――8日目:黒竜山脈、旧グリムファング城塞跡
長らく忘れてた。
子供の頃、庭木に毛虫がいっぱい出た。
駆除しなきゃって、親が言ってて。
お手伝いのつもりで……毛虫を一匹一匹、小枝で落としては踏みつぶして。目に着くのは全部殺した。
なんとも思わず殺して殺して殺して。
空が暗くなってきた時、自分が殺した大量の毛虫の死骸を地面に見て。
すごくイヤな気分になった。
親は褒めてくれたけど。
それでもイヤな気分は消えなくて。
どうしてイヤな気分なのかすら、わからなかった。
その、かなり後。
中学だったか高校だったか。
学校でネズミの解剖をした。
割とハイテンションで解剖して。
残骸を変な形にして遊んだりして。
授業の終わる頃、残骸を見て……イヤな気分になった。
毛虫を殺した時と同じ気分。
「アルマちゃん?」
「…………」
罪悪感じゃない。
毛虫やネズミに、思い入れはない。
かわいそうとは感じてないし、裁かれたいとも思わない。
ただ“イヤな気分”になる。
“殺し”への忌避感だろうか。
何かを殺したり、過剰にいたぶったりすると……これを味わうのだと思った。いずれ馴れるか、あるいは自傷癖みたいに悪い意味でクセになるのか。世間を見てると、どっちもありそうだったけど。
ぬるい生き方をしてた自分は、その“イヤな気分”を二回程度しか味わってない。
実際、何かの生死に深く関わったのは、あの二回程度。
近しい人が死んでも、手を下したわけじゃないからか、何も感じなかった。
哀しさもイマイチわからなかった以上、そういう感覚は鈍いのかなと思っていたけれど。
「れれー? 魔物は?」
「とりあえず魔法で突き落としたよ」
「なんだ倒したなら、急ぐ意味もなかったな」
目の前で落ちていった骸骨を見て、あのイヤな気分を味わってる。
こっちに来た時に転がってた大量の死体は……びっくりはしたけど、平気だった。
目の前で殺された元ダンナにも、何も感じなかった。
結局のところ、この世界に対して実感なんて、最初からなかったのか。
日本語でしゃべるあの骸骨だけ、異様に気持ち悪い。ゴブリンやオーガも、生きてるのを見てないから知らないだけで……実際は日本語をしゃべってたのかな。
どれだけ愛着が無いって言っても、本当は前の世界に執着して、囚われて、地に足つけてたんだろか。
この体も、他の人も、この世界のものに現実味がない。
全部他人事。
前の現実以上にフワフワだから、浮遊魔法が使えるのかな……
「で、アルマちゃんはどーしたっすか?」
「さっきから、心ここにあらずなんだよねぇ。スケルトンがそんなに怖かったかなぁ」
「ゴブリンに輪姦された上、夫を殺そうとした女が、スケルトンで怖気づくとは思えんがな」
ほら。
周りで何か言ってても、ゲームのキャラのセリフにしか聞こえないし。
「おい」
でも、前の世界でそんな真面目に生きてたわけが、ない。
この世界はそれ以上に生きるつもりもない、ただのおまけゲームみたいなもの。
ボーナスでもない、ただの隠しダンジョン。
だから、あんまりイヤな気分を味わうくらいなら。
「おい」
あの骸骨のように階段から飛び降りて。
苦しんでた骸骨の人みたいに。
そのまま、砕け死んでしまった方が――
「いだーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
いたいいたいたい!
首が!
奴隷のアレが!
いきなり何すんの!
「返事をしろ」
「な、なんですか、ルーネ様!」
振り向いた瞬間。
「フン」
ドン、と尻を蹴られた。
前に軽く、吹き飛ばされる。
「え?」
目の前は手すりのない、螺旋階段。
下はあの骸骨が落ちて行った闇。
「ええええ!?」
落ち――
「死にそうな顔をしていた割りには元気だな」
「ちょ、あぶ、おち、落ちる!」
ルーネ様が腕を掴んだけど。
ちょ、まずいって!
腕力ないんだから! 捕まってられない!
肩で体、持ち上げられない!
落ちる!
むしろ肩の関節抜けそう!
落ちちゃう!
「落ちたそうな顔をしていたろうが」
「だだだからって!」
蹴るか!?
落とすか!?
「面倒をかけるな」
「ルーネ!?」
「お嬢様!?」
え? なんで二人してそんな声?
