※この作品はR-18です。

遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻   作:胡麻野すり子

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第21話 キル・スイッチ

 アタシの目の前で、廻理が倒れる。

 

「………………うそ……」

 

 なんとも呆気なく、驚くほどに簡単に。

 廻理も、そしてベニアも、動かなくなってしまった。

 

「ククク……ハッ、ハハハハハハハハハ!!

 ざまぁないなクソガキ共!鬱陶しいゴミが死んで清々した気分だ!」

 

 男の笑い声が木霊する中で、アタシは呆然としていた。

 死んだ?嘘?こんなにも容易く人は死ぬの?

 

「さぁて、目障りなカスが死んだところで、計画を最終段階に進めようかしらねぇ」

 

 放心していたアタシの目の前に、八重峰墓丹がやってくる。

 実の母は、ゴミを見るような目でアタシを見て、額に銃を突きつけた。

 

「もう充分に力は取り戻せたわぁ。あとは、鳴金家の連中を皆殺しにするだけ」

 

「…………アタシに、なにをやらせるつもり?」

 

 呆けていた脳を呼び戻して、八重峰をギロリと睨む。

 そんな精一杯の抵抗に対して、女は薄く笑うだけだった。

 

「迷宮内に蓄えたモンスターを地上に解き放つの。

 きっと楽しくなるわよ?屋敷中が阿鼻叫喚に包まれて」

 

「……アタシが、アンタの言うことを素直に聞くと思っているの?」

 

「はぁ?」

 

 こんな奴の言いなりになんてなりたくない。

 その一心で、アタシは八重峰に逆らう。

 

「貴方、銃が見えてないわけ?」

 

「安い脅しね。アタシが死んだら困るんでしょう?

 だからアンタは撃てるわけが────────」

 

 パンッ!

 即座に引き金がひかれた。

 

「ぇ……?ぁ、なん、でぇ……!?」

 

 弾丸が、太ももを貫く。

 その衝撃が、数秒遅れて脳髄を駆け上がっていって。

 

「──ぁぁああぁぁああああああぁぁああああああああああああああああああ!?!?」

 

 焼けるような激痛を認識して、アタシは絶叫した。

 

「あぁああぁ!?ぁ、がぁ…っ!…いぎ…なん……なん、で……っ!?」

 

 痛い。頭の中が痛みで埋まる。

 視界がチカチカと暗転と明転を繰り返す。

 痛すぎて吐き気さえする。

 平衡感覚が崩壊し、鮮烈な痛覚だけが体内を反射した。

 

「ぃ、いたぃ……!?あっ、ぐぅっ……!ぉえ、あ、ぁあああぁぁ……んぐっ!?」

 

「黙りな。うるさいのよ貴方」

 

 痛みに喘ぐ口内に銃身が突っ込まれる。

 脅しじゃない。本当に、殺される。

 その事実に気づいて、アタシは必死で嗚咽を押し殺した。

 

「私は鳴金家の人間全てを殺す。当然貴方も殺す。

 別に今すぐ殺してやってもいいのよ。

 どうせ貴方が死んだところで、今更私の計画に支障はないのだから」

 

「………………っ」

 

「でも、生かしてやっておいた方が楽だから。

 だから貴方は生きていられるのよ。分かった?」

 

「ひっ………………!」

 

「分かったかって聞いてるのよ!」

 

 八重峰が口から銃を引き抜き、グリップでアタシの頭を殴りつける。

 

「ぎゃぁっ!?が、いたっ!?やめ、やめて!?いたいいたいいたいぃ!!」

 

 何度も、何度も。

 硬い物で殴られる。

 頭皮が裂けて血が流れようがお構いなく。

 何度も何度も何度も、殴られる。

 

「ぃ!?あぁぁっ!?わかっ、わかり、ぎゃ!?わかった!わかり、ましたからぁっ!

 なぐるのっ、やめてぇ!!ぃたいぃい!あ、あぁっ!?あがっ!?ぎゃぁああぁっ!!」

 

 頭蓋が砕けそうなほどの勢いで、思いっきり銃が振り抜かれる。

 それが、最後の1発だった。

 散々殴ってきた八重峰は満足したのか、銃を懐にしまう。

 

「大人に逆らうからそうなるのよぉ?分かったかしらねぇ?」

 

「ぅ、ぐすっ…………う、ぅ……」

 

「分かった?」

 

「ひぃっ!……わ、わかり、ましたぁ…………」

 

 アタシは、屈した。

 屈してしまった。

 痛みに、恐怖に、心が折れた。

 

