※この作品はR-18です。

ヒモヒモの実のダメ人間   作:ヤン・デ・レェ

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誤字報告を下さった方、作品への指摘を下さった方、感想を下さった方、予想して下さった方、いつも本当にありがとうございます。ヒロインを予想してもらえてとても嬉しかったです。リンリンとの出会いもそろそろ書きたいと思います。ヒロインとの関係はR18も描きますけど、R15くらいの清い話も適宜投稿していきたいと思います。


今回はワノ国との関係について。


ヒモヒモの6〜ジル公方 その1〜

ジルクがこの地、ワノ国で再び暮らし始めたのは60年ほど前にこの地を訪れてからだった。

 

暮らすと言いつつ、彼はすぐさま旅に出ることとなったのは彼のいい思い出だった。

 

波に運ばれ垂直の滝をモササウルスに姿を変えて昇りきり辿り着いたワノ国。彼はトキを探すためにきたわけであるが、残念ながら当時はトキに会えずに終わってしまった。

 

とはいえ、馴染み深さもあり自然豊かなこの地でしばしの休息をとろうと家を探していたところ、彼が出会ったのは霜月の人、その名も霜月コウ三郎であった。

 

まだ当時のコウ三郎は青き10代の若者であったが、当代のおでんの如く外の世界への夢を目を輝かせて語る漢でもあったのだ。

 

彼からしてみれば、自力で、しかも一人でこの地へ辿り着いたジルクという男はまさに外界から来た英雄であった。

 

何とか関わりを持ちたいと考えていた霜月コウ三郎の元に舞い込んだ情報は、彼が家を探しているという話だった。コウ三郎は頼むから住んでくれと頼み倒す勢いで、時の将軍にお呼ばれしていたジルクの元に乗り込むと、彼と話をつけることに成功した。

 

そこからは数年間の準備期間であった。ジルクは養ってもらうかわりに自分の見てきたもの、聞いてきたもの、食べたもの…何から何までを聞かれるがままにコウ三郎に語った。

 

コウ三郎は歓喜した。世界は広く、経験しなければならない実在する神秘に満ち溢れている、と。

 

コウ三郎はジルクをいつかの船出に誘った。ジルクは彼一人で、ワノ国に滞在している間も頻繁に海に出ていたが、それは彼が自由な外界人だったからである。

 

鎖国と渡航厳禁の法律に縛られたこの国にあって、ましてや諸侯の息子の立場に生まれたコウ三郎が外の海へ必ず行くと語り、それに自分もついてこないかと誘う。

 

ジルクが言えたことではなかったが、コウ三郎は密告の危険だとかを考えるまでもないほどの冒険野郎という奴だった。

 

面白そうだと感じたジルクは、「待ってるからね」と一言承諾の意を伝えた。

 

 

今から55年前にコウ三郎の夢は叶った。

ジルクも約束を忘れることなく、コウ三郎の一味に加わり滝を降った。

 

そこからはコウ三郎と彼の仲間達の自由と好奇心に満ちた大冒険にお供しつつ、ジルクもジルクで、偶に抜け出してはトラブルに巻き込まれたりと、ワノ国の頃と大して変わりのない奔放な生活に明け暮れた。

 

旅の始まりから数年して、コウ三郎達はそれぞれの生き方を見つけたようで一人また一人と船を降りたり、新たな冒険へと舵を切っていった。

 

コウ三郎はというと、ある島のとある村の女性と愛を育んだらしくそのままその村を終着点と決めて船を降りた。彼の幸せそうな様子に、ジルクも満足したのかコウ三郎と共に船を降りた。

 

数日間をコウ三郎との旅の総括とコウ三郎の新生活への祝福のために使うと、ジルクはコウ三郎から船を譲り受けて新たな目的地へ一人帆を張った。

 

 

一人になったり、誰かの船に乗せてもらったりを繰り返しつつ、楽しく気ままな旅を続けること数年。

久方ぶりにワノ国へとジルクは戻ってきた。

 

帰ってみるとピリピリとした緊張感が国中に漂っており、海に出る前の穏やかな国の姿は何処にもなかった。

 

何でも次期将軍の座を巡り城では政争が勃発、各地の大名が次々に死んでいるらしい、とのことを小耳に挟んだジルクは渦中の城に向かった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

ワノ国には数百年前の大剣豪霜月リューマが眠っている。彼はワノ国の守り神であり、世界の脅威から国を守るだけでなく、ワノ国の誇る強者である"侍"の存在を世界に知らしめた偉大な漢だとされている。

 

彼に会ったことがある人間など、今の時代にはいない…と言い切りたいところだが、少々事情が特別なこの男ばかりはワノ国一の剣士との思い出を確かに有していた。

 

誰かが聞けば夢だ妄想だと嘲るような荒唐無稽を恐れもせずに将軍に語れるだけの胆力があったこの男は、時の将軍光月家の帰依を受け、国の守り神として祀られかけたという過去がある。無論、この男はジルクその人なのだが。

 

初めこそ信じなかった将軍すらも信じざるを得ないような相伝の秘密が男の口からはポコポコと湧き出した。

 

風呂での身体の洗い方から、箸の持ち方、笑い方、夢や目標に、リューマ伝説に登場するドラゴンとの戦いの話など…出るわ出るわ、というのも数百年も昔のこと、世界をぐるぐる回って生活していた放浪の男ジルクは幾度目かになるワノ国への来訪を果たした折に霜月リューマのもとで世話になっていたのである。言うまでもなくヒモとして。

 

まだリューマも若く、それこそ海に出るか出まいかという時である。霜月コウ三郎と良く似た経過の後にジルクはリューマの旅のお供に海を駆け回った。

 

まさかジルクもリューマ、コウ三郎と二代にわたって霜月の家に世話になり、更には共に海に出るなどとは思いもしなかったが、これも何かの縁と彼がワノ国にいる間は霜月家の収める土地には特に気を払っていた。

 

さて、それはさておき男が本当に大した存在であると理解した、時の将軍は些か強引ではあるがこの男をワノ国の守り人にできないかと考えた。

 

そのため男の容姿やその素性などをなるべく事細かに纏めたものを書物にして、これらを大名家を始めとした名家に代々継いでいくように言い伝えた。

 

何か困りごとがあれば御人に頼れ、と。この方は気まぐれではあるが優しく、何よりそうは見えないが強い力を持つ方だ、と。

 

ジルクとしては何事か分からずにいた。いつも通りの具合であった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

将軍からのお墨付きで各郷に必ず一つは小さな庵を用意されたジルクは大満足であった。彼が望む生活そのものの、穏やかで快い人とも適度に交流する、そんな日々であった。

 

しかし、ジルクは穏やかな生活を求めるわりには、長くじっとしていられない性分なのである。

彼と直接話した将軍が亡くなる頃、ジルクは再びワノ国から旅立っていった。

 

