魔法にスキル、天使に悪魔に精霊と、何でもありな世界のある所に、クロエ・オベールという、とてつもなく可憐な少女がいました。
銀が混じった綺麗な黒髪に凄まじく整った顔。どれくらい可愛いのかと言うと、ご近所に住む女性にモテまくりのクールな王子という表現が似合うレオン・クロムウェルが、「一見どころか百見しても超絶美少女」とのたまうほどです。このセリフを口にした彼の顔はかつてないほどキリッとしており、本気なのだと分かりました。
その出来事を知った人のほとんどがドン引きしました。直接言われたクロエ本人は「ありがとう、レオンお兄ちゃん!」と笑顔でお礼を言いました。
レオンにドン引きした人達ですが、離れていく人は一人もいませんでした。とても不思議です。彼の顔面偏差値を含めたステータスが高いからか、はたまた壁に向かって三角座りをしながらキノコを栽培していたからか。見当がつきません。
クロエはとても楽しい日々を過ごしていました。レオンや沢山の友達と遊んだり、レオンや優しい先生と色んな挑戦をしてみたり、レオンや両親と旅行に行ったりしました。大きなイベントには必ずレオンがいましたが、クロエは「レオンお兄ちゃんは暇なのかな?」と思うだけでした。
残念ながらレオンは騎士、それも大きな国の騎士団の団長をやっているので暇な訳がありません。彼の部下や主である国王は、普段はとても真面目で優秀なのに、クロエが関わった途端ポンコツになるレオンに涙を流します。レオン一人で騎士団より強いので部下では止めることが出来ず、「邪魔するなら殺すぞ」と国王に殺意をぶつけたりするので、彼に忠誠心があるのか不思議です。
レオンは「俺の忠誠をお前に誓おう」とクロエに告げたことがありますが、彼女は微塵も本気にしていません。「私に構い過ぎたら、女の人にモテなくなっちゃうよ? それと仕事は? 女の人は私も含めて、仕事をしてない人を好きになったりしないからね」と真剣に忠告してあげるくらいです。部下と王様はクロエがいる方向に足を向けて眠れません。
特に大きな災いもなく、無自覚にレオンを傷つけながら人生を謳歌していたクロエですが、十八歳になったある日、とんでもない事が判明しました。
彼女はなんと“勇者”だったのです。それも“真なる勇者”という、歴代の“勇者”が紙くずみたいな扱いになるほど強い“勇者”です。少し年上の自意識過剰な“勇者”が「君も“勇者”か。見た目も合格だし、僕の伴侶となる栄誉をやろう」とほざきましたが、そいつはレオンにボコボコにされました。
しばらく後、完全に回復してからクロエに闇討ちをしかけましたが、クロエにはワンパンで仕留められてしまい、色んなものを砕かれました。そして、“勇者”の道から外れて養豚場で働くことになり、ストレスからか暴飲暴食を繰り返して豚のように太り、夜の街で鞭の音と一緒にブヒブヒと鳴くようになりますが、あまり関係ない話です。
“勇者”になっても日常に鍛錬が加わっただけで何も気にしなかったクロエですが、唐突に王様に呼び出されました。
「とある魔王によって我が国は建国以来、最大の危機に見舞われようとしておる。勇者クロエよ、勅命じゃ。元凶である邪悪な魔王を討ってほしい!!」
こうしてクロエは“勇者”らしい運命に導かれ――“
しかし、クロエは王様の言葉に懐疑的でした。勇者が一人ではなく何名もいるように魔王も複数存在しますが、中でもリムルは随一の穏健派です。人類とも友好的で、彼の断頭で他の魔王が大人しくなったりもしています。いや、下手すれば他の魔王よりも強い配下が沢山いるので穏健派とは言い辛いですが……そんなリムルが被害を与えるなど信じられません。
色んな疑問はさておき、クロエは準備を始めました。魔王リムルの肖像画はとんでもない額で出回っているので、姿を間違うことはありません。
出発したのはそれから一週間後。準備は念を入れて二日かけましたが、残りの五日間はレオンと親友のルミナスを宥めるのに消費されました。手紙を定期的に送る約束で落ち着きましたが、それまでは付いてくると言って大変でした。
なんやかんやありつつも、クロエは魔王リムルが治める大都市、『
♦♦♦
歴代最強の勇者がやって来るという情報は、クロエが国から出た時点でリムル達の耳に入っていました。
リムルの配下は怒りました。
「素晴らしい主であるリムル様を害そうなどとほざくか!」
「身の程知らずめ、地獄に堕としてくれる!」
「ご命令を、リムル様! “勇者”クロエの首を取ってきます!」
それはもう、とっても怒りました。常人ならその殺気だけで死んでしまいそうな怒りです。
「落ち着け」
でも、彼等の主の一言は、一気に心を鎮めてくれます。
「何か誤解してるのかもしれないし、殺すのはなしだ。迷宮で迎え撃って無力化して、落ち着いて話をしてみようじゃないか」
彼等の主はとても穏やかで優しいです。そして、部下のことを心の底から信頼してくれています。その事実に喜ばぬ者はおらず、奮わない者もいません。
ちなみに迷宮というのはリムルの友人の魔王が創造した建造物。迷宮の主に認められた者はその中では死ななくなるので、相手を殺したくない時や防衛には最適なのです。
「ヴェルドラもいるし、きっと大丈夫だろ」
「クアーッハッハッハ! その通りだともリムル。負けることなど絶対にないわ!」
配下達が出ていった後の部屋で、大魔王リムルとその盟友である“暴風竜”ヴェルドラは盛大にフラグを立てました。
♦♦♦
大魔王の国に到着したクロエは、わき目も振らずに迷宮に突入しました。
彼女が突入した時、迷宮は特別仕様になっていました。彼女以外に侵入者はおらず、本来は迷宮にいないはずの幹部達まで
アトラクションとして開かれている時の迷宮でさえ、六十階層を突破できた人はいません。仮に階層主を倒しても、彼等はすぐに復活します。クロエの迷宮攻略は不可能に思われました。
だが、なんということでしょう!
