鋼の錬金術師 賢者の石を持つ彼女はアラサー女でした 作:木桜 春雨
取引をしましょうと美女は笑った、それは妖艶な笑みだった。
貴方は向こう側の世界に行く、そこで人間として死ぬまで生きる、キメラの実験はできないけど妻と子供がいる、どう、いい条件でしょう」
タッカーの顔が信じられるのかと疑心暗鬼の表情になるのは無理もない。
「どういうことだよ、ラスト」
エンヴィーの言葉に状況が変わったのよと美女は視線を三人の男に向けた。
「錬金術師とイシュヴァール人がいるなんて、予想もしなかったわ、時間がないの、さあ、決断しなさい」
布に包まれたのは握りこぶしぐらいの透明な石、ガラス玉のようだ。
「これが、験者の石なのか」
エンヴィーの言葉は、どこか疑っているような口調だ、だが、それと同時に行動を起こしたのはスカーだ、奪おうとして彼女の腕と石を掴もうとした。
「ダメッ、駄目」
声が響いた、現れたのは小さな女の子だ、だが、その体は透けている、着ている服もボロボロだ、子供はスカーの前に立って両手を広げた、まるで彼から美女を庇うようにだ。
「喧嘩は駄目、お兄さんは軍の人なの、駄目だよううっ」
泣きそうな声にスカーの顔に困惑の表情が浮かんだのも無理はない、子供はくるりと振り返るとラストに両手を出した。
「それ、石、開けられるのね、扉」
子供はラストから受け取った石を手に取り、くしゃくしゃになった顔から、ほんの少し笑顔になった。
「みな、帰れるよー」
「父ちゃんに会えるか、母ちゃんにも」
子供の声に応えるように、部屋の中に数人の子供の姿が現れた、骨と皮だけの痩せた体の子供達は、ぼろぼろの服を着ている。
「おじさんもあっちに行くの、家族が待ってるのね」
子供はタッカーに石を手渡すと男の顔を、じっと見た。
「女の子がいるのね、ワンちゃんもいるよ、凄く大きなワンコだ」
「うれしい、仲良くなれるかなあ」
「名前はなんていうの」
そのとき、部屋の壁の一部が白く光った。
「開いたよー、帰ろうっ」
「でも、こっちの扉も閉めないと駄目、誰が残るの」
子供達は無言になった、そして互いの顔を見ると顔をくしゃくしゃにした。
あたしがと、一人の子供が言いかけたとき、大丈夫と女の声がした。
「扉は大きい、子供には無理、向こう側に着いたら、そのおじさんに扉を閉めてもらって」
子供達は、ベッドの上の女性を見ると驚いた顔になった。
「子供は大人の事をきかないと」
部屋の中がしんとなった。
一人の子供がタッカーの手を取った、早く行かないと閉まっちゃうよ、他の子供達もタッカーの手を取り、背中をぐいぐいと押す、一歩、二歩、踏み出したタッカーだったが、振り返るとベッドの上の女を見た、何か言おうしたが、かぶりを振った。
そしてポケットから取り出したものを女に向かって放り投げた。
「あの部屋で見つけたんだ、あの男は、知らない」
子供とタッカーの姿が壁の中に消えていくと同時に犬の声と子供の声がした、お父さーんっ、いや、それだけではない、女の声もだ。
女は窓の外を見ると雪が降っているのと尋ねた、そしてスカーの名前を呼んだ、外へ出たいと。
女を抱き上げて、部屋の外へ出ようとしたスカーだが、ドアが開かない。
「どうしました、傷の男」
代わりにドアノブに手をかけたキンブリーだが、火花が散ったことに驚いた。
誰かいる、扉の向こうにとマルコーの言葉に、ドアが真っ二つに割れた。
割れた扉の前に立っていたのは男を見てラストだけではない、エンヴィーも驚いた、いつもは白い装束をまとっていた男は今はグレーのスーツを着て、髪を後ろにまとめて、どこにでもいる人間のような恰好をしていた。
男はベッドに近寄り女のすぐそばの透明な石を手に取るとキンブリーとマルコーを見た。
「おまえ達は、これが欲しいだろうな、それでここまで来たのだろう」
「私たちは彼を連れ戻せと言われただけで」
キンブリーは、この時、自分達は騙されていたのかと言いたげな顔になった。
「賢者の石、だが、理解する事はできないだろう」
そう言って男はマルコーを皮肉の混じった目で見た。
「石の作り方を教えて欲しいか、そんなつもりはなかったんだろう、子供達を助けるからと、善良な医師のふりをして、かくも浅ましい生き物だ、おまえ達、人間は」
「喧嘩しているの」
女が窓の外から視線をうつし、部屋に入ってきた男を不思議そうに見た、誰といいたげに。
「騙されていると分かっていた筈だ」
「騙す、でも優しかった、お医者さん」
声が少しずつかすれていく。
「おまえたち、セントラルへ行け、エンヴィーおまえがいた場所よりも地下、最下層の部屋に、水槽がある、壊れているかもしれないが、水をかき集めろ、もし邪魔をするようなら、それはおまえ達の判断に任せる」
