「残念だけど、あなたの能力は間違いなく低下しているわね。詳しい数値は精密検査が必要だけれど、今のあなたはからは一級クラスの能力しか感じられないわ」
私の学生からの友人である千明が研究所の一室で、数値が羅列されたモニターを見ながら淡々とした口調で告げる。
予想はしていたが改めて現実を突きつけられ、自分の心が沈んでいくのを感じる。
「どうにかする方法はないのか?」
「今のところはないわね。あなたのような症例が今までなかったわけじゃないの。だから回復方法については様々な研究がなされているけれど、一度低下した能力を回復させる方法はまだ見つかってないわ」
「それは科学的な方法でということか?」
答えは分かっているものの一縷の望みをかけて尋ねる。
「残念ながら能力も含めてよ。回復系能力者の中には外傷や病だけでなく、消費した能力を回復させる能力者はいるけど、
消費ではなくはっきりと低下した能力を回復させる能力者というのは、聞いたことがないわ」
確かに私自身聞いたことがない。だがヒーローとして、国の守護者の一員としてまだ諦めるわけにはいかない。
緩みかかった決意を改めて引き締めるためにあえて千明に宣言する。
「そうか。ありがとう。だが私は諦めるつもりはない」
「でしょうね。簡単に諦めるなんて貴方らしくないもの」
「もちろんだ。あとすまないが、私の方でも軍時代の同僚やヒーローの知り合いに当たってみるつもりだが、千明の方でも伝手を利用して色々と調べてくれないだろうか?」
「仕方ないわね。今みたいな様子の皐月を見るのは気持ち悪いから努力してみるわ」
「すまない、頼む」
相変わらず一言多い友人だが、今は逆にいつものように接してくれる友人の態度が有難かった。
私は踵を返して部屋から出ると手始めに軍時代にお世話になった、私と同じように能力が低下してしまったと聞く元上司へと連絡して見ることにした。
――――
「有力な回復系能力者が見つかったというのは本当か!?」
『えぇ。特級能力者にしては珍しく、動物を専門にした変わった男性能力者がいたから気になって調べてみたの』
携帯端末越しに千明の声が届く。
「動物専門だと? 特級能力者でそんなことがあり得るのか?」
特級の回復系能力者といえば、どこの現場でも引っ張りだこなはずだ。戦場でなくとも大病院や富裕層への治療など依頼には事欠かない。
中国が超大型怪獣の暴走によって荒野と化し、その他諸外国も怪獣の影響によって軒並み食料生産量が減り、日本の食料調達が厳しくなった今、確かに動物、特に家畜の治療は重要なものではあるが、わざわざ特級能力者が出張るほどのものではないはずだ。
『それが…回復方法がとても変わっている能力者なの』
「どんな方法なんだ?」
『体液を使うの』
「体液…だと?」
千明の言っていることが理解出来ず、思わず聞き返してしまう。
『あなたが信じられないのも無理ないわ。私も最初は目を疑ったもの。でもデータを見る限り、事実よ』
「そうか、お前が言うのならそうなのだろうが、本当に回復する可能性はあるのか?」
もう幾人もの特級もしくは一級クラスの回復能力者を訪ねてみたが、全員が無言で首を横に振るだけだった。
少し疑り深くなっていた私は、千明が気休めに変わった能力者を紹介したのではないかと思わず疑う。
『もちろんよ。動物相手のデータだから人間相手には検証が必要だけれど、回復というよりむしろ強化されたと言っていいくらい大きく改善されたデータがいくつも挙がっているわ』
「本当なのか? それなら協会が放っておかないはずはないが…」
『そこは逆に特級能力者だからこそ気に留めなかったのでしょうね。その能力者以外に動物を専門とした特級の回復系能力者なんていないもの。今の協会上層部だったら特級ならそう言ったことくらいあるかもしれない。と思い込んでも不思議ではないわ』
