※この作品はR-18です。

遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻   作:胡麻野すり子

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 この章の最終話です。
 屋敷で起こった事件の結末。
 どうか、最後までお楽しみください。


第26話 帰路

 

 

 

 八重峰墓丹と鳴金雄太郎をぶっ殺した後。

 ボクと葛さんは、再び地下に戻っていた。

 

「…………よもや、足が立たなくなるとは思わなかったわ」

 

「そりゃ片足を撃たれてるんだからね。むしろ今までよく立ててたね」

 

「……気を抜いたのが失敗だったわ。痛いし、最悪よ」

 

 毒親共を惨殺したことで緊張の糸が切れてしまったのか、その後すぐに葛さんはへたり込んでしまった。

 というわけで現在、ボクは立てなくなった彼女に肩を貸して、一緒に地下を歩いている。

 

「……ねぇ、廻理」

 

「ん?」

 

「この奥に…………梨々華がいるのよね?」

 

「うん。待ってるよ」

 

「………………そう」

 

 葛さんは短く答えて、沈黙する。

 

「不安かな?」

 

「不安というか……どういう顔をすればいいのか分からないというか……」

 

「あははっ。キミの思ったようにしてあげれば、きっと喜んでくれるよ」

 

「…………そういうものかしら」

 

「当たり前じゃん。姉妹なんだからさ」

 

 心配そうな葛さんと共に、薄暗い地下を進んでいく。

 足取りはゆっくりと、口数も少なく、下へ下へと。

 彼女の帰りを待つ人の元へと、一歩ずつ歩いて行く。

 

「梨々華ちゃんはさ、心配してたよ」

 

「…………なにを……?」

 

「キミのこと。すっごく心配してた。

 それこそ、ボクらに突っかかってくるくらいに」

 

「…………無茶をするわ」

 

「それくらいキミのことが大好きで、心配だったんだろうね」

 

「怪我したり、死んだらどうするつもりだったのよ」

 

「さぁ?ボクは梨々華ちゃんじゃないから分かんないよ」

 

 ”でも”と付け加えて、ボクは言葉を続ける。

 

「怪我しても、死んでも良かったんじゃないかな。

 大好きな姉が生きて、幸せになってくれるのなら」

 

「……そんなの御免よ。あの子が死んだら、アタシは生きていられないわ」

 

 すぐ隣の葛さんがため息をつく。

 

「本当に、無茶ばかり。こっちも気が気じゃないわ」

 

「なら、ずっと傍で見守ってなきゃね」

 

「…………なんだか、言いくるめられたみたいで癪だわ」

 

 葛さんがそっぽを向く。

 それから、ボクと彼女の間に会話はなかった。

 沈黙に包まれながら、ただ足を進める。

 

 葛さんはなにか話したそうに口をもごもごさせていたけど、話題が思いつかなかったらしく、声を出すことはしなかった。

 

 ボクも、わざわざ話を切り出すことはしなかった。

 これ以上の声と言葉は、ボクじゃなくて葛さんの大切な人のために使うべきだから。

 

「――――――あ」

 

 それからどれだけ歩いただろうか。

 ふと、狭い通路から、異様に大きな空間に行き着く。

 

 辺り一帯に広がる薄闇。

 その中心に、はっきりと、その少女たちはいた。

 

「………………お疲れ、さまです」

 

 白いワンピースに赤いシミを作った少女が――ベニアちゃんが、ボクらに気づいて会釈する。

 そんなベニアちゃんの膝の上には、金髪の少女――梨々華ちゃんが横たわっていた。

 

「梨々華……っ」

 

 それを見た瞬間、葛さんは彼女たちに駆け寄っていく。

 撃たれた足を引きずって、けれど可能な限り早く。

 葛さんは、最愛の妹の元へと、走る。

 

「後は……お願いしても、大丈夫ですか……?」

 

「……えぇ。本当に、ありがとう」

 

 梨々華ちゃんのすぐ傍に、葛さんが座り込む。

 それから彼女はベニアちゃんと目を合わせて、深く頭を下げた。

 

「貴方が、梨々華を守ってくれたのね」

 

「完璧には……守れませんでした。すいません……約束、したのに……」

 

