「よろしくお願いしますッ!」
「おうっ!」
ざっ。
場所は校舎の裏の草むら。
空手着に身を包んだ操。普段とあまり変わらずYシャツに学生服のズボンの男吾。
操は左手を突き出し、右手は腰。大きく腰を落としている。
男吾はいつもの自己流。軽く腰を落として両手は胸の前に。
ふたりとも、表情は真剣だ。
両者の気合いが目に見えるよう。
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「激突! 空手大会」 08/03/06 by TANA
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操は感嘆していた。
目の前の男吾が大きく見える。
隙があちこちに見えるようではあるが、おそらくわざと──誘いだ。
操はもとより、男吾も空手の基本は一通り身につけている。
両者の実力が一定以上の場合、攻防は「いかに攻めるか」ではなく「いかに崩すか」
にかかってくる。
特に、こういった立ち会いの場面では、両者共に万全の体制から始まる。
動かなければ隙は作れない──しかし、動けば隙に繋がる。
この相反が迷いを産む。
「どうした操」
男吾が声をかける。
「待ってても何もできねェぞ!」
……その通りだ。もとより、自分は待ってどうこうするタイプの人間ではない。
まずは動かなければ。
「はっ!」
飛び込む。
狙いは中央──水月(みぞおち)。このタイミングなら右にも左にもかわせない。
ばしぃっ!
あっさりと左手の下段受けではねられた。
すぐに返しの男吾の右が飛んでくる。
びっ!
上段受けでなんとかかわす。
と、同時にバックステップで距離を取る。
ぶぉん!!
ぞっとするような速度で足払いがさっきまで自分の両足があったところを通る。
……!
わずか一合。
一瞬の攻防で、操の顔を汗が流れ落ちる。
「ケイコをつけてほしい?」
うどんをちゅるる、と吸いながら男吾が聞いた。
今は夏。
男吾は天堂中との試合を終え、剣道部を──いつものように──追い出されたところだ。
「うん!」
「……なんでまたオレなんだ? まだ空手部には3年もいるだろ」
「うーん」
操は目の前のきつねうどんのきつね…油揚げを箸でつつく。
「ちょっと……なんというか……カベにあたっててさ。アンタとケイコしたらなにか
見えるんじゃないかと思うんだけど……」
操は目の前に夏の大会を控えていた。
その前に何か吹っ切れないものがあるらしい。
「別にやってもいいけどよ……役に立つかどうかわからないぞ?」
「ホント!? お願い!」
操は目を輝かせた。
そうして一時間。
攻め込んでは受けられ。攻められては受けて。
びっ!!
操の目の前──文字通り、寸止めで──男吾のコブシが止まっていた。
「一本」
冷静な男吾の声がする。
「……ふぅ」
カラダの力が抜ける。
と、男吾の手が肩にかけられた。
「そろそろ休憩だな」
言って、男吾はにかっと笑った。
座って、ポットに入れておいたお茶をふたりして、飲む。
……結局、一本も取れなかった。
こっちは八本取られた。
圧倒された。
男吾は空手を専門にやってるわけではない。
こっちは毎日それなりに稽古を積んでいるはずだ。
なのに、太刀打ちできない。
──なんでだろう?
──なんでだろう?
男吾がケンカに明け暮れているからとか、小さい頃から武道をやっているからとか、
経験が豊富だからとか、そういうものじゃないと思う。
これだ。「これ」が足りないのだと思う。
おそらく、全国レベルの猛者を相手にしたら、同じように戦い、同じように負けると思う。
「あ~あ」
ため息をつく。
「どうやっても、アンタには敵わないのかなぁ……」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
言って、はっと口を覆う。
──しまった。
そんな言葉を言うために、稽古をしてもらったはずじゃないのに。
弱い自分を見せるためなんかじゃないのに。
「ンなことないだろ」
……と、男吾は一笑に付した。
あれ?
