遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻 作:胡麻野すり子
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────お姉様は、私にとって憧れだった。
物心ついたときには、お姉様は私の直ぐ側にいた。
お姉様は、優しくて、綺麗で、強くって。
異母姉妹だなんて言われるけど、私にはそんなのは関係なかった。
私のお母様だって、お姉様をちゃんと私の姉として扱っていた。
血の繋がりはないけど、お母様はお姉様を子どものように想っていたことは間違いない。
少なくとも、私と、お姉様と、お母様の世界では、私達は立派な家族だった。
……それを認めていなかったのはただひとり。
お姉様は、鳴金雄太郎が館のメイドに手を出した結果、生まれた子どもだ。
それを知った私は、あの男のことを軽蔑したし、アレが自らの父であることを呪った。
私は、お姉様の本当の母親を見たことがない。
気づいたついたときには、館にメイドはいなかった。
どうやら、1人残らず解雇されたらしい。
あの男にとって自らの過ちは消し去りたいものであり、お姉様の母親である浮気相手をいつまでも目につくところに置く理由はなかったのだろう。
そして、大きな過ちの象徴であるお姉様を、アイツが愛する意味はどこにもなかった。
お姉様は、この家の外に出ることを許されていない。
だから、学校にも通えていないし、館の人間以外と話したこともない。
私が寂しそうな横顔を見たことも、一度や二度じゃなかった。
それでもお姉様は、私の前ではいつだって、優しくて強いお姉様だった。
私が落ち込んでいるときは慰めてくれたし、眠れない夜は私が眠れるまで傍にいてくれた。
そんなお姉様とデュエルをするのが、私はなによりも好きだった。
一度も勝てたことはないけど、お姉様とデュエルを楽しんでいるときだけは、この汚い家のことも忘れられたんだ。
醜くて、ぐちゃぐちゃな家だけど……それでも私は、お姉様の妹であれたことが、幸せだった。
…………その幸せが狂い始めたのは、いつからだろう。
ある日、お母様が失踪した。理由はわからないけど、お母様は忽然と姿を消したのだ。
そしてそのときから、鳴金雄太郎はお姉様への悪意を隠さなくなった。
お母様は、あの男の妻という立場から、お姉様に危害を加えることを止めていたけれど、そのブレーキがなくなってしまえば、もう誰もあの男を止められなかったのだ。
だとしても、あの男は狂っていた。
あの男がお姉様に向けていた感情は、存在が疎ましいだとか、そんな次元の話ではなかった。
────なんの前触れもなく、アイツはお姉様の顔に、硫酸をぶちまけた。
我が目を疑った。
正気を疑った。
タチの悪い夢だと思った。
けどそれは、現実に他ならなかった。
肉が溶ける音と、のたうち回る悲鳴、半分焼けただれたお姉様の顔。
「……顔があの売女に似てきていたからな。二度とその顔を見せるな」
アイツは、痛みに泣き叫ぶお姉様に、そんなことを言っていた。
イカれてる。
その日、私は自らの父にどうしようもなく恐怖した。
同時に私は悟った。
あの男は、人の真似事をしているだけの、冷酷で醜い生き物なのだと。
けれど、けれど。
それだけなら、まだマシだった。
マシだったんだよ、それでも。
私は、知ってしまった。
夜な夜な、あの
それを知ったのは、まったくの偶然だった。
どうしようもない、私の不運だった。
夜、トイレに行こうと廊下を歩いていた私は、たまたまアイツの部屋を通りかかった。
そして、たまたま部屋から声が聞こえることに気づいた。
たまたま、部屋の扉は締まりきっていなくって、たまたま、その隙間から中が見えた。
あぁ、そこに広がっていたのは、おぞましいものだった。
「んーッ!ん、んーッ!?ッ──!?」
お姉様が、いた。
四肢を拘束されて、顔を覆うようにガムテープを巻かれた、お姉様が。
裸に剥かれ、ガムテープ越しにくぐもった悲鳴を上げる、お姉様が。
「ああ、流石はあの売女の血だ。膣の締りだけはいい」
醜い生き物がいた。
お姉様を組み敷いて、腰を振っている、畜生にも劣る生き物が。
「
「ッ!……んんー!んー、んんーッ!!」
「お前が産まれたことは悲劇だったが、オナホールが手に入ったと思えば幸運か」
この生き物は、自分がなにをしているのか、なにを言っているのか、分かっていないのか?
血の繋がった娘に、お前はなにをしている?
お前は、娘を、なんだと思っている?