「いいの。元はと言えばアタシ達の家の問題だったのだから……。

 それを、貴方達は助けてくれた。アタシの大切な妹を、守ってくれた」

 

「…………そう言って、くれると……救われ、ます。……え、へへ」

 

 ベニアちゃんがはにかんで、梨々華ちゃんを膝から下ろす。

 それから彼女は、緩慢な動作で立ち上がる。

 

「ここからは……姉妹の、時間……ですよね。

 あたしは……お邪魔にならない、ように……その辺で、休んでます」

 

「ありがとう……何から何まで、貴方達には頭が上がらないわ」

 

 葛さんがもう一度頭を下げて礼を言い、優しく梨々華ちゃんを抱く。

 その様子を見届けてから、ベニアちゃんはふたりから離れていった。

 

「…………梨々華。貴方も、頑張ってくれたのね」

 

 顔を覗くようにして、葛さんが語りかける。

 するとその声が届いたのか、優しく抱かれていた梨々華ちゃんが、薄く瞼を開いた。

 

「……ん…………夢、か……?お姉様が……いる……」

 

「っ……寝坊助ね、梨々華……夢なわけ、ないでしょう……!」

 

 ぽたり。梨々華ちゃんの顔に涙が落ちて、葛さんは抱きしめる腕を強める。

 そうして隙間なく、ぎゅっと抱きしめられて、梨々華ちゃんは困ったように笑った。

 

「ずっと……会いたかった!ずっと、こうしていたかった……っ!」

 

「……お姉様……うん、私も……ずっと、お姉様と会いたかった……!」

 

 梨々華ちゃんもまた、葛さんの背中に手を回す。

 それからふたりは抱き合って、泣き始める。

 

「……良かったね。葛さん、梨々華ちゃん」

 

 ふたりの姿を見て、思わず顔がほころぶ。

 あぁ本当に、彼女たちが再び出会えて、良かった。

 普通の姉妹みたいに抱き合うことができて、良かった。

 

「キミもよく頑張ったね、ベニアちゃん」

 

 彼女たちの邪魔をしないように、今回の功労者へと歩み寄る。

 

「えへへ…………ちょっと、頑張りました……!」

 

 ベニアちゃんは口角を上げて、ピースサインを作る。

 そんな彼女の肩からは血が滲み、口元には赤い跡が見えた。

 

 死闘だったのだろう。

 それは、ふらついてる彼女の様子から容易に想像できた。

 

「仲間として、キミのことを誇らしく思うよ。

 ベニアちゃんのお陰で、こんなにもハッピーな結末に至れたから」

 

「ありがとうございます…………でも、あたしだけのお陰じゃ、ないですよ」

 

 ベニアちゃんが視線を移す。

 その目の先には、抱き合って喜びを分かち合う姉妹の姿があった。

 

「……梨々華さんは、あたしを守ってくれました。葛さんだって、頑張った。

 きっと、殺那さんも頑張ってくれてて…………」

 

 一旦言葉を切って、ベニアちゃんが再び視線を動かす。

 彼女たちから、今度はボクに。

 少しぼやけていて、それでも綺麗な瞳に、ボクは貫かれてしまう。

 

「……廻理さんも、頑張った。だからこの結末は……みんなで掴んだ、ハッピーエンド……じゃないですか……?」

 

「……あははっ!そっか、みんなのお陰のハッピーエンドかぁ!」

 

 左手で顔を覆って、心から笑う。

 いいね、ベニアちゃんのそれ。

 “みんな”っていうのがとってもいい。

 

「うん!ベニアちゃんの言う通り、これはみんなの頑張りの結果だね!」

 

 みんな頑張った。

 誰もがやるべきことをやった。

 全員が死力を尽くした。

 

 だから、ボクらの望むような結果になった。

 それは凄く素敵なことだと思う。

 

「まぁそれはそれとして。みんな頑張ったのなら、ベニアちゃんだってめっちゃ頑張ったね」

 

 そう、ベニアちゃんが頑張った事実は変わらない。

 そういうわけで、ボクは彼女に向けてサムズアップする。

 

「改めて、よく頑張ったねベニアちゃん!」

 

 彼女は一瞬驚いた顔をする。

 それから笑って、同じように親指を立てた。

 

