※この作品はR-18です。

遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻   作:胡麻野すり子

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第22話 単純でしょ?

 鳴金屋敷地下、最下層。

 肉で出来た部屋にふたりきり。

 ボクは、黒い触手に包まれた葛さんと対峙していた。

 

「先攻はボクからだね。速攻で終わらせるよ」

 

 手札を一瞥して、葛さんに視線を移す。

 

「………………ッ……!」

 

 葛さんは玉のような汗を吹き出し、苦悶の表情を浮かべていた。

 そりゃそうだ、足を撃たれてるんだから。

 

 今の彼女は、身体にまとわりついた肉の膜に無理やり立たされているだけ。

 本来なら立つこともままならないはずだ。

 

「ボクはモンスターをセットし、カードを3枚伏せる。

 さらにフィールド魔法【天威無崩の地】を発動してターンエンド」

 

 廻理

 LP:4000

 手札:0

 場:???

 伏せ:3枚

 魔法・罠: 天威無崩の地

 

 時間はかけない。彼女を無意味に苦しめてしまうから。

 故にいつも以上に早く、最初のターンを終わらせる。

 

「っ、ぁ……『アタシの、ターン……!ドロー……!

 手札から、【ヴェンデット・ヘルハウンド】を……召喚』…っ」

 

 ターンが回れば、葛さんは操り人形のようにぎこちなく、ディスクにカードを置いた。

 

 ヴェンデット・ヘルハウンド

 レベル3/ATK0

 

「うそ……口が勝手に……!?

 くっ…『儀式魔法、【リヴェンデット・ボーン】を発動』……!」

 

 意識はそのままで身体だけを完全に操作されているのか。

 彼女の意思とは関係なく、彼女はカードを発動させる。させられる。

 

「『手札の【ヴェンデット・レヴナント】と、フィールドの【ヘルハウンド】をリリースし……!【リヴェンデット・スレイヤー】を儀式召喚』……!」

 

 場からは死体の猟犬が、手札からは屍人の群れが、儀式にくべられる。

 そうして現れるは、布切れを靡かせ瞳を赤く燃やす復讐者。

 

 リヴェンデット・スレイヤー

 レベル6/ATK2400

 

「……フィールド魔法【天威無崩の地】の効果発動。

 1ターンに1度、自分フィールドに効果モンスター以外のモンスターが存在し、相手が効果モンスターを特殊召喚した場合に、2枚ドローする」

 

 スレイヤーの出現を引き金に、ボクはカードを引く。

 

「ヴェンデット……梨々華ちゃんと同じように、キミも儀式召喚を使うんだね」

 

「…………お母様に習って、梨々華と一緒に覚えたから。

 ……『フィールドから儀式素材にされたヴェンデットは…儀式モンスターに、効果を与える』

 『【ヘルハウンド】から効果を得た、【リヴェンデット・スレイヤー】の効果を、発動。

 相手フィールドの、魔法・罠1枚を対象とし、除外する』……!

 『その伏せカードを、除外』……っ!」

 

「なら、対象にされたリバースカード、【メタバース】を発動。

 デッキからフィールド魔法【星遺物に差す影】を発動するよ」

 

「……上手くかわしたわね。……『バトルフェイズ、【リヴェンデット・スレイヤー】でセットモンスターを攻撃』……っ」

 

「その瞬間にリバースカード発動。永続トラップ【星遺物の傀儡】。

 【傀儡】の効果で、自分の裏側表示モンスターを表側守備表示に変更するよ。

 これによりリバースしたセットモンスター【クローラー・デンドライト】の効果で、デッキから【ゴキポール】を墓地へ送り、その効果を発動。

 デッキから【G戦隊 シャインブラック】を特殊召喚して【リヴェンデット・スレイヤー】を破壊する」

 

「『墓地の、【リヴェンデット・ボーン】の効果、発動……』!

『【リヴェンデット・スレイヤー】が破壊される代わりに、このカードを除外する』…っ」

 

 怪蟲にスレイヤーの刃が振り下ろされる。

 それをシャインブラックが止めようとするが…………止まらない。

 復讐者は爛々と瞳を燃やし、デンドライトを切り裂いた。

 

「……防げなかった、わね」

 

「問題ないよ。デンドライトが破壊されたことで【差す影】の効果が発動。

 自分のリバースモンスターを戦闘破壊したモンスターを墓地へ送る。

 【リヴェンデット・スレイヤー】にはここで退場してもらおうかな」

 

 バラバラにされた怪蟲の残骸から、赤黒い触手が伸び、スレイヤーを絡め取る。

 そのまま抵抗させる隙きも与えず、触手は一瞬で復讐者を絞め殺した。

 

「っ……『墓地へ送られた【リヴェンデット・スレイヤー】の効果を発動』…!

『デッキから、儀式魔法【リヴェンデット・バース】を手札に加え』…………

『さらにデッキからヴェンデットモンスター、【ヴェンデット・アニマ】を墓地へ送る』…

『それから、カードを2枚伏せて、ターンエンド』…………」

 

 葛

 LP:4000

 手札:1

 場:なし

 伏せ:2枚

 

 葛さんがターンを終える。

 こっちに損害はほとんどなし。上々の結果だ。

 この勢いのまま一気にライフを削り切りたいところだが……。

 

「いくよ。ボクのターン、ドロー。

 引いたのは……あんまり良くないな」

 

 確実にワンショットキルを決めるには少々心もとない手札だ。

 だが、やるだけやるしかない。

 

「まずは【星遺物の差す影】の効果を発動し、【クローラー・グリア】を裏側表示で特殊召喚。

 それから永続罠【星遺物の傀儡】の効果を使って【グリア】をリバースし、その効果で墓地の【クローラー・デンドライト】を特殊召喚。

 【グリア】と【デンドライト】をリンクマーカーにセット。

 召喚条件はリバースモンスター2体。おいで、【サブテラーマリスの妖魔】」

 

 天を指させば、その先に藍色の門が構成される。

 そこへ2匹の怪蟲が飛び込めば、それを合図に新たな怪物が──サブテラーマリスが現れる。

 

 サブテラーマリスの妖魔

 リンク2/リンクマーカー 左下 右下/ATK2000

 

「【サブテラーマリスの妖魔】の効果発動。デッキからリバースモンスター【機怪神エクスクローラー】を墓地へ送り、手札からモンスター1体をリンク先に裏側表示で特殊召喚する。

 そして手札の【トランシケーダ】を通常召喚し、そのまま【トランシケーダ】と【シャインブラック】をリンクマーカーにセット」

 

 再び藍色の門が構成され、今度は堅牢な外骨格に包まれた機怪蟲が這い出す。

 

「召喚条件は地属性モンスター2体。廻れ、【エクスクローラー・シナプシス】」

 

 シナプシス。怪蟲の神経がひとつ。

 這い出したソレは脚部をカタカタと踊らせ、ゆらりと葛さんと目線を合わせた。

 

 エクスクローラー・シナプシス

 リンク2/リンクマーカー 左 右/ATK1800

 

「いくよ、バトルフェイズ!【エクスクローラー・シナプシス】でダイレクトアタック!