そして、次なる再来で霜月コウ三郎と出会い、そして四度目とも五度目とも言う時に、まだ幼い光月おでん少年と出会ったのである。

 

良くも悪くも落ち着きがない彼は、定住こそ何年としなかったが、頻繁に戻ってきてはまた海へ出るという生活をしていた。

 

信心深い家では彼の存在が生きる伝説として受け継がれているところも少なくはなく、彼も頻繁に現れるような人だったため、結果として治安の向上に密かに貢献していた。

 

また、伝説には尾ひれが付くもので単なるリューマと一緒に旅をしたとはいえ、彼は刀すら持ったことがないのであるにも関わらず、彼は噂で勝手にリューマに並ぶ大剣豪と呼ばれる始末であった。

 

平穏なうちはワノ国に住み、力試しに来るものが増えてくると海へ出る。そんな生活がいたについてきた頃、新たな将軍の誕生が騒がれ彼は光月スキヤキとの対面を果たすのであった。

 

胡散臭い男への対面と当初こそ渋っていたスキヤキだったが、人畜無害そうな雰囲気や素振りを裏切る、全く隠しきれていない強大な海の波動に当てられたスキヤキは、歴代の将軍に習いジルクの暮らす庵の存続を申し出るのであった。

 

スキヤキはまだ幼い頃の記憶を思い出し、そういえばこの御人は穏やかな性分とはうらはらに、我々の想像を常に超えてくる方であったなと苦笑いせずにはいられなかった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

何故こうも長ったらしい前置きと、最後におでんの父であり前将軍であったスキヤキとジルクの関係を持ち出したのか疑問に持つ方もござろうが、これには訳がある。

 

スキヤキはいざ父将軍が死のうかというときに生まれた。

 

正統に血を受け継いだ将軍となるべき彼が迎えた最初の試練とは、彼の存在が邪魔なとある大名家への処罰と迫害が血を以て行われたことである。

 

スキヤキが生まれるまで、長らく将軍には子供がいなかった。そして、将軍の危篤の報。子供のいない将軍の後継という問題が導くのは深刻な政争であった。

 

そこで先手を打って有力者を毒殺し、後は将軍が死ぬのみというところまで事を運んだのが黒炭の家であった。黒炭の家は五人の大名家の一つであったが、ここぞとばかりに他家の当主を毒殺し、準備万端で我こそがと後継者の椅子を待っていた所で正統な世継ぎであるスキヤキである。

 

後継問題という後顧の憂いが消えたことで、将軍の一族と当主の変死に勘づいた他家の大名一族は結束を新たに、世継ぎ騒動の裏で暗躍した下手人の捕物が始められた。

 

証拠を残していたわけではないが、何から何まで黒かった黒炭家に弁明の機会は無く、当主は切腹、家臣も恥を背負って生きる訳にはいかぬと自刃するものが続き、生きることを選んだ一族郎党には迫害を受ける覚悟が必要になった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

黒炭家の凋落までの一部始終を見届けたジルクは、将軍の住まう城の最上座にて、幼き将軍スキヤキと、死に体の大御所に頭を下げていた。

 

伝説のと言うと聞こえはいいが、実際は穏やかな人柄が慕われている一文なしの浪人名士の言葉がどれだけ将軍に届くかなどジルクにはわからなんだ。

 

しかし、彼は驚きつつも自身の言葉に耳を傾けようとする幼き将軍スキヤキと、就任以来の付き合いがあった大御所の、死に体とはいえ知性の光を宿した瞳に見つめられたことで振起して、彼なりの最良案を二人に伝えた。

 

ジルクが関係の薄い黒炭家の為に提案を申し出た理由を、彼自身から聞いた二人の反応は難しい顔をしてからの保留ということではあったが、沙汰が下されるまで黒炭家の女子供の身柄はジルクが預かるということで両者は合意した。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「どうして貴方ほどの男が黒炭の罪を和らげようと動くのですか⁉︎」

 

将軍家に代々伺候している一族出身の家老がそう叫んだ。

 

「まぁ落ち着け…ジル公方殿、良ければ訳をお教えいただけますまいか?我々とて何も彼奴等を皆殺しになどするつもりは御座らん。しかし、将軍位を狙うのみならず有力大名家の当主の命を次々に奪ったのも事実。とても軽い罰で済ませられぬのも正直なところなのです。」

 

家老を諭しつつ、国守の御人と慕われている男へ将軍は問いを投げかけた。

 

「拙者も、そう思います。どうか教えていただけませんか?家臣の話では、貴方はわが国でも指折りの名士とききます。そのような方がどうして世を乱す悪者の味方をなさるのか、拙者はわかりません…。」

 

大御所の言葉に賛同する形で、沈黙を守っていたスキヤキ少年もジルクに問いかけた。

 

「………」

 

ジルクはしばらくの間沈黙を貫いたが、彼らに追及を諦める様子はないとわかると、正直に伝えることにした。

どうして伝えるのを渋ったのか、というのは単なる個人的な関係からであった。

 

「少し昔にこの地で暮らした際、僕は山に住み着いてたんだ。だけど僕は生活力がなくってね、お腹が空いたけれど狩りも上手くいかなくて、仕方なく人里に降りたんだ。たまたま当時僕の住んでる山の近くは黒炭の本家筋の誰かの領地だったらしくあまり人も優しくしてくれなかったんだ。」

 

ここまでならば、ジルクが黒炭家に悪感情を抱いたとしても納得出来る。しかし、ならば何故不親切な領民を育てるような黒炭家を助けるように働くのか?答えは至極単純だ。

 

「歩き疲れてきた時にね、女の子が僕に食事をご馳走してくれたんだ。」

 

「その子はとっても優しくて、一緒に暮らそうと誘ってくれたんだ。僕は喜んで彼女と暮らし始めたんだ。彼女と暮らし始めて名前を聞くまでは名前も知らなくって、そこで初めて彼女も黒炭家だったってことを知ったんだよ。」

 

「…うーん。まぁこんな話なんだ。僕としては1ヶ月でも一緒に過ごした女の子が誰かに悪く言われたり虐められたりするのは見たくないよ。確かにね、彼女と暮らしている間に僕が接した黒炭家の領地に住んでいた人達はみんな矢鱈と僕に冷たかったけど、その分彼女はどんな時も優しかった…まぁ、悪い子じゃなかったからさ、ね、お願いだよ。女子供だけでいいから、彼女達が辛い目に遭わないように出来ないかな?」

 

「しかし…それでは余りにも軽く…」

 

家老も大御所も幼い将軍スキヤキすらも、ジルクの理由とやらを聞いて深いため息をつくと共に悩み始めた。

 

「……その女子の名を聞いても宜しいですかな?」

 

ふと思いついたのか、大御所はジルクと出会ったという女の名前を聞いた。

 

