遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻 作:胡麻野すり子
気に入っているエピソードなので、楽しんでくださると嬉しいです!
では、はじまります!
――――その人は、どうしようもなく怪物みたいだった。
長い紫の紙を、銀色のバレッタで止めた、その人。
すらりと伸びた手足に、きめ細かく白い肌と、可愛らしい顔をした、その人。
『あははっ!いいね、どっちも殺る気十分で!』
笑う。姿形も声も、まるで女の子みたいなソレが、笑う。
中性的という言葉では言い表せないような、チグハグで異質な少年が、笑っている。
ソレはまるで、得体の知れない、思考も読めない、不気味な虫のよう。
ソレは自在にカードを手繰り、死を振りまいていく。
……やがてその人は、血の海の中でため息をつく。
この赤は、全部この人が作ったもの。
あたしを傷つけるすべてが、たった数分でただの血と肉になった。
あたしの右目を蹴り潰した女も、あたしをナイフで犯そうとした男も、もういない。
みんなみんな、紫髪の怪物に殺されて、もういない。
『ん?どうしたのかな?』
その人が灰色のカーディガンを揺らし、あたしの方を向く。
彼は、優しくて柔らかい笑顔を浮かべていた。
『キミはもう大丈夫だよ?』
優しそうな人だと、そう思った。
さっきまで人を殺しまくっていたのに、あたしはそう思ってしまった。
『え、えと…………あの!』
だから、だろうか。
あたしが、なけなしの勇気を振り絞ったのは。
この人なら、助けてくれるんじゃないかって。
あたしに、安心できる場所をくれるんじゃないかって。
『あたしを、連れて行ってくれませんか!』
地面に這いつくばったまま、あたしは乞う。
左目に映る彼は、とっても困った顔をしていたのに。
――――これが、その人との出会い。
あたしがその人……『遊針廻理』に、求めた瞬間だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
停車のアナウンスが鳴り響き、心地の良い振動が止まる。
電車の窓を流れる景色が、『街』から駅のホームに切り替わった。
「ベニアちゃん、起きて。着いたよ」
「んぁ…………?」
肩にもたれかかっていたベニアちゃんに声をかけて起こす。
彼女はぱちぱちと数回まばたきをして、ゆっくりとボクの肩から身体を起こした。
「……ぁ、す、すいません……寄りかかっちゃって……」
「いいよいいよ。いい夢見られたかい?」
「えっと…………懐かしい夢を、見ました。
その……廻理さんに出会った頃の……」
「あははっ、そっか。いい夢か微妙なとこだね。
そういえば、身体の調子はどうだい?」
聞きながら彼女の天辺からつま先を見る。
変色した白髪に、元の黒髪がメッシュのように混ざった、痩せ細った少女だ。
右目には飾り気のない白の眼帯を着け、これまた白いワンピースで着飾っている。
いつもどおりのベニアちゃん、いつもどおりの後輩、いつもどおりの奴隷デュエリストの姿が、そこにあった。
「調子、ですか……?」
「目とか、身体とか。痛みはない?」
「そうですね……はい、傷口は塞がってますし。
目は……まだちょっと、慣れないかもです」
そっと眼帯に触れるベニアちゃん。
まだ目が潰されてからそう時間が経っているわけでもないし、そりゃ慣れないか。
「あの女はホント酷いことしてくれたねぇ。
ま、ボクが死んだら右目はあげるように遺書に書いとくよ。
あれ?ボクら血液型が合ってったっけ?」
「えぇ……いらないですよ。そこまでしてもらうほどじゃないですし」
「そう?ボクはキミの目になれるならハッピーだけど…………おっと、そろそろ行かなきゃ電車が動いちゃうね」
軽く微笑んで、ボクは自由席を立つ。
それに続いて、ベニアちゃんも慌てたように立ち上がる。
「行こっか、ベニアちゃん。今夜も、お仕事をしに」
「りょ、了解です…………ちなみに、お給料は…………」
「30円だって」
「安っ!?」
それからボクらは改札を抜け、駅構内を進んでいく。
時刻は22時。この時間になると駅のお店も閉まり、人もほとんどいなかった。
さて、待ち合わせ場所に指定された駅のベンチにふたりで腰掛け、しばし待つ。
「……こ、今回は……なにを、させられるんですか?」
「おっと、そういや言ってなかったっけ?