吐きそうだった。
目眩がした。
必死に吐き気を抑えているその向こう側で、ケダモノが大きく震えていた。
あぁ、射精したんだなと、何故か冷静にそんなことを思った。
私の、最愛のお姉様を。
この気持ち悪い生き物は。
どこまで貶めれば気が済むのだ。
頭がぐちゃぐちゃになって、私はどうにかなりそうだった。
あのクズをぶち殺してやりたいと、何度も思った。
お姉様に幸せになってほしかった。
なぜ、あの優しいお姉様が、こんな酷い目に遭わなければならないのかと、神を憎んだ。
でも、私には勇気がなくて、あの生き物を殺すことができなった。殺すことが怖かった。
それが人のカタチをしてケダモノだとしても、臆病な私は殺せなかった。
かといって、お姉様を幸せにする方法が、私にには分からなかった。
たとえば、この家からお姉様を連れ出したとして、それでどうする?
どうやって、私達を生きていけばいい?
セキュリティに助けを求めても無駄だ。
鳴金家は資産家だ。
アイツがちょっと金を積めば、もみ消されてしまう。
結局、私にはどうすることもできなくて、どうにかする勇気が持てないまま、時間は進んで。
…………そして、お姉様はサイコデュエリストになった。
なんの前触れもなく、お姉様はそんな得体のしれないモノになっていた。
もう、私にはわけが分からなかった。
いきなりお姉様がサイコデュエリストとかいうのになっただとか、危険だから地下室に監禁するとか。
そんなことを言われても、ぐちゃぐちゃな頭じゃなにも考えられなかった。
けど、同時に私は、安心した。
お姉様は、あのケダモノの手の届かない場所に行ったんだ。
地下に監禁されるのは辛いと思う。理不尽だと思う。
けれど、地下にひとりでいれば、お姉様がそれ以上苦しむことはない。
そうだ。きっともう、お姉様が傷つくことはないんだ。
許せない気持ちは当然ある。
それ以上に私は、お姉様が傷つけられないことに安心したのだ。
────けれどその数日後、それが間違いだったことを、私は突きつけられることになる。
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「…………それで、お前たちがお姉様を殺しに来るって聞いて、“そうはさせるか”って思って……でもってデュエルして負けて、今に至る……って感じだろうか」
「ふーむ。なるほど……」
庭園内に設置されたテーブルを囲んで、ボクらは梨々華ちゃんに話を聞いていた。
とりあえず、不透明な部分の多かった彼女のお姉さんについて聞いてみれば、梨々華ちゃんは辛そうにしながらも話してくれた。
「なるほどなるほど、なるほどね」
「ふむ、ふむ、事情は、分かった、よ」
「………………なんというか……その……」
腕を組んで何度か頷く。
そうしながら、梨々華ちゃんの語った姉の話を噛み砕き、反芻する。
うーん、なるほど。ふぅむ、そうだなぁ……
「こんなクズは許せないね!よしっ!ぶっ殺そう!」
「ぶっ、殺そう……!この、生き物は、生かしちゃ、おけない、ね…!」
「惨たらしくぶっ殺してやりましょうーーーーー!!」
デュエルディスクを構え、ボクらは立ち上がる。
この館に住んでるゴミカスを一刻も早く殺さなければならないと心が訴えていた。
単純に、ムカついたから。ボクらを動かす理由は、それで十分過ぎた。
「ま、待ってくれ!判断が早すぎるぞ!?」
そうして館へ向かおうとするボクらを、梨々華ちゃんが慌てて止める。
「確かにあのカス野郎には一刻も早く死んでほしいが!
だがお前らのフットワークの軽さはヤバいぞ!!」
滅茶苦茶に焦った様子で、梨々華ちゃんは制止をかける。
速攻で殺すという結論に至ったボクらに引いてるみたいだった。
「いやでも…………マジモンのクズじゃないですか……?」
「使用人に手を出して生まれた娘を屋敷に軟禁。その血の繋がった子どもの顔半分を硫酸で溶かす。挙げ句の果ては性的虐待ときたもんだ。あと地下室に監禁したのもあるね。コイツはちょっと許しがたいかなぁ」
「いや、でも…………その、さぁ……」
梨々華ちゃんがまごつく。
それは暗に、彼女も“鳴金雄太郎の殺害には賛成”だと言っているようだった。
それでも、曖昧ながらにボクらを止めようとしているのは、人間としての倫理観からか。
咄嗟にこういう行動ができるあたり、鳴金梨々華という少女の善良さが伺えた。
「…………そう、だね。ひとまず、殺すの、やめよう、か」
「むぅー…………」
最初にデュエルディスクを下ろしたのは、殺那だった。
強行しても梨々華ちゃんの得にならないと判断したのだろう。
もっとも、その瞳に灯った殺意は、ちっとも弱まっていないが。
「その…………なんか、すまない」
「あははっ!いいよいいよ、冷静に考えてみると、まだ鳴金雄太郎には利用価値があるしねぇ」
ちなみにこれは嘘だ。アレに利用価値は一切ない。
とりあえず梨々華ちゃんが気負わないようにとテキトーなことを言っただけである。
「申し訳がないな…………それで話は変わるが、お姉様のことは……」
「助けるよ。そう決めたからね」
彼女が言い切る前に答える。
これはもう確定事項だ。
今更覆すつもりはない。
「……いいヤツなんだな、お前たちって」
「えへへ…………そ、それほども……」
ベニアちゃんが照れて身体をくねらせる。
いいヤツと褒められたのが嬉しかったようだ。
「さて、これからボクらは梨々華ちゃんのお姉さんを助けるわけだけど……」
「助けに、あたって、早急に、必要な、ものが、ある、ね」
「そ、そうなのか……?」
「うん。ボクらには“時間”が足りないんだ」
そう、これは最も必要で、そして最も足りていないモノだ。
梨々華ちゃんのお姉さんを助けるには、あの地下迷宮に潜り、探す必要がある。
が、その作業はとてもじゃないが短時間でできる代物ではない。
「あの迷宮からお姉さんを探し出そうと思うと、最低で3日はいるかな」
どこまで広がっているかも分からない迷宮を、無制限に湧き出すモンスターを相手取りながら、潜る。
それが、お姉さんを見つけ出すのに必要になる作業内容だ。
当然、時間がかかる。
「鳴金雄太郎は、そんなに、時間、くれそうに、ない、から」
「たぶんアイツ、今日中に事が終わると思ってるよ」
「あー…………確かにな」
梨々華ちゃんが渋い顔をして腕を組む。
ボクらの言わんとしていることが伝わったようだ。
「嫌だろうけど、鳴金雄太郎に交渉してもらえないかな?