【シナプシス】の攻撃力は【星遺物に差す影】の効果で300アップする!」

 

 エクスクローラー・シナプシス

 ATK1800→2100

 

 これで【シナプシス】と【サブテラーマリスの妖魔】の攻撃力は合わせて4100。

 決まれば葛さんのライフを削り切ることができる。

 

「………………『トラップ、発動』」

 

 が、やはりそう簡単にはいかない。

 操られた彼女はすかさず、仕掛けていた罠を作動させる。

 

「……『【業炎のバリア ─ ファイヤー・フォース】を、発動』……っ」

 

「っ!?そのカードは……!」

 

 開示されたカードは、想定しうる最悪と呼べる代物だった。

 

「……『相手モンスターの攻撃宣言時、相手の攻撃表示モンスターを全て破壊する』」」

 

 発動したのは、かのミラーフォースと同じ全体破壊のトラップ。

 しかし、このカードの厄介なところはソコじゃない。

 

「……『そして、自(・)分(・)は(・)破(・)壊(・)さ(・)れ(・)た(・)モ(・)ン(・)ス(・)タ(・)ー(・)の(・)攻(・)撃(・)力(・)の(・)合(・)計(・)の(・)半(・)分(・)の(・)ダ(・)メ(・)ー(・)ジ(・)を(・)受(・)け(・)、その後相手にも同じダメージを与える』…………!?」

 

 【ファイヤー・フォース】は互いにダメージを与える。

 普通なら痛めのバーンダメージを食らわせるイヤなカードで済むだろう。

 問題はこれがサイコデュエルであること。

 なおかつ葛さんを操ってる八重峰墓丹は、明確にボクらに殺意があること。

 

 つまりは────これを通せば葛さんが死にかねない。

 

「クソ……!よりにもよってか!」

 

 業炎が逆巻き、弾ける。

 波のような火炎は、真っ先に葛さんを焼き尽くそうと殺到する。

 

「やらせるか!リバースカード発動!カウンタートラップ【盗賊の七つ道具】!

 1000ライフを払い、トラップカードの発動を無効にして破壊する!」

 

 炎が葛さんに触れる前に、シナプシスが身を滑り込ませて盾となる。

 これで、彼女は大丈夫。怪蟲は火の粉のひとつだって通さない。

 

「ぁ……………貴方…っ!?」

 

 もっとも、ボク自身が迫りくる火をどう避けるかは、全く考えていなかったが。

 

 廻理

 LP4000→3000

 

 葛

 LP4000→1900

 

「ぐぁっ…………!」

 

 煌々と燃える炎が、ボクに覆いかぶさる。

 高熱、刺すような激痛、痛みを伴う熱さ。

 ジュウジュウと肉を焼き焦がされる感覚が全身を貫く。

 

(~~~~~~~~~~ッ!!!)

 

 反射的に登ってきた悲鳴を噛み殺し、火の熱に耐える。

 それから程なくして、ボクを燃やしていた炎はサブテラーの手で鎮火された。

 

「あちちっ。……今のは肝が冷えたかな」

 

 2割くらいの強がりを混ぜて、不敵に笑って見せる。

 振り返ってみれば葛さんは無傷で、ボクもちょっと焦げただけ。

 やや危なかったが何の問題もない。

 

「……迷惑をかけたわね」

 

「いいや、今のはボクが悪かったよ。

 怖い思いをさせてごめんね」

 

 さてと、今ので隠し玉のカウンター罠は切ってしまった。

 葛さんの場にはもう1枚伏せカードがあるが、ボクにはもうそれを防ぐ術はない。

 

(攻めるか、退くか…………)

 

 考える。

 さすがに2枚も【ファイヤー・フォース】は入っていないはずだ。

 仮に入っていたとしても、初期手札に揃う確率はかなり低いだろう。

 

 考える。

 攻め切ることができれば、このターンで葛さんを解放できる。

 

 考える。

 問題は、あの伏せカードが葛さんにダメージを与える類いの代物であった場合。

 けどそれ以外であれば、いくらでもリカバリーは効く。

 

 考える。

 葛さんの命をベットした理不尽な賭け、その正解を。

 数多の可能性の中、不確かな予測と、あてにならない勘を頼りに。

 

(続行だ)

 

 考え抜いた結論は、“攻める”。

 正直ここでライフを削りきれる確信はない。

 だが葛さんを傷つける罠がまだ伏せられているとは考えにくい。

 だったらと、ボクは命令を下す。

 

「行こう。【サブテラーマリスの妖魔】でダイレクトアタック」

 

 妖魔が軽く呻き、緩慢な動作で葛さんに迫る。

 怪物然とした容貌とは裏腹に優しく、傷つけないように丁寧に。

 彼女を縛る肉の膜を切り裂こうと、鋭い爪を伸ばす。

 

「ごめんなさい…………『トラップ発動、【聖なるバリア ─ ミラーフォース】』」

 

 瞬間、眩い光が迸る。

 

「……『攻撃宣言時、相手の攻撃表示モンスター全てを』……『破壊する』」

 

 触れるなと、触れさせないと。純白光はボクと葛さんを隔てる。

 その真っ白な光は手を振り払い除けるみたいに、ボクのモンスターたちを焼き尽くした。

 

「……大人しく死にたかったけれど………………悪いわね、無意味に抵抗して」

 

「いいよ、生きてて」

 

 なんにも悪くない彼女に向けて、優しい顔を作る。

 

「効果でフィールドを離れた【シナプシス】は、代わりに墓地の【クローラー】2体を裏側表示で呼ぶ。戻っておいで、【グリア】、【機怪神エクスクローラー】」

 

 シナプシスの残骸から2匹、怪蟲が這い出し潜伏する。

 

「防がれちゃったね。

 悔しいけど、ボクはこのままターンを終えるよ」

 

 廻理

 LP:3000

 手札:なし

 場:???

