遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻 作:胡麻野すり子
久々の投稿となります。
楽しんでいただけますと幸いです!
あたしはひとり、梨々華さんの部屋にいた。
「えへへ……ベッド、ふかふか……」
床に膝をついて、梨々華さんのベッドに頬擦りをする。
シーツの滑らかさと、掛け布団のふかふか加減がとても心地良い。
あぁ、もう何年も感じていなかった感触がする。
まさか再びまともな寝具の感触を感じられるとは。
まったく、人生なにが起こるか分からないものだ。
「っとと……あんまり、こういうことしちゃ駄目だよね……
見られたら、梨々華さんに引かれちゃうだろうし…………」
流石に自分の使っているベッドに、あたしみたいな小汚いのがへばりついていたら、彼女もドン引きするだろう。
いけない、いけない。そう思い布団から身体を剥がす。
「ふぅ…………それにしても、廻理さんも、梨々華さんも、遅いなぁ」
ひとりぼっちの部屋の中で零れたその声に返事はない。
廻理さんは、数十分前に「殺那を探してくる」と言ってどこかへ行った。
それから梨々華さんも、「飲み物とお菓子を持ってくる」と言って部屋から出ていった。
「飲み物取ってくるのに、そんなに時間がかかるのかな…………」
どうなんだろう?
あたしは飲み物を取ってくるのにかかる標準的な時間を知らないからなんとも言えないけど。
まぁ、これくらいかかるものなんだろうか。
「…………マトモじゃないから、分かんないや」
なんだか考えるのがしんどくなって、あたしはコロンと床に寝転がった。
冷たくて、硬くて、ほんのりホコリっぽい。
あぁ、あたしの慣れ親しんだ感触だ。
「落ち着く………………なんて、どうかしてるかな。
昔のあたしなら、そんな風に思わなかっただろうなぁ」
ふと、昔のことを思い出す。
暖かった、幸せでいられた。
無知でいられた。馬鹿なまま馬鹿でいられた。
大人に守られていると思い込んでいられた。
自分は尊い存在なのだと勘違いしていられた。
──そしてあたしの傍には、
愚かすぎるほどの幸せ。
そんな記憶が、ふつふつと浮かび上がる。
「…………昔なんて、いらない。あたしはもう、捨てちゃったんだから」
転がったまま膝を抱えて、小さくなる。
そうだ、昔のことはもう関係ないんだ。
「今のあたしは…………ただのクズデュエリストなんだから」
口に出して、今のあたしを、あたしに刷り込む。
あたし……ベニアは、人権のない子どもたちが属するデュエリスト集団の新人。
それがベニアという少女の現在の姿だ。
「…………廻理さんについってったのは、正解だったかな」
ここ数日のことを思い出してみる。
今のところ、『孤児院』での日々は、楽しい。
「廻理さんも、殺那さんも優しいし……あたしのこと、殴ってこないし…………」
『孤児院』の人たちは、とっても優しい。
みんながあたしと同じような、元々虐げられてた人だからだろうか。
それは悪く言えば傷の舐め合いだけど……けれど確かに、安心はできた。
「みんな、色々あったんだろうな……」
廻理さんも、殺那さんも。
あの組織にいる人たちは、みんなみんな、なにかあったとしか思えない精神性をしている。
そんな人たちが支え合って、生きている。
だからこそ、みんなあたしに優しいし、あたしを受け入れてくれる。
「…………あたしがやってるのは、寄生と同じだけど」
あたしは、なんとなくあたしに優しくしてくれそうな人についていっただけ。
そこで甘えて、優しくしてくれる人の背中に隠れて、安心だけを啜っている。
「廻理さんは、怒るかな…………」
灰色のカーディガンの袖が、目に映る。
廻理さんが貸してくれたモノだ。
あたしがずるい寄生虫だって知ったら、あの優しい人は怒るだろうか?
