巴男吾ほか3名が土蔵に軟禁されて9日目。
ちょうど白鳥竜子が赴任してからも9日目になる。
「ちょっと操! 男吾が退学ってホント!?」
操と男吾のクラスにやってきたのはネズミ──関和美だった。
「うん……明日で10日目の欠席になるから、校則で自動的に……」
「確かに男吾はバカだけど、退学にされるようなことはしてないでしょ!?
……学園長がいないからって、あの教頭め~」
言いながらせっせとメモ帳をつける和美。
新聞部の癖である。
「操、アンタはどうするの!?」
「アタシ……?」
「だって、どうにかしないといけないじゃない!」
そう、一度はどうにかしようとした。
「……でも、相手はあの竜子センセだよ。空手柔道合気道その他あわせて17段」
勝てるとは思えない。
男吾ですらかなわなかったのだ。
ついでにアゴマキ先生も投げられて片手片足骨折。今は入院中だ。
「……なんか操らしくないなー」
「え?」
「ま、仕方ないわ。あたしはあたしで動くから。予定は今夜9時。土蔵からの帰り道ね」
さっさと予定を決めるネズミ。
このあたりの段取りの良さは学園一だ。
「動いてくれそうな人を選んでくる! アンタはアンタで考えな!」
言うが早いが、さっさと和美は立ち去った。
「アタシらしくない……か」
操は、和美の立ち去った後を見つめて、操はつぶやいた。
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「最強決戦!? 白鳥竜子」 08/03/20 by TANA
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授業終了後。
操は自分の部屋の机で考え込んでいた。
やるしかない。
わかっていた。
男吾のためだ。
男吾がいなくなったら何のためにこの学校に来たのかわからなくなる。
しかし、相手は白鳥竜子。
身長にしておよそ30センチ。ウェイトなら40キロは差があるだろう。
およそ格闘技においてこの差はとてつもなく大きい。
ボクシングや柔道が体重による階級制を取っているのは理由がある。
同じ一撃でも、体重の差で格段の違いが生じる。
まして筋肉の量が違う。
それは同時に防御力──カラダの頑丈さも違うと言うことだ。
おそらく渾身の一撃をもらったらその場で終わる。
しかしこっちは全力での一撃を数発打ち込んで、はたして倒せるかどうか。
差がありすぎる。
幼い頃からさまざまな格闘技を見てきた操だからこそ、その圧倒的な差がわかってしまう。
だが。
だが、決めたはずだ。
空手大会の時に。
自分は男吾の横に並ぶと。
「──うん、そうだよね、男吾」
ぱんぱん、と両手で頬を叩いて気合いを入れる。
「アタシはアンタの役に立ちたいんだもんね!」
空手着は選ばなかった。
空手で勝負したら負けるとわかっていたからだ。
体操服にブルマ。ジャージの上下。
それでいい。
自分がこれから挑むのはケンカだ。
だから、動きやすい格好を選んだ。
約束の9時。
ふぅ、と息を吐いて精神集中。
神経をとぎすまして、操は対決の場に臨んだ。
ちょうど、薔薇が散ったところだった。
どすん! と音を立てて、紅静波が脇の巨木に叩きつけられた。
「くっ……」
悔しげに唇をかみながら、どさっと音を立てて、静波は崩れ落ちる。
「静波……!」
「み、操、やっぱり来たのね~!」
木陰でガタガタ震えながら、和美がおいでおいでしていた。
「……状況は?」
操が駆け寄る。
「今、静波がやられたのでゼンメツ……。バケモノだわ、あの先生……!」
見ると、あたりには柔道部やボクシング部の人間もちらほら見える。
片っ端から倒れている。
その中に。
「一条真琴……!?」
剣道部主将の姿もあった。
女子でありながら、こと剣道においてなら男吾と互角に戦ったことのあるツワモノだ。
彼女がやられたのなると、まさにただごとではない。
もし竜子に勝てるとしたら、唯一、剣道だと思っていたからだ。
俗に剣道三倍段と言うが、剣道の初段は他の格闘技の三段に匹敵するという。
それほど、竹刀や木刀を手にした剣道家は他の格闘技に勝る。
瞬く間に刀の間合いで二撃以上を繰り出す剣道の達人の前では、並の格闘家なら
間合いに入ったと同時に倒される。
だが、それすら通じなかったのか。
「み、操、アンタが言ったとおりだったわ……無理だわ、あの人止めるの」
「センパイ」
「え?」
「倒れたら、あとはお願いしますッ!」
言って。
操は、竜子の前に飛び出した。
「おっ! いよいよ本命の登場だね~」
白鳥竜子は、リラックスした口調で話しかけてきた。
……油断しているわけではない。
いつかかってこられても、問題ないという自信の表れだ。
ぐっ。
腰を落として、空手の構えに入る。
柔道もボクシングも一通りかじってはいるが、自分の基本はあくまでもコレだ。
「……へえ」
言って、手にしていた教科書と書類を脇に放り投げる。
──今まで片手に持ったまま戦っていたのか。
どこまでも底が知れない。
「こないだより、ずっと本気だね。……いい目をしてるよ」
にやりと竜子は不敵に笑った。
先に攻めたのは、操からだった。
受けに回っても勝てない。むしろ受けられるかどうかすら怪しい。
「はっ!」
気合いの声とともに、下段回し蹴り。
──まずは足をつぶす。
ばちんっ!!