あれ。目の前にルーネ様いるのに二人の姿が消えて、なんか下から風が。
「は?」
ちょ、まさか。
「足元に気をつけておけ」
「落ちてるうううううううううううううううう!!!!」
ぐしゃっ。
べきべき。
私は死んだ、スイーツ。
「やはり、たいした高さではないな」
生きてたわ。
床の上に立ってる。
足元、べきべき音鳴ってる……インドア派ゆえ骨折したことないんだけど、もしやこれが骨折では。
「……なんか、バキバキ音しましたけど、脚折れてません?」
「落ちていた骨を踏み砕いただけだ」
もしかしなくても、それってさっきの骸骨では……。
「そ、そうなんですか。本当ですよね? 足痺れてわからないんですけど、本当に脚折れてません?」
じゃなくても、あの鉤爪とか刺さったり、足に噛みつかれたりしてないだろな。
真っ暗だし、足ジンジンしてるから、さっぱりわかんないんだよ!
「骨折は、奴隷の刻印で逐一大騒ぎする貴様には耐えられん痛みだぞ」
「えええ……だったらなんで飛び降りたんですか!」
「貴様が落ちたそうな顔をしていたからだ」
「だからって、本当に飛び降りるとか!」
「たいした高さではなかったからな」
ルーネ様は兜の暗視で見えてても、こっちは真っ暗でこわかったんだよ!
「百歩譲って突き落とすならわかりますけど、なんで一緒に落ちてんですか!」
「階段より早いし、下に魔物がいるかもしれんからな」
「ええぇ……」
だんだん明るくなってくる。
明かりを持って二人が降りてきたのだ。
普通に、螺旋階段で。
「大丈夫っすか」
「高さから見て床が崩れる心配はないと思うけど……いきなり、どうしたんだい」
もっと言ってやってください。
「なんで階段から下りずに飛び降りなきゃいけないんですか……」
「こんな低い床に飛び降りて死ねると、貴様が勘違いしていたからだ」
はぁ?
だからなんでだよ。
「ああ。やっぱ、そーだったんすね。こう暗いと、お嬢様みたいには察せられないもんで」
「えっ?」
「んん?」
よかった。シオン様はこっち側ですね。
「つーか、それって、あたしがお嬢様にしたののパクリっすよね?」
「あの時のミナは、私も始末して遺産を持ち去るつもりではなかったのか?」
「めっそーもない。心を鬼にしての一芝居っす」
「……ま、あれで前に進めたことは間違いないが」
そこで内輪話になるの?
「あ、あのー」
なんなのかサッパリなんだけど。
「おっと。そんな昔の話はどーでもよかったっすね。よーするに……こーゆーことっすよ」
うわミナ様、めっちゃ手際よくナイフ抜いた。
え?
うぇ?
「あびゃ!」
あぶあぶあぶあぶないな!
頭の上ヒュンって通ったんだけど!
ナイフが!
刃物が!
そのナイフめっちゃ切れるって、道中見せてもらってるんですけど!
しゃがむの遅れてたら、バッサリじゃないの!
「やっぱそーっすね」
「わかっただろう?」
「いやいや、わかんないよ!」
「ぜんぜんわかりませんよ!」
うぇーん、シオン様たつけて!
シオン様に駆け寄って隠れる!
一瞬でナイフを鞘に戻したミナ様、フツーに怖いよ!
「さんざん死ぬのはいいとか言っておいて、見苦しく足掻くではないか」
「そーそー、今のも動かずいれば、スパーッと喉掻っ切ってたっすよ。サックリ死んでおしまいっすよ」
「こわいのもヤですよ!」
精神的に痛いのも、痛いの内なんだよ!
精神的慰謝料を要求したい!
「あんな大振りで正面からの遅いナイフなんて、誰でも避けられるっすよ」
「当たったらどうするんですか!」
「アルマちゃん死にたいそうだし、しっかりトドメ刺したげるっす」
「いきなりやることじゃないでしょ!」
「貴様はいきなり死のうとしていたように見えたが」
ぎぎぎ。
お、思っただけで実行してねーし!
「ま、奴隷ってのは所持品。これはわかるっすよね?」
「わからなくはないですが……」
「私の奴隷は、私の許可なく死んではならん。私の財産を盗むに等しいからな。わかるか?」
「だったら飛び降りたり、切りつけたりしないでくださいよ!」
なんでそこで肩すくめて、二人してヤレヤレのポーズなの!?
「ああ、そういうことか。なるほどねぇ」
え。シオン様?
何を納得してんの?
