※この作品はR-18です。

遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻   作:胡麻野すり子

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第32話 鐘の音を忘れた24時

 

 初めて見たその少女はボロボロで、とてもじゃないが見ていられなかった。

 

 白と黒が混ざった髪の、隻眼の女の子。

 ボクに連れて行って欲しいと頼みこんだ少女。

 

 彼女は必死にカードを操り、次々とモンスターを出してくる。

 その全てが強大で、この少女の地力の高さが伺えた。

 

 だがそれ以上に、彼女は脆かった。

 まるで擦り切れた人形が自壊しながら踊っているような、そんな危うさ。

 いや、壊れ始めているのは身体だけで、心はとっくに破壊されていたのかもしれない。

 それほどまでに、彼女の纏う死の気配は濃かった。

 

『はぁ…………っう……はぁ……っ!』

 

 少女は荒い息を吐いて、朦朧としながらも立ち続ける。

 正直ボクは、なにが彼女を駆り立てるのか、理解できなかった。

 

『……そこまでして行きたいかな?』

 

 彼女が連れて行けとねだったのは、クソみたいな場所だ。

 もちろんこの子が壊れていて、もうマトモに暮らすのが難しいってのは分かってはいる。

 それを考慮しても、例え生き辛さを抱えたとしても、ボクは普通の世界で生きる方がいいと、そう思った。

 

『言っちゃ悪いけどろくなとこじゃないよ。安い金でコキ使われるし、いるのは人間失格のクズばっかりだしさぁ』

 

 結局のところ、ボクのいる世界は彼女が今いる地獄となんら変わらないのだ。

 いつ死んだっておかしくない。そもそも楽に死ねたらいい方という、そんな最低な場所だ。

 知り合う人間はクズか狂人ばかり。どいつもこいつも非人道的だし、犯罪は横行している。

 その上ボクらにやらされるのは、主にそんな狂人どもの始末だ。

 

 絶対に、やめたほうがいい。

 この子は充分に苦しんだのだろう。

 だったらせめて、死ぬときは普通に、安らかに眠った方がいい。

 

『………………それ、でも……』

 

 けれど彼女にとっては、そうじゃなかったらしい。

 

『――――居場所に、なるなら…………どこだって……』

 

 だって彼女の願いは、生き永らえることではなかったのだから。

 

『…………誰かと……一緒、に……』

 

 その願いは、あまりにもささやかだった。

 "居場所がほしい”。

 そんな簡単で小さな願いが、彼女の全てだった。

 

『……はじめて……助けて、くれた…………から……』

 

 きっと彼女にとって、居場所ひとつ得るのはどこまでも遠く、難しい願いなんだろう。

 だから彼女は、たまたま助けられたボクに、こうして手を伸ばしている。

 

 ボクに、彼女を助けられる保証はなかった。

 セキュリティや福祉とは比べ物にならないほど、ボクは頼りない。

 真っ当な生活なんてとてもじゃないがあげられない。

 

 ――――だけど、助けたいと思ってしまった。

 ほんの少しでも、彼女が幸せになる手助けができればと、思ってしまった。

 

 壊れてても、笑えるから。

 欠けていても、幸せは感じられるから。

 狂っていても、救いはあるはずだから。

 

『あー、もう…………キミ、名前は?』

 

『…………ベニア、です』

 

 そうしてボクは、あることを決めた。

 彼女の――――ベニアちゃんの安らげる居場所を作ると。

 この最低な世界で、最低な人生を歩んできた彼女が、心から笑える場所を作るのだと。

 

 いつか彼女の、心からの笑顔が見られたら良いなぁって。

 そんなことを想いながら。

 

 ――――ボクはベニアちゃんの手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の先攻ぉ!私のタァァァァン!!」

 

 血で濁った視界に、深夜の廃倉庫が映る。

 その中で対峙するのは、ふたりの殺人者(デュエリスト)。

 

 廻理さんと、最逝悦刃。

 ふたりは殺意を漲らせ、カードを鋭利な凶器のように突きつけ合う。

 

「【サイキックビースト】を通常召喚!このカードの効果でデッキからサイキック族モンスター、【サイ・ガール】を除外するわ!

 続けて魔法カード【次元の歪み】を発動!除外されている【サイ・ガール】を特殊召喚よ!」

 

 サイキック・ビースト

 レベル2/ATK700

 

 サイ・ガール

 レベル2/チューナー/DEF300

 

「【サイ・ガール】の効果発動!除外されているこのカードが特殊召喚に成功した時、デッキの一番上のカードを裏側で除外する!

 目にもの見せてやるわよ畜生がぁ!レベル2の【サイキックビースト】に同じくレベル2の【サイ・ガール】をチューニング!!」

 

 近未来的な白い服の少女が光の輪となり、超常の獣を取り囲む。

 

「もはや語ることはなし!目の前の外道に裁きを下だせ!

 シンクロ召喚!レベル4!【虹光の宣告者(アーク・デクレアラー)】!!」

 

 光の中から舞い降りたのは、異形の天使だった。

 それは白い身体に、オーロラのような翼を持った宣告者。

 逆恨みで罰を与える、あの女の傍迷惑な御使い。

 

 虹光の宣告者

 レベル4/DEF1000

 

「げぇ、宣告者(デクレアラー)か……。これまた面倒なヤツを持ってきたねぇ」

 

「チィッ!余裕そうにしてんじゃないわよゴミクソがぁ!

 【サイ・ガール】の効果発動!除外されたこのカードがフィールドから墓地へ送られた時、自身の効果で除外したカードを手札に加える!

 私はカードをを3枚伏せてターンエンド!」

 

 最逝悦刃

 LP:4000

 手札:1枚

 場:虹光の宣告者

 伏せ:3枚

 

 ……最逝悦刃のデュエルは、苛烈だった。

 鬼気迫る勢いでカードを叩きつけ、廻理さんを潰そうと全力を注ぐ。

 効果を封じる【虹光の宣告者】と、3枚もの伏せカード。

 その盤面と立ち上る憎悪からは、彼女の本気が伺える。

 

「じゃ、ボクのターン、ドロー」

 

 対して、廻理さんはのんびりとした空気を纏っていた。

 女の殺意に晒されながらもいつもと変わらず、なんともなそうにカードを引く。

 

「ふむ、いつも通り姑息なガン伏せ、といこうと思ったけど…………」

 

 廻理さんが、あたしに目を向ける。

 彼の金の瞳は、普段どおりの優しそうな色彩をしていた。

 

「ま、やめよっか。今夜は派手にいこう」

 

 その瞳の色が上辺だけだってことは、あたしにも分かった。

 廻理さんはいつものように穏やかだ。

 けれどその穏やかさの裏には、研ぎ澄ませた殺気が隠れている。

 

(…………怒って、る?)

 

 殺気立つ廻理さんはたびたび見てきたけど、怒っている廻理さんは珍しい。

 いったいどうしたのだろう?なにが彼の癇に触ったのだろうか?

 あたしには、どうして廻理さんが怒っているのか、分からなかった。

 

「モンスターをセットし、【太陽の書】を発動。セットモンスターを表側表示に。

 リバースした【クローラー・グリア】の効果で、手札からクローラーを特殊召喚するよ」

 

「そこよ!【虹光の宣告者】の効果発動!