ねらった太ももではなく、足を上げてふくらはぎでガードされた。
ぞくり。
その感触。
いままで味わったことのないほどの重厚な筋肉のかたまりの感触に、背筋がぞっとする。
だが。
「──ふっ!!」
元より、承知。
みぞおちに、正拳。
一撃一撃が、マックスのスピードだ。
それを。
「はっ!」
掴まれた。
万力のような力で押さえつけられる。
さらに引っ張られた。
打ち込む姿勢にあったカラダは、こらえられる体勢にない。
ずだんっ!!
地面に転がされた。
なんとか回り受け身を取って、ダメージをやわらげる。
ざっ。
そのまま転がった勢いを使って、立ち上がる。
──合気道。
唯一、操が知らなかった戦い方が、そこにあった。
加えられた力に、己の力を加えて「そらす」。
強い力で挑めば挑むほど、その力でもって倒され、叩きつけられる。
日本武道の神髄とも言える術理。
破るすべは──
操は、構えを変える。
両手を顔の前。
ボクシングの基本動作の一つだ。
「──はっ!」
びっ、びっ、びっ。
スピード勝負。
操が選んだのはそれだった。
一撃に力を込める空手ではなく、連打で挑む。
すっ、ぱんっ、がっ。
思った通り。
いかに竜子といえど、ボクシングスタイルの最速スピードならば、合気道で受けることは
できない。
片手でガードを固めているが、この調子ならば一撃を入れることが──
ぶんっ!
「!」
飛んできたジャブをスウェーで危うくかわす。
……くっ。
速く、重い。
甘かった。
竜子はボクシングも知っている。
スタイルを合わせられては一つ一つ上をいかれる。
ボクシングに慣れる前に、先に一撃を──
操はジャブの連打から、大砲──ストレートをどうにか、
びっ、びっ、びしぃっ!
「!!」
どずんっ!!
操のストレートが竜子の頬をとらえると同時に──
──竜子のボディブローが操の腹に突き刺さっていた。
「くっ……」
がくっ。
激痛で、思わず片膝をつく。
「おー、いたた……」
こちらは頬をなでながら、竜子。
「一撃は覚悟してたけど、思ってたよりずっとやるじゃない」
ニッと笑ってくる。その余裕が憎らしい。
「はぁっ……はぁっ……」
呼吸が苦しい。
腹に食い込んだ一撃は横隔膜の運動を阻害し、結果としてまさに「息が出来なくなる」。
立たないと。
だが、足が言うことを聞かない。
無理か。
やっぱり無理だったのか。
男吾。
男吾の姿が目に浮かぶ。
この森の向こう、土蔵の中に男吾が閉じこめられている。
助けなきゃ。
何度も助けてもらったんだから。
今度は。
助けなきゃ。
自分は守られるだけの人間じゃないと教えるために。
たすけなきゃ。
そのためなら、アイツは──
──うごかないはずのうでだって、うごかしたんだから。
「……まだやる気かい、やめときな」
竜子が声をかけてくる。
確かにそうだろう。
足はがくがくと言っている。
呼吸はひゅうひゅうとかすか。
目はうつろ。
勝敗は素人目にも明らかだ。
だが。
まだ、操の意志がカラダを支えていた。
最後の──いつか、男吾を止める時が来たときのため。
そのために用意していた、最後の技を使うために。
ボクシングの構えを取った操に、竜子は無言で合気道の構えを取った。
腰を落として、開手の構え。
もはや操にはスピードのある攻撃は出来まい。
ならば、取って投げて終わらせる。
ひゅっ、ひゅっ。
ぱしっ、ぱしっ。
繰り出してきたジャブを、片手で払う。
狙いはストレート。
大きく踏み込んできたところを、捕まえる。
そして、ジャブからのコンビネーション──狙っていたストレートが飛んでくる。
掴んだ。
その瞬間。
竜子の全身が粟だった。
半歩。
操は両足で軽くジャンプすると、竜子まで半歩の間合いまで滑るように移動してきた。
構えは中腰。
たたまれた腕は腰の脇。
両の足も小さく折り曲げられ。
いかにも窮屈そうな体勢だが、これが──
かつて、操はさまざまな格闘技を習った。
その中で、唯一異彩なトレーニングがあった。
大抵の格闘技やスポーツは、まず走る。
それが基本である。
体力をつけるため、筋肉をつけるため、余分な脂肪を落とすため。
様々な理由があるが、基本的には、どのような格闘技も「フットワークからの攻撃」を
想定しているため、足腰を鍛える。
「それ」は違った。
まず、立つ。
基本姿勢と呼ばれる体勢を維持する。
それをただひたすらに続ける。
これがトレーニングである。
その先にむろん様々な技術や理合があるわけだが、まず「立つ」ことをある程度極め、
そして許されなければ、それらの伝授は認められない。
つまり「フットワークからの攻撃」などというものはその世界には存在しない。
立つ。
ただひたすらに立つ。
己の体重を支えるという行為ではない。
己の身体を、大地の一部とみなし、同一の存在になるべく意識の根を大地深くまで
浸透させる。
それが──中国拳法のトレーニングだった。
引き込まれたのは誘い。
この「半歩」の間合いこそが中国拳法の真価を発揮する間合い。
加えて、引き込み投げる体勢にあった竜子は防御できる態勢にない。
「はぁぁぁっ!!」
だんっ!!!!
