その日曜日の夕方、竹内みきが鈴木の家に近づいたことには特に理由があったわけではない。
あの日、体育倉庫で佐藤たちとの情事を鈴木に見られてから、何となく鈴木とは顔をあわせ辛くなってしまった。
佐藤たちとのセックスはみきを満たしてくれていたし、佐藤たちといる場所、時間は居心地は良かった。
そういうこともあって、鈴木の所にはこの二ヶ月ほど足が遠のいていた。
しかしその日、みきは久しぶりに、特に理由もなく鈴木の家に近づいた。
(なんで鈴木くんのところに…私にはもう佐藤君がいるのに…私、まだ鈴木くんのことを…。)
「鈴木くんのところ」という場所の居心地の悪さを確かめて、みきはその場を離れようとした。
その時…鈴木の家から一人の女が出てきた。
2メートルはあろうかという長身、褐色の肌、銀色の髪。
(そして黒と灰色を基調としたジャケット・パンツという装い。)
その女は、玄関先で鈴木の妹…凛と言葉を交わしていた。
「すっかり馳走になってしまった。しかし、貴女の麻婆豆腐は鳳翔さんの作るそれにも引けを取らないな。」
「またまたぁ!おだてても何も出ませんよ?」
「何かお返しをしたいところだが、私は見ての通りの無骨者。貴女の麻婆豆腐に見合うものは…そうだ、今度来るときは、鳳翔さんに何か作ってもらうとしよう。」
「え?いいの?」
「本当は私自身が何か作るべきなんだろうが、私が作るものなど貴女の麻婆豆腐には遠く及ばない。これに見合うお返しとなると、やはり鳳翔さんか、間宮さんが作ったものでなければならないだろう。」
「あ、でも麻婆豆腐は勘弁して?鳳翔さんとか間宮さんのことはあたしも聞いたことあるけど、鳳翔さんの麻婆豆腐なんて持ってこられたら、あたし自信なくしちゃうかも。」
「はは、では、麻婆豆腐以外と言うことで頼んでみるとしよう。…では。」
女はあっという間に去って行った。
別に走って行ったわけでも、速足だったわけでもなかったが、みきの足では追いつけない程の速さだった。
みきはその女を知っていた。
女は人間ではなく、艦娘「武蔵」だった。
艦娘は各国の海軍、日本の海上防衛隊、海上保安庁、民間警備会社・軍事会社が海上で発生する脅威(深海棲艦など)に対応するために運用する一種の人造人間である。運用され始めた頃は、全く兵器として扱われていたが、深海棲艦が「海上で生じる脅威の一つ」にすぎなくなった頃から、海軍や海上防衛隊だけでなく、民間警備会社なども艦娘を運用するようになった頃から、人間にとって身近な存在になってきていた。
この三十年ほどで、艦娘が人間と個人的に交流を持つということも、そう珍しいことではなくなってきた。
それでも、あの女…武蔵が何故鈴木の家にいたのか、みきにはその理由を想像することはできなかった。
艦娘と言えば、美女/美少女揃いであることはよく知られている。
その見目麗しさは男だけではなく、女をも魅了するという。
そして艦娘は男も女も受け容れることができる。
艦娘を「人形」と呼んで蔑む者もいるが、逆に親愛の情・恋愛感情を抱く者もいる…。
…みきは考えるのをやめて、自分もその場を足早に立ち去った。
月曜日、下校時。
校門を出たところで、竹内みきはあの「武蔵」が徒歩で校門に近づいてくる姿を見た。
近づいてきた武蔵は、校門前で立ち止まった。誰かを待っているようだ。
そうしなければならない理由は何もないはずだったが、みきもその場に留まり、武蔵の様子を見た。
人間と交流を持つ艦娘は珍しくないとはいえ、艦娘の姿はやはり目立つ。
まして、特に艦娘に興味のないみきもその名を知っている武蔵ともなれば、下校する生徒から少なからぬ注目を受けていた。
武蔵について話をする生徒たちも何人かいた。
聞こえてきた話によれば、あの武蔵は遅くとも先月の半ばあたりから下校時の校門に姿を見せるようになったという。
誰かを待っているようだが、誰を待っているのか…。
と、そこに鈴木が姿を現した。
みきが鈴木の姿を見るのも久しぶりのことだったが、みきはその鈴木の姿に違和感を覚えた。
(鈴木くん、何だか前と違う…前は…あれ?鈴木くんって、どんな感じだったっけ…?)
