武蔵が鈴木の勉強を見るようになって、二日目。
武蔵にも仕事がある。本来なら武蔵が毎日鈴木の勉強を見る、というのは無理なのだが、この時は二日連続で勉強を見ることができた。艦娘にとっては勤め先がそのまま自宅でもあるからか、ある程度時間を融通することはできるようだ。
武蔵の宿舎、武蔵は鈴木に数学の話をしていた。
「見た目にはどれだけ複雑あっても、数式は結局足し算・掛け算だけで構成されている。足し算・掛け算には数や量を『合わせる』作用があるが、数や量を『分ける』作用もある。」
1+1=2,2×3=6
「これらには『1と1を足し合わせて2』『2と3を掛け合わせて6』という意味もあるが、『2は1と1に分けられる。』『6は2と3に分解できる』という意味もある。」
「すると、数学…代数・解析の『基本的な遊び方』は、足し算・掛け算で数や量を分けて、そこに…何と言うのかな…
「もちろん足し算・掛け算で数や量を合わせて…それこそ無限に足し合わせ・掛け合わせて、そこに現れるものを観るという『遊び方』もある。例えば『バーゼル問題』という問題があって…」
「ただいま。」
武蔵の講義はここで中断した。
鈴木が振り返ると、そこには女の姿があった。
2メートルはあろうかという長身、暖かみを帯びた白い肌、ポニーテイルに纏められた長い、焦げ茶色の髪。
(臙脂色のジャケットとベレー帽、ベージュのパンツ。海神警備の制服である。)
現れた女に、武蔵は応えた。
「お帰り、姉さん。」
武蔵が「姉さん」と呼ぶ相手。女は艦娘「戦艦大和」だった。
(因みにに殆どの武蔵は大和のことを「大和」と呼ぶ。大和のことを「姉さん」と呼ぶ武蔵は珍しい。)
「武蔵、この方は?」
「ああ、そいつは…。」
武蔵が大和の問いに答えようとした時、黙ったままでいることの無作法さに耐えられなくなった鈴木が口を開いた。
「あ…ぼ、僕は鈴木って言います。武蔵さんとは、その…友達です。」
鈴木の拙い自己紹介を受けて、大和はその場で立て膝をつき、鈴木の顔を15秒ほど見つめてから自己紹介をした。
「…初めまして、私は”
そして続く大和の言葉は、鈴木を狼狽させた。
「武蔵とお友達になっていただいて、ありがとうございます。でも、この子が…武蔵が産むのは、私の子ですから。」
「む、武蔵さんが大和さんの子供を…って、武蔵さんと大和さんって、姉妹、でしょう?」
「姉妹艦は姉妹と言っても、人間と違って血の繋がりがあるわけではありません。艦娘同士で子を生せることも相俟って、
「でも、どうして僕にそんな話を…?」
「鈴木さん、この子と情を交わしたでしょう?」
「情を交わした、って…。」
「武蔵とセックスしたでしょう?」
「そ、それは…!」
「私にはお見通しです。この子が所謂『誰とでも寝る
「…………。」
やはり責められるんだろうか、罵倒されるのだろうかと、鈴木は思ったが…。
「嫌でなければ、これからも武蔵と仲良くしてください。」
「え?」
「貴方さえよければ、これからも武蔵とセックスしてください。」
「え?え?…で、でも、大和さんは…武蔵さんと恋人っていうか、夫婦って言うか…そういう関係なんでしょう?」
「情交というのは文字通り情を、親愛の情を伝え合う仕方の一つです。一緒に食事をしたり、
大和は溜めて、続けた。
「貴方がどれだけ武蔵と情を交わしたとしても、それで私と武蔵の絆は途切れたりしません。そもそも…武蔵が誰と情を交わしたかなんてことは、武蔵を求める私の気持ちには何も関係ありませんから。この子と…武蔵とお友達になってくれるなら、仲良くなってください。情も交わしてください。その上で言います。この子を孕ませるのは私です。この子は、私の子を産むんです。」
