遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻 作:胡麻野すり子
苦手な方はご注意ください。
では、始まります!
半月が照らす森は、なんだかやけにジメジメとしていた。
まだ6月、初夏に早いと思ったけど、そういうわけでもないらしい。
土から登る熱と、ぬるい風に気持ち悪さを覚えつつ、あたしは黒い木々の隙間を進んでいく。
「うひゃー、悪路だねぇ」
凸凹な道にスニーカーを沈ませて、廻理さんが独りごちる。
露出した木の根を飛び越えるのも億劫そうだ。
「鬼陽子ちゃん、大丈夫?それ、結構高いヒールでしょ」
「問題ありませんわァ!ワタクシ、殺那姉さんほどではございませんが身体能力には自信がありましてよォ!!」
そう言いながら、鬼陽子さんは軽やかに岩を飛び越える。
「ヒャハハァ!いい運動になりますわァ!夜の森林散歩の乙なものですわねェ!」
すごく、元気だ。
彼女のこういうところは積極的に見習っていきたいと思う。
「ひぇぇ……み、皆さん、すごい、ですね……!」
ぜぇぜぇと息を切らせながら、あたしは必死についていく。
ここは既に森の奥深くだ。
成人男性だって、歩き慣れていなければ疲弊するだろう。
それを平然と踏破していくのだから、このふたりはやっぱり凄い。
「ファイトだよ、ベニアちゃん。たぶん、あと少しだから」
「無理は禁物ですが、頑張る貴女も美しいですわよォ!
ワタクシ、全力で応援しますわァ!」
「は、はい……!あたしだって……やれますから……!」
もっと鍛えておけば良かったか。
内心後悔しつつ、廻理さんの5歩後ろくらいに食らいつく。
(昔はそこそこ、動けたのに……)
ギャングに飼われて、体力がごっそり落ちてしまったようだ。
また地縛神を引けるようになったのだし、一度修行し直したほうがいいかもしれない。
弱った身体で神を召喚しようものなら、その重さに耐えられず圧死するだろうし。
そんなこんなで真夜中の森林を進んでいけば、やがてあたしたちは開けた道に出る。
両脇は森で囲まれているが、ある程度整備された土の道だ。
「へぇ。この辺りは人通りがあるのかな?
でもって……アレがターゲットの居城か」
廻理さんの視線の先には、年季の入った洋館があった。
3階建ての大きく立派な建物だ。
「こんな森の奥に……よく、建てましたね……」
「雰囲気はあっていいけどね」
ケラケラと笑う廻理さん。
雰囲気。たしかに雰囲気たっぷりだ。
月を背にした森の洋館は、それだけ聞けば幻想的に見えることだろう。
だが、あたしの視界の先に建つそれは、酷く不穏な空気を纏っている。
「嫌な気配がしますわねェ」
「ですね……積み重なった、屍の臭いがします」
少し空気を吸えば、鼻孔に悪い感じが広がる。
あの洋館からだ。
あそこからは、死が漂っている。
たぶん、というか確実に、ろくでもない。
「ま、細心の注意払ってカチコミするかな」
廻理さんが洋館に向かって歩き出し、鬼陽子さんも続いていく。
あたしもと足を踏み出した、瞬間。
ガサリと森が揺れ、その中から黒い影が飛び出してきた。
「へ――――」
黒いなにかが、凄まじい速さであたしに迫る。
大きい。なにか見えない。目が追いつかない。
避けることもできず、ただ呆然とあたしはそれを眺める。
「危なッ」
黒い影が触れる、間際。
廻理さんが手を掴んであたしを抱き寄せる。
空振りした影はそのままの勢いで森林に突っ込んでいった。
「大丈夫かい、ベニアちゃん」
「は、はい……でも、さっきのって…………」
「鬼陽子ちゃん、見えた?」
「えぇ、バッチリと見えましたわァ!」
彼女の目線が森の中へと注がれる。
そこではガサガサと音がして、絶えず茂みが揺れていた。
「ボクは犬に見えたんだけど、キミはどう?」
「ワタクシも犬だと思いますわァ!
