カシャッ。
シャッターの音。素早くフィルムを巻き上げると、再びファインダーを覗く。
カシャッ。
「あれ、ネズミ。こんなの撮って学校新聞に使うのか?」
通りかかった男吾がネズミ──関和美に聞いた。
和美が撮っているのは普通の校庭の風景──各部活が汗を流している。
特に事件性も何もない、ただの風景といえば風景だ。
「バッカねー。もう部活は引退したわよ。コレは自分用」
「自分?」
「そ。……少しでも記録に残しておきたいじゃない?」
「なんでだ?」
「だって、ホラ。……もうすぐ、卒業だから」
カシャッ。
和美はカメラを男吾に向けると、一枚写真を撮った。
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「卒業──静波(とネズミ)」 08/04/13 by TANA
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「ゲタ箱に、果たし状?」
操が男吾の机に座りながら言う。
行儀が悪いと言えば悪いが、残念ながらこの学園に今更そんなことを注意する奇特な
人はいない。
「おう」
と、男吾は操に手紙──果たし状と言うにはずいぶんと上等な封筒だ──を渡す。
「えーと、ナニナニ。……過日の因縁に決着をつけたく思います。卒業前に全ての心残りを
精算しましょう。放課後、校舎裏の森まで来られたし。──紅静波。……って静波!?」
「ああ」
「ちょっと、どういうコト!?」
「どうもこうもないだろ。もう卒業して会えなくなるから決着をつけよう、ってコトだ」
「前にやり合ったじゃない! 大食い大会の時!」
「あー、あれな……」
決着してないと言われたらそうかもしれない。
あの勝負、最後には落ちてくるシャンデリアから身を挺して静波を守って、静波が毒気を
抜かれたところで終わりにしたからだ。
静波から見て心残りだと言われたら、確かにそうだと思う。
「受けるの!?」
「おう」
「なんでよ」
「やり合いたい、ってんだから受けねえ理由はねえ。……それに、前の静波は本当の静波
じゃなかったからな」
「本当の、静波?」
「そうだ」
あの時の静波はフランスで身につけた知恵と頭脳で勝負しようとしていた。
だが、それは静波の本当の姿ではないと思う。
あの決闘で、最後に一発もらったメリケンパンチ。
あれがおそらく本当の静波。──火山と互角に戦ったという紅静波だろう。
こうなれば男も女もない。
強いやつと戦いたい。
その想いは同じだ。
だから、全力で迎え撃つ。
そこに理由など必要ない。
「……もう本気モードなのね。じゃ、止めてもムダね」
「当たり前だ」
「そっか。じゃあ、応援したげるから」
ぽん。男吾のコブシに手を添える。
「思いっきりやっちゃいなさい!」
ひゅう。
一陣の風が駆け抜ける。
場所は校舎裏の森。大門寺の一角。
男吾と静波は向かい合って立っていた。
いつもの学ランからのぞく「男」の文字、男吾。
優雅に着こなした制服。スカートをひるがえした静波。
「静波サマー! がんばってー!」「巴男吾なんかに負けないでー!」
静波の後ろには親衛隊が控えている。
それに引き替え、男吾の後ろは。
「アニキー、やっちゃえー!」
いつもやたらに元気な陣八。
「いい絵を期待してるよー!」
三脚にカメラをセッティングしている和美。
「私は別に巴を応援しているわけではない。こっちの方が広いからだ」
なぜか地べたに正座している一条真琴。
河内やテツの姿もある。
「……って、アレ? 台風は?」
操が尋ねる。この大一番にあのケンカ好きが顔を見せないわけがない。
「あー、補講だって」
かちゃかちゃとカメラをいじりながら和美が答える。
「なんかまた留年しそうなんだって。卒業する気あんのかねー」
聞くところによると台風はもう数回中学三年生をしているらしい。