「おい八重峰、いつまで遊んでいるつもりだ。さっさとしろ」

 

「はいはい。そう急かさなくてもやるわよぉ」

 

 惨めに泣くアタシを余所に、地獄は進行していく。

 八重峰がおもむろに指を鳴らしたかと思えば、手足に嫌な感触がした。

 

「な、なに……!?いや……なにをされているの……!?」

 

「うふ、迷宮を作らせたときと同じよ。

 貴方の身体を操って、サイコデュエリストの力を利用しているだけ。

 もう貴方の意思は関係ないわ。これからは私の思うがままに、モンスターが暴れるのよ」

 

 四肢を拘束する肉柱が締まり、蠢く。

 自分が内側から犯されていくような感覚に襲われる。

 指先から神経が体内に侵入してきて、肉体を乗っ取られてしまうみたいな、感覚。

 抗おうとすることも許されずに、アタシの身体は、アタシのモノじゃなくなっていく。

 

「そこのゴミふたつも片付けておこうかしらねぇ」

 

 倒れ伏す廻理とベニアが、肉の床に沈んでいく。

 ゆっくりと、飲み込まれるように。

 ずぶずぶと埋まっていき、やがては肉床の中へと消えてしまった。

 

「ぁ…………い、や……」

 

 ふたりが消えて残ったのは、絶望だった。

 たとえ動かなくなったとしても、誰かが居てくれる安心が、さっきまではあった。

 けれどそれも、もうどこにもない。

 孤独。誰かの救いもなく、誰かの安心もない、ひとりぼっちの絶望。

 最低最悪の心細さが、アタシの唯一になってしまった。

 

「こんなところかしらねぇ?それじゃあ、復讐を遂げようかしら」

 

「ああ、ようやくか。クククク……ようやく梨々華を犯せるな」

 

「良かったわねぇ。そうそう、鳴金美天も使って頂戴ね。

 鳴金雄太郎は、なにかあれば真っ先に逃げるだろうから」

 

「フン……まぁいいだろう。夫を殺させるというのもまた一興だ。

 もっとも、美天があの人間のゴミのような男を愛していたかは疑問だがな。

 それよりもだ、絶対に梨々華に手を出すなよ、八重峰」

 

「はいはいはい分かっているわよぉ。

 貴方は、美天と梨々華を犯させてあげるのを条件に協力してるんですものねぇ?」

 

「クククク。分かっているならいい。

 さて、どうやって犯してやろうか……

 裸に剥いて、拘束して、見せつけるように男根をねじ込んで……!

 最大限の痛みを与えながら膣を擦り付けてやろうか……!」

 

 女と男が、愉快そうに話しながら扉へと歩いて行く。

 

「ま…………まって……」

 

 それをアタシは、なけなしの勇気で呼び止める。

 

「お、おねがい……梨々華だけは…………助けて。

 あの子は……アタシの、すべてなの……!」

 

 震えながら、涙を垂れ流しながら、懇願する。

 

「梨々華しか、もうアタシには……残っていなくて……。

 だから、お願い……お願い、します……!

 どうか……梨々華だけは、見逃してくださいぃ……!」

 

 せめて最愛の妹だけは。梨々華だけはと、切実に乞う。

 

「おい八重峰。またお前のガキは調子に乗ったことをほざいているぞ?」

 

「はぁ………………」

 

 八重峰は大きなため息を吐いて、再びアタシの方へと近づいてくる。

 その手には、拳銃が握られていた。

 

「親を苛つかせないでくれる?」

 

「っ…………!」

 

 びくんと肩が震える。

 恐怖で歯がカチカチと鳴る。

 

「どうやら徹底的に躾けなきゃいけないみたいねぇ」

 

 八重峰は、緩慢な動作で、見せつけるように、銃を動かして……

 

「…………………………ぇ…?」

 

 銃を、アタシの下腹部にあてがった。

 

「ま……まって…………う、うそ、でしょ……?ぃ、いや……やめて……!」

 

 首を振って精一杯に拒んだ。

 動かない手足を必死にばたつかせようとした。

 最早悲鳴に近い声でやめてと願った。

 

「ぎぃぃっ!?や、いや、いやっいやぁあぁ!いたいの、やめてぇぇぇええぇっ!」

 

 アタシの願いも、拒絶も、全て無視して、どこまでも乱暴に銃身が腟内に挿入される。

 男性器よりも大きな銃身を無理矢理に挿入された痛みは想像を絶するほどだった。

 グリグリと銃が動かされる度に、内側が裂ける激痛に襲われ、悶絶する。

 

「どうせ貴方はあの男にレイプされて、何回も中出しされてるんでしょう?

