※この作品はR-18です。

遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻   作:胡麻野すり子

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第31話 ガラスの傷跡

 黒鉄の機竜が吼える。

 嘲笑と災厄が降る。

 電子の閃光がほとばしる。

 虫が蠢き這い回る。

 

 死にかけの身体に鞭を打って、あたしが今出せる全部を出す。

 眼孔の激痛を誤魔化し、裂傷から溢れる血液から目をそらし、精一杯に戦う。

 そうやって、戦って、戦って、戦って…………。

 

 結果は――――――あたしの、負けだった。

 

 手も足も出なかった。

 本気を出せなかったとか、【ダークナイト】や【地縛神】が出て来たがらなかったとか、そういう言い訳も使えない。

 

『………………ぁ……ぇっと……』

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 頭の中を巡るのは、それだけ。

 

 終わり、絶望、真っ暗、死、不安……。

 色んなものでぐちゃぐちゃになりつつある中。

 彼はなにも言わず、ただあたしを眺めていた。

 

 それを見た瞬間、あたしはゴミみたいな閃きをした。

 

『……負けたら、諦めるって……言ってません……』

 

 なんて酷い、屁理屈。

 最低最悪なちゃぶ台返し。

 こんなの通るわけがない。

 軽率な発言を死にたくなるほど後悔して、あたしは彼の言葉に怯えて……

 

『あははっ。なるほど、これは一本取られたな……。

 しょうがない。連れてってあげるよ』

 

 彼は、笑っていた。

 予想外の反応に、あたしは間抜けな声を漏らしてしまう。

 

『なにその反応。キミが望んだんでしょ?』

 

 呆れたような優しい顔が、そこにあった。

 疑いたくなるほど都合がよくて、でもその疑いを晴らすような、優しい笑顔があった。

 

『は、はい……!よろしく、お願いします……!』

 

 この出会いは、奇跡みたいな幸運。

 あたしを助けてくれた、彼と出会えた、最も得難い幸運。

 

 こうしてあたしは、廻理さんに連れて行ってもらって。

 そして廻理さんの後輩として――――

 

 ――――彼に寄生するように、生き永らえている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊針廻理は、面白いくらいに焦っていた。

 コイツは俺の裏にいる人物を、察してしまったのだろう。

 どうにか不敵な笑みを保っているが、頬に汗が伝っているのを俺は見逃さなかった。

 

「主犯は最逝悦刃(さいけ えつば)。お前はその仲間。

 動機はボクへの復讐……これで合ってるかい?」

 

「ああ、正解だ。賢いじゃないか」

 

「クソみたいなお世辞をどうも。で、最逝悦刃は何者だい?

 お前と同じであの女のシンパか?あるいは――――

 ――――――あの女の妹か」

 

「ほう。それも正解だよ、坊主。よく分かったな」

 

「あの女も最逝悦刃も同じ髪色だ。

 だからお前は髪の話をしたんだろう?」

 

「なかなか利口じゃないか。大正解だ、拍手をしてやろう」

 

 俺のやる気のない拍手が、人のいなくなった繁華街に鳴る。

 

「復讐のターゲットはボクと……ベニアちゃんか。

 彼女も狙ったのは、あの女が殺された現場にいたから、ってところかな?」

 

「ああ、それもあるな。だが一番の理由は、あのクソガキが幸せそうにしてたからだよ」

 

「幸せそう……?」

 

「優しい先輩に可愛がられて、楽しそうにしていたじゃないか。

 奴隷として愛玩されていたときは、媚びへつらった不細工な笑顔しか作れなかったくせにな」

 

「…………お前、昔のベニアちゃんを知っているのか?」

 

「そうだな。1年ほど前、アイツを可愛がってやったよ。

 殴りながらやるといい悲鳴を上げたんで、よく覚えている。

 そうそう、ベニアには色々と奉仕の仕方を仕込んでやったよ」

 

「…………………………」

 