   ???(機怪神エクスクローラー)

   ???(クローラー・グリア)

 伏せ:なし

 魔法・罠:星遺物に差す影

      星遺物の傀儡

 

 決められなかった、か。

 歯噛みしつつ、数十メートル先の少女へ目を向ける。

 

「………………『ドロー』……」

 

 視線の先の彼女は、痛みに顔を歪ませつつターンを始める。

 

「なら【星遺物の傀儡】の効果を発動。セットしていた【禁忌の壺】を表側守備表示にする。

 そして【禁忌の壺】のリバース効果で、キミの手札を確認しその中の1枚をデッキに戻すよ」

 

 葛さんが動きを見せる前に、禁じられた災厄を呼び起こす。

 今回【禁忌の壺】の4つの効果から選んだのは、手札のピーピングとハンデス。

 

 葛さんの手札の内1枚は、前のターンにサーチした【リヴェンデット・バース】だ。

 彼女のドロー次第では、このカードをデッキに戻させればターン中の動きを完封できる。

 

「手札は……【リヴェンデット・バース】と、【儀式の下準備】……!?」

 

 葛さんが引いていたのは、1枚で展開に持ち込めるカード。

 不味い。どちらをデッキに戻そうが、残った手札で動かれてしまう。

 

「ままならないな……!ボクは【儀式の下準備】をデッキに戻すよ!」

 

 致し方なし。苦し紛れに宣言を飛ばす。

 禁忌の壺はケタケタと笑い、少女の手からカードを奪っていった。

 

「っ…………自分の運の悪さが嫌になるわ」

 

「普通のデュエルなら幸運もいいとこだったろうにね」

 

「……こんなところで幸運に微笑まれても、嬉しくないわ」

 

 もしも彼女の引きが悪ければ、次のボクのターンであっさりと終わっていただろう。

 だが悪運は、葛さんにもっと苦しめと言うかのように最善のカードを運んできた。

 

「どうしてアタシはこうなのよ。幸せは離れていくのに、悪いことばかりが近寄ってくる」

 

「…………………………」

 

 諦観の混ざった嘆きが、零れた。

 

「生まれに関係なく優しくしてくれたお母様は、異常者に穢されて、殺されてしまった。

 それでアタシに残ったのはなに?性欲に塗れた畜生以下の父親と、人間の腐った実の母親?」

 

 “最低ね”

 そう言って、彼女は自嘲する。

 

「違いないね」

 

「ええ、本当に。なんで今も、生にしがみついているのか分からない程に」

 

「それでも死にたくないって思うのは当たり前のことだよ」

 

「死にたいわよ。こんな人生、捨ててやりたいわ」

 

「そっか……でも、捨てられないんだね」

 

「…………馬鹿だって、嗤ってちょうだい」

 

 死にたいと、彼女はうそぶく。

 それはきっと本心なのだろう。

 

 けれど、鳴金葛は生きている。

 彼女の瞳は諦めで曇っても、生きる気力は微かに灯ったまま。

 

「嗤わないよ。例えどんなに人生クソでも、命は簡単に捨てられるもんじゃない」

 

「……とっと捨てる勇気が欲しいわ」

 

「勇気じゃ自分の命は断てないよ」

 

「………………なら、どうすればアタシは、死に切れるの?」

 

 死にたいと願う少女の問い。

 別にボクは命を語れるほど偉くもないし、長生きもしていない。

 それでもボクの16年ぽっちのクソみたいな日々で、彼女の痛みが和らぐのなら。

 絶望の只中で苦しむ彼女へ、ボクは答える

 

「きっと人は、死ぬ勇気には殺されない。

 生きる支えがなくなったとき、自らの命を断つんだよ」

 

 少なくともボクはそう思う。

 思うし、ボクはそうだった。

 

 人生がどれだけ凄惨でクソみたいでも、命が支えられている限りは死ねなかった。

 だからたぶん、どれだけちっぽけだとしても、支えがあれば人は生きてしまうのだろう。

 

「キミがまだ死ねないのだとしたら、それはまだキミに大切なモノがあるからじゃないかな」

 

「……………………梨々華…」

 

 無意識にか、葛さんはその名前を呟く。

 彼女が死を選べなかった、その理由を。

 

「本当に大好きなんだね。梨々華ちゃんのことが」

 

「……汚れた出自のアタシを、姉と慕ってくれた子だから」

 

「そっか。それは大切だね」

 

「大切よ。アタシの命よりも。

 …………なのに、奪われそうになっている」

 

 そのときの葛さんは、泣きそうな顔をしていた。

 

「どうして、あの子まで不幸になるの?アタシだけが不幸でいいじゃない」

 

 命よりも大切だと言い切った妹を想って、泣きそうだった。

 

「アタシは、梨々華が笑顔でいてくれれば、もうそれでいいの。

 なのに…………なのに、なんでそれさえも叶わないの……?」

 

 震えた声が、彼女の痛みが、木霊する。

 

「…………梨々華が死んだら、アタシも死ねるかしらね」

 

「死なさないよ。キミも、梨々華ちゃんも」

 

 その痛みを、ボクは遮る。

 

「梨々華ちゃんは、ベニアちゃんが絶対に守り通すよ。

 そんで、キミを苦しめた奴らはボクらが最大限惨たらしくぶっ殺す」

 

 ボクはこれでも結構頭にきてる。

 それはきっとベニアちゃんも一緒。

 殺那もアイツらの所業を知れば、嬉々として殺しに行くだろう。

 

 ここからは、ボクらが一番得意な暴力のターンだ。

 全部全部ぶっ壊して、ムカつく奴らをぶち殺して、そうして笑っておしまい。

 

「キミの人生はもう少し続いていって、梨々華ちゃんと面白おかしく過ごす未来だって、叶うよ」

 

 ボクはそんなハッピーな結末じゃなきゃ許せない。

 だって悲惨なだけの一生なんてあんまりじゃないか。

 

「…………アタシは、まだ笑えるかしらね」

 

「笑えるよ、絶対に」

 

 たくさんの辛いことで心が折れた彼女へ。

 希望を見ることも、信じることも出来なくなった彼女へ。

 そっと、手を伸ばす。

 

「まだ希望を抱けなくてもいいさ。

 そういうのは悪い奴らを皆殺しにした後の話なんだから」

 

 こんな世界じゃ、彼女はずっと前なんて向けない。

 彼女の幸せの障害を全部消して、ちょっとだけ世界を綺麗にしなきゃ、きっと先へは進めない。

 

「全部解決したらゆっくり休んで、それから今後を考えればいい。

 こんな地下じゃなくて、ふかふかのベッドの上で寝ながら考えたほうがもっといいアイデアが思い浮かぶだろうしさ」

 

 そうしてボクは、希死念慮の淵にいる葛さんを、希望へ誘う。

 

「だからさ、もう少しだけ人生やろうよ」

 

 ほんの少しでも顔を上げてほしくて紡いだ、ボクなりの精一杯の言葉。

 それは、僅かでも葛さんへ届いただろうか。

 

「………………………………アタシ、は」

 

 伏せられていた彼女の顔が、ちょっとだけ上を向く。

 潤んだ瞳と……まだ生きている瞳と、目が合った。

 

「……アタシは…………」

 

 それから彼女は、恐る恐る手を伸ばそうとする。

 

「────────────ぎっ」

 