「じゃあ……廻理さんも……よく頑張ってくれました……!」

 

 お疲れ様と、よくやったねと、労い合うように。

 ボクらはしばし笑い合う。

 

 薄暗い地下に響くのは、温かな喜び。

 悪いモノは全部全部なくなって、ちょっとだけ世界はマシになった。

 とはいえここから後のこととか、先のことは分からない。

 

 けれど今は、喜びに身を委ねて。

 ボクらは少しの間、この地下で喜びに浸るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 屋敷の2階、ボクらに貸し与えられた部屋にて。

 夜の帳に包まれたそこで、ボクの悲鳴が響き渡る。

 

「ぎゃああぁぁぁぁ!痛っ、ちょ、殺那っ!今日なんか縫うの雑じゃない!?」

 

「ふふっ。動かない、で。手が、ブレちゃう、から」

 

 殺那の手にある針がボクの肉を貫く。

 なんてことはない、ただ傷口を縫ってもらっているだけだ。

 ただし麻酔はナシ。使うのは裁縫針と裁縫糸という中々に中々な仕様だが。

 

「あっ。血、いっぱい、溢れちゃう、ね♡」

 

「ねぇ殺那!血が見たくてわざとやってるわけじゃないよね!?」

 

「ふふっ♡」

 

「殺那ぁ!?」

 

 殺那は曖昧に、そして妖艶に笑うだけで答えてくれなかった。

 

 ……あの後、泣き疲れてしまった葛さんと梨々華ちゃんを抱えて、ボクらは地上に帰還した。

 それからモンスターを殺しまくっていたらしい殺那と合流。

 とりあえず鳴金姉妹を寝室に運んだ後、ボクたち『孤児院』組は部屋で手当するなり、してもらうなり、寝るなりをしていた。

 

「はい、できた、よ。穴、全部、縫い、終わった」

 

「いたた……ありがとうね、殺那。助かったよ」

 

 殺那にお礼を言う。

 彼女は恍惚とした表情で指に付いた血を舐めながら、生返事をした。

 

「私も、クズ、殺し、たかった」

 

 指から舌を離して、殺那がぷくりと頬を膨らませる。

 自分だけ雑魚モンスターの始末をさせられていたことが不満らしい。

 

「まぁ……今回は縁がなかったということで」

 

「むぅー……」

 

 殺那はむくれたまま、ベッドにぽすんと倒れ込む。

 それから彼女は、隣で寝ていたベニアちゃんをそっと抱きしめて、軽く顔を埋めた。

 

「あ、殺那さん……ど、どうしたんですか……?」

 

「んー……癒やし。ベニアちゃんは、可愛い、ね」

 

「え、えーと……」

 

「放っといていいよ、ベニアちゃん」

 

 ベニアちゃんの肩に顔を近づけて深呼吸をする殺那。

 そんな彼女にベニアちゃんは困惑するばかりだった。

 

「ふぁ……ねっむ。もう遅いし、そろそろ寝よっか」

 

 葛さんから返してもらったカーディガンを被って、床に寝転がる。

 固くてひんやりした感じがそこそこ気持ち良い。

 

「あの……ベッドのスペース、空いてますよ」

 

「いやぁ、流石に女の子と一緒に寝るわけにはいかないからね」

 

 ベニアちゃんが自分の横を手で叩くが、やんわりと断る。

 気持ちはありがたいが、残念ながら性別という区別は存在する。

 特に彼女らはレイプ被害者だ。

 男のボクが一緒のベッドで寝ると、落ち着かないだろう。

 

「その……あたしは廻理さんのこと信頼してるので……別に、一緒でも……」

 

「おいで?昔は、よく、一緒に、寝てた、でしょ?」

 

「いつの話してんのさ。それって殺那が『孤児院』に入ってきた直後くらいの話でしょ」

 

 あの頃は確か、お互い9歳くらいだったか。

 昔は殺那が夜になる度に絶叫してたから、いつも寝かしつけてたんだったっけか。

 いやまぁ、もうどっちも大きくなったし、今更ベッドを同じにするつもりもないが。

 

「………………むぅ」

 

「ぐぁっ!?殺那っ、首根っこ掴まないでよ!」

 