そんなに中学三年生が好きだとも思えないが。
「……と、アタシも応援しないとね」
操が向き直る。
「コラー! 男吾、負けるんじゃないよーっ!!」
大門寺の和尚が夕方の鐘を鳴らす。
それが合図だ。
ごーん……。
音が響いた。
まずは互いに構えると、様子見か。
操は思わず分析する。
男吾は基本的に何でもありのケンカ屋だ。
打撃も投げも高い水準でマスターしている。加えて不屈の精神力を持っている。
対して、静波は。
精神力なら引けは取らないだろう。唯一男吾に勝るのは、スピードか。
ただし、静波にはメリケンパンチという武器がある。
握り拳から中指のみつきだした形は、空手などでも一本拳などとして知られている。
つまり、それだけ強力だと言うことだ。
鼻の下の人中、こめかみ、あごなどをコレで打ち抜かれたら一発で失神する可能性すらある。
急所でなくとも、腕や腹を打たれたら一点に集中するその痛みは通常の拳の痛みに倍する。
しかし、長所は同時に短所に繋がる。
通常、一本拳などを使うには徹底して指と握力を鍛えなければならない。
巻き藁や束ねた竹などに拳を打ち続け、皮膚が裂け血だらけになりながらも、執拗なまでに
鍛え上げなければ、指一本のみで相手を打つには指が耐えられないのだ。
静波は、おそらくそこまで拳を鍛えてはいない。
あくまでもケンカレベルの拳。
靴底や額などの固いところにメリケンパンチを打ち込んだらおそらく静波の指が耐えられまい。
勝負を決するのはこのあたりか。
どうでるか、静波。
どうでるか、男吾。
じり。
男吾が軽く距離を縮める。
──と。
だっっっ!!!
一気に姿勢を低くした静波が突っ込んできた。
そのまま男吾の腰のあたりにタックル。すかさず手を巻いて足をロック。
ずだん!!
たまらずに男吾が倒れる。
ふわり。
そこに静波が馬乗りになる。
体重を感じさせない身の軽さだ。
「男吾、ダメー!」
思わず操が叫ぶ。
まだこの頃は総合格闘技などは知られていないが、いわゆるマウントポジションの強さは
操も聞いたことがあった。
馬乗りの体勢からは体重を乗せた反撃が出来ない。
いいように打たれる。
まして、メリケンパンチをここで打たれたら──
どずっ!!
間一髪。
顔の中心あたりを狙ったメリケンパンチをぎりぎりで首をひねって男吾がかわす。
「うおっ!!」
二撃目は許さない。
両手を地面について、腹筋に力を込めて無理やり起き上がる男吾。
静波は深追いせずに再びふわりと飛び上がると距離を取った。
「おおお……」
見ている者達の中でどよめきが走る。
たった一度の攻防でも、わかる。
ケンカとはいえ、そのレベルが極めて高い。
「うおーっ!」
今度は男吾からだった。
飛びかかる──と、見せかけて、左の拳で腹を狙う。
びしぃっ!!
静波の右手が拳を受け止めた。
と。
がしっ!!
静波の左足が高く舞ったかと思うと、男吾の頭めがけて円の軌道を描く。
それを男吾の右腕がかろうじて止めた。
ざっ。
再び距離を取るふたり。
「すげえ……」
思わず口をついたのは、陣八だった。
男吾と静波。
どちらも相手をしとめる一撃を持っている。
しかしどちらも防御力がある。
ましてこれはケンカ。
一本もTKOもない。勝敗を決めるのはあくまでもどちらかの闘志がつきるまでだ。
「だぁーっ!」
再び静波が仕掛ける。
メリケンパンチでのど元を狙う。
メリケンパンチは受けられても相手にダメージを与えることが出来る。
それを見越してのいわば捨てパンチだ。
だが、それは男吾も見越していた。
「!!」
ひゅっ。
大きくカラダを反らしてメリケンパンチを外すと、そのまま静波の腕を抱え込む。
「せいっ!!」
柔道の基本にして神髄。
一本背負いをかけた。
「!」
技が決まった瞬間、静波は大きく飛んだ。
そのまま技の流れに身を任せると、くるりと一回転して着地する。
ざっ。
ひゅっ。がしぃっ!
