この地の底から、君を染めてしまおう。君の肉と魂に永遠をあげる。その代わりにこの、地下なる幽冥の呪いを、君も受け取ってくれ。……ああ、嫌だって言っても無駄だから諦めて。
『命の値段』(https://syosetu.org/novel/233982/)の更にif世界線。人外みの強いシュラウド兄と魔力浸食概念は性癖。※ラギー後天女体化前提、イデラギ♀結婚済み※魔力供給文脈のハデイデ要素※ヤンデレというか洗脳というかそういうアレ※ツイステ受動喫煙

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交神

 学校に入るまで、ラギー・ブッチの周辺で一番魔力が強いのはラギーだった。けれどいざナイトレイブンカレッジに来てみれば、サバナクローには王様が居て、ディアソムニアにも王様が居て、そういう何百年と紡がれた魔力の前では、ラギーの魔力なんて芥子粒みたいなものだった。

 

 だからラギーは、せめてこれだけは手放すまいと、自分に許された魔力と身体のコントロールばかりは譲るまいと、そう思っていたのに。

 

「イ、デア、さん?」

 合わされた唇の合間から絶え絶えに漏らした言葉は、言語というよりも吐息に近い。ラギーの灰青を、溶けて輝く人外の黄金が見据えている。

「ごめんね、ラギー氏」

 冬の死体のように冷え切った手をラギーの頬にひたりと添えて、イデア・シュラウドはそう言った。

 

「君を自由でいさせてあげられなくて、ごめんね」

 

───***───

 

 イデア・シュラウドがそのハイエナの胎を生涯年収ほどの金と尽きせぬ澄んだ水とで買ったのは、彼が十八の時だった。愛は要らない、金と水、提示した報酬だけを正しく寄越せと。名字をシュラウドに変えたラギーはそう言ったし、イデアも当然そのつもりだった。イデアの敬虔は冥王ハデスに、イデアの愛は弟オルト・シュラウドに。懐の内に入れた人間に自分がどれだけ入れ込むのか全く自覚していなかったあの頃のイデアは、それでお終いだとただ信じていた。

 

 けれどラギー・ブッチは、そうしなければ生きて来れなかったスラムのハイエナは、イデアが想像するよりもずっと、人の心の内に入り込むのが上手かった。十センチばかり小さな少女の笑顔、山になったドーナツを前にして輝く灰青の瞳、組み伏せた女の肌の色、それから骨の浮いた肋まわりにゆっくりと肉が付いていくこと。首元で燃える生命(たましい)の輝き。そうして、友情(フィリア)は愛欲(エロース)に変じていった。

 

 オルト・シュラウドによる毎週の検査、月に三回の魔法薬、六週に一回の通院。三日に一晩は同じベッドで寝て、排卵に合わせて月に二回か三回だけセックスをする。それで生活費全額と月20万マドル。妊娠すれば追加ボーナス、妊娠してる間は基本給の倍近い追加手当、子供が生まれたら更に追加でボーナス。ラギー・ブッチは良すぎるくらいの雇用条件に満足していた。三度の流産を超えたラギーが第一子を産んだ後になってもイデアが契約を切ろうとしないのは意外だったけれど、まだ暫くはこの島にいてもいいと思うくらいには。

 

 それでその日はやはりというか今月二回目の魔法薬を飲んだ翌日で、オルトの予測の通りに行けばあと三日で高温期が始まるはずだった。毎月のように体をしっかり洗って寝室を訪れたラギーに、イデアは常ならぬ要求をした。曰く、今日はたっぷり時間を掛けたい、と。

 

「いっぱいいっぱい、かわいがらせて」

 ベッドに座ってそう言うイデアに、ラギーは不可解そうな顔で頷いた。

「や、まあ別にいいですけど、なんでまた」

「んー、気分?」

「そっすか」

 何でもないのを装うイデアの髪がゆらゆらぱちぱち常より強く燃えていることが一目瞭然だったが、ラギーは深く聞かないことにした。まあ、ラギーだって痛いか気持ちがいいかなら後者の方がいいに決まっている。

 

「ありがと」

 イデアがその金色の目を細めて笑った瞬間に感じた、背をぞわりと走る寒気をラギーは努めて無視した。この男が宿す青炎は、地下の玉座の主から継がれるものだ。死の恐怖と背中合わせに育ったラギーには往々にして刺激が強すぎる。だからこの時も、本能の鳴らす警鐘をラギーは理性でもって切り捨てた。