 少年からの声は、なかった。

 沸点はとうに超えているだろうに。

 どうやら上手く言葉が作れていないらしいな。

 

「あの女が気に入っているならお前も使ってやるといい。

 ベニアはマワし過ぎて緩くなったが、求めれば簡単に身体を開くだろう。

 軽い女だからな。アレは誰にだって身体を許す」

 

「…………お前らが、あの子をそんな風に壊したんだろ」

 

「なんだ、怒ったのか?意外と短気なんだな」

 

 少し煽ってやれば、少年は怒りを露わにする。

 愉快だ。今頃コイツは、腸が煮えくり返っている頃だろう。

 

「とはいえ、お前がベニアを抱くことはできないだろうな。

 ここで、俺がお前を仕留めるからな」

 

「……やれるもんならやってみなよ」

 

 遊針廻理は深呼吸をして、ディスクを構え直す。

 それを確認してから、俺はデッキに指をかけた。

 

「デュエルを続けよう。俺のターン、ドロー。

 【メンタルプロテクター】を召喚。

 手札の【サイコトラッカー】と【サイコウィールダー】の効果発動。

 レベル3モンスターがいる場合、このカードたちは特殊召喚できる」

 

 メンタルプロテクター

 レベル3/ATK0

 

 サイコトラッカー

 レベル3/DEF0

 

 サイコウィールダー

 レベル3/チューナー/DEF0

 

「効果モンスターが特殊召喚されたことで【天威無崩の地】の効果発動。

 デッキから2枚ドローする」

 

「なかなかどうして抜け目ないじゃないか。だが、ドローでは俺は止められない。

 レベル3【メンタルプロテクター】と同じくレベル3の【サイコトラッカー】に、レベル3【サイコウィールダー】をチューニング!」

 

 再びサイコウィールダーが光の輪となり、今度は2体のサイキックを取り囲む。

 光輪に包まれたプロテクターとトラッカーは閃光となって、生まれ変わる。

 

「シンクロ召喚、レベル9!【メンタルオーバー・デーモン】!」

 

 光を裂いて現れるのは、白い鎧に身を包んだ超常の悪魔。

 ヤツに引導を渡す1枚だ。

 

 メンタルオーバー・デーモン

 レベル9/ATK3300

 

「シンクロ素材にされた【サイコトラッカー】と【サイコウィールダー】の効果発動。

 【メンタルオーバー・デーモン】の攻撃力を600アップし、このカード以下の攻撃力を持つモンスターを破壊する。

 【G戦隊 シャインブラック】を破壊。今度はお前が消えてもらうか。」

 

 メンタルオーバー・デーモンから力が溢れ、青色のスパークとなってほとばしる。

 力の奔流は留まることを知らず、やがて念動力となって黒スーツのモンスターを襲う。

 

「無駄だ!【天威無崩の地】のもう1つの効果!

 このカードがある限り効果モンスター以外の表側表示モンスターはモンスター効果を受けない!」

 

 不可視の力がシャインブラックを捉えることはできなかった。

 黒スーツは大げさに回転し、溢れるスパークのことごとくを避けていく。

 

「しぶといな。だが終わりだ。

 バトルフェイズ、【メンタルオーバー・デーモン】で【クローラー・デンドライト】を攻撃!」

 

 超常の悪魔が羽を広げ、飛ぶように怪蟲に襲いかかる。

 

「この瞬間にリバースカード発動!【シンクロ・ストライク】!

 シンクロ召喚したモンスター1体の攻撃力を、エンドフェイズまでシンクロ素材にしたモンスターかける500アップする!

 これにより【メンタルオーバー・デーモン】の攻撃力は5400となる!」

 

「やらせるか……!トラップ発動!【ブービーゲーム】!