「あぁ、そう言われると納得だな。協会上層部の特級能力者に対する信奉具合は酷いものがある」
とにかくどんなことがあっても、特級能力者を出せば何とかなるだろうと短絡的に考える者が最近は特に増えた。
それは他国に比べて日本が最初期に怪獣が出現した時以外は、大きな被害を受けていないことに起因している。
能力持ちの怪獣が現れ再び危機的状況に陥りつつあるのに、自分達には大した被害がないからと完全に平和ボケしてしまっている。
『とにかく今からメールで資料を送るから確認してちょうだい』
「わかった」
それからすぐに千明からメールが送られてきたのを確認した私はすぐさまメールを開き、内容を確認する。能力者に義務付けられている定期診断時に撮ったであろう写真が表示されるが、容姿は平凡で特に外見から何かを感じるようなものはない。
すぐに興味を失った私が資料をスクロールしていくと、問題の特級能力者に関する詳細なプロフィールが現れる。
ここまで赤裸々に載っているとは…協力的…いや単に政府から支給された特級用の携帯端末には、トラッカーが仕込まれていることを単に知らないだけの可能性の方が高いな。
受け取る時に必ず口頭で説明されるはずだが…と私は思いながら件の男性の好みが胸が大きい女性であることや、ヒーローであることを知り、別に媚びを売るわけではないが、普通に相手するよりも世間の私のイメージであるクールなヒーロー像を演じた方が、協力的になってくれるかもしれないなと頭の片隅で考える。
だが今は活動休止中であるので、ヒーロー衣装を着るわけにはいかない。とはいえ普段着だとインパクトが薄い。ここは軍時代に支給された迷彩服で行くべきだろうな。
その後、久しぶりに来た迷彩服の特に胸周りがキツイことに気づいたが、二十歳の時に兵役を終えてから早三年。少し身体が弛んでいるのかもしれないと思った私は、もっと日々のトレーニングを厳しくすることを心に誓った。
――――
後日、協会経由で依頼を出してもらった私は例の男性――
あとは目の前にあるインターホンさえ押せば、もしかしたら私の能力を元に戻すことが出来るかもしれない能力者がいると思うと、戦闘前のような緊張感が自分の身体に走るのを感じる。
しかし、過度に期待するのは良くない。相手にもプレッシャーが伝わってしまうからな。
そう考えた私は緊張を解すためにその場で軽く体をストレッチすると、有名ヒーローらしい演技を頭の中でイメージしながらインターホンを押した。
するとすぐに中の住人が出てきて、驚いたように目を見開きながら私の姿を見ている。
なんだ? この感覚は。
目の前の男は顔かたちからして間違いなく私が求めている特級能力者の男性で間違いないだろう。だがそんなことより目の前の男を見た瞬間、なぜか下腹部の辺りがゾクリを疼いたのを感じて思わず戸惑ってしまう。
しかし、今は目の前の男性に用件を話すのが先だと疼く下腹部が気になりながらも、用件を説明していく。
演技が功を奏したのかその後はスムーズに自宅へと招かれ、飲み物まで用意されるなど予想もしていない歓待っぷりだ。
私の方が七歳も若いと言うのに、性別や年齢で人を判断しないということか?
大抵の特級能力者は国の優遇制度や周囲の持ち上げにより、傲慢と言う程ではないが人を下に見る人物が多い。
悪い人物ではなさそうだな。
これなら治療にも積極的に協力してもらえそうだと安堵した私は用意された飲み物を口に含む。
すると、どうだろうか。先ほどまであれほど疼いていた下腹部の調子が一瞬で晴れやかになる。
もしかすると下腹部が疼いていたのは少しでもスタイルを良く見せるために、朝食を抜いてきたせいか?