さらに「半歩」片足を踏み込む。
大地と己をコネクトさせる。
地面を踏み込んだ力の反動、上方向へのエネルギーを横に転換させる。
掴まれた右手はとかれた。
が、遅い。
充分に大地からの力を受けた左拳。
かつて、神仙と呼ばれし拳法家がいた。
そのものが極めた拳を放つに当たり、両足の下の石畳を粉砕してのけたという。
ゆえに、その拳の名を崩拳。
操の、最後の切り札は左拳に乗って竜子のみぞおちに突き刺さった。
操は知らない。
奇しくも、そのみぞおちは男吾が竜子に捕まった際、蹴りを叩き込んだ場所であった。
「ぐっ!!!」
どすっ!!
竜子は3メートルほど吹き飛ぶと、後ろにあった木に身体を叩きつけられた。
「み、操ーっ!」
和美が飛び出した。
が、操は答えることなく、そのままニコッと笑うと、その場に崩れ落ちた。
すべての気力を使い果たしたのだ。
「……いやあ、マイッタマイッタ」
声がした。
和美が振り返る。
「……うそ」
竜子が立っていた。
みぞおちをぱんぱんと払っている。
「あれだけ吹き飛んだのに……」
「ギリギリで後ろに飛んだからねー。まともにもらわなくてヨカッタわ」
けろりと答える。人間業ではない。
「さて、と」
竜子は和美の肩をぽん、と叩く。
「この寝てる連中、寮に届けるから手伝ってね」
言って、竜子はぱちんとウィンクした。
「……!」
操は目覚めた。
周りを見る。自分の部屋のベッドだった。
すぐ横に和美がいた。
「──!」
いろいろ聞こうとしたら口を押さえられた。
「……もう就寝時間過ぎてるから、声抑えて」
こくこく、と頷く。
結局、竜子には誰も敵わなかった。
静波も一条も自室で寝ているらしい。
ただ、和美にこう言ったそうだ。
「アタクシはねぇ、ああいう土蔵の中の奴らやここで寝てるような奴らは大好きなんだよ」
へ? と聞き返す和美。
「だから、アタクシに任せときな、悪いようにはしないから」
そう言ったという。
「あの人は特別製だわ。勝つのはムリムリ」
和美は顔の前で手をひらひらと振る。
「というか──多分、だけど、あの先生が、もしかして──うん?」
なにやら考え始めた和美。
「……センパイ?」
「あ、いや、こっちの話。今からじゃウラはとれないし。あと──さっき、生徒会員に
非常収集がかかったわ。男吾たちが脱出するかもしれないって」
「ホ、ホントですかっ!?」
「し~、静かに!」
「ハ、ハイ。でも、どうやって……?」
「そこまではわかんないけど……」
というか、生徒会員への非常収集のコトを聞きつけていること自体、さすが和美だ。
「──明日の朝ははきっと忙しくなるわよ。相手は生徒会。あのセンセよりは
ずっと楽でしょうね。だから、今はとにかく寝なさい」
そう言って、和美はそっと操のベッドサイドを離れた。
「……。」
そうか。なら、まずは休まないと。
明日。
明日こそは男吾の役に立とう。
それで。
男吾にさっきの決闘のことも話そう。
男吾にほめてもらわないと。
そのくらいしてもらっても──
バチはあたらないと思う。
だよね?
おわり。