 哀れ、ボクは殺那に掴まれて、ベッドの中に引きずり込まれてしまった。

 逃げようとしてももう逃げられない。

 殺那に腕をホールドされてしまった。

 

「えへへ。やっぱり、みんな一緒が一番ですよっ」

 

「うん。ふかふか、だから。みんなで、ゆっくり、しよ?」

 

「あー……うん、降参。大人しく寝るよ」

 

 観念して、敷布団の柔らかさに身を委ねる。

 快適だ。床とは比べ物にならない。

 

(…………でもこれ、眠れないかなぁ)

 

 普段なら5秒で就寝できただろうが、ボクの目は冴えていた。

 隣の方から漂う、少女の甘い匂いと、幼さの残る蠱惑的な声と、温かな多幸感。

 

 魅力的なふたりの女の子との添い寝。

 それは、ボクの脈拍を早めるには十分過ぎていて。

 

(あんま意識しないようにしないとね)

 

 変に意識してもふたりを傷つけるだけだろう。

 だからあくまで普通に、平常心で、なんにも気にしてない風に振る舞うとしよう。

 

「明日は、何時くらいに、出発、する?」

 

 いざ寝ようとしたそのとき、殺那がそんなことを聞いてくる。

 そうだ、その辺のことを一応決めとかないといけなかったか。

 

「朝6時くらいでいいんじゃない?長居する必要もないし」

 

「…………あぁ、そっか。お仕事が終わったから、もう出ないといけないんですね……」

 

 ベニアちゃんがどこか寂しそうにする。

 そう、ボクらはあくまで仕事をしに鳴金家を訪れた。

 故に、仕事が終われば帰らないといけないわけで。

 

「葛さんと梨々華ちゃんともお別れかな」

 

「えっ、お別れしちゃうんですか!?」

 

 がばり、ベニアちゃんが起き上がり、素っ頓狂な声を上げる。

 

「廻理さん、葛さんのこと誘ってたじゃないですか!」

 

「誘ったよ。けどさ、表の世界で梨々華ちゃんと普通の暮らしをしてたほうが幸せだと思うよ」

 

 確かにボクは葛さんを連れ去ると言った。

 当然、口から出任せを言ったわけじゃない。

 それでも裏デュエル界に堕ちてくることが素晴らしいかと言えば、それはノーだ。

 

「無理に裏の世界に連れて行く理由はないからね。

 葛さんが望まないなら、ボクらはここでお別れだよ」

 

「それは……そうかもですけど……」

 

 ふたりと分かれるのは、ボクだって寂しい。

 でも、寂しいからって不幸な世界に引きずり込むのは、間違ってる。

 

「じゃあ、全ては、葛ちゃんと、梨々華ちゃん、次第、だね?」

 

 手を軽く叩いて、殺那がそう纏める。

 

「まぁ、そうなるかなぁ」

 

「ふふっ。望んだら、叶えなきゃ、だよ?」

 

 ずい、と殺那が顔を寄せて、言い聞かせるように囁いてくる。

 それから彼女は顔を離して、そっと目を閉じた。

 

「じゃあ、そろそろ、おやすみなさい、しよっか?

 全部は、明日で、決まるん、だし」

 

 それだけ言って、殺那はすぐに寝息を立て始める。

 寝るの早いな…………。ボクももう寝るか。

 

「ん。おやすみ、殺那、ベニアちゃん。また明日ね」

 

 布団をかけ直して、ボクもまた目を瞑る。

 生憎、ボクの元に睡魔は中々来てくれなかった。

 

「…………無理矢理にでも普通でいるほうが、幸せなんでしょうか」

 

 暗闇の中、ぽつりとベニアちゃんが呟く。

 

「……結局のところ、ボクのエゴでしかないよ」

 

 目は開けずに、答える。

 別に答える必要はなかったかもだけど、それでも放っておくのは、違う気がした。

 

「間違ってても幸せになれるとは思うし、クソみたいな世界でも笑えるけど…………

 正しく幸せになって、普通に平和な世界で自然に笑う方が、ボクはいいと思うな」

 

 そのどちらがいいのか。正解は分からない。

 そもそもボクは正しく幸せで普通な世界を知らない。

 クソみたいな裏デュエル界しか知らないボクの考えは、たぶん偏っているのだろう。

 