えっとね、今日はボディーガードの仕事だよ」
デュエルディスクを操作し、資料を表示する。
ボクはそれを見せながら、ベニアちゃんに軽く概要を説明する。
「ボディーガード、ですか?」
「そ。なんでも今回の依頼人はストーカー被害に遭ってるらしくてね」
「またストーカーですか……威月さんのときといい、この『街』はこんなんばっかりですね……」
「ねー。ろくでなしばっかりだよ。
で、話を戻すとだね、そのストーカーから守るのがボクらの仕事って感じだよ」
「なるほど……ちなみに、守るって、どうしたら……」
「とりあえず依頼人の傍にいればいいかな。
それで運良くストーカーと出くわしたら、ソイツをぶちのめして終わりだよ」
「りょ、了解です」
「まぁ、簡単な仕事だよ。そんな気負わないでも大丈夫さ。
…………あぁ、いや。ごめん、ちょっと懸念事項があったんだった」
資料をスクロールしていると、ある一文が目に入った。
「今回の依頼人、ボクらを指名してるんだよね」
「指名、ですか?でも、なんでまた……」
「うーん……殺人鬼狩りとか鳴金家の一件とかで色々と有名になる要素はあるっちゃあるんだけども……」
「……あれ?でも、あたしたちが犯人だって、誰も知らないんじゃ…………」
「その辺は裏デュエル界にアクセスできるなら調べられるとは思うけど、なぁんか嫌な予感がするんだよねぇ」
根拠はない。ただ、虫の知らせというやつか。
今回の仕事は、どうにも嫌な感じがする。
「ベニアちゃんはどう思う?」
「えぇっと……そもそも、ここに来てから危険じゃない仕事をしたことがないので…………」
「あははっ!それもそっか。じゃ、いつもどおり警戒態勢で」
考えて仕方がないという結論に達して、ボクらは雑談しながら依頼人を待つことにした。
友達はできた?とか、ここでの生活はもう慣れた?とか、好きなカードはなに?とか。
そんなありふれた雑談をして時間を潰していると、ふと目の前に少女が現れる。
「ねぇ?アンタらが『孤児院』の連中?」
開口一番。少女は高圧的に聞いてくる。
赤銅みたいな赤髪の、酷く目つきの悪い少女だ。
「おっと、キミが…………貴方が依頼された方ですか」
同年代っぽかったしフランクに接しようと思ったが……僅かに眉をひそめられたのでやめる。
「えぇ、裏デュエル界がギャングの子飼い、サイコデュエリスト集団『孤児院』。
その一員の遊針廻理です。で、こっちが……」
「えっと…………ベニア、です」
最大限にかしこまった挨拶に、彼女は鼻を鳴らす。
それから彼女は、かったるそうに口を開いた。
「
それだけ言って少女――――悦刃はツカツカと歩き出す。
「ほら、なにをボサッとしてんのよ。さっさと仕事しなさい」
「あー……頑張りまーす」
悪い予感、的中。
面倒な相手に当たったなと内心ため息をついて、ボクらは悦刃さんの後を追った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
長らくこの仕事をして気づいたことがある。
この世界には、いい依頼人と悪い依頼人の2種類がいるということだ。
いい依頼人は、人格ができた人。
ボクらみたいな人権もなにもない、唯一の取り柄は暴力みたいな破綻者に対しても敬意を払ってくれる人。
そして悪い依頼人というのは、その逆。
ボクらを露骨に見下し、ボクらに対してなにやってもいいと思っている奴。
で、この最逝悦刃という少女は、残念ながら悪い依頼人だった。
「……このハンバーグ、まっずいわね。ソースが甘すぎ、肉も安物、付け合せもクソ。従業員もブスしかいない。こんなゴミみたいな店が、どうして全国チェーンやれてるのかしら」
空いた飲食店に、ガチャンとフォークが投げ捨てられる音が響く。
悦刃はできたての美味しそうなハンバーグをよそへやって、ふてぶてしく頬杖をついた。
(うわぁ……面倒だなぁ……)
悦刃と会ってから十数分。
彼女はお腹が空いたといい、近くにあったお店に入っていった。
一応ボクらは護衛なので、彼女と同じテーブルについたわけだが……。
まぁとにかく感じが悪い。
できるならボイコットしたいくらいだ。
「えーと……とりあえず仕事内容についてすり合わせたいんですけど、いいですかね?」
「依頼内容はちゃんと提出したわよ。アンタ、資料ちゃんと読んでないわけ?」
「ストーカー被害に遭ってるからボディーガードをしてほしい、ですよね?