やはり食事はしっかり摂らねばならないなと反省し、今日来た用件を詳しく説明する。
「実は能力の方に問題があってな。その治療を頼みに来たのだ」
まどろっこしい話が苦手な私はすぐに本題へと入り、能力が一級レベルまで低下したことや他の能力者では駄目だったこと。そしてもう頼るべき存在はキミだけしかないということを話していく。
予想通り男性の態度は紳士的で親身であり、今まで依頼した他の能力者と違って対応が非常に丁寧だ。
それとも男性の回復系能力者とは、皆このような感じなのだろうか? 回復系能力者は上位になるほど女性の割合が増加し、今まで目の前の人物以外男性の特級どころか一級の回復能力者とすら会ったことのない。私は頭を捻って考え、すぐ無意味な行為だと悟り思考を止める。
兎にも角にも最後の望みがこの男性で良かったと心から感謝する。
話は進み、どうやら彼の体液を摂取する方法が一番確率が高いと知らされた私は、別に目の前の男の精液なら飲んでも構わないと思ったが、流石に初対面でそれは引かれるかもしれないと唾液を飲むことを選んだ。
ヒーローとなり、国を守護する筆頭の
そんなことを考えていると、彼から手渡されたコップの中に入った唾液を飲んでない事を思い出し、慌てて舐め取るようにして唾液を摂取する。
「んくっ」
「どう…ですか?」
少し不安そうな表情をして手をさ迷わせている彼にすぐ返事すべきなのだろうが、飲んだ瞬間身体が凄まじいスピードで身体が覚醒していくのに驚いた私は、身体を動しながら急激に上がった身体の感覚を制御することに努める。
「…… 少し身体が温かくなってきた感じがするな」
自分の身体の感覚を上手く説明出来なかった私は無難にそんな言葉を彼へと投げかけ、彼の方をチラリと見る。
その瞬間自分の心臓がバクバクと激しく脈動するのを感じると同時に、なぜか目の前の雄を雌として手籠めにしなければならない。
決して離してはいけないと本能的に自分の身体が判断するのを感じた。
だが、どうすれば良いのだろうか? 口づけをすればいいのか? それとも組み伏せ生物としての格の違いを見せつければいいのだろうか?
軍学校時代に教官から教わった性に関する知識といえば、特級の攻撃系能力者は決して異性と交わってはいけないということだけだ。
まさかこんな想いを抱いてしまうとは思わなかった私は、まるでどうすればいいかわからず気持ちだけが空回りしていく。
ヒーロー時代から本能―― いわゆる勘的なものを大事にしてきた私は、どうにかしようと数瞬の間激しく思考を巡らせるが結局結論は出ず、今日は治療に専念し、後日改めて詳しい対策を練ってから手籠めにすることを決断し、自分の心を落ち着けるために飲み物を口に含んだ。
その後どうしても我慢出来ず、また唾液が欲しいと思わずねだってしまったが、再び飲んだ瞬間自分が自分で無くなっていくのを感じた私は
慌てて彼を突き飛ばして、自分でも何を言ったのかまるで覚えていないがそのまま彼の部屋を後にした。
それから千明に検査をしてもらったところ無事能力が回復していることが判明した私は、自身の能力が回復していることよりも
彼――
だが、ヒーローが好きだという彼の前で女を見せてしまいイメージを崩してしまえば嫌われてしまうと思った私は、きっとそれは気のせいだと自分に言い聞かせてなるべくヒーローらしい振る舞いをしながら彼の元へと通い続けることに決めた。
――――
それは御酒仁の能力が下がった原因を探る為、千明のいる研究所に来た時のことだった。
「はぁ…その様子だと、まだ告白していなかったのね。皐月らしくないじゃない。何か悪い物でも食べたの?」
千明が呆れたようにため息を吐いて私に問いかける。
「なっ、何のことだ。私のヒーローネームのことか?」
「あなた分かってて言ってるでしょ? 好きなんでしょう、彼の事が」
そう言って千明は頬杖をついて口角を上げ、不敵な笑みを浮かべる。
すぐにそんなことはない! と言い返してやるつもりだったが口は動くもののなぜか言葉は出ず、急激に身体の体温が上がっていくのを感じた私は何か他の事を考えて気を紛らわそうと、反射的に御酒仁のことを考える。
しかしどうしてだろうか、身体の調子は良くなるどころかますます熱くなっていき胸の辺りがキュッと切ない気持ちになる。
「重症ね…念のために言っておくけれど、彼にも似たようなことを言われたと思うけど彼の体液、特に精液は女性に対して興奮剤…いえ媚薬と言っていいくらいの効果があるわ。あなたは男性経験がないから、興奮作用を恋愛感情だと勘違いしている可能性も考えられるの」
