土曜日の午前中、竹内みきは余韻に浸りながら家路についていた。
その前日、金曜日は久しぶりに佐藤の家で『お泊り会』をした。
一晩で何度達したか覚えていない。自分と同じように達するさくらや委員長(川上さん)の姿も、見ていて楽しかった。
ただただ気持ち良く、楽しい夜だった。
土曜日の午前中、竹内みきはそんな快楽と愉悦の余韻に浸りながら、家路についていた。
しかし、ふと前を見たときに目に入った女の姿がその余韻を打ち消した。
2メートルはあろうかという長身、褐色の肌、銀色の髪。
(そして黒と灰色を基調としたジャケット・パンツという装い。)
女は…黒鉄武蔵だった。
(どうしてここにあの武蔵さんが…鈴木くん…鈴木くん?)
ここでどうして鈴木の名が浮かんだのか、みき自身にもわからなかった。
しかし武蔵の姿から鈴木を連想したみきは、理由も何もわからないまま武蔵の前に立ち塞がった。
「何ですか?」
武蔵の顔にはあからさまな嫌悪の表情が浮かんでいた。
「黒鉄武蔵さん、ですよね?少し、お話させてほしいんですけど。」
「…この近辺に、武蔵は私を含めて三人います。失礼ですが、
「嘘!私を見てそんな顔をする武蔵さんなんて、あなたしかいないじゃない!」
確かに黒鉄武蔵は竹内みきと初めて会ったとき、露骨に眉をひそめていた。
「…話があるなら、手短に済ませてくれ。」
「…ええと…。」
みきが武蔵の前に立ち塞がったのは、焦燥感に駆られた全く衝動的な行動だった。
話すべき内容など、何も定まってはいなかった。
「…込み入った話なら、そこの喫茶店でしようか。」
喫茶店。店名はみきも武蔵も確認しなかった。
二人の前にコーヒーが運ばれてきた。注文したのは武蔵だった。
話がある、と言ったはずのみきからは言葉はなかった。
口を開いたのは武蔵の方からだった。
「それで?話というのは何なのだ?残念ながら、今日は非番で時間はある。少しぐらいなら、込み入った話でも聞こうではないか。」
武蔵に促されて、みきはようやく話を始めた。
「武蔵さん…あらためて聞きますけど…鈴木くんとは、いったいどういう…。」
「私と鈴木はセックスフレンドというやつだ。前にもそう言ったはずだが。」
「セックスフレンド…って…。」
「だから、セックスを楽しんだり、ゲームに興じたり、勉強を見たり…そういう仲だということだ。これも前に言ったはずだぞ。」
「セックスって…嘘…鈴木くんが…そんな…。」
「事実だということも前に言ったし、嘘だと思うなら鈴木に確かめたらいいだろうとも言ったな。貴女の話というのは、前に聞いたことをもう一度聞くことだったのか?」
「!む、武蔵さんは鈴木くんとセックスしてるって言いましたけど、鈴木くんのこと、どう思ってるんですか?」
「どう、とは?」
「鈴木くんのこと、真剣に想ってるんですか!?それともただの遊びなんですか!?」
「質問の意味が分からない。鈴木のことを真剣に想っているのか、鈴木とは遊んでいるのかという訊かれ方をしたら、『鈴木とは日々真剣に遊んでいる』と答えるしかないな。」
「ふ…ふざけないでください!」
「ふざけてなどいない。鈴木とは日々真剣に…真摯に遊んでいる。真摯にセックスを楽しみ、真摯に学問を楽しみ、そして真摯に生きることを楽しんでいる。私としては、本当にそう答えるしかない。」
「…………。」
みきは武蔵の回答に困惑していた。
(わからない…ふざけてるわけではないみたいなのに…この武蔵さんは真剣なのか、ただ遊んでいるだけなのか…わからない…。)
困惑したみきに、武蔵が問いかけた。
「結局、貴女は私に何をどうしてほしいのだ?」
「鈴木くんを!…鈴木くんを、弄ばないで、ください…ただ…それだけ、です…。」
「鈴木を…弄ぶ?何のことだ?」
「………。」
「…鈴木が私とのセックスを楽しんでいることを指して言っているのか?」
「………。」
「貴女は日々佐藤とのセックスを楽しんでいながら、鈴木にはセックスを楽しむなと言うのか。」
「!!…そ、それは…!」