そのストーカーについてとか、いつまで守ればいいかとか、どういう風にしてほしいとか、そういうのは話し合っておいたほうがいいかと思うんですけど」
舌打ちがひとつ。
それと、鋭い瞳が突き刺さる。
「ストーカーは男。年齢は30代。身長は180cmくらいで筋肉質。夜になると付け回してくる。ポストに殺害予告が入っている」
「ソイツを始末すればいいんですかね?」
「ハッ!そこまでアンタらに期待してないわよ。今晩近くにいればそれでいいわ」
「今晩だけでいいんですね?」
「ええ。今晩だけでいいわ」
「そうですか」
なぜ今晩だけなのかは疑問だが……深入りするのも面倒だ。
依頼した本人がそう言っているなら、黙って従うとしよう。
「ちなみに、ストーカーの正体に心当たりは?」
「ないわよ。あっ、でもストーキングされる理由には心当たりがあるわ」
「おっと、心当たりがあるんですか」
「ええ。なんでだと思う?」
悦刃は瞳を歪め、意地悪そうに問いかける。
なんで、だとか聞かれても皆目検討もつかないが、さて。
「うーん、ストーカーが正気じゃないからですかね?」
「違う。私が綺麗だからよ」
悦刃はとても愉快そうに、口角を釣り上げる。
ボクは、顔が引き攣るのを堪えるのに必死だった。
確かに、最逝悦刃という少女は綺麗だとは思う。
赤銅色のセミロングヘアはよく手入れがされていてツヤツヤしているし、顔立ちだってキリッとしていて悪くはない。
歳も17くらいで若いし、背がやや高くスタイルもいい。
100人に聞けば、80人くらいは美人だと答えるだろう。
唯一にして致命的な欠点は、性根の悪さが滲み出ているくらいだろうか。
「あはは……やっぱ、美人だと苦労しますね」
「そうねぇ。そこでずっと黙ってるブスとは違って、ね」
「――――――――――――」
びくり、ベニアちゃんが震える。
嘲笑と侮辱。
目の前の女は、それはそれは醜く、薄笑いを浮かべた。
ベニアちゃんは、困ったように笑っていた。
気にしていない、わけがない。
伏せられた目が、彼女が傷つけられたことを雄弁に語っていた。
「……ベニアちゃんはすごく可愛らしくて綺麗ですけどね」
わざとらしく頬杖をつく。
それから笑顔を作って、口を回していく。
「顔立ち、特に目元がいいですね。丸めで柔らかい印象がして可愛いし。
小柄なのも庇護欲を煽っていい。とはいえ守る必要がないくらい十分戦えますけど。
笑顔も素敵だね。野に咲く花みたいに淡くて。鮮烈な高嶺の花もいいけど、ボクは柔らかく親しみやすい無名の花のが好きだな。
あぁ、打ち解けると結構ちょけたり遠慮しなくなるのもいい。一緒にバカやるほうが好きだし。
あと……………………」
「あっそ。もういいわ」
悦刃は興味なさそうにそっぽを向く。
仕返しは、少しでもできただろうか。
「ぁ、あの…………ありがとう、ございます」
「あははっ、どういたしまして」
耳打ちするベニアちゃんに、ボクも同じように耳打ちする。
ベニアちゃんは、さっきと違って元気に笑っていた。
「アンタら、仲いいのね」
目線を合わせないまま、悦刃が呟く。
「その女、どこでアンタと会ったの?」
「どこでって……」
「俄然、興味が湧いたわ。答えなさい」
有無を言わさない口調だ。
一体何が彼女の琴線に触れたのやら。
「ベニアちゃんと会ったのは……仕事でどこぞのデュエルギャングを潰したときだったね」
頭を指で叩いて、記憶を引っ張り出す。
彼女と初めて出会ったのは、今日みたいな夜だったか。
「郊外の廃倉庫でベニアちゃんは…………」
「……あの頃のあたしは、ギャングの愛玩奴隷でした」
ボクの言葉を引き継いだのは、ベニアちゃんだった。
「たぶん、思いつく限りの酷いことは、されたと思います。