 唐突に、異音がした。

 一拍遅れて、それが葛さんの喉から絞り出されたものだと気づく。

 

「ぎ、ぎぃ……い、や…………なに、アタシは……っ!?」

 

 彼女を覆う肉膜から細長い触手が伸び、葛さんの耳の中へ入っていく。

 触手が奥へ奥へと侵入する度に、彼女は奇声を発した。

 

「アタシ、アタシが……めちゃくちゃで……!あ、ぁぁ、あ゛、ア、あァ゛」

 

「まさか……脳を直接弄ってるのか……!?」

 

 葛さんが白目を向いたかと思えば、カクンと電源が落ちたみたいに脱力する。

 それはまるで、脳機能が一時的に止まったみたいで。

 

 いや、事実そうなのだろう。

 耳から入った肉触手は、おそらく葛さんの脳髄にまで到達している。

 そして脳内でなにやら操作をしているとしたら……

 

「そういうの、良くないと思うな……ッ!」

 

 呟く向こう側で、葛さんが肉に包まれていく。

 今度は首から頭のてっぺんまで、全身隙間なくびっちりと。

 

「………………ァ……アァ……」

 

 黒い触手で覆われた顔が、静かに上げられる。

 そうして再起動した少女は、緩慢な動作で手札を掲げた。

 

 ひしひしと嫌な予感がした。

 空気が張り詰めて、冷たい静寂が部屋に満ちる。

 

 互いの心音さえ聞こえそうな緊張感。

 その中で、触手に纏われた少女が、動く。

 

「────────【リヴェンデット・バース】を発動ォォォ!!」

 

 咆哮、怒号、絶叫。

 鳴金葛の声が轟き、カードが叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、こんなことになってしまったのだろう?

 生暖かい肉の内側で、アタシは想う。

 

 振り返ってみれば、アタシは誰か祝福されて生まれることができなかった。

 だって、浮気相手の子どもだから。

 実の父親はもちろんアタシの存在を認めなかったし、屋敷の使用人たちもアタシを蔑んだ目で見てきた。

 

 でも、アタシは不幸せじゃなかった。

 こんなアタシを、大切にしてくれる人たちがいたのだから。

 

 美天さんは、血の繋がりもないアタシを実の娘のように扱ってくれた。

 母親のいなかったアタシに、母の愛を教えてくれた。

 赤の他人だというのに、お母様と呼ばせてくれた。

 

 そして、アタシには梨々華がいた。

 妹になってくれた女の子が、汚れた出自のアタシを姉と呼んでくれた女の子が、いた。

 

 アタシは、父親には愛されなかったし、恥だなんて言われて屋敷から出ることは許されなかったし、身の回りの人たちはみんな冷たかったけれど。

 それでも、お母様と梨々華がいる日常は、存外幸せで、温かかった。

 

 ……それが壊れたのは、いつからだろうか。

 

 ある日、お母様が忽然と姿を消した。

 なんの前触れもなく、跡形もなく、大好きなお母様は、消えてしまった。

 

 悲しかった。失踪したことが怖かった。

 梨々華の前では気丈に振る舞ったけれど、自室では隠れて泣いていた。

 

 そうしてお母様がいなくなってから、アタシの人生は色褪せていく。

 

 一番最初は、実の父に酸で顔を焼かれたことだっただろうか。

 『綺麗』ってお母様と梨々華に褒めてもらった顔が、半分溶けた。

 

 激痛。顔が焼け爛れていく痛みに、アタシは悲鳴を上げた。

 なんで、なんでってのたうち回りながら問えば、父は

 

『…………顔があの売女に似てきていたからな』

 

 だなんて、どうしようもなく理不尽な理由を、アタシに吐き捨てた。

 

 最悪だった。

 あぁけれど、最悪だって言えるうちは、まだ最悪ではないらしい。

 その通りだった。

 アタシの最悪は、もっともっと最悪だった。

 

 ……顔を焼かれてから少しして、アタシは父に襲われた。

 

 ガムテープで口を塞がれて、服を剥ぎ取られて、暴れるアタシをあの男は組み伏せた。

 襲われている。これから犯される。

 それが分かったとき、どうしようもなく恐ろしくなって、泣いて、頭が真っ白になって。

 ただ、子どもみたいにみっともなく、やめてとガムテープ越しに必死に叫ぶばかり。

 もっともなにをしようがお構いなしに、あの男はアタシに汚らしい男根をねじ込んできたが。

 

『んー!んんーッ!!』

 

『黙れ』

 

 腟内を裂かれるような痛みと、はじめてを奪われた苦しみに号泣するアタシに、心底耳障りそうな声が降った。

 

『黙って受け入れて奉仕しろ、売女の娘が』

 

『ッ……!んー、んんーッ!!』

 

『反抗的な態度を取るな。いいのか?別に梨々華を使ってもいいんだぞ』

 

『……!?』

 

 それが脅しだってことくらいは、簡単に分かった。

 なのに、ありえないはずの“もしも”が堪らなく怖かった。

 もしも、アタシのせいで梨々華が酷い目に遭ったら。

 そう思うとアタシは、反抗という選択肢を取ることが出来なかった。

 

『大事な妹とやらを犯されたくないなら、黙って身体を差し出せ。

 どうせお前はあのアバズレの娘だ。すぐ気持ちよくなるだろう』

 

 その日からアタシの夜は、性欲に塗れた痛苦に変貌した。

 毎晩のように犯されて、ナカに精液をぶちまけられて、アタシがどんどん軋んでいって……。

 最悪で、最悪で、最悪で、吐きそうで、辛くて、痛くて、苦しくて、助けてほしくて、でも助けはなくて、諦めるしかなくて。

 

 そんなアタシに神様とかいう存在はなにを思ったのか、アタシはサイコデュエリストになった。

 カードを実体化できるようになって、きっとなんでもできるようになった。

 

 でも、アタシ自身がその力でなにかができるわけじゃなかった。

 たぶん、あの男を殺せばアタシの世界は変わったのだろう。

 それでもアタシには、人を殺す度胸なんてなかった。

 

 人を殺したら、梨々華に軽蔑されるのではないか?

 たったひとりの妹にさえ見放されてしまったら、アタシはどう生きていけばいい?

 その不安は、アタシの殺意を奪うには充分過ぎた。

 

 だから、アタシの世界はなんにも変わらなかった。

 危険な生き物として地下に閉じ込められても、なんにも。

 

『…………梨々華』

 

 真っ暗な地下室でアタシは、ずっとずっと、昔を思い出していた。

 楽しかった頃のこと。お母様にデュエルを教えてもらった頃のこと。

 梨々華とデュエルして遊んでいた頃こと。

 きっと二度と戻らないだろう幸せだった頃の、ことを。

 

『あらぁ?随分としみったれた娘ねぇ?それに精液の臭いが酷いわぁ』

 

『っ…………!?』

 

 気づけばひとりだけの地下室に、誰かがいた。

 アタシと同じ黒髪で、アタシとどこか似た顔立ちの、女性だった。

 

『……誰…………?』

 

『八重峰墓丹。貴方を産んでやった女よぉ』

 

『!?』

 

 産んだ人?うそ、じゃあ、この人は……アタシの母親?

