民衆と海兵にも影響したようで、安全に巨人達と彼らの土地へと出航し、彼の地で羊の家の設立まで漕ぎ着けることができた。
その後も、何の問題もなく孤児や訳ありの子供を集めることが出来たのだって彼の応援のおかげだった。
彼と共に歩んできたのだ。彼はきっとそうは思っていないだろうけれど。私は彼と共に笑顔でいたいのだ。
彼には一緒に子供達の、彼らの未来も背負って欲しい。
わがままを許して欲しかった。
〜〜〜〜〜
マザー・カルメルはジルクと共にとある決め事をした。
子供達は広い世界への飛び立つ権利がある。彼らから自由を奪うことは、笑顔を奪うことと一緒だ、と。
故に、彼らの自由と笑顔を守り、願わくば自ら自由と笑顔とを勝ち取れる様にと、彼らに飛び立つ機会を与えようとした。
方法は二つ。一つに、世の中の正道に則り、善き人の情に頼み彼らに子供達が引き取ってもらうのを待つ。
そして…二つに、価値ある存在として世界に認められるようこちらから積極的に売り込み、彼らの居場所を強引にだが作ることだ。
一つ目は正しく善の行いだ。だが、二つ目は、世間から求められている能力と引き換えに、子供達には社会で生きる権利が与えられる。しかし、彼らはその生き方を、大人達の都合に左右されて決められることになりかねなかった。
一つ目の善の行いとはかけ離れた、或人が見れば悪魔と罵ることだろう。人身売買とも呼ばれるかもしれない。生き方を決められた子供達からは、裏切り者と蔑まれるかもしれない。
だが、それでも、誰かに必要とされて生きる喜びを、一度は世界に奪われた彼らが自力で取り返せるかもしれないのだ。
マザーは何が聖母かと自嘲気味に笑ったが、ジルクは努めて彼女を咎める様にこう言った。
「押し付けじゃない。悪魔じゃない。今まで誰もしなかっただけさ。君は自分を悪人にしたがるけれど、君が悪人になったら誰があの子達を受け止めるのさ。世界を知った彼らは、きっと苦しい目にも辛い目にも遭う。悪い奴とだって何度となく出会すと思うよ。でもね、君っていう味方が変わらずにいてくれれば、子供達はきっと帰って来れるんだ。」
「心の中ではどれだけ自分で自分を罵ろうとも、それは他人じゃ止められないし、言われるがままに止めても救われるとは限らないよ。でもね、子供達の前でだけは、君は変わらずマザーなのさ。君が君をどれだけ蔑んだり、貶したり、傷つけたり…そんなことしたって君は子供達にとってたった一人のマザーなんだよ。」
「変わらない人なんていないよ。でも、君がそこにいるってことだけは、子供達にとって変わってほしくないことなんだ。そこだけ守れれば、子供達は彼ら自身に任せるといい。君は教義とか、概念とか、思想とか、そんなことなんかどうだって良いと思っているじゃないか。それで良いのさ!神の名の下に死ぬまで寄り添うことは間違いじゃないかもしれない…けれどね、それは神と、何より自分のためだろう?救われたいその人の為じゃないじゃないか!」
「でも、君はそうじゃない!君は本当の本当に子供達のことを、救われたい誰かを救おうとしているんだ!その人のためにね!神の為なら正道を外れようとは思わない!自分のためだったらそもそもシスターなんてやってないだろう?君は子供達が幸せになるなら何だって良いんだ!そうじゃなきゃこんなこと思いつかないよ!」
「社会はただで回っていないんでしょ?ならお金という対価と子供達を交換するのは悪いことじゃない。お金なら、新しいも古いも、どこから来たのかも誰も気にしないもの。ただで引き取ってくれるとこはないし、才能のある子供をただで送りつけようとしたら怪しまれるに決まってる。結局誰も、本当の良心なんて信じてくれないし、信じた事もないんだろうね。でも、そんな社会に子供達を送り出すんだ。」
「…言いすぎちゃったよ。ごめんね。自分でも何でこんなこと言ったのかわかんないや。…でもね、僕も背負うよ。カルメルと一緒に。僕にはそれくらいしか出来ないから。ほら、僕って自由人でしょ?よく居なくなるし…まぁその分頻繁に寄りはするんだけどね?…大丈夫。君には僕がいるよ。子供達には君が。君には僕がいる。これでいいんじゃないかな?」
ジルクは穏やかで、優しく、少しばかり抜けている。ドジだし方向音痴だし、悪意を知らないし、恨みに思ったり、攻撃的に怒る事も殆どない。まるで植物が小動物の様だけれど、彼は決して愚かではない。馬鹿ではない。愚か者や大馬鹿者が、天竜人や大物達からこぞって愛される訳がない。
彼は賢く穏やかだ。海のように広く、深く、心に寄り添い、悲しみや苦しみを懐深く受け止める。
カルメルははっきりと彼への愛を自覚した。
もう彼女に迷いはない。
〜〜〜〜〜
世界政府、海軍、CP0…彼らに裏社会を通じて人材を提供する存在があり、その通称は「山姥」といった。
2年から3年に一度、将来有望な子供を数千万から数億ベリーで取引する闇のブローカーである。
しかし、不思議と彼女の売りつける子供達には悲壮感がない。どんな調教を施せば、こんな子供を売りつけられるのか。赤子のうちから攫い、巧妙に騙しながら育てたのか。
はたまた血も凍る様な恐怖で躾けたのか。
買い付けのために接触した者達は、想像とは全く異なる山姥の姿に唖然とするのである。
聖母マザー・カルメルは山姥という人売りの表の姿だったのだと。何と恐ろしい女だ、悪魔だ、と。
しかし、そんなことは気にしないとばかりに、彼女は子供達の新たな人生への船出を祝う。
まるで本当に心から彼らの幸せを願う様な笑顔で。
彼女の想いと笑顔が本物であることを知るのは、何も知らない子供達と、カルメルが愛し、カルメルを愛した男ただ一人なのである。
R18は、各ヒロインとのヒモクラシーから入れていきたいと思います。
もう暫くお待ちを。ワノ国編は少し小出しにする予定です。