※この作品はR-18です。

遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻   作:胡麻野すり子

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第30話 哀の魔法

 

 初めて廻理さんと出会ったとき、彼はとても困った顔をしていた。

 

『連れて行ってくれませんか、ねぇ……』

 

 頭を掻きながらあたしを見る廻理さんは、分かりやすいほど渋っていた。

 たぶん、あたしを自分のいるところに連れて行くのが嫌だったんだと、思う。

 

『お、お願いします……!あたし、帰る場所……なくて……!』

 

『あー……家族が死んじゃってる系?』

 

 もし、あたしのお父さんとお母さんが生きていれば、きっと違う選択をしたのだろう。

 けれどあたしには、帰るべき家族なんて、もうなかった。

 全部、全部、壊れて。残った家族との絆も燃えて、失ってしまった。

 

『身寄りがないのは分かったけどさ、ボクについてこなくたって良いんじゃないかな?

 ほら、施設のお世話になるとかさ?なにも裏デュエル界の人間に頼らなくても良いじゃん』

 

 正論だったとは、今でも思う。

 普通の世界で生きられるなら、そうした方がいいだろう。

 

『…………いやです』

 

 だけどあたしは、正しい方を選べなかった。

 あたしは、あまりにも汚れている。

 純潔じゃない。この手だって血の残り香がする。

 

 根本的に無理なのだ。

 きっとあたしは、まともに生きられない運命にいるのだから。

 

『あたしを、連れて行って……ください……!

 なんでも、しますから……!靴だって、舐めますし……せ、セックスだって……!』

 

『いやぁ、セックスはいいや。キミとやっても心が曇りそうだし』

 

 どうしようもないとばかりにため息をつく彼を見て、あたしは、自分が破綻しているのだと気づいた。

 普通の女の子は、こんなこと言わない。

 身体を売ろうとしてまで、違法な世界に堕ちようなんてしない。

 

 なら……こんなになったあたしは、どうやって普通に生きればいい?

 穢れて、壊れて、欠落したあたしは、どこで生きていけばいい?

 

『…………じゃあ、デュエルしてください……』

 

 焦燥感か、やけくそか。

 ナイフで裂かれた肩を押さえ、歯を食いしばってデュエルディスクにデッキをセットする。

 

『デュエルで勝ったら、あたしを連れて行ってください……!』

 

 我ながら無茶苦茶だ。

 タチの悪いダダをこね、彼を困らせてる。

 でも、ここを逃したら……あたしはもう生きていけない。

 その確信に似た直感が、あたしを稼働させた。

 

『はぁ……まぁいいや』

 

 そしてこんな頭の悪い要求に、彼は乗ってくれた。

 付き合ってあげる意味なんて一切ないのに、彼もまたディスクを構えてくれた。

 

『もしも本当にキミが勝てたら、どこへだって連れて行ってあげるよ』

 

 あぁ、この人はすごく優しい人なんだと、あたしは今更に気づいた。

 同時に、この人なら、とも。

 

『『――――――――決闘(デュエル)!!』』

 

 そうして、あたしと廻理さんの初めてデュエルが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月光とネオンの混ざりあった繁華街。

 居酒屋から溢れる喧騒と、酒場を探す社会人の中。

 数歩前に揺れる赤銅の髪に、ボクらはついて行く。

 

 ツカ、ツカ、ツカ。悦刃(えつば)は振り向くこともなく、足早に進んでいく。

 ベニアちゃんはそのペースに合わせるのに必死だった。

 

 さて、目的地は悦刃の自宅。

 到着するまでにストーカーが現れる可能性もあり警戒はしているが、今のところ釣果はゼロ。

 かかってくれたら楽なんだけど、果たして出てきてくれるか。

 

「…………まだ、なんですかね……?」

 

「うーん、悪いけどもうちょっと頑張って、ベニアちゃん」

 

 疲れた様子のベニアちゃんが口を尖らせる。

 残念ながら、まだまだ彼女には歩いてもらわなければいけなさそうだ。

 

「そう、ですか………………うぅん……ぁー………………えぇっと……」

 