ううん、きっとあの人は、ただ笑って許してくれるだろう。
なんとなく、そんな気がする。
「ずっと甘えてたいなぁ…………」
それができれば、とっても楽だろう。
廻理さんや殺那さんにずっと頼って、のうのうと生きていたい。
あたしは立ち上がりたくなんてないし、もう立ち向かいたくない。
「…………それがダメだってことくらい、わかってるよ」
ポケットの中のデッキに触れて、呟く。
このカード達は、あたしの甘えをきっと許さないだろう。
戦えと、あたしを急かし続けることだろう。
「……………………寝てても、落ち着かない」
膝を抱えるのをやめて、床から立つ。
ふらり、ほんの少しだけ立ちくらみがした。
「梨々華さんのところに、行こうかな……」
ぼぅ、と待ってみたが、そろそろ不安になるくらいの時間が経過している。
なにかあったとは思いたくないが、様子を確認してもいいかもしれない。
そう考え、あたしは扉のノブを回したのだった。
────────────────
梨々華さんを探すこと数分。
未だ、彼女の影は見えずにいた。
「どこ行ったんだろう……」
台所(厨房?)らしき場所も見に行ったが、梨々華さんはいなかった。
なら一体、彼女はどこへいるというのだろうか?
「………………行き違いになったのかな」
考えられる可能性としては、これが一番高いだろうか。
そう考えていたそのとき、微かに梨々華さんの声が聞こえた。
階段の方、そこから切羽詰まったような彼女の声がしている。
「梨々華さんの声……………………行こう」
どうにも嫌な予感がして、あたしは早足で声のした方へ向かう。
階段の踊り場に出れば、そこには梨々華さんがいた。
そしてもうひとり、確かこの家の執事だっただろうか。
あたし達を雑に扱ったあのクソ失礼なクソ執事が、梨々華さんの腕を掴み、彼女を壁際に押さえつけていた。
「や、やめろ……!」
「やめるのは貴方でしょう、梨々華お嬢様。
貴方は友達付き合いを考えるべきでは?」
「っ!あいつらはお姉様を助けてくれるって言ったんだ!だから……」
「鳴金葛のことは忘れたほうがよろしいかと。旦那様もアレの存在は認めていないのですから。
アレは死ぬべきなのです。ささ、梨々華お嬢様はなにも考えず部屋でお休みください」
「ふざけるな!お姉様はなにも悪くないだろうが!私はお姉様を殺すなんて絶対許さないぞ!」
言い争い、だろうか。
梨々華さんはクソ執事に噛み付くが、当のクソ執事野郎は適当に彼女をあしらっている。
「お嬢様、あまり私を困らせないでください。
貴方は美空様……亡くなった奥様の忘れ形見なのです。
貴方があんな危ない連中と仲良くしていると知ったら、今は亡き奥様はどう思うでしょうか?」
「お母様がお姉様を見殺しにしろと言うはずがないだろ!
それにお母様は失踪しているだけだ!まだ死んでない!
いい加減手を離せ!私は私のやりたいことをやるだけだ!」
「反抗しないでください。大人しくしていただけないのであれば…………」
「…………梨々華さんを、離してください」
声をかければ、ふたりはバッ、とあたしのほうを見た。
梨々華さんは、どこか安心した様子で。
クソ執事は、酷く苛立った様子で。
「ふん……なんの用だ、害虫」
「…………害虫とは、酷い言いようですね」
「事実だろう。小汚いクズガキが。その汚い姿を見せないで貰いたいものだ」
「……女の子を力づくで押さえている貴方のほうが、汚いんじゃないですか?」
コツ、コツ、とふたりに近づく。
執事は不快そうにして、舌打ちをした。
「これは鳴金家の問題だ。部外者が口を挟むな」
「確かにあたしは部外者ですが……こんな暴行一歩手間みたいな現場を見て、黙ってられますか」
「暴行?なにを言うかと思えば、この私がお嬢様に手を出そうとしているように見えたか?