代わりと言ったらあれだけど、お姉さんは必ず助けるからさ」
「分かったよ、どうにか話をつけてくる。私もなんか協力しないと悪いからな」
「ありがとう、ね」
「いやぁ……申し訳ないですね……」
あとは梨々華ちゃんの口先にかかっているが…………
まぁ、これがダメなら死ぬ気で特攻するか、鳴金雄太郎を殺すだけだ。
問題はあるが、まだなんとかならないこともない。きっと、たぶん。
「あっ、話は変わるんだが…………」
話をつけに行こうとしていた梨々華ちゃんが、ふと振り返る。
「お前たちって、寝るとこあるのか?」
その質問に対して、ボクらはほぼ同時に首を横に振った。
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整理整頓が行き届いた、立派で広い部屋。
中には大きくてふかふかのベッドに、ピカピカのソファ。
そしていかにも高さそうな調度品の数々。
梨々華ちゃんに案内されて、ボクらはそんな部屋の中にいた。
「ほら、どうにか言いくるめてやったぞ。3日間はお前たちが好きに使っていいってさ」
「り、梨々華さまぁーーーーー!!ありがとうございますぅーーー!!」
ベニアちゃんが媚びた笑みを浮かべながら梨々華ちゃんにすり寄っていく。
へりくだった姿勢で精一杯に感謝する姿に、彼女の奴隷根性とでもいうものが滲んでいた。
「ちょっ、や、やめろって!別にそんなありがたがられることじゃないだろ!」
「え、えへへ……!こんないい部屋で過ごせるなんて……夢みたいです……!」
「お前らいつもどんな生活してんだよ……」
少なくとも、『孤児院』の部屋にこんな質のいい家具はないかな。
ついでに言えばベッドもソファもないね。
あるのは、硬くて冷たい床だけだ。
「ふふっ。凄い、ね……やばっ」
「ボク、こんないい部屋はじめて見たかも」
「廻理さーん!殺那さーん!ベッドのスプリングめっちゃスゴイですよー!」
ベッドに勢いよく飛び込んだベニアちゃんを横目に見つつ、しみじみと思う。
いつも床で寝る生活をしていたせいか、なにか感動に似たものが込み上がってきた。
「ふふっ。ベニアちゃん、楽しそう、だね。私も、隣、いい?」
「はいっ!殺那さんも飛び込んでくださいっ!」
「じゃあ、失礼、するね」
トテトテとベッドに駆け寄り、殺那がぽふんと飛び込む。
「なんというか……喜んでもらえてよかったよ」
そんな殺那と、屈託なく笑うベニアちゃんを見て、梨々華ちゃんが優しい顔をした。
「あははっ。ありがとうね」
「いいって。助けてもらうんだから、当然のことだろ」
感謝すれば、彼女はぶっきらぼうに答える。
当然のこと。助けてもらうから、当然のこと。
きっと彼女は、利害や損得じゃなくて、本当にそれが当然だと思って動いてくれたんだろう。
(善良な、いい子だなぁ)
つくづく、そう思う。
そして、そんな善良な少女は今、とても悲しい目に遭っているわけで。
(…………あぁ。これは、助けたくなっちゃうなぁ)
馬鹿で単純な自分の心を嗤う。
けれど、そう思っちゃったものは仕方がない。
やりたいことをやり切ろうと、そんな想いを強く固めて。
ボクはぐっ、と伸びをした。
読んでいただきありがとうございます!
これからも『Cruel』をよろしくお願いします!