「もちろん!彼女の名前は…黒炭家のひぐらしちゃんだよ。」

 

「ジル公方殿…提案があります。」

 

「?」

 

大御所からの提案は、自由を好むジルクからすれば余り歓迎とは言い難かったが、共に暮らした女を見捨てることなど彼には考えすら及びつかないことであったがため、彼は大御所の、否、"ワノ国"からの申し出を受けることにした。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

ジルクが受けた提案とは、ワノ国の一大名として長期滞在を受け入れてくれるのであれば、ジルクの家臣団や側仕えという名目で黒炭家の残党と女子供の処分を一任するというものであった。

 

無論、いきなり肥沃な地が与えられるわけではなく、元の黒炭家の領地を治めることも半分は部外者であるジルクには難しかった。

 

結果、彼の領地は彼が元より将軍から与えられていた各郷の庵とその周囲一里ほどの土地に定められた。

 

こうして、図らずも彼は一大名としての生活を始めることとなった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

大名ジル公方…の元に奉公という名目で仕えることとなった一応の大罪人黒炭家の一行は、これからの自分たちの処遇に只管に恐怖していた。一族郎党打首、磔、縛り首、悪ければ焼き殺されるかもしれない…そんな彼らの不安は見事に裏切られることとなる。

着の身着のままと風呂敷一つ分の財産だけの携行を許されてジルクの元へやってきた彼らは、新大名として紹介され、彼らの処遇を一任された男ジルクに満面の笑顔で迎えられた。

 

彼をみて最も驚いていたのは今回の一件で鍵を握った女性である黒炭ひぐらしであった。

 

彼女は当時女盛りの美女であり、自分の身分が遊女に堕とされることも覚悟していた。

そして、どれだけの迫害を受けようとも、その復讐を果たしてみせると固く誓っていたのだが、蓋を開けてみれば名ばかりとはいえ大名の、しかも数年前に出会い濃密な時間を過ごした末に雲のように彼女の元から去ったはずの想い人に仕えることとなったのである。

 

彼女は呆然としつつも、彼との再会に素直に喜んだ。

 

何より、話を渋る彼から無理矢理に事の次第を聞いた彼女は嬉しさと安堵の余り泣き出してしまった。

泣き止む頃にはスッカリ男に惚れ直していたのだった。

 

ひぐらしが泣き止んだのを頃合いに、ジルクは大名って何するのかな、とこれからのことを相談し始めた。

 

ひぐらしはそれもそうかと、彼との生活で分かっていたジルクという男の生活力のなさ、不器用さ、そして何より悪意や権力欲、金銭欲とはかけ離れた無垢な存在であることを思い出した。

 

ひぐらしは恩返しが出来るとは考えなかったが、彼がいる間だけは復讐を待ってやろうと思い、愛しの新米大名を献身的に支え始めた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

大名暮らしは決して快適ではなかったが、ジルクとひぐらしは二人三脚で領民…全員が元黒炭家の女子供ばかり…の生活の面倒を見たり、少しずつだが手付かずだった土地を開拓し始めた。

 

順調とはいえない進捗度合いだったが、少なくとも五つの庵を拠点に、少しずつ豊かな生活を送れるようにはなっていった。

 

最初の冬が訪れる時には、食うには困ったが誰一人として死なずに春を迎えることができた。

迫害を覚悟して黒炭の名を名乗ってきた彼らにとって、多少の困難は問題ではなかった。

 

彼らの質素だが落ち着いた生活は、ジル公方という名前の下に庵の周囲一里という範囲でのみ成立していた。

辺境の地という特性は彼らを守っていたと同時に、外界との繋がりがない彼らにとって他の地での黒炭という名前を持つ者への扱いがどのようなものなのか知る術を奪ってしまった。

 

ワノ国でのジルクの生活スタイルが、元から世捨て人に近いものであったことも、外部の情報を取り入れることが難しい環境が構築される原因の一つといえた。

 

更に5年近くの時間を、ジルクは大名として過ごした。

ひぐらしとの間には子供こそ作らなかったが、互いに支え合い、実子の代わりにと黒炭の本家筋に生まれたというまだ幼い男の子を可愛がった。

 

彼の領地は限界ギリギリまで一里という土地を開墾し、比較的安定した生産が出来るようにまで成長していた。

元からの住人が百や二百程度の領内にあって、酷い貧しさと飢えに咽ぶ者は誰一人としていなくなった。

 

皆一様にジルクに深く感謝していた。

彼は日がな一日、子供や女子を可愛がってばかりの大名としての仕事などは全てひぐらしに任せて、ぬくぬくと暮らしていた。

それでも自身の名前を使い黒炭の血を守ることが自らに軽蔑や冷遇を齎すとしても尚それを厭わず、第一に領内に平穏を齎し、彼らに生きる場所を与えたこの男を嫌うものなど誰もいなかった。

 

しかし、お家騒動の頃子供だったもの達は大人に成長し、彼らは外の世界へ出ることを夢に見始めたのである。

 

周囲の大人は迫害を免れることの難しさを理解して、子供達へは外に出ないようにと言い聞かせていたが、狭い社会の閉鎖空間で悪意から守られて育った彼らは、今の質素な生活に満足できなかったのである。

 

ジルクは彼らを止めなかったが、外の世界を恨んだりしてはならない旨を伝えてから彼らの旅を許した。

 

海に守られ、外界から隔てられたワノ国は窮屈であった。

そして、そのワノ国の中にある小さな平穏の地は、尚のこと窮屈であった。

 

世界の全てを知ることが、どれだけの価値を持つのか、ジルクはわからない。

 

わからないのには理由がある。

 

彼は彼なりに愛する女以外の自分を頼りにしてやってきた人々のことも幸せにしようと努力したのだ。

 

だが、しかし、彼の願いというのは尋常の世界では許されざるものであったのかもしれない。

 

結論から言えば、ジルクは黒炭の血を迫害から守り次代に残すことはできた。

 

が、他ならぬ彼らの手によって、正しくは外界との隔たりを窮屈に感じた彼らの手によって大名の立場を追われることとなった。

 

世界の全てではないにしろ、ジルクの領地より外の世界を知った彼らは自由を求めた。

 

そのためには力が必要であると、彼らは考え、それをジルクに求めた。

 

迫害の恨みは結局のところ彼ら若者の純粋を蝕むこととなり、青い正義感と激情に任せて早期にワノ国に黒炭の復権を目論むに至ってしまった。

 

力あるものを仲間にするために、彼らは志を真っ先に恩人であり大名であったジルクに伝えた。

 

しかし、ジルクは断った。

 

「僕は言ったはずだ。恨んではいけないよ、と。」

 