 なんでここに?なんのために?今までどこにいたの?

 

 実の母親と再会したアタシの頭に、たくさんの疑問が浮かんだ。

 でも、なによりも、アタシは嬉しかった。

 血の繋がった母が、助けに来てくれたんじゃないかって。

 そう…………勘違いして、うれしかった。

 

『じゃぁ、早速貴方を使うわねぇ。枯れ果てて死ぬまで私に尽くして頂戴ねぇ』

 

『………………………………え』

 

 馬鹿みたいな勘違いは、たったの数秒で霧散した。

 すぐにアタシは、出現した肉の柱に捕らえられてしまった。

 

 助けて欲しかった。

 助けてくれなかった。

 その原因をどれだけ考えても、答えは出ない。

 

 あぁ、いや。分かっているの。

 どうしようもなかったんだって。

 アタシは、どうしたって幸せになれない運命に生まれたんだって。

 

 実の両親には愛されない。傷つけられるだけ。

 愛してくれた人は、いなくなった。

 愛していた妹も、悪意に犯されそう。

 

 クソだ。なにもかも。

 人生も、命も、アタシも、世界も、全部全部、全部全部全部全部全部全部全部全部────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たったひとりの大切な妹さえ守られない世界なんて、クソだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────【リヴェンデット・バース】を発動ォォォ!!」

 

 

 

 そんなクソみたいな世界で、最低最悪の肉の中で、吼える。

 

「デッキから【スカー・ヴェンデット】を墓地へ送り!儀式を執り行う!

 墓地より甦れェ!!【リヴェンデット・スレイヤー】ァァァァァァッ!!」

 

 リヴェンデット・スレイヤー

 レベル6/ATK2400

 

 耳の中がぐちゃぐちゃだ。頭の中も、めちゃくちゃで訳が分からない。

 最早、自分の意思で叫んでいるのか、なにかに操られて叫んでいるのかも分からない。

 ただ頭から響く激情に駆られて、アタシはカードを操る。

 

「【スカー・ヴェンデット】は墓地へ送られればデッキからヴェンデット魔法・罠カードを手札に加えられる!アタシは【ヴェンデット・チャージ】を手札にィィ!!

 そのまま【ヴェンデット・チャージ】を発動ォ!!フィールドの【リヴェンデット・スレイヤー】を墓地へ送って!デッキから【ヴェンデット・レヴナント】を特殊召喚ッ!!」

 

 癇癪みたいに、ただ苛立ちをぶつける。

 壊れそうな勢いでデュエルディスクにカードを叩きつけて、頭を振り乱し喉が裂けるくらいの怒りをぶちまける。

 

「墓地へ送られた【リヴェンデット・スレイヤー】の効果でデッキから儀式魔法【ラヴェナス・ヴェンデット】を手札に加えェ!さらにデッキの【ヴェンデット・コア】を墓地へ送る!!

 アァァァァアアァ!!儀式魔法【ラヴェナス・ヴェンデット】を発動ッ!!

 デッキから【ヴェンデット・ストリゲス】を裏側表示で特殊召喚し、フィールドの【ストリゲス】と【レヴナント】をリリース!!

 墓地から儀式召喚!!【リヴェンデット・スレイヤー】ァァァ!!!」

 

 再び屍人の復讐鬼が蘇る。

 煌々と燃えるその両の目は、憎悪の色だけを宿していた。

 

「【スカー・ヴェンデット】の効果発動ォ!墓地の【レヴナント】を除外して蘇生ィ!!

 さらに【リヴェンデット・スレイヤー】の効果発動!相手フィールドの特殊召喚されたモンスターを除外ィィ!失せろォ!【禁忌の壺】!!」

 

「っ、除外されたか……!」

 

「まだだァァ!墓地から【ヴェンデット・ストリゲス】を除外し【ヴェンデット・コア】を蘇生!

 墓地の【ヴェンデット・アニマ】を除外し、除外されている【レヴナント】を特殊召喚!!

 【コア】と【レヴナント】をリンクマーカーにセットォォ!

 リンク召喚!リンク2ィ!現れろォ!【アドヴェンデット・セイヴァー】!!」

 

 アドヴェンデット・セイヴァー

 リンク2/リンクマーカー 左下 右下/ATK1600

 

 藍色の門より降り立つは、スレイヤーと似た風貌のアンデット。

 なんにも救えやしない、哀れな死体。

 

「【セイヴァー】の効果で墓地の【リヴェンデット・バース】を手札に戻し、バトルフェイズ!!

 【スカー・ヴェンデット】でセットモンスターを攻撃ィィィ!!」

 

「攻撃された【グリア】のリバース効果!墓地からクローラーモンスター、【シナプシス】を特殊召喚する!

 加えて【グリア】が戦闘破壊されたことで【差す影】の効果が発動!【スカー・ヴェンデット】を墓地へ送るよ!」

 

「構うものかァァ!【アドヴェンデット・セイヴァー】で【シナプシス】を攻撃ィ!!」

 

「攻撃力はシナプシスが上……自爆特攻か!?」

 

「【アドヴェンデット・セイヴァー】の効果ァ!デッキからアンデット族を墓地へ送り、そのモンスターのレベルかける200だけ戦闘を行う相手モンスターの攻撃力を下げる!

 デッキの【グローアップ・ブルーム】を墓地へ送り【シナプシス】の攻撃力200ダウン!!」

 

「それでもシナプシスには届かないよ……!」

 

 セイヴァーが怪蟲に迫り、当然のように返り討ちにあう。

 ほら、やっぱりなにも救えない。

 

 葛

 LP1900→1600

 

 救えないから、もっと酷いことになる。

 

「墓地へ落ちた【グローアップ・ブルーム】はデッキからアンデットを手札に呼ぶ!

 【ヴェンデット・スカヴェンジャー】を手札に加えェェェ!!

 【リヴェンデット・スレイヤー】で【シナプシス】を攻撃ィ!!

 その瞬間【リヴェンデット・スレイヤー】の効果発動!墓地の【グローアップ・ブルーム】を除外し攻撃力を300アップ!!」

 

 憎悪に囚われた復讐鬼が、堅牢な蟲を拳で砕く。

 重い音と共にシナプシスは崩れ、でもスレイヤーは止まらず。

 そのまま、スレイヤーはその腕のブレードで、廻理を袈裟がけに切り裂いた。

 

 廻理

 LP3000→2200

 

「っう……!いったぁ……!」

 

 胴から血を吹き出して、廻理が顔を歪める。

 最悪な気分だった。最低な八つ当たりだった。

 自分を助けようとしてくれる人を傷つけて。

 なのにアタシは、ずっと苛立ったままで。

 

「【シナプシス】の効果は、戦闘で破壊されても発動する……!