 なにやらベニアちゃんがもごもごする。

 しばしそうしていると、彼女は意を決したように、ボクの袖を引っ張ってきた。

 

「っと。どうかした?」

 

「その…………悦刃さんの、ことですけど……。

 なんというか…………嫌な感じが、するというか……」

 

「それは性格とかの…………あぁ、そういう話じゃなさそうだね」

 

「はい。こう……血の匂いがする、というか…………」

 

「ふむ……」

 

 ベニアちゃんはボクよりも危機に敏感だ。

 特に人殺しの類を嗅ぎ分ける能力に長けている。

 なら、そんな彼女が”嫌な感じがする”と言った最逝悦刃という人物は、何者なのか?

 

「す、すいません……あたしの勘で、変なこと言って……」

 

「あははっ。とても貴重な意見だよ。最逝悦刃には注意しておこっか」

 

 確かに最逝悦刃という人物は怪しい。

 そもそも彼女、どうやってボクらを知った?

 裏の世界にコネがあれば調べられるかもしれないが、じゃあ何故そんなコネを持っている?

 

「ベニアちゃん。ボクから離れないでね。

 それと最悪の場合は自分を守ることを優先するように」

 

「は、はい」

 

 悦刃に聞こえないよう小声で指示を飛ばし、彼女に注視する。

 その後姿からは、なにも分からない。

 

 これがただの杞憂であればいい。

 だが、もし杞憂でないのなら、そのときは……。

 

「あ」

 

 ぴたり。唐突に悦刃が足を止める。

 どうしたのかと目線を向ければ、彼女の先には男がいた。

 

 長身で大柄な、黒いスーツ姿の男だ。

 ソイツは、短く切りそろえられた黒髪と厳つい顔が相まって異様な威圧感を放っている。

 

「もしかして、この人が…………」

 

 悦刃に立ち塞がる男。

 身長は約180cm、年齢は30代、筋肉質。

 事前に聞いたストーカーの特徴と合致している。

 

 釣れたか。

 そう思った次の瞬間、ボクはソイツの手にとんでもない物があるのに気づく。

 

「ッ!?銃――――――!!」

 

 手の中には、拳銃。

 男は無表情のまま銃を構え、躊躇なく引き金を引く。

 

「クソッ!!」

 

 反射的にベニアちゃんを抱え、悦刃を押し倒す。

 響いた銃声は6発。

 間髪入れず、全弾ぶっ放してきやがった。

 

「避けた、か」

 

「おいおいおい、随分な挨拶じゃないか、ストーカー」

 

 立ち上がり、このイカれと対峙する。

 不幸中の幸いとして、ボクもベニアちゃんも悦刃も怪我はなし。

 ただ当たらなかった弾丸は、別の命を貫いていた。

 

 繁華街にいた中年のサラリーマンが胸を貫かれて死んだ。

 OLが腹を撃たれて死んだ。

 大学生のカップルが頭を撃ち抜かれて死んだ。

 

 銃声と死に、夜の『街』が悲鳴が上げる。

 パニックに陥った人々は、飲むのもやめてどこかへ逃げようと慌てふためいていた。

 

「人殺しとか勘弁してよ。目の前で人に死なれると罪悪感がヤバいんだ」

 

「そうか」

 

 ストーカーの男は冷たく言いながら、弾丸を再装填する。

 それから流れるように、男は腰を抜かした女性に銃口を向けた。

 

 不味い。そう思ったときには手遅れだった。

 男は泣いて怯える女性の顔に、6発全ての鉛玉を撃ち込む。

 血が舞って、泣き顔は潰れた。

 穴だらけでぐちゃぐちゃな女性が、冷たい地面に転がる。

 

「辛いか?」

 

「あははっ!ふざけんなって気分だよ!」

 

 コイツが悦刃の言ってたストーカーだとかは、もうどうでもよくなった。

 この手のクズは殺さなきゃ治らない。

 殺意に駆られ、ボクはデュエルディスクを展開する。

 

「悦刃さん、危険だからボクの後ろに――――――――」

 

「はぁ!?こんなところにいられるわけないでしょ!