いい加減してもらおうか、クソガキ」
執事は不愉快さを隠そうともせず、あたしにぶつけてくる。
敵意、害意、悪意。あらん限りの悪感情が、降り注ぐ。
ほんの少し、怖い。
染み付いたトラウマが、恐怖を呼び起こす。
別に、こんなの放っててもいいんだ。
究極的な話、これはあたしには関係のないことだ。
だが…………
「いい加減にするのは、貴方のほうではありませんか?」
…………だが、見て見ぬフリをする気分には、どうにもなれなかった。
知らん顔をしたっていい。
だけど、そんなあたしを廻理さんや梨々華さんは許してくれるだろうか?
あぁ、きっと許してくれるだろう。みんな優しいから、仕方ないって許してくれる。
なんだかそれが、たまらなく嫌だった。
「梨々華さんが怖がっています。その手を離して、この場から消えてください」
「クズの分際で指図をするな。失せるべきはお前のほうだ」
「クズ……それは貴方も同じではありませんか?」
「私を侮辱する気か?その口を閉じないなら名誉毀損で訴えて────」
「────臭うんですよ、貴方」
スンスンと鼻を鳴らす。
あぁ、やっぱりだ。
やっぱり、臭う。
「貴方から血の臭い、命を喰らった臭いがするんですよ」
「…………なにを、言って」
男の顔が一変、不愉快そうなものから、驚愕したものへ変わる。
「貴方は────誰かを殺していますね」
「ッ!?」
驚く執事を無視して、あたしは続ける。
「たぶん、女の人。精と、死体の臭い……屍姦していますね。
梨々華さんも、貴方の獲物ですか?」
「………………………………」
あたしの言葉に、男は沈黙する。
それは暗に、あたしの言ったことが正しいと言っているようなものだった。
「……人間以下のカスが。嗅覚は犬畜生と同等だったということか」
「色々あって、そういうのに敏感なんです。それで、申し開きはありますか?」
「そうだな…………」
男がため息をついて、天井を仰ぐ。
その次の瞬間、クソ執事は一切の躊躇なく、あたしの顔面を全力でぶん殴ってきた。
「がッ!?!?」
拳は真正面からあたしを捉え、振り抜かれる。
その衝撃に耐えられず、あたしは床に倒れてしまった。
「こ、の……!」
倒れたままクソ執事を睨みつける。
鼻が熱い。血が溢れる感じがする。
どうやら鼻が折れたようだ。
それでもと、鼻から血を垂れ流しながら立ち上がろうと床に手をつく。
「死ね」
そんなあたしの顔が、思い切り蹴り上げられる。
歯が折れた。首がいかれそうになった。
「死ね、死ね、死ねッ、死ねッ、死ね、死ね、死ね!!」
「ぎゃ!?っあ゛!?げば、ごほッ!?」
床に倒れるあたしを、何度も何度も蹴ってくる。
爪先が腹を、みぞおちを、首を、顔をえぐり、その度にくぐもった悲鳴が絞り出された。
痛い。一発ごとに内臓が爆ぜそうな痛みが走る。
「死ね!死ね!死ねぇ!」
「や、やめろぉ!」
梨々華さんが男に抱きつくようにして静止をかける。
それを受けて、あたしを蹴りつけていた足が止まった。
「お、お前、本当に殺す気か!?なにをやってるんだ!?」
「お嬢様」
梨々華さんの肩がびくんと震える。
彼女は、恐怖に染まった顔をしていた。
「本当、なのか……!?お前、まさか本当に誰か殺してて……」
「カスの戯言を真に受けないでいただけますか?私が誰かを殺しているとでも?」
執事は梨々華さんの肩を掴み、ずいと彼女に顔を近づけた。
「っ、触るな……!」
「お嬢様は可憐ですね。そんなにビクビクと怯えて」
「なにを言って……」
「さぁ、こんなカスは放っておいて行きましょう」
男の手に力が入った。
そのまま、男は梨々華さんをどこかへ連れて行こうとする。
「や、やめ……」
「黙ってついて来てください。さぁ、さぁ、さぁ」
「ひっ!?だ、誰か、助け……むぐっ!?」
男が梨々華さんの口を手で押さえ、黙らせる。
「助けなんて来ませんよ」
その言葉に、梨々華さんはガタガタと震え、泣き始める。
そんな彼女を見て、男は暗い笑みを浮かべた。
「ほら、私の部屋に行きま────」
「────死んでくださいクソ野郎ォォッ!!」
笑うクソ男へ向けて、あたしは全身全霊でヤツの股間を蹴り上げた。
潰す気でぶちかました、本気の金的。
足になにかが潰れるような、嫌な感触がした。