「確かにそうかもしれない。だが御酒仁はもしかしたら日本の…いや、人類にとって希望の星となるかもしれない人物なのだ。…そうだ、だからこそどこぞの女に篭絡される前に手綱を握っておくべきだと私の勘が告げているのだ」
そうだ決して個人の恋愛感情などではなく、日本の未来の為に御酒仁とは良い関係を築いておく必要がある。
その為なら、彼に己の全てを捧げるのも厭わない覚悟で挑まなければならない。私の身一つでそれが達成出来るのなら安い物だ。
「はぁ…説得しても無駄そうね。まあいいわ、貴方の勘はよく当たるものね。関係が上手くいくよう応援しているわ」
話が終わったと判断した私は、御酒仁の精液を早く飲み…ではなく彼が待ちくたびれていると思われるので、隣の部屋に移動しようと踵を返す。
「そうそう、近い内に…あなたがヒーローに復帰した後で構わないから、私も彼の精液を摂取したいと思ってるから、協力よろしくお願いしますね」
「なっ」
千明の予想外の発言に驚き、足が止まる。
「深い意味はありませんよ。貴方も知ってると思うけど、私の能力は視覚情報からでもそれなりの精度で分析することは可能だけれど、自分の身に取り込んだ方がより深く分析出来るの」
「あ、あぁ。そういうことか、わかった良いだろう。だが、その時は必ず私も立ち会わせてもらうぞ?」
「はいはい、わかってるわ。あと会ったばかりでいくら研究の為とは言え、そんなことをお願いするようなしたない女だとは思われたくないから、まだ内緒でお願いね。それじゃあ御酒仁さんも待っているでしょうし、行きましょうか」
それから検査を終え、御酒仁の能力に問題ないことと精液を摂取出来たこと、そしてこれからはもっと高頻度でその機会が出来ることに満足した私は、度々こちらを挑発するような千明の発言にイライラはさせられたが、まだしばらくは彼の事を独占出来ることに安堵した。
その後、治療は至極順調に進んでいき、同時に御酒仁との仲をより深めることも出来た。その過程で実は彼が私の身体を男として求めてやまない事を知り、仕方なく、そう仕方なく彼に身を捧げることになってしまったが、もちろん後悔などしていない。
「だが、彼のことは御酒仁ではなく、いつかご主人様と呼びたいものだ…」
ヒーロー任務復帰初日、考えないようにしていた願望が思わず口から洩れてしまった私は、反射的に自分の口を手で塞ぎ、今は自分が戦場の真っ只中にいることを思い出して、流石に今はご主人さ…御酒仁のことを考えている状況ではないと、一旦目を閉じ、思考を戦闘モードに切り替える。
再び目を開けると真っ先に視界の中に入った体高三~四メートルほどの太古の地球の支配者であった恐竜の一員―― トリケラトプスに地面まで伸びる灰色の体毛をプラスしたような見た目をした、四足歩行の怪獣に近づくと雷を纏わせた拳を振り抜き、殴り飛ばす。
攻撃を受けた怪獣は地面の上を何度か弾み、近くにあった岩に激突し身体を激しく痙攣させ、私の殴った部分だけ皮膚を赤く腫れあがらせる。そして身体からシューっと音を立てながら湯気を立ち昇らせてそのまま絶命した。
「最近の小型怪獣は、攻撃重視ではなく防御重視に変化しているな…」
まだ周囲に無数に存在する怪獣たちを見て思う。私が一旦ヒーロー業を休止する前までは、まだ恐竜で例えるところの二足歩行タイプの肉食獣のような怪獣の比率が多かった。
二足歩行タイプは攻撃や瞬発性に優れている反面、耐久性に乏しい。それこそ能力者でない普通の人間でも重火器を用いれば十分接近する前に倒せる程度だ。瞬発性に優れていると言っても持久力もなければあまり賢くもないので、戦い方が確立された今では新人を訓練する際の良い的だとまで言われている。
それに対して、今私が殴り飛ばした四足歩行タイプの怪獣は持久力と耐久性に優れており、重火器を用いても弾の大半が体毛で絡めとられるか減衰する上に皮膚も頑丈で、短時間で倒すことは困難を極める。
その影響で、弾薬の消耗率が増え補給が追い付かず、わざわざ能力者が出張らなければいけない任務が急増しているそうだ。
「やはり、奴らも学習しているということか…」
自分に訪れた幸運とは対象的に、今後予測される人類の暗い未来に少し気分が沈み込む。空や海に最適化された怪獣が現れた事例は、過去に数例しか確認されていないため現状は何とかなっているが、もしそこまで学習し出したら日本は間違いなく終わりを迎えるだろう。だが、仮にそうなったとしてもヒーローとして最後まで戦い抜かねばらないと決心し、怪獣の群れへと飛び込んでいった。