 このカードをリリースし、【グリア】の効果の発動を無効にして破壊するわぁ!」

 

 悦刃の指示を受けて、宣告者が虹の光となって四散する。

 広がる光が怪蟲を包み、やがて熱となって焼き殺した。

 

「アンタには身動きひとつ取らせやしないわよ!ざまぁみなさい!」

 

「あははっ。ここで【宣告者】を切った判断は素敵だと言っておこうかな。

 でも――――とんだ悪手だよ!【グリア】の効果発動!!」

 

 壊されてなお、怪蟲は止まらない。

 むしろここからが本番だと、虫たちは這い回る。

 

「表側表示のクローラーは相手の効果でフィールドから離れた場合、デッキからクローラーを2体を裏側表示で呼ぶ!

 来い!【クローラー・デンドライト】、【機怪神(デウス)エクスクローラー】!」

 

「なっ!?クソが!墓地へ送られた【虹光の宣告者】の効果!

 デッキから儀式モンスターを手札に加える!これにより【古聖戴サウラヴィス】を手札に!」

 

「また妨害札を持ってきたか!だが無駄だよ!

 手札から【蟲の忍者―蜜】の効果発動!自分の場に裏側表示モンスターがいる場合、このカードを特殊召喚する! 

 さらに【夢蝉スイミンミン】の効果!自分の場に攻撃表示の昆虫族がいる場合、このカードを特殊召喚するよ!」

 

 デッキから怪蟲が這い出し、手札からは蟲の忍びと蝉が飛び出す。

 それはまるで魔法かペテン。いつの間にか虫たちは増殖し、敵する者を圧倒していく。

 

 狡猾にして不気味。謀略的で暴力的。

 たった一瞬の隙、たったひとつのミスに漬け込み致命を与える。

 それが、遊針廻理という決闘者のデュエルだった。

 

「【スイミンミン】は特殊召喚に成功した場合、場のモンスター1体の表示形式を変更できる!

 これによりセットしていた【デンドライト】をリバースして効果発動!デッキから【影霊の翼(リーシャドール) ウェンディ】を墓地へ!

 【ウェンディ】の効果でデッキからシャドールモンスター、【シャドール・ビースト】を裏側表示で特殊召喚!」

 

「わらわらと雁首揃えてご機嫌ねぇ!

 とっとと来なさい!まとめてその首刎ねてやる!!」

 

「上等じゃないか!けどまだだよ!

 【デンドライト】と【スイミンミン】をリンクマーカーにセット!

 召喚条件は昆虫族モンスター2体!」

 

 廻理さんが天を指差す。

 その延長線上には、幾何学模様の藍色の門。

 そこへ2匹の虫が飛び込めば、幾何学模様が点滅し、門が開かれる。

 

「リンク召喚!リンク2!廻れ!【エクスクローラー・ニューロゴス】!!」

 

 ずるりと現れたのは、ミミズのように細長く、蛇のように凶暴な虫。

 指に似た4本の器官を頭部に持った怪物は、とぐろを巻いて鎌首をもたげる。

 

 エクスクローラー・ニューロゴス

 リンク2/リンクマーカー:左 右/ATK1900

 

「さぁお望みのバトルフェイズだ!

 やれ、【ニューロゴス】!最逝悦刃にダイレクトアタック!」

 

「やらせるかぁぁ!リバースカード発動!【王魂調和】!

 直接攻撃宣言時、その攻撃を無効にする!」

 

 女を潰そうと迫るニューロゴスの前に、眩い光がほとばしる。

 その光は柱となり、それを2つの緑光輪が取り囲む。

 

「まだよ!その後、レベル合計が8以下になるように墓地からチューナー1体とチューナー以外のモンスターを任意の数だけ除外し、レベル合計と同じシンクロモンスターをシンクロ召喚扱いで特殊召喚する!

 私はレベル2【サイキック・ビースト】とレベル4【虹光の宣告者】に、レベル2【サイ・ガール】を除外してチューニング!」

 

「墓地から……シンクロ、ですって……!?」

 

 黄泉から立ち上る光柱より眩く、光輪の回転数はより高く。

 やがて力(フィール)が限界に達したとき、緑のスパークとともに調律は完了する。

 

「規格超常!理を跳び、怨敵の死へと加速しろ!

 シンクロ召喚!レベル8!奪い尽くせ!【PSYフレームロード・Ω】ッ!!」

 

 現れるは、無数の装甲に身を包んだ超人。

 超人はPSYフレームを駆り、夜の倉庫を疾走する。

 

 PSYフレームロード・Ω

 レベル8/ATK2800

 

「PSYフレーム……よりにもよってだな。そんなに妨害札が好きかい?」

 

「ハッ!アンタみたいなクソの邪魔をしてやるのが好きなのよぉ!

 なにもできないままに死になさい!」

 

「冗談じゃないね!メインフェイズ2に移行!ボクは……」

 

「その瞬間に【PSYフレームロード・Ω】の効果発動!

 メインフェイズ時、このカードと相手の手札1枚を次の自分スタンバイフェイズまで除外する!

 アンタの可能性を剥奪してやるわ!!」

 

「だったらボクはお前の手段を根絶する!

 【蟲の忍者―蜜】の効果発動!自分の裏側表示モンスターを表側守備表示にし、このカードを裏側表示する!【機怪神エクスクローラー】リバースするよ!」

 

「馬鹿が!今更カードをひっくり返したところで無駄よ!!」

 

「いいや、リバースした【機怪神エクスクローラー】がいる限り、相手フィールドのモンスターが発動した効果は無効化される!」

 

「なんですって!?」

 

 跳躍しようとするΩの足元から、赤黒い触手が這い出し拘束する。

 見れば廻理さんの背後に、同じ触手の塊が鎮座していた。

 

 機怪神エクスクローラー。ご都合主義の名を冠した虫。

 それは、主人に降りかかる一切の不都合を許さなかった。

 

「流石に封じるさ。カードを1枚伏せてターンエンドだよ」

 

「猪口才な……!エンドフェイズ時にトラップカード【因果切断】を発動!

 手札を1枚捨て、【機怪神エクスクローラー】を除外するわ!

 虫けらごときが神様ぶってんじゃないわよ!!」

 

 操り糸のような触手がバラバラに切り裂かれる。

 都合を超えた因果がその命を絶ち、怪蟲は次元の果てに放逐された。

 

「あーあ、1ターン持たなかったか。

 まぁいいや、あっさり終わるようじゃ殺しがいもないし」

 

 遊針廻理

 LP:4000

 手札:1枚

 場:エクスクローラー・ニューロゴス

   ???(蟲の忍者―蜜)

   ???(シャドール・ビースト)

 伏せ:1枚

 

 ……このターンの間、あたしはほとんど息ができなかった。

 別に廻理さんが心配だったとかじゃない。

 ふたりの殺意に押しつぶされて、息ができなかったのだ。

 

(強い……)

 

 この場を殺意で満たすふたりのデュエリストは、一線を画していた。

 最逝悦刃は廻理さんの手を潰し、相手ターンでのシンクロを見せた。

 そして廻理さんは、その妨害さえも潜り抜けて展開して見せた。

 それでも最逝悦刃はこのターンをノーダメージでしのぎきった。

 

 あたしに、同じことができたか?