すぐさま繰り出した静波の前蹴りを、男吾は膝をあげて受ける。
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ、ふぅ……」
両者、一歩も譲らない。
──ここまで、ほぼ互角。
いや、どちらかというと静波が押しているか。
だが、持久戦ならば体力のある男吾が有利になるだろう。
「男吾ーっ!」「静波サマーっ!」
声援が強くなる。
「おおおーっ!」
声に後押しされるように、男吾が突っ込む。
一撃目の静波のように、体当たりで押し倒す狙い。
がしっ!
静波は、なんとその胸倉を掴むと、自分の眼前に持ってきた。
静波らしからぬ力技だ。
がちんっ!!
ひたいにひたい。
強烈な頭突きをかました。
「くおっ!」
男吾の頭に激痛が走る。
思わず頭を抑えて後ろに倒れる。
そのまま静波は追撃をかけようとして──
がっ!
倒れ込んだ男吾の下からの蹴りを受け止める。
ごろん、ざっ。
男吾は蹴りを受けられた反動を利用して後ろに転がると、そのまま立ち上がる。
「やるな、静波ッ!」
「あたりまえよ!」
ひゅっひゅっ。
メリケンパンチの連打が男吾を襲う。
がががっ。
これだけの連打はさすがに受けるしかない。
ガードを固めた両手に激痛が走る。
メリケンパンチならではの貫通力だ。
「!!」
とっさに男吾は身をかがめる。
ぶおんっ!!
スカートが翻る。
静波の上段回し蹴りが頭上を通過する。
「今だっ!」
足の着地の瞬間、両足は無防備になる。
そこを狙って、男吾は体当たりを──。
がつんっ!!!
「男吾ーっ!!」
一瞬、男吾は何が起こったのかわからなかった。
猛烈な勢いで顔を打たれた。
ずだんっ!
吹き飛んで、地面に叩きつけられる。
「くっ……」
無理に顔を上げる。
何が起こったのか。
見ると、さっきの回し蹴りと逆の足が宙を刺していた。
──後ろ回し蹴り。
前回し蹴りを降ろすと同時に、一回転しながら反対の足で宙を薙ぐ。
かつてのジークンドーの創始者が得意とした連続回し蹴り。
「くーっ……」
男吾は何とか身を起こす。
今のは効いた。
突っ込んでいった分、カウンターでもらってしまった。
カラダが言うことを聞かない。
がくがくと足が震える。
「よく立ったわね……でも!」
ざっ。
静波が構える。いつものメリケンパンチの構え。
「これで終わりよー!!」
だっ。
大きく振りかぶると、渾身のメリケンパンチを──今の男吾にはかわすだけの速度がない
──しかし。
「それを待ってたぜーーっ!!」
なんと。
右拳に右拳。
必殺のコブシに必殺のコブシ。
「ウルトラグレートスーパーハイパーワンダーミラクル男吾パーンチ!!!!」
かつて、強敵、ボクシング部の鶴田を破った全力のパンチ。
それを、あろうことかメリケンパンチに直撃させた。
がつんっっっ!!!