「~~~~~~~~~~!?!?」
金的を食らった男は、梨々華さんから手を離し、床に倒れ伏した。
そして股に手を押さえて、気持ち悪いうめき声を漏らしながら悶絶している。
「あークソ……よくもボコスカ殴ってくれましたね……」
「お、お前、大丈夫なのか!?」
「大丈夫ではないです。めっちゃ痛いです」
心配してくれる梨々華さんを尻目に、血の混ざった痰を吐き出す。
全身が痛い。この感じだと痣になることだろう。
「ク、ズがぁ……!よくも、やったなぁ……ッ!!」
「……あぁ、痛いんですか?それは辛いですね」
さっき散々殴ってきたくせに。
そう考えると、なんだかとてもムカついてくる。
「このままぶち殺してやってもいいですが…………梨々華さんの前でそんなことをするわけにもいきませんね」
一応、あたしにもまだ良心というものは残っている。
流石に一般的な少女である梨々華さんの心に傷を残すような真似はしたくない。
「でも、なにもしないってのも腹が立つのでぇ……」
ゆっくりと、倒れる男に近づく。
醜く悶絶するクズの顔を覗き込んで、あたしはそのまま自らの口に指を突っ込んだ。
「ぅ…んぐ………おぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇぇ」
喉まで指を入れて刺激すれば、嘔吐感と共に胃が痙攣し始める。
あたしはその不快感に逆らわず、男の顔面にゲロを吐いてやった。
「は?や、やめ、やめろぉぉぉおおぎゃああぁぁっぁああぁぁああああぁぁ!?!?」
びちゃびちゃと胃液が溢れて、男を汚していく。
酸っぱいようななんとも言えない不愉快な臭いが鼻を刺激した。
「え、へへ……!ざまぁみろってんです、カス野郎……!」
ゲロ塗れのカス野郎に向けて、両手の中指を立ててやる。
ふぅ、スッキリした。
胸の中のモヤモヤしたものが全部なくなった気がする。
「さて、やることやりましたし、もう行きましょうか」
「えっ?ちょっ、どこ行くんだよ!?」
梨々華さんの手を取って、この場を後にする。
どこか……とりあえず、梨々華さんの部屋へ。
彼女の手を引いて、あたしは小走りに廊下を行く。
それから少しして、あたしは梨々華さんと一緒に、彼女の部屋に帰ってきた。
「一安心、ですかね。まったく、酷いヤツがいたもんです……」
蹴られた腹をさすってみる。
めっちゃ痛い。
思わず顔をしかめると、それを見ていた梨々華さんの表情が曇ってしまった。
「その、ええと…………」
「あぁ、大丈夫ですよ。あたし、殴られ慣れてますから」
とりあえず口角を上げて、笑顔を作ろうとする。
けれど上手く顔を作れなかったみたいで、彼女はどうにも安心してくれなかった。
(…………廻理さんみたいには、いかないか)
廻理さんのように振る舞いたかったのだけど、あたしには難しいようだ。
ガシガシと頭を掻いて、投げかけるべき言葉を探してみる。
が、どれだけ考えても、適切と思える言葉は思いつかなかった。
「殴られ慣れてるって……でも、痛いだろ……?」
「えへへ、確かに痛いですけど…………梨々華さんのほうが、痛くて、怖い思いをしたんじゃないですか?」
下手くそに笑って、下手くそに言葉を並べる。
「その……身体の傷は、ツバつけとけば治りますけど…………心に刻まれた恐怖は、簡単には治りませんから」
そっと彼女の手に触れて、優しく包み込むように握る。
梨々華さんの指先は、まだ少し震えていた。
「ごめんなさい。怖い思いをさせてしまって」
恐怖は簡単には治らない。
それはあたしが一番よく分かってる。
叶うことなら、彼女の心の傷になるようなことはしたくなかった。
でも、弱っちいあたしは、全然上手くやることができなかった。
「なんで、お前が謝るんだよ…………」
「なんでって…………貴方が泣いているから、でしょうか」
梨々華さんは、泣いていた。
あたしが殴られてるのを見て、あの汚らわしい男に触れられて、泣いていた。
どうしようもなく、怖かったのだろう。
あぁそれは、あたしが無能だったから生まれた傷だ。
きっと、廻理さんや殺那さんなら、もっと上手くやれていた。
彼女を泣かせることなく、怖がらせることなく、あの男を始末していたことだろう。