 ……無理だ。そう思わせるほど、ふたりの戦いは熾烈だった。

 

「ほざいてんじゃないわよ!殺されるのはアンタよ!」

 

 認めたくはないが、最逝悦刃は二流三流のザコなんかじゃなかった。

 間違いなく一流、それに憎悪を加えてさらなる高みに指をかけている。

 

「あははっ!だったらボクの首を掻っ切ってみなよ!」

 

 相対する廻理さんもまた、間違いなく一流。

 裏の世界で生きてきたその実力は、あたしの知る限りで最恐。

 

(…………互角?)

 

 そんな考えが頭に浮かぶ。

 それくらい、この場は張り詰めていた。

 

 これは、チンピラの喧嘩じゃない。

 誇りある決闘者の決闘でもない。

 学生のお遊びなんてもっての外。

 

 このふたりは、自らの衝動だけに従っている。

 倫理も道徳もなにもかも無視して、ただ己の欲するがままに凶器(カード)を振るっている。

 そこに絶対はない。命の保証なんてない。無事で済む確証もない。

 

 だから、やはりこれは殺し合いなのだ。

 人の法を超越した化け物同士の、命の取り合いなのだ。

 

「私のターン!墓地の【枯鰈葉(カレイハ)リプレース】の効果発動!

 このカードが手札・墓地に存在し、相手の墓地のカードの枚数が自分の墓地より多い場合、自分スタンバイフェイズに特殊召喚できる!」

 

「リプレース……前のターンの因果切断のコストにしていたか」

 

「リバースカードオープン!永続トラップ【ブレインハザード】!

 除外されているサイキック族モンスター、【サイ・ガール】を特殊召喚するわ!」

 

 枯れ葉に擬態した魚みたいなモンスターが蘇り、サイキックの少女が異次元から帰還する。

 来る。直感と警鐘が同時に襲い、はたしてあたしの勘は的中する。

 

「【サイ・ガール】の効果でデッキトップ1枚を除外!

 そして【サイ・ガール】と【リプレース】をリリース!

 アドバンス召喚!【マスター・ジーグ】!!」

 

 マスター・ジーグ

 レベル8/ATK2600

 

 それは物々しいダルマか、鉄の処女か。

 異形。そうとしか呼べない超常の存在が、天に浮かんで廻理さんを見下す。

 

「【サイ・ガール】の効果で自身が除外したカードを手札に!

 喰らいなさい!【マスター・ジーグ】の効果発動!1000ライフを払い――――ごぼぁぉっ!?」

 

 最逝悦刃が宣言を飛ばした、そのとき。

 彼女は身体を折り、口から血の塊を吐き出す。

 

 最逝悦刃

 LP:4000→3000

 

 ライフコスト1000。

 サイコデュエルにおいてそれは、身体の4分の1を削られる痛みに等しい。

 今、最逝悦刃はその激痛に苛まれているのだろう。

 

「っ、クソ、ッタレがぁぁぁぁ!!痛いのよボケぇぇぇぇええぇ!!

 お前お前お前ぇ!お前さえいなければ私がわざわざこんな痛い思いせずに済んだにぃぃぃ!!

 あああぁぁ!!【マスター・ジーグ】の効果ぁ!自分フィールドのサイキック族の数だけ、相手フィールドのモンスターを破壊する!

 テメェの【蜜】と【シャドール・ビースト】を破壊よぉぉッ!!」

 

 女が狂乱し、それに共鳴するようにマスター・ギーグの目が輝く。

 すると空間がぐにゃりと歪んで、影糸の人形と、虫の女忍者を無惨に捩じ切った。

 

「へぇ、根性あるじゃないか。【シャドール・ビースト】の効果発動。効果により墓地へ送られた場合1枚ドローする」

 

「テメェだけ引いてんじゃぁないわよぉ!【マジック・プランター】を発動ぉ!

【ブレインハザード】を墓地へ送り2枚ドロォォォ!!」

 

 猛る。

 最逝悦刃が髪を振り乱し、猛る。

 

 イカれてる。

 痛くないはずがないのに、この女は叫んでいた。

 

 ぞわり。背筋に悪寒が走る。

 コイツは…………超越していた。

 常人の域を振り切り、狂気の域に足を踏み入れている。

 

「バトルフェイズぅぅ!【PSYフレームロード・Ω】で【エクスクローラー・ニューロゴス】を攻撃よぉぉッ!」

 

 Ωがフレームに足をかけ、地面を蹴る。

 瞬間、Ωは電光と共に超加速しニューロゴスに衝突。

 その勢いのまま、怪蟲を打ち砕いた。

 

「くたばりなぁ!ゴミクソがぁぁぁぁッ!!」

 

 Ωの勢いは止まらない。

 怪蟲を砕いても速度はそのまま。

 向かう先には、紫髪の少年。

 

「ヤッバいなぁ」

 

 刹那、廻理さんをΩが轢く。

 超高速のモンスターにぶつかった彼は、堪えられるはずもなく。

 バキリッ、と嫌な音を立てて吹っ飛ばされてしまった。

 

 遊針廻理

 LP:4000→3100

 

「っ…………痛ぁ、肋骨がイったかな」

 

「か、廻理さん…………!」

 

 床に転がった廻理さんは、なんともなさそうに立ち上がる。

 でも、なさそうなだけだ。当然無事なんかじゃない。

 

「ん、と。大丈夫だよ、ベニアちゃん。

 こんなくらいじゃ死なないし!」

 

 不安がっているあたしを気遣ってか、廻理さんは笑顔を浮かべる。

 それから口をもごもごさせて、カランと歯を吐いた。

 

「おっ、ラッキー。親知らずだ。

 抜く手間が省けたよ」

 

 彼はニコニコして、それから2度、つま先で床を叩く。

 

「起きて。【エクスクローラー・ニューロゴス】の効果発動。

 戦闘で破壊された場合、墓地のクローラー2体を裏側表示で特殊召喚する。

 戻っておいで、【クローラー・グリア】、【クローラー・デンドライト】」

 

 ニューロゴスの残骸から、2匹の虫が這い出す。

 死してなお、増殖するクローラー。

 それに最逝悦刃は、地団駄を踏んだ。

 

「畜生がぁ……!なんで大人しく死なないの!このクズ!人でなしはとっと死ねぇ!

 【マスター・ジーグ】で攻撃ぃぃぃ!!」

 

「リバースカード発動。永続罠【星遺物の傀儡】。この効果により【デンドライト】を表側守備表示にし、リバース効果を発動。

 デッキから【ゴキポール】を墓地へ送り、【ゴキポール】の効果によりデッキから【G戦隊 シャインブラック】を特殊召喚」

 

 廻理さんの背後から黒い影が飛び出す。

 それは、害虫のヒーロー。

 黒いスーツに身を包んだそれは、空中で一回転してマスター・ジーグに襲いかかる。

 

「さらに【ゴキポール】の効果。この効果で特殊召喚したモンスターより高い攻撃力のモンスター、【マスター・ジーグ】を破壊するよ」

 

 シャインブラックが雄叫びを上げ、飛び蹴りをマスター・ジーグに突き刺す。

 装甲をぶち割り、バキバキと砕けば、マスター・ジーグは悲鳴に似た音を立てながら爆散した。

 

「悪いけど1000ライフは払い損だ。

 またのご利用をお待ちしてるよ」

 

「この……ッ!カードを2枚伏せてターンエンドぉ!!」

 

 最逝悦刃

 LP:3000

 手札:1枚

 場:PSYフレームロード・Ω

 伏せ:2枚

 

「ボクのターン、ドロー。

 さぁて、どうしてやろうかな」

 

 廻理さんがカードを引き、その手の甲で口元の血を拭う。

 

「チッ。900程度のダメージじゃ倒れもしないか」

 

「あははっ!やせ我慢だよ。カッコ悪いところは見せられないだろう?」

 

 彼がそっと、あたしにウィンクする。

 

「大事な後輩が頑張ってるんだ。先輩が根を上げるわけにはいかないさ。

 いくよ、モンスターをセットし、【星遺物の傀儡】でセットモンスターを表側守備表示に。

 リバースした【クローラー・スパイン】の効果発動。フィールドのモンスター1体を破壊する。【PSYフレームロード・Ω】を破壊」

 

「させないわ!【古聖戴サウラヴィス】の効果発動ぉ!