ただそれだけ答えて、彼は早々に家に引っ込んだ。

若い激情に最も火を注ぐのは、否定であった。

たとえ、どれだけの道理が通っていたとしても彼らは若く、そして全能感に満ちていた。

彼らの筆頭は黒炭せみ丸という老人であった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

今から60年以上前、彼はせみ丸始めとした黒炭の復権を目論む過激派の手によりワノ国を追われ、霜月コウ三郎と出会うまでジルクはワノ国に帰ることはなかった。

 

海に出たいというせみ丸達の言葉に疑いを持ったが、彼らが海の外の世界へ見聞を広げて復讐以外の道を探す決意があると言うので、ジルクは海に向かった。

 

結果、昏倒させられて全身に錘を巻きつけられた状態で滝壺に投げ込まれてしまった。しかし、海に身を沈めた彼は、久方ぶりの愛しの男との再会に沸く海の悪魔の手で最寄りの島に打ち上げられて何の問題もなく無事であった。

 

ジルクは生きていたから特にせみ丸達を恨みには思わなかったが、ひぐらしとの離別は悲しかった。

 

同じ時、対するひぐらしはジルクが死んだという偽報を信じ悲しみに臥せっていた。

 

ひぐらしはせみ丸によってジルクの死が将軍家を始めとした一派によるものだと教え込まれ、それを信じた。

 

ジルクの知らぬところで、ひぐらしは過激派に属しワノ国への復讐者へと姿を変えてしまった。

 

この一件からまもなく、せみ丸達は外海へと力を集めるために船出し、ジルクとひぐらしのいない公方領は、突然の事態に驚いたが、親しんでいた領主の不在に不安を抱くこともなく、行動を起こすことはなかった。

舵が壊れているにも関わらず、帆を張ったままでは進むことはできても暗礁を避ける事はできないのと同じように、かの地は少しずつその安定に翳りを見せていった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

再び戻ってきたジルクは、前将軍スキヤキの頼みでその息子おでんの面倒を見ることになった。ジルクは自分が大名であった時の領地がどう変わったのか、以前に霜月コウ三郎と出会った時に目に収めていた。彼の地は荒れ果て、ただジルクの庵が寂しく残るばかりであった。元より守り主ありきの荒野の土地、そこが豊かに育ち、あまつさえ守り主が住むもの達自らの手によって失われたのだ。狼が裸の羊を見逃す道理はなかった。

 

長年に渡り有効な政策を打ち出せなかったワノ国の癌と化していた九里の荒くれ者達、纏まりがなく暴力に物を言わせて人々を脅かす彼らに目をつけられないはずがなかったのだ。

 

暴力に脅かされた公方領を守ってくれるものも、救ってくれる者もワノ国にはいなかった。

そこの住民達が黒炭の血を継ぐもの達だということもあって、人々は大名と将軍の逆鱗に触れることを恐れ、同時に大名殺しの汚穢に触れて自らも汚れることを恐れたのである。

 

逃げてきた人々が、更に激しい迫害に遭うことはなかったが、公方領では感じたことのなかった隠そうともしない疎外感や白眼視を浴びる機会は格段に増え、それは彼らが土地を奪われて生きる術を狭められ、貧しくなればなるほどに多く、そして明け透けになった。

 

もしも黒炭の世になっていれば、立場は逆だったかもしれない。

将軍家が九里を正しく治めていればこうはならなかったかもしれない。

人々の心がもっと聖人じみていて、思いやり深ければこうはならなかったかもしれない。

大名が、民が、農民が、将軍が、公方が、黒炭が、荒くれ者どもが……。

 

 

誰も悪くない、だが正しいものもまた、居ていいはずがなかったのである。

 

 

黒炭家の安息地は失われた。荒くれ者達に奪い尽くされ、残ったのは彼らが辿り着いた時以上に冷たく風が吹く無法の荒野のみだった。ポツンと綺麗なまま遺されていた庵の存在が、痛いほどジルクに自身の存在の特異性と、拭いきれない寂しさを覚えさせた。

涙を流すことはなかったが、ジルクはとても悲しかった。

 

〜〜〜〜〜

 

 

おでんはとても元気な子供だ。

 

僕からすれば子供はみんな同じだ。将軍の子でも大名の子でも、農民の子でも町人の子でも…はたまた天竜人の子でも奴隷の子でも…みんな何も知らないで生まれてくる。

 

何を知るのか、とか。何を知りたいか、とか。そういうことは彼ら自身が大きくなってから考えるために必要なことだし、大きくなってから考えればいいことだ。

 

本当ならね。でも、時々これだと思ったらそこに突き抜けることしかできないやつも出てくるわけで、その子は自分を自分が一番信じていないと生きるのが苦しくなってしまうから難しいと思う。でも、信じられれば、それだけ人生が楽しくなるとも思うんだ。

 

多分、今僕の腕の中で大も小も悪びれることなく漏らしているこの子は将来自分を信じることのできる男になるのだろうね。

 

「おでん様が粗相を〜!!」

 

「あぁっ!なんという豪快な粗相!!公方様お待ちを!今すぐ世話女と物を用意して参りますゆえ!!」

 

「そんなに騒がなくていいよ〜。僕がやるよ。こう見えて結構赤ちゃんと遊ぶのは好きなんだよ。」

 

僕はおでんのおしめを取り替えようとしたが、おしめを広げた瞬間に顔面にまるで海流をもろに受けた時のような圧を感じた。

 

「ひぃぃぃ!!!おでん様っ!何ということを!公方様の御顔にお小水をぶち撒けるなど!!」

 

「………」

 

おしっこだった…咄嗟に口と目を閉じてよかった。

 

「お待たせいたしました!!かたじけない!今代わりますゆえ、公方様は御顔を清められますよう!」

 

やんちゃなおでんに将来彼の周囲がほとほと困り果てるのが想像できたが、それも見守る必要があるだろう。

 

あぁそれと、先日数百年ぶりに僕が餌付けしていたウリボーを探しに山に入ったら、山みたいな大きさの猪に襲われて死ぬかと思った。死ぬわけないんだけどね。

 

すぐに逃げたんだけど、あんまりしつこくてびっくりした。

何となく懐かしい感じだったけど…やっぱり…でもなぁウリボーが何百年も生きていられるもんかな?金色だったとは言え大きさは普通だったし…うーん。ま、いっか。

 

 

 

おでんのやんちゃの面倒を見つつ、頻繁に海を駆け回るジルクの生活に変わりはなかった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

おでんの成長と共に、ジルクが面倒を見る必要性は下がるはずであったが、この男は天下一の侍となる男である。

 

…理由にならなかったが、要するに逆であった。

 

おでんが年を重ねるごとに、彼が尻拭いをする機会は増え、金の催促や飯の用意と…ジルクにあるまじき行為を繰り返していた。

 

彼は天性のヒモである。故に、相手が喜んで養ってくれるのである。

しかし、おでんの場合は違う。やんちゃしすぎて他人に迷惑をかけるのである。

 