大和の言葉は、受け止めなければならないものとして鈴木の心に刺さった。
「あ…っ、ごめんなさい。私ったら、つい熱くなってしまって…失礼なことを…。」
「いえ…なんか、僕の方こそ…すみません。」
「…私からもおもてなしをしたいのですが、まだ業務がありますから…。近いうちに、改めて私からもおもてなしさせてください。」
「武蔵、これから提督のところに行ってくるから。…鈴木さんに、失礼のないようにね。」
大和はそう言って宿舎を出た。鈴木が武蔵に振り返ると…。
「どうしたんですか!?武蔵さん!」
武蔵は心臓のあたりに両手を当てていた。呼吸も明らかに荒くなっていた。
「ハァ…ハァ…ん…いや…今、姉さんが私を孕ませる、と言ってくれただろう?それが…嬉しすぎてな…。」
「え…嬉しすぎ、て…?」
「そうだ…別に今日初めて聞くような言葉でもないんだが…姉さんがああ言ってくれる度にこうなってしまうんだ…。」
「体調が悪いわけじゃ、ないんですね?」
「うむ…だが、嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ…。こんな
「明日じゃなくて…明後日、ですか?」
「今夜私は姉さんに、それこそ足腰が立たなくなるまで可愛がられてしまう。そうなれば、明日お前の相手をするのも無理だ。だから、続きは明後日、だ。」
「本当は送ってやらなければならないんだが…この
「いえ、いいんです…それじゃ、また明後日。」
鈴木はそのまま帰宅した。その日は一晩、鈴木は「喜びすぎていた」武蔵の姿に悩まされた。
翌日、武蔵は現れなかった。
そしてその次の日、武蔵は現れた。
鈴木が武蔵の姿を認めたとき、武蔵は目を閉じていた。
鈴木が近寄ると武蔵はそこで目を開いたが、その時の武蔵の顔に鈴木は狼狽えた。
「ん…来たか…。昨日はすまなかったな。じゃ、行こうか…。」
潤んだ、焦点が定まっていないように見える目。抑えようとしているのだろうが、抑えきれていない微笑み。肌色が褐色であるためよくわからないが、頬も上気しているようだ。…そんな武蔵の顔を見た鈴木は、自分が牡であることを思い知らされた。
岩川台営業所への道中、鈴木はある種の罪悪感に苛まれながら、自分の「牡」に抗っていた。
武蔵はそんな鈴木に声をかけた。
「私の顔が気になるか?」
「はい…この前も見ましたけど、武蔵さんもそんな顔するんですね。武蔵と言えば、まさに戦士!って性格なのかと思ってたんですけど。」
「どれだけ武人然とした性格であっても性欲はあるし、セックスに満足すればこんな顔にもなる。…まあ、こんな顔のまま外出する武蔵など、私ぐらいのものだろうがな。」
「………。」
「ああ、それにしてもいい気分だ。この気分、誰かと分け合いたいものだな。」
その後一分ほど黙ったまま歩いたところで、武蔵が再び口を開いた。
「…鈴木…私は今『お前とセックスがしたい』と言ったつもりだったんだが、この言い方では遠回し過ぎたか?」
「!?げほっ!ごほっ!」
「動揺させてしまったか。」
「きゅ…急に何言いだすんですか!?」
「驚かせてしまったことについては謝る。それで、どうなんだ?」
「何がです?」
「私はお前とセックスがしたい気分なんだが。」
「だ、だから…急に何言いだしてるんですか?そ、そんなこと、こんなところで話すようなことじゃないでしょう?」
「お前は女友達の誰かがこんな風に言ってきたとしても、そんな風に返したのか?」
「…………!!」
鈴木は山田さくらからも、委員長(川上さん)からも、竹内みきからも、はっきり「好き」とか「付き合ってほしい」とか言われたことはない。