ただし、野犬ではなさそうですわねェ!」
茂みから、黒い影が再び覗く。
ギラギラとした目のソレは、汚れた体毛と三角の耳を生やし、刃物のような尻尾を垂らす。
その外見は、ふたりの言うように犬のようだった。
けれど、普通の犬ではない。
なにか、違和感がある。
「骨格と立ち方が犬のソレじゃないな。
これは…………!?」
犬のようなモノは強靭なバネのように飛び出し、廻理さんに襲いかかる。
廻理さんはデュエルディスクを盾にして、鋭利な爪を受け流した。
「手が人間の……!いや、コイツの腕……!?」
土の上に転がる犬のようなモノに、目を見開く。
ソレの左の前足は、異様に肥大化していた。
いや、より正確に言えば、デュエルディスクのカタチをしていた。
よく見れば身体つくりもおかしい。
前足の指は人間のように長く、後ろ足も二足歩行が可能な形状をしている。
あたしの知っている犬という生物は、こんなのではなかったはずだ。
ならば、ここであたしたちを襲ってきたこれはいったい……。
「おいおいおい……まさか闇医者だからって改造したとかじゃないだろうね……!?」
「そ、そんなことができるんですか!?」
「ありえなくはないかと思いますわァ!
うちのドクターだって頑張ればできそうですもの!」
「ウゥゥ……!コロス……!コロスゥ!!」
「「「しゃ、喋ったァァーーーー!?!?」」」
3人揃って驚愕する。
まさか人語まで喋れるなんて。
これじゃ本当に人間みたいじゃ……!
「シネェェェ!!」
「ちくしょう凶暴だ!」
廻理さんが人間みたいな犬の腕を掴み、森へ投げ飛ばす。
犬のようなモノは暗闇に放り込まれて見えなくなるが……枝葉のざわめきを見るに、まだこちらを狙っているみたいだ。
「あんま動物に暴力は振るいたくないんだけどなぁ……!」
「心中お察ししますわ。して、どういたしますの?
ワタクシは洋館に逃げ込むのがベターかと考えますけれど」
「うーん……デュエルで落ち着かせようかと思ってたけど、そっちのがいいか。
奴さん、ディスクはあってもやる気があるかは分かんないしね」
廻理さんが森の方に一歩だけ近づき、あたし達に目配せする。
「
「殿って……大丈夫なんですか……?」
「あははっ!問題ないよ!ボクを倒すならあと30匹は連れてこいって話さ!」
高らかに笑う廻理さん。
その正面の茂みが轟くように揺れ、三度黒い影が飛び出してくる。
「来なよ!しっかり躾けてやるさ!」
――来たのは、一面を埋め尽くす犬のようなモノの群れだった。
1匹2匹という話ではない。あまりにも多すぎる。
ざっと見てみたが、おそらく30匹以上はいるように見えた。
「なにぃーーーー!?!?」
廻理さんは為す術もなく犬の群れに飲まれる。
塊が彼を覆い尽くし、悲鳴が吠え声にかき消されていく。
やがて廻理さんは、黒い群れに引きずられるように、森の奥深くへと連れて行かれてしまった。
止めようと手を伸ばす暇さえない、早業だった。
「か、廻理さん!?廻理さぁぁーーーーーーーん!!」
彼の名を呼んでも、返事はない。
「死んだ」。あたしの脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
「なんてこったですわァ!しかし!危機的状況に変わりはありませんわァァ!
逃げますわよベニアさん!このままでは廻理さんの二の舞い!セカンドダンス!
つまりはヤベーですわよォォォォォォォ!!」
「は、はい!……でも廻理さん放ってていいんですか!?」
「あの人なら自力でなんとかしますわ!
今は我が身ですわよォ!」
「それは……そうですね!」
まぁそんなまさか廻理さんが死ぬなんて。
おそらく、あたしと鬼陽子さんの気持ちは同じだったことだろう。
あたしは鬼陽子さんに手を引かれて、迫る唸り声から全力で逃げるのだった。
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こぽり、こぽり。
水筒型のケトルから注がれる紅茶の香りが、わたしの心を落ち着かせます。
館の中、ブルーライトだけが明かりの辛気臭い部屋でも、馴染んだ香りがあれば違うもの。
背もたれに身体を預け、わたしは慣れ親しんだ紅茶の味に、しばし浸かりました。
「ほほう、この臭い……アッサムですかな?