流石に何もしないわけにもいかず、おでんのためにと食事くらいは用意してやっていた。彼自身が宵越しどころか貨幣を持たない男だったので、金は貸せなかったが…。

 

因みにジルクはと言うと、当時は遊郭を生活の場としていたため遊郭公方様と呼ばれており、三食昼寝付き、三時のお茶付き、夜伽付き、花魁付きの…彼曰くマリージョア以上の「大変健康な生活」だったそうな…。

 

その話は置いといて、彼がおでんの尻拭いで多忙になったのは事実であった。花魁のお姉さん方に可愛がられて1日が終わるくらいに有意義な毎日を送る彼とて、決して働きたくないわけではなかったが、さすがにおでんの尻拭いは大変億劫であった。

 

ジルクが顔を見せて頭を下げれば大抵の問題は片付いたが、おでんの持ってくるトラブルはその程度で消せる程度のボヤではなく大火事ばかりであった。

 

もちろん、おでんは本当に大火事を持ってきたし、ついでに洪水も持ってきた。彼からしてみれば、頭を下げても何ともならないならば、彼があと下げられるものと言えば力を振り下ろすくらいしかなかったので、面倒極まりなかった。

 

しかし、彼の願いが聞き届けられることはなく、不本意ながらもジルクは何百年もの時間の間に感覚にまで染み込んだ悪魔の実の力を使って、大火事ならば海の水をこれでもかと蒸発させて強引に雨雲を作って大雨を都中に丸一日降らせて鎮火させ、洪水ならば都を飲み込む前に水達をその場で止まらせ、落ち着いたところでジルクが先頭に立ち余裕のある川や湖まで率いていき、堤防が戻るまではそこに滞在させることで、無事ことなきを得た。

 

他にも山ほどあるが、毎度毎度拗れさせる方が遥かに難しいことすら最も容易く拗らせては本当に困ったことになるので、ジルクも呆れ半分感心半分の心境であった。

 

この間、ジルクは踊りで食べていこうとする二人の少年を拾った。拾った二人の兄の方に話を聞けば、二人の境遇は中々に貧しく、稼ごうにも子供二人の拙い芸に金を払ってくれる人は少なく、飢えに苦しむ日々だったらしい。

 

彼にとって金とは食べることもできないよく分からないものだった。光るものも紙のようなものもあるが、どれも食べられなかった。故に、集めようとしたこともなかったし、どうやって増やすのか、またどうやって使うのが正しいのかもわからないで生きてきた。それはある意味幸福なことであるが、そんな彼に、彼のことが可愛くて仕方がない方々はこぞってお金を与えたがった。

 

話が逸れたが、当時の彼はほぼ毎日遊郭のお姉様方からお小遣いをもらっており、都にある遊郭からだけで月に一万銀は下らない現金や両替札が収入になっていた。遊郭の数は都が一番多いが、他の郷の遊郭も含めれば彼の小遣いは一財産と言えた。

 

ある日彼はいつも寝起きしている都一の遊郭の、これまた最高級花魁に当てがわれている部屋…部屋というより御殿だったが…の窓から都の道をゆく人々の姿を呆っと眺めていた。

 

昨夜は、花魁の証である櫛も簪も外して髪を下ろした姿の花魁を、一人の女として愛したので少しセンチメンタル…というわけなどではない。

簡単な話、互いに愛故に盛り上がりすぎて一睡も出来ず夜通し交わってしまったのである。

花魁のお姉さんは今日のお仕事はお休みらしい。だが心配はいらない。

最近のジルクは自分の獣欲で仕事が出来ぬほどに伸びてしまった遊郭の愛いお姉さん方のために彼女らの稼ぎを小遣いで補填する、というお金の使い方を学んだのだ。

だが、それでも小遣いはまっったくなくなる気配がなかった。

全く不思議なことにワノ国が栄えれば栄えるほど、何故かジルクの懐に入る「お小遣い」の額は増えていくのだった…。

 

何の裏もない話ゆえに真相など探す意味もないのだが、敢えて言うなればジルクは遊郭という女社会に対する特効持ちであったとしか言わざるを得ない…。

 

そんなジルクが見下ろす先には都の通路が通っており、多種多様な人が大きな流れを作っていた。

 

欲望や利益、損や得といったものが都の大路の両脇には所狭しと敷き詰められている。生きるためなのだから当たり前だ。ジルクは泥臭い活気が匂い立つような、都の日常が好ましかった。あったかいというよりは暑苦しいが似合う国だが、それが何よりだった。

 

しかし、そんな国にも暑ければ暑いだけに日陰となると芯まで凍る冷たさがあった。

 

その日、ジルクの目にとまった理由もまた、そんな温度差が目についたからなのだろう。

 

覚えたての踊りを、押し合いへし合いの大路の端の端で披露する幼い子供を背負った少年。

 

その少年に気を止めるものはいない。寧ろ迷惑とばかりに眉を顰める大人たち。

 

ジルクは気がつけば少年の前に立っていた。

 

ジルクもわからないが、この二人組が大人の人波に呑まれてしまったら、見失ったら、二度と手が届かなくなる気がしたのである。

 

誰かの元へ行ってしまうからなのか、もう会えなくなってしまうからなのか…それは知りようがなかった。

 

だが、後からあの部屋の花魁に聞いたところによると、ジルクは遊郭の最上階の窓から躊躇なく飛び降りると、いつもの姿からは想像がつかないような脚力で大路を駆け抜けて、例の二人組の元へ駆けつけたらしい。

 

その勢いたるや、性愛の心地よい疲労に満たされていた花魁の女が驚きに飛び起きる程だったというのだ。

 

ジルクは結局二人を連れて帰った。背負っていたのは弟らしく、兄である少年の手をジルクが引いて遊郭まで連れ帰った。

 

遊郭に着くと、ジルクの突然の行動に心配したお姉さん方がゾロゾロゾロゾロゾロロノアゾロ…最上階で寝ていたはずの花魁達まで一階に降りてくる始末であった。滅多に見ることのできない花魁達の姿を目に収めた幸運な男達は、後日見物代を請求されるのであるが、それはまた別のお話。

 

姉さん方大集合から間も無く、ジルクは全く威圧感のない10分ほどの説教を経て、例の兄弟と一緒に風呂に入っていた。

 

10分の説教の前、ジルクは急いで近場の遊郭御用達の茶屋に向かい、そこから腹にたまりすぐ食べられる菓子の類を買い上げると皿に山盛りにした。

見栄えなど気にせず二人の前にドンと積み上げると、「食べるんだぞ!」とほんのり強めに…「メッ!」程度の…威圧感を込めて言い聞かせた。

 

10分の説教とはいっても実質は1分間にも満たず、文字通りの「メッ!」程度で終わり、早々にジルクの体に怪我がないのか点検と称する、お姉さん達による逆お触りタイムであったことは内緒である。