 この戦闘で発生するダメージを0にする!」

 

 悪魔の拳が怪蟲を貫き、青いスパークが爆ぜる。

 その電光は廻理を突き刺し殺そうと殺到する。

 だが、電光は空から降るステッカーの雨に阻まれてしまう。

 

「殺せないか。まぁいい。

 メインフェイズ2に移行しリバースカード発動、【サイコ・チャージ】。

 墓地の【サイコトラッカー】と【サイコウィールダー】、【ハイパーサイコライザー】の3体をデッキに加え、2枚ドロー。

 マジックカード【光の護封剣】を発動し、2枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 ストーカーの男

 ライフ:4000

 手札:なし

 場:メンタルオーバー・デーモン

 伏せ:1枚

 魔法・罠:光の護封剣

 

「露骨な遅延を……!」

 

「護封剣のことか?人聞きが悪いな、これも戦術だろう」

 

 遊針廻理の場には、無数の光の剣が檻のように突き刺さっていた。

 この護封剣がある限り、奴は攻撃することもできない。

 

「ボクのターン、ドロー……!」

 

「急ぐといい。今頃ベニアは悦刃のお嬢に誘拐されていることだろうからな」

 

「クソが……!【九字切りの呪符】を発動!手札の【機怪神エクスクローラー】を捨て、デッキから2枚ドロー!」

 

「お嬢はお怒りだ。これからベニアになにをされるか、俺は考えただけでも恐ろしいよ」

 

「モンスターをセットし【星遺物の傀儡】を発動!セットモンスターを表側守備表示に!

 リバースした【クローラー・レセプター】の効果でデッキから【クローラー・アクソン】を手札に!」

 

「なぁ、なにをされると思う?畜生のように犯されるか?残った目玉をくり抜かれるか?腹を掻っ捌かれて中身をかき混ぜられるか?」

 

「言ってろ!フィールド魔法【星遺物に差す影】を発動!

 その効果で手札の【クローラー・アクソン】を裏側表示で特殊召喚!」

 

 今の遊針廻理にあるのは焦りだけだろう。

 コイツも所詮はガキだ。

 大事な大事な後輩とやらが危ないとなれば、すぐに余裕をなくす。

 

「手札の【夢蝉スイミンミン】を特殊召喚し効果発動!

 フィールドのモンスターの表示形式を変更する!起きろ!【クローラー・アクソン】!」

 

「必死だな。そんなにもあのアバズレが大切か?」

 

「【アクソン】のリバース効果!フィールドの魔法・罠1枚を破壊する!

 【光の護封剣】を破壊だよ……!」

 

 地面からおぞましい形状の虫が這い出し、光の剣を食い荒らしていく。

 虫食いになった護封剣の籠では、もはや封じ込めは不可能だった。

 

「ほう……突破するか」

 

「ここで時間食ってる場合じゃなくなったんだよ……!

 【アクソン】と【スイミンミン】をリンクマーカーにセット!

 リンク召喚!リンク2!【甲虫装機(インゼクター) ピコファレーナ】!」

 

 2匹の虫が夜空に開く藍色の門に吸い込まれ、新たなるモンスターを呼ぶ。

 そうしてストンと舞い降りたのは、桃色の飾りを付けた女性のような虫だった。

 

 甲虫装機 ピコファレーナ

 リンク2/リンクマーカー:左下 右下/ATK1000

 

「【ピコファレーナ】の効果発動!墓地の昆虫族3体をデッキに戻し、1枚ドロー!」

 

「ここで1ドローか。いいカードは引けたか?」

 

「ああ見せてやるよ……!マジックカード発動!【ミニマム・ガッツ】!」

 

 問いの返答は、カードだった。

 

「【ピコファレーナ】をリリースし、お前の【メンタルオーバー・デーモン】の攻撃力をエンドフェイズ時まで0にする!