 

───***───

 

 指と舌とで胸から腹から口腔からなぶられ続けて、もう何十分経っただろう。今日のラギーはどこかがおかしい。キスの度に流し込まれる唾液、吹きかけられる吐息。その一つ一つが尋常でない魔力を纏っていることが分かりきっているのに、いつも通りに青く死の色をしているそれに途中から恐怖を感じなくなってしまっている。

 

 ほら、また。決して狭くないベッドを覆い尽くすような業火を灯して、男はラギーの頤(おとがい)に手を這わせ、不気味なまでに青白い指でもって開かせた唇に自分のそれを合わせた。

「ん、ぐ」

 ねじ込まれた舌が口中を這うそのたびに、液体窒素のような熱感(つめたさ)を持った魔力が注がれる。一度に注がれる量そのものは、魔法士としては中の下程度の魔力しか持たないラギーから見ても大したものではない。──けれど。だからといって繰り返し繰り返し、漆でも塗り込めるかのように執拗に注がれ続けるそれが、ラギーで受け止められるものかどうかはまた別の話だ。

 

「っ、ひ、……っあ、イデアさ、もう」

 いい眺めだ、と開かせた脚の合間に手を這わせながらイデアは思う。それから、かわいそうに、とも。自慢の身体コントロール能力の欠片も見当たらない様相で、イデアの妻は、イデアの想い人は、自分を意図してこの惨状に追い込んだ張本人に助けを求めているのだ。これに興奮しなかったらオタクなんてやってない。泥濘に滑り込んだ右の指先三本が、ラギーの困惑と快感とを伝える。間接的な性感に震える声で囁きを落とした。許しを装って、免罪符を一層高く掲げる。

「イっちゃいそうなら好きにしなよ。今日はラギー氏のこと目一杯かわいがっていいそうですからなあ」

 そうして、だめ押しとばかりに首元の魂(ほむら)に吐息(プシュケー)を吹きかける。こと魔力の質、神秘の強度で言えば、イデアより優れた「人間」など存在しない。なにせイデア自身が人間でないので。

「……んっ、ぁ。なんで、こんな」

 戸惑ったように声を上げる女の灰青の瞳にまだ理性が灯っているのを見て、まだ足りないかと考えた。だがやり過ぎれば重篤な魔力後遺症を残しかねないし、下手を撃てば浸透が終わる前に死んでしまう。喉の奥に輝く非物質の炎の色と、粘膜から伝わる魔力の気配から必要な魔力式を組み上げていく。胸を弄くっていた左手を下方へ降ろし、内と外から下腹を同時に撫でた。

 

「気持ちいい?……そう。よかった」

 問いに対しては微かな頷きだけが返ってきた。あるいはそれ自体イデアの願望に過ぎなかった可能性さえある。だけどまあ、どちらにせよ気持ちよさそうに啼いているのだからそれでいいだろう。不快感は感じていないようだし。

 

 指先から魔力を滲ませて、幾らか印を残しておく。淫紋なんて大層な(二次元じみた)ものじゃない。今この時も流入しているイデアの魔力による浸食をほんの僅かに推し進めるもの。イデアのユニーク魔法に似た方向付けをするもの。

 

 君に、祝福を分けよう。いつか僕が継ぐ、青い炎の祝福を。

 

「いれるよ」

 その宣言と共に、愛液にぬかるむラギーの中心に肉棒が当てられる。数度入口を擦ったと思えば、肉襞を割り開いて質量が侵入する。それは別段大きい方というわけではないが、男女どちらの身でもイデアとの経験しかないラギーが感じるには十二分なサイズ感で、彼が魔力を抑えない今夜は尚更だった。

「あ、だめ。おかしくなっちゃ、」

 ラギーが反射的にあげた声は意味を持たない、はずだった。ラギーも意図したわけではないし、イデアの方と言えば、今日のところはずっと、ラギーの静止は端から無視するものと決めているようだった。

 

「知ってる」

「……え?」

 イデアのその言葉に、ラギーの思考は一旦停止した。

 

「っ、ぁお゛、え゛ぁっ」

 そして次の瞬間には、言葉の意味など考える余裕は一切なくなった。滑り込んだイデアのものがあっという間に精を吐いたことを、常ならば揶揄ってやっただろうに。それまでとは比較にならない快楽に声も出ない。思考が真っ白になるような衝撃の中でラギーは一瞬だけ、魔力の意味ある流れを感じた気がして、それからすぐにその感覚も塗りつぶされた。