 ほら、逃げる私を守りなさいよ!」

 

「え?きゃあっ!?」

 

「っ、ちょっと!?」

 

 静止するより早く、悦刃はベニアちゃんの腕を掴んで、引きずるように路地裏に逃げていく。

 本当にままならない。今すぐにでも追いかけたいが…………

 

(このイカれストーカーを放っておけないか……!)

 

 コイツをここで始末しなければなにをされるか知れたものじゃない。

 そして男の方も殺る気な以上、ここから逃げることは不可能だ。

 

「……ストーカーってもっと大人しいと思ってたよ」

 

「ふん……」

 

 男は小さく鼻を鳴らし、デュエルディスクを展開する。

 

「名前を聞いておこう。坊主、お前はなんという?」

 

「遊針廻理。ただのクズ奴隷デュエリスト。

 そういうお前は?」

 

「死者に名乗る名はない」

 

「あっそ。ボクも名乗らなけりゃよかったよ」

 

 恐怖とパニックの繁華街をBGMに、ボクと男は向かい合う。

 

 夜の『街』。

 ネオンと喧騒の隙間。

 

 そうして叫ぶは、決闘の合図。

 

「「――――――――――決闘(デュエル)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先攻は俺からだ。まずは【サイコトラッカー】を通常召喚。

 そして手札の【サイコウィールダー】の効果を発動。

 場にレベル3モンスターがいる場合、このカードを守備表示で特殊召喚する」

 

 サイコトラッカー

 レベル3/ATK1600

 

 サイコウィールダー

 レベル3/チューナー/DEF0

 

「サイキックデッキか」

 

「ああ」

 

 寡黙に男が答える。

 それから男は、ビシリと右腕を伸ばす。

 

「レベル3【サイコトラッカー】に、同じくレベル3の【サイコウィールダー】をチューニング」

 

「来るか、シンクロ召喚……!」

 

 車輪のサイキックが3つの光輪となり、トラッカーを包み込む。

 やがてサイキックたちは眩い閃光となって、より強靭なモンスターへと姿を変えた。

 

「シンクロ召喚、レベル6。【ハイパーサイコライザー】」

 

 現れたのは、二輪の下半身と人型の上半身を持つ、機械じみたサイキック。

 サイコライザーは車輪を回し、赤い眼光でボクを睨む。

 

 ハイパーサイコライザー

 レベル6/ATK2000

 

「【サイコトラッカー】の効果。このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターは、攻撃力が600アップする」

 

 ハイパーサイコライザー

 ATK2000→2600

 

「俺はカードを3枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 ストーカーの男

 ライフ:4000

 手札:なし

 場:ハイパーサイコライザー

 伏せ:3枚

 

 

 立ち上がりはまずまずといった具合で、男がターンを終える。

 

「ちゃちゃっと始末させてもらうよ。ボクのターン、ドロー!」

 

 ……理性で考えれば、今の状況は悪くない、はずだ。

 悦刃を追いかけていたストーカーはボクが足止めし、彼女の傍にはベニアちゃんが付いている。

 

 なにも問題はない。

 ないはずなのに、なんでこんなにも嫌な感じがする?

 

「……モンスターをセットし、【太陽の書】を発動!

 これによりセットモンスター、【クローラー・デンドライト】をリバースし効果発動!

 デッキから【ゴキポール】を墓地へ送り、その効果でデッキの【G戦隊 シャインブラック】を特殊召喚!

 さらに【シャインブラック】の攻撃力以上のモンスターを破壊する!【ハイパーサイコライザー】には退場してもらうよ!」

 

 怪蟲が起き上がり、その背から黒いスーツのヒーローが飛翔する。

 

『ハァーーーーーーーー!!』

 

 シャインブラックは空中で一回転し、蹴りを放つ。

 その足の向かう先には、白銀のサイキック。

 

「ふん。破壊された【ハイパーサイコライザー】の効果発動。

 墓地の種族・属性が同じチューナーとチューナー以外のモンスターを手札に回収する。

 戻れ、【サイコトラッカー】、【サイコウィールダー】」

 

 シャインブラックが飛び蹴りによりハイパーサイコライザーの首を刎ねる。

 が、死の間際にサイコライザーは分裂し、2体のサイキックとなって手札に戻っていった。

 

「サルベージされたか……けど問題はない!