 でも、それでも。こんな世界を“素晴らしい”と偽って招くのは、嫌だった。

 地獄は地獄だ。そこに嘘をつくのは、絶対に良くない。

 

「…………もし、間違ってて、クソみたいな世界に……それでも行きたいって言ったら……廻理さんは、幸せにしてくれますか?」

 

「幸せだって思えるように、やるだけやるよ。

 それが、地獄に夢を見せてしまった責任だから」

 

 あぁ、そうだ。

 それでもこちらの世界に来るのなら、絶対に不幸にはさせない。

 クソみたいな世界で笑えるように、クソみたいな世界を笑えるように、最善を尽くす。

 

 そうしなきゃいけないとかじゃなくて、ボクがそうしたいから。

 ボクが、そうであって欲しいから、やる。

 ただそれだけだ。

 

「――――やっぱり、廻理さんについて行って、正解だったかもです」

 

 柔らかい声と、ベッドに倒れる音がした。

 それから程なくして、彼女は規則的な寝息を立て始める。

 

「………………寝るか」

 

 そう思い、どうにか意識を飛ばそうとしてみる。

 だが残念なことに、すぐ近くから聞こえる少女たちの寝息と、身じろぎの音に眠りを妨げられてしまう。

 結局ボクは変にどぎまぎしてしまって、ロクに眠れやしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 屋敷の駐車場で、エンジンが唸りを上げる。

 白んだ空のした、ぼやけた朝日に照らされた車を見上げて、ボクはひとつ伸びをした。

 

「ん~……ねっむい」

 

 目を擦ってみるが、眠気は取れない。

 ボクは欠伸をして、車にもたれかかった。

 

「忘れ物、とか、大丈夫?あったら、もう、どうしようも、ない、よ?」

 

「ボクはないよ。そもそも何も持ってきてないし」

 

「あ、あたしも大丈夫です。何も、持ってないので……」

 

「ふふっ。なら、良かった」

 

 殺那が口元に指を添えて笑う。

 そんな彼女を横目に、深呼吸をする。

 

 ここの空気を吸うのも、きっと最後だ。

 あんまり良い所ではなかったし、だいぶ酷い目に遭ったが……最後だと思うと、不思議と感慨深いものがある。

 

 そうやって少しジーンとしていると、ふと、駐車場に足音がした。

 ふたつの、この場所で出会った足音だ。

 

「あら?挨拶もなしに出ていくつもり?マナーがなってないんじゃないかしら」

 

「そうだぞ。危うく礼のひとつも言えないところだったじゃないか」

 

「あははっ、後で伺うつもりだったよ」

 

 そこに居たのは、黒髪の綺麗な少女と、金髪の凛とした少女。

 鳴金葛と、鳴金梨々華。

 この屋敷で出会い、親しくなったふたりが、どこか呆れたように歩いてきた。

 

「……もう行くの?」

 

「やることは終わったからね。あとは帰るだけ」

 

「そう」

 

「うん、そうだね」

 

 一度、会話が途絶える。

 その間、背中に視線を感じた。

 

 ベニアちゃんと、殺那の視線だ。

 急かすような、期待するような、そんな目で見ているのだろう。

 

「鳴金雄太郎が死んで、鳴金家は滅茶苦茶にぶっ壊れて」

 

 空を見上げて、言葉を紡ぐ。

 雲ひとつない、青と黒と白が混ざったみたいな朝の空が、映った。

 

「キミたちは再会できたけど、一応の面倒を見る親がいなくなって」

 

 見上げるのをやめて、ふたりを見る。

 葛さんと梨々華ちゃんは、ただ静かにボクを見ていた。

 

「……キミたちのこれからの話。この後は、セキュリティに保護されたり、親族に引き取られたり……そうやって、姉妹仲良く普通の生活が送れるとも思うんだけどさ」

 

 そっと、手を伸ばす。

 あのときの地下と同じように。

 誘うように、彼女たちへと。

 

「来るかい?」

 

 そう、聞いてみる。

 でも、聞いてみただけ。

 

「…………貴方は、来てほしいの?」

 

「あー……来てほしいけど、来るべきじゃないっていうか……」

 