 さらに選択されたモンスターが戦闘で破壊され相手の墓地へ送られた時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージをお前に与える!」

 

 ピコファレーナが桃色のリボンを振るい、メンタルオーバー・デーモンを縛り上げる。

 拘束された悪魔は、格好の的。

 そんな悪魔の前に、黒い影が迫る。

 

「くたばるがいいさ!【シャインブラック】で【メンタルオーバー・デーモン】を攻撃!」

 

 シャインブラックが夜空へ飛翔し、月光を背に飛び蹴りを放つ。

 この攻撃が通れば、シャインブラックの攻撃力2000と、メンタルオーバー・デーモンの攻撃力3300の計5300ダメージを喰らい俺は死ぬだろう。

 

「残念だったな。トラップ発動【攻撃の無力化】」

 

 黒い影の蹴りが悪魔を捉えることは、できなかった。

 突如として壁が出現し、シャインブラックをあっさりと弾き返したのだ。

 

「【シャインブラック】の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する」

 

「チッ!仕留め損なったか……!」

 

「そう焦るな。もっと俺と遊ぼうじゃないか」

 

 遊針廻理は歯噛みをする。

 順調だ。俺はこのまま、時間稼ぎに徹すればいい。

 お嬢の命令は、『ベニアを攫うまでの時間稼ぎ』。

 そして『遊針廻理の殺害』。

 この調子で粘っていれば、どちらも問題なく達成できるはずだ。

 

「どうしてお前が姉御を殺せたのか理解できん。

 これなら俺でも殺せるではないか」

 

「そう思うんなら殺してみろよ」

 

「ふん。ならば殺してやろう。お嬢にもお前の首を持ってくるように言われている」

 

「無理難題を言われたな。

 ボクはカードを1枚伏せ、そのままターンエンドだ。

 ほら、さっさとお前のターンを始めなよ」

 

 

 廻理

 ライフ:4000

 手札:なし

 場:クローラー・レセプター

   G戦隊 シャインブラック

 伏せ:1枚

 魔法・罠:星遺物に差す影

      星遺物の傀儡

 

 

「俺のターン…………おっと」

 

 ターンを始めたその瞬間、ディスクから着信音が鳴った。

 

「悪いな、電話だ。失礼しよう」

 

 一方的に断りを入れ、電話を取る。

 スピーカーにすれば、ハスキーな少女の声が流れてきた。

 

「はい、いかがしましたか?お嬢」

 

『ねぇ、まだ殺せないわけ?こっちはもう終わったわよ』

 

「申し訳ありません。すぐ終わらせるんで……」

 

 背筋を正して謝罪を並べる。姉御に似て手厳しいことだ。

 とはいえ恩のある姉御の妹だ。それにお嬢は、俺を重用して好みの女を寄越してくれる。

 そんな素晴らしいお方を無下にするなど、どうしてできようか。

 

「えぇ、はい。すぐに遊針廻理を殺しますんで――――」

 

「――――最逝悦刃、そこにいるんだな」

 

 よく通る声が、しんと響き渡る。

 そちらを見れば、一切の笑みを消した少年の姿があった。

 

『あら?その声、遊針廻理ね。まだ意地汚く生にしがみついているわけ?』

 

「ベニアちゃんをどうしたのさ?」

 

『フフフ……あの肉便器が気になるのかしら?』

 

「もったいぶんないで教えなよ。ベニアちゃんは無事なのかい?」

 

『せっかちねぇ。いいわ、声を聞かせてあげる………………お愉しみのところ悪いけど、ソイツを離してやりな』

 

 ガサガサと環境音がした後、物音と男の声、それとくぐもった少女の声がした。

 微かな呼吸音と擦り切れた少女の声が、電話の向こうで行われた”お愉しみ”を想起させる。

 

『か……ぃ、り…………さ……』

 

「ごめん、ベニアちゃん。辛い思いをさせてるね」

 

 遊針廻理は努めて優しく、電話へと語りかける。

 心に染み込むような、柔く、暖かな声色。

 聞いていると安心できる、悪魔みたいに甘い労り。

 

 だが……その優しい声を出す少年の顔は、まったくの無表情だった。

 底冷えするような顔をして、喉だけで温かい声を吐く。

 そのミスマッチさが歪で、不気味だった。

 