 このカード捨て、自分のモンスターを対象とする魔法・罠・モンスター効果を無効にするわ!」

 

「サウラヴィスを切ったか。ま、切るよね。切らざるを得ないんだからさぁ!

 【スパイン】と【デンドライト】をリンクマーカーにセット!

 召喚条件はリバースモンスター2体!」

 

 廻理さんが口を歪め、天を指差す。

 その様は、まるで獰猛な怪物。

 

「リンク召喚、リンク2!【サブテラーマリスの妖魔】!!」

 

 笑う怪物が呼ぶのは、地底世界の怪物。

 妖魔は大口を開け、空に向かって咆哮を轟かせる。

 廻理さんは身体を曲げ、地に向けて嘲笑を響かせる。

 

 咆哮と嘲笑、あるいはどちらも怒号か。

 1人と1匹の怪物の合唱が、倉庫を揺らしていく。

 

 サブテラーマリスの妖魔

 リンク2/リンクマーカー:左下 右下/ATK2000

 

「まだまだ!セットしている【グリア】をリバースし効果発動!

 さらに手札の【星遺物―『星鎧』】の効果発動!

 モンスターが反転召喚に成功した時、【星鎧】は手札から特殊召喚でき、デッキから星遺物のカード1枚を手札に加える。

 【星遺物を巡る戦い】をサーチして、【グリア】の効果で墓地の【ニューロゴス】を特殊召喚!!」

 

 地を割って這い出すのは、蛇のような怪蟲と、巨大で空っぽな鎧。

 藍と赤で彩られた鎧に、ニューロゴスはそこが住処であるかのように巻き付いていった。

 

 エクスクローラー・ニューロゴス

 リンク2/リンクマーカー:左 右/ATK1900

 

 星遺物―『星鎧』

 レベル7/ATK2500

 

「【サブテラーマリスの妖魔】の効果発動!

 リンク先のモンスターがリバースした場合、デッキ・墓地からリバースモンスター1体を手札に加える!ボクは【禁忌の壺】が手札に持ってくるよ!」

 

「展開からサーチまで……!

 そのボロボロの身体でよくも……!」

 

「できなきゃ死ぬだろう?もっとも、ボクはそんなに痛かないけどさぁ」

 

「ハッ!なにそれ、お得意のやせ我慢かしら!」

 

「いいや、事実だよ。ボクの痛みは大したことないさ。

 ベニアちゃんに比べたら、こんなの痛くないよ」

 

 ……よく分からないことを言うと、あたしは思った。

 あたしは、痛いのに慣れてるから。

 廻理さんのほうが、絶対にもっと痛くて苦しいはずなのに。

 どうして彼は、痛くないなんて言うのだろう。

 

「というわけで仕返しといこうか!

 バトルフェイズ!【シャインブラック】で【PSYフレームロード・Ω】を攻撃!」

 

「馬鹿が!【Ω】の攻撃力は2800!【シャインブラック】じゃ突破できないわぁ!」

 

「突破するんだよ!速攻魔法【星遺物を巡る戦い】を発動!

 自分フィールドの【星鎧】をエンドフェイズまで除外し、【PSYフレームロード・Ω】の攻守を除外したモンスターのそれと同じだけダウンさせる!」

 

「はぁ!?ということは…………!!」

 

 PSYフレームロード・Ω

 ATK2800→300

 

 天高く座す鎧の天辺に、黒い影がひとつ。

 どこかヒーローを思わせるその虫は、星鎧から勢いよく飛び降りくるりと回る。

 

『ハァーーーーーーーッ!!!!』

 

 雄叫びと共に降り注ぐは、シャインブラックの飛び蹴り。

 Ωは反応することさえもできず、黒い蹴りに貫かれて爆散する。

 

「やれッ!シャインブラック!!」

 

 廻理さんの一声に、シャインブラックは再飛翔。

 その足の先には、最逝悦刃。

 

「――――――――がぁぁッ!!」

 

 シャインブラックの靴底が、女を捉える。

 悦刃は咄嗟に腕でガードしたが、それでも勢いを殺せずゴロゴロと床を転がった。

 

 最逝悦刃

 LP:3000→1300

 

「こん、のぉ……痛い……クソ、がぁ……!!」

 

 砕けそうなほどに歯を食いしばり立ち上がる最逝悦刃。

 押さえる右腕はヒビが入ったのか、青黒く変色していた。

 

「痛い、痛い……けど、けどねぇぇ!こんなもんで死ぬかぁぁ!!

 ぎゃははははは!!トラップ発動【シャドー・インパルス】ゥゥ!!

 自分フィールドのシンクロモンスターが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時、そのモンスターと同じレベル・種族でカード名が異なるシンクロモンスターをエクストラデッキから特殊召喚するわぁ!!」

 

 その罠が作動したそのとき、最逝悦刃の影がひとりでに蠢き姿を変える。

 肥大化し、鋭利な爪と角を作り、羽の形を成す。

 作り変えられたそのシルエットは、悪魔そのものだった。

 

「ぎゃぁはははははッ!!あの不届き者をぉ……私に仇為すクソを、姉さんの仇を、黙らせろぉ!

 来なぁぁ!!【メンタルスフィア・デーモン】を特殊召喚!!」

 

 メンタルスフィア・デーモン

 レベル8/ATK2700

 

「おいおい、これでも殺しきれないのか……!」

 

「ぎゃは!ぎゃははははは!アンタを、アンタらをぶち殺すまでぇ……死んでやるもんですかぁ……ぎゃはは!!」

 

 狂ったように女は肩を震わせる。

 笑う彼女の瞳は、今までで一番光り輝いていた。

 

「……完全に振り切ったか。ここで仕留めきれなかったのは痛恨だな」

 

 廻理さんが前髪をかき上げ、ため息をつく。

 

「メインフェイズ2。【サブテラーマリスの妖魔】の効果発動。

 デッキからリバースモンスターを墓地へ送り、手札の【禁忌の壺】を裏側表示で特殊召喚する。

 それから【グリア】と【シャインブラック】をリンクマーカーにセット。

 おいで、【エクスクローラー・シナプシス】」

 

 怪蟲と虫のヒーローが飛び、藍色の門に吸い込まれる。

 そこから這い出すのは、エクスクローラーの1匹。

 

 エクスクローラー・シナプシス

 リンク2/リンクマーカー:左 右/ATK1800

 

「エンドフェイズ。除外していた【星鎧】が帰還する。

 これでボクはターンエンドだ」

 

 遊針廻理

 LP:3100

 手札:1枚

 場:サブテラーマリスの妖魔

   エクスクローラー・ニューロゴス

   エクスクローラー・シナプシス

   星遺物―『星鎧』

   ???(禁忌の壺)

 伏せ:なし

 

「私の、タァァァン!ドロォォォォッ!!

