「起きたみたいね。最初に手荒な真似をしたことを謝るわ、ごめんなさい。でもこちらにも事情があるの」
目が覚めたのと同時に、クールで凛とした女性の声が脳内へと響き渡る。
この感覚はそう…確か、通常理解出来ない言葉を理解しようとする時に一時的に起こる現象だ。
学生時代に何度か経験した覚えがある。
共振通話…いや共鳴通話だったかな。詳しい名前は忘れたが、たとえ話す言語が違っても、伝えたいと思う意志があれば言葉を知らない相手にも意味が伝わるようにすることが出来る技で、それなりの力を持つ能力者であれば誰でも使える汎用技だったはずだ。俺も一応特級なので使える。感覚的な技能なので習得にはかなり苦労したけど。
便利な反面、順応するまで脳内に直接語り掛けられているような感じがするのが欠点だ。あとは慣れるまで誤爆することも多く、国同士のいざこざにまで発展したところもあるらしい。
ということは、今は話している相手は能力者か。
一体誰が…駄目だ。目隠しでもされてるのかほとんど何も見えない。だが、下の隙間から薄っすらと光が差し込んでいることから、周囲が真っ暗闇ということではなさそうだ。
あと左右の腕を妙に暖かく柔らかい何かにがっちりホールドされていて、身動きを取ることは出来そうにない。
「一体誰なんですか。それに、どうして俺なんかを…」
日本人相手でもかなり訛りが強い人なら変換現象が起きると聞いたことはあるが、わざわざ難解な方言で話すなんて可能性は低いだろうし、今話している相手は海外の能力者である可能性の方が高そうだ。
「詳しいことは、私たちの依頼に協力を約束してくれた後に話すわ。依頼の報酬は日本円で一億。成果次第ではもっと払うつもりよ」
「い、一億!?」
そんなに貰ってもいいのか。皐月さんの依頼の報酬も最終的には四桁万円いって、同じことを思ったけど今度は桁一つ越えてくるとは…。
驚きから思わず唾を飲み込み、見えもしないのに意味もなくあちこちを見回す。
一億もあればもっと良いマンションに引っ越す事だって……。だけどここ以上のセキュリティと立地となると、家賃が一桁…下手したら二桁増えるって聞いたことがあるな。
……待てよ。そもそもいきなり拉致するような相手だ。実は非合法な依頼ってことも十分考えられる。むしろ依頼料を考えるとその可能性の方が高い。
少し前までなら多分パニックになっていただろうけど、皐月さんと出会い色々経験したせいか思ったより冷静に思考出来ている自分に驚きつつ、とりあえずもっと詳しい内容を聞いてから判断してもいいだろうと、変換現象の違和感が解消されたタイミングで相手に話しかける。
「非合法なこと…ではないですよね?」
「違うわ。私たちはあなたに治療をお願いしたいの」
まあ確かに俺に頼むことと言えば治療しかないもんな。治療ならとりあえず法に触れるようなことではなさそうだとホッとする。
「治療依頼ならお受けしてもいいですけど、自分の能力は回復方法が特殊なので多分患者さんが嫌がると思いますよ」
俺に治療されて喜んだ姿を見せたのは、皐月さんを除けばあとは動物くらいだ。まあ皐月さんの名誉の為に言っておくと、マトモに治療した人はまだ皐月さん以外にはいないので、実際治療してみるとみんな案外喜んでくれるという可能性もまだ無くはない。
「体液を使うんでしょう? 知ってるわ。でも今のところあなた以外に低下した能力を治せる能力者はいないから、あなたにお願いするしかないの。わかるわよね」
「…それを知ってるってことは、もしかして協会の関係者なんですか?」
結解さんが協会に報告するって言ってたし、それなら知ってても不思議ではない。
けど協会関係者なら普通に俺に依頼すればいいだろうし、依頼する順番で揉めてて少しでも早く治療してほしいからとかそんな理由だろうか?