「あーっ!!」
吹き飛んだのは、静波の方だった。
どさっと倒れ込む。
「きゃー!!」「静波サマーっ!」
親衛隊から悲鳴が上がる。
「男吾のヤツ、はじめからコレを狙ってたの……?」
驚いたと言うより、あっけにとられた風で操が言う。
追い詰めたと思った静波が最後に狙ってくるだろう、渾身のメリケンパンチ。
自分のカラダをエサに、囮をかけたのだ。
「さすがアニキだぜー!」
ひゃっほーいと陣八がはねる。
そのまま駆け寄ろうとする。
「待て、まだだ!!」
声を発したのは、男吾だった。
じっと、倒れた静波を見つめている。
「……そう、よ……まだ……!」
右腕──いや右肩から先は全てしびれているのか、肩を押さえて右手をだらんとさげたまま、
静波が身を起こした。
「静波サマー!」
「……まだ、やる気か」
「当たり前よ……!」
ぐっ。
静波が身をかがめる。
初撃のタックルに近い体勢を取る。
ぐっ。
男吾も身をかがめる。
来るであろう静波の一撃を待つ。
──これが最後の攻防になる。
操をはじめとして、ケンカ慣れした人間は皆思った。
もはや気力と気力のぶつかり合い。
力尽きた方が負ける。単純な比べあいだ。
「がんばって、静波サマーっ!!」
「男吾、負けるなーっ!!」
「行くわよ」
ぎらり。静波の目が光る。
かがめた両足に力が込もる。猫科の動物の戦闘体勢を思わせる。
「だーっ!!」
静波は、再びタックルを選んだ。
もはや右腕は使えない。
ならば、マウントから確実な一撃を左手で決める。
「よっしゃーっ!!」
がしっ!!!
男吾がタックルを受け止めた。
──しかし、初撃とは違う。
足を刈りに来る手が左手のみだ。
ならば、耐えられる。
ずざーっ!
タックルの勢いで男吾が後ろに押される。
しかし、そのまま踏ん張りをきかせて静波を押さえ込もうとする。
ざざざーっ!!
さらに押される。
静波の最後のあがきか。
残された全ての力を両足に込めて、男吾は静波を受け止めようとする。
と。
「うおおおおおおーーーーーっ!!!!」
ようやく静波の猛進が止まったかと思うと、男吾が吠えた。
ぐわっ。
静波のカラダが男吾の肩の辺りまで持ち上がる。
「えやーーーーっ!!」
そのまま、頭上で静波のカラダを半回転させると、ボディスラムを仕掛ける。
「……っ!!」
と、気が変わったように最後、男吾は手を離して自分の目の前に静波の身体を投げ落とす。
ずだんっ!!
と同時にべたりと尻餅をついた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「はっ、はっ、はっ」
両者とも荒い息を吐いている。
「静波」
尻餅をついたまま、男吾が声をかけた。
「……ええ。私の、負けよ」
倒れたまま、静波が答える。
「やったーーーっ!!」
「静波サマ、しっかりーっ!」
操達と、親衛隊が駆け寄ってくる。
「うわーっ!」
男吾はもみくちゃにされる。
その様子を和美が激写している。
一方、静波親衛隊はそっと静波を起こして、呼吸が整うのを待つ。
と。
「──男吾くん」
静波が声を発した。
ざわめきがぴたりと止む。
「ずいぶん泥だらけにさせたわね。女子寮の風呂場を使っていいから、泥を落としなさい」
「へ?」
「あと──私を女子寮までエスコートなさい。私をこんなにしたのだから」
「ちょ、ちょっと待ったー!」
静波の意図を察して、操が静波と男吾の間に割って入る。
「運んで欲しいならそこにいくらでも女子がいるでしょ!? な、なんで男吾が」
「──円谷さん」
ぴたり。静かな声が操を止める。
「……もう卒業なのよ。気持ちの整理をつけさせてもらえないかしら」