 トラップカード【サイコ・トリガー】を、発動ぉ!

 自分ライフが相手より下の場合、墓地のサイキック族2体をゲームから除外し2枚ドローする!

 【サイ・ガール】【枯鰈葉リプレース】を除外し、2枚ドロー!!

 【強欲で貪欲な壺】ぉ!デッキトップ10枚を裏側で除外し、2枚ドロォォォォ!!」

 

 不味い。

 今の最逝悦刃は、不味い。

 

 この女は、廻理さんに追い詰められて限界を超えてしまった。

 土壇場でギアをひとつ上げてきたというのか。

 勢いも纏う闘気も殺意も、さっきまでと全然違う……!

 

「目にもの見せてやるわぁ!!マジックカード、【ミラクルシンクロフュージョン】を発動!

 自分のフィールド・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、シンクロモンスターを融合素材とするその融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する!!」

 

 それを聞いて、あたしは戦慄した。

 今度は墓地融合……!?

 コイツ、一体どこまで高みに……!

 

「【PSYフレームロード・Ω】と【マスター・ジーグ】を除外!

 融合召喚!レベル10!【アルティメットサイキッカー】ッ!!」

 

 墓地で混ざり合い、究極と称されたサイキックが姿を現す。

 緑の力を骨で押し込めたような、超常を超えた超常の悪魔。

 今の最逝悦刃に似て、怪物らしい有様の悪魔が吼える。

 

 アルティメットサイキッカー

 レベル10/ATK2900

 

「シンクロしか能がないかと思ったが、融合まで使いこなすか……!」

 

「ぎゃはは!まだまだまだよぉぉぉ!!手札から【サイコウィールダー】を通常召喚!」

 

 サイコウィールダー

 レベル3/チューナー/ATK600

 

「ここでチューナー…………ッ!不味い!

 【星遺物の傀儡】の効果を発動し【禁忌の壺】を表側守備表示に!

 【禁忌の壺】のリバース効果!相手フィールドのモンスター全てを破壊する!」

 

「無駄よぉ!!【エフェクト・ヴェーラー】の効果発動ぉ!

 手札からこのカードを墓地へ送り、【禁忌の壺】の効果を無効化!!」

 

「な……!?」

 

 巨大な壺が起き上がり、その内側に封じられた災厄が解き放たれる。

 嘲笑と共に降るのは、雷の災厄。

 かのサンダー・ボルトと同じ全体破壊。

 

 が、その雷が突き刺さることはなかった。

 ヴェールが悦刃の場を包み、走る閃光を防いでしまった。

 

「これを防ぐか……!!

 【サブテラーマリスの妖魔】の効果で墓地の【グリア】を手札に加える……!」

 

「ぎゃははははははは!!いい顔するようになったじゃない遊針廻理ぃ!

 そうよ、その顔よ!もっと、もっと見せなさい!もっと苦しめ!泣け!泣き喚けぇ!」

 

 最逝悦刃が背を弓なりに反らし、力強く左手を掲げる。

 プレッシャーがより重くのしかかり、大気さえも軋ませた。

 

 なにか、来る。

 とんでもないモノが、来る。

 

 狂笑の先、加速する狂気の臨界点。

 それをぶち抜いた先の怪物が、来る。

 

「レベル8の【メンタルスフィア・デーモン】に、レベル3の【サイコウィールダー】をチューニング!!」

 

 ウィールダーが3つの光輪となり、メンタルスフィアが潜り抜ける。

 輪が象るのは、光の道。

 超常の悪魔はその道を走り抜けるように、強烈な閃光となる。

 

「断罪の時は今!私が女王!私が法!

 その罪を責め立て、最上の罰をもって終焉を下だせ!!」

 

 閃光が、緑の電雷に変わる。

 緑閃は溢れるように拡散し、今、羽を広げる。

 

「シンクロ召喚!レベル11ィ!!」

 

 最逝悦刃の咆哮が、終焉の合図。

 彼女の加速の終着点が、形を為して降り立つ。

 

「超常終点――――――――【サイコ・エンド・パニッシャー】!!!!」

 

 サイコ・エンド・パニッシャー

 レベル11/ATK3500

 

 それは、あまりにも巨大で強大な、怪物だった。

 竜を思わせる尾と翼。

 命を潰さんとする強靭な腕。

 ねじれた角は、まるで王冠。

 

 超常と終焉の断罪者。

 これが、最逝悦刃の最終地点(ジョーカー)。

 

「とんでもないのが出てきたじゃないか……!!」

 

「ぎゃぁははっ!今更怖がったってぇ!後悔したってもう遅いのよぉ!!

 シンクロ素材にされた【サイコウィールダー】の効果ぁ!【禁忌の壺】を破壊よぉ!!」

 

 パニッシャーが叫び、緑色の雷を叩き落とす。

 その落下地点には、先程雷を放った禁忌の壺。

 災厄を封じた壺が、さらなる災厄を持って跡形もなく打ち砕かれる。

 

「クソ……!」

 

「ハッ!ハハハッ!ぎゃははははははぁ!!

 これで、これで終わりぃ!ようやく、お前を殺せるわ!!

 バトルフェイズ!!【サイコ・エンド・パニッシャー】の効果発動!!」

 

 断罪者が目を煌々と輝かせ、天を飛ぶ。

 それは罪を裁く天使か、はたまた逆恨みの報復を下す悪魔。

 

「バトルフェイズ開始時、このカードの攻撃力をお互いのライフの差の数値分アップする!

 レトリビューション・オーバー!!」

 

 歓喜する悦刃。

 それに呼応するように、パニッシャーもまた身体を隆起させる。

 

 サイコ・エンド・パニッシャー

 ATK3500→5300

 

「攻撃力……5300……!?」

 

 断罪者は、正真正銘の怪物になった。

 こんな、こんな攻撃力で殴られたらひとたまりもない。

 バラバラに砕けて、死んじゃう……!!

 

「か、いり、さ――――――――」

 

「殺れぇ!!【サイコ・エンド・パニッシャー】で【サブテラーマリスの妖魔】を攻撃ぃ!!

 デッドリィパニッシュメント!!」

 

 あたしが声を発するより早く、パニッシャーの拳が落ちる。

 妖魔が引き裂かれ鮮血が吹き出す。

 そして、死を告げる鉄拳は、廻理さんへと迫って――――

 

「させるか!手札から【スモーク・モスキート】の効果発動!