浸かった落ち着きは、しゃがれた声によって霧散しました。
表情が死にそうになるのをどうにか堪え、わたしはコップをテーブルに置きます
「ダージリンですよ」
ぴしゃり。
言い捨てれば、しゃがれた声は空気の抜けたような笑いを鳴らします。
「ほほほ。外してしまいましたか。いやはや、お恥ずかしい限りです。
なに、私には心底不必要な臭いが漂ってきたものですから」
ため息が出そうな口を、コップの縁で塞ぎます。
目だけで声の主を見れば、その人は画面に表示された文字だけを追っていました。
その姿を見ただけで、この人物はわたしに一切の興味がないのだろうなと、あからさまに分かります。
「そうそう。そちらに言われていた研究資料、今夜中にはまとまりそうですよ」
「まぁ、お早いことで」
「貴方がた『教団』には援助していただいていますゆえ。
これからも仲良く、叶うなら今以上に仲良くしたいと思っているだけです」
「あらそうですか。では、援助額は増やすように言っておきますね、信濃井先生」
わたしもまた、一切興味なさそうに返してあげます。
それを分かった上で、声の主――
「貴方がたと仲良くできて私は幸せですよ。
……あの八重峰なる喧しい女性を押し付けてきたときは本当に困りましたがね」
信濃井は頬のこけた顔をしかめる。
その濁った目からは、疲労の色が見えた。
「八重峰墓丹の件はわたしも気の毒だと思っています。
ですが、どうしても調べて貰いたかったので」
「八重峰墓丹をですかな?」
「『八重峰』をです。あの女性は別にどうでもいい存在ですよ」
それを聞いて、信濃井はなんとも言えない顔をしました。
「あの女性の相手は年寄りにはキツかったのですがね……」だなんて言う彼は、やはり疲れているように見えました。
まだ40代だったはずですがね。
信濃井も、八重峰墓丹も。
そこまで大変なものなのでしょうか?
わたしはまだ若いので、よく分かりませんでした。
それからしばらく経ち、紅茶が減ってコップの底が見えそうになった時。
薄暗い部屋の扉が開かれ、誰かが入ってきます。
「セン、セイ……シルヴィユ、戻りました……」
目を向ければ、そこには銀色の髪の少年がいました。
痩せ細った身体と、ナイフのように鋭く、けれど怯えたような瞳が特徴的な少年です。
もっとも、彼の頭部には犬を思わせる耳、腰には銀色の尻尾が取り付けられているのですが。
「おお、戻りましたかシルヴィユ。
……おや?そちらの女の子は?」
「街で、捕まえてきました……。
まだ、人が必要だと……言ってた、ので……」
少年……シルヴィユくんが、足元に転がしていた女の子の襟元を掴んで持ち上げます。
掴まったのは、金色の髪の可愛い少女。
それなりに気合の入った私服姿であることから、先程まで楽しい休日を過ごしていたことが予想できました。
可哀想に。そう思いはしたものの、わたしにできることはなにもありません。
チクリと痛む感触を紅茶で流し込み、ため息をつきます。
「貴方たちは……なんなの……っ!」
金髪の少女が、くりくりとした丸い目で必死に睨んできます。
……ほう。哀れな被害者ではなく、それなりに気合の入った方でしたか。
膝は震えていますが、そのような言葉を吐けるとは。
「ほほう、まだ元気がありますか。
シルヴィユ、このお嬢さんを黙らせてやりなさい」
「…………はい」
彼は一瞬だけ逡巡した後に、拳で少女の肩をうち抜きました。
重い音が鳴って、彼女は埃っぽい床の上に倒れ込みます。
「っう…………こん、のぉ……!」
が、少女は立ち上がります。
結構強めに殴られたはずですが……。
これにはシルヴィユくんも驚いた様子でした。
「シルヴィユ」
信濃井の低い声に、彼はびくんと震えます。
「何故、顔を殴らなかったのですかな?
ああいや、腹でも良かったのですがね」
「ご、ごめんなさ……」
「謝罪はいりませんよ。私は理由を聞いているんですから。
何故?何故?何故?手加減しましたね?シルヴィユ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
優しく繕ったような声に、犬耳の少年は必死に謝ります。
表情は怯えに染まり、その様子はまるで子犬のようでした。
「お仕置きが必要ですかな」
「やっ、それだけは……ごめ、ごめんなさい!
だからどうかっ、許して……」
カチリ。信濃井が白衣のポケットに入れていたリモコンを操作します。
すると次の瞬間、シルヴィユくんは雷に打たれたようにびくんと跳ねました。
「がぁあぁぁぁぁ!?いたいいたいいたいぃぃ!?
たすけっ、ごめんなしゃっ、いぎぃぃいあぁぁぁぁ!!!」
甲高い絶叫を上げて、少年が床をのたうち回ります。
両腕で必死に身体を抱きしめ、尿を撒き散らしながら、彼は苦痛を訴えました。
シルヴィユくんの胸部には、ある装置が埋め込まれています。
詳しくは知りませんが、神経に干渉して激痛を与える装置だそうです。
装置はリモコンひとつで作動し、彼に耐え難い痛みを与えるみたいで。
「いたぃぃぃいいぃ!!いたいの、やあぁぁぁぁああぁ!!