「う、う~」
操は腕組みをして考える。
地面をげしげしと蹴る。
頭をがりがりとかいて、
「わ、わかったわよっ!!」
と言った。
「──で、頼めるかしら? 男吾くん」
「お、おう……」
男吾はそっと静波に近づくと、──ぐわっと、静波を抱きかかえた。
いわゆるお姫様だっこだ。
「ちょ、ちょっと、……肩を貸してくれるだけでよかったのだけれど」
「サービスだ、気にすんな」
静波親衛隊はどことなく頬を赤らめてその姿を見送る。
陣八や河内はちょっと状況が理解できずに混乱している。
「男吾のスケベーッ!!」
げし。べきべき。
操の繰り出した回し蹴りで木が折れた。
女子寮の入り口には誰もいなかった。
もしかしたら静波親衛隊が先回りしてセッティングしたのかもしれないし、
はじめからこうなるようにしていたのかもしれない。
女子寮の脱衣所には男吾用と思われるシャツとパンツがすでに用意されていた。
「……ずいぶん準備がいいな」
「私が勝ったら風呂に入れるつもりだったのよ」
冷静な静波の声。
よ、と静波を降ろす。
と、静波はためらいなく制服に手をかけると、脱ぎ始めた。
「え!? 一緒に入るのか?」
「──今さら。知らない仲じゃないでしょう」
「そ、そりゃそうだが……」
ずいぶんご無沙汰だったので、すっかりその気があるとは思っていなかった。
なるほど。操が怒ってた理由がやっとわかった。
「──と。右手、大丈夫か?」
「……そうね、もうしびれてないし、骨も折れてないみたい。さっき腕が上がらなかったのは
一時的なものでしょう」
「……そうか」
それ以上は言う言葉がない。
お互いに承知の上で傷つけ合い、ぶつかりあった。
戦いが終わった今、残るのはお互いに自分の持つ全てを見せきったという満足感と、
それを共有するという奇妙な共犯者意識だ。
「さ、泥を落とすわよ。いきなり湯船に入ったりしたら怒られるわよ」
と、珍しく髪を上で束ねた静波が先に立って風呂場に入った。
ざー。
ケンカの直後に身体をこすってもらうのは痛いので自分で洗う。
男吾はシャワーをかける係だ。
「……しみるか?」
「……別に」
「……ずいぶんアザ作っちまったな」
「自分で決めたことだもの。後悔してないわ」
とは言え、乳白色の肌に浮かんだ数々のアザは痛々しい。
「……もう、ケンカもおしまいだからね」
「おしまい?」
「卒業したら、私はフランスよ。……あっちじゃケンカなんて縁のない生活を過ごすのよ」
父親の会社の跡継ぎ、それにふさわしい淑女となる為の生活をするのだという。
「……いいのか?」
「自分の家のことですもの。不満はないわ」
きっぱりと静波は言った。
ざー。
「う、しみる」
「……あら、いい気味だこと」
「オニ」
「ガマンなさい。男の子でしょう」
「くそっ!」
「あんまり下品だと傷口を念入りに洗って差し上げるわよ?」
「ぐわー! やめろー!」
かぽーん。
ふたりでゆったり湯船につかる。
以前に操と入ったことはあるが、静波と入るとなると、また何か違う緊張感がある。
「……なぁ、ひとつ聞きたいんだが」
「なにかしら」
「よかったのか? 最後のケンカ相手がオレで」
「……なんでそんなことを聞くの?」
「いや、その……」
「どうしたのかしら。ハッキリ言いなさい」
「ああ。火山さんじゃなくて、よかったのか?」
「へ!?」
あ、珍しい。静波があっけに取られている。
と。
「だだだだ誰が!! あああんな乱暴者と!!!」
ざばーっ。
静波は立ち上げると、男吾の目の前に仁王立ち。
顔は真っ赤だ。
しかしいい眺めだ……。
とか思いながら軽く足払い。
ざっぱーん!