「すぐそっちに行くよ。だから、ごめん。もう少しだけ生きててほしい」

 

『……………………は……ぃ……』

 

「いい子だね。今度なにか美味しいもの奢るよ」

 

『最期の会話はこれくらいでいいかしら?』

 

 ベニアの蚊のような鳴き声から、悦刃お嬢の凛とした声に切り替わる。

 

『あっ、そうだ…………ちょっと、ハサミ持ってきなさい。

 ……フフフ!今からアンタに面白いのを聞かせてあげる』

 

 電話越しでも伝わるほど、悦刃お嬢は楽しげだった。

 そうして廻理が口を挟む間もなく、ジョキン、と小気味のいい音がした。

 

『――――あ゛ぎゃぁっ!?!?ああ゛ああああ゛あ゛ぁぁ゛ぁ゛ぁぁ゛ぁぁああぁ゛ぁぁぁああぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁああ゛あぁっ!?!?』

 

 つんざくようなベニアの悲鳴。

 喉奥から絞り出される、痛苦の証明。

 

『ぎゃはははははははははははっ!!どうかしら!瞼を切り取られる痛みは!!

 いいわよねぇ!?右目はないくせに瞼が残ってるなんて生意気だもの!!』

 

『あ、ぎっ……!ぉ、あ、あぁ゛ぁ……!!っぐ、ぎぁ、いぎぃぃ……!!』

 

『はー笑った笑った。じゃ、首だけになったアンタと再会するのを待ってるわ。

 くれぐれも、後はよろしく頼むわよ』

 

 プツン、と電話が切れる。

 もうお嬢の声はない。

 あるのはただ、張り詰めた沈黙だけだった。

 

「あっちは楽しそうだな。どうする?土下座して俺の靴を舐めるなら、便宜を図るよう言ってもいいが」

 

 遊針廻理はなにも言わない。

 

「アイツはこれからお嬢の手で報いが与えられるだろうな。

 俺もお前を殺して、さっさとお愉しみに混ざりたいところだ」

 

 遊針廻理はなにも言わない。

 

「ベニアは死ぬ。ケダモノのように凌辱され、思いつく限りの苦しみと共に、地獄へと――――――」

 

「――――――――――あははっ!」

 

 肩を震わせ、俯いていた顔を露わにする。

 それから少年はおもむろに前髪をかき上げた

 

「それは、とっても困っちゃうなぁ」

 

 ――――遊針廻理は、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれが、俺の見る最期の表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 郊外の廃倉庫の中で、あたしは鎖で両手を縛られ、吊られていた。

 周囲には屈強な男たちと、赤銅色の髪の女。

 女……最逝悦刃は手にしたペンチをあたしの口内に突っ込んで、歯を引き抜いてくる。

 

「おぁ……っ!!っ、ぐぅ……ひ、がぁぁ……!!」

 

 

「……流石に反応が薄くなってきたわね」

 

 ペンチと歯が、カランと床に投げ捨てられる。

 最逝悦刃はつまらなそうにため息をつき、それから口元を歪めて。

 あたしの顔を、拳で抉るように殴りつけた。

 

「っご!?おがっ……!?」

 

 骨の軋む感じがする。

 顔面がへこんだんじゃないかってくらいの衝撃だった。

 

「ざまぁないわね。メス奴隷にはお似合いよ」

 

「……っ、はぁ…………あの、女の……復讐、ですか……」

 

「あら?よく分かってるじゃない」

 

 女はあたしの首に右手を添え、思いっきり握りしめる。

 

「姉さんはあの男に殺された……!全身ぐちゃぐちゃに潰されて死んだのよ!

 あんなにも優しかったのに!なんでそんな惨たらしく殺されなきゃいけないのよ!!」

 

 怒りに顔を歪ませ、唾を飛ばしながら、指を首にめり込ませてくる。

 文句のひとつでも言いたいのに、あたしの喉はろくに働いてくれなかった。

 

「姉さんは目障りなパパとママを殺してくれた!私がクラスのゴミを殺したら褒めてくれた!

