恋姫†無双 ~漢ノ朱儁ココニ有リ~ 作:黒影
黄巾賊が跋扈する冀州へと進出した一刀軍であるが、破竹の勢いで賊どもを撃破していった。それはもちろん、風鈴を軍師として迎え入れた事が大きかったのだが、何よりも一刀軍の練度そのものが上昇していた為である。
先の南陽方面の戦いで、孫家と共同で戦ったのは無駄ではなかったのだ。孫家の用兵には学ぶべき所が多く、その戦いを間近で体験することによって一刀の兵たちも戦い方を学んでいたのだ。それに加え、一刀の軍は会稽出身の兵が大半を占め、気性の荒い『海の男』が多かった事も一刀軍が強くなった理由の一つである。
今まで一刀軍が苦戦していたのは、単に一刀自身に戦の経験が無く、兵たちも中原での戦いに慣れていなかったからに過ぎない。
元々は屈強な兵が揃っている上に、ある程度の経験を積み、そこに軍師として風鈴が加われば、烏合の衆である黄巾賊などでは太刀打ち出来ないのは当たり前である。そのような理由で、一刀は冀州で荒れ狂っていた黄巾賊を次々と打ち破り、瞬く間に鎮圧していった。
いよいよ黄巾賊が篭る砦もあと一つとなる。そして、最後の戦いに際し、同じく冀州で鎮圧活動をしていた劉備義勇軍と、共同で砦を攻める事となった。
✳✳✳✳✳
劉備義勇軍と共同で黄巾賊最後の砦を攻める事となった、一刀の軍。だが、肝心の劉備が、あまり友好的ではなかった。それどころか、はっきりと一刀に対して怒っていた。
「……どうして、賊を殲滅するんですかっ!」
これまでの一刀の戦いぶりを踏まえての事であろう。一刀は賊に対して、討伐し捕縛した後は基本的に殲滅か、そうでなければ鉱山などで過酷な強制労働を強いていた。その為、たとえ殲滅を免れても結局は命を落とす賊が多く、劉備はそのことを責めて来たのだ。
最初から劉備はいきなり一刀に食ってかかる。しかし、それに対して一刀の方は『何を言っているんだ?』と言わんばかりの表情である。
「話し合いもせずに殲滅なんて酷すぎます! 話し合えば死なない人だって居るんですよ!」
その劉備の言葉に、一刀はげんなりする。ああ、これが例の奴か、と。義勇軍を率いる彼女は、巷では博愛の人として人気があるようだが、一刀からすれば状況の分かっていない、ただの子供である。風鈴の弟子だと聞いていたが、一体何を学んだのだろうか、と一刀は内心で呆れる。
「賊の人だって、元は普通の農民なんですよ! 漢が腐敗して世の中が乱れて、食べていけなくなって、仕方なく賊になった人も多いんですよ!」
「桃香ちゃん、落ち着いて」
「姉上、少し冷静に……」
尚も言い募る劉備に対し、さすがに風鈴や愛紗が止めに入る。いくら一刀の行動が(劉備的に)間違っているとしても、さすがに目上の人に対して失礼では、と冷や冷やする思いだった。
しかし、劉備の暴走は止まらない。
「朱儁さんだって、悪政だらけの漢の重臣としての責任があるはずです! それを棚に上げて殲滅なんて、あんまりですっ! 風鈴先生も風鈴先生です! 先生が補佐していながら、こんな酷い事を許すなんてっ!」
黙って聞いてたら随分言いたい事を言う、と一刀は憮然とする。もちろん、彼は自分の方針を変える気は無い。
「……お前は、賊に殺された家族の歎きを見たことがあるか?」
静かに話し始める、一刀。その口調には怒りが混じっていた。一刀は続けて言葉を発する。
「親を殺された者の恨みは? 子を殺された親の哀しみは? 夫を殺された妻の絶望は? 妻を凌辱され奪われた夫の怒りは? 賊に殺され奪われた彼らだって、何の落ち度も無かったのだ。賊と話し合って改心させて水に流すというお前のその言葉、賊に蹂躙された者たちの前で同じ事を言えるのか?」
怒りの篭った一刀の言葉に、タジタジとなる劉備。それでも彼女は、自分の考えを曲げない。
「そ、そうだとしても、賊だって人間なんですよ! それをあっさりと虫けらみたいに殺すなんて、酷すぎますっ! 彼らだって、腐敗した政治の被害者なんですっ! きちんと食べ物とかを提供して飢えないようにすれば……」
「お前、閻姜という男を知っているか」
一刀は劉備の話を遮り、別の話をし始める。
「閻姜さんですか? 今その人が何の関係があるのです?」
「関係大ありだろ。閻姜は、お前の理想論のせいで死んだのだからな」
思わぬ言葉に、驚く劉備。
一刀が名前を出した閻姜という男は、冀州のとある県令である。彼は魅力チートによって劉備の信者となり、彼女の唱える理想論を実行した。彼は話し合いによって賊を改心させようとし、彼らを許し、食料まで分けようとした。
その結果は、無残なものであった。
賊の被害を受けた人々の傷が癒える筈もなく、分けようとした食料は、いわば民の年貢。当然、備蓄が減ることによって民は飢える。それに加え、賊に食料を分けた事で余裕があると見られた為、周辺から賊が集まってしまい、さらに状況は悪化の一途を辿るのであった。しかも、その賊の中には、以前閻姜が許した者も含まれていたという。閻姜の行いは無意味であり、見事に恩を仇で返されたのだ。
結局、賊の脅威はさらに増し、状況を悪化させた閻姜は民に恨まれ襲撃され、失意の内に死んだ。
「お前の言う理想で、誰を救えた? 理想を他人に強要する以外に、お前は何をした? 実際に負担を背負ったのは一体誰だ?」
以上の話を聞いた劉備は、一刀に何も言い返せなくなってしまう。彼女は知らなかったのだ。まさか、自身の信者が悲惨な末路を辿っていたとは、夢にも思っていなかった。
「無責任に理想を語るのは勝手だが、それによって命を落とす者がいる。お前は領地も無く責任も軽いが、俺らには領民を守る義務がある。何の責任も無い奴が……適当な事を言うんじゃねえっ!」
かつて誰も見たことないような怒りの表情で、一刀が吠えた。その怒号を受け、劉備の目には、見る見るうちに涙が溢れ出て来る。
「人としての道を踏み外し、ケダモノに堕ちた奴らに、かける慈悲は無い。俺は領民を守る為なら、鬼でも悪魔にでもなる覚悟だ。国の礎である民の為、俺はあえて賊を殺す」
一刀だって、好きで賊を殺している訳では無い。彼だって、これまで苦悩してきたのだ。
しかし、覚悟を決めた今、もう一刀に迷いは無かった。