 

 二存在の持つ神秘の強度に開きがあるとき、触れただけの肌から魔力が染みこむことがままある。勿論意図して抑えれば話は別だ。マレウス・ドラコニアが努めて他者との直接接触を断ち、ナイトレイブンカレッジの制服に手袋が添えられているのはそれが理由である。そのレベルの遙かな強者から意図して魔力を流し込まれるのは、本来であれば多大な苦痛を伴う。苦痛を避けるもっとも単純な方法として人は、快楽を選んだ。注がれる魔力に対して人は、反発ではなく同化を選んだ。

 

 肌に触れるその指先から直接快楽が滲むようだった。今までの交わりで注がれたのは、閉めた扉の隙間から漏れ出すようなほんの僅かのものでしかなかったのだ。種々の形で流し込まれる魔力を吸い込んで、もっと、もっとと体が訴える。星幽(アストラル)の飢えを満たす上質の魔力は時に魔法士に催淫剤に似た作用さえ起こした。それなら、夢魔(スクブス)や淫魔(インクブス)の例を挙げるまでもなく魔力に満ちると言われる精液は、どれほどの快楽をもたらすだろう。その答えを、イデア・シュラウドは知っている。奈落の淵に青炎灯すあの徳の授与者(エラステース)、不可視の君(アイドネウス)とイデアの間の断絶に、イデアとラギーの間の断絶は似ている。

 

 魔力と魂だけで生まれる妖精族(アールヴ)、異種から妖精の類似存在へと昇った精霊種、妖精ですら及ばない世界への絶対優越権を持つ神々。そういったものから意識的にせよ無意識的にせよ注がれる魔力はそれゆえ、人の肉と魂を容易に侵して歪める。冥府の熾火(イデア・シュラウド)の肉体が人のそれから遠くなったように。"同じくあるもの"(イデア・シュラウド)の魂が今や、複数のヒトを眷属として繋ぎ得るように。ラギー・B・シュラウドの魂が、今まさにイデアのものに成り果てたように。

 

「おかしくなって、だめになってよ」

 萎えた自身を女の身に埋めたまま、彼女の肩口に頭を預けてイデアはそう言った。自分が世間一般的に見て正気でないことくらい、とっくに理解していた。正気のやつは他人を魂レベルで呪わないし弟の魂を眷属(使い魔)にしない。

「僕はとっくに狂っちゃったからさ、ここまでおいで」

 食事も睡眠もほとんど取らなくなってから、五年はすぎている。肺と心臓とが用を為さなくなってからは二年。恒温生物を名乗れなくなったのはもっと前。そして髪が、生まれたときには黒灰色であった髪が冷たく燃えるこの炎に取って代わられたのは、イデアがまだ七つの頃だった。まだ、イデアの弟に肉の心臓があった頃の話だった。

 

「イ、デア、さん?」

 意識を半ば飛ばしていた女がゆる、と瞼を開く。彼女を押し伏せていた身を起こして、イデアは地下の黄金と同じ色の瞳でもってラギーを見た。

「ごめんね、ラギー氏」

 今更謝ったところで遅いことは、イデアが世界で一番よく知っている。手遅れでなくたって手放す気もない。溢れる生命力、年々強くなる身体能力(生育環境が改善されたことに因る)、高い魔力耐性。ラギーはイデアにとって、輝く生命力の象徴のような人物だった。

 

「君を自由でいさせてあげられなくて、ごめんね」

 きっと青空の下で箒を操っている方が似合うに違いない君を、この曇天の下に留めて、果ては地下へ引き摺り込むことになる。謝って許されることでもないその未来を心の中で告げたイデアは、できたら僕を許さないで、と極力魔力を載せずに冥府(生まれ故郷)の言葉で続けた。

 

───***───

 

 ラギーは、今でも自分のことをラギー・ブッチだと思っている。夕焼けの草原キングスカラー領のスラム生まれのハイエナ。性別が変わっても、その姿がハイエナ獣人の雌とは違っていても(ラギーには擬陰茎がない。それで出産時に母子のどちらにせよ命を落としては意味がないからというのが理由)、嘆きの島の行政執行指定者(呼び方が違うだけで実質的には領主だ)と入籍していても、ラギーは今でも夕焼けの草原の獣人のつもりでいる。

 