 墓地から【グリア】と【デンドライト】を裏側表示で特殊召喚……ッ!」

 

「アァ、アァ、ァァァ!【スレイヤー】の効果ァ!戦闘でモンスターを破壊した後、デッキから1枚ドローし、手札を1枚捨てる!アタシは【スカヴェンジャー】を墓地へ!

 バトルフェイズを終了し!墓地の【ヘルハウンド】の効果発動!手札の【リヴェンデット・バース】を墓地へ送り特殊召喚!!

 そのままカードを1枚伏せてターンエンドォォ!!」

 

 葛

 LP:1600

 手札:なし

 場:リヴェンデット・スレイヤー

   ヴェンデット・ヘルハウンド

 伏せ:1枚

 

 荒い息を吐いて、廻理を睨みつける。

 彼のシャツには、大きな赤いシミができていた。

 アタシが作った傷が、そこにあった。

 

「……あっ、ボクのこれは気にしないでよ。慣れてるからさ」

 

 ドクドクと血が溢れる彼と、視線が交わる。

 すると廻理が傷口を指さして、そっと微笑んだ。

 痛みなんて一切感じさせない立ち振舞だった。

 

「………………怒りなさいよ!アタシは、貴方を傷つけたのよ!?

 アタシに手を伸ばしてくれた貴方に!アタシは八つ当たりしているのよ!!」

 

 彼の態度が、癪だった。

 被害者のくせに加害者に気を使う彼に、やけに腹が立った。

 

「ふざけんなって怒って!いい加減にしろってやり返して!それで、アタシを殺してよ!!

 大人しく助けられようとしない根暗でひねくれて最低なアタシを!ぶっ殺してよォォォ!」

 

 自分がなにを叫んでいるかは、もう分からなかった。

 ただ、思ったことをそのまま吐き出しているだけ。

 そんなアタシの本心からの言葉を、廻理は優しく受け止める。

 

「怒んないし、やり返さないし、殺さないよ」

 

「殺してよ!アタシが全部悪いじゃない!」

 

「悪くないよ」

 

「悪いわよ!」

 

「悪くないって」

 

「悪いのよ!アタシが全て!アタシが強ければ操られることも貴方を傷つけることもなかった!

 アタシがサイコデュエリストなんかにならなければ、こんなことにならなかった!

 そもそもアタシなんて生まれてなければ、全部全部幸せになって────」

 

「────キミはなんにも悪くないんだよ!!」

 

 アタシの声をかき消すように、廻理が声を張り上げる。

 

「ボクはキミが悪いって1ミリだって思ってないから!

 事実がどうだとかキミがどう思ってるかとか関係なく!

 キミにはほんのちょっとの非もないんだよ!」

 

 …………酷い屁理屈だ。理論も無茶苦茶。

 それをさも正しいかのように堂々と、廻理は言い切った。

 

「だからさ!キミは殺されなくっていいし、生きてていいし、生まれてきて良かったんだよ!」

 

「…良くないわよ……!だって、アタシは父親に堕胎を望まれて……母親だってアタシを認めてなくって……!挙げ句、貴方に手を上げて…………」

 

 アタシの姿は、彼にはどう映っているだろうか。

 情緒不安定で喧しいゴミ女だと思われているだろうか。

 

 アタシの顔は、彼にはどう見えているだろうか。

 顔を覆う触手の膜は、仏頂面を作ってくれているだろうか。

 

「…………アタシはそもそも……望まれて生まれてないの……。

 生きることだって……誰にも……許してもらえてないのよ……」

 

 肉で隠された顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 この無様な面は、廻理には見えないだろう。

 それで良かった。泣き顔なんか見せて、これ以上彼を困らせたくなかったから。

 

「じゃあボクは何度だって、“生まれてきてくれてありがとう”ってキミに言うよ」

 

 なのに廻理は、アタシを見透かしているみたいで。

 

「それとさ、梨々華ちゃんはキミが生きることを願ってたよ。

 でもってボクも、キミが生きることを望んでるし、許してる」

 

 嫌だ、嫌、やめて、嫌よ、見抜かないで。

 

「……親に認められない、愛されないって辛いよね。

 産んだ両親だけは、いつでも自分の味方でいて欲しいし、一心に愛して欲しい。

 子どもなら誰だってみんな、そんな風に思うよ」

 

 やめてよ、言わないで。

 

「普通のみんなが当たり前に持っているモノを与えられなくて、欠けたまま生きて、そしてキミは壊れてしまった」

 

 欲しかった言葉を。

 求めていた許しを。

 飢えていた理解を。

 

「だから、ボクは言うよ。“生まれてきてくれてありがとう”

 そして────────」

 

 本当は、ずっと、そうやって、アタシは。

 心の底の、最も醜くて淀んだ部分では。

 人として終わっている欲望は、生まれたときから。

 

「────────“キミは幸せに生きていいんだよ”」

 

 その、混じりっけのない、暖かな一言が……

 ………………愛情が、ずっとずっと、ずぅっと、欲しかったの。

 

「それじゃあ生きるためのことをやろうか!ボクのターン、ドロー!

 まずは【デンドライト】をリバースし、その効果で2枚目の【ゴキポール】を墓地へ!

 これにより【ゴキポール】の効果発動!デッキから【シャインブラック】を特殊召喚し、【リヴェンデット・スレイヤー】を破壊する!」

 

「ぁ………………!【リヴェンデット・スレイヤー】の効果を使って、【シャインブラック】を除外……!」

 

 黒いヒーローが、哀れな復讐鬼に迫る。

 スレイヤーは腕部のブレードで応戦しようとするが……

 

「やらせないよ!【星遺物の傀儡】で【機怪神エクスクローラー】を表側守備表示に変更!

 リバースした【機怪神エクスクローラー】は、相手フィールドのモンスター効果全てを封殺する!【スレイヤー】の効果は無効化だよ!」

 

 神経を思わせる数多の触手が、スレイヤーを拘束する。

 動けなくなった屍は、そのままヒーローの手で、墓地へと眠らされた。

 

「……墓地へ逝った【リヴェンデット・スレイヤー】の効果で……デッキから【リヴェンデット・ボーン】を手札に加え………墓地に【ヴェンデット・ストリゲス】を落とす…!