 うふっ、じゃあ大丈夫よ。銃(・)に(・)中(・)出(・)し(・)さ(・)れ(・)た(・)っ(・)て(・)」

 

「っ!?!?」

 

 撃鉄の音がした。

 これからなにをされるのか、分かってしまった。

 

「どんな感じなのかしらねぇ?弾丸で子宮を撃ち抜かれるのって」

 

「ひぃっ!?お、おねがいおねがいおねがいぃ!それだけは!それだけはやめてぇぇっ!

 いやぁぁぁ!!いやなのぉおおおおぉぉぉっ!!!たすけてっ!たすけてぇぇぇ!!!」

 

 首を千切れんばかりに振って、絶叫する。

 いや、助けて、誰か、お願い、いや、いや、いやいやいやいや!!

 

「じゃ、中出しされて逝きなさい?ほぅら……」

 

「あぁぁああぁぁぁあああぁぁぁぁっ!!いやぁぁあぁぁっぁあああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 もうだめ、引き金が引かれてしまう。

 死ぬ、アタシ、死んじゃう……!

 恐怖で目を瞑ることもできない。

 女が冷酷に笑っている。

 銃弾が、お腹の中を壊してしまう。

 終わっちゃう、死んじゃう、怖い、いや……!

 

「たすけて────────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────助けるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、全くの想定外だった。

 だから、誰ひとりとして反応できなかった。

 

「お前が死になよクソババアァァァァァァァァッ!!」

 

 突如として現れた紫髪の少年が、八重峰の顔面に飛び蹴りを入れる。

 

「へっ?──ぐぼぎゃぁっ!?!?」

 

 靴底が深々と顔にめり込む。

 ぐちゃりと潰れる嫌な音がして、女は受け身も取れずにふっ飛ばされた。

 

「あぁクソ……本っ当に最悪だね。

 女の子に、こんな酷いことをして……」

 

 ふわりと床に降りた彼は、アタシを見て顔を歪める。

 それから、優しく、丁寧に、痛みを感じないように、中に入ったままの銃を抜いてくれた。

 

「…………ごめんね、葛さん。辛い思いをさせてしまって」

 

 少年は悲痛な面持ちで、慰めるようにアタシの涙を指先で拭った。

 けれどもアタシは、今起こった出来事が理解できなくて、驚くばかりで。

 

「な、なんで…………生きているの?貴方さっき、撃たれたはずでしょ……?」

 

 アタシは、少年──遊(・)針(・)廻(・)理(・)に、そう尋ねるしかできなかった。

 

「たまたま胸ポケットにカード入れてたからさ。それで一命をとりとめた感じかな」

 

 “まぁ衝撃でちょっと気絶しちゃったけど”なんて言いながら、廻理はシャツのポケットからカードを取り出してみせた。

 

「い、生きて……生きていた、のね……!」

 

 生きていた。生きていてくれた。

 アタシを助けてくれる誰かが、居てくれた。

 それがなぜだが堪らなく嬉しくて、アタシはまた涙を流していた。

 

「うん……でも、ベニアちゃんは…………」

 

「────ウラァァァァァァ!!死んでたまるもんですかぁーーーーーッ!!」

 

 またしても突然、肉の床が弾けた。

 ぎょっと目を見開けば、そこにはボロボロの少女がひとり。

 

「ベ、ベニアちゃん!?生きていたのかい!?」

 

「超痛いですけど生きてますよ!!ギリ急所は回避してやりましたぁ!」

 

 お腹の辺りが血で染まったワンピースを靡かせて、ベニアがピースサインを見せる。

 その姿を見て、アタシはまた涙を溢れさせた。

 

「すごいねベニアちゃん!でも大丈夫なのかい?お腹に穴が空いてるっぽいけど……」

 

「えへへ……!生きてれば、こんなもんかすり傷です……!