派手な音を立てて見事に静波はすっころんだ。
「ぶっぱぷっ!」
よくわからない言葉を言いながらゆっくり起き上がる。
「う~~~~」
なんかうなっている。
顔は相変わらず真っ赤だ。
と。
じゃぱーん。
静波は男吾の顔に手でお湯をかけた。
「ぶわっ」
「そ、そうよ! 好きだったわよ! 何か文句ある!? 悪い!?」
やけくそ気味に叫ぶ。
もはや逆ギレだ。
「ずっと黙ってたのに、なんで知ってるのよ!!」
がー、と詰め寄ってくる。
「いや、アンタ、昔火山さんとケンカしてから海外行ったって言うから」
「それだけで!?」
「いや、そのあとアンタとやり合って思ったんだよ。なんというか、そのー、全力で
やり合った人間しか信用できないっつーか、好きにならないタイプかなー、とか」
「……!?」
「昔、オレの知り合いにもいたからよ……全力でぶつかってくれる人間を待ってたヤツが」
ちなみにそいつは今頃料理修行に夢中のはずだ。
「ふ、ふん! 成績は悪いクセにそういう目だけ鋭いなんて腹が立つ!」
すーい。
口は憎まれ口を聞きながらも、こちらに近づいてくる。
「……私からもひとつ聞くわよ」
「……おう」
「さっきのケンカ、最後の投げの時、どうして身体を預けなかったの。本気でやるなら
そのくらいなんでもないはずよ」
「ああー」
最後のボディスラム。
あれを男吾が自分の身体を乗せて地面に叩きつけていたら、骨が折れていてもおかしくない。
「……手を抜いたとか、情けをかけたとかだったら殺すわよ」
完全に目が本気なのが恐ろしい。
「……最後の反撃が来るかもしれないと思ったんだよ」
正直に言うことにした。
「……どういうこと?」
「アンタなら、最後の気力で地面に倒れながら手を突き出してくるかと思った」
地面を支えに、胸か腹に手を突き出せば、強力なつっかい棒のカウンターとなって男吾を
襲ったに違いない。
それを避けるために投げるだけにした。
「……」
「……文句あるか?」
「いいえ」
言って。
静波は男吾のあごを軽く引き上げると、軽く口づけを交わした。
「……最後の勝負が、アナタで良かったわ、男吾くん」
「お、おい……静波?」
静波は男吾を風呂場の床に横たえると、そっと男吾の股間をもみほぐしながら、胸元に
口唇を這わせる。
ちろりと舌を出して男吾の乳首を刺激する。
「私に勝ったからには、気持ちよくなってもらうわよ」
つー。腹を舌がつたう。
「確かめたいこともあるし……」
「確かめたいこと?」
「こっちの話よ」
着々ともっとも敏感な箇所をめがけて円を描くように舌を這わせていく。
じらされているようで、左手が的確にペニスをしごきあげている。
でも舌が欲しい。
口でしてもらいたい。
やっぱりじらされている。
「ふふ……口でしてほしい?」
とっくにわかっているクセに、わざわざ聞いてくる。
わかってる。素直に言ってほしいのだ。
「……ああ。その、口でしてくれ」
「ふふ。よくできました」
かぷ。
軽く亀頭にかみつく。
そのままゆっくりと口唇がすぼまる。舌が尿道のあたりをはい回る。
「う……!」
唐突な、激しい刺激に思わず声が出る。
「このへんは、どうかしら?」
一番敏感な亀頭のカリの部分を舌をとがらせて強く刺激する。
「き、効く……」
「ふふふ。可愛いわね……」
じゅぷ。じゅぷ。
音を立ててペニスを口唇でしごきあげる。
「ちょっと待て、ペース早すぎ……」
「いいわよ……出して……」
じゅぷっ。じゅぷっ。
ペニスが張り詰め出すのを感じる。
終わりが近い。
口内と舌で休みなく刺激を与え続ける。
「う、ううっ……あっ! 出るっ!!」
びゅるっ! どくん! どくん!