「火山さんと組み手したことあるか?」
「あるけど……」
あるにはあるが、一方的にやられた。
ただ及ばない、という印象しかない。
「あの人の強いところはな、」
言って、男吾は空を見上げる。
天気は快晴。
男吾は向こう側に火山を見ているのだろうか。
「絶対に崩れないトコロだ。自分の陣地は絶対守る。一瞬も相手を自分の間合いに置く
ことを許さない。だから、負けない」
「……」
「鬼塚さんの地獄落としを覚えているか?」
覚えている。
柔道部戦での激闘だ。
男吾は二回受けて、しかしこらえて見せた。
「あのワザの凄いところは、投げる前にあるんだ」
「……?」
「あのワザは、投げると決めた瞬間から鬼塚さんはあのワザを出すためだけの動きしか
しない。受けも返しも考えない。だから、地獄落としは投げると決めたときからもうワザが
始まってるんだ」
「……」
「で、操」
「……」
「オマエは、上手いよ。基本技もキレイだし鋭い。スピードもある」
「……うん」
「でも、それだけが『円谷操』じゃあ、ないだろ?」
にかっ。
男吾がまた笑う。
「……!」
「明日ァまた同じ時間! ここで待ってるからな!!」
そう言って。
……男吾は元気よく走り出してしまった。
「……アタシ、か……」
言って、自分の手を見る。
ざばーっ。
頭からお湯をかぶって、軽くかぶりを振って水滴を散らす。
お風呂。
操は、男吾の言葉を反芻していた。
「……それだけが『円谷操』じゃない」
自分の手を見る。
見慣れた拳。
おそらく、同じ世代の女子の中では相当無骨な出来だろう。
別にそれをどうこう思ったことはない。
望んで、家のスポーツジムの稽古に参加し、望んで空手道を選んだ。
そして、巴男吾と出会った。
だから、大文字中学を選んだ。
成績だけなら都立一中にも挑戦できたし、近くの公立に行ってもよかった。
でも、男吾をもっと見たくて、もっと近づきたくて、それで大文字中学を選んだ。
そうして、一年ちょっと。
誰よりも男吾を知りたくて、誰よりもずっと男吾の戦いを見てきた。
──それがアタシだ。
鏡に映った自分を見る。
筋肉は付いているだろうが、決して武道に恵まれた体格ではない。
男吾と結ばれたこともある。
だから解っている。
……自分は、男吾にはなれない。
じゃあ、何になるのか。
──このまま、男吾の戦いを見る観客?
──このまま、男吾に愛される女の子?
……違う。
そんなものを望んでいるわけじゃない。
じゃあ。
──アタシは、いったいに何になればいいんだろう──。
夜。
ベッドに潜り込んでからも、操の逡巡は止まらなかった。
「よォ!」
翌日。
男吾は同じ格好で操の前に現れた。
「──男吾」
「おう」
「アタシのこと、好き?」
「……へ!?」
ぼっ。
男吾の顔が赤く染まる。全く予想外の言葉だったようだ。
「ねえ! 好きかどうか聞いてるの!」
「そ、そりゃあ、その……」
「ハッキリ言って!」
「あ、ああ!! す、好きだ!!」
きっぱり。
男吾は操の目を見て告げた。
「……ありがとう」
言って。
操は一気に距離を詰めると、昨日と同じように水月へ正拳。
「……!」
ばちぃっ!!
間一髪。男吾の左中段受けがそれを弾く。
しかし操は止まらない。
迷いもなく、右足で頭部への上段回し蹴り。
ぶおん!!