 このカードを手札から特殊召喚し、戦闘で発生するダメージを半分にしてバトルフェイズを終了する!!」

 

 タバコの煙が、廻理さんの姿を隠す。

 けれど、断罪者は止まらない。止まってくれない。

 そんなものは知ったことかとばかりに電光を走らせ、腕を振り上げる。

 

「関係あるかぁ!!ぶち殺しなさい!パニッシャァァァァァァ!!」

 

 緑の閃光と共に、拳が振り下ろされる。

 その一撃は、妖魔を潰し、鮮血をぶち撒け、貫いて。

 煙幕の中の廻理さんへと、渾身の力で叩きつけられた。

 

 遊針廻理

 LP:3100→1450

 

 凄まじい衝撃で地面が揺れる。

 砕かれたコンクリートが粉塵となって巻き上がり、周囲を白く染めた。

 

 煙が晴れると、そこにあったのは割れた床。

 大きなクレーター、散らばる瓦礫。

 そして…………人。

 

「あ、ははっ……!そんな、へなちょこパンチじゃ……っ、死なない、よ……!」

 

 真っ赤な人が、ひとり。

 不敵な笑みはそのまま、満身創痍の廻理さんが、そこにいた。

 

 シャツの所々に赤いシミを作り、滴る鮮血が足元に溜まっていく。

 足取りはおぼつかなく、額の出血からどこかで頭をぶつけたのだと分かる。

 

「こんの……!まだ立つのッ!?」

 

「はぁ、はぁ……!当然……でしょ……!」

 

 荒い息をして、フラフラになって、それでも彼は倒れない。

 

「生意気な……!追い詰めているのは私のはずなのに!

 クソッ!メインフェイズ2!【サイコ・エンド・パニッシャー】の効果を使用!

 1000ライフを払い、自分フィールドのモンスターと相手のカード1枚を除外するわ!

 【アルティメットサイキッカー】と【星遺物の傀儡】を除外ぃ!!」

 

 最逝悦刃の命を喰らい、パニッシャーが再度拳を落雷のような拳を落とす。

 轟音と共に粉砕したのは、廻理さんのデッキを回す潤滑油。

 それをピンポイントに、女は打ち砕いてきた。

 

 最逝悦刃

 LP:1300→300

 

「っう!ぐ、ぎぎぎぃぃ……!!ぎゃっ、はは……!!

 カードを1枚伏せて……ターン、エンドぉぉ……!!」

 

 最逝悦刃

 LP:300

 手札:なし

 場:サイコ・エンド・パニッシャー

 伏せ:1枚

 

 悦刃の口から、血液が逆流する。

 1000ライフの代償、命を削った後遺症だ。

 だが、限界なのは、廻理さんも同じ。

 

「いい加減、諦めなさい……!

 みっともなく生きてんじゃないわよ、このゴミがぁ……ッ!」

 

「ヤダよ……バーカ……!」

 

「ざけんじゃ、ないわよ!お前が、姉さんを殺したクセにぃ!!」

 

 血混じりの唾を飛ばして、最逝悦刃が声を張り上げる。

 激怒、憎悪、激昂。喉が裂けんばかりに悪感情を発露し、呪詛を吐く。

 

「もう私は、姉さんと一緒に殺しができない!笑いながら死体を埋めることも、もうできない!

 姉さんを……姉さんを返せぇ!私の姉さんを!姉さんと過ごす日常をぉ!」

 

「あははっ……!知ったこっちゃないな……!」

 

「ッ!この、人でなしがぁぁ!!人殺しがヘラヘラ笑ってんじゃないわよッ!!」

 

 悦刃が髪をガシガシと掻き乱す。

 

「許さない、許せない許せない許せないぃ!!

 なんでアンタらが笑ってんのよ!?楽しそうにしてんのよ!!

 アンタみたいなカスが!ベニアみたいな奴隷が!姉さんは死んだのに!!」

 

 酷い駄々。まるで子どもの癇癪だ。

 そのせいで、廻理さんはあんなになった。あたしもこんなになった。

 本当に、最悪。こんなにも、どうしようもないなんて。

 

「なんでアンタらが、幸せそうにしてんのよぉ!!」

 

「あははっ!…………幸せそうに、見えるのかい?」

 

 廻理さんが、首を傾げてみせる。

 それから彼は、あたしにある問いかけをした。

 

「ねぇ、ベニアちゃん。キミは今、幸せ?」

 

「………………あたし、は」

 

 数時間前にもされた問い。

 そのときは、『幸運』って答えたんだっけ。

 なら、今は――――――

 

「え、へへ…………はい」

 

 今は、『幸せ』だ。

 きっと、あたしはそう思う。

 

「……また……助けて…………くれました……から」

 

 昔のあたしなら、こうなった時点で死んでいた。

 なのに今は、生きている。

 廻理さんが助けてきてくれたから、まだ生きていられている。

 

 だから、『幸せ』だ。

 助けてくれる誰かがいることは、『幸せ』なことのはずだから。

 

「あたしは…………しあわ――――――」

 

「――――――こんなんで満足しちゃダメだよ、ベニアちゃん」

 

 あたしの言葉は、最後まで言えなかった。

 他ならぬ廻理さんに、かき消されてしまった。

 

「毎日3食美味しいもの食べて、学校行って、つまんない授業受けて。

 放課後は友達とデュエルして遊んでさ。

 帰ったらお母さんに出迎えてもらって、お父さんが帰るのを待って、家族でテーブルを囲む。

 それから、温かいお風呂に入って、ふかふかのベッドで寝て、また同じ明日が来る」

 

「え…………?」

 

「これでようやく『普通』なんだよ」

 

 そのときあたしは、横から思いっきり殴られたみたいな気分だった。

 

「キミが今を気に入ってくれてるのはとっても嬉しいよ。

 でも、まだキミは、なんにも取り返せてない」

 

 あたしの深層の足場が崩れていく。

 必死に固めた諦観が、廻理さんの言葉だけで、解けてしまう。

 

 あたしの世界は、絶対に良くなっていた。

 けどそれは、ちょっとマシなだけの、地獄?

 

「心も身体もぶっ壊されて、100円ちょっとの小遣いで人殺しをさせられて、因縁つけられて傷だらけにされる?

 あははっ!冗談じゃない!こんな日々を『幸せ』だなんて言ってやるもんか!!」

 

 もう無理だって思ってたのに。

 あたしは、地獄の中で果てるって思ってたのに。

 例え地獄の中でも、少し笑えるだけで、良かったのに。

 

「だから取り返すんだ!みんなが当たり前に持つ『普通』を!

 それさえ超えた文句のつけようのない『幸せ』を!

 これが、ボクの作る『居場所』だッ!!」

 

 あぁ、あたしの、言ったこと。

 居場所になるならって、あたしの願い。

 廻理さんは、ずっと、ずぅっと、考えててくれてたんだ。

 

「………………求めて……いいん、ですか?」

 

「勝手に手を取って、連れて行くさ」

 

 廻理さんは、酷い人です。

 諦めることは、許してくれないんですね。

 あたしを、期待させちゃうんですね。

 

「あと5分だ。それだけ待ってて。キミを、連れて帰るからさ」

 

「はい……!」

 

 答えれば廻理さんはにっこりと頷いてくれる。

 ちゃんと5分以内かは疑問だけど……でも、結果は変わらない。

 

「ハッ!遺言はそれでいいかしらぁぁ!!」

 

「お前こそ!ボクのターン!ドロー!!」

 

 結果は、廻理さんの勝ち。

 なにがあっても、それだけは絶対に、変わらない。

 

「【グリア】を通常召喚し【スモーク・モスキート】と一緒にリンクマーカーにセット!

 召喚条件は昆虫族モンスター2体!リンク召喚、リンク2!

 繋げるよ、【甲虫装機(インゼクター) ピコファレーナ】!!」

 

 藍色の門から飛び出すのは、蛾を模したスーツに身を包んだ女性型のモンスター。

 ピコファレーナは艶やかにステップを踏み、リボンを揺らす。

 

「【ピコファレーナ】の効果発動!