 

この間、やはり二人は目の前に積み上げられた見たこともない高価な食べ物…ましてや甘いものなど口にしたことどころか見たことも数えるほどである…に対して手を出せずにいた。

 

そんな彼らを見かねたお姉さん方は、「公方様のお菓子が食べられないだなんて!貴方達、後で無礼討ちされちゃうかもしれないわよ!!」と迫真の演技でジルクを援護。

 

無礼討ちと聞いて血相を変えてお菓子を頬張りだした二人に、してやったりと微笑むお姉さん方。

 

兄弟が初めて食べる特上の甘味は、彼らから出た涙のせいで幾分塩辛いものとなった。

 

腹を満たした二人を連れて、所々に紅やらが付いたままにジルクは風呂場に向かった。

 

公衆浴場ではなく遊女のために遊郭に備え付けられた、少し大きい程度の檜風呂である。

 

二人からすれば金がなかったものだから、梳るのが精一杯だった。偶の行水は運がいい方で、温かい風呂など初めてである。

 

はしゃぐ二人を咎めることもなく、風呂場で遊び疲れた弟の方が眠るまでジルクは黙って見守っていた。

 

風呂から上がった二人に新しい着物を買ってやろうとしたが、時間帯はそろそろ夕方、遊郭に服はあるにはあるが、彼らのサイズにあるものはコマ使いの女の子用くらいしかない。

 

これでもいいか?とジルクが問うと、先ほどまで船を漕いでいた二人の目の色が変わり、身を乗り出して是非着せて欲しいと言い出した。

 

二人がいいならジルクが断る理由はなかった。着付けの仕方なんて知らないジルクは、近くにいた女中に頼んで二人に着物を着せた。

 

二人が着たがったのが納得できるくらいには、似合っていた。

 

とても似合っているな、という旨を伝えると喜んでもらえたようである。

 

夕飯を今日1日で一番がっちり摂らせると、二人は安心と満腹と疲労とですぐさま眠りについてしまった。

 

二人ともジルクの膝の上で食事を摂らせたのだが、食後はそのままジルクにしがみついて眠ってしまった。

 

ジルクはその見た目からは想像もつかない程度の怪力だ。

体に巻きつく腕と脚に、体の動きが不自由になることはなかったが、起こしてしまわないようにとぎこちなく抜き差し差し足で寝室まで向かって眠った。

 

二人の少年はすくすくと育っていった。この兄弟を育てることに自分の金を使い始めたジルクだったが、それでも彼の小遣いという名の財産はまっっっったく減った様子を見せない。

 

 

次に会ったのは巷で噂の頓知小僧…というのはジルクの勝手な印象で、傳ジローというみなしごの少年であった。

 

都にもみなしごは沢山いる。

 

世界中の海と、そこに存在する無数の国に行ったことがあるジルクだったが、みなしごのいない国など見たことがなかった。

 

そんなジルクがこの傳ジローと出会ったのは、ジルクが彼の口車に乗せられてお金をちょろまかされているところに、先日拾った兄弟…兄はイゾウ、弟は菊の丞というらしい…が駆けつけて、彼を遊郭にまで連行してしまったからである。

 

ジルクからすると、こんなキラキラ欲しけりゃくれてやる、というのが本音だったが、イゾウと菊の表情はかなりの立腹を表しており、茶々を入れるつもりもなかった。

 

しかし、流石に遊郭の用心棒までジルクの名前を使って呼び出すのはどうかと思ったので、彼は用心棒に迷惑をかけたと謝罪しつつ近くにあった酒屋から一升買うと、用心棒にそれを押し付け帰ってもらい、小さくなっていた傳ジローとそれに睨みを効かせる兄弟に向き合った。

 

「ほれ」

 

傳ジローにいくら欲しいのか聞いたジルクに、傳ジローは色々と理由をあげ連ねてきたが、中々額を言わないでいた。

 

結局無難な金額を口にした傳ジローに、ジルクは手持ちの財布と、護身用にと渡された刀、上着に履物まで…褌以外の全てを脱いで彼に押し付けると、「今の僕が君にしてやれることはこれが全てだ。僕は偽善者位にはなれそうだから…裸になっても恥ずかしくないと誇れる…僕は僕ができることをするよ。また困ったらココにくるといい。」と伝えて、兄弟をつれて遊郭の中へ引っ込んでしまった。

 

大路のど真ん中、遊郭の真前でのジルクの行動に周囲の人は唖然、兄弟と傳ジローは琴線に触れたのか終始目を輝かせていた。

 

ジルクは風邪を引いた。

 

 

次の日から、傳ジローに親分呼ばわりされるようになったジルク。

満更でもなかったので、彼を子分として正式に雇うことにして、先に拾った兄弟はジルクの世話をする小間使いとして雇うことになった。

 

実際は、遊郭で寝起きしている彼の身の回りの世話はお姉様方が我先にという状態だったので、仕事はなかった。

これでは流石に周囲も、誰よりも彼らが納得しなかった。

議論の末、兄弟には外出の時の荷物持ちを任せるのは勿論のこと、元々の道である踊りや芸を磨かせたり、傳ジローにはジルク専属の用心棒として雇い、最近の都や郷の噂や流行りを教えてもらうことにしたのだった。

 

 

だが、それでもまだまだジルクの小遣いは無くなる様子がなかった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

時に、おでんは何をしているのか?という素朴な疑問に、ジルクは突然の不安に襲われた。

 

おかしい、僕の周りではこれだけ変化が起きているのに、おでんが騒ぎを起こしていないなんて…と。

 

静けさは嵐の前ならではであるとは、よく言ったものである。

 

不安に駆られたジルクは留守を頼んで一人山へ向かった。

 

明らかに都が静かであるということは、おでんは他の郷か、山にいるはずである。

 

そして、他の郷からの苦情が来ていないということは、十中八九山の中。ジルクの予想は半分あたり、半分間違いであった。

 

トラブルの原因が山の中にいるのは正解。

 

おでんが山の中にいるというのは不正解であった。

 

ジルクの予想は的を得ていたが、こういう時に限っておでんは珍しく都で気まぐれにも静かに過ごしていた。

 

結果、ジルクは赤褌一丁の男と出会した。

 

男はジルクにとって懐かしの存在である金のウリボーが包まれた袋を持っており明らかに怪しかったが、遠くに聞こえた獣の尋常らしからぬ叫びにジルクは特大のトラブルに自ら頭を突き込んだことを悟った。

 

男の名前は錦えもんというらしく、何でもウリボーで一攫千金を狙っていたらしい。

 

こいつとんでもないなと感じつつも、まぁ確かに金の猪なんて珍しい方か…と納得して、一先ずは自己紹介が終わった。

 

錦えもんは雄叫びの聞こえてきた方向に焦りを見せており、話を聞くに彼も所謂ヒモという奴らしい。

 

だが、ジルクからすれば実にけしからんことに、この錦えもんとかいうダメ男は、自分に尽くしてくれる女の懐から金を盗むだけでなく、何度となく庇って貰っても懲りる気配がなく、あまつさえ勝手に作った借金を彼女の金でどうにかしようとしていたらしい。

 

なんて野郎だ!ヒモの風上にもおけないヒモ以下のヒモ野郎だ!!ヒモの仁義に悖るヒモにあるまじきヒモだ!!