 【ストリゲス】の効果を発動。手札の【リヴェンデット・ボーン】を相手に見せ、このカードを蘇生、するわ……!」

 

 死体の鳥たちが舞い、嘲笑うように鳴き声を上げる。

 嘲笑の先にいるのは、廻理か……あるいは、アタシか。

 ストリゲスは嗤うだけで、答えない。

 

「そっちが鳥ならこっちも鳥だ!

 手札からチューナーモンスター【シャドール・ファルコン】を通常召喚!

 さぁいくよ!レベル4の【シャインブラック】に、レベル2の【シャドール・ファルコン】をチューニング!」

 

 鳥を模した影人形が鳴いて、光の輪へとカタチを変える。

 その輪の中へ黒いヒーローが飛び込めば、一筋の閃光が迸る。

 

「地獄に巣食う蜘蛛よ!安らかな闇を手繰り、光なき世界へ救いを垂らせ!

 シンクロ召喚!レベル6!────織り廻れ!【地底のアラクネー】!」

 

 地底のアラクネー

 レベル6/ATK2400

 

 閃光の中から現れたのは、下半身が巨大な蜘蛛の、女性みたいなモンスター。

 闇のようにおどろおどろしい雰囲気を纏い、しかし慈悲の色を湛えた瞳を向ける大蜘蛛。

 

「頼むよ、【地底のアラクネー】の効果発動!1ターンに1度、相手フィールドのモンスターを装備する!さぁ、その鳥たちには大人しくしてもらおうかな!」

 

 アラクネーが蜘蛛糸の網を放ち、ストリゲスを捕獲する。

 糸に絡め取られて鳥たちは、小煩い嘴を強制的に閉ざされる。

 

 鳥の嘲りが止んだ地下は、ひたすらに静かだった。

 そんな静謐の中で、廻理はカードを操っていく。

 

「続けて【グリア】をリバースして墓地から【シナプシス】を特殊召喚し、【シナプシス】と【デンドライト】をリンクマーカーにセット!

 召喚条件はトークン以外の同じ種族のモンスター2体!

 リンク召喚!お願いね【アカシック・マジシャン】!」

 

 アカシック・マジシャン

 リンク2/リンクマーカー 上 下/ATK1700

 

 降り立ったのは、長い赤毛を三つ編みにまとめた学者然とした少女。

 少女は自信げな笑みを見せ、不思議な形状の杖を肩に担ぐ。

 

「【アカシック・マジシャン】はリンク召喚成功時、リンク先のモンスターを手札に戻す!」

 

「バウンス……!?」

 

 赤毛の少女が担いだ杖をくるりと回し、構える。

 その先には、アタシのフィールドの【ヘルハウンド】が1匹。

 

「これでキミの場はガラ空きだ。

 伏せカードはあるけど、【地底のアラクネー】は攻撃時に魔法と罠の発動を封じる。

 キミが何を伏せていたとしても、もう防ぐことはできない」

 

 前のターンの反省を生かして、廻理はわざわざそのモンスターを出したのか。

 確かに、アラクネーに攻撃されれば、アタシは安全にライフを削りきられてしまうだろう。

 

「終わりだよ。痛いことは、全部」

 

 魔法みたいに、杖が振り下ろされる。

 苦しみの終わりを告げるように、落ちていく。

 この番犬が消えれば、アタシの地獄を守るモノはもういない。

 ようやく、アタシは終われる。

 

「…………終わらないのよ。まだ、続いていくわ…」

 

 けれどアタシの手は、勝手に魔法を拒んだ。

 

「トラップ、発動…………【緊急儀式術】……ッ!

 手札の【リヴェンデット・ボーン】を除外し、その効果をこの瞬間に発動する……!

 フィールドの【ヘルハウンド】をリリースし、墓地の【リヴェンデット・スレイヤー】を除外して……儀式召喚……!【ヴェンデット・スカヴェンジャー】……ッ!」

 

 ヘルハウンドを喰らい、異形の死体が降臨する。

 それは、青い外套に腐肉を包み、赤と青の光を目から溢れさせる化け物。

 

 ヴェンデット・スカヴェンジャー

 レベル8/ATK2800

 

「……フィールドのモンスターがリリースされたことで、墓地の【レヴナント】を除外して……【スカー・ヴェンデット】が蘇るわ」

 

 スカー・ヴェンデット

 レベル6/ATK2300

 

 墓地からもう1体、スカヴェンジャーとどこか似た風貌の大柄なアンデットが蘇る。

 こうしてアタシの前に、2体の屍が壁みたいに並ぶ。

 

「…………貴方は……すごく、いい人ね。

 こんなアタシのために……たくさん、頑張って……くれた」

 

 彼は、アタシにとても優しくしてくれた。

 アタシを助けようと、手を尽くしてくれた。

 不安や心の傷を癒そうと、温かい言葉をいくつもくれた。

 

「……でも、アタシは…………駄目なのよ……。

 心が腐ってて…………安心が、受け入れられなくて……」

 

 彼の手を取りたい。

 なのに、真逆の行動ばかり。

 

 黙って助けられないアタシには、助けられる資格はないのだ。

 温かそうなその手を握ることも叶わないのだ。

 

「ごめんなさい……アタシ……ここまで、してもらったのに……」

 

 廻理のカード達では、スカヴェンジャーを超えることはできない。

 このターンでアタシのライフを0にする術はない。

 

 駄目なのだ、どうやっても。

 アタシは、どうしようもなく、救われない。

 

「上等だよ」

 

 絶望の対岸。

 廻理はさも当然といった調子で、宣言を飛ばす。

 

「【クローラー・グリア】で【ヴェンデット・スカヴェンジャー】を攻撃」

 

「………………………………………………………………………………………………ぇ?」

 

 意味が分からなかった。

 なんで、なんのために、その宣言をしたのか。

 たった攻撃力1000のモンスターで、どうしてスカヴェンジャーを攻撃したのか。

 

 怪蟲はふわふわと宙を進んで、屍肉にこつんと衝突する。

 あまりにも貧弱で、間の抜けた光景。

 スカヴェンジャーは目障りな虫を払うように、触手状の左手で怪蟲を貫く。

 

 ……それだけでは、留まらない。

 鋭利な先端は見るも無惨に…………廻理を突き刺した。

 

 廻理

 LP2200→400

 

「がっ…………!あ、ははっ……!ご機嫌、だねぇ……!」

 

 穴だらけになった廻理は、不敵に笑う。

 明らかな致命傷にも関わらず、なんともなさそうに。

 

「な、なにを…………なにを、しているの!?」

 

 最初に正気を疑った。

 正気の判断で、こんなことができるはずがないから。

 

「最善策を、やってるのさ……!【星遺物に差す影】の、効果発動ッ!」

 

 いや、本当は理解できていた。

 廻理がこんなことをした意味は、分かっていた。

 

「リバースモンスターを戦闘で破壊した【スカヴェンジャー】を、墓地へ送る!」

 

 それは、アタシが真っ先にに除外した選択肢。

 彼が取るはずがないと考えた可能性。

 

「あははっ!これで、突破できるね!」

 

 だって、そうでしょう?