「っ!べ、別に泣いてなんか……!」
梨々華さんは急いで涙を拭う。
それでもまだ、彼女の顔はぐちゃぐちゃなままで。
「クソ!止まれ、止まれ!私は、悲しくなんて、辛くなんて……!」
「…………強がんなくっても、大丈夫ですよ」
服の袖で必死に目を擦る梨々華さんが、なんだか痛々しく思えて。
気づくとあたしは、彼女を優しく抱きしめていた。
「ぁ…………」
「辛いなら、泣いていいんです。怖いなら、怖がっていいんです」
背中をさすり、あやすように頭を撫でる。
「貴方は、当たり前に泣いていいんです」
それが、普通のことなんだ。
普通の女の子は、普通に泣いていいんだから。
こんな異常で怖い思いはしなくてよかったんだから。
「…………お前は、強いんだな」
「弱いですよ。ボロボロで、みっともないヤツなんです」
「ううん、強いよ。私なんかより、何倍も」
梨々華さんが、あたしの肩に顔を埋める。
それから彼女はおずおずと、背中に腕を回してきた。
抱き返す……といった感じではない。
何かに耐えるような、しがみつくような、そんな感じだった。
「……怖いのも、そうだけど…………悔しいんだ。私は、なんて惨めなんだろう、って」
小さな声で、彼女がぽつりと呟く。
苦しげに吐き出されたそれは、涙の理由。
「もっと早く、お前が蹴られるのを止められたはずなんだ…………
でも、私は怖くて、動けなくって……!それで、見ていることしかできなくて……っ!」
しゃくり上げながら、彼女は話す。話してくれる。
「もっと、もっと強かったら、お姉様だって……助けられたはずなのに……!
私は、臆病で、根性なしで、弱虫で……!いつだって、動けずにいる…………」
あぁ、彼女はきっと、自分が嫌いなんだろう。
大切な姉が傷ついているのになにもできない自分が。
勇気を出せない自分が、行動できない自分が。
あたしから言わせれば、そんなの全部しょうがないことなのだけど。
そもそも彼女の場合、勇気を持って動けと言うほうが酷だろう。
もっとも、それを口に出しても彼女の救いにはなりはしないが。
「私は……どうすれば、強くなれるんだろうな…………」
強くなりたい。
そう吐露する彼女に、あたしはなんて声をかければいいんだろう。
正解は、全然分からない。
なにが彼女の救いになるのかも分からない。
でも、このまま黙っているのは、違う気がした。
「……梨々華さんは、強くなりたいんですね」
彼女は答えない。
ただ、悔し涙が肩を濡らした。
「え、と…………あたしね、実は妹がいるんです」
「え……?」
梨々華さんが微かに顔を上げる。
これから言うことが正しいかなんて、あたしには分からない。
だから、あたしなりの言葉で、あたしの人生で、あたしの気持ちを伝えよう。
「まぁ、大喧嘩しちゃって、あの子はもう……あたしのことなんて忘れてると思うんですけど……」
脳裏に、昔の光景が浮かぶ。
──あの子と一緒に、難しい勉強をした。
──無邪気にデュエルして、笑いあった。
──最後に、大喧嘩をした。
「でも…………それでも、あたしは『お姉ちゃん』で…………」
一拍。
目を合わせて、続ける。
「あたしは葛さんじゃないけど……でも、おんなじ『姉』という生き物として────
────貴方には、苦しんで欲しくないって、思います」
それはたぶん、『鳴金梨々華の姉』も、思っていることのはずだ。
「姉って、下の子を大切に思ってるもんなんです。なにがあったって…………だから」
抱きしめる腕に、力が入る。
「だから、無理に戦おうとしないで。貴方は、守られてていいんです。甘えてたっていいんです」
これはエゴだ。
でも、そう思わずにはいられない。
彼女は、まだ立たなくったっていいはずなんだ。
ひとりで立ち向かうにはまだ早くって、まだまだ甘えてていいはずなんだ。
だってこの子は、守られているべき、子どもなのだから。
……けれど、それは梨々華さんが望んでいることなんかじゃ、ない。
だからあたしは、彼女を抱きしめて、言葉を続ける。
「その上で、貴方が戦いたいと望むなら────あたしは、貴方の味方になります」
あたしになにができるかは、分からない。
だが、彼女の気持ちには全力で応えたい。
それは、彼女が妹だからだろうか?