 墓地の昆虫族3体をデッキに戻し1枚ドローする!

 まだだ!【貪欲な壺】を発動!墓地のモンスター5体をデッキに戻し2枚ドロー!」

 

 勢いよくカードが惹かれる。

 それを見て、廻理さんはニヤリと笑った。

 

「ふん。いいカードは引けたかしら?」

 

「ああ。最高最悪が、来たよ」

 

「ハッ!だったら残念ねぇ!【サイコ・エンド・パニッシャー】は自分のライフが相手のライフ以下の場合、相手が発動した効果を受けない!

 つまりこのカードは、もうどうやったって破壊できないってことよぉ!ぎゃはははははっははははぁっ!」

 

 攻撃力3500の耐性持ちモンスター。

 これほどに絶望的なモノは、そう中々存在しないだろう。

 なのに、なんだか大丈夫な気がするのは……なんでだろうか。

 

「ぎゃはははは!!アンタお得意の効果破壊も、攻撃力ダウンも通用しない!

 詰みよ!詰み!アンタは完全に詰んだの!」

 

「あははっ!だったら話はシンプルだ!」

 

 廻理さんが、構えを取る。

 

「真っ向勝負でぶっ殺す」

 

「はぁ!?そんなことできるわけがないじゃない!!」

 

「やるんだよ!【ピコファレーナ】と【星鎧】をリンクマーカーにセット!

 召喚条件はカード名が異なるモンスター2体以上!

 リンク召喚、リンク3!【熾天蝶(セラフィム・パピヨン)】!!」

 

 再び開かれた門から飛ぶのは、青い羽の蝶。

 どこか神々しささえ感じる熾天の虫が、廻理さんの傍を舞う。

 

「虫けらがうじゃうじゃと!何匹も何匹もキモいのよぉ!!」

 

「いいだろう?何匹も束になれるから、虫は虫だ」

 

 そっと、彼の指が1枚のカードを抜き取る。

 

「フィールド魔法【星遺物に差す影】を発動!

 【差す影】は1ターンに1度、手札からレベル2以下の昆虫族モンスターを特殊召喚できる!」

 

「今更そんな低レベルモンスターを出してなんになるっての!!

 見苦しい真似してないでとっとと死ねぇ!!」

 

「お前を殺せるんだよ!さぁ、おいで――――――」

 

 カードが、ディスクに置かれる。

 廻理さんが、虫を呼ぶ。

 きっと全部がひっくり返る、1枚を。

 

「――――――【パラサイト・フュージョナー】を特殊召喚!!」

 

 現れたのは、虫だった。

 赤紫色の、蜘蛛とも蟻とも呼べない、歪で不気味な1匹。

 見るものをどこか不安な気持ちにさせる、そんな寄生虫。

 

 パラサイト・フュージョナー

 レベル1/DEF0

 

「ッ!?な、なに……!なによ、そのカード!そんな気味の悪いカード、知らない……!!」

 

 背筋に悪寒が走る。

 どうやらそれは、最逝悦刃も同じみたい。

 あのカードは、危険だ。

 そう直感するほどに、その虫は異様な気配を放っていた。

 

「【パラサイト・フュージョナー】の効果発動!このカードは特殊召喚に成功した場合に、このカードを含む融合素材モンスターを自分フィールドから墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する!!」

 

「融合ですって!?けど、【パニッシャー】を倒せるモンスターなんて……!!」

 

 虫は廻理さんの腕に絡みつき、指先へと伝っていく。

 彼はそのまま、寄生虫に絡みつかれた手を、天へと掲げる。

 

「ボクが融合するのは全てだ!

 【パラサイト・フュージョナー】【熾天蝶】【エクスクローラー・ニューロゴス】【エクスクローラー・シナプシス】の4体を融合!」

 

 指先の虫が宙空を舞い、そこへ向かって全ての虫が混ざり合う。

 熾天の蝶、2匹の怪蟲、それらは藍色の渦となり、収縮していく。

 

「4体、融合……!?」

 

 収縮した渦は点となり、そして光と共に拡散する。

 眩い光に思わず目が眩んで……視界が戻れば、そこには結晶の平原があった。

 

「…………綺麗」

 

 廻理さんを取り囲む、彼の髪色と同じ、紫色の結晶たち。

 そして彼の背には、透き通る紫水晶で作られた時計塔。

 カチ、カチ、カチと時計音が鳴る中で、廻理さんは言葉を紡ぐ。

 

「――――時よ止まれと貴女は言う。けれどボクは、まだ見ぬ未来に欲をかく」

 

 結晶が淡く光り、紫の煌めきが夜を彩る。

 その光景は、幻想的で、夢想的で、魔法的。

 中心に佇む彼は、まるでなんだって変えてくれる魔法使いのよう。

 

「残酷なる世界、魔法が如く鳴り響くのは、紫水晶(アメシスト)の石言葉!

 融合召喚!レベル7!」

 

 水晶の時計塔が0時を指す。

 瞬間、時計塔にヒビが走り、その内側にいたモノが露わになる。

 

 時の音を産声とし、結晶の殻を割って。

 降り注ぐ紫色の破片を祝福の雨にして。

 ソレは、呼び起こされる。

 

「針よ、廻れ――――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――【サイバース・クロック・ドラゴン】ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ソレは、とっても綺麗な、紫色の龍だった。

 

 紫水晶で飾られ、雄大な翼で自由自在に宙を飛ぶ。

 その様に目を奪われ、あたしはしばし、見とれていた。

 

 きっとこれが、この人の、切り札。

 綺麗で優しい彼の顔を剥いで出てくる、むき出しの心の象徴。

 世界で唯一、遊針廻理だけの殺意だった。

 

 

 サイバース・クロック・ドラゴン

 レベル7/ATK2500

 

 

「なによ……たった、攻撃力2500……なのに……!

 そのはずなのに、どうして寒気が止まらない……!?」

 

「いくぞ、最逝悦刃……これがボクの全身全霊、ありったけの殺意だ!

 【サイバース・クロック・ドラゴン】の効果発動!

 このカードの融合召喚成功時、その素材のリンクマーカーの合計分だけ自分のデッキの上からカードを墓地へ送る!

 上がれ!マイ・ディア・パルス!」 

 

「墓地肥やし……!でも、そんなことをしたところで【パニッシャー】は倒せない!」

 

「いいや超える!【クロック・ドラゴン】の攻撃力はこの効果で墓地へ送った数かける1000アップする!!

 【ニューロゴス】【シナプシス】【熾天蝶】のリンクマーカーの合計数は7!

 よって7枚を墓地へ送り――――――」

 

 サイバース・クロック・ドラゴン

 ATK2500→9500

 

「――――攻撃力は7000アップする」

 

 紫水晶の龍は、超常の断罪者を悠々と超え、追いつけないほどの高みへ至る。

 あるいは、彼らは最初から、至高にいたのか。

 

 常人の域を振り切り、狂気の域に足を踏み入れても、なお届かない。

 狂気の先の先、果ての果てにある領域。

 一種の極みにさえ近いそこから現れた化け物を、止められる道理は最早なかった。

 

「攻撃力……9500……!?なによ、なんなのよ!その化け物は、なんのよぉぉぉ!!」

 

「これで終わりだ!バトルフェイズ!!」

 

「こんの畜生がぁぁぁぁ!!バトルフェイズ開始時!【サイコ・エンド・パニッシャー】の攻撃力が1150アップ!!」

 

 効果によりパニッシャーの攻撃力はライフの差分上がるが……。

 それでも、4650。あの紫水晶の龍の半分以下でしかない。

 

「私は負けない!私は死なない!ゴミなんかに殺されてたまるかぁぁぁぁ!!