「この契約、いつまで見とけばいいっスか?」

 ラギーが当然のこととしてそう聞くと、隣りに裸で寝転んでいたイデアは身を起こし、分かりやすく顔を顰めた。

「え、ずっと居ればいいじゃん。結婚してるんだし死ぬまで面倒見るよ」

「や、でも申し訳ないような。所詮契約関係なんだし、」

 そう言った瞬間、黄金の奥で瞳孔が開いて、視界の端で青に緋炎が混ざる。

「は?」

 ミスった。心中にこの言葉が過ぎるのと額を鷲掴みにされて押し倒されるのとはほとんど同時で、ラギーはここがベッドの上だということに心底感謝した。覆い被さったイデアの炎髪が二人の顔まわりを覆って、炎と見るには冷たすぎるそれがラギーにはヴェールか、そうでなければ鳥籠のようだと感ぜられた。

 

 分かっている。所詮契約結婚、イデアの金と技術でラギーの胎を買っているだけの関係性。そんなことは分かっている、はずだった。それなのにその言葉を聞いただけで真っ当な思考は消し飛んで、次の瞬間にはイデアの口から母語(呪詛)が漏れていた。

 

「黙れ」

 

 喉と心臓を、見えない手で握られる感触がした。全く同じ音の天界山語とも違う、冥府(嘆きの島)の魔力言語。それ自体が魔法(のろい)として機能することさえあるそれは、遙かな過去には神の言語でさえあった。

 獣人の大半がそうであるように、ラギーも魔力波形の知覚機能は無いに等しい。それでも感じられるのであれば、それは実体として存在する鼓膜ではなく、その内の魂を揺らがすものだった。それも冥府の一画で、ゴーストの主要(魂に届かせるための)言語を、冥神の末裔が、となればその呪いの影響は計り知れない。咄嗟のものであっても、否、咄嗟のものであるからこそ、イデアの一言は当然にラギーを縛ってのける。

 

 ラギーは自分の魂というものの実在を初めて実感した。ラギーの脳は、ラギーの体は、死者たちの王の気配に悲鳴を上げているというのに魔力の源泉がよろこびの声をあげるのを、その優れた聴覚とは別のところで聞いた。

「は、何のつも、り……な、え……?」

 ユニーク魔法の都合上身体コントロールはお手の物のはずなのに、声が出ない。舌も喉も正常に動いて、口中を通り抜ける空気の感触だって普段と変わりないはずなのに、音だけが欠けていた。そのことにようやく、恐怖の感覚が脳に追いつく。

「……あ、もういいよ」

 骨張った指の先でラギーの喉を撫で上げながらそう言い放ったイデアの瞳に、ラギーは零下の暗黒を見た。物理法則から外れた地下の炎と、マイナス270度のヘリウムと。あらゆる電磁波(ひかり)から取り残された暗がりの色、いつか自分も辿り着くのだろう憎悪の河の向こう岸。

 

「い、今、なに、を」

 掠れた声でそう聞いたラギーに、イデアはぱちぱちと目を瞬かせた。青の炎に包まれて生まれた男は、己の魂を知覚しない生物の心持ちが分からない。だからその時もイデアは、自分の才と異端さに全く気がつかないような顔で疑念に答えた。

「何って言うか……君はもう僕のものだ、って。それだけ」

 靄がかったように纏まらない思考の中で、ラギーはそれでもはっきりと驚きに目を見開いた。

「……は、」

 それを見てようやく、イデアは自分の思い違いに気付く。赦されているのだと思っていた。仮にも魔法士であるラギーが止めないのだから、喜んで差し出したものだとばかり。

 

 けれど結局のところ、いずれ「地下の絶対者(ゼウス)」に至るイデアからすれば遅いか早いかの違いでしかない。ただでさえ覆うもの(シュラウド)の愛は重たいのだから。碌に保険も掛けず年に一度里帰りを許していた今までの方が例外だったと思って。

「ごめんね。でもまあ、君の故郷もまとめて面倒見るから、人身御供に選ばれたとでも思って諦めてくれる?」

 そう言って歪な笑みを浮かべるイデアの琥珀金から、ラギーの頬に雫が落ちて、たったそれだけのことで何かが軋むくらいの魔力が滲む。

「……普通、ここで泣くのはオレの方じゃ、」

 あの晴れた日にサバナクロー(ラギーたち)を踏み潰していった妖精のような理不尽に抗う力が欲しくてこんな薄暗い土地までやって来たはずなのに、人身御供、だなんて言われたらラギーにできることはもう一つだってありはしなかった。ここが例えば神様なんて奴らが一人もいない世界だったなら、その青白い喉を喰い千切ることもできただろう。だけれどラギーの故郷には他に魔法士なんていなくて、目の前の神の末裔であればきっと杖の一振りであの乾いた土地を丸ごと焼き尽くせてしまう。ブロットをどうにかする術をイデア・シュラウドが手にしていると、あの頃の同窓(N R C)生は知っている。