クロエは迷宮を次々と攻略していきます。弱い敵は剣を抜く手も見せずに瞬殺し、何体かの階層主は木端微塵にして圧勝しました。他も快勝です。
「貴方達の主を殺す意思はない。誓ってもいい」
階層主を倒したクロエが頭を下げて伝えてきた言葉。本来なら敗北は死であることに加えて、彼女の言葉に嘘はないと判断した幹部達は道を譲ります。何名かは知ったこっちゃないと二回戦目の準備をしましたが、クロエが持参した土産――リムルの肖像画にあっさり陥落しました。黒い執事は顔面から大量の血を吹き出し、紫色の秘書は喜びで迷宮を破壊しました。
「クアハハハハ、よくぞ来た! 歓迎するぞ、ムシケラよ! ……やっと言えたのだな、このセリフを! 我、感無量!」
百階層に足を踏み入れたクロエを出迎えたのは巨大な漆黒の竜。威厳と畏怖に満ち溢れた姿とは裏腹に、言葉の端々から素が垣間見えてとっても残念です。
「さて、次のセリフを――ヌオオッ!? ちょっと待て、敵の前口上は遮ってはならぬという暗黙の了解を知らんのか! え、本当に待って、何故我の身体を簡単に斬れ――」
かなり残念だったので、クロエは余裕を持って勝負に挑めました。
「グワーーーーーッ!?」
とても悔しそうな叫び声と共に、ヴェルドラは負けてしまいました。
ヴェルドラが消滅すると同時に、大広間に禍々しい門が出現しました。ザ・魔王がいそうな部屋に使われているって感じの門です。
門をくぐったクロエが出たのは、これまたザ・魔王の間と言った大広間です。巨人が使うのではないかと思う巨大な鏡が等間隔でいくつも壁にはめられており、彫刻が掘られた白い柱が幾本も並んでいます。
「よく来たな、“勇者”クロエ。知っているかもしれないが、俺の名はリムル。大魔王、リムル=テンペストだ。俺の仲間を必要以上に傷つけなかったこと、感謝するよ」
クロエが高度な技術が使われた部屋に感心していると、数段高くなっている部屋の奥にある玉座から声をかけられました。
切れ長で美しい金色の瞳、月白色の輝きを放つ水色が混じった長い銀髪、悪戯っぽい笑みが浮かんだ美貌、その身に纏うのは神々しいまでの漆黒の全身衣。
彼がリムル=テンペスト。魔王の中で最も若くありながら、最強の魔王。
「えーっと。俺を討伐に来たみたいだけど、少し話さないか。何か誤解があると思うし」
「……」
クロエは何も答えません。剣を鞘に納めて、無言でリムルの方へ近付いて行きます。
「あ、あのー? 一応、俺は魔王だし、離れてた方が安全だぞ」
「……」
近付いてくるクロエにリムルは戸惑うしかありません。最初から戦う気はないので剣も抜かず、彼女を気遣って声をかけます。クロエの足は止まりません。
「おーい……」
「……」
ついに手を伸ばせば届く距離になりました。クロエの方が若干背が高いため、リムルが見上げる形になります。
どうしようかリムルが悩んでいると……ガッ! と後頭部を掴まれる感覚が。
「へ?」
間抜けな声が漏れました。間を置かず、優しく頬に手が添えられます。左の頬なので、そこにあるのはクロエの右手。なら後頭部にあるのは左手です。
「え?」
ようやく認識が追いついた時には、既に手遅れ。リムルの視界はクロエの顔で埋め尽くされており、唇を奪われていました。
「!?!?!?!?!?」
ここだけの話、リムルは長い間生きてきて、その上美人の部下が沢山いながら女性経験が皆無です。彼の美貌が凄まじすぎて相手が気後れしてしまうのと、彼がとても鈍感なのが原因ですが……とにかく性行為はおろか、キスも一度も経験がありません。
そんな彼がキスをされてしまえば、何もできなくなってしまいます。
クロエはキスを続けます。ちゅる、ちゅる、と音を立てながら優しく唇を吸い、ゆっくりと唇の隙間を舌で舐め、時折味わうように唇を甘く噛みます。
「ふっ……んぅ」
「ちゅる……じゅるっ」
リムルは蕩けきってしまい、クロエを押しのけることができません。抵抗の為にゆるゆると伸ばした腕は力尽きて、身を委ねるようにクロエの肩に置かれてしまいました。