 アンタが死ねぇぇぇぇクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「勝つのは!生き残るのは!ボクらの方だッ!!

 いっけぇぇぇ!!【サイバース・クロック・ドラゴン】で【サイコ・エンド・パニッシャー】を攻撃ッ!!」

 

「させるものかぁあぁぁ!!トラップ発動!【聖なるバリア ― ミラーフォース】ッ!!

 【サイバース・クロック・ドラゴン】を破壊して私の勝ちだぁぁああ!!」

 

 最後の最後で、最悪の罠が作動する。

 半透明な壁が最逝悦刃を守り、聖なる光りが廻理さんたちを焼く――――

 

「そんなわけがあるか!!手札からトラップ発動!!

 カウンタートラップ【レッド・リブート】ォォッ!!」

 

 紅い、紅い、紅(べに)の色が、全てを染め上げる。

 あたしの世界を。壁も、聖なる光も。

 

「ライフを半分払い、相手の罠カードの発動を無効にするッ!!」

 

 そして紅が晴れれば、害なすモノは消えてなくなって……

 ……世界が、再び動き出す。

 

「…………うそ……嘘よ……嘘……これを、かわす……?

 私が、負け…………なんで、なんで……!!なんでなのよぉぉぉぉ!!」

 

「なんで、か」

 

 廻理さんが少しだけ天を仰いで、腰に手をあてる。

 それから、彼は満面の笑みを浮かべた。

 

「あははっ!やり直したいからさ、人生!」

 

 そう言って、廻理さんは歩きだす。

 

「やって、【クロック・ドラゴン】」

 

 クロック・ドラゴンが羽を震わせる。

 カチ、と音がしたかと思えば、魔法にかけられたみたいに、パニッシャーがバラバラになった。

 

「パニッシャー………………ぇっ」

 

 また音がして、今度は最逝悦刃の両足が切り落とされれる。

 女は立っていられず、顔から地面に転んだ。

 

「……あぁぁぁあぁぁぁぁぁ!?わたっ、私の足ぃ……!?

 クソっ、クソぉぉ!ひと、ごろしぃぃ……!しねっ、死ねぇぇぇぇえぇ!!」

 

 絶叫混じりの最逝悦刃に、廻理さんは見向きもしなかった。

 代わりに悦刃の前に現れるのは、紫色の化け物。

 

 クロック・ドラゴンは悦刃を見下ろし、ゆっくりと口を開く。

 そこから覗くのは、紫の熱。

 

「アブラ・ウィスタリア・カタブラ」

 

 クロック・ドラゴンのブレスが放たれ、最逝悦刃を飲み込む。

 その色彩は宝石みたいに華麗で、死のように鮮やか。

 紫色の死が、女の悲鳴も怨嗟も、命も殺し尽くす。

 

 吐息の後には、なにもない。

 綺麗さっぱり、消えてなくなった。

 

 最逝悦刃

 LP:300→0(-4850)

 

「…………4分41秒、か」

 

 あたしの前まで歩いてきた廻理さんが、腕時計を確認して呟く。

 

「ちゃんと時間以内だ」

 

 両手を縛っていた鎖が、断ち切られる。

 突然のことであたしはバランスを崩し、倒れそうになった。

 

「帰ろっか、ベニアちゃん」

 

 そんなあたしを、廻理さんは抱きとめる。

 

「………………はいっ!」

 

 彼の体温と、彼の匂いの中。

 あたしは、きっと心からの笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗闇に覆われた深夜。

 日付も変わった頃の『街』で、ベニアちゃんを背負って歩く。

 

「す、すいません……歩けな、くって…………」

 

「いいよいいよ、甘えてよ」

 

 背中に彼女の重みを感じつつ、人気のない道を進んでいく。

 靴が砂利を踏む音、ベニアちゃんの吐息。

 静かな夜にあるのは、それだけだった。

 

「とりあえず帰って怪我治したら、びっちり稽古つけるからね。

 二度とこんな目に遭わないくらい、キミは強くなんないとね!」

 

「ですね…………ご迷惑、これ以上かけられませんから……」

 

「あははっ。キミのために強くなるんだからね?

 迷惑じゃなくって、自分の命を考えること!OKかな?」

 

「……それは……………………やったこと、ない、です」

 

「そっか。ま、生きててくれるならいいかな」

 

 それから、会話はろくに続かなかった。

 ベニアちゃんはなにを喋れば分かってない感じで、ずっとまごまごしている。

 

「痛かったね、ベニアちゃん」

 

「……大丈夫、です。慣れてる、ので。

 傷で言ったら、廻理さんのほうが……」

 

「ボク?別にボクはそんなにだよ。痛みに耐えられるし」

 

「…………強いん、ですね」

 

「あははっ!キミには負けるよ。あんな怖い目にあったのに、涙ひとつ流さないんだから」

 

 たぶん、どうしようもなく怖かっただろう。

 男たちに囲まれ、イカれた女に狂気を突きつけられ、死にかけたんだ。

 それでも彼女は、泣かなかった。

 

「ごめんね、ベニアちゃん。キミに、辛い思いをさせてしまった」

 

「…………謝るのは、なしですよ。

 あたしだって、迷惑、おかけしましたし……」

 

 ぐったりと、ベニアちゃんがより深く体重をかける。

 力が抜けてるのか、彼女の頭がボクの肩から垂れた。

 

「その…………全部、あの女のせいってことじゃ……ダメですかね……?」

 

「……そうしてもらってもいいかな?」

 

「そうしていただけると、嬉しいです」

 

 ふと、首に回されたベニアちゃんの腕が、ぎゅっとなる。

 

「………………ありがとうございます。廻理さん」

 

「どういたしまして。こちらこそ、生きててくれてありがとう」

 

 ベニアちゃんから、返事はなかった。

 けれど耳元の寝息が、その代わりに答えてくれる。

 

「寝ちゃったか」

 

 もう夜遅いし、彼女も今夜は疲れただろう。

 優しく彼女を背負い直して、極力音を立てないように帰路につく。

 

「長生きしてよ?キミを連れてったのは、なし崩し的だけど……」

 

 ふと、ベニアちゃんの横顔を見る。

 血で汚れて、傷だらけな、けれど穏やかな寝顔が、そこにあった。

 

「……今じゃキミのこと、大切だって思ってるんだから」

 

 ボクの大切な後輩が、幸せになれますように。

 夜空の星は、ボクの願いを叶えてくれるだろうか。

 

 まぁ、いいや。どっちだって。

 星ができてもできなくても、ボクはどうにかこうにか頑張るだけだ。

 

「幸せになろうよ。人生さ」

 

 なんとなく笑って、ボクは帰る。

 夜が明けたら、昨日よりマシな一日が始まって欲しいと思いながら。

 健やかでありたいと思いながら。

 

 ボクはしばし、ベニアちゃんの呼吸を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

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