 

と、そこまでジルクが怒ることはなかったが、彼は「だめじゃないか!ぷんぷん!」と彼なりにかなり怒っていた。

 

だが、どうしてそこにウリボーが?そんな疑問は、彼が自分からどんな時も自分の味方でいてくれた女に、自分なりに報いようとしていたのだと語ってくれたことで解消された。

 

お前ぇ、ちゃんとヒモしてんじゃん…。立派なヒモじゃねぇか!見直したぜ!それならヒモでも仕方ねぇな!

 

と、ジルクが考える訳かなかったが、「えらいねー」と彼なりに錦えもんのことを見直していた。

 

身の上話を巧みに聞き出していたジルクと、巧みに聞き出されていた錦えもんの元に、人の悲鳴が混じった野獣の雄叫びが、先ほど以上の大音量で響いてきたことで、二人の危機感はいよいよ高まっていた。

 

錦えもんは愛する女であるお鶴の身の安全を確保したいという気持ちと、一攫千金のチャンスをものにして彼女に報いたいという思いに挟まれて冷静な判断と早急な行動を取れずにいた。

 

そして、先ほどまで彼の身の上話を聞いていたジルクには彼のその感情がよくわかってしまった。

 

「自分の愛する誰かと、腹にもたまらないキラキラ…どっちが大事なのか簡単にわかるはずだよ。僕がその金ピカウリボーをどうにかするから、君は女の子の安全を守ってから駆けつけてくれたらいいよ。」

 

ジルクの提案に頷く錦えもんだったが、彼は同時にどうして手を貸してくれるのか、本当に大丈夫なのか聞かずにいられなかった。

 

「僕にも大事な人がいて、彼女達は都にもいるんだ。それに、いつもいつも面倒ごとを日替わり定食ばりに持ってくる奴もいてね。慣れっこなんだ。だから心配しなくていいよ。」

 

その言葉を合図に、互いの無事を祈った二人はそれぞれの目的地に駆け出した。

 

ヒモという繋がりが、彼らを出会わせたのかもしれない…

 

 

 

 

…なんてことはない。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

ジルクは悲鳴が聞こえて来る方向に一直線に進んだ。

近づくほどに悲鳴の数も大きさも加速度的に悪化していった。

 

都に辿り着いてみれば、彼方此方で火の手が上がっており、大きな何かが鏃のように都に食い込んでいた。

 

その大きな何かは猪であった。どこか何時ぞやに餌付けしたウリボーと似ているように感じたジルクだったが、今はそれどころではなかった。

 

大猪の進行方向には城も遊郭もあったからだ。

昨日今日の付き合いとはいえ、せっかくできた子分達を見捨てるというのは違う気がしたのだ。なんかやな感じ、というやつである。

 

ジルクはため息を一つ零してから、背中に金のウリボーを背負って山のような猪の元へと駆け出した。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

同時刻、何故か問題を起こさなかった不気味なほど大人しいおでんの様子に、彼の監視を将軍スキヤキに仰せつかっていたもの達は寒気が止まらなかった。

 

「なんだなんだ、明日か明後日か…もしくは来月か?ワノ国に厄災でも降り掛かろうっていうのか?」

 

「あのおでん様が落ち着き払っていらっしゃる。これは槍が振ったとしてもその程度で済んで安心の域だぞ。」

 

彼らは不安こそあったが、今日という安息日が生まれたことに安堵していた。よかったよかった、今日は安心して過ごせそうだ。茶屋にでも行くのもいいかもしれないな…とそんな会話が盛り上がってきた時。

 

「何か都が騒がしいな!ちょいと観てくる!じゃ!」

 

おでんは火の手が上がり祭り時より騒がしい都の異変を今日の退屈しのぎの具材と煮込んだらしく、家臣があっけに取られているうちに屋根と屋根を飛び移って行ってしまった。

 

「「やっぱりな!嫌な予感がしてたんだ〜〜〜!!」」

 

「お待ちくだされ!おでん様ぁーーー!!!」

 

「はっ⁉︎速すぎる⁉︎追いつけぬ!み、見失ってしまった…」

 

安息日などなかったことに絶望するまもなく、彼らはおでんを追うのであったが、元より人間の範疇から外れた彼を追いかけ回せるほどの武士がいる訳もなく、数十秒で見失ってしまった。

 

問題を起こす前に追いかけて止めよう!としたところで、彼らの微かな望みを打ち砕くような町人達の悲鳴とおでんの雄叫びが響き渡った。

涙目で目を見合わせた彼らは、減俸覚悟で将軍へことの次第を伝えに行くのだった。

 

 

さて家臣の心を打ち砕いたおでんはというと、赤ん坊の頃より世話になっている元大名ことジル公方が、金のウリボーを背負いながら大猪を追いかけているのを見つけ、面白そうだと彼に並走し始めた。

 

「公方殿!最近は顔を見ていなかったから心配したぞ!だが元気そうで何よりだ!さてさて今度はどんな面白きことに興じておられるのか!大猪との追いかけっことは貴殿も剛毅だな!」

 

突然現れたおでんの姿にジルクは困惑したが、彼の登場でもはや事態の収束は困難と悟ったジルクはおでんに事情を話した。この男が関わって仕舞えば、難なくまとまる話も決裂しかねない。何より大猪というイレギュラー、これは間違いなく都半壊も覚悟しなければ、と一人覚悟を決めていた。

 

「おでん!このウリボーにも何かあるみたいなんだけど、大猪がどうして怒っているかわからないんだ!」

 

…忘れていたが、ジルクも相当に緩い人間である。ことの仔細など把握しているはずもなかった。

 

「何と!真か?では何とかしてどうにかせねばならぬ⁉︎」

 

「そ、そうだよね何とかなるように何とかしなきゃ!」

 

「しかし、何をするのに何とすれば良いのか考えねばな!」

 

「そ、そうだねまずは誰か知ってる人がいないか聞いてみるよ!」

 

ジルクは決して聖人ではない。しかし、そんな彼が人間トラブル大量生産工場であるおでんの尻拭いを気が進まずとも十年以上こなして来れたのには、それなりの理由が有る。

 

その理由の第一が、豪快で窮屈を嫌うおでんの豪放磊落な所が、穏やかであまり小さなことを気にしないジルクの人柄と一見対立するように見えて相性が良かったからである。

 