 バトルフェイズ!【デンドライト】と【シャインブラック】でダイレクトアタック!」

 

「通さん。トラップ発動、【和睦の使者】。このターン、俺が受ける戦闘ダメージはゼロになる」

 

 飛びかかる虫たち。

 けれどそれらは、男を切り裂く前に弾かれる。

 

「流石に決められないか……まぁいいさ。

 メインフェイズ2。手札を2枚伏せ、フィールド魔法【天威無崩の地】を発動。

 これでターンエンドだよ」

 

 

 廻理

 ライフ:4000

 手札:1

 場:クローラー・デンドライト

   G戦隊 シャインブラック

 伏せ:2枚

 魔法・罠:天威無崩の地

 

 

「………………こんなものか」

 

 ぽつり。

 男が呟いた。

 

「こんなもので悪かったね。

 デュエルの腕はそこそこなもので」

 

「ああ。まったく、解せないものだ」

 

「……?」

 

 男は息を吐き、天を仰ぐ。

 それから手で顔を覆って、ぽつりぽつりと語り始める。

 

「少し前、俺の恩人が死んだ」

 

「なんの話を……」

 

「ボスはいい姉御だったよ。俺に好きなだけ殺しをやらせてくれた。

 気に入った女は好きなだけくれたし、随分とお世話になったものだ」

 

 指の隙間から男の顔が覗く。

 暗く、ギラついた目だ。

 怒りや憎悪の色の目が、ボクを睨んでいる。

 

「なぁ、分かるか?遊針廻理?

 お前に惨殺された女の話だよ」

 

「…………お前、あの女のシンパか」

 

 少し前、女、ボス。

 その条件に当たる人物に、心当たりがあった。

 あの女だ。ベニアちゃんの昔の飼い主だった、あの女だ。

 

「じゃあなんだい?お前はあの女を殺したボクに復讐を――――――」

 

 そこまで言ったところで、強い違和感に襲われる。

 

「――――いや待て。だったらなんで、お前は最逝悦刃のストーカーをしている?」

 

 コイツがなんなのかは分かった。

 ボクを恨む理由も理解はできる。

 

 理解できないのは、この状況。

 もしボクが憎いなら、ストレートにボクを狙えばいい。

 ボクへの復讐が目的なら、どうして悦刃を追い回す必要がある?

 

「ボスは、綺麗な女だったよ」

 

 最悪な予想が、脳内で組み上がっていく。

 

「腰まで届く長い赤髪が綺麗だった」

 

 その予想はまた最悪なくらいに美しく、筋が通っていた。

 

「俺はお(・)前(・)ら(・)を憎んでいる。

 だが、俺以上にお前らを憎む人がいる」

 

 勘弁してくれよと、祈るように。

 次の言葉を、待つ。

 

「俺は、その人の使い走りにすぎない」

 

 その言葉は、確証を得るには十分だった。

 コイツが誰の指示でここにいるのか。

 裏で糸を引いているのが誰なのか、理解できてしまった。

 

「――――ッ!!」

 

「おっと逃さんぞ。そういう命令なんでな。

 お前はここで、ゆっくり待てばいい」

 

 男が顔から手を離す。

 

「そう――――ベニアが惨たらしく死ぬのを、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたしは腕を掴まれ、路地裏を走らされていた。

 

「ちょっ、悦刃さ……どこに、行くん、です……!」

 

 狭いところを無理やり走らされているせいで、壁や室外機に身体が当たっていく。

 痛いし、キツイし、止まってほしいのに、彼女はあたしの声なんて聞かず、路地の奥へ奥へと走っていった。

 

 走って、走って、息が切れても走らされて……。

 そうしてあたしたちは、開けた場所に出る。

 

「…………着いたわ」

 

「げほっ!ごほっ!……つ、着いた、って…………」

 

 むせつつもどうにか息を整える。

 ここは、郊外の道路沿いだろうか?