だが仮に誰かからそう言われたとして、鈴木は答を返すことができただろうか。武蔵は
「せめてハッキリ言われたときは、ハッキリ返した方が良い。決められないなら、話を逸らしたり遠回しな言い方をしたりせず、決められないとハッキリ返した方が良い。私はそう思う。…まあ、今更という感じもするがな。」
「…………。」
「それで、どうする?お前とセックスがしたい気分だというのは本当だ。もし嫌なら、予定通りバーゼル問題の話をするだけだが…。」
「…ハッキリ言われたときは、ハッキリ返した方が良いんですよね。じゃあハッキリ返します。『嫌じゃありません』。」
バーゼル問題の話は、この翌日に持ち越された。
この時以来、鈴木は武蔵とのセックスを躊躇わなくなった。
セックスに明け暮れるということはなかったが、お互いにそう言う気分になった時は必ず情を交わした。
だいたい三度会えば、一度はそういう雰囲気になった。勉強の後、締めとして交わることもあった。
初めのうちは無我夢中で武蔵の中に精を放っていた鈴木だったが、武蔵と体を重ね続けるうちに武蔵の悦びを感じられるようになった。
次第に武蔵の中に精を放つより、もっと武蔵を悦ばせたいと思うようになった。
そして鈴木は、武蔵を絶頂に至らせてから武蔵の中に精を放てるようになった。
しかし、それで鈴木が自惚れるようなことはなかった。
武蔵には大和がいる。そして武蔵には他にも「特別な相手」が何人かいるらしい。
武蔵を悦ばせることはできるようになったが、鈴木は自分が、大和や他の「特別な相手」には及ばないということも自覚できてしまった。
しかし武蔵は、自分の中に精を放つ鈴木にこう言った。
「ああ、気持ちいい…お前の生きる力を感じるぞ…これだけ悦ばせてくれれば十分さ。」
事後に武蔵は、よく色事についての雑学という体裁で避妊法や性感染症の予防法について話をした。
女の体の素晴らしさや、人体の繊細さについて語ることもあった。
そんな武蔵は、将来鈴木に人間の伴侶ができることを想定しているようだった。鈴木にはそう思えた。
(艦娘とのセックスでは避妊は無意味だし、艦娘は感染症に罹ること自体がない。また艦娘の肉体は人間よりもはるかに頑健だ。そんな艦娘の武蔵がこんな話をするということは…。)
武蔵と学び、情を交わす日々の中、鈴木は、大和から聞かされた言葉についても考えた。
『貴方がどれだけ武蔵と情を交わしたとしても、それで私と武蔵の絆は途切れたりしません。武蔵が誰と情を交わしたかなんてことは、武蔵を求める私の気持ちには何も関係ありません。』
(さくら、委員長とみきが佐藤のハーレムに行ってしまって、僕はみんなに見捨てられたと思った。僕とみんなの繋がりは切れてしまったと思った。でも大和さんは、武蔵さんが僕とセックスしても武蔵さんに対する自分の気持ちは変わらないと言った。大和さんにこう言われて、武蔵さんも『どうにかなってしまいそうな程』喜んでた。武蔵さんは僕とも、他の誰かともセックスしているけど、大和さんともしっかりとセックスしてる。そして大和さんに抱かれた武蔵さんは本当に幸せそうだ。『他の誰かとセックスしたぐらいでは途切れない絆』が武蔵さんと大和さんの間にはある。そういう絆が有り得るんだとしたら、みんなが佐藤とセックスするようになったからって、みんなと僕の繋がりが途切れたと思うのは間違いだってことになるのかな。どんな形になるにせよ、僕がみんなとやり直せる可能性はあるってことなのかな。…ああでも、武蔵さんとセックスするようになった僕を、みんなは受け容れてくれるのかな…。)
鈴木は考え続けたが、具体的な行動は起こせないでいた。そしてそのまま時は二ヶ月、三か月と経っていった。