さっと口を引いた静波の顔に、ぶちまける。
もともと白い顔が興奮で紅潮したところに真っ白な精液がかかっていくさまはなんとも
いやらしいことこの上ない。
「あ、やっぱり……ふふ、ふふふ……」
──と。
「し、静波……?」
まるで静は自身が達したかのようにびくん、びくんと身体をひくつかせている。
「ああ、軽くイッちゃったわ……」
「な、なんで……?」
「覚えてる……一年前、私の顔にぶっかけたコト」
「ぶっかけた……ってご飯粒のことか!?」
「そう……あれから、ちょっとクセになっちゃったみたいでね」
「え、ええ?」
「でもやっぱりキミにしてもらうのが一番興奮するわ……ふふふ……」
「そ、そういうもんなのか……?」
それはまた厄介な性癖を植え付けてしまったものだ。
「将来、責任取ってくれる……?」
「ええ!? ご飯粒で!?」
「ふふふ。冗談よ。私の将来はもうほとんど決まっているもの……」
軽く遠い目をする。
……と。ざばー。
静波の顔にかかった精液を男吾が手桶で洗い流した。
「えーと。気持ちよくしてもらった以上、オレも気持ちよくしたいんだが」
「……そうね。このままじゃのぼせちゃうし、私の部屋に行きましょうか」
静波の部屋に行く途中、誰にも会わなかった。
親衛隊の仕業だろうか。
ちゅ。
いつかの天蓋付きのベッドの上。
全裸の男吾と静波は口唇を合わせていた。
そのまま男吾が軽く静波を押し倒す。
「あン」
男吾が積極的に舌を突っ込んでいく。
静波はあっさりと受け入れると自らの口内で男吾の舌をなぶる。
舌を絡めながら、男吾は静波の胸に手をのばす。
実にたわわに実った果実が男吾の手のひらにあまりある。
軽く力を入れるだけでどこまでも柔らかく男吾の手を受け止める。
痛くしすぎないように加減しながら揉みしだく。
「あはっ」
静波の口から快楽の声が漏れる。
にもかかわらず男吾の舌を口内で弄ぶ動きは変わらない。
ぺろり。
今度は静波の方から男吾の鼻先を舐めてくる。
「……?」
薄目を開けると、静波も薄目を開いて妖艶に微笑んでいた。
「今度はこっちの番」
と言うと、静波は身体をごろりと横に倒して男吾の横に移動すると、男吾の口内に舌を
進軍させていく。
歯ぐきも歯も口内のあらゆるトコロも静波の舌が攻め立てる。
さらに。
そっと男吾の股間に手を伸ばすと、もうすっかり元気になっていたペニスに手を伸ばす。
「う」
男がする自慰のように、はげしく棒をこすりあげる。
さらに、もう一本。
もう片方の手も伸ばすと玉袋の方をごろごろとなぶりはじめる。
「ちょっと、激しいぞ……」
「ふふん、まだまだよ」
「くそー」
このままではまた自分が気持ちよくなってしまう。
男吾は片手で胸を揉みながら、もう一本の手を静波の股間に滑り込ませる。
「あん」
そこはもうしとどに濡れそぼっていた。
男吾の無骨でたくましい指が肉のヒダをかき分けて、深い穴の入り口とヒダの付け根の
敏感な花の芽をみつける。
「あっ」
静波の身体がぴくんと震える。
にちゃにちゃ。
いやらしい音が聞こえる。
次から次へとあふれてくる愛液が男吾の手を、指をぬるぬるに濡らしていく。
「うっ」
「んっ」
互いに手札は広げた。どちらも相手を倒すだけのカードをそろえた。
あとはどちらも時間の問題。
と、静波が手を止める。そして舌を止める。
「……このままだとどっちも手で終わっちゃうわ。もったいないわね」
「……ああ」
わかっていた。何が言いたいかなんて。とっくに。
だが、あくまでペースを握りたいらしい。このお嬢様は。
「……ほら」
Mの字に足を広げて、男吾に見せつける。
自らの指でもっとも敏感な部分を広げる。
「もう、こんなに濡れているの……アナタのが欲しいのよ。男吾くん」
応えないわけがない。
男吾はゆっくりと静波を押し倒すと、ペニスを深い穴の入り口に押し当てる。