 葛さんと梨々華ちゃんは、動かない。

 聞いてみただけだから、きっとふたりは答えない。

 

「……………………あぁ、いや、違うな」

 

 うん、これは違う。

 聞いてみただけじゃ、違う。

 だから、彼女たちへと歩を進める。

 

「まぁ、なんだろ。キミたちには、まだ普通の世界の普通の幸せがあるだろうけど――」

 

 そうして、ふたりの手に触れる。

 それは奪うように、やや強引に。

 掴んで、ボクはぶちまける。

 

「――――個人的にはさぁ!来てほしいんだよねぇ!」

 

 ぶちまける。ボクの本心を。

 善悪とか正否とかそういうのを全部無視した、ボクの感情を、伝える。

 

「葛さんのことも、梨々華ちゃんのことも好きだし!分かれるのは寂しいしさぁ!

 そりゃこっちの世界はクソだしゴミだしロクでもないし最悪もいいところだけど!」

 

 目をぱちくりとさせるふたりを無視して、自分勝手に叫ぶ。

 

「でもなんか、なんかさ!もっと一緒にいるってのはダメかなぁ!!」

 

 こっちに来ないほうがいいのは分かり切っている。

 でも、もう少しくらいおんなじ時間を過ごしたいのは本当で。

 そうやって勝手に叫んで、勝手に息を荒げて、勝手に息を吸う。

 

「…………以上。えーと……ふざけんなクソボケがって思われましたら、この手を離してくれるとありがたいです」

 

「いや、ついて行くよ。な、お姉様?」

 

「えぇ、当たり前でしょ」

 

 掴んだ手で、彼女たちはボクの手を優しく握り返してくれる。

 そんなふたりは、困ったように、けれど朗らかに、笑っていた。

 

「…………マジ?」

 

「なんだよ。来てほしいんじゃないのかよ」

 

「そりゃ来てほしいけど、マジのマジのマジで大丈夫?」

 

「マジのマジのマジのマジで大丈夫だよ」

 

 梨々華ちゃんはそう言って、葛さんを見る。

 ボクも釣られて、目線が彼女の方へ向かっていった。

 

「貴方が言ったように、考えたの。ふかふかのベッドの上で、ゆっくりとね」

 

 ぐい、と力が込められ、ボクの手が優しく引っ張られる。

 

「アタシは梨々華と一緒にいたいけど、それと同じくらい、貴方と一緒にいたい。

 ……というか、貴方はアタシを連れて行く責任があると思うのだけど?」

 

 やや怒ったような顔をわざと作って、葛さんは悪戯っぽく言う。

 思わずたじろいでいると、彼女は一変、甘えるような顔を覗かせる。

 

「それに…………アタシは、アタシが好きだって思う人と、一緒にいたいの」

 

 その言葉は、知っている。

 八重峰を殺すときに、葛さんがボクに願ったことだ。

 

「でもそれは梨々華だけじゃなくて――――貴方だって、アタシが好きだって思う人なの」

 

 変な声が出た。

 あのときボクは、てっかし梨々華ちゃんと仲良く暮らしたいってことかと思っていた。

 けれど……どうやら、言葉の真意を図り損ねていたらしい。

 

「えー……えーと……えぇ……えー……」

 

 今度はボクが困ってしまう。

 でも葛さんはそんなボクを無視して、更に畳み掛けてくる。

 

「アタシだって離れたくないってことよ」

 

 ……そこまで言われると、ボクはもうどうすることも出来なかった。

 ギブだ、ギブ。ギブアップするしかない。

 これはちょっと、強すぎる。

 

「……ちなみに、梨々華ちゃんはそれでいいの?」

 

「はぁ?お姉様が行くなら私も行くに決まってるだろ」

 

 梨々華ちゃんに馬鹿を見るような目で見られてしまう。

 まるで、「なにを当たり前のことを聞いてるんだ」とでも言っているかのようだった。

 

「ふふっ。廻理くんの、負け、だね?」

 

「勝てるわけないでしょこんなの」

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

 殺那がくすりと笑い、ベニアちゃんが嬉しそうな声を上げる。

 ボクはそれに抗えず、嬉しそうに笑ってみせる。

 

「ようこそ!鳴金葛、鳴金梨々華!『孤児院』はキミたちを歓迎するよ!」

 