鈴木が現れると、武蔵は口を開いた。
「よう、鈴木。」
「あ…武蔵さん。」
「すまんな、毎度毎度歩きで。私用で車を出すと、大淀さんがうるさくてな…じゃ、行こうか。」
「はい。」
武蔵と鈴木は去って行った。その場を去る鈴木の顔には微笑みがあった。
その微笑みに、みきは見覚えが
やはりあの武蔵は鈴木と関わりを持っていた。
そして武蔵とともに行く鈴木は、みきの全く知らない鈴木だった。
(何なの?どういう、ことなの…?)
火曜日、武蔵は現れなかった。鈴木は登校していたが、みきは鈴木と顔を合わせることができなかった。
水曜日、下校時間。武蔵は現れた。
みきは、意を決して武蔵に話しかけた。
「あっ、あの…少し、良いですか?」
「…貴女は?」
「私、…竹内、みきって言います。鈴木くんとは、その…幼馴染、で…。」
「…竹内みき…ああ、貴女が…。」
みきが名乗ると、この武蔵は露骨に眉をひそめた。
「あ、あの…あなた、艦娘の武蔵…さん、ですよね。その…鈴木君とは…どういう…。」
「…いかにも、私は艦娘の武蔵。通り名は”
武蔵…黒鉄武蔵はそこで一度言葉を区切り、そして言葉を続けた。
「…まあ、貴女になら話してもよかろう。私は鈴木の”セックスフレンド”というやつだ。」
武蔵が口にした単語に、みきの思考は一瞬止まった。
気力を振り絞り、止まった思考を再起動させ、武蔵に問うた。
「セ、セックスフレンド…って、どういう…。」
「セックスを楽しんだり、ゲームに興じたり、勉強を見たり…まあ、そういう仲だということだ。セックスフレンド、というのは使い慣れぬ言葉だが、これで合っていると思う。」
「セックスを楽しむって…嘘、鈴木くんが、そんな…。」
「事実だ。疑うなら、鈴木に直接確かめればいいだろう。もうそろそろ、校舎から出て来る頃だ…。」
(ダメ、直接なんて…確かめられない…ッ!)
…みきはその場から逃げ出した。
「どうしたんだい、みきちゃん。」
みきが逃れた先は、佐藤の家だった。
「佐藤君っ、私…私…。」
「…ここじゃ何だから…まあ、上がってよ。」
みきには話さなければならないこと、話したいことがあったはずだったが、それを言葉にすることはできなかった。
何も言うことができないまま、みきは佐藤に身を任せた。
みきは、逃げずにはいられなかった。佐藤とのセックスに溺れずにはいられなかった。
こんな時であっても、佐藤とのセックスは気持ち良くて堪らない。
少なくともそれに溺れている間は、逃げることはできた。
「大丈夫かい?」
事が済んだ後、佐藤がみきに問いかけた。
「…うん。ありがとう、佐藤君…。」
「どういたしまして。…僕にはこんなことぐらいしかできないけど、僕はいつでも君の味方だよ。」
「ありがとう…ありがとう…。」
(鈴木くんも…あの武蔵さんをこんな風にしてるのかな…。それとも…あの武蔵さん、体も大きくて力も強そうだし……違う、何か違う…このままじゃ、鈴木くんが…。)
そんなことを思っていると、佐藤は再びみきの体を抱き寄せた。
「さ、佐藤君!?」
「…また、大丈夫じゃなくなってるね?…僕にできること、また、させてもらうよ。」
(…佐藤君…やっぱり私のことちゃんと見てくれてる…。)
逃げて、溺れて、逃げて…みきは一日を終えた。