男吾は身をかがめてやり過ごす。
大技のあとは隙ができる。
それを狙って男吾が距離を詰めて──
「!!」
──一気に跳び下がった。
操の肘うちが空を切る。
「……昨日とは違うな、操」
にやりと笑って、男吾が構え直す。
操には、解る。
この笑いは、男吾が相手を強敵と認めたときの笑み。
本気を出すときの笑みだ。
「行くぞーッ!!」
「こっちこそーッ!!」
そして、夏の空手道大会。
「一本!!」
操は危なげなく準決勝の相手を下した。
「いいぞーっ!!」
観客席から応援の声が聞こえる。
ひときわうるさいのが、男吾だ。
「──巴」
と、OBとして応援に来ていた火山が男吾に声をかける。
「操の奴、一皮むけたカンジじゃないか」
「へっへっ」
にかっ、と男吾は笑う。
あの翌日の稽古。
4本対6本。
押されはしたものの、前日とは全く違う結果になった。
見つかったから。
答えが。
決勝の相手は、去年の覇者だった。
今年三年。
ここで優勝して全国大会に出れば、優勝もねらえるといわれている。
操とは二回りほど体格が違う。
だが、操は臆することがない。
なぜなら。
男吾は、自分より二回り大きい相手でも──いや、それ以上でも──決して臆すること
などないからだ。
決めたのだ。
自分は、必ず男吾の横を守ると。
男吾は戦い続けるだろう。
自分が信じるもののために。
自分が守りたいもののために。
その時。操はその横に立つのだ。
絶対に守られる立場になんてなるものか。
──アイツの横で、アタシは拳を振るう。
だから、戦える。
だから、負けない。
男吾自身にさえ、一目置かれるべきなのだ。
そして、いざとなれば、男吾をすら止めるべきなのだ。
そのための力を、見つける。身につける。
そう思って、さらに激しい稽古を積んできた。
それが、アタシ──円谷操──の道だ。
「両者構えて!」
「「押忍!!」」
ざっ。
相手の構えは大きい。
体格任せの余裕──ではない。おそらく守りに自信があるのだろう。
明らかに格上だ。
だからこそ、アタシは──
「始めい!!」
アイツみたいに、笑うんだ。
「やああああっ!!」
飛び込んでの下段蹴り。
相手はバックステップでかわす。
追撃。
さらに踏み込んで、正拳。
がしっ!
受けられた。
反射的に身をかがめる。
ぶおん!!
もらえば間違いなく一撃で終わるような回し蹴りが頭上をかすめる。
「えあああああっ!!」
がしっ!
回し蹴りに続く横蹴りを受けながら、操は吠えた。
「そこまでっ!! 一本!!」
終始攻め合った両者だったが、明らかに地力で勝る相手に無理に合わせていった操は
終盤、スタミナが切れ始めていた。
それを気迫で補っていたが、それだけで耐えられるほど、空手は生やさしい格闘技では
ない。
最後には受けきれなくなったところに、横からの回し蹴りを食らって尻餅をついた。
一本。
完全に負けた。
「はぁっ、はぁっ……!」
床に手をついて、必死に呼吸を整える。
と──対戦相手が、手を差し出してきた。
「円谷さん、だったわね」
相手の顔も汗にまみれている。
それほどの戦いだった。
「二年生でこれほど出来る人がいるとは驚いたわ。…次会ったら勝てないかもね」
しょっ、と操の手を引っ張って助け起こしながら、言う。
「……次は、高校の大会で会いましょう」
言って、対戦相手はにっこり笑った。
「惜しかったなー! あの最後のケリがよけれたらなー!」
操の横で男吾が熱弁を振るっている。
祝勝会──なぜか男吾も混じっていたが──を終えて、寮に帰るふたり。
誰か気を利かせたのか、いつの間にかふたりだけになっていた。
男吾はそれに気付いていない。
「ほんっっっと強かったよ、オマエ」
コイツの頭の中は、今は今日の試合のことでいっぱいいっぱいのようだ。
「そう?」
正直、ちょっぴり恥ずかしい。
我を忘れるほど戦いに没頭するようになってから、妙に気恥ずかしくなった。
たぶん。
男吾が戦うときも、常にその戦いに没頭するからだろう。
同じ位置に並ぶことが出来たのだろうか。
「そうだよ! 火山さんも一安心だろうな!! 空手部の未来は明るいぜ!!」
がっはっは、と笑う男吾。
その横に並びながら、操は思う。
──この位置。
──男吾の横に立って戦うのは、アタシだ。
将来がどうなるかは解らない。
結婚するとかしないとか、まだ全然わからない。
でも。
アタシは、アタシの道をいく。
この、横にいるカッコイイ男の、相棒の道を。
おわり。