 彼女たちの手を握り直して、こっちに引っ張る。引きずり込む。

 最低最悪でクソみたいな世界へ。

 けれど、楽しく笑える場所へ。

 

「きゃっ!ちょっと、アタシまだ足怪我しているのよ!」

 

 葛さんがふらついて、ボクの胸にぽすんともたれかかってくる。

 胸の中の彼女だが、なんか……ニヤリと笑っていた。

 

「あっ、ごめ……ねぇこれわざとじゃないよね葛さん」

 

「わざとじゃないわよ。それより足が疲れてしまったわ。連れて行ってくれるかしら?」

 

「それはいいけどさ……でもこれやっぱわざとじゃ……?」

 

「改めて、よろしく頼むな」

 

「はいっ!こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

「大歓迎、だよ。梨々華ちゃん。よろしく、ね?」

 

「葛さんも、よろしくお願いしますっ!」

 

「ええ、ありがとう、ベニアちゃん」

 

「おっと。私とは、初対面、だね。後で、自己紹介、する、ね」

 

「あら、ありがたいわね。よろしくお願いするわ」

 

 ワイワイと少女たちの賑やかな声が上がる。

 そのどれもが弾んでいて、心から楽しそう。

 

 そこには微塵も不幸の色はない。

 ただ爽快で、わくわくするような幸せの気配が漂っていた。

 

「じゃあ、行こう、か?ほら、乗って?」

 

「了解です!行きましょう、梨々華さん!」

 

「わっ!え、えっと……ありがとうな、ベニアさん」

 

 殺那が車のドアを開けて、ベニアちゃんが梨々華ちゃんの手を引いて乗り込む。

 車内で少女たちはガヤガヤしていて、その様子をボクらはしばらく眺めていた。

 

「ねぇ、廻理」

 

「ん?」

 

 もたれかかる葛さんが、そっとボクを見つめる。

 半分焼けていて、綺麗で、柔らかな顔が、目の前にあった。

 

「まだ、エスコートしてくれる?」

 

「うん、キミが望む限りしてみせるとも!」

 

「そう」

 

 口の端を僅かに上げて、葛さんが笑う。

 あぁ、やっぱり綺麗だ。

 

「お願い」

 

「あははっ!承ったよ!」

 

 足が疲れたらしい葛さんを支えて、歩く。

 行き先は、最低最悪でクソみたいな世界。

 でも、不幸じゃない所。

 きっと、彼女たちが笑って過ごせる場所。

 

 ――――こうして、鳴金家でのお仕事は、終わる。

 複雑怪奇で、色んな欲望や情が絡まり合った、事件だった。

 

 そして――――これから始まる。

 絡まったモノも、絡め取るモノも、絡め取られたモノも、もういない。

 ここにいるのは、自由を得た少女たちだけ。

 

 ふと、涼しい風が背中を押す。

 何故か、まるで「いってらっしゃい」と手を振られたような気がした。

 

「――――いってきます」

 

 すぐ傍の葛さんが、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、言う。

 なにに、あるいは誰に向けた言葉なのかは、聞かなかった。

 

 そうしてボクらは車に乗り込む。

 行き先は裏デュエル界、『孤児院』。

 ボクらの家であり、彼女たちの家になる所。

 

「それじゃ、帰りますか」

 

 軽快にかっ飛ばして。

 ボクらは、家へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
 これにて「遊戯王Cruel」令嬢ダンジョン攻略編は閉幕となります!
 長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございます!

 この章を完結まで書くことができたのは、ひとえに皆様のお陰です!
 感想をくださったり、お気に入りしてくださったり、評価してくださったり、読んでくださったりと、皆様の応援で書き上げることができました!
 本当にありがたく、そして嬉しく、大変励みになりました!
 改めまして、本当にありがとうございます!

 さて、「Cruel」の物語はまだまだ続いていきます。
 新たに葛と梨々華という仲間を得て、廻理は次の仕事へと挑むことになるでしょう。
 また、ベニアの持つ地縛神など、なにやらきな臭い代物も出てきました。
 はてさて、廻理たちの未来に待ち受けるのモノは、はたして……。

 それでは、また次の章でお会いしましょう!
 ありがとうございました!
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