 …………それで、廻理さん。これはどういう状況ですか?」

 

「あぁうん。ベニアちゃんが撃たれた後、ボクも撃たれて、でもって葛さんも撃たれてしかも銃に強姦されていたみたいだよ」

 

「なるほど許せませんね。誰がそんな酷いことをしたんですか?」

 

「そこで寝転がってる女が犯人。で、そっちのクソ執事は共犯」

 

 廻理とベニアが、アタシを守るように立ち塞がり、敵と対峙する。

 

「クソガキどもが……!生き汚なさはゴキブリ並か……!」

 

「そういうお前は醜さがゴキブリ並じゃない?」

 

「醜悪な生き物ですね」

 

「この……!ガキどもがぁ!よくも私をぉ……ッ!」

 

 倒れていた八重峰がふらふらと立ち上がる。

 その顔は酷い有様で、歯は数本抜けて鼻も折れ、片目も潰れていた。

 

「殺す!殺してやるぅ!!」

 

 八重峰が叫び、懐から2挺目の銃を取り出して、構える。

 

「やれ、機怪神(デウス)エクスクローラー」

 

 廻理が小さく呟く。

 すると肉床から赤黒い触手が飛び出して、俊敏な動作で八重峰の腕を切り落とした。

 

「ぎゃあああぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁああ!?!?

 な、なにを、なにをしやがったぁぁあぁあぁ!?!?」

 

「ボクだってただ寝てたわけじゃないとも。

 ちょっとモンスターを出して、床の下に仕込ませてもらったよ」

 

 続々と赤黒い触手が床を突き出してくる。

 触手はうねうねと蠢き、八重峰と執事を狙う。

 

「この部屋はもうボクのものだ。投降するなら今のうちだよ」

 

「今投降するなら上と下と肛門に銃弾ぶち込んで、性器をグチャってして、ついでに頭がミンチになるまでぶん殴るくらいで済ませてあげます」

 

「ぎぃぃ……!ガキの分際で、調子乗ってんじゃないわよぉ……!」

 

 片腕を失った八重峰は激痛に呻きながら、残った腕で肉床に触れる。

 そうすると床の肉が細長い触手状に変化し、女の顔と腕の断面を覆う。

 

「はぁ、はぁ……!お前ら如きが、私に勝てると思ってんじゃぁないわよぉ……!」

 

 肉触手が離れれば、そこには五体満足で傷口の塞がった八重峰の姿があった。

 

「傷が治った……?」

 

「へぇ、驚いたよ。そんな簡単に再生するとはね」

 

「これくらいなんてことないのよぉ…!

 なぜなら私は、大地の神々の力で冥府から蘇ったんですもの!」

 

「大(・)地(・)の(・)神(・)々(・)……ですって?」

 

 ぴくり。ベニアが怪訝な顔をして反応する。

 

「そうよ!死んだ私の魂は、地に縛られた神々の巫女に引き上げられ、現世へと帰還した!

 すべては鳴金家に復讐するために!私は大地の神の奇跡で復活したのよぉ!」

 

「…………あぁ、そっか。……そ(・)う(・)い(・)う(・)、こ(・)と(・)で(・)す(・)か(・)」

 

 なにか納得したようにベニアが頷く。

 

「あははっ!狂人の妄想さ。真に受ける必要はないよ、ベニアちゃん」

 

「…………………………そうですね」

 

 六芒星の首飾りを握り、八重峰は叫び散らす。

 対する廻理とベニアは、馬鹿らしいと言わんばかりの冷めた瞳をしていた。

 

「チィッ……!退くぞ八重峰……!こんなクソガキの相手をするだけ時間の無駄だ!

 コイツらの相手をしている暇があるなら俺に梨々華を殺させろ!」

 

「分かってるわよぉそんなこと!

 私も一刻も早く鳴金雄太郎を殺して金を手に入れなきゃいけないんだもの!」

 

「あれあれあれ?逃げるのかい?

 あははっ!そんなにもボクらと戦うのが怖いんだね!」

 

「人間以下のゴミが勘違いしてんじゃないわよぉ!

 私にナメた真似した貴方も、後でゆっくり殺してあげるわぁ……!

 だから今は、ゴミ同士で遊んでなさいねぇ?」

 

 背後で肉の柱が蠢き始める。

 

「っ!?な、なに……!?まさか、アタシを包んで……!?」

 

 肉が薄い膜となり、拘束された手足を飲み込んでいく。

 肉塊の侵食はそれだけでは止まらず、四肢の次は肩を、腰を、胸を、首を、覆っていった。

 

 やがて肉の膜が顔以外全てを包めば、アタシはボトリと柱から開放される。

 けれど、アタシはまだ自由になったわけではない。

 

「うそ……身体が、勝手に……!?」

 

 全身を包む肉膜がぐちゅぐちゅと蠢き、アタシの意思とは関係なく身体を動かす。

 

「うふふっ!肉の服の着心地はどうかしらねぇ!

 それがある限り貴方は一生私の操り人形よぉ!