故に、今回もまずまずの滑り出しで早急に対応を開始することができたのだ。

 

ジルクは逃げ惑う人々を捕まえては、この金のウリボーが何か知らないか、あの大きな猪は何なのか知らないか、と聞き込みを始めた。

 

しかし、混乱状態の都ではっきりと答えてくれるものなどなく、皆逃げるのに必死であったため、ジルクは一度おでんと共に遊郭へ先回りして女達と子分達を非難させることにした。

 

遊郭についてみれば、皆無事であった。

しかし、ジルク達とは別の方向から遊郭へ戻ってきた様子の傳ジローだけは血相を変えてジルクへ詰め寄ってきたのだ。

 

「錦さんから何があったのかは聞きました!親分!金のウリボーを早く大猪に返さなきゃ都がめちゃくちゃになっちまいますよ!!」

 

必死の形相で少し話が飛び飛びだが、おでんとジルクは顔を合わせてどういうことだか理解したようだった。

 

またこれも初耳であったが、あの時の褌一丁男錦えもんと子分の傳ジローは顔見知りのようだった。

 

「何はともあれ、あの大猪が探しているのは金のウリボーらしい。」

 

「それがわかれば何とかなりそうだね。」

 

一気に落ち着く二人の様子に周りは驚いていたが、傳ジローの「あれは山の神といって…!!」という言葉以降の内容が彼らの耳に届いていないと気づいているのは半泣きの傳ジローのみである。

 

さてさて、やるべきことがわかった二人は早速大猪の元へと向かう。火の手は広がりを見せ始めていたが、ジルクは早々に都の空に雨雲を立ち込めさせ、おでんは刀を抜き放った。

 

もともと荒事など不得意なジルクだが、今回ばかりは多少の無理は仕方なしと、ウリボーを担いで大猪の前へ回り込んだ。

 

「ウリボーは帰すから、君も山にお帰り。」

 

大猪の瞳がジルクを捉えた。それを見計った彼は、止まる気配のない大猪へ穏やかにそう告げた。

 

遠目で野次馬根性を働かせていた傳ジローやいつの間にか満身創痍で大猪に縋り付いていた錦えもんは、ジルクの行動に彼の死を幻視したが、それは所詮は幻に過ぎなかった。

 

ジルクの顔が大猪の記憶と結びついたのだ。

 

フゴッ!フゴッ!

 

突然の急停止に錦えもんは前方に飛ばされて地面に受け止められた。

2回ほど鼻を鳴らした山の神こと旧名キュウリはジルクから金のウリボーを受け取ってから彼に甘え始めた。

 

人々は目を疑ったが、どうやら問題はなかったようだと安心し切った所にあの男の姿が見えないことに戦慄が走った。

 

案の定というかトドメの一撃とばかりに、大猪が突進を取りやめて急停止するとは流石に予想していなかったおでんが、ジルクに衝突する前に斬り伏せようと放った斬撃が山の神に直撃……は、せずにウリボーとの数百年来の再会を喜んでいたジルクへと直撃した。

 

ジルクは両断され無かったものの、不意打ちの衝撃波に立って居られなくなり、山の神は彼を受け止める構図となり逃れられず、一人と一頭は都の空へと斬り飛ばされてしまった。

 

ジルクが盾となったことで怪我のなかった山の神だが、巨大な彼が空を切る速度で放物線を描けば着地点がどうなるかなど一目瞭然であった。

 

ボンッ!!!ガラガラガラっ!

 

「「ギャーーーーーッ!!!山の神が降ってきた〜!!」」

 

爆発音に似た衝撃波を生み出しながら、山の神は城の天守に突き刺さった。

 

「公方様っ!!こ、これはっ、何事でござるか!?」

 

突然の脅威に泡を吹く重臣と、冷や汗で濡れた将軍スキヤキ。

 

場所どころか、タイミングまで最悪なことに、丁度おでんの処遇をどうするのかという議論だったらしい。

 

「えっと…ごめんね。」

 

ジルクのあっさりとした謝罪に怒る暇もなく、事態を飲み込めない重臣達と将軍スキヤキはおでんを城に呼び寄せた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「此度の失態、並びに今日までの目に余る悪行の数々は止まるところを知らず、此処に将軍跡目光月おでんを絶縁とする!!」

 

スキヤキの苦渋の決断は、重臣達からは歓迎を以って、治りかけていた騒動を広げたという実情はともかくとして都を脅かした大猪を、おでんが派手に退治した様に見えた民衆からは不服を以って迎えられた。

 

当の本人はというと、「“将軍殿”もとい“花の都”が自身を持て余しただけの事。それより、ジル公方殿まで都を追放されるとは、公方殿も中々に持て余されておったのですな!!」

 

と反省の色はなく、寧ろ山の神と一緒に突っ込んだということで重臣達からは犯人だと疑われ、錦えもんから預かった金のウリボーを背負って町を駆けていた姿を多くのものが見ていた事も証拠とされて、更には遊郭の遊女の愛を独り占めにしているとの妬み嫉みも積み重なって、おでんと共に都追放に処されたジルクを心配する始末であった。

 

今回ばかりはおでんのせいでもない…ことも無いのだが、少なくとも彼は都で大人しくしていたのだから責める事もできず、また彼もいつもの調子で誰かのことを一人としても悪く思ってもいなかったので粛々とおでんと共に都を出たのだった。

 

行く宛はなかったが、元よりそう言う暮らしが本分のジルクと、広い世界に夢見る自由な冒険野郎おでんの二人に今後の不安は無かった。とどのつまり、二人はそこそこ通じ合いながら、何だかんだと言いながらも共同生活と相成ったのであった。

 

余談ではあるが、二人の都追放のお触れを聞いた錦えもんと傳ジロー、ジルクが絶賛子育て中だった兄弟はというと、都中の遊郭からジルクが餞別として貰った「お小遣い」がいよいよ荷台三つになったことに目をつけて、其々を引く人足に名乗りを上げてちゃっかりお供していたのだった。

 

またまた余談であるが、遊郭のお姉さん方のジルクが居ないことへの寂しがり様は相当で、住所の定まらない仮家にすら一月に何百通と恋文が届いたとか…また、これとは逆に、うちの郷の遊郭なら何時でも歓迎だから待ってるよ、という旨のお誘いの文も毎月届いたそうだから、ジルクのその人気ぶり――摩訶不思議なことに美女美男限定ではあるが――に「ハーレムの乱」を起こした事もあるおでんも、流石に目を白黒させたという。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

生活の滑り出しは順調といえば順調であった。

住処はジルクの庵を拠点に、彼自身は金があるのに興味も持たず、気が向けば狩りに行ってその日の糧を得るといった異様な生活だったが、それでも六人は楽しげに山の暮らしを満喫していた。

 

彼らは出会いをこの先も重ねることとなるが、それはまだ先のことである…。




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