 繁華街の喧騒とは正反対の、静かで暗い場所だ。

 

「おっ、来た来た」

 

「やっと俺たちの出番か」

 

「っ!誰ですか!」

 

 暗がりから屈強な男たちが現れる。

 明らかに普通じゃない雰囲気だ。

 ソイツらはあたしたちを囲み、ジリジリと迫ってくる。

 

「くっ……!悦刃さん、あたしの背中に…………がっ!?」

 

 頭に衝撃が走る。

 硬い物で思い切り殴られたような、激痛。

 それを背後から受け、あたしは思わず倒れてしまう。

 

「な、ん……で…………」

 

 痛みで揺れる視界に映ったのは、悦刃さんだった。

 鉄パイプを手にして、あたしを見下ろす悦刃さんが、いた。

 

「まだ意識はあるわね。良かったわ、まだ楽しめるから――ねッ!!」

 

「あぎゃっ!?」

 

 鉄パイプが振り下ろされ、あたしの頭に叩きつけられる。

 けど、それだけじゃ終わらなかった。

 

 顔に振り下ろされ、歯が砕けた。

 鼻もへし折れ、熱いのが溢れた。

 

 顔を庇った腕が、みしりと嫌な音を立てる。

 腹にも、何度も鉄パイプが降り注ぐ。

 金属があばらを軋ませ、柔らかい部分を破壊していく。

 

「あがっ!?ぎぃっ!?ぐ、がはっ!!おぇ!ぎゃあぁっ!!」

 

 何度も何度も殴られて、壊されて、血塗れになる。

 そうやって何十発も殴られたところで、ようやく悦刃さんは停止した。

 

「ぎゃはっ!ぎゃははははははははっ!!

 いい気味ねぇベニアぁ!いい悲鳴だわぁ!!」

 

「ぁぎっ!?!?」

 

 悦刃さんは大笑いし、スニーカーで力いっぱいにあたしの顔を蹴り上げる。

 あたしは反応することもできず、無様にアスファルトの上を転がった。

 

「あん?目、潰せなかったかしら?まあ後で潰せばいいわね」

 

「ひゅ、ぁ、あぁ……なん……でぇ…………!」

 

 血で濁った目で、必死に悦刃さんを睨む。

 痛みでろくに息もできなくて、空気が抜けるみたいな声しか絞り出せなかった。

 

「なんで?全部アンタとあの男のせいだからよ」

 

 悦刃さんが髪を掴み、無理やりあたしを持ち上げる。

 それにより亀裂の入った頭皮がさらに裂け、溢れた血が顔に滴った。

 

「アンタは黙って姉さんに殺されてりゃ良かったのに……!

 あの男は姉さんにぶち殺されてりゃ良かったのに!!

 ざけんじゃないわよゴミ共がぁぁ!!」

 

 掴まれたあたしの頭が、アスファルトに叩きつけられる。

 硬い地面が衝突して、くぐもった悲鳴が漏れる。

 

「ねえ、さ………………まさ、か……あなた、は……」

 

「えぇ。そうよ」

 

 押さえつけられた顔に、彼女の顔が近づく。

 そのときの彼女は、心底歪んだ顔をしていた。

 

「私は、アンタの飼い主だった女の妹。

 遊針廻理に殺されたギャングのボスの、妹。

 それが私――――最逝悦刃よ」

 

 そう吐き捨てて、彼女はあたしから手を離す。

 

「連れて行きなさい」

 

「へい、分かりました」

 

「オラ行くぞクソガキ!」

 

 今度は周囲の男たちがあたしを掴んで引きずっていく。

 向かう先には、黒塗りのバンが停めたあった。

 

「さぁ、アンタには地獄を見てもらおうかしら。ねぇ、ベニア?」

 

 あたしを放り込んで、車のドアが閉まる。

 向かう先を考える気力は、もう残っていなかった。

 

 ひとつ確かなのは、あたしはなにからも逃れられなかったということ。

 あの女からも、不幸からも。

 そして、運命からも。

 

 やがて車は走り出す。

 あたしは、心地の悪い振動に揺られて……

 そこであたしの意識は、おぼろに消えていった。

 

 

 

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