ゆるして!ゆるしてくださいぃ!!あががががぁぁぁあがぁぁぁ!!」
彼の叫び声を聞くに、尋常ではない苦しみが全身に走っているのでしょう。
その光景に、信濃井は薄笑い、金髪の少女は絶句し、わたしは呆れていました。
はぁ。死ねばいいのに、この男。
いっそ、今ここで殺してしまいましょうか。
……上は黙っていませんか。
なら、わたしにはなにもできませんか。
歯がゆいものです。
「な、なに!?なんで、この子はこんな……っ!?」
「シルヴィユ。そこの少女を黙らせなさい。
でないと、ずっとそのままですよ?」
少女が慌てる中、信濃井は無慈悲に命令を下しました。
とはいえ、シルヴィユくんは立つこともできない状態。
到底、できるわけがありません。
「……このっ!」
少女は、激痛に悶えるシルヴィユくんの腕を掴んで、その手で自らの頬をはたきます。
それから彼女は、ぎゅっと拳を握り締め、頬の同じところを思いっきり殴ってみせました。
「がはぁっ!……っ、ぐぅ……これで、満足?
この子に顔を殴られて、怪我して……これ以上、喋れそうにないけど」
その言葉を最後に、彼女は口を閉ざします。
ただ、眼光は鋭く、わたしと信濃井を突き刺していました。
「ほほほ。詭弁というかなんというか……そんなのに従うわけがないではありませんか。
ほら、シルヴィユ。立って、そこの小生意気な娘を――――」
「――――いいではありませんか。信濃井先生」
しん、と男のしゃがれた声が静まります。
この場にあるすべての耳が、わたしに集まった気がしました。
「この勇敢な少女の言う通り、シルヴィユくんは見事、先生の命令を果たしました」
「ご冗談を。こんな茶番にどうして付き合わなければならないのです?」
「ふむ……貴方はこれ以上、わたしに見苦しいものを見せつけるおつもりですか?」
流し目に乗せた殺意に、男は閉口しました。
もちろん殺すつもりはありません。ただの脅しです。
しかし、わたしと彼の間には、組織的なパワーバランスがあります。
わたしがそれを傾けようとしたならば、信濃井は適切な対応を取らざるを得ないでしょう。
「……分かりましたよ、大地の巫女姫。
ここは、貴方に従いましょう」
「はい。賢明な判断です」
ふっ、と殺気を消し、残った紅茶を飲み干します。
それと同時に、シルヴィユくんの悲鳴が止みました。
「シルヴィユ。その愚かしいお嬢さんを牢に閉じ込めておきなさい」
「……ひゅー……ひゅー…………は、ぃ……」
「いい子ですね。それが終われば私のところに来なさい。
今夜も、たっぷり可愛がってあげましょう」
「………………………………はい」
彼は目を伏せたまま頷き、少女の首元を掴んで引きずっていきます。
勇敢な少女は、逆らっても無駄だと察したのでしょう。
彼女は大人しく、連れて行かれました。
扉がパタンと閉じ、ふたりがいなくなります。
残ったのはわたしと、しゃがれた声の闇医者だけでした。
「さて、あのお嬢さんはどうしましょうかね。犬にしてしまいましょうか。
それとも、カードの負荷実験に使ってあげましょうか」
信濃井は顎に手を当てて、ぶつぶつと考え事をしはじめます。
今日はこれ以上、彼に付き合っても意味がなさそうですね。
「わたしもここらで失礼します。離れの方で休ませてもらいますよ」
「おや、それは残念です。一緒にお酒でもと考えていたのですが」
よくもまぁ、思ってもいないことをすらすら吐けるものです。
呆れ果てながら、わたしはケトルを片手に席を立ちました。
「撮りためたアニメを見る予定がありますので」
頭を下げることも、振り返ることも、してあげませんでした。
ドアを開き、わたしは退出します。
「……貴方がいてくれたら、もっと楽だったのでしょうけどね」
ぽつり。部屋と廊下の境目。
ドアが閉まるその隙間で、それは自然と漏れ出してしまいました。
「ねぇ――――――
もうどこにもいない彼女の名前は、ドアの閉まる音に飲まれて、消えました。
読んでくださりありがとうございます!
楽しんでいただけましたら幸いです!
またご報告が遅れてしまいましたが、本作の評価バーに色がつきました!
ありがとうございます!
バーを見るたびににやけています!
この調子で、読んでくださる皆様が楽しんでいただけるよう、頑張っていきたいと思います。
これからも、よろしくお願いします!