「この残骸が先刻のスケルトンで間違いないか?」
なんか私の話、置いてけぼりでルーネ様が頭蓋骨の残骸をベキベキ踏みつぶしてる。
「そうだね。あちこち形が歪んでるし、手も明らかに人骨じゃない。真新しいスケルトンの残骸だよ」
「あの程度の高さで落ちて、衝撃で崩壊か……戦った経験はないが、ここまで脆いのか?」
「スケルトンだからねぇ。攻撃力はあるけど、耐久力は皆無に等しいのさ」
え、私のこと、ホントにおいてけぼり?
「そして、これだけ騒いでも追加の魔物は出てこん。動き回る魔物は、このスケルトンだけだったようだな」
「何百年もスケルトン一匹が活動続けるとは思えないし、ごく最近“自然発生”したんだろうね」
「他にも部屋の中とかは、魔物が湧いてる可能性あるっすか」
「あるけど……数百年も動ける魔物なんて限られるからね。罠も見当たらなかった以上、大丈夫だと思いたいな」
「では、一階部分の探索に行くとするか」
「アルマちゃん、ランタン持って。さっきと同じ隊列で行くよ」
「今度はあんまり距離置かずついてくから、安心しとくっすよ」
「――うぅ」
結局あの飛び降りと切りつけはなんだったの?
二人してサイコパスなの?
シオン様も何、納得してんの?
「ひゃっ♡」
しかもすぐシオン様、お尻掴んできて、アナルを弄ってきてるし……!
「ま、この城塞の中を調べたら、ここで一泊予定っすから。アルマちゃんは今夜も期待して待ってりゃいいっすよ♪」
「言っておくが、先に使うのは私だからな」
「…………は、はい」
うう、そんな言葉に釣られて、体の芯がじんじんし始めてる……。
シオン様がアナルの窄みを指で撫でてくるせいで、前まで反応し始めてるよぉ。
「ここの調査で術を温存できたら……またアレでシてあげるよ」
「っ♡」
耳元に囁かれた。
短い社畜生活時代より、意味不明かつ理不尽な目に合ってるけど。
エロい体になって、エロい人らに囲まれてるんだし。
ちょっと元気になった。
少なくとも、イヤな気分は……なくなったかな。
エロほとんどなくてすみません。
ちょっと前向きになる展開入れたかったので。
別に最終回でもありません。
ルーネ様なりに、情緒不安定な奴隷を元気づけたつもり。
かつて家族皆殺しにした時、生きた屍みたいになってたところ、ミナに直接始末されかけ。ブチギレて返り討ちにしたミナをレイプし、ハングリー精神を取り戻した設定です。(たぶん本文では今以上には書かない過去設定)
アルマは邪霊召喚の真実に気づきましたが、言ってどうなるものでもないので、余裕ある時にシオンに相談しようとしてます。
とりあえずスケルトンについて。
●スケルトン(魔物)
俗に最弱と知られる魔物。
白骨死体に邪霊が憑依したものであり、邪霊使いが作るよりも異界との境界が曖昧な場所で、自然発生的に生まれやすい。
頭部も角や牙で歪んでいるが、特に手が巨大で凶悪な鉤爪と化している。この手は人間を容易に引き裂く力を持ち、攻撃力のみならゴブリンより遥かに高い。
だが、一方で骨の体はもろく、衝撃に弱い。骨ゆえ刺突武器の効果は薄いが、棒で殴りつけたり石を投げつけるだけで十分に倒せるだろう。焦りさえしなければ、平民でも容易に対処できるのだ。
しかもスケルトンは異様な呻き声を上げ続けており、人間を見れば隠れず接近してくる。己の存在をわざわざ明かし、奇襲を仕掛ける知性もない。最弱の魔物と呼ばれる所以である。
なお、人間を殺すか、死体を見つけたスケルトンは、獲物の皮や肉を剥ぎ取って己の身にまとう。これにより、肉を備えた別の魔物に変化した例もあるという。
●スケルトン(真実)
事故等で突然死した人間の霊魂が、己の死を自覚せぬままこの世界の白骨死体に宿ったもの。
白骨の体で無理に人体構造を再現しようとした結果、体を変異させて様々な感覚器を無理やり作り出している。己の白骨の体を動かすために、多くの魔力リソースを割いている上、皮膚がないため神経過敏状態。わずかに動くだけでも激痛が走る。
多くはかつての事故状態と重ねて、助けを求め彷徨う。そして見つけた人間に声をあげて近づき、触れようとするのだが。その手は異形の凶器と化しており、高僧ですら人体を引き裂かんとする殺意しか感じ取れない。