 いっぱいいっぱい優しくしてくれて、欲しい物は服でもアクセでも女でもなんでもくれたのに!」

 

「……っう……逆、恨みも……たいがい、に……!」

 

「あぁ!?逆恨みですって!?ざけんじゃないわよクソゴミが!!」

 

 怒鳴り声が鼓膜を突き刺す。うるさくってしょうがない。

 どうしてあたしが、こんな馬鹿げた話を聞かされなければならないのだろう。

 そんなあたしの内心を無視して、悦刃は勝手に喋りだす。

 

「あの男さえいなけりゃみんな幸せだったのよ!

 そして許せないのはアンタよ!なんでアンタみたいなゴミが生きてて!私の姉さんは死んだのよぉ!!」

 

 喉を締める力が更に強まる。

 頭に行く血が止まり、意識が遠くなる。

 景色が黒く染まって、死の間際へ落ちていく。

 

 もう後少しで意識が消える。

 そのギリギリのところで、悦刃は指を離した。

 

「だから私は、アンタらに報いを与えてやるのよ。

 遊針廻理を殺して、生き残りやがったアンタも最大限苦しめてから殺してやるわ……!」

 

 悦刃は恍惚とした表情でこれから行おうとする責め苦を考え始める。

 ”男どもに犯させてやる”とか、”ノコギリで生きたままバラしてやる”とか、そんな物騒な案を誇らしげに語る悦刃。

 そんな彼女に対して、あたしは…………。

 

「…………好きに、すれば…………いい、です……」

 

 あたしは、どうでもよさそうに吐き捨てた。

 

「あ?」

 

「……犯すなり…………殺す、なり……いまさら……ですから……」

 

 普通の女の子ならこういうとき、泣いたり、悲鳴を上げたりするんだろうか。

 だけどあたしは、普通の女の子になるには汚れすぎていた。

 

「使われてない、穴なんて……眼孔、くらい…………どうせ、あたしは……穢れて、ますから……」

 

 あたしはとっくに、女としては終わっている。

 そんなあたしがどう使われたって、もう誤差でしかない。

 

「…………アンタ、死ぬのが怖くないわけ?」

 

 死ぬのは………………死ぬのは、怖い。

 こんなゴミみたいな命なのに。

 あたしは、死ぬのがたまらなく怖かった。

 

「……………………さぁ?」

 

 だからこれは、あたしの強がり。

 なけなしで気弱な、精一杯の反抗。

 死にたくないを必死に押し殺し、死んでもいいを演じてやる。

 

「ハッ!膝が震えてるのが丸分かりなのよ!調子乗ってんじゃないわよゴミが!!」

 

 あぁ、やっぱりあたしは、弱いや。

 廻理さんみたいには、いかないなぁ。

 これじゃ、廻理さんに顔向けできないかな。 

 それはなんだか……ちょっと、嫌だな。

 

「……ぺっ」

 

 血の混ざった唾を、最逝悦刃に吐く。

 べちゃり。赤と白が混ざった体液が、女の頬を汚した。

 これでちょっとは、あの人に顔向けできるだろうか。

 

「そう……よぉく分かったわ。アンタ、苦しんで死にたいみたいねぇ……!!」

 

 鬼の形相を浮かべ、女がナイフを取り出す。

 その切っ先があてがわれるのは、あたしの残った眼球。

 目尻に添えられた先端は、これから左目をえぐり出すだろう。

 もしかすると、勢い余って脳まで貫かれてしまうかもしれない。

 

「殺してやる!このクソアマがぁ!!死ね!死ねぇ!!」

 

 ここで、終わりかな。

 あたしの人生、もうお終いか。

 

 思い返せば、ゴミみたいな人生だった。

 飼われ、奪われ、失い、虐げられ、壊されて……。

 ”人”でいられた時間なんて、どれだけあっただろう。

 