リムルの唇が開くと、クロエは自身の舌を滑り込ませました。魔王の口を勇者の舌が蹂躙していきます。形を覚えるように口内をなぞり、リムルの舌にぢゅるりと吸い付き、自分の唾液を彼の口に流し込みます。無力になってしまったリムルに抗う術はなく、その甘い液体をこくこくと必死に飲み干すしかありません。
「はぁっ……」
「んっ……」
永遠にも感じられたキスを終えて二人の唇が離れますが、とても細い透明な糸が二人の間で光ります。そんな淫らな糸は、リムルが膝から崩れ落ちたことで切れてしまいました。
金色の瞳は蜂蜜のように蕩けきっており、涎が垂れる半開きの口から洩れるのは可愛らしい喘ぎ声。汗ばんだ頬に張り付いた髪も含め、全てが性別に関係なく獣欲を刺激します。
その姿を目に焼き付けたクロエは膝を付き、リムルの顎を軽く持ち上げます。
「魔王リムル」
「は……」
「貴方は今日からこの私、“勇者”クロエ・オベールのものです。いいですね?」
「………………は……ぃ」
美しい魔王を倒した美しい勇者は相手を抱き上げ、転移魔法を発動させました。
一瞬で移り変わる周囲の景色。次に感じたのは背を受け止める柔らかな感触。確認せずとも、リムルにはそれがベッドだとわかりました。
そして、両手を頭の上で押さえられた自分が、これからどうなってしまうのかも。
「クロエ……」
「なぁに?」
とても美しく笑うクロエに、弱々しく微笑んで言います。
「初めてだから……優しくして……」
クロエは舌で唇を湿らせてから告げました。
「知ってる? 勇者は魔王の全てを受け止めてあげられるんだよ。それが嬌声でも、悲鳴でもね♪」
「――ぁ」
そう言うなり勇者は魔王に覆い被さりました。
その後を知る者は、たった二人。しかし、それが明かされることはないでしょう。一人はその時間を二人だけの秘密にしたくて。もう一人はとても恥ずかしくて。
こうして“勇者”クロエの魔王討伐の旅は終わったのでした。
♦♦♦
「レオンよ、クロエからの手紙は届いたかのう」
ノックもなく部屋に入って来たルミナスは開口一番、レオンにそう尋ねました。
「しかし、あれだけ強いあの子が一年もかかるとは予想せなんだ。今までの手紙からも脅威が見て取れる。あの子が一目で危険だと直感し、しばし勝負がつかなかったという女幹部達。ああ、魔王の相棒も強敵らしいな。二週間前のは『峠を迎える』とあったが……返事はどうなのじゃ?」
「………………」
「レオン?」
欠片も反応しないレオンを不思議に思ったルミナスでしたが、レオンが手紙とは異なる写真を食い入るように見ているのに気付きました。それはもう、近過ぎて見えていないんじゃないの? と思ってしまうほどの距離で。手紙は既に読まれた後のようで、机の上に広げられていました。
ルミナスは首を傾げながら手紙を取り、ルンルン気分で目を通して――レオンと全く同じ状態になりました。
その手紙にはこう記されています。
『ルミナスとレオンお兄ちゃんへ
初めての出産で不安でしたが、無事に子供を産むことができました。写真を同封しておきます。近い内に我が子と一緒に帰るので、楽しみに待っていてね。
クロエより』
二人が復活したのはたっぷり一時間以上が経過した後でした。同時に手紙と写真を机に置いたレオンとルミナスは一言も言葉を発さず、部屋を出ていきます。
再び集まった時、レオンの腰には
二人の心は一つです。
――
「――ハッ」
「どうしたの、リムルさん?」
「いや、なんか小姑と小舅が来る予感が……」
「何言ってるの?」
「すまん、何でもない」
「ふふ、変なの……。リムルさんが与えた危機って、経済的に、だったんだね」
「周りの国に不利益が出ないようにしたけど、利益が減るのが嫌だったみたいだな。だから詳細をぼかして、クロエに俺の討伐を依頼したんだろ」
「私は怪しいと見抜いたよ」
「そうだね。……そういえばクロエ、君が俺を好きになった理由って?」
「それは……内緒♪」
転スラのR18、それもリムルとクロエの小説少ないなー、と思ってたら完成していました。