「行くぞ……」
「来て……」
ひょい。
手に持っていた8mmカメラが突然消えた。
「あれ?」
「センパ~イ、こんなところで何をしてるんですか?」
8mmを手にした操が微笑んでいた。
「み、操っ!?」
「大声出すと中のふたりに聞こえますよ?」
「あ、あうあう……」
ここは静波の部屋のベランダだ。
隣のベランダから非常用の塀を乗り越えてきた。
中のふたりにばれたらどうなるか、さっき痛そうなほど見た。
「……で、なんで撮ってるんですか?」
ジト目で操がにらみつけてくる。
「いや、その、学園時代のメモリーを残そうかと」
「予約人数が50人超えたって何のテープですかねぇ?」
「な、なんでそこまで……」
「また巧いことアタシや男吾を抜かして広告と宣伝お疲れ様でした」
にっこり。この笑顔が怖い。
「と、いうわけで没収」
「えー! 待って、後生だから! わたしの卒業前の大花火が!」
「ダメです」
「こ、この8mm貸してあげるから!」
「コレ、新聞部の備品でしょう。センパイがいなくなったら勝手に借ります」
「えーん、操のオニー!」
……とまぁ、こんな事情でこの夏「円谷操とその一味」が誕生することになるのだが、
それは本誌の方のお話である。
ずっ、ずっ、ずっ、
「いい……いいわ……固い、気持ち、いい……」
「ああ、もっと……気持ちよくなってくれ……」
正常位で繋がったふたりが喘ぎながら、互いに高みを目指して上っていく。
勝負だとかお互いのプライドなんて、もうどうでもいい。
相手を気持ちよくさせたい。
自分のカラダで気持ちよくなってほしい。
「うあーっ!」
「あーっ!」
どくん! どくん! どくん!
ふたりは同時に達した。
ずっ、ずちゅっ、ずちゅっ。
後背位で繋がったふたりは遠慮ない喘ぎ声を上げている。
「気持ちいいぞ、静波……」
「私も、私も……男吾くん……」
ぱん、ぱん、ぱん。
グラマーな静波のヒップが強い弾力で男吾の腰を押し返す。
嫌が応にも嗜虐欲を、征服欲をかき立てられる。
「はぁっ、はあっ……!」
「うん、あん……!」
ぬるっ。ぬちゅっ。ぬちゅっ。
座位で繋がったふたりは弾むようにベッドの上をはねていた。
もう言葉もない。
「ああ……あっ……」
「あん……あん……」
獣のように声を荒げながら、快楽を貪る。
何度達したかなど、覚えていない。
そんな必要もない。
ただ、出来る限り互いを求め合った。
それで充分だった。それだけで充分だった。
「静波くさいーっ!!」
べちーん。
教室に入ったとたん、待ちかまえていたらしい操に、なにやらふんふんと匂いをかがれたあと、
こう言われて平手打ちを食らった。
……身に覚えがないわけがない。
言い訳の余地もない。する気もない。
どっかりと自分の席に腰を落とす。
一部の男子や女子がひそひそとなにやらこっちを話題にしているようだが、知らんぷり。
ちなみにその日一日、和美が便所の花子さんのように落ち込んでいたが理由はわからなかった。
……つつがなく卒業式が終わった。
皆、次の進学先、就職先に向かって出ていった。
静波から挨拶なんてなかった。
そんなものだろう。
「なぁ、操」
「なによ」
ちなみにやっと最近口をきいてくれるようになった。
「フランスって、どの辺だ?」
「地球の反対側。見えるわけないわよ」
言って、男吾の腕をつねる。
「いて」
「いつまでも誰かのこと考えてるんじゃないの! 今を生きないでどうするのよ」
ばちーん。
背中を叩かれる。
「あいたっ」
だが、気持ちは伝わった。
今を生きる、か。
生きてればそのうちフランスに行くこともあるだろう。
「さぁて、ケンカでもすっか!!」
今日の相手は台風だ。
きっちり落第したらしい。
思い切りやっつけてやって元気を出させてやるか。
男吾は、教室を飛び出した。