「貴女がそんなことを言うのなら、私からも言わせてもらうとしようか。」
武蔵は続けた。
「貴女は自分が佐藤とのセックスを楽しんでいるとき…生きる悦びを謳歌しているとき、鈴木がどうしていたか知っているのか。」
「どうって…それは、少しは気落ちしていたかもしれないけど…。」
「鈴木は死にかけていた。」
「う…嘘!ど、どうして…。」
「どうして、だと?貴女と山田さん、川上さんが佐藤の下に走り、鈴木を見放したからだ。」
「そんな!わ、私、鈴木くんを見放してなんか…。」
「ではどうして貴女は鈴木が死にかけていたことを知らなかったのだ。鈴木を見放していたから、鈴木のことなど見向きもしていなかったから、という以外に何か理由があるのか。」
「………。」
「貴女は私に、鈴木を弄ぶなと言ったな。私が鈴木の傍にいるのは嫌か。」
「それは…私だってずっと鈴木くんと一緒にいたのに…今、鈴木くんの傍にいるのがさくらちゃんでも、川上さんでもなくて、いきなり出てきた武蔵さんだなんて…納得できない…。」
「では私が鈴木から身を引いたとして、貴女はその後どうするつもりなのか。」
「え?」
「身を引いた私に代わって、鈴木とセックスを楽しんでくれると言うのか。」
「そんなことっ!できるわけないじゃない!」
「何故だ。」
「なんでって…私は、もう佐藤君と…。」
「佐藤?佐藤がどうしたというのだ。聞けば佐藤は貴女の他にも山田さんや川上さんともセックスを楽しんでいると言うではないか。しかも、貴女もそのことは承知している。」
「………。」
「ならば貴女が鈴木とも関係を持ったからと言って、貴女が責められるような道理はあるまい。何故そうしないのだ。」
「だって…今の鈴木くんには…武蔵さんがいる、から…。」
「何故そこで私の名前が出て来る。貴女は私を鈴木の傍から排除したかったのではないのか。」
「でも…でも…。」
「はっきり言うが、私は貴女が嫌いだ。だが鈴木と貴女がどういう繋がりを持つかは、鈴木と貴女にしか決められない。私がどれだけ貴女を嫌っていても、鈴木が貴女との絆を取り戻したいと言えば、私は鈴木のセックスフレンドとして…友として、その意思を尊重しなければならない。」
「…それで…鈴木くんがあなたより私を選んだら…武蔵さんは、それでもいいって…言うの…?」
「残念ではあるが、それが鈴木の意思なら仕方がない。」
さらに武蔵は続けた。
「山田さん、川上さん、そして貴女は鈴木を見放し、鈴木を死の淵に追いやった。」
「!!」
「そして貴女は鈴木と私を引き離したがっておきながら、鈴木の傍に戻ることを拒んでいる。佐藤や…あろうことか私を言い訳にしてまで、な。私が鈴木の傍を離れたとして、その後貴女も、他の誰かも鈴木の傍にいなければ、鈴木はまた死の淵に追いやられることになる。」
「そんな…そんな…!」
「貴女はもはや、鈴木の幼馴染などではない。鈴木に取り憑く死神だ。」
「ひどい!」
「一度鈴木を死の淵に追いやり、今再び鈴木を死の淵に追いやろうとしている死神ほどではない。」
「違う!私は死神なんかじゃない!」
「それを証明するには、貴女は私ではなく鈴木の前に立たなければならない。鈴木の傍に居たいと、鈴木の傍
「………。」
「できないなら、あるいはそうするつもりがないなら、貴女はやはり鈴木に取り憑く死神だ。もう二度と鈴木の前には現れるな。」
みきは泣き出し、店を飛び出してしまった。
二人分のコーヒー代を支払い店を出たとき、武蔵はみきとの対話で大きな過ちを犯していたことに気づいた。
「…しまった…!」
土曜日の午後、岩川台営業所、武蔵の宿舎。
鈴木が武蔵を訪ねてきたとき、武蔵は見るからに沈痛な面持ちで座り込んでいた。
「どうしたんですか!?武蔵さん!」
「鈴木…済まない。」
「済まないって…どうしたんですか?」
「…今朝、竹内さんに会った。」
「みきに?そ、それで?」
「お前から身を引けと言ってきたので、突っぱねた。」