「関係者ではないけれど、日本に出向しているスタッフからあなたに関する情報は聞いているし、協会から内々にあなたが私たちの依頼に協力するよう許可は得ているわ」
女性はそう言うと俺に付けていた目隠しを外し、一枚の高そうな質感の紙を手渡す。
急激に明るさが戻った視界が順応するまでの間何度か瞬きした後、渡された紙を見てみるとそこには見慣れた様式の協会からの依頼書があった。
普段は電子版を見ることの方が多いが、特級能力者相手の依頼に使う金色の模様が散りばめられた高そうな和紙に、偽造防止として日本能力者協会を英語表記したJapan Ability Association略してJAAのロゴが四隅にホログラム印刷されているのでまず間違いなく本物と考えていいだろう。
依頼書の内容を見ると具体的に俺を指定しているわけではなかったが、この依頼書を受け取った回復系能力者は全面的に依頼者に協力せよ。と書かれていた。
「依頼書があるならどうして――」
わざわざこんな真似をしたのか。と顔を上げて相手に問いかけようとしたところで、思わず言葉に詰まる。
理由は見上げた先に予想以上の美人の女性が立っていたからだ。
目の前の女性は俺と同じくらいの身長で、透き通るような群青色のストレートヘアーに切れ長の碧眼。眉もシュっとしていて少し威圧感というか一匹狼的なクールな雰囲気がある。だが細く筋の通った綺麗な鼻に雪のような白い頬が暑いのか緊張しているのかわからないが、ほんのり桃色に染まっていて可愛さも同居している不思議な感じだ。
皐月さんには少し劣るがスタイルも見事で主張すべきところは主張し、押さえるべきところは押さえる理想的なプロポーションだ。皐月さんに出会う前の俺ならまず間違いなくもっとよく見るために、目を大きくして身を乗り出していただろう。
さらにSFの映画かアニメで見るような身体のラインにピッチリと沿った白と灰色の戦闘服っぽいスタイリッシュなスーツに首から下の全身を包んでいる。
スーツの効果も相まって大きな胸やお尻が強調されていてとても魅惑的だ。
「どうしたの? 何か私の姿に気になるところでもある?」
「あっ、いえ、何でもないです」
皐月さんとの治療が出来なくなったおかげで、性欲が溜まりに溜まっている俺の身体が目の前の美人に対して急激に反応し出したのを感じて、何でもない風を装いながらさりげなく股間の上に手を置き、意味もなく天井を見上げる。
「嘘。この人リーシャのこと見てから身体の血流の流れが良くなった。特に下腹部に血が集中してる」
「具体的にはペ――」
「治療して欲しい人は誰なんでしょうか!」
左右から淡々とした声色で、不味い事を指摘し始めたので慌てて発言を被せる。と同時に一体誰がこんな事をと左右に目線を送ってみると、白い水着を着た女性…というよりも少女と言った方が適切な女の子達が、俺の腕に自分の腕を絡めながら座っていた。
水着はいわゆるスクール水着というやつで、なぜか胸の前にゼッケンが貼ってあり、拙い字で、左の少女のゼッケンには「みあ」。右の少女のゼッケンには「まりぃ」と書かれている。
それによく見れば水着は薄っすらと透けており色々と危ない。さらに脚には太股の途中くらいまで長さのある紺色のタイツを履いていて、タイツがむっちりとした太股に食い込んでおり、全体的に思わずドギマギしてしまうようなきわどさを感じさせる恰好だ。
少女達は年相応のあどけなさを感じるものの、目の前の女性に負けないくらいの美貌の持ち主で、女性と同じ碧眼の目はクリっとして大きく、指で摘まめそうな小さい鼻がとても可愛らしい。二人とも艶のある金色の髪を肩口で切り揃えていてやや無表情気味であり、あまり血の気の感じない白い肌をしていることから、まるで人形のような印象を受ける。
二人ともとてもよく似た顔立ちをしていて一瞬区別が付かなかったものの、よくよく見ればおっぱ――胸部装甲の厚みがまるで違うことに気づき、これならなんとか判別出来そうだとほっと一息つく。
「ミア。この人とても失礼な事を考えてる気がする」
「私は何も感じない。でもこの人お姉ちゃんの胸を見てから、血の流れが落ち着いてきた気がする」
俺の左にいるミアと呼ばれたおっぱいの大きな方の女の子が指摘した瞬間、急激に腕を締め付ける力が強まる。
具体的には右側の方だけ。
姿に見合わぬ力強さであっという間に右手の血の気が失せていく。
「マリー止めなさい。彼は替えの利かない貴重な能力者なのよ」
「わかった」
目の前の女性が少し呆れた様子で止めに入ると、俺の右側にいるマリーと呼ばれた女の子が渋々と言った感じで力を弱める。
指先どころか腕の感覚すら無くなっていた俺は、急速戻っていく自分の身体の感覚にホッとしながら、目の前の女性に対して感謝の念を抱くと同時に、今は余計なことは考えないようにしようと心を引き締める。
「少し話がズレたけれど、さっきのあなたの発言は私たちに協力するということでいいのかしら?」
「あー、はい。そうなりますね…」
正直なところあまり気は進まない。だけどさっきの発言を蒸し返されるのも困る。まあ協会からの依頼書があるなら悪い人物ではないだろう。
俺の言葉を聞いた女性はホッと胸を撫で下ろし、それを見られていることに気づいたのか恥ずかしそうに頬を染めて誤魔化す様に咳払いした。
「助かるわ。実は私たちはアメリカでヒーロー活動をしている能力者よ。これでも日本の番組で何度か取り上げられたくらい有名なんだけど…その顔だと知らないみたいね。…まあいいわ。今回は日本への救援という名目で来たのだけれど、本当はあなたに治療をしてもらうためにやってきたの」