 

「っひひ。ま、そうでしょうな」

 辛うじて笑いと呼べる形に頬を歪めて、イデアは同意した。どの面下げて、とは自分でも思うが。

「……ごめんね」

 ベッドに肘をついて首を折り、組み敷いた女の耳元に口を寄せる。肩口に頭を預けた所為で流れた青炎が彼女の視界を覆っていた。

 

 これを愛だなんて呼ぶつもりは、流石のイデアにもない。許して欲しいとか言うつもりもない。

 

「ごめんね、嫌いにならないで、ずっと一緒にいて、僕を置いてかないで」

 囁かれる言葉の表層は、勿論ラギーにだって分かる。天界山の麓の言葉は、決してメジャー所ではないにしても覚えて損はないし、言語習得の早さは身体操作性と並んでラギーの誇れるところだった。ただいつもと違うのは、そこに明確に魔力が混ぜられていることだった。

「ぁ、」

 耳から入り込んだ振動に相乗りした魔力が内耳孔から脳髄にまで届いて、ラギーの思考を押し潰して溶かしていく。一言、一言、丁寧に、肉体(うつわ)と魂(なかみ)の双方を奥の奥から融かして支配するために。イデアは言葉(のろい)を重ねる。

「好きだよ、ラギー氏」

 このハイエナがどこにも行かないように。いつか彼女が死んで魂だけになった時に、イデアの傍以外のどこにも逝けないように。過剰なくらいに呪いを重ねる。その時に今度こそ取りこぼさないように、イデアの力だけで引き留められるように、そ(・)れ(・)がイデアの見ていないところで起きてもなんとかできるように。

 

「……ね、お願い」

 だめ押しのように、魔力を一際強く込めてそう言うと、灰がかった瞳の奥に青が灯る。嫌と言うほど見知った炎の色だ。この上更に念押しすれば、きっと魂だけでなくてこの心もイデアの掌中に収まるのだろう。それを、心を手にしたのだと胸を張って言えるかどうかは置いておいて。

 

 相変わらず視界は丸ごと炎に覆われている。ラギーは自分の思考が茫漠と揺らいでいくのをなんとか知覚して、それから、自分の喉が勝手に肯定の意を囁いたのを他人事のように聞いた。

「……はい」

 元々少ない魔力を精緻に操るのを得意にしていてその上、質がどうこうという話には俎上にも載らないような身だ。神の権能とさえ争える男から溢れんばかりに注がれる魔力を捻じ伏せられるほどラギーはこの手の魔力に慣れていない。なにぶん、ラギーが日常的に魔法に触れるようになってから出会う相手は誰も彼もきちんと己の魔力を制御できていて、ラギーの中に異質な魔力が流されるようなことはまずなかったので。

 

「……うん、ありがとう」

 瞬き一つで青灰の奥に消えた青が、首元に灯る第五元素(エーテル)の焔にはちらちらと混ざるのを確認して、イデアはようやく身を離した。どうあっても元には戻れないところまで染みこんだ青色は、心を洗い流すぎりぎりのところで留まっている。こうまでしないと安心できない自分への呆れを飲み込んで、焼きたてのパンの色をした短い髪を撫でた。

 

「ずっと一緒にいようね、約束だよ」

 祈って願うだけでは叶わないことを、イデア・シュラウドは知っている。だから今度こそこうして、この指の間から命がすり抜けていく前に繋いでおかなければ。青く燃えるこの祝福の火を分けて、不毛と豊穣、両方の季節で君を隣りに留めるように、呪っておく。

 

 金や宝石であれば幾らでも。死後の安寧ならば無条件に。魔法再現装置(A S C D)の開発者として、誰でも扱える火と水を。その他自分の能力の及ぶ限り幾らでも、望むものは何だって。夕日色の魂の君に、夕日の落ちる君の故郷にあげる。だからどうかこの腕の中で生きて、そして死んでくれ、と。覆いの内から君に青炎色の永遠(のろい)を、贈った。


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