「突っぱねたって…みきとケンカになったってことですか?」
「うむ。」
「…みきの幼馴染としてはちょっと悲しいです。でも、僕に謝るようなことじゃないと思いますが…。」
「竹内さんと喧嘩になったことが問題ではないんだ。」
「竹内さんは、私がお前を誑かして弄んでいると思い込んでいた。それで竹内さんは私に、お前を弄ぶのはやめてくれと言ってきた。」
「弄ぶって…みきには僕たちのことがそんな風に見えてるんですか?」
「そうらしい。だが、竹内さんがこう思いこんでいたということは、竹内さんにはお前に対する気持ちが、僅かであれ残っていると言うことを意味している。」
「!!」
「私はそんな竹内さんからの要求を単純に突っぱねて、彼女を追い払ってしまった。」
「…お前には悪いが、私は竹内さんが嫌いだ。だからこうしてしまったのだが…これが間違いだった。」
「それもちょっと悲しいですけど…間違いって?」
「私はあの時、竹内さんが直接お前に会いに行くように、話を進めなくてはならなかったんだ。」
「みきを直接、僕に…?」
「お前と竹内さんを直接話し合わせるべきだった。そうすれば、お前は竹内さんを佐藤から取り戻すことができたかもしれない。」
「!!」
「だが、そんな話もしないまま私は竹内さんを追い払ってしまった。竹内さんはお前に直接会うことに迷い…躊躇いを感じているようだ。そんな竹内さんが自分からお前に会いに来ることは、おそらくあるまい。…私は、お前が竹内さんとの絆を取り戻す好機を潰してしまった…。」
武蔵は頭を抱えた。鈴木は…そんな武蔵の後ろに回り、武蔵をそっと抱きしめた。
「鈴木?」
「武蔵さん、セックス、しましょう。」
「セックスって…こんな時に…。」
「武蔵さん、僕に済まないと思ってるんでしょう?だったら、武蔵さんの体、僕の好きにさせてください。」
「…わ…わかった…。」
そして武蔵は鈴木に身を委ねた。
好きなようにさせろと言った鈴木だったが、鈴木の行為はどこまでも繊細・丁寧だった。
前戯、挿入、愛撫と抽挿。いずれも武蔵の心身を蕩けさせた。
やがて武蔵は絶頂に至り、鈴木は武蔵の中に精を放った。
武蔵は、大和との交わりにも劣らぬ深い満足を得て、放心・忘我の境地に至った。
事後。
「…武蔵さん…武蔵さん…。」
「ん…ああ…。」
「ああよかった!急に何も反応しなくなったから…僕の言ってること聞こえますか?わかりますか?」
「あ…ああ…聞こえているし、わかっている…。」
「一体どうしたんですか?」
「いや…今のセックスが良さすぎて、な…放心してしまったようだ。」
「武蔵さん…ごめん…。」
「…何を謝る?」
「さっきの武蔵さんを見たとき、何かしなきゃ、何とかしなくちゃと思ったんだけど…僕が武蔵さんにできることって言ったら、これぐらいしか思いつかなくて…。」
「……謝らなくていい。お前は何も間違っていない。今のセックスは、放心してしまうほど素晴らしかったぞ。それだけじゃない、何だか救われたような、赦してもらえたような…そんな感じすらする。お前は本当に私を『何とかしてくれた』。」
「………。」
「赦してもらえたと言えば…私はお前に訪れた好機を潰してしまった。それなのに、お前からこれほど良くしてもらえるなんて…申し訳ない気がしてならないんだが。」
「武蔵さんこそ、申し訳ないなんて思わないでください。みきとのことは、本当は僕自身で何とかしなくちゃならないことなんです。それなのに、武蔵さんを煩わせた挙句、辛い気持ちにさせてしまって…。おまけに、武蔵さんから話を聞いても、まだ僕自身がみきの前に出る勇気を持てないでいる…。」
「………。」
「武蔵さん?どうしたんです?」
「いや…お前はもう『大丈夫』なんだと思って、な…。」
「?まだ大丈夫なんかじゃありませんよ。みきとのことも決心できないでいるって言うのに…。」
「そうだな、まだ完全ではないかもしれない。しかしお前は少なくとも『大丈夫になりつつある』。私はそう思う。」
「そうでしょうか…。」
「そうだとも。」