 自由も幸せも貴方には永遠に訪れやしないわぁ!」

 

「そんな……っ!」

 

 身体は自動的にデュエルの構えを取る。

 肉服の左腕部には肉製のデュエルディスクと、デッキがセットされていた。

 

「じゃあねぇゴミクズ共!ゴミはゴミと殺し合ってるのがお似合いよぉ!」

 

「逃がすか……!ぶっ殺せクローラー!」

 

 逃げる八重峰と執事に向けて、無数の触手が振り下ろされる。

 

「えっ?…………ひぃっ、いやぁぁっ!?」

 

 瞬間、アタシはひとりでに駆けて、触手と八重峰達の間に割り込んだ。

 

「この……!葛さんを盾にしたか……!」

 

 赤黒い触手はアタシの眼前で静止する。

 しかしそのせいで、八重峰達の逃亡を許してしまった。

 

「逃した、か。ここで仕留めておきたかったけど…………」

 

 廻理が前髪をかき上げる。

 

「今は、葛さんが先だね」

 

 そうして彼は、アタシと真っ直ぐに向き直り、ディスクを構えた。

 

「ま、待って!アタシに構ってたら駄目!梨々華が危ないの!」

 

 あの男は梨々華を狙っていた。

 今こうしている間にも、梨々華に危険が迫っている。

 

「梨々華が、アタシの唯一の妹が殺されちゃうの!

 だから……だからお願い!アタシなんて放って梨々華を助けて!」

 

 アタシは救われなくてもいい。

 けれど妹が救われないことは、耐えられない。

 梨々華はアタシの唯一なのだから。

 だから、どうかお願いと、アタシはふたりに乞う。

 

「…………廻理さん」

 

「なんだい?ベニアちゃん」

 

「あたし、梨々華さんを助けに行っていいですか。

 …………味方になるって、彼女と約束したんです」

 

 強い意志の籠もった、ベニアの言葉。

 それに廻理は、ニヤリと誇らしげに笑う。

 

「あははっ!もちろんいいとも!ベニアちゃんのしたいようにやっちゃって!」

 

「!ありがとうございます……っ!」

 

「さぁ、行っておいで!完全勝利のハッピーエンドを期待してるよ!」

 

「はいっ!あのクソ執事野郎を完膚なきまでにぶっ殺して、梨々華さんを助けますっ!」

 

 ベニアもまた笑って、扉の方へと走り出す。

 邪魔をしようとアタシの身体は動いたが、赤黒い触手に阻まれた。

 

「梨々華さんは絶対に死なせません!だから、安心して待っててください!」

 

 アタシの横を通り抜ける間際、ベニアがそんな言葉を投げかけてきた。

 その数秒後、彼女は扉をくぐり、全速力で暗がりの道へと消えていった。

 

「…………安心なんて、できないわよ」

 

 暗闇の先へ、届きもしない呟きを零す。

 

「……貴方も行ってよ」

 

「行かないよ。ベニアちゃんひとりで充分だからね」

 

 再び廻理と相対する。

 アタシの不安とは対照的に、彼はにこやかで。

 

「それに、キミを放っておけるわけもないからね」

 

「……放っておいて頂戴」

 

「絶対ヤダね」

 

 廻理が右手で自分の顔を覆う。

 

「ボクは、キミをこのままになんてしたくない。」

 

 手が、離れる。

 廻理の顔からは、一切の笑みが消えていた。

 

「悪いけどボクは単純なヤツなんでね。

 単純に、衝動のままに、キミを助けたいんだよ」

 

 どこまでも真剣な表情で、どこまでも優しい声で、彼は告げる。

 

「…………期待はしないわ」

 

 ぐらついた心から目を背けて、アタシは突き放す。

 期待はしない、したくない。

 救いも助けも、アタシには存在しない。はずだから。

 

 だから、希望なんてしたくない。

 絶望が痛くなるから、救済の幻なんてみたくない。

 

 例えそれが、アタシを死の淵から助けてくれた人だとしても。

 アタシは、信じることが堪らなく怖かった。

 

 …………それでも

 

「なら、行動で示そうか。

 じゃなきゃいつまで経っても安心できないだろうしね」

 

 それでも、もしかしたらって

 

「……………………安心、させて」

 

 もしかしたら本当に、彼ならって

 

「任せてよ」

 

 彼なら助けてくれるかもって

 

「それじゃ、始めようか────────」

 

 

 

 

「「────────決闘(デュエル)」」

 

 

 

 

 そう、アタシは思ってしまった。

 

 

 

 

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