「い、いや。そんなことは…あっ! そういえば、最近ニュースか何かでお見掛けしたような…」
本当は嘘だ。ただ最近どこかでアメリカがどうとかというのは聞いた覚えはある。
「お世辞は結構よ。もう察してると思うけど、治療をお願いしたいのは私たち自身。出来るかしら?」
「あーはい。皆さん女性ですし、問題ないと思いますけど…あなたはともかく横の二人は年齢的に…」
色々と不味いのではないだろうか。それに下手をすればトラウマを残しかねない。というかそもそも年齢以前に初対面の人を治療するのは色々と気まずいし、皐月さんの時は勢いで流されてしまったけど。
「問題ないわ。彼女たちは見た目は幼く見えるかもしれないけれど、書類上もう成年してることになってるから」
「そ、そうですか。ならいいんですけど…それでえーとあなた方は、どんな治療が必要なんでしょうか。見たところ健康そうですけど」
「私のことはリーシャで良いわ。見て分かる外傷なら、あなたに頼む必要がないことくらい気づいているでしょう。私たちには能力低下の治療が必要なの」
やっぱりそうか。しばらく何の音沙汰もなかったから、実はそんなに能力が低下した人はいないのではないかと思っていたが、とうとうこの時が来てしまったか。
思わず俺は緊張して唾を飲み込む。
「これはまだ日本には伝わってないことだけれど、実はつい最近私たちはアメリカにいる四体の大型怪獣のうち一体の討伐に成功したのよ」
「本当ですか! 大型怪獣には特級能力者でも一握りの限界を超えた攻撃しか通用しないって聞きましたけど…」
「それは少し誤解があるわね。大型怪獣といっても多少格の違いみたいなものがあるの。日本にいるのは大型としてはほぼ最大サイズの二百メートル級だけれど、私たちの倒したアラスカにいた個体は最小の百メートル級だから普通の特級能力者でも一日休めば回復するくらいの全力攻撃でもダメージは与えられるわ」
「あっ、そうなんですか」
「人間で例えるなら蚊に刺された程度の傷だけれどね。大型怪獣の治癒力ならほんの数十秒で治っちゃうわ」
ということはそれでは無理だと判断して、皐月さんのように無茶な攻撃をしてしまったということなのだろう。でもなぜそんな無茶をしたんだろうか?
「あの…どうしてそんな無茶したんですか? それに大型怪獣を倒したのならもう世界的な大ニュースになってるんじゃ…」
「あなたは知らないかもしれないけど、私たちの住むアラスカの主な収入源は石油やガスといった天然資源がメインなの。けれど新たな石油採掘の候補地になっていた北極海沿岸部に大型怪獣が住み着き、パイプラインも破壊されてしまって大打撃を受けてしまったわ」
「そうなんですか」
いまいちピンと来ないが、彼女の深刻な表情から余程の事だというのはわかった。
「だから無茶でもやるしかなかったのよ。倒さなければアラスカは…私たちの故郷は、最低限の人員を残して放棄することが決まっていたから」
そう言ってリーシャさんは悔しそうに拳を握りしめた。
左右に目を向けてみると二人も辛そうに目を伏せている。
少し気まずい空気になってきたな…。
そう感じた俺は、皐月さんを褒める時のようなノリでとりあえず励ましてみようと口を開く。
「…でも凄いですね! 三人だけで大型怪獣を倒すなんて」
「相性が良かったのよ。それに私の能力は氷だからアラスカという環境も有利に働いたの」
腕を掻き、少し照れくさそうにしながらリーシャさんが答える。
「私たちの能力も忘れないで。リーシャが怪獣から奪った熱で怪獣の血をぶわーってさせてごぽごぽさせたの」
おっぱいが小さ――慎ましい方の少女であるマリーちゃんが、手をわしゃわしゃと動かしながら擬音混じりの説明をしてくれたがさっぱりわからない。
「そうね。あなたたちのお陰よ。私だけではどうにもならなかったわ」
「ん。でもリーシャもよく頑張った」
お礼の言葉を言われたマリーちゃんは無表情ながらも、頬に少し赤みが差していて嬉しそうだ。続けてなぜか俺の方に向かって褒めて褒めてと言うかのように頭を差し出してきたので、困ってリーシャさんに目線を送る。私は関係ないと言わんばかりに顔をさっと逸らされる。
これは…撫でるしかなさそうだな。
覚悟を決め、繊細そうな金色の髪を痛めないように優しく撫でてやると、顔を綻ばせて嬉しがりようやく年相応の笑顔を見せてくれた。いや、でも成人しているらしいから見た目通りと言うべきなのかな。
「お姉ちゃんだけ卑怯。私も頑張った」
そんな風に悩んでると俺の服をクイクイっと指で引きながら、先ほどミアと呼ばれた少女も俺に向かって撫でやすいようにと頭を向けてきたので、俺は呆れながらももうここまで来たのなら、と差し出された頭を撫でてやる。が彼女はまだ俺の腕に引っ付いたままなので、撫でる度に彼女の身体が小刻みに動いて、柔らかなその体で俺の腕を色々と刺激し、撫でれば撫でるほど俺の心が乱れていく。
「ねぇ、私も頑張ったんだけど…」
俺のことをジトっとした目で見ながら、腕を後ろ手に組み、身体を少し斜めに傾け、少し拗ねたような声色でリーシャさんが言った。
あんたもですか…。
流石に呆れ大きくため息を吐く。だが、ここまでやってしまったのなら断ることは出来ないだろうと、リーシャさんに向かって手招きし、嬉しそうな笑顔を浮かべてこちらに駆け寄ってきた彼女と少女達の頭を満足するまで、ひたすら撫で続けた。