 確かにこのやり方なら突破できるけど。

 

 けどそのために────なんで貴方は大怪我を負えるの?

 

「し、死ぬわよ!?貴方、そんなことをしたら!?」

 

「死なないよ、これくらいじゃあね!」

 

「よしんばそうだとしても尋常じゃなく痛いでしょう!?身体が貫かれているのよ!?

 どうして怪我をしてまで、こんなことをしたの!?」

 

「そりゃあキミ、いけるなって思ったからに決まってるじゃん!」

 

 開いた口が塞がらなかった。

 この少年は後先考えず、ただ思いつきのままに、大怪我を負う選択をしたというのか。

 

「もちろん、めちゃくちゃ痛いだろうなぁってのは理解してたよ。

 でもさ、それは躊躇う理由にはならなかったから」

 

 廻理が肩を竦めて、困り笑いを浮かべる。

 

「単純でしょ?」

 

 ────その瞬間の彼の姿を、アタシはきっと一生涯忘れないだろう。

 それくらいに眩しくて、柔らかで、焼け付いて消えないほどの、笑顔だった。

 

「さぁ、今度こそおやすみの時間だよ。

 【地底のアラクネー】で、【スカー・ヴェンデット】を攻撃」

 

 蜘蛛の糸が広がり、屍体を絡め取る。

 その光景は傷口を縫うかのようで。

 地獄に垂らされた糸が、死にきれない肉塊を穏やかな眠りに誘った。

 

 葛

 LP1400→1300

 

「…………………………貴方は……」

 

「ん?」

 

「………………すごいのね」

 

「あははっ!凄くなんてないさ。ちょっと後先考えてないだけだよ!」

 

「……凄いわよ。だって、アタシ…………もう、大丈夫なんだって……思ったもの」

 

「────うん、もう大丈夫だよ」

 

 屈託ない笑顔が、向けられる。

 晴れ晴れとした、満面の笑みだ。

 その表情が、大丈夫って安心に、さらに大丈夫を重ねてくれる。

 

「お願い、【アカシック・マジシャン】」

 

 もう一度、杖が振り下ろされ、眩い光がアタシを包む。

 それはまるで、都合のいい魔法。

 アタシの理不尽全部を溶かしてくれるような、暖かさをいっぱいに感じて。

 

「………………ありがとう」

 

 アタシは、不幸せから解放された。

 

 葛

 LP1300→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 素肌に纏わりついていた肉膜が蒸発して、裸のまま床に倒れる。

 足が痛くて立てないし、もしそうじゃなくても立つ気にはならなかった。

 

「痛かったね。すぐ手当するよ」

 

 廻理が駆け寄ってきて、羽織っていたカーディガンをアタシにかける。

 それから彼はシャツの綺麗な部分を裂いて、銃創に押し当てた。

 

「っ、あ……!」

 

 傷口に触れられる痛みに、思わず顔を歪める。

 

「ごめん、だいぶ痛いかも」

 

「……別、に……問題、ないわよ」

 

 処置をしてもらっている分際で痛いだのと騒ぐわけにはいかない。

 アタシはどうにか、喉元の悲鳴を押し殺す。

 

「………………みっともない姿を、見せたわね」

 

 悲鳴の代わりに喉から出たのは、そんなくだらない言葉だった。

 

「みっともないとか思わないよ。誰だって苦しかったら泣いちゃうし」

 

「……困らせたでしょ」

 

「まさか」

 

 廻理がそっと、アタシの手を握る。

 

「キミは、ひとりで頑張ってきたんだね。

 辛くても、苦しくても、ずっとひとりで立ってきた」

 

「…………ひとりじゃ、ないわ。梨々華が、側にいた」

 

「でも、キミは梨々華ちゃんには甘えられなかったんでしょ。お姉ちゃんだもんね」

 

 なんで、彼は全部分かるんだろう。

 姉だから、妹には甘えたくなかった。

 妹の前ではカッコいい姉でありたかった。

 大切な妹にだけは、心配をかけたくなかった。

 

「よく頑張ったね、葛さん」

 

「……………………やめてよ」

 

 そんな風に褒めてもらえるほど、アタシは素晴らしい人間じゃない。

 素晴らしい人間じゃないから…………認めてもらえて、嬉しくなってしまって。

 目の奥がやけに熱くなって、視界がぼやけてしまう。

 

「やめて……褒めない、で…………

 ……頑張ってなんて、ない……から」

 

「頑張ったよ、キミは。キミが否定しても、ボクはキミの頑張りを認め続けるから」

 

「違う……違う、からぁ……!アタシ、ただ……助けてが……言えなかっただけ……!」

 

「だとしても痛みを堪えてきたキミは、とっても頑張ったんだよ」

 

「そんな、頑張りとか……ひぐっ……いらない、のぉ……!

 もっと、もっと……上手く、生きてたら……!」

 

 また、アタシは泣いてしまった。

 酷い泣き虫だ。

 さっさと涙を止めてやりたい。

 そう思っても、ぐしゃぐしゃな顔はいつまで経ってもぐしゃぐしゃなまま。

 

「みない、で……!こんな、ひっく……ないてる、とこ……!ぶざま、でしょ……っ!」

 

「無様なんかじゃないさ。泣きたいときは泣いていいんだよ」

 

 耐えようとしているのに、涙が全然止まってくれない。

 これ以上彼に迷惑をかけたくないのに、決壊した両目は言うことを聞かなかった。

 

「ぁあ…………あぁあ、あ、っく……ぁぁぁああぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁあああああぁぁ」

 

 溢れ続ける涙に、アタシは諦めてしまった。

 とうとう堪えきれなくなって、汚い泣き声を吐き出す。

 

 “どうしてアタシが”

 “優しいお父さんとお母さんが欲しかった”

 “梨々華と平穏に暮らしたかった”

 “綺麗な顔のままでいたかった”

 “強姦なんかされたくなかった”

 “幸せを奪われたくなかった”

 “普通の日々が妬ましかった”

 “苦しかった”

 “辛かった”

 “痛かった”

 “助けてほしかった”

 “愛してほしかった”

 

 泣き声と共にぶちまけたのは、ずっと抱えていたもの。

 心の底の底に押し込めた、どす黒い呪詛。

 彼にぶつけるのも大間違いなアタシの憎悪。

 

 それでも廻理は、耳を傾けてくれる。

 涙声で濁って何を言っているかも分からない言葉に、寄り添ってくれる。

 

 そんな優しさに甘えて。

 ぎゅっと彼の手を握りしめながら。

 

 ………………涙が尽きるまで、アタシは泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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