あたしが、腐っても姉という生き物の一体だからだろうか?
「……なんで、そんなに良くしてくれるんだよ…………お前も、アイツらも……!」
「それはきっと……貴方がいい人だからだと、思います」
おそらくはそうなのだろう。
まぁ、ムカつくやつがいたというのも理由の一端だったとは思うけど……
廻理さんも殺那さんも、彼女が善良な子だったから、望みに添うことを決めたんだと思う。
「馬鹿だよ、お前ら……!」
「えへへ…………いいでしょう?」
笑いかけてみせる。
今度は、上手に笑えた気がした。
「梨々華さんは、頑張ってますよ。お姉さんを助けるために、勇気を出して、あたし達に近づいたんですから」
それは、凄いことだと思う。
あたし達はどんな言葉で飾ろうが犯罪者だ。
廻理さんだってそう。
そんな廻理さんに突っかかって、彼女はお姉さんの助けを求めたんだ。
「それにさっきだって、あたしを助けてくれたじゃないですか」
あのとき、彼女が止めてくれなければ、あたしはこの程度の怪我では済んでいなかったはずだ。
梨々華さんはもっと早くに止められたと思っているのかも知れないが、あの状況で動けたのは、勇敢というより他にない。
「全然だよ……私なんて、全然……お前のほうが頑張ってるだろ」
「……?あたしは別に…………」
「普通、あんだけ殴ってきた相手にやり返すなんて……怖くてできないだろ」
「あ…………」
そう言われればそうかもしれない。
ギャングに飼われてた頃のあたしなら、怯えていることしかできなかったんじゃないだろうか。
そんなあたしが、どうしてあんなことをしたんだろう?
「…………なんとなく、やり返すだろうなぁ、って思ったからですかね」
甘いのと香ばしいのが混ざったような、あの人の匂いがした。
灰色のカーディガン。その持ち主なら……やられたままじゃ終わらないはずだから。
「あたし、廻理さんの後輩ですから。やるだけ、やってやりました」
そんなあたしの答えを聞いて、梨々華さんは感心したような、呆れたような、そんな顔をした。
「……凄いんだな」
「えへへ…………凄いんです、あの人たちは」
それからは、しばらく無言だった。
心地の良い沈黙が、部屋に流れる。
「………………なぁ」
「はい?どうかしました?」
「いや、その…………ありがとうな。えっと………ベニア、さん」
「……えへへっ。どういたしましてです」
笑って、彼女の頭を撫でる。
梨々華さんはもう、泣き止んでいた。
今回も読んでくださり、ありがとうございます!!
そして、お待たせしてしまい申し訳ありません。
だいぶ時間が空いてしまいました……!
さて今回ですが、本来ならデュエルパートまで行く予定でした。
予定でしたが、予想以上にベニアを描くのが楽しくてかなりの長さになりました。
15話は個人的には気に入っている回です。特にベニアが吐くシーンがお気に入りです。
次回か、次次回くらいには予定していたデュエルパートができるかと思います。
次回も楽しんでいただけるように、頑張ります!