タバコを押し当てられたり、お腹を蹴られて胃液を吐いたり、その吐瀉物を食べさせられたり……」
「……右目も、そのときに潰されたんだったね」
「はい……廻理さんと出会った丁度その日に、ギャングのボスに蹴られて、破裂しました」
ベニアちゃんの眼帯の裏に、眼球はない。
目に革靴のつま先が突き刺さり、それ原因で彼女は右の光を永遠に失った。
「ホント、あの女はろくでもなかったね。ベニアちゃんの目を潰すし、他にも女性を何人も暴行、殺害してたし」
思い出すのは、ギャングのボスを務めていたある女のこと。
ベニアちゃんの昔の飼い主だったソイツは、女性を拉致して加害することが趣味のろくでなしだった。
現場で見たのは、何人もの女の人たち。
血まみれで、裸に剥かれて、声もなく泣いていた、女性たち。
歯をへし折られた人がいた。
人間としての尊厳を辱められた人がいた。
心を粉々に破壊された人がいた。
あと少し遅ければ、ベニアちゃんもそうなっていただろう。
ボクが初めて見た彼女は、下腹部にナイフをあてがわれていたのだから。
「…………その人、どうなったの?」
悦刃は相変わらず、目を合わせない。
無表情で、なにを考えているかも分からなかった。
「死んだよ。最期まで煩かったっけな」
「アンタが、殺したの?」
「えっ?うん。仕事だったし」
そう、とだけ言って、沈黙が流れる。
それから数秒経ってハッとする。
「あっ、すいません。殺したとかなんだとか、一般人に言うことじゃありませんでしたね」
「そうね。最悪な話だったわ」
ヤバ。めっちゃ怒ってる。
そりゃこんな話したら不愉快な気持ちにはなるか。
参ったな、どうしよう。
こんなんでも依頼人だし、どうにか場の雰囲気を回復させなければ……。
「ふぅ……まぁいいわ」
心の中で焦っていたボクを尻目に、悦刃が視線を戻す。
彼女は相変わらず無表情だが、さっきよりか僅かには空気が軟化しているように感じた。
「それで、そこの女を拾ったと」
「まぁ……結果的には」
「ねぇアンタ。アンタはコイツに拾われて、幸せ?」
「…………あたし、ですか?」
ベニアちゃんに向き直る悦刃。
当のベニアちゃんは、酷く困った表情をしていた。
「たぶん、幸せで…………得難い幸運だったんだと、思います」
熟考の果ての答えは、『幸運』だった。
「ああそう。良かったわね」
悦刃が吐き捨てるように席を立つ。
それから彼女は大きな靴音と共に会計に向かっていった。
「なんなんだろう、あの子」
「えっと…………すいません、廻理さん」
「ん?どうかしたかな?」
「………………幸せって、即答しなくて……」
「いいよいいよ。『幸せ』って重い言葉だし」
幸せがどれだけ得難く困難かは、よく分かっている。
そもそも100円ちょっとで人殺しをさせられる今が幸せなわけがないのだ。
「こちらこそありがとうね。幸運って言ってくれたの、嬉しかったよ」
席を立ち、そっと彼女に手を差し出す。
「ボクらも行こっか。遅れたら文句言われそうだし」
「は、はい……!」
ベニアちゃんはおずおずとボクの指先を取る。
今は、こんなくらい。
一緒にふざけたりはできるけど、深くはない、か。
でも、まだこのままでいい。
無理に距離を詰めてベニアちゃんを壊すといけない。
最近は元気だけど、彼女の受けた傷を考えれば、いつ心が砕けてもおかしくないのだから。
(『居場所』、ちゃんと作らなきゃな)
あの日のこと。
ベニアちゃんが願ったこと。
ボクがやらなければならないこと。
それをボクはまだ、果たせてない。
頑張らなきゃな、と気持ちを新たにする。
だけどとりあえず今は、ベニアちゃんと目の前の仕事をするとしよう。
悦刃を追って、ふたりで外に出る。
外に広がる夜は冷たくて、不安になるほど暗かった。