 そんな、なんにもない、最低な一生だった。

 最低で、最悪で、なのにしがみついた、命だった。

 

(あぁ、でも)

 

 全部が全部、不幸ってわけでもなかったっけ。

 

(廻理さんと出会えたのは、幸運だった)

 

 拾ってもらったおかげで、あたしは笑うことができた。

 着いていった先で友達ができたりもした。

 本当に、本当に、 あの人と過ごしたこの2ヶ月は、楽しかったなぁ。

 

(ありがとうございました)

 

 心の中で、廻理さんへの感謝を呟く。

 素敵な夢を、あの人には見せてもらった。

 えへへ。欲を言えば、もう少し一緒にいたかったかも。

 

 でも、しょうがない。

 あたしの望みは、叶わないから。

 

 女の手に力が入る。

 せめて最期に楽しい夢が見たくて、目を閉じる。

 暗闇の中、あたしは囚人のように死を待って――――――――

 

「お、お嬢!?」

 

 ふと、男たちの声がした。

 

「あぁ?今いいところなのよ!邪魔すんじゃ………………」

 

 女が押し黙る。

 なにか違和感を覚えて、あたしは恐る恐る目を開く。

 

 そこには、バラバラになった肉と血があった。

 あるいは、男たちの成れの果てがあった。

 

「あははっ」

 

 死体で彩られた倉庫に、カツンと靴音が鳴る。

 ゆっくりと、最逝悦刃は音のしたほうを見る。

 あたしもまた、それにつられて女の目線を追った。

 

「――――やぁ、迎えに来たよ。ベニアちゃん」

 

 その人が映ったとき、あたしの視界はぼやけてしまった。

 にこやかに笑う、紫髪の、少女のような少年が、そこにいた。

 

「ぁ…………」

 

 ――――廻理さんが、来てくれた。

 それが分かった途端、あたしは助かったんだって、安心してしまった。

 

「ば、馬鹿な……!どうしてアンタがここにいるの!?

 アイツは!?私の部下の中で一番強い男を使ったのに、どうして!?」

 

「アイツ?うん、骨のある男だったよ」

 

 廻理さんがポイと、引きずっていたなにかを投げ捨てる。

 そうやって悦刃の足元に転がったのは、頭と骨。

 苦痛に満ちた表情で絶命した男の頭部と、繋がったままの脊髄だった。

 

「ま、背骨以外はグチャッたけどさ」

 

「クソがぁ……!こんな酷い殺し方しやがって!人の命をなんだと思ってるわけ!?

 倫理がないのかこの化け物が!!」

 

「おぉう、地味に傷つくなぁ…………やっぱ殺そっと」

 

 そう吐き捨てる悦刃に、廻理さんはわざとらしく肩を落として見せる。

 それから彼はケラケラと笑って、ディスクを展開した。

 

「ご依頼のストーカーはぶち殺したし、これでお仕事は完了。

 じゃ、あとは依頼人と請負人じゃなくて、人でなしのクズ同士で殺し合おうか」

 

「クズが……!!」

 

 廻理さんが妖しく笑い、悦刃は応えるようにディスクを構える。

 互いの殺気がぶつかり合い、空気が重く軋んでいく。

 

「ベニアちゃんにこれだけのことをやったんだ。

 当然、殺される覚悟はあるよね?」

 

「吠えてないゴミが!二度と喋れないようにしてやる!!」

 

 これから始まるのは、純然たる殺し合い。

 怒り、憎しみ、恨み、殺意。あらゆる感情をカードに乗せ、彼らは命を削り合う。

 

「姉さんの仇!惨たらしく殺してやる――――――」

 

「あははっ!それじゃあ始めようか――――――」

 

 かくして高らかに。

 殺しの始まりの、その言葉が告げられる。

 

 

 

「「――――――――――決闘(デュエル)!!!」」

 

 

 

 

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