誰かいるのか、エンヴィーの言葉に男は頷いた。
「キング・ブラッド・レイよ」
冷めた口ぶりで呟いたのはラストだ。
「色々とあるが、腹が立つのは、おまえもだ、イシュヴァール人よ」
キンブリーとマルコーを冷めた目でいた男だが、スカーに対する視線は違うものだった、男はスカーの顔を見ていたが、その表情が不意に変わった。
「おまえ、ああ、そうか、あの男の、どうりで」
最初は自分達の民族の事を侮辱しているのかと思ったスカーだが途中で違和感を感じた。
「もしかして、おまえ、兄を」
知っているのかと疑問を口にした、すると似ているなと、どこか投げやりな言葉が返ってきた。
「口だけなら何とでもいえる、随分と立派なことを言ったが、結局は、これだ、利を得た者はいない、誰もな、さあ」
男は両手を差し出した、渡せと言わんばかりに。
スカーは抱いている女を見た目を閉じている、眠っているようにも見えるが、もしかして死にかけているののかもしれないと思ったくらいだ。
「嫌だと言ったら、どうする」
「許したのだ、あのとき一度、最良の答え、結果を出すわけがないと分かっていながらだ、だが」
女は水槽の中で水と戯れていた、自分の下半身が魚のようになってしまったが、仕方ない。
仕方ない、何度か自分に言い聞かせると安心できた、諦めの言葉ではないからだ、これは自分が自身にかけるかける魔法の、まじないの言葉だと女は思った。
暗い部屋の中、窓の外には雨、いや、雪かもしれない。
本を読んであげようと男性が部屋に入ってきた。
錬成、賢者の石、錬金術、言葉が少しずつ分かってきた、だが、何を意味するのかわからなかった。
ある日、自分の水槽の中に石があることに気づいた、透明な石だ、男性に見せると喜んだ、だが、数日が過ぎて。
どうして、そんな顔をするのだろうと女は思った、悲しそうな、苦しそうな顔だ。
(ああ、似ているのだ)
「逃がしましょう、彼女を、先生」
若い黒髪の男性が言った。
ここから出る事ができるのだろうか、でもそんな事をしたら困らないだろうか、だから。
あそこから出ては駄目だ、自分は、だから名前を呼ばずにはいられなかった、迎えに来て欲しいと。
「ブラッド」
正直なところ釈然としないというか、いい気分ではありませんキンブリーの言葉に、それは自分もだとマルコーは頷いた。
二人はセントラルのカフェにいた。
「これ、私のポケットに入っていたんですが、何だと思います」
自分の胸ポケットから殿出した透明なガラス玉をテーブルの上に置いた、賢者の石じゃないのかね、マルコーの言葉にキンブリーはそうなんでしょうね
と頷いた。
「願ったところで何か望みが叶う訳ではないみたいです、でも、これは保険なんでしょうね」
数日前、セントラル、軍の中央本部で火災が起きた、地下倉庫が全焼したのだ。
キンブリー、マルコー、スカーの三人が呼ばれた、自分達の責任ではないのに何故か上層部の顔も知らないお偉い方々が集まっていた、色々と質問されたが、答えられるわけがない、黙って聞いていたマルコーが透明な丸い石を差し出すと、高官達は注目し、無言になった。
「馬鹿にしているのか、我々を」
一人の男が席を立ち、怒声をあげた、だが、他の者は無言だ。
「手を出すなと、いうことだよ、扉は完全に、負けたのだ、我らは」
「ホムンクルスにか、それとも」
「人間に、だよ」
説明を求めても無駄だろう、マルコーはそれを自分のポケットにしまった。
これが賢者の石だとしても、自分は使えないのかもしれない、いや、使いたいとも思わなかった。
「スカー君は、どうしている」
「墓参りみたいです」
そうか、マルコーは頷くと空を見上げた。
帰るよ、振りそうだからねと言ってしまった。
「雨が、それとも雪がですか、ですか」
キンブリーの言葉は笑いたくてもできない冗談だと思いながら、マルコーはカフェを後にした。
最終回です、ここまでお付き合いくださってありがとうございます。
今回、オリジナル設定を色々と入れて、内容もご都合主義になってしまいました、ちょっと暗い内容ですが、色々とオヤジキャラを入れる事ができたので作者は満足です。
とにかく書いていて自分は、どれだけハガレンが好きなのかと改めて実感。
終わった今になって、こんなにハマってしまうとは。
シリアスを書いていると反動でギャグをと思うのですか、今回、この話を完結させて、書き上げるまで我慢してました(自分にしては驚くほどの忍耐力)
お父様、マルコー、キンブリー、スカー、とにかく声優もいいので台詞一